テミスの剣

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 114
  • Amazon.co.jp ・本 (364ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163901497

作品紹介・あらすじ

昭和五十九年、台風の夜。埼玉県浦和市で不動産会社経営の夫婦が殺された。浦和署の若手刑事・渡瀬は、ベテラン刑事の鳴海とコンビを組み、楠木青年への苛烈な聴取の結果、犯行の自白を得るが、楠木は、裁判で供述を一転。しかし、死刑が確定し、楠木は獄中で自殺してしまう。事件から五年後の平成元年の冬。同一管内で発生した窃盗事件をきっかけに、渡瀬は、昭和五十九年の強盗殺人の真犯人が他にいる可能性に気づく。渡瀬は、警察内部の激しい妨害と戦いながら、過去の事件を洗い直していくが……。正義とは? 真実とは? 人の真理を暴くのは、はたして法をつかさどる女神テミスが持つ「天秤」なのか?それとも「剣」なのか? 最後に鉄槌を下されるのは?司法制度に、大きな疑問を投げかける王道社会派ミステリーと、ラストまで二転三転し、読者を翻弄するエンターテイメント性に溢れた本格ミステリーの奇跡の融合がついに実現!!『連続殺人鬼カエル男』や『贖罪の奏鳴曲』などで中山ファンにはおなじみの渡瀬警部が「刑事の鬼」になるまでの前日譚。そして『静おばあちゃんにおまかせ』で、冴えわたる推理を見せた現役裁判官時代の高遠寺静も登場。『どんでん返しの帝王』の異名をとる中山七里が、満を持して「司法制度」と「冤罪」という、大きなテーマに挑む。

感想・レビュー・書評

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  • 冒頭───
     昭和五十九年十一月二日午後十一時三十分、埼玉県浦和市。
     三日ぶりの風呂から出て、夫婦一組の布団に入ろうとしたところで電話が鳴った。受話器を上げるといきなり低い声が聞こえてきた。
    『コロシだ。今からそっち行くから支度しておけ』
     こちらの返事も待たずに切れた。渡瀬は溜息を一つ吐いて遼子に向き直る。
    「事件が起きたらしい。行ってくる」
    「また?」
    遼子は眉を顰めて抗議する。
    「さっき帰って来たばかりじゃないの」
    「仕事だ。しょうがない」
     遼子は唇を尖らせて布団から這い出た。帰宅するのは一週間に三日。しかも呼び出されたら夜も昼もない。仕事柄やむを得ないとしても、新婚一年目の妻としてはそれが当然の反応だろう。
    ──────

    死刑制度。
    殺害された被害者の遺族にすれば、存続してほしいものかもしれない。
    人を殺した人間がのうのうと生き残り、刑務所の中で模範囚として過ごせば、終身刑とて数十年で生きて出られることになる。
    遺族の哀しみを思えばやりきれない話だ。
    だが逆に、その判決が下された犯罪がもし冤罪だったなら------。
    死刑を下された被告人が真犯人でなかったとしたら------。
    一度下された判決は殆ど翻されることはない。
    死刑が執行された後に冤罪が証明されたとしても、死んだ人間が生き返ることはない。
    その制度の是非が未だに論争となっているのは、誰も正解が下せないからだろう。
    昭和59年に起こった夫婦強盗殺害事件。
    犯人と断定された青年は、警察の過酷な聴取の下に自白を強要させられる。
    青年に下った判決は死刑。
    その後、青年は獄中で自殺する。
    それから五年後、別の窃盗事件をきっかけに、先の強盗殺害事件の真犯人が別の人間だった可能性に気づいた刑事。
    あれは冤罪だったのかもしれない。
    自分の犯した過ちを悔いた刑事は、それを白日の下に晒そうとするが、警察内部の権力維持のため、激しい妨害にあう。
    それからさらに約四半世紀後、新たな驚きの事件が迫っていた。

    いやあ面白かった。
    権力と正義と人間としての誇りと、いろいろ考えさせられる物語だった。
    間違った正義の定義、権力の行使は、社会を滅ぼす。
    それに敢然と立ち向かっていった渡瀬刑事の姿に心を打たれた。
    最後のどんでん返しもお見事。
    中山七里さん、前作の原発を問題にした作品「アポロンの嘲笑」は細部に齟齬が感じられて今一つだったが、この作品は完璧だった。
    現行の司法制度に抱く人間の感情の揺れみたいなものを上手く表現している。
    デビュー作の頃に感じられたぎくしゃくした日本語表現もまるでなくなったし。

    それにしても、昭和の時代は、これほどひどい取り調べが許されていたのかなあ。
    被告人の人権も何もあったものじゃない。
    暴力丸出しの警察の過酷な取り調べ。
    こんな警察ばかりだったら、仕方なく自白してしまい、冤罪になった人間も数多かったのじゃなかろうか。
    最近のニュースでもあったよね。
    再審請求して無罪になったのが。
    あれは死刑じゃなかったからまだ生きているうちに戻れたけど。
    それでも何十年という人生を無駄にさせられたわけだから、本人の忸怩たる思いは僕らには想像もつかないほどのものだろう。
    死刑制度の是非はやはり難しいな。
    兎に角、警察が真っ当な捜査を行い、裁判が正当に行われることを願うのみだ。

  • 中山七里ファンお馴染みの渡瀬警部の若かりし頃を描いた作品とのことだけど、正直、渡瀬警部のイメージがない…ただ、これまでの中山作品とは違い、事件を描くだけではなく、昭和57年に自分たちが半ば強引に立件した強盗殺人事件を、その5年後に真犯人に当たることで、冤罪を打ち明けるべきか、悩む渡瀬の心の葛藤が描かれる。
    何の罪もない若者を死刑にした上に、自殺にまで追いやってしまった。検挙率が全てだった、警察の黒歴史の時代を描いた作品。この事件を経て、渡瀬が厳しくなったとのことだったので、続けて、「カエル男」を読んでみた。

  • 重かった………。けど安定の中山さんクオリティ、あっという間に読み終わってしまいました。
    渡瀬刑事も、御子柴弁護士と同じように十字架を背負って、仕事に命を懸けていることが感じられました。この物語を知った上であの二人のやり取りを思い出すと背中がソワソワしちゃいます。
    「もう二度と間違えない」という覚悟は、想像するだけで怖くなるような感情です。
    そのために、誰に何と言われても真実から目をそらさないこと。
    自分の正しいと思うことを、他の誰でもない自分が行動すること。
    そして、大人の世界で実は何より難しいのが、おきるべくして起きていることなのか、組織の都合なのかを見分ける目を持つこと。
    「権力を持つものが正義を無視すれば、それはただの暴力」
    自分の仕事について改めて考えることができました。

    それにしても、難しい漢字(熟語とか)が多いから勉強になる。笑

  • 面白かった。
    最後まで引き込まれる作品。
    主題は、司法制度と冤罪。
    マスコミ、被害者遺族、裁判所、刑務所と、多くの関係者を鋭く描きつつ、広がりすぎず、ぎゅっとまとまっている。
    時間の経過の残酷さ、問題点など、考えさせられるものがあり、読み応えがある。

  • 渡瀬警部が刑事の鬼となるに至った事件のお話。冤罪が生み出される過程、司法制度の歪み、被害者遺族の沈痛な想いなどが印象的でわかりやすく描かれています。前半は淡々と硬いですが後半はいつもの著者らしい展開。しかし後半はやや駆け足で、最後のどんでん返しはきれいにひっくり返ったがまたか……という感じで残念。

    やはり一番恐ろしかったのは鳴海の言葉でした。暴走した正義ほど恐ろしいものはない。そして法廷で出されたことが真実になってしまう。
    渡瀬の過去には驚きだったけれど、その信念の元を知ることができてよかった。

  • 冤罪を巡るミステリ。あの渡瀬刑事と、現役時代の静おばあちゃんがなんと夢の共演です。
    被疑者の取調べシーンがとんでもなくえげつなく、酷い。そりゃ冤罪出るわ! と思ってしまいました。でも一昔前ならこんなのは茶飯事だったんですよね。そしてそれを行う刑事の方もそれが正義だと思っていると、余計にその後の事態が救われなくて……。渡瀬の苦悩がいたたまれません。でもだからこそ、素晴らしい刑事に成長できたのか。
    そしてそこから派生した新たな事件。本当に、冤罪事件の生むものはあまりに残酷な結末でしかなく。しかし人間が裁く以上、絶対に正しいということはありえないのでしょうか。きっと永遠の課題なのでしょう。

  • 中山ファンにはおなじみの渡瀬警部が若かりし頃の冤罪を扱ったミステリ。このお話に限らず、冤罪を明らかにしようとする警察官は必ず内部から妨害を受けます。間違いを起こさない組織など存在しないのだから、過ちは潔く認めて再発防止に努めればいいと思うのですが、難関大学を卒業したえらい人達は、こんな簡単なこともわからないようです。

  • 中山作品といえばデビュー作にして技巧どんでん返しの『さよならドビュッシー』や、続編の『おやすみラフマニノフ』が有名で、さらにこのミスファンなら、さよなら〜と史上初のダブルノミネートの、『連続殺人鬼カエル男』の、タイトルと脱力するようなカバーイラストを覚えている人もいるんじゃないだろうか。

    キワモノ好きの習いでまずは連続〜から読み、それからドビュッシーに行って、デビュー作でこんなにネタたくさんだして大丈夫なのかなあ、とか、にしてはかなり、出来上がった感じもするなあ、とかおもったけど、底辺に流れるトンマナは似通ったものを感じていて、まあわかった気にもなってこの人からは遠ざかっていたのは事実。

    ところが一転、冤罪と組織という大掛かりなテーマである。ちょっとあわなかった友達が急に、間逆のエリアに転職しちゃってたのを聞いたような気分。
    せっかくだしこれもご縁、と、読んでみた。

    それだけギャップもあったけど、苦労なく読めた。この作品の主人公は他の中山作品にも出てるみたいだけどその前提が必要ということもなかったし。語り口調も平易であまり専門用語ばかりで理解を読者側に委ねることもなかったからだろう。
    強いて言えば長いスパンの話の割にはすこし、主人公の苦悩が、その重たい決意のわりにさらっと書かれすぎていた気もしたけど、そういった細かい部分をすっとばす、最後の加速度は圧巻。
    あの部分が伏線か、とか、え、この人が、とか、いっこほぐれたら全部、みごとに倒れてゆく爽快感はなかなかのものだった。

    犯人像とその許容のあたりはすこし釈然としない感もあるけれど、まあこうなるしかない、必然の論理といえなくもない。
    トータルでみたら、確実に買いだと思う。



    最後までわからなかったのは、主人公の名前が明かされなかった理由。苗字はもちろん開示されているが、なぜか下の名前はぼかされていたと思う。なんか意味があるのかどうか、それこそ、全部の作品を登場人物でドットでつなぐ辻村深月みたいに、なんらかの仕掛けがあるのかもしれない。あるいはもう少ししたら島田荘司の異邦の騎士みたいに、サーガ仕立てになっているのか。

    48歳の遅咲きの作家なだけに、さまざまな戦略で作品を展開しているらしい。成長著しい、のではなく、地の力がある人だった、ってことなんだろうなあ。

  • 遺品の中から見つけた本。

  • わぁーい♪イッパイ知ってる名前があって面白かった(笑)冤罪に加担した刑事、渡瀬。警察官として何が正義か、何を護り何に希望を見出すのか。組織に刃向かって孤立しても、二度と同じ過ちを繰り返さないと暴き続ける。冤罪が分かってから俄然!面白くなり一気読み!あってはならない事が起きた時にこそ、その対処の仕方に正義があるかないか・・・が分かる気がします。この手の本を読むと被害者側が何も守れない司法やメディアに落胆します。読み応えのある一冊でした。

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著者プロフィール

中山 七里 (なかやま しちり)
1961年生まれ、岐阜県出身。男性。幼少の頃から読書が趣味で、高校時代から執筆を開始。花園大学文学部国文学科在学中に江戸川乱歩賞に応募したこともあった。
就職後は執筆から離れていたが、島田荘司を生で見た体験から執筆活動を再開。2009年、第8回『このミステリーがすごい!』大賞で『さよならドビュッシー』と『災厄の季節』の2作が最終選考にダブルエントリーされ、前者で大賞を獲得して48歳で小説家デビュー。後者も、「読みたい!」との声が続出したため、『連続殺人鬼カエル男』と改題し、2011年に文庫本として出版される事となった。
代表作に『さよならドビュッシー』などの「岬洋介シリーズ」、『贖罪の奏鳴曲』にはじまる「御子柴礼司シリーズ」。多くの作品が映画・テレビドラマ化されている。

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