晩鐘

著者 :
  • 文藝春秋
3.29
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本棚登録 : 123
レビュー : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (475ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163901787

作品紹介・あらすじ

老作家・藤田杉のもとにある日届いた訃報――それは青春の日々を共に過ごし、十五年のあいだは夫であった畑中辰彦のものだった。共に文学を志し、夫婦となり、離婚ののちは背負わずともよい辰彦の借金を抱えてしゃにむに働き生きた杉は、ふと思った。あの歳月はいったい何だったのか? 私は辰彦にとってどういう存在だったのか? そして杉は戦前・戦中・そして戦後のさまざまな出来事を回想しながら、辰彦は何者であったのかと繰り返し問い、「わからない」その人間像をあらためて模索しようとした……。 『戦いすんで日が暮れて』『血脈』の系譜に連なる、かつて夫であったでひとりの男の姿をとことん追究した、佐藤愛子畢生の傑作長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 愛子先生九十歳にしての新作長篇。一気に読んだ。胸を射るのは、戦後遅れて味わった青春への哀切な回顧と、老境に至った今の切々とした孤独感、寂寥感である。

    「オール讀物」に目を留めることもなくなっていたので、連載をまったく知らず、この新刊は広告で見てびっくりした。エッセイの連載も終わりにされていたので、新しい小説を読むことはもうできないと思っていたから。長年のファンとしては本当に嬉しかった。そして内容を知り、さらに驚く。元夫の田畑氏については、なんども書いてこられたのだ。なぜ今またこれを?

    読み終えた今は、これはある種の覚悟なのだなと思う。親しかった人たちは皆亡くなり、過去の記憶を共有する人はもういない。あの時はああだった、こうだったと言い合うことはもうできない(長生きするとはそういうことだと繰り返し語られている)。自分が世を去れば、あっけなく夢まぼろしのように消えていくであろう、過去の出来事や人々の記憶を、書くことで確かめたいという強い思いを感じた。

    著者がたどり着くのは「人間は結局わからない」という静かな諦念である。どれほど親しかった人でも、自分自身でさえ、ついに理解することはできないのだと。その象徴が、夫であった田畑氏(作中では畑中としてある)なのだろう。人を惹きつける不思議な魅力を持ちながら、簡単に人を裏切り、何事もなかったように平然としている。著者は負わなくていい借金をあえて背負い、怒濤の人生を送ることになる。誰もが、どうして?と聞き、いろいろ答えてはきたものの、ここにいたって「わからない」というのである。「それがわたしという人間なのだ」という述懐が、重い。

    最後のほうで、小学生だったお嬢さんが書いたノートの内容が出てきて、ここにわたしは泣きました。愛子先生の悔いの深さが思われて、心が痛くてたまらなかった。自らを「あらくれ」と言う先生は、その実、人一倍情の濃い人だ。がむしゃらに働きつづけ、わが子を顧みることができなかった日々が、いまだに先生を苦しめつづける。

    最初の結婚が破綻したとき、先生は幼かった子供を置いて婚家を出てきた。その子との別れの時、ふと見た子供の靴が汚れていた。「そのことが長くわたしを苦しめた」と書かれていた(「幸福の絵」だったように思う)のが忘れられない。子供は無心であるがゆえに不憫なのだ。取り戻しようがないという気持ちが胸に突き刺さる。

    刊行時に文春に載ったインタビュー写真で見る愛子先生は、以前と変わらずシャキッと背筋が伸びた姿で、気品と気概が伝わってくる。遠藤周作さんが「マドンナだった」と言った美貌も健在。驚異的だ。

  • 愛子センセイが繰り返し繰り返し書いてきた前の夫、田畑氏と彼から蒙った有形無形の爆弾。
    私は長年の読者なので、その都度、同じ流れの田畑氏話に呆れたり、そんな夫に振り回されつつもケツをまくってしまう(すみません、下品で。)愛子さんに男気を見たり、痛ましくも思ったり。
    で、愛子さん御年90歳でまたまた田畑氏の所業がこれでもか、と書き連ねられる・・・。
    これはお互い年を重ねるたびに、書かずにいられない、それほど愛子さんの人生行路の中での大きな深い話なのだろう、と思っていたのだけど、今回、田畑氏が亡くなったことを踏まえて書かれた「晩鐘」で、結局、私には彼のことも自分のその時の気持ちもわからない、と記されているその諦観にストンと頷けた。これまで彼のことを書いた原動力は怒りだったり、怒りを通り越した可笑しさだったり、でも、この年になっては、わからない、という不可解さに押されて書いたのだ、という愛子さんのお気持ちがすごくよくわかる気がする。

    こんな長い著作を90歳を超えてから上梓されるなんて、しかも、田畑氏のいわゆる“悪行”をこれでもか、と微に入り、細に穿ち滔々と書き並べるその体力に驚きはしたけれど、愛子さんはホントに彼のことがわからないんだなぁ、わからないまま彼から気持ちが離れ、そのまま死なれてしまったんだなぁ、と。

    きっとこれが愛子さんの最後の単行本になるのではないだろうか。(なんて、ここ10年程新作が出るたびにそう思ってきたのだけど)
    それもまた愛子さんらしくていいのでは、なんて思ってしまう読者です。

    • シンさん
      じゅんさん、ごぶさたしてます。
      『血脈』が出たとき「この年でこんな分厚い本を書くとは……」と感服しましたけど、今度また、ですか!すごいです...
      じゅんさん、ごぶさたしてます。
      『血脈』が出たとき「この年でこんな分厚い本を書くとは……」と感服しましたけど、今度また、ですか!すごいですよね~。いつか読んでみないと。
      そうそう、女性セブンに佐藤愛子さんの新連載が載ってたんですよ。
      「卒寿おめでとうございます」と言われて「何がめでたい!」と怒り「お元気じゃないですか」と言われて「元気じゃない!」と怒る姿は相変らずで、笑ってしまいました。お元気ですねえ……なんていったらまた怒られちゃいそう(笑)。

      ところで、私の「友達のログ」でもじゅんさんの更新記録が表示されないのですが、どうかなさいましたか?じゅんさんのログを指定したら見えるようになりました。
      2015/03/30
    • じゅんさん
      シン様
      コメント、ありがとうございます!(#^.^#)そうですよね、「血脈」での佐藤家の人々への“ぶちまけ感”には、ホントに驚きましたし、...
      シン様
      コメント、ありがとうございます!(#^.^#)そうですよね、「血脈」での佐藤家の人々への“ぶちまけ感”には、ホントに驚きましたし、愛子さんのタフさにも参った!だったのですが、あれから幾星霜。まだまだ愛子さんはしっかりと作家であり続けている。

      そして、また新連載を始められたんですか。私、愛子さんの新作を読むたびに、失礼ながら、きっとこれが最後の作品だよね、と思っているのですけど、その都度、裏切られて(#^.^#)感嘆してしまいます。

      そして、更新記録の話・・・。
      そうですか、どうなっているんだろ。ブクログに問い合わせてみますね。ありがとうございます!
      2015/03/30
  • ひとが怒るポイント、笑うポイントはほんとにそれぞれなんだな。同じひとでも、時間が経つと変わるし。

    怒ることで相手がなにかをするのをヤメさせよう……とすることもあるけど、だからって相手は変わらないんだね。

  • とても90歳で書いたとは思えない作品

  •  これは著者の実体験なのか!?主人公の女性作家・藤田杉を主人公として、直木賞を受賞し、離婚した元夫・畑中辰彦(田畑麦彦がモデル)の膨大な借金を返済していく。辰彦の人生は壮絶な破滅への道。もっとノスタルジックな世界を想定していたら、杉の男勝りの強い性格と何とも頼りない夫への怒りを超えた諦め(呆れ!)の姿勢が悲しいほど。読後感はあまり良くない。作家仲間との交流場面が多く登場するが、明らかに川上宗薫と思われるモデルである川添という作家も登場する。他の作家は分からなかったが。

  • 腹を立て 呆れ
    面白がり 面倒くさくなって
    気が向いたら
    あら そういえば昔は
    夫婦だったわね
    みたいな 不思議な関係

    なんとなく 元旦那さんは
    身に巣くう 厄介な慢性病みたいに
    旦那さん(病)が いて
    膨大な借金(痛み)をつくったからこそ
    がむしゃらに書けたのか

  • 佐藤愛子さんの「血脈」やエッセイを読んだ事があればこの話は自伝だとすぐに気づくと思います。
    内容としては女流作家と結婚し離婚した元夫との長年にわたるやりとり、その周辺の人物を描いたもの。
    お金にだらしなく生活力のない夫の作る借金を何だかんだ言いながら肩代わりして払い続ける主人公の女性-佐藤愛子さんの様子が淡々と描かれています。

    この本を読んでの感想は作者の佐藤愛子さんがあとがきで「また同じことを・・・」と苦々しく思われることを承知の上と書かれている通りでした。
    はっきり言ってもうこのテーマは出がらしという印象で、読んでいて辟易としてしまいました。
    今まで元夫と佐藤愛子さんのやりとりの様子はコミカルに、シリアスに味わいを変えて書かれていましたが、この話は読んでいてクスッと笑える事もなければ、心にグッとくる事もありませんでした。

    それは、本当にこの主人公-佐藤愛子さんはここに書かれている通り、サバサバとして元夫に何の感慨ももってないの?と読んでいて感じたからかもしれません。
    私は今まで読んだ佐藤愛子さんのこのテーマの本は全て書かれている通りに素直に受け取ってましたが、ここまで執拗に同じものを書くというのはよほどの執着がなければできないとこれを読んで感じました。
    同じ題材でいくつもカラーを変えて小説を書けるというのがプロだからこそなせる技だという感心を踏まえた上で・・・。
    何となくそこには今まで私が思い描いていた佐藤愛子さんとは別の姿が見えてきてガッカリしたというか、悲しくなりました。

  • ☆5つ以外の評価は私としては考えられない銘著です。文章の重みに生きた人生の経験や苦労が読み取れ、私なぞまだまだ若造だと改めて思いいたるばかりです。

  • 今までさんざん持っていかれ、またネタにもしてきた元夫についての最後の本。
    ここまで書かれるというのは、ある意味名誉であり、書かれ続けても、それを楽しんでいたという意味では、立派な男であったのかもしれない。
    資産家の息子ゆえの上品さ、頭の良さに、小児麻痺からくる激しいコンプレックス。まさに選ばれてあることの恍惚と不安に翻弄された一生。この人と太宰治の何が違っているかと言えば、文才の一言に尽きるかもしれない。また、妻が、後輩が、自分より才能があると認めざるを得ない苦しさが、親兄弟を見返したいという思いが、ベンチャー企業の成功者という妄想になったのではないか。才能のない小説を書いている時が、人に迷惑をかけないだけ一番良かったというのは、本当に皮肉だ。
    最後の「かく生きた」には、涙が流れた。
    人間の人生は、結局、そうとしか言えないのかもしれない。
    しかし、畑中は幸せだったのではないか?したいことはした。成功しなかったが。
    伴侶に恵まれた。二人の妻が、生活を支えてくれた。娘に嫌われなかった。妻が自分の名を残してくれた。これだけのことができた男がどれだけいるだろうか。
    佐藤愛子の潔さ、(本人は否定しているが)優しさが、わかった気がした。
    90で筆力が衰えないだけでなく、90たからこそ書ける域に達していることに感銘を受けた。
    自分が老人となった時に、また読み返したい。

  • 著者の実生活をモデルに描かれた小説とのこと。
    これまでも、同種のキャラクターを登場させた実体験ベースの作品を出されているようだが、私にとってはこれが初めての佐藤愛子氏の著作。

    まず驚くのは、実に齢90をまたいでこの作品を書かれたということ。
    構成的には込み入ったものではなく、述懐風の文章なので、ド級のミステリーを仕上げてしまう皆川博子氏から受けた衝撃には若干届かないかもしれないが、それにしてもこれだけのヴォリュームに達する半生記を綴るエネルギーは凄い。
    90年以上生きているその著者が、人間というものは分からない、他人はおろか自分のことだって分からない、と仰っているのだから、それは真理なのだろう。
    人とコミュニケーションを取るということは、古今東西問わず、本当に至難なのだ。
    これぞ文学。

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著者プロフィール

佐藤愛子

1923年大阪生まれ。甲南高等女学校卒業。69年『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞、79年『幸福の絵』で第18回女流文学賞、2000年『血脈』の完成により第48回菊池寛賞、15年『晩鐘』で第25回紫式部文学賞を受賞。17年旭日小綬章を受章。エッセイの名手としても知られ、近著に『九十歳。何がめでたい』『冥界からの電話』など。

「2019年 『気がつけば、終着駅』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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