- 本 ・本 (352ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163901503
作品紹介・あらすじ
第92回オール讀物新人賞受賞作品、待望の単行本化!
時代小説では宇江佐真理、山本一力、近年では直木賞作家の桜木紫乃、人気急上昇中の坂井希久子、柚木麻子といった作家を見出してきたオール讀物新人賞。2年前、表題作「宇喜多の捨て嫁」で見事にこの新人賞を射止めたのが本書の著者・木下昌輝だ。
権謀術数によって勢力拡大を図った戦国大名・宇喜多直家によって、捨て駒として後藤勝基に嫁がされた四女・於葉のこの物語を、篠田節子選考委員は「女性視点から決して感傷的にはならず、最後まで緊張感が緩まず、リーダビリティは高いが通俗的ではない/時代小説の様式に則りながらも、随所に独特の表現が光る」、同じく森絵都選考委員は「海千山千が跋扈する殺伐とした世を背景に、一筋縄ではいかない人物たちが迫力たっぷりに絡み合う、緊張感のあるそのストーリー展開には貫禄をも感じた」と高く評した。
本書ではほかに五編の短編を収録。いずれも戦国時代の備前・備中を舞台に、昨日の敵は味方であり明日の敵、親兄弟でさえ信じられないという過酷な状況でのし上がった、乱世の梟雄・宇喜多直家をとりまく物語を、視点とスタイルに工夫をこらしながら描く。直家の幼少時の苦難と、彼でしか持ちえない不幸な才能ゆえの大罪(「無想の抜刀術」)、若く才能あふれる城主として美しい妻を迎え子宝にも恵まれた直家に持ちかけられた試練(「貝あわせ」)、直家の主・浦上宗景の陰謀深慮と直家の対決の行方(「ぐひんの鼻」)、直家の三女の小梅との婚姻が決まった宋景の長男の浦上松之丞の捨て身の一撃(「松之丞の一太刀」)、芸の道に溺れるあまり母親をも見捨てて直家の家臣となった男(「五逆の鼓」)と、いずれも直家のほの暗い輪郭を照らしながら、様々な情念を浮かび上がらせていく――時代作家としてはもちろん、ピカレスクの書き手としても十分才能を感じさせる意欲作である。
感想・レビュー・書評
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久しぶりの再読。
宇喜多直家というと数々の仕物(暗殺)でのし上がって来た人物。第一話の説明によると、舅を仕物したために妻は自害。長女の嫁ぎ先を次女の嫁ぎ先に襲わせ長女は自害、次女は錯乱後死亡。三女が嫁いだ主家の浦上宗辰はやはり暗殺され三女も後を追って自害。そして四女の嫁ぎ先は直家の甥・詮家軍に滅ぼされたという。
松永久秀や斎藤道三のように悪人イメージ先行でその実態がよく分からない人物だが、この作品では彼を様々な視点で描いていく。
表題作でもある第一話は四女・於葉の視点にて。
こちらはイメージ通りの直家が描かれる。於葉の嫁ぎ先・後藤家では周囲からの侵攻や裏切りを見極めて先に回ってうまく防いだはずが、直家の方が一枚も二枚も上であった。
作中に出てくる碁に例えれば、於葉と後藤家は先々を見極めて先手先手を打った積もりが、実は自分たちは盤上の碁石にしか過ぎず、直家こそその碁石を操る棋士であったかのようなそんな印象すら抱く。
ところが第二話の不遇の少年時代、第三話の舅を仕物後、妻が自害するまでの話を読むと直家の印象がガラリと変わってくる。
直家以外はかの織田信長が持つという『無想の抜刀術』、直家が『業の技』と呼ぶその技と、舅を仕物し妻を自害に追いやったその過程が後の直家像を作り上げる原点になったということだろう。
この時代、仕物という方法がどのような見方をされていたのかは正確には知らない。作中では戦で正々堂々戦うのではない仕物は卑怯なやり方という言われ方をしている。ましてや直家はそのために『捨て嫁』と呼ばれる、妻や娘たちを捨て駒にしている。
暗殺というと、やった方が悪者でやられた方は悲劇の人というイメージ。謀叛というと、起こした側が主君を裏切った悪者で起こされた方は悲劇の人というイメージ。それは明智光秀の例でもよく分かる。何百年と裏切り者のレッテルを貼られてきた。
しかし本当にそうなのか? 暗殺をした側だけが悪いのか、謀叛を起こした側だけが悪いのか?
個人的には舅の中山信正のキャラクターやセリフはとても印象深い。こんな時代でなければ…と思うばかり。
『家臣や足軽、人夫を死役に駆り立てる』戦が正々堂々とした素晴らしい戦い方なのか。
仕物という、一見卑怯な方法も見方を変えれば兵を不必要に死なせない方法と言えないか…なるほど。
第四話の浦上宗景視点、第五話の浦上宗辰視点の話は再びイメージ通りの隙のない直家が描かれる。
最近再放送されている大河ドラマ『太平記』を見ていても思うが、力を付けていくということ、勢力を広げ家中で存在感を増していくことはそれだけで他者の恐怖となり狙われる的となる。
調べると宗景の晩年は不明なことが多いらしく、さらに嫡男の宗辰に至ってはその存在すら怪しいらしい。ひっくり返せばこれほど作家さんの創作意欲をそそられる題材も無いだろう。
ついに本懐を遂げる第四話、さらに第五話で再び業の技と直家の哀しみと覚悟を知る。
そして最終話。前にサラッと書かれていたあのエピソードがここに繋がるとは。
読み終えて様々な伏線があったことに気付いて、思わず最初から読み返したくなる。実によく出来た構成だった。
ただ一つ気になるのは、娘たちの嫁ぎ先を滅ぼしていくその過程で直家は娘たちに対してどんな思いを持っていたのかが書かれていなかったこと。そここそが知りたかったのだが、妻の自害によって直家は変わってしまったということなのか。
政略結婚や人質が殺されることは当たり前だった当時と現代とを同じ感覚で考えてはいけないが、妻や娘たちのことは捨て駒のように使ったが、家臣や民たちは大事にし慕われていたという直家の二面性を描き切るには消化不良でもったいなく感じた。
また「尻はす」なる業病に侵されながら嫡男をもうけたという設定もちょっと無理があるような。養子ならわかるけれど。
実際の直家がどういう人物だったかはもちろん分からない。イメージ通りの仕物を得意とし隙あらば謀叛を起こし形勢不利となればたちまち許しを乞う姑息な人物だったのかも知れない。だが歴史の先例として、彼がやっていない仕物までも彼のせいにされている部分も多数あるのかなと勝手に思ったりしている。宗辰の暗殺も彼の存在すら怪しいなら無かったことになるのだし。
続編とも言える「宇喜多の楽土」もそのうちに再読してみよう。この作品を踏まえた上だとまた違った印象になるかも知れない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
宇喜多直家。
2014年の大河ドラマ軍師官兵衛で、陣内孝則がギトギトと頑張っていた岡山の始祖と呼ばれる大名。
織田と毛利の間に位置してなかなか難しい道を生き抜いた男。
その直家の生涯を、娘、母、姑、主家、婿、家中など、視点と時を換えて短編で綴り出す。
謀略のためなら血族であっても見殺しにする、そんな血も涙も無いやり方を恐怖し、同時に侮蔑を込めて「宇喜田の捨て嫁」と世間は言う。
それは直家の恐怖と惨めさにまみれた生い立ちと、類まれなる天賦の剣ゆえ。。
どの章にも血濡れの場面がえがかれ、おどろおどろしいことこの上なし。
極悪非道戦国大名ランキングをやったら絶対上位に食い込む人物だけのことはある。
この全編に漂う腐臭と薄暗さは、よくある「人々が活き活きと生きた戦国時代」とは対極にある。戦まみれ、食うか食われるかの暗くすさんだ人生。
が、謀略に長け、合戦だの篭城だのを極力避けた戦法ゆえ、領民の評判は悪くない。
そこには賢き妻がくれた若き日の貧しくも幸福な日々が育んだ慈愛が感じられる。
そのひとところだけは ほんのりと温かく明るい。 -
宇喜多直家、謀略の数々。気が滅入るけど因果応報、短編がうまく繋がって最後まで読むと全ての印象が変わり、不思議な読み心地だった。
同じく宇喜多直家を取り上げた『涅槃』に続けて読むと人間関係がわかりやすくて読みやすかったかも。 -
面白かった。
直家の醜悪さと、娘・於葉の清涼感の、対比が鮮やか。
裏切りや謀略と、腹黒いイメージの直家だが、ただ悪役として描くのではなく、なぜそうなっていくのか、を描く。
醜悪なだけではない人間味がある。
裏切りが得意技なのに、家臣に慕われているのも、ただの悪人ではないからではと思う。 -
最初の章が陰惨だったため、読み切れるか、と思ったが、話のつながりが分かり始めるとスルスル読めた。
自分の妻の父、娘の婿たちを殺していく直家、強烈だなと感じたが、そんな彼を形作ってしまう過去。
入り混じった話がこの本を形作っていて本当に面白かった。 -
「涅槃」で垣根さんの描く宇喜多直家とは全然印象の異なる登場人物達。特に阿部善定が…。(あ、興家は同じように下衆でした。)でも直家の境遇を思うと気の毒に感じる。精神的に消耗するので、間に別の本を読んで回復をしながら読んだ。
表紙の装画が妖しく美しく、心をとらえる。(山本タカトさん。調べてみよう。) -
表題作はなんともざらざらした話で、しかもそれでいて作中に散らしたネタがキチンと回収されていて、作者の律儀さが感じられた。更に、表題作で回収されたはずのネタは、以降の話で広げられ、また最終話でキチンと回収される。一話を読み終える度に変化する読後感も、非常に緻密である。それであっても計算高さを感じさせず、乱世の武士はこんな緊張感の中で日常を送っていたのだなと、素直に楽しめた。
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松永久秀や斎藤道三と並び称される梟雄。物語ものっけから極悪非道なんだけれど、一度幼少期に戻り、その生き様を順を追って行くうちに、なんだかとっても寂しい男なんだなあと思わされる描きっぷりなのが、著者の力量なのだと思う。唯の大悪人じゃ話にならないものね。本当はどうだったんだろうか。お話は楽しく読めました。
著者プロフィール
木下昌輝の作品





