春の庭

著者 :
  • 文藝春秋
2.97
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本棚登録 : 1270
レビュー : 215
  • Amazon.co.jp ・本 (140ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163901015

作品紹介・あらすじ

第151回芥川賞受賞作。行定勲監督によって映画化された『きょうのできごと』をはじめ、なにげない日常生活の中に、同時代の気分をあざやかに切り取ってきた、実力派・柴崎友香がさらにその手法を深化させた最新作。離婚したばかりの元美容師・太郎は、世田谷にある取り壊し寸前の古いアパートに引っ越してきた。あるとき、同じアパートに住む女が、塀を乗り越え、隣の家の敷地に侵入しようとしているのを目撃する。注意しようと呼び止めたところ、太郎は女から意外な動機を聞かされる……「街、路地、そして人々の暮らしが匂いをもって立体的に浮かび上がってくる」(宮本輝氏)など、選考委員の絶賛を浴びたみずみずしい感覚をお楽しみください。

感想・レビュー・書評

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  • そろそろ取り壊しになるアパートに住む太郎。そして別の部屋に住む西。西が好む「春の庭」という写真集に撮られてる建物がアパートの庭の向かいに立っている。

    恋愛ものでもなくサスペンス風でもなく、たんたんと過ぎていく日常。異様なまでに西が執着する水色の建物。
    一風変わった映画にでもなりそうだなと思った。

  • 『死んだら寒くないよと太郎は言いかけたが、その時唐突に、沼津が自分に向かって話しているのではないのがわかった。心に浮かんだことを口に出しているだけで、回答を求めてはいないと』

    柴崎友香は新刊が出るのを待つ作家の一人。 「きょうのできごと」から読み繋いで十四年。 その頃から何も起こらない小説と批評されることが多いけれど、自分にとって柴崎友香は普通の日常の中に詰まっている小さなできごとを拾って見せることができる作家で、何も起こらないことが、むしろ刺激的だとさえ思う。あるいは、ありふれた言い回しだけれど、柴崎友香は等身大の人物の描写に長けた作家であると思う。恐らく作家自身の年齢に近い登場人物を描く限りにおいては、と言い添えた方がよいとは思うけれど。

    若い男女が登場すると必ず恋愛沙汰に話を展開させる小説家もいるし、それに比べれば、柴崎友香の小説では確かに陳腐で大袈裟なことは起こらない。しかし、登場人物の心の内は風景の描写に大概は色濃く反映していて、それが瞬時に変わってゆく様が描かれている。そこを読み取ると、皆が小説の中だったらこんなことが起こるのになと想像するようなことを主人公も感じていることも解る。しかし、日常茶飯事にそんなことは起こらないよなと主人公が理解していることも同時に伝わる。そんな構図があるのが柴崎友香の小説だと思う。それは多分僕らの日常の中でも起きていることで、だから優れて日常のできごとを写し取る力が作家に備わっていることの証しでもあって、何も起こらない日常の話が逆説的に自分の人生を肯定してくれる感じにも繋がり、そこはかとなく気分がよい。柴崎友香の作品の中では何も起こらないと自分は感じない。もちろん小説の中でくらい夢をみたいという気持ちの読者の居ることも解るけれども。

    その基本的な態度は変わらないと思うけれど、最近の作品は主人公の心情がどんどん淡白になってきているようにも思える。風景の描写に託すような書き方が減っている。何をどう感じるかについて保留する様が描かれることが多い。それが作家の年齢に起因するものだと言ってしまうのも単純過ぎるだろうか。

    人生の選択は常に自分自身の意思で選び取ることができると考える人もいる。自分の好みは自分で判っている、と。しかし重大な選択もそうでない選択も、数を重ねてみて思うのは、それが如何に偶然に左右され易いかということ。もちろん基本的な志向は誰にでもあるので、同じような選択を迫られた場合、大体は同じ結果になる。しかしこれは確率の問題だとも言える。確率的には低くても同じ選択を重ねていくと何回かに一度は別の結果になる。あれ、何故自分はこちらを選んだのかなと自身を訝しく思いつつ。そういうケースが年齢を重ねると嫌でも溜まってくる。柴崎友香の描く主人公の心情が見えにくくなっているのは、そういうことがもたらす効果なのかなと思う。柴崎友香の中でそんな微妙な変化が起きているように思う。

    よう知らんけど、と言いながら若者は自分の直観を大事にして物事を判断する。年寄りは、色々と経験豊富な筈なのに判断しない。人生が五十年しかなったら惑うことなく決断もできただろうけれど、今の世の中、自分の決めたことが回り回って自身に降りかかって来る程に人生は長い。短絡的に結論を出さずいることは苦しい。ややもすれば物事を単純化して断定したくなる。その方が爽快でもある。しかしそこを我慢する。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」。そこを我慢すると見えてくる筈と信じたい。そんな道の半ばに差し掛かってきたのかと想像する柴崎友香の作品が、面白い。

  • とても不思議な雰囲気だった。主人公は男でしかも太郎という名。住んでいるアパートの部屋の呼び名は干支で、子・丑・寅…という珍しいタイプ。太郎はタローかもしれないし太郎、taroも存在するかもしれない。ササッと読めるけど表面しか見ていない気がした。多角的というか多層構造になっている。たった一日で読んでしまったけど、もっとゆっくり読むべきだったと思う。深くて広い。

    欅の若葉、紫陽花の色の移り変わり、百日紅の花の色、金木犀の香り、紅葉のコントラスト、紅梅と白木蓮…そこに住まう虫たち、人も含めて自然の描写やその陰影が美しい。「春の家」が放つ息吹がひとを寄せつける。そこに集う人々の語らいがとても心地よいと思った。

    無人だった家に人が越してくることによって生き返ったように見える、主役は「春の家」そのものなのかもしれない。また読み返してみたい。

  • 私はおうちの出てくる、小説内におうちの占める地位が高い小説が大好きです。あと昭和の文学ならサロン的な場所が多く出てくる小説とか。(『鏡子の家』『真珠夫人』あと『或る女』の舟を降りてからの生活の場なんかもとても印象的。)『春の庭』は都内のとある格安アパートに住む太郎の視点を中心に据えて、「辰」室の西さん「巳」さんとの関わりを描いているんだけど、西さんは高校時代に出会い、大学時代も部室に置いてあった写真集「春の庭」のお家にご執心で、その家について熱く語り、ついに引っ越してきた森尾さんと親しくなり、家に上げてもらい一緒にご飯を食べるまでの仲になったりする。太郎が西さんと関わりを持つようになってから、アパートを立ち退くまでの一時が丁寧に綴られた小説。柴崎友香さんの小説は正直小説的な事件は何も起こらない。小説を読んでいるということを忘れるぐらい、登場人物や風景が目の前に迫ってくる。息付いている。徹底して日常的なこういう書き方は、優しいようでいて、安易な共感を(共感文化)を寄せ付けない厳しささえ感じる。『今日のできごと』『ショートカット』『星のしるし』とか読んだのはたぶん3年ぐらい前の話で、どこか部分を鮮明に思い出すというのではないけれど、たまに無性に読みたくなる作家さんなのです。

  • 柴崎友香が芥川賞を獲った!?というので即購入したものの、本作を読む前に昔気に入ってた『きょうのできごと』を読み返したのは前回のお話。

    『きょうのできごと』の再読後、あらためて本作を読んでみた。
    単行本デビュー作だった『きょうのできごと』から14年の歳月は作者の文体に落ち着きをもたらせているようだ。
    物語のメンバーの世代も20代から40代以上になり、前向きだけでは生きていけない人生の重みが加わっている。

    物語は主人公が住む世田谷のアパートとその周辺の一区画の中で終始する。
    この辺りのミニマリズムというか限定された空間の日常描写は作者らしさを感じる。3/4くらいまでは主人公太郎の視点で淡々と描かれていくが、残り1/4くらいのところで突如視点が主人公の姉の『わたし』に移り変わる。

    『わたし』に視点が移ったところで、これまでの乾いた日常描写の文体が、方言も混じり生々しい描写へと変化する。

    物語が生々しくなった時、本作の主な舞台である隣の家が写真集『春の庭』の中のレンズで切り取られた家から、生々しい人が住んでいた一つの家として脳裏に改めて刻まれる。
    文字だけで綴る文体の妙にちょっとした感動を覚えた。

  • http://book.asahi.com/booknews/update/2014072500001.html
    これの記事を読んで,きっとこの本は好きだと思って読みました。思った通り,この本好きです。「テレビを通してみえる空間が現実にある」って実感に境目がないって感覚がね,ヒトはどこでどう処理しているのかわからないってのがしっくりとあとに引いた。今があれば昔があるわけで。その境目をどう処理したらいいのかわからない。”なつかしい”って言葉はいったいなんなんだろうね?
    父親の遺品がすり鉢と乳棒しか残っていなくて,けどそのすり鉢と乳棒を父はみたことがなかったってところがお気に入り。そして最後に父親を思い出すきっかけが別のものに変わったところがとっても好きです。

  •  取り壊しが決まっているアパートに住んでいる太郎(バツイチ)。少なくなった住民、巳さんと辰さんこと、西さんとの静かな交流が綴られる。西さんはアパートの隣に建つ風変わりな豪邸にご執心の様子。それは、お気に入りの写真集「春の庭」の舞台であったからだ。
     西さんのぐいぐい行く感じは尊敬する。太郎との距離の詰め方もだし、豪邸の家主ともあっという間に友達になっちゃう。淡々と進む物語の中で、彼女が顔に怪我を負いながらも「春の庭」の風呂場を見ようとするシーンだけが少し熱を帯びている。

     この物語の中では、偶然に、まるでそこにいくことが決まっていたかのように、人から人へと物が渡っていく。「春の庭」の写真集は西さんから太郎へ。鳩時計は西さんから太郎から沼津へ。緑色のソファは森尾さんから太郎から姉へ。春輝くんの歯は太郎の姉へ。
     アパートも、春の庭も、誰かが住んでは去っていく。そうやって静かに街が移ろいゆく。

     第151回芥川龍之介賞受賞作。
     余談だが、芥川賞の選評で村上龍が「アパートは、上から見ると“「”の形になっている」という初っ端の文章でまったく感情移入ができなかったと述べていた。文字による描写が作家の仕事。記号を使うのは怠慢だという意見には少し頷けた。

  • 物語としては特に何事も起こらない。場と人の関係性、感覚を訴えているのかな、と思いました。風水的な感じです。

  • 第151回芥川賞受賞作

    主人公 太郎の住むアパートの裏には
    水色の家がある。そこは20年前に出版された
    写真集「春の庭」に収められている
    ある夫婦が生活を共にしていた
    西洋ふうの家であることを同じアパートの
    住人 西から知ることになる。
    西の水色の家に対する強烈な執着心は
    太郎をも巻込むこととなる。

    「一つ一つの建物にはそれを建てた人の理想なり願望なりがあったのだろうが、街全体としてはまとまりも方向性もなく、それぞれの思いつきや場当たり的な事情が集積し、さらにその細部がばらばらに成長していった結果がこの風景なのだと思うと、太郎は気が楽になった。」

    街に潜む多くの空き家がある一方で
    そこらじゅうでビルやマンションの建設が
    続いている奇妙な光景を描いていたり
    人が住んでいる家と空き家の違いが
    上手く表現されてる。
    あと感じたのは太郎のマンションにも
    取り壊しが決まっている様に、
    物事には終わりがあるということ。
    後半は強くそれを感じてた。
    太郎が最後にすり鉢を土に埋めたのは
    正に「終わり」を自ら作っていた。

  • よくわからなった。

    ・アパートから見える隣の豪邸
    ・豪邸にすんでいたカップルの作った家の写真集
    ・取り壊されるアパートの住人の交流
    ・住人(漫画家)の青い豪邸への異常な興味
    ・世田谷の町の情景(スクラップ&ビルト)
    ・都会の自然、庭の樹、野生?動物、昆虫、鳥
    ・父の遺骨を扱う。敬うでもなく、煙たがるでもなく
    ・会社の同僚からのお土産もらったり、お菓子あげたり

    離婚して転職した男のひとりぐらしの日常が流れて行く。そこには、大きなうねりや事件性は少ない。人との関わりが穏やかであり、薄い皮一枚をとおしてやり取りされている感じ。決して内向的なのでなく、心地よい距離感を表現している感じ。自然や昆虫のお話も、ちらほらとちりばめられます。

    たとえば、夏の暑い日に海に行って浮き輪で人混みの切れるくらいの安全な沖で波にゆらゆらしていると、気持ちいい。

    本を読む事で、そんな波動に入り込めるか?はいっていければ面白い。

    で、正直、のりきれないのでした。そんなお話でした。

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著者プロフィール

柴崎友香(しばさき ともか)
1973年、大阪府生まれ。大阪府立大学総合科学部国際文化コース人文地理学専攻卒業。大学卒業後4年OLとして勤務。1998年、「トーキング・アバウト・ミー」で第35回文藝賞最終候補に残る。1999年、「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」が『文藝別冊 J文学ブック・チャート BEST200』に掲載され、同作が収録された『きょうのできごと』が2000年刊行、単行本デビュー。その後同作は2003年に行定勲監督により映画化された。2007年『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞・織田作之助賞大賞、2010年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、2014年『春の庭』で芥川賞を受賞。
主な著作に『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』『わたしがいなかった街で』『週末カミング』『パノララ』『かわうそ堀怪談見習い』『千の扉』『公園へ行かないか? 火曜日に』など。『寝ても覚めても』が東出昌大主演、濱口竜介監督で映画化されカンヌフェスティバルに出品された。2018年9月1日公開。書籍の増補新版も刊行されている。

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