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Amazon.co.jp ・本 (328ページ) / ISBN・EAN: 9784163901848
作品紹介・あらすじ
稀代のペテン師・佐村河内守の虚飾の真相!
18年間、ゴーストライターを務めた新垣隆の懺悔告白によって暴かれた、何重にも嘘に塗り固められた佐村河内守の虚飾の姿。二人の共犯関係はなぜ成立し、誰もが騙され続けたのか―ー。テレビ、新聞、出版、音楽業界……。あらゆるメディアを巻き込んで繰り広げられた壮大なペテンの真相に迫った渾身のノンフィクション。週刊文春が告発した佐村河内守のゴーストライター事件の全貌。第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞。
みんなの感想まとめ
この作品は、稀代のペテン師・佐村河内守とそのゴーストライター・新垣隆との複雑な関係を通じて、音楽業界やメディアの欺瞞を鋭く描き出しています。新垣の懺悔告白を基に、虚構が暴かれていく過程は驚くべきスピー...
感想・レビュー・書評
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2020.02.17
「音楽という真実」は、当事者…新垣さんの目線、主観だが
世間は、報道は、外側から見た彼らは
というところから次元を読み取る。
綻びが出てフェイクが現れ告発から発表されるまでのスピード感たるや。
この本が全部をわかりやすく整えているので新垣さんの本はこの本の後に読むべきだっただろうか。真実が罪なら全貌は罰だ
反省する者に救いを与え、なお騙し続け反省もせぬものにはとことん追い回す
真面目な方々の尽力のある件だったが、やはり週刊誌というかマスコミの方はいささかやり過ぎではないだろうか
読み物としてはこちらも面白かった詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ゴーストライター騒動後の佐村河内氏を追ったドキュメンタリー映画『FAKE』を観た後にこの本を読んだ。この本が先か、映画が先か、いずれの順番になるにせよ『FAKE』を観るのであれば、この本を読むとより一層楽しめること間違いない。特に、映画を観る上で知っておくべきことは、当然のことながら少なくとも監督の森達也はこの本を間違いなく読んでいるということだ。この内容を知った上で、あの映画を撮り、あの編集を行っているのだ。
つまり、佐村河内氏が「ペテン師」とまで言うかはおくとしても、少なくともある種の虚言症の気があることは理解し、警戒をした上でこの撮影を始めているということだ。
この辺りについては、次のサイトでの分析がおもしろい。おもしろいので、ここではその内容はあまり触れない。リンク先の解説を楽しんでもらいたい。
「佐村河内守のウソの付き方が“まだら”なのがおもしろい 森達也監督『FAKE』をもっと楽しむ方法」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/iidaichishi/20160615-00058863/
ただ、「森達也は古賀淳也(※注:佐村河内を扱ったNHKスペシャルのプロデューサ)を反復している。そういう見立てで観たほうが、『FAKE』は絶対におもしろい。天地神明に誓って」という最後の部分は首肯しかねる。映画のラストシーン(ぜひ映画を観てほしい)とタイトルがそのことを示している。映画の終わり近くになって、森監督は佐村河内氏とその妻である香さんに対して自分のことを信頼しているかと尋ねる。佐村河内氏はもちろん信頼していると言い、香さんも「同じ船に乗っている」として信頼感を示す。そこには今の段階でその質問が来るのかという若干の戸惑いが感じられる。そしてこの質問はラストシーンに向けての質問の布石にもなっているのだ(ぜひ映画を観てほしい(※)) 。
そのことは森監督自身が映画公開後に受けたインタビューからも明確にわかる。
「森監督:信頼関係という言葉は安易に使いたくありません。信頼関係がなくても作品は成立しますし、人間関係において100%の信頼なんて存在しないと思います。向こうが僕のことをどう思っていたかも分かりません。佐村河内さん本人に対しては、撮影を開始する時に、「僕はあなたの名誉を回復する気はありません。僕は映画のためにあなたを利用します」と伝えてありました。」
http://getnews.jp/archives/1466205
もうひとつ『FAKE』を別の視点でおもしろくしているのは本書の著者である神山典士氏のリアクションだ。
「「残酷なるかな、森達也」- 神山典士」
http://blogos.com/article/178313/
「佐村河内氏映画の森監督vs神山氏、場外舌戦ゴング」
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1666276.html
ここでの神山氏の反応は端的に言って的外れだ。神山氏は森監督には真相や真実を問う姿勢がなく、その作品はジャーナリズムではないと批判する。その批判がいかに的外れかは、森氏の過去の作品や発言を知っていれば明らかだ。森監督の目的は、正義の名の元に世の中においてたたいてもよいとされたものに対して安全地帯からためらうことなく迷うこともなく判断することもなく横並びに報道の名の元にこき下ろすことがいかに暴力的であるかを示すことである。そして、それはジャーナリズムではなく、ドキュメンタリにおいて可能になるような批評だ。
神山氏の批判がいかに的外れであるのかは、森氏の視点からではあり、フェアではないかもしれないが、次のインタビューに表れている。
「さらにテレビドキュメンタリーの場合は、新垣(隆)さんや神山(典士)さん(週刊文春で最初にゴーストライター疑惑を報じたノンフィクション作家)にインタビューする場面が必要になるでしょうね。中立を装わなくてはならないから。映画では彼らに出演を断られましたが、今作は佐村河内さんのドキュメンタリーであってジャーナリズムではないので、僕は必要ないと思いました。まあもっと直截に言えば、興味がないから撮りません。」
http://getnews.jp/archives/1466205
神山氏は先のブログでの批評にて次のように締める。
「残酷なるかな「森達也」。とはいえ最も残酷さを被るのは、このエンタメ記録映画を見せられてしまう観客でこそあるのだけれど。」
残酷さを被るのは神山氏かもしれない。さらに最もその残酷さを被っているのは佐村河内氏とその妻香であるように思う。その意味で、神山氏が「佐村河内氏が哀れにもなる」と語り、残酷だと言うことはとても正しい。
すっかり映画『FAKE』の話になってしまったけれど、本書は佐村河内氏の虚構を暴いたノンフィクションとしておもしろい本だと思う。また、その虚構を暴いた取材についても賞賛されるべきだと思う。後に続いたマスコミよりもよほど。そして、だからこそ、この本を読むことで『FAKE』がより一層おもしろくなる。『FAKE』と一緒に、強くおすすめ。
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(※)ラストシーンについて、どうしても映画を観ることができないけれども知りたい人は、次のサイトを参考に。
「映画『FAKE』のラストショットについて」
http://swingbooks.jp/2016/06/20/fake01/ -
徹夜して本を一気に読むなんて久しぶりだ。この本はポルノです。日本的なものの恥部を一堂に会させたごった煮のポルノ本と言えると思う。主役は、佐村河内守、新垣隆、メディア、メディアを通じて美しい話に酔った一般人。。
昔、吉里吉里人を読んだ時に、日本のタブーに対する切込み、風刺がすごいなと思ったが、この本はそれが実話として、何も隠すことなく剥き出しで綴られている。なんというか偽善がメルトダウンを起こしている。
物語は佐村河内の虚構が織り成す不思議な人の縁を中心に生々しく続く。しかも、彼自身の嘘(耳が聞こえない)により、ほぼすべてのやり取りがメールで残っているという奇跡的な記録性の高さ。どれを以ってしてもこれを超える話はそう出てこないだろう。劇性があり過ぎる。
作者も書いているように、これは有名になる為には何でもよいと考える非常識な男と、才能溢れる音楽バカとの奇跡のコラボレーションの話であるとも解釈できる。そうすると、二人は日本の音楽業界、あるいは美しい話に酔いたいメディアや一般人に何を残し、これから何を作っていくのだろう? まだまだ続きがあるような気がしてならないが、とりあえずは、ここまでのところでも十分なので映画化したほうがよいと思う。そんな衝撃の本だった。 -
『みっくん』を以前から知っていて、絵本も書き、真っ先に事件を知り新垣氏に告白を勧めた著者。著者にすればもっと早くに相当の物を書きあげることはできただろう。しかし、敢えて時間を掛け、徹底した後追い取材でより深化した内容になった。
忘れてはならないのはこれは一件のペテン師とゴーストライターの話しではない。
著者が最も述べたかったのは、『現代のベートーベン』を無責任に報道して来て真実がばれると手のひらを返して、素知らぬ顔で非難する方に回る、そんなメディアに対しての痛烈な批判だ。
報道に係わる者こそ、『テキストとして』率先して読むべきだ! -
人間とは何か考えさせられます。
面白くて一気読みしました。 -
新垣も同罪。最悪のタイミングで暴露して自身の贖罪の様に振舞う様は最悪の状況だね。
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2014年。 作者はジャーナリストの神山典士(かみやま のりお)。
佐村河内守が起こしたゴーストライター騒動についての、ノンフィクション。
佐村河内守についてのドキュメンタリー、『FAKE』(2016年 / 森達也監督)を観たけど全然楽しめなかったので、読んでみました。
佐村河内守の嘘をつきまくる人生がすごくて、麻原彰晃を思い出しました。 強引ながら行動力もあって、それがまた面白いです。
新垣隆の生い立ちや経歴も面白くて、小学生の時から天才と言われていた物静かな男。 佐村河内からの依頼で曲を作り、それが演奏されたり評価されたりすることで結構充実してたのも面白かった。 ある意味いいコンビです。
佐村河内がもっと賢かったり、まともなマネージャーが入れば今でも活躍していたかもしれないです。 それだけ彼が作り出した、聾唖で被爆二世の作曲家というキャラクターは需要があったし、メディアも取り上げやすかったという事でしょう。
書いてある事実はすごく面白いのだが、著者に人間的深みが感じられなくて、しょうもない意見が散見されるのがとても残念です。
これを読むと森達也監督が佐村河内の事を全然信用してなくて、それを踏まえて撮影していた事がよくわかります。 あの作品の中で、佐村河内が作曲したシーンが撮影されておらず、演奏シーンだけあるのだが、「あの時期は理由は忘れたけど腹を立てていて、しばらく佐村河内の家にいってなかった」というのも嘘だと思う。
映画を観る前に読むと、10倍くらい楽しめると思います。 新垣隆の書いた本も読んでみようと思います。 -
偶然の出会い
たまたま一致した動機
真実が暴露された後の2人の態度
その後の2人の状況を見ると
中身がある人は強い -
2015/8/1だんだん化けの皮が剥がされていくところは良かったが、遅すぎたね。勧善懲悪、悪いことをする人間は懲らしめられなくてはならない。NHKをはじめマスコミも問題あり。★3
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誰でも佐村河内となる恐れがある、皆の心に警鐘を鳴らす意味があったのではなかろうか。人を動かす力、技術力は相反するものなのか、水と油なのか考えさせられた。まとめ方として、時系列を前後に揺さぶる手法は賛否両論あるかもしれないが映画を見ているような感覚であり嫌いでは無い。
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ケータイメールでのやりとりが証拠として晒されていくのだが、メールという媒体の軽さ、その文面の軽さ、一字一句が晒される軽さ、色んな軽さに衝撃を受けた。
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豆乳大好き守さん
こんなひどい人なの -
初読
いやぁ、面白かった
佐村河内氏も交響曲HIROSHIMAのヒットも知らず、
曲すら聞いた事のなかった私はゴシップ的な興味だけで
関連書籍を読んだけど、やはり一番読み応えがあった。
なんといってもサムラゴーチ氏と新垣氏の組み合わせの妙!
変則的なバディものなのでは?という感すらある。
大口叩きで実行力・行動力があるサムラゴーチの「ビッグになりてぇ」欲望と
気弱でNOと言えない実務能力がある新垣氏の「自分の音楽を作りたい・聞いて貰いたい」欲望がマッチングし、
奇跡的なバランスと運でここまでの騒動になってしまった。
サムラゴーチ氏は、やはり俗物でw
幼少期のピアノレッスンもおそらく嘘、中高時代からフカシ気味、
俳優→音楽と「ああ、こういうのいるいる」な典型的なワナビーなんだけど、
なんの魅力も能力も運もないわけじゃない、
人を惹きつけたり取り込む能力もある(見破られる事も多いが)
初めの一歩、NHKの「山河憧憬」で作曲のオファーが来たり、五木寛之を取り込めたり。
そして、何か事を成すにはここぞという時に勝負に出れる「何か」が必要だと思うけど、
サムラゴーチ氏は秋桜を私費で(総額200万円ほどらしい)
オーケストラ録音したこと、がそれに当たるんだろう。
一応、秋桜の元になるメロディはサムラゴーチ氏が打ち込みで作ったようだし。
確かに、ゼロではなく1はある。それを100にするために、
例え嘘が99があったとしても、1はあるんだ0じゃない!
と本人は思ってるんじゃないかなぁ。うん、なんとなくわかるよ。
その99の嘘が面白いんだけどw
全聾の「設定」も、自分の音楽能力が足りない事が
バレないためだった物が「現代のベートーヴェン」という付加価値になっていくのねぇ。
新垣氏の描写に関しては、全編公平に書こうと努めているのは伝わってくるけど、
神山さんはやはりサムラゴーチ氏との付き合いの中でのバイアスがあるので、
やはり、多少、新垣氏に寄ってるな、とは思う。
「天才」なのかはわからない。
それでも、新垣氏の素朴さや人の良さは本当なんだろう。
そのS極とN極の組み合わせが起こすハーモニーwは
バイオハザードのカプコンでのコントみたいな打ち合わせや
秋桜・バイオハザード・鬼武者までは何と新垣氏、無報酬で引き受けていて、
1年がかりの仕事、交響曲hiroshuma・交響曲第1番現代典礼でようやく200万の報酬を受け取る事になるのだけど、
結構な仕事をこなしてきたいい歳の男2人が、分割した支払いの100万円を
サムラゴーチ氏は「こんな大金初めて持った」と言ったらしいし、
新垣氏も全く同じことだったらしく、
今となってはのスケール感に比べて、なんだかもうお前ら可愛いなって感じだ。
色んな人間が意識的にであれ無意識であれ、
佐村河内の虚像を大きくする事に加担し、
「物語」を消費し、売れるものが売れる・売れるが勝ちという
「佐村河内なるもの」に対しての警鐘の一文が良い。
「佐村河内なるものはいる、私の中にも、あなたの中にも、誰の中にも。
権威を持って嘘をつけば人はなびくと囁きながらー。」 -
内容は表題の通り。佐村河内について、どういう学生時代だったかなど、これまでの報道ではわからなかったこともかなり詳しく書いていて、興味深く読めた。ただ表題の「天才」は、ゴーストライティングをしていた新垣のことなのだが、これは少々言いすぎかな?と思う。
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本書は「ペテン師」佐村河内と「天才」新垣の出会いから生まれた「佐村河内事件の全貌」のドキュメンタリーである。佐村河内事件の暴露には著者の神山も噛んでいるので当事者によるドキュメンタリーの側面もある。何が起こったか、マスコミやネットで報じられなかった事実も掘り起こされている。
佐村河内の来歴はだいたいネットで曝されていた通りだが、売り込みの戦略と粘り強さ、図々しさでは一流ではないか。ただ、肥大した自我を持ちながら彼には売り込むものが何もなかった。他方、新垣の神童ぶりも凄まじい。だが、彼には自分の芸術を押し出す図々しさ、押しの強い自我がなかった。2人が出会ったのは偶然だったのか、運命だったのか。
また、この事件では障害者も重要なキーワードである。「障害を売り物にしたくない」と著書で述べながら、実は自分の虚偽の「障害」を使って売り込みをしていた佐村河内が、しきりと障害児に接触を繰り返していたことが書かれている。そしてそのひとり、先天性の上肢欠損ながらヴァイオリンを習う少女「やっくん」を売り物にしようとしてやっくんから「大人は嘘つきだ」と拒絶を受けたことが契機となって、ゴーストライティングの事実が暴露されることになったという経過。暴露はやっくんを守るためでもあったのだ。フィギュアスケートの高橋大輔選手が〈佐村河内作品〉の《ソナチネ》を使うことで迷惑をかけてはいけないというのは実は表向きの理由だった。障害を弄んではいけないという社会の良識を自分の嘘の隠れ蓑に利用した男が、他人の障害を弄んでしっぺ返しを受けたのである。
著者の神山も佐村河内のプロデューサーとしての才能を評価し、再起を促す場面もあるのだが、「謝罪会見」で彼が嘘をついたことを謝罪するのではなく、嘘がばれたことを利害関係者に謝罪しているだけであることにたいそう失望する。それゆえの「ペテン師」呼ばわりなのである。また、新垣がこの関係を終わらせようと説得にかかりはじめた頃に、ある音大生を第二の新垣にすべく画策していたことも暴露されている。佐村河内守氏には出直してよい道を歩んで欲しいと思うが、本書を読むと無理だろうなと思わざるをえない。
佐村河内が大ブレークする要因となったNHKスペシャルのディレクター古賀淳也の番組製作の酷さ、あるいはいかに佐村河内にいいように手玉にとられたかも述べられており、筆者も含めてマスコミすべてが「共犯」をさせられていたという指摘もある。
著者は「佐村河内なるものはいる,私の中にも、あなたの中にも,誰の中にも」といって本書をまとめる。つまり「売れるが勝ち」という発想。しかし新垣なるものも私たちの中にいる。お金ではなく、ただよいものをよいと思う心。
どのような経緯であれ生み出された音楽に罪はないこと、新垣隆氏にはこれからもよい作品をたくさん書いて欲しいこと、この二点はとりわけ著者に共感すると表明しておきたい。 -
ニュースよりちょっと詳しい程度かも。
内容は想像の通りで、ニュースで見たことに加えて、一連の手口が詳しく書かれおり、関係者のコメントも書いているのが特徴でしょうか。
仕方ないですが、佐村河内氏のコメントがあったら、さらに面白い本だったかなーと感じます。
今回の手口で(悪い意味で)関心したのは、佐村河内氏の狡猾さと外堀を埋める上手さ。
音楽をやる以上、人に聞いて欲しいという誰にでもある欲求を、上手く活用して取り込んでいきますねー。
(新垣さんには相談できる友達とかいないのか?)
本書にもありますが、まともに仕事をしていたら、敏腕プロデューサーと呼ばれていたほどの悪知恵かと。
しかし、音大も出ておらず、目の前でピアノを弾いたり、記譜もしない男を、よく信用してTVで特集したものだと呆れます。
最近、特にまともな取材もせず、ネットの情報を拾って番組や記事にするメディアが多いので、ちょっと考えて欲しいものです。
特にすごい裏側を見られるわけではないですが、彼のダマシのテクニックが垣間見えると思います。
興味のある方だけどうぞ。 -
佐村河内氏より新垣さんの天才ぶり、人柄が際立つ感じ。
新垣さんの音楽として聞きたい。 -
151001図
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