武道館

著者 :
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 2011
レビュー : 319
  • Amazon.co.jp ・本 (303ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163902470

感想・レビュー・書評

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  • 冒頭───
     右手で母の手を、左手で父の手を握っていた。
    「こうでもしていないと、愛子はすぐ踊ったりしちゃうから」
     危ないのよほんとに、とぼやく母の照れくさそうな横顔が、通りを走る車のライトに照らされている。
    「踊りながら道路に飛び出したりしてな。変質者だと思われるぞ」
     続けて父がそう言うと、後ろを歩いている大地の両親がおかしそうにくすくすと笑った。両親と手をつないでいるようすを大地に見られるのはなんとなく恥ずかしかったけれど、両親の言うことは本当だし、実際、そんなことを気にしていられないくらい、愛子の心の中は忙しかった。


    遥か昔、ステージ上で「普通の女の子に戻りたい!!」と泣き叫んで、芸能界を引退したアイドルグループがいた。
    今から遡ること40年近くも前の話になる。
    「普通の女の子」。
    その気持ちは、取りも直さず、
    “若くて、女の子で、歌うことと踊ることが大好きで、大好きな人のことも大好きだという状況は、どうして成り立たないのだろう”
    という、この作品の中に出てくる気持ちに近いはずだ。

    彼女たちは「普通の女の子」と同じように、友達を作ったり、何かを学んだり、誰かに恋をしたりという、ごく当たり前のことがしたかったのだ。
    この発言から約半年後、人気絶頂の最中、彼女たち三人は揃って芸能界から去ることになる。
    「キャンディーズ」から「普通の女の子」に戻って、自分を見つめ直すために。

    アイドルはアイドルとして存在し続けるために、様々な制約を課せられる。
    その中で最も重要な掟は、恋愛禁止。彼氏や彼女を作ってはいけない。
    それは、昔も今も同じだ。ファンの幻想を壊せば、アイドルとしての価値はなくなるのだから。

    アイドルとして生きていくのか、普通の女の子に戻るのか、結局自分自身の意志でどちらかを選ぶしかない。
    この作品の主人公「愛子」は、本当の自分として生きていくために、大好きな人を大好きだと言うために、アイドルの地位を捨てることを選択する。

    この作品は、アイドル好きだと公言する作者朝井リョウ君の目線で見たアイドル論だ。
    ただし、単なるアイドル論として語れないのは、彼女らに限らず、人間誰もがその成長の過程で、進むべき道を自分で選び取って生きて行かねばならないからだ。
    右へ行くか、左へ行くか、人生が一度きりのものである以上、選択肢は常にひとつ。後戻りはできない。
    選んだ道が正しかったかどうかは、自分のその後の生き方で決まる。
    でも実際には、本当に正しい道を選んだかなんて、誰にも分からない。

    “「正しい選択なんてこの世にない。たぶん、正しかった選択しか、ないんだよ」”

    そう思い込んで生きていくしかないのだろう。

    キャンディーズが活躍していた頃と同じ時期、ラジオの深夜放送「落合恵子のセイヤング」を聴いていた高校時代の私の心の中に今でも刻まれている言葉がある。

    リスナーから送られてきた手紙の内容は、田舎から東京に一人出てきたものの、寂しくて、辛くて、哀しい毎日を送っているというものだ。
    でも、その手紙の最後の台詞がこうだった。
    「誰が選んだ道じゃない。自分で選んだ道だもの」
    結果的に苦しい選択をしたとしても、それは飽くまで自分で選び取った道なのだ───。

    自分の歩んできた道をあらためて考えさせられる作品だった。

    アイドル話をここまでの作品に仕上げる朝井君の手腕はさすがだ。
    ただし、この作品では、これまでの彼独特のキラキラ光るような比喩があまり見られなかったのが残念でもある。

    さて、東宝を退職し、会社員生活との二足の草鞋を辞めて、作家業に専念するこれからの朝井君。
    今後どんな作品を産みだしてくれるのかは、別の意味で楽しみだ。

    • 杜のうさこさん
      初めまして!杜のうさこです。
      花丸をありがとうございます!
      実は…後輩です(#^.^#)
      ここにはっきりとは書きませんが、 kosho...
      初めまして!杜のうさこです。
      花丸をありがとうございます!
      実は…後輩です(#^.^#)
      ここにはっきりとは書きませんが、 koshoujiさんにはわかっていただけるかと…
      まず、希望の泉(通称、絶望のため池)校歌の口笛(今はないそうですね)
      そして、今はなき安部球場、提灯行列のあの感動は今も忘れられません!(応援帽、今も持ってます)青春でした~
      そしてなにより、キャンディーズの大ファンです!教室の後ろで、休み時間に友達とよく踊ってました。
      5枚組の卒業アルバムは今も大切な宝物です。
      これからも、どうぞよろしくお願いします!
      2015/07/24
  • 現役アイドルや、プロデュース関わっている人、そしてアイドルファン全員にぜひ読んでもらいたい傑作。

    自分にとって何が本当に大事なのかを、人に決めさせてはいけない。例え歴史がそれを正解だと示していても、世界は変わり続ける。常識はいつまでも常識のままではなく、移り変わる。だから、他人からの「こうあるべき」に縛られちゃいけない。

    まさかアイドルの成長を通してそんなことを考えさせられるとは・・・。

  • とてもリアル且つシリアスで感極まって涙が止まらなくなりそうな心にズシリと響く嘘偽りのないアイドル小説ですね。ファンはアイドルにあくまでも非人間的なパフォーマーとしての虚像を求めているのですね。自分だけのアイドルと心で思っても実は自分が独り占めしたら他のファンへの裏切りになるから不可能だと自覚していて永遠にこのままの状態が続く事を無意識に願っているのでしょう。ヒロイン愛子の問い掛けは読者の心にグサリと突き刺さるでしょう。彼女らもアイドルである前に一人の人間なのだから。二人を讃えたサムライは誠に偉い奴ですね。

  • アイドルという存在を一人の人間として深く考える
    物語として引き込まれるだけでなく、現代の社会のコミュニケーションや
    新しいソーシャルメディアの意味、不条理なども考察されており意義深い
    ラストの展開も非常に秀逸で感動的だった

  • 現代の女性アイドルを取り巻く環境について、鋭い視点で書かれている話だった。

    主人公の愛子は幼い頃、「テレビの中のあの子」に憧れている。

    アイドルになってからの愛子「私、どんなアイドルが好きだったっけ?」←ここの描写が印象的。
    これだけ読むと年頃の女の子が自分を見失っているだけだと思うかもしれないが、その理由は…。
    よく考えられているなと思う。



  • 面白かった ラストで未来の話になっちゃったのが少し消化不良だった(作中で提示された現代のアイドルについての様々な問題に主人公は何も答えを出さないまま引退結婚しちゃった印象 それが答えなのかもだけど)けど幼馴染の剣道少年がかっこいいので大地君に☆10個くらい付けたい アイドル残酷物語を期待すると(してた)そこまで不幸な目には合わないので物足りないかもだけど幼馴染との恋愛要素が楽しいので、別マ的な青春小説だと思って読むといいと思いました あと個人的にはドラマ(まだ見てない)で主人公役をやったかりんちゃんさんは明らかに「学校に友達もいない」側のアイドルなので、かりんちゃんさんのため(?)にも「学校で友達がいない」アイドルの子はどう生きればいいのかもう少し書いてあげてほしかった

  • アイドル(Idol)の語源は元々英語で崇拝の対象(偶像、イコンなど)を指し示す言葉だ。それを著者である朝井リョウさんはメタ要素として含めながらも、日本でのアイドルの"黒い部分"を感づかせないように、選び抜かれた言葉を使ってこの小説で書いている。

    自分は正直アイドルに疎いし、そこまで関心を持ってなかった。
    只、昔どうしても金銭で困ってた際にアイドルの警備員のバイトをやっていたとき、スーツを着ながら流し(ファンがアイドルと握手の際に時間を図って、ブースから流す作業)の最中に挙動がおかしく、こいつはヤバイと感じる40,50代のファンの手を、アイドルの方が表情を一切曇らせずに純粋な笑顔でしっかり、その手を包んでいいたのを見て、彼女たちは、ファンからしたら正に現代の"偶像"であるんだなと感じた。結局その後も自分はアイドルの関心を持つ事はなかったが、その代わりに以前と比べてアイドルという存在を無暗に軽視できなくなっていた。

    結局アイドルといっても、一人の少女なのである。友人関係に悩み、恋に悩み、体の成長に戸惑う。そんな日本にごく普通にいる少女の一人である。
    しかし、ファンはそんな事を望んでいない。なぜなら、ファンの脳内に存在する、彼女達は普通じゃない上にアイドルなのだから。結局自分がアイドルにはまれないというか、ファンになれないのは、彼女らはアイドルではなく、一人の少女と見てしまうからであろう。

    それでもアイドルの道を選ぶ普通の彼女らにスポットライトあてた「武道館」はまさにそういった魔法にかかったファンを溶かす呪文書なのかも知れないと自分は感じた。

    p300 引用

    「アイドルがアイドルたらしているものなんて、なんなのかわかんないっすよね」

  • アイドルの在り方、生き方。
    リアルに感じ取れる朝井作品。
    アイドルだって人間。恋をする。
    そして、華やかな世界を生きるのには、努力も必要。目標をもっていきる強さが必要。
    それらを感じ取ることができた。

  • 何だかとてもたまらない気持ちになった。普段何気なくネットニュースを読み、何気なく感じ、勝手に好きになったり嫌いになったりしているあれこれに、大きく左右されているヒトたちがいるのだなあと…急にいろいろなことがリアルに感じられた。今TVに映っているあの子もこの子も、実はこの笑顔の裏側で多くのことを考え、悩み、破裂しそうになっているのかも…しれない。お人形さんではないのだからと改めて。。。

  • 「夢を与える」のときと同じくらいの胸の苦しさ。
    でもこの苦しさがわかる人を私は“同志”と呼びたい。

著者プロフィール

朝井 リョウ(あさい りょう)
1989年、岐阜県生まれの小説家。本名は佐々井遼。早稲田大学文化構想学部卒業。
大学在学中の2009年、『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー、後年映画化された。
大学では堀江敏幸のゼミに所属し、卒論で『星やどりの声』を執筆。2013年『何者』で第148回直木賞を受賞。直木賞史上初の平成生まれの受賞者であり、男性受賞者としては最年少。『世界地図の下書き』で、第29回坪田譲治文学賞受賞。
その他代表作に『少女は卒業しない』、映画化された『何者』がある。

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