晩鐘

著者 :
  • 文藝春秋
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感想 : 19
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  • Amazon.co.jp ・本 (475ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163901787

作品紹介・あらすじ

老作家・藤田杉のもとにある日届いた訃報――それは青春の日々を共に過ごし、十五年のあいだは夫であった畑中辰彦のものだった。共に文学を志し、夫婦となり、離婚ののちは背負わずともよい辰彦の借金を抱えてしゃにむに働き生きた杉は、ふと思った。あの歳月はいったい何だったのか? 私は辰彦にとってどういう存在だったのか? そして杉は戦前・戦中・そして戦後のさまざまな出来事を回想しながら、辰彦は何者であったのかと繰り返し問い、「わからない」その人間像をあらためて模索しようとした……。 『戦いすんで日が暮れて』『血脈』の系譜に連なる、かつて夫であったでひとりの男の姿をとことん追究した、佐藤愛子畢生の傑作長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 愛子先生九十歳にしての新作長篇。一気に読んだ。胸を射るのは、戦後遅れて味わった青春への哀切な回顧と、老境に至った今の切々とした孤独感、寂寥感である。

    「オール讀物」に目を留めることもなくなっていたので、連載をまったく知らず、この新刊は広告で見てびっくりした。エッセイの連載も終わりにされていたので、新しい小説を読むことはもうできないと思っていたから。長年のファンとしては本当に嬉しかった。そして内容を知り、さらに驚く。元夫の田畑氏については、なんども書いてこられたのだ。なぜ今またこれを?

    読み終えた今は、これはある種の覚悟なのだなと思う。親しかった人たちは皆亡くなり、過去の記憶を共有する人はもういない。あの時はああだった、こうだったと言い合うことはもうできない(長生きするとはそういうことだと繰り返し語られている)。自分が世を去れば、あっけなく夢まぼろしのように消えていくであろう、過去の出来事や人々の記憶を、書くことで確かめたいという強い思いを感じた。

    著者がたどり着くのは「人間は結局わからない」という静かな諦念である。どれほど親しかった人でも、自分自身でさえ、ついに理解することはできないのだと。その象徴が、夫であった田畑氏(作中では畑中としてある)なのだろう。人を惹きつける不思議な魅力を持ちながら、簡単に人を裏切り、何事もなかったように平然としている。著者は負わなくていい借金をあえて背負い、怒濤の人生を送ることになる。誰もが、どうして?と聞き、いろいろ答えてはきたものの、ここにいたって「わからない」というのである。「それがわたしという人間なのだ」という述懐が、重い。

    最後のほうで、小学生だったお嬢さんが書いたノートの内容が出てきて、ここにわたしは泣きました。愛子先生の悔いの深さが思われて、心が痛くてたまらなかった。自らを「あらくれ」と言う先生は、その実、人一倍情の濃い人だ。がむしゃらに働きつづけ、わが子を顧みることができなかった日々が、いまだに先生を苦しめつづける。

    最初の結婚が破綻したとき、先生は幼かった子供を置いて婚家を出てきた。その子との別れの時、ふと見た子供の靴が汚れていた。「そのことが長くわたしを苦しめた」と書かれていた(「幸福の絵」だったように思う)のが忘れられない。子供は無心であるがゆえに不憫なのだ。取り戻しようがないという気持ちが胸に突き刺さる。

    刊行時に文春に載ったインタビュー写真で見る愛子先生は、以前と変わらずシャキッと背筋が伸びた姿で、気品と気概が伝わってくる。遠藤周作さんが「マドンナだった」と言った美貌も健在。驚異的だ。

  •  氷点・道ありきの三浦綾子さんと間違えて、坊主の花かんざしの佐藤愛子さんを読み終えてしまいました。
     決して坊主の…のような面白い作品ではありませんが、山あり谷ありの日々の生活を本当に淡々と描いた良い作品でした。佐藤愛子さんの素晴らしい書きっぷりを見たような気がします。

  • 藤田杉の人生を手紙という形で書かれた小説。
    小説のモデルもいるとかいないとか。
    毒舌?裏表ない?お腹に溜めない?誰も叱ってくれない部分をしっかり諭す?そんな佐藤愛子さんだけどこの作品は別物。
    好きか嫌いかはっきり分かれると思う作品だと思う。私は半分位まではいつ読みやめてもおかしくない感じでした。でも、いつしか杉の人生と人柄に共感し、読みながら心で泣きました。温かい涙ではなく、氷つきそうな涙を。

  • 愛子センセイが繰り返し繰り返し書いてきた前の夫、田畑氏と彼から蒙った有形無形の爆弾。
    私は長年の読者なので、その都度、同じ流れの田畑氏話に呆れたり、そんな夫に振り回されつつもケツをまくってしまう(すみません、下品で。)愛子さんに男気を見たり、痛ましくも思ったり。
    で、愛子さん御年90歳でまたまた田畑氏の所業がこれでもか、と書き連ねられる・・・。
    これはお互い年を重ねるたびに、書かずにいられない、それほど愛子さんの人生行路の中での大きな深い話なのだろう、と思っていたのだけど、今回、田畑氏が亡くなったことを踏まえて書かれた「晩鐘」で、結局、私には彼のことも自分のその時の気持ちもわからない、と記されているその諦観にストンと頷けた。これまで彼のことを書いた原動力は怒りだったり、怒りを通り越した可笑しさだったり、でも、この年になっては、わからない、という不可解さに押されて書いたのだ、という愛子さんのお気持ちがすごくよくわかる気がする。

    こんな長い著作を90歳を超えてから上梓されるなんて、しかも、田畑氏のいわゆる“悪行”をこれでもか、と微に入り、細に穿ち滔々と書き並べるその体力に驚きはしたけれど、愛子さんはホントに彼のことがわからないんだなぁ、わからないまま彼から気持ちが離れ、そのまま死なれてしまったんだなぁ、と。

    きっとこれが愛子さんの最後の単行本になるのではないだろうか。(なんて、ここ10年程新作が出るたびにそう思ってきたのだけど)
    それもまた愛子さんらしくていいのでは、なんて思ってしまう読者です。

    • シンさん
      じゅんさん、ごぶさたしてます。
      『血脈』が出たとき「この年でこんな分厚い本を書くとは……」と感服しましたけど、今度また、ですか!すごいです...
      じゅんさん、ごぶさたしてます。
      『血脈』が出たとき「この年でこんな分厚い本を書くとは……」と感服しましたけど、今度また、ですか!すごいですよね~。いつか読んでみないと。
      そうそう、女性セブンに佐藤愛子さんの新連載が載ってたんですよ。
      「卒寿おめでとうございます」と言われて「何がめでたい!」と怒り「お元気じゃないですか」と言われて「元気じゃない!」と怒る姿は相変らずで、笑ってしまいました。お元気ですねえ……なんていったらまた怒られちゃいそう(笑)。

      ところで、私の「友達のログ」でもじゅんさんの更新記録が表示されないのですが、どうかなさいましたか?じゅんさんのログを指定したら見えるようになりました。
      2015/03/30
    • じゅんさん
      シン様
      コメント、ありがとうございます!(#^.^#)そうですよね、「血脈」での佐藤家の人々への“ぶちまけ感”には、ホントに驚きましたし、...
      シン様
      コメント、ありがとうございます!(#^.^#)そうですよね、「血脈」での佐藤家の人々への“ぶちまけ感”には、ホントに驚きましたし、愛子さんのタフさにも参った!だったのですが、あれから幾星霜。まだまだ愛子さんはしっかりと作家であり続けている。

      そして、また新連載を始められたんですか。私、愛子さんの新作を読むたびに、失礼ながら、きっとこれが最後の作品だよね、と思っているのですけど、その都度、裏切られて(#^.^#)感嘆してしまいます。

      そして、更新記録の話・・・。
      そうですか、どうなっているんだろ。ブクログに問い合わせてみますね。ありがとうございます!
      2015/03/30
  • どうしようもない人がいます
    環境とか育ちとか性格とかそんなことは関係なく
    どうしようもない人
    そんな人に会うと
    人が生まれてくる理由なんてない
    そこにいる
    それだけだと思い知らされます

  • 腹を立て 呆れ
    面白がり 面倒くさくなって
    気が向いたら
    あら そういえば昔は
    夫婦だったわね
    みたいな 不思議な関係

    なんとなく 元旦那さんは
    身に巣くう 厄介な慢性病みたいに
    旦那さん(病)が いて
    膨大な借金(痛み)をつくったからこそ
    がむしゃらに書けたのか

  • ひとが怒るポイント、笑うポイントはほんとにそれぞれなんだな。同じひとでも、時間が経つと変わるし。

    怒ることで相手がなにかをするのをヤメさせよう……とすることもあるけど、だからって相手は変わらないんだね。

  • とても90歳で書いたとは思えない作品

  •  これは著者の実体験なのか!?主人公の女性作家・藤田杉を主人公として、直木賞を受賞し、離婚した元夫・畑中辰彦(田畑麦彦がモデル)の膨大な借金を返済していく。辰彦の人生は壮絶な破滅への道。もっとノスタルジックな世界を想定していたら、杉の男勝りの強い性格と何とも頼りない夫への怒りを超えた諦め(呆れ!)の姿勢が悲しいほど。読後感はあまり良くない。作家仲間との交流場面が多く登場するが、明らかに川上宗薫と思われるモデルである川添という作家も登場する。他の作家は分からなかったが。

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著者プロフィール

大正12年、大阪生まれ。甲南高等女学校卒業。昭和44年、『戦いすんで日が暮れて』で第六十一回直木賞を受賞。昭和54年、『幸福の絵』で第十八回女流文学賞を受賞。平成12年、『血脈』の完成により第四十八回菊池寛賞、平成27年、『晩鐘』で第二十五回紫式部文学賞を受賞。平成29年4月、旭日小綬章を授章。近著に、『こんな老い方もある』『こんな生き方もある』(角川新書)、『破れかぶれの幸福』(青志社)、『犬たちへの詫び状』(PHP研究所)、『九十歳。何がめでたい』(小学館)などがある。

「2018年 『新版 加納大尉夫人 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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