イスラム国 テロリストが国家をつくる時

  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163902111

作品紹介・あらすじ

中東の国境線をひきなおす。アルカイダの失敗は、アメリカというあまりに遠い敵と第二戦線を開いたことにあった。バグダッド大学で神学の学位をとった一人の男、バグダディはそう考えた。英米、ロシア、サウジ、イラン、複雑な代理戦争をくりひろげるシリアという崩壊国家に目をつけた、そのテロリストは国家をつくること目指した。領土をとり、石油を確保し、経済的に自立電力をひき、食料配給所を儲け、予防接種まで行なう。その最終目標は、失われたイスラム国家の建設だと言う。対テロファイナンス専門のエコノミストが放つまったく新しい角度からの「イスラム国」。池上彰が渾身の解説。はじめに 中東の地図を塗り替える欧米の多くの専門家は「イスラム国」をタリバンと同じ時代錯誤の組織だと考えている。しかし、それは違う。彼らは、グローバル化し多極化した世界を熟知し、大国の限界を驚くべきほど明確に理解している序章 「決算報告書」を持つテロ組織冷戦下のテロ組織は、PLOにしてもIRAにしても、狭い領域内で正規軍に対して戦いを挑んだ。イスラム国の決定的な違いは、群雄割拠する国際情勢の間隙をついて、広大な地域を支配下においた点だ第1章 誰が「イスラム国」を始めたのか?「イスラム国」の起源は、ビンラディンに反旗を翻したザルカウィに始まる。「遠い敵」アメリカではなくシーア派を攻撃するその路線は、バグダッド大学でイスラム神学の学位をとった一人の知識人にうけつがれる第2章 中東バトルロワイヤル 米ソという超大国にいきつく冷戦期の代理戦争と違い、今日の代理戦争は多岐にわたるスポンサー国家が存在する。そうした多頭型代理戦争の間隙をついたのが「イスラム国」だ。いち早く経済的自立を達成し、優位にたった第3章 イスラエル建国と何が違うのか?イギリス、フランスの手によって引かれた中東の国境線を消し、新しいカリフ制国家を樹立する。そうとなえる「イスラム国」は、ユダヤ人がイスラエルを建国したのと同じ文脈にあるのだろうか?第4章 スーパーテロリストの捏造イラクのサダム・フセインとアルカイダをつなげるために、欧米によってザルカウィの神話がでっちあげられた。十年後、後継者のバグダディは、ソシアルネットワークの力でカリフ制国家の神話を欧米の若者に信じ込ませる第5章 建国というジハード「イスラム国」は、カリフ制国家の建国というまったく新しい概念をジハードに持ち込んだ。それは、アメリカという遠い敵に第二戦線を開いたアルカイダ、腐敗と独裁の中東諸国の権威を一気に色あせさせたのだ第6章 もともとは近代化をめざす思想だった「イスラム国」がよりどころにしているサラフィー主義はもともとは、オスマン帝国の後進性から近代化をめざす思想だった。それが欧米の植民地政策によって変質する。「神こそが力の源泉である」第7章 モンゴルに侵略された歴史を利用する一二五八年、バグダッドは、モンゴル人とタルタル人の連合軍によって徹底的に破壊された。当時連合軍を手引きしたのはシーア派の高官。21世紀、欧米と手を組むシーア派というロジックでこの歴史を徹底利用する第8章 国家たらんとする意志グローバル化と貧困化は、世界のあちこちで武装集団が跋扈する無政府状態を生み出した。しかしこれらの武装集団と「イスラム国」を分けるのは、「イスラム国」が明確に国家たらんとする意志をもっていることだ終章 「アラブの春」の失敗と「イスラム国」の成功ツイッターによるイランの「緑の革命」、フェイスブックによる「アラブの春」、ユーチューブによる「ウォール街を選挙せよ」そして香港の「雨傘革命」。これら社会変革の試みが必ずしも成功しなかった理由は何か?解説 「過激テロ国家」という認識の思い込みの修正を迫る本 池上彰

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    イスラム国は不死鳥のごとくよみがえり続ける。

    2019年3月23日、イスラム国と戦っていたシリアの民兵組織「シリア民主軍」が、シリアで最後まで支配が続いた村を制圧したとして、イスラム国に対する勝利宣言をした。これをもってイスラム国は壊滅したと報道されたが、実際は2021年現在も活動しており、コロナによる混乱に乗じて勢いを増している。
    2021年1月21日には、イラクのバグダッドで自爆攻撃があり、32人以上が死亡した。

    彼らのやりかたは残虐行為だけではない。住民に生活インフラを提供し、コンセンサスを得ようとする。SNSプロパガンダの有用性を理解し、先進国の若者を惹きつける投稿を行っている。
    なぜ殺戮を行いながら人々を助けるのか。なぜ中東におけるイスラム教の争いに先進国の若者を動員しようとするのか。一見矛盾する行為の裏には、「楽園の建国」という理想がある。

    本書は、そうした彼らの行動原理について、コンパクトながらしっかりと学べる本であった。


    【本書の概要】
    イスラム国は、一国を標的としていたかつてのテロ組織と違い、世界全体に「カリフ制国家」を建国することをめざしている。
    イスラム国はSNSを使ったプロパガンダ工作に長けており、処刑や拷問などの残虐な行為を世界に発信することで、近隣から優秀な兵士を調達している。
    先進国の人々にとっては、こうした野蛮で非道な行為がふさわしいやり方だとは感じない。
    しかし、シリアとイラクとスンニ派の人々にとってはそうではない。彼らは多国籍軍と軍事政権のせいで、数十年におよび、混乱、戦争、破壊にさらされてきた。彼らにとっては現政権も国連も同様に「役立たずの中の一人」である。
    そして事実、イスラム国は食糧配給所を作り、学校や病院を立て直し、水や電気の供給も行っている。イスラム国は地元住民を取り込みながら建国をめざしているのだ。
    イスラム国が好きなように中東の地図を書き換えてしまう前に、彼らを国際社会に取り込んで国際法を守らせる、という解決策もあり得るかもしれない。


    【本書のまとめ】
    1 イスラム国とは何か
    イスラム国のやり方は一見すると中世に逆戻りしているように見えるが、この組織が本質的に過去への回帰をめざしていると考えるのはまちがいだ。
    ISISの闘いは革命ではなく、領土を確保するための征服戦争――祖先の地にカリフ制国家を再興すること――である。イスラム国の第一義的な目的は、「スンニ派のムスリムにとって、ユダヤ人にとってのイスラエルとなることである」。つまり、「かつての自分たちの土地の権利を現代に取り戻すこと」である。

    この組織が、冷戦期も含めて先行するどの武装集団とも決定的に違う点は、その近代性と現実主義にある。
    イスラム国が制圧した地域の住民は、軍隊がやってきたおかげで村の生活が改善されたと証言している。道路の補修、食糧配給所の設置、電力の供給など、旧政権よりも国土の発展に前向きである。建国には住民のコンセンサスが必要なことを理解しているのだ。

    中東の国内政治の実態や、世界各地に散らばるイスラム系移民の不満を鋭く見抜き、そこにつけこむ政治感覚を発揮したのは、イスラム国以外にはこれまでいなかった。
    過去の組織のテロ活動は、あくまで小さな領域内部に留まる程度だったが、今ではテロ組織を支援する国家や政治組織はいくらでもある。だからこそ、イスラム国は複数のスポンサーから資金援助を取りつけ、広大な地域にカリフ制国家を打ち立てることができた。

    そして、彼らが真価を発揮したのはSNSだ。残虐行為を動画に編集して、世界中の視聴者に発信している。恐怖は宗教の説教などよりはるかに強力な武器になることを理解しているのだ。


    2 イスラム国が大きくなった経緯
    アル・バグダディに率いられた「イラク・イスラム国」は、シリア内戦を通じて組織の再編と拡大を目指した。内戦に参加したメンバーが軍事訓練を受けられたうえに、資金調達の方法も確立した。

    いまや資金を提供してくれるスポンサーは選び放題だ。冷戦期には、代理戦争を行う組織にとって選択肢は2つしかなく、アメリカかソ連であった。しかし世界が多極化すると、スポンサーは多様になり、スポンサーのスポンサーである欧米の武器がいくつも手に入るようになった。

    現代の代理戦争においては、利害関係が入り乱れ過ぎて、誰が味方で誰が敵なのかがはっきりしない。
    イスラム国は中東の代理戦争にうまく乗っかった。よく組織され統制が取れていたイスラム国は、テロをビジネスとし自らを売り込み、徐々に勢力を拡大し、やがてスポンサーの資金が無くても自力で国を運営できるまでに拡大した。

    普通国家よりも擬装国家(政治体よりも経済的インフラが先にある国家)のほうが、イスラム国にとって都合がいい。どのみち経済が戦争経済とテロ・ビジネスに限られている以上、孤立した地域に擬装国家を建国すれば、支配者は政治権力を独占できるし、あとから民主的に地域住民のコンセンサスを得ればよいからだ。


    3 イスラム国の目的
    彼らは、中東の政治が行きづまっている現代において、スンニ派の全ての人々のために、既存の国家に取って代わる「カリフ制国家」を建国する目標を掲げている。20世紀に異教徒(外国勢力)の手によって引かれた中東の国境線を抹消し、再び一つの国を作ろうとしているのだ。

    そして彼らが効果的に使っているのが、SNSによるプロパガンダ攻撃である。処刑、拷問、さらし首の映像を発信し、世界中に恐怖をばらまいている。それがターゲットにしているのは先進国の新参者であり、たった数回のクリックで急進主義に転向する。

    欧米人から見たら、野蛮で非道な行為は、近代国家がコンセンサスによる正統性を確保するのにふさわしいやり方とは思えない。だが、数十年におよぶ混乱、戦争、破壊にさらされたシリアとイラクとスンニ派の人々は、必ずしもそうは考えない。

    イスラム国のメンバーはこう言う。「あなた方は処刑だけを見ている」
    この言葉は大きな事実だ。今まで何の指導的役割を果たしてこなかった政権や国連に変わって、イスラム国は食糧配給所を作り、学校や病院を立て直し、水や電気の供給も行っているのだ。

    同時に、征服した部族の女性を略奪し、征服者と被征服者の間に血縁関係を築くことによって、地域内の反感を抑えようとしている。

    いずれにせよ、イスラム国は、地元住民を取り込みながらカリフ制国家の建国をめざしているのだ。

    もし、野蛮な暴力によって建国されたこの擬装国家が、住民の承認と支持を得て近代国家となりえたとしたら、彼らが好きなように中東の地図を書き換えてしまう前に、国際社会に取り込んで国際法を守らせる、という解決策もあり得るかもしれない。


    4 テロリストをねつ造したアメリカ
    アメリカはイラク侵攻の理由が必要だった。ブッシュは、サダム政権が大量破壊兵器を保有し、テロを支援していると非難したが、大量破壊兵器の証拠は見つからなかった。この筋書きを成り立たせるために、サダム・フセインとアルカイダは繋がっているという話をでっちあげ、ザルカウィこそがこの架空のつながりの黒幕だと言い張った。

    皮肉なことに、この嘘は公言することで現実となった。現地のジャーナリズムよりもSNSでのプロパガンダの方が効果的に広がり、各地から志願兵と資金を呼び寄せてしまったのだ。


    5 サラフィー主義
    サラフィー主義は、イスラム教の一宗派であり、初期のイスラム指導者たちの教えに字義通り従い、初期イスラムの時代に回帰することを是としている。19世紀末以降は、欧米の植民地主義への反発もあって、より過激に解釈されており、ジハードを行う過激派思想と認識されている。
    とはいえ、現代のサラフィー主義が、初めから反欧米を掲げていたわけではない。実際には、近代化された欧米の優位を見習いながら、アラブ世界の近代化をめざす進歩的思想だった。

    ところが19世紀末に、ヨーロッパの列強が植民地化を目的としアラブ世界に乗り込むと、サラフィー主義は一気に反欧米思想へと転換した。
    今日、中東で繰り広げられているのは宗教戦争である、と欧米人は考えてしまうが、真の動機は政治・経済的なものであり、そのルーツはこの地域の権力抗争にある。

    新しい国家を建設し、住民のコンセンサスを得て正統性を確保するとなれば、SNSを介した口当たりのよい宗教的プロパガンダよりも、より効果的なものが求められる。そこで「シーア派の浄化」の概念を持ち出し、域内住民の結束力を高めたのだ。


    6 イスラム国家に対して何ができるか?
    外国の軍事介入が、中東の不安定化の解決につながらないことははっきりしている。したがって、これ以上の犠牲や破壊を食い止めるためには、戦争以外の手段を模索すべきである。

    「アラブの春」を始めとする「スマートフォン蜂起」が失敗する一方で、「イスラム国」が成果を上げているのは、後者を率いるのがプロフェッショナルなエリートであって、命令によって兵員を統率しているのに対し、前者は自主的な参加にゆだねられ、参加メンバー間の関係性や相互交流に委ねられがちだからだ、と言えるかもしれない。

    国を作り上げるのに、戦争でもない、SNS蜂起でもない、第三の道はある。教育、知識、そして変化の速い政治環境に対する深い理解である。

  • 面白かった。知らないことを知る喜びを感じる1冊であったが、中東の複雑さを考えさせられる本でもある。
    「アラブの春」がシリアに押し寄せた時に何が起こったのか?
    ここに全ての要素と原因が凝縮されている。

    「アラブの春」がシリアに押し寄せた時、サウジ等はスンニ派の擁護という宗教的な建前から、欧米は民主化(あるいはもっと露骨な資本主義?)という大義名分のもとにシリア反政府側へ資金援助・武器の供与を始める。
    一方シリア・アサド政権はイランやロシアの支援を得て、反政府側を圧迫。
    この混乱を巧みに利用し勢力拡大に繋げ、漁夫の利を得た勢力があった。それが「イスラム国」(以下IS)である。

    ISは当初イラクでの反政府組織「イラクのアルカイダ」からスタートしたが、米軍の反撃にあい成果を出せなかった。そうした時に、隣国シリアでの内戦が始まり、指導者「アル・バクダディ」は少数の偵察隊を派遣し、情況偵察を行わせた結果、そこに自分達の活路があると判断したのだ。
    彼らはスンニ派であることによりシリアでの反政府軍を装い、サウジ等のスポンサーを獲得し、資金・武器を蓄え、ある日突然、アサド政権ではなく、本来見方のはずの反政府側を攻撃し占拠を始めた。恐らくアサド政権側を攻撃するより、簡単に出来たのだろう。
    シリア内戦を巧みに利用した彼らは油田地帯を押さえ、原油の密輸で潤沢な資金を稼いだ後に、次に米軍の撤退したイラクに再攻撃をかけ、次々とイラクを占領していく。
    そしてシリア・イラクのかなりの地域を占拠し、2014年6月にはカリフ制イスラム国の樹立を宣言するに至る。

    「アル・バクダディ」は、アルカイダの失敗はアメリカという余りに遠い敵と戦線を開いたことだとし、敵はイスラム教のシーア派はおろかライバル関係にあるスンニ派への攻撃も辞さないという、内ゲバの論理を取る。シリアの混乱から、領土をとり、石油を確保し、経済的に自立し、そして占領地では、電力をひき、食料配給所を儲け、予防接種まで行なう。その最終目標は、英仏が決めた「サイスコ・ピコ協定」の国境線を廃止し、失われたイスラム国家の建設だと言う。
    こうした状況の中でのカリフ制国家の再興と新カリフの登場を多くのスンニ派の人々は、新たな武装集団の出現ではなく、数十年に及ぶ戦争と破壊の末にとうとう頼もしい政治主体が出来たと感じているという。

    国家や宗教のエゴが寄せ集められ、その犠牲となった中東という地域に、我々は簡単に答えを出せることではないというのが、この本を読んでよく理解できた。
    また、この地域に欧米流の民主主義が育つのか、あるいはそれが適しているのかと考え込んでしまう。

  • この問題の一冊目として読みました。

    突然現れたように見える彼らが、どうやって力を蓄えたか、そして、力を与えた者たちの構図がよくわかる一冊です。

  • シリア→ロシア
    イラク→アメリカ

    その狭間で勢力を拡大するイスラム国。
    内部からの証言があるわけではないが、トップのバグダディと組織成立の軌跡を解かりやすく追っている。
    一定の秩序を作れていることと、欧米に受け入れられなさそうであることはフセインを彷彿とさせるけれど、さらに不安定だろうな。

  • ソーシャルメディアを活用して主張を拡散し、その経済的自立性と統治力を見れば、もはや中東地域ではISを国家と認めざるを得ない様相だ。アル・バグダティのひきいる組織は、明らかにIRAやPLO、そしてアルカイダといった従前のテロ集団とは違い、大いなる近代的進化を遂げている。その残虐極まる行為は許しがたいものの、今日にいたる歴史において彼らに犯してきた欧米の行為ははるかに残虐であったし、現在なお利権により彼らを蹂躙していることは確かだ。自らを正当化し合うなかで、対する側の目から己を見つめる大切さを思う。

  •  今、人質などでメディアに出ている「イスラム国」とは何か知りたくて、読んだ。
    各章に分かれていて読み易かったと思う。
     「イスラム国」集団が拡大したのは本書ページ60の
    中頃に書いてある通りだと思う。
     発生の経緯などは良く理解できたが、歴史的、地理的、考え方(宗教などの)異なる我々には解り難しいのかも知れません。

  • イスラム国について、成立までの流れ、意外としっかりとした組織、目指すところなど基礎知識が入手できる良書。

    テロという手段を取っているので、欧米社会から同意を得るのは困難であろうが、狙いとしているものは国家建設であり、アルカイダと違うということは理解できた。

    さらにイスラム国を理解するためには、まずアラブ世界の歴史を知る必要がありそうだ。

  •  2014年中頃から世界を騒がせ、さらに今年に入ってからは邦人を人質に取り更に注目を集めているイスラム国。しかしその正体は未だに謎であるが、本書はイスラム国がこれまでのテロ集団と一線を画した存在であることを浮き彫りにさせてくれる。

     テロ集団といえばタリバンやアルカイダ、国内であれば革マル派や中核派、オウム真理教、あるいはしばき隊のようなものまで思い浮かべるかもしれないが、そのいずれもが暴力集団であるのに対し、イスラム国は単なる暴力集団とは言えないところに難しさがある。例えば、何かを記念して旗を掲げようとしたとき、住民が反対すればイスラム国は旗を掲げないのである。一方、他のテロ組織では自らをアピールするために反対する住民を処刑してでも旗を掲げる。こういう譲歩ができる所、住民の意を汲んで対応できるところが、単なる暴力集団とはいえないところなのである。そして、それ故、住民に信頼されるのである。また、はじめから「国家建設」をビジョンに掲げて行動している組織であり、領土を広げ、資源を確保することに余念がない。しかもその資源を売って資金を得ているのである。これだけを見ても、これまでのテロ組織とは違うといえる。

     イスラム国は意外なことに、支配地域の住民に概ね支持されているという。イスラム国がシーア派に差別されてきたスンニ派の側の組織であり、シーア派を攻撃しているのであればスンニ派の住民から支持を受けるのは当然である。また、水や食料の配給だけでなく下水の整備や道路の補修、電気の供給といったインフラ整備、さらに孤児の養子縁組、ワクチン接種まで行っているとすれば住民が支持しないわけがない。ここをみても国家建設というビジョンが見えてくる。

     さて、なぜここまで勢力を拡大できたのかについては多くの謎があるが、そのひとつは、欧米各国の「これまでのテロ集団と同じである」という思い込みによる対応の遅れであり、もうひとつはメディア戦略である。イスラム国の掲げるカリフ制国家こそがムスリムの理想の国家であると掲げ、さらに、首謀者はほとんど姿を見せず神秘性を演出。加えて、「建国」に参加できるという喜びなどを訴えている。こういうプロパガンダを巧みに行うことで、在欧米のムスリムの若者だけでなく、外国人をも引き付けているという。そのため、世界中から人々が集まってきており勢力に衰えが見えないという。ただし、こうやって集まってきた外国人は、地元民に共感も同情も抱いておらず、組織への参加は冒険や軍のサマーキャンプのようなものと考えており、いずれ内部で対立が生まれるかもしれないという。しかし、勢力を拡大しているという事実、世界中の若者の共感を呼びつつあるという事実は重く受け止めないといけない。

     今この時点においても事態は動いており、今度どのようになるのか分からない。「国家建設」というビジョンを掲げ、少なくともそれを実行し続けている今、情勢の如何によっては、本書が発する警告 ―― 『近代以降の歴史で初めて、武装組織がテロリズムの最終目標を実現することになる』 ―― つまりテロリストが国家を作ってしまうことが本当にあり得るかもしれない。

  • イスラム国の第一義的な目的は、「ユダヤ人のユートピア」イスラエルのような存在をスンニ派ムスリムによって形作ることにある。
    なるほど、これだけで、世界中から閉塞感に苛まれる若者を呼び寄せ、混迷極める中東で勢力拡大を繰り返している要因の香りが漂ってくるではないか。
    しかもその組織が、スポンサー国家に頼らず自主財源を確保し、その資金を統治地域の安定に供出しているという事実は、彼らがただの戦闘集団とは質的に異なる証左である。
    今後欧米諸国と中国、ロシアが彼らとどう対峙するかはわからない。
    ただし、これまでの物量的軍事攻撃では彼らを倒すことはできないだろう、それがこの著書の警告である。

  • 「イスラム国」とはなにかを説いた書。

    「イスラム国」とは単なる過激派の集団ではない。第一義的な目的は「スンニ派のムスリムにとって、ユダヤ人のイスラエルとなることである」ということだ。彼らの目的は「かつての自分たちの土地の権利を現代に取り戻すこと」であり「たとえ自分がいまどこにいるとしても、必ずや守ってくれる宗教国家」になること。これらはユダヤ人がイスラエルを建国した目的とほぼ同じことである、と著者は書いている。この指摘で彼らのモチベーションが金銭的インセンティブによらず、旧カリフ制国家再建という大いなる野望に裏打ちされていることを知ることができる。

    私たちは「イスラム国」を過激な集団として認識する傾向が強いが、内実はしっかりとした財政基盤を持ち、決算書も作成し、都市のインフラを整備し、ポリオワクチンの予防接種を実施するなど、住民の心をつかむ政策を進めている。

    サラフィー主義を掲げたアル・ザルカウィ率いるカリフ制国家は、今後もそのたくみな戦略(残念ながら欧米のそれを真似られている)によって、世界の人々に物議と変革と再思考を促すだろう。

    看過してはならない重要な課題だ。

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