さよなら、ニルヴァーナ

  • 文藝春秋 (2015年5月28日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (416ページ) / ISBN・EAN: 9784163902562

作品紹介・あらすじ

「少年A」に人生を変えられた人々の物語



少年犯罪の加害者、被害者遺族、加害者を崇拝した少女、その運命の環の外にたつ女性作家。「少年A」は彼らに何をもたらしたのか。

みんなの感想まとめ

テーマは、少年犯罪を巡る人々の複雑な心情とその影響であり、登場人物たちの内面に潜む異常さが描かれています。物語は、「少年A」を中心に、彼を崇拝する少女や被害者の母親、作家志望の女性など、四人の視点から...

感想・レビュー・書評

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  • とんでもない一冊だった。
    おそらく神戸連続児童殺傷事件をモチーフにした小説(参考文献などから)で、多くの読者は嫌悪感を抱くのではないかと思う。
    内容を知らずうっかり手に取ってはいけない。


    私は地球っこさんに「窪美澄さんの問題作」と紹介され手に取った。
    なので心の準備は出来ていたはずだが、あまりにグロい描写に気持ち悪くなる。

    グロいのは物理的なものだけでなく、登場人物たちの内面(精神)も異常としか思えなくて鳥肌が立った。

    作家志望の今日子
    少年Aを崇拝している少女・莢
    被害者の母親・なっちゃん
    少年A・ハルノブ

    四人の視点で描かれていき、次第にその人生が交差していく。


    〝こっちに戻れなくなるからね〟
    と莢の友人が言う

    みんなあちら側に行ってしまった人間…
    とは言え今日子は一線を越えていなかったのかな、ギリギリのところで戻ってきて小説にしたのだから。


    最終章で今日子の言葉…
    【少年Aは人間の中身が見たかった
    だから事件を起こした
    私も中身が見たいのだ
    そういう意味では、私とAは同志なのだ】


    これが作家という生き物なら、窪美澄さんも少年Aと同志ということか。
    それならば読者の私も同志だろう。
    なぜなら登場人物たちの中身をもっと知りたくて、最後まで読んでしまったのだから…

    • aoi-soraさん
      ともちんさん
      やはりオシャレな作品だと思った?
      窪美澄さんの本はどれもきれいで手に取りたくなりますよね
      近年の作品の方が読みやすそうです(*...
      ともちんさん
      やはりオシャレな作品だと思った?
      窪美澄さんの本はどれもきれいで手に取りたくなりますよね
      近年の作品の方が読みやすそうです(*´˘`*)
      2026/02/16
    • どんぐりさん
      表紙とのギャップが、、!
      表紙とのギャップが、、!
      2026/02/17
    • aoi-soraさん
      どんぐりさん
      ねー、ギャップあるよね
      こうやって情報交換できるブクログの存在が有難い
      どんぐりさん
      ねー、ギャップあるよね
      こうやって情報交換できるブクログの存在が有難い
      2026/02/17
  • これは、問題作だな…

    ニルヴァーナとは、涅槃のこと。智慧を磨き修行を積んで、迷いや煩悩や執着を断ち切り、悟りに到達して、いっさいの苦・束縛・輪廻から解放された最高の境地。
    タイトルは、その境地への執着を断ち切り、苦しみ悶えながらも地に足をつけて生きていくことを宣言するものだ。

    だけど、う〜ん…

    神戸連続児童殺傷事件の犯人を彷彿させる少年Aを取り巻く煩悩たちの物語。

    救いたいものを救えないもどかしさと諦念が全編を覆う。やるせない読後感だ。
    どの登場人物にも感情移入ができなかったが、黒いワンボックスは憎まずにいられない。

    心の体力が落ちている時は、読んではいけない本かもしれません。

    ♪Smells Like Teen Spirit/Nirvana(1991)

    窪さんは「ニルヴァーナのカート・コバーンのショッキングな最期と少年Aのイメージが私の中では結びついていた」というけれど、僕の中ではカートはかの少年Aともこの小説の少年Aとも結びつかなかった。全く違う。
    だから、本音を言うと、タイトルには複雑な思いもある。少年院の院生が少年Aにニルヴァーナを聴いたことないかを聞くシーンは、ストーリー的に必然性があったのか、疑問に思った。

  • これは、、読み切れるかわからない。
    今のところ、断念したいです。。。
    ちょうど、半分くらいです、、具合悪くなりそうで、と言うか具合悪い。梅雨のせいかな

    • 土瓶さん
      なんなんさん。
      体調が悪いときは無理しないで、回復にだけつとめてください。
      がんばるな~!
      やすめ~!!

      体調が良くなりさえすれ...
      なんなんさん。
      体調が悪いときは無理しないで、回復にだけつとめてください。
      がんばるな~!
      やすめ~!!

      体調が良くなりさえすれば、なんだってできます。
      2023/06/21
    • なんなんさん
      土瓶さん、ありがとうございます!!
      この本は、元気な時に読むべきでした。
      とりあえず、休みます。健康第一ですね。
      梅雨と、この本のダブルパン...
      土瓶さん、ありがとうございます!!
      この本は、元気な時に読むべきでした。
      とりあえず、休みます。健康第一ですね。
      梅雨と、この本のダブルパンチ(^◇^;)
      2023/06/21
  • 正直読まなければ良かった。『絶歌』だって絶対読むまいと誓っているのになんで読んでしまったのか。
    デビュー作から全て追ってきている窪さんがどうこの事件と向き合ったのか知りたかったのか。

    本書は神戸で起きたあの事件をモデルにしている。もちろんあくまでもフィクションでありエンタメ作品である。
    私の気持ちの問題なのかもしれないが本作はあの事件を完全に消化して新たな物語として読ませる力はない。
    『絶歌』の出版と運悪く重なってしまったことも一因でまだこの事件が世の中で終わっているわけではない。
    だからどうしても重なる。事件の場所も概要もほぼ同じ。ゆえにフィクションとして読めない。
    桐野さんの『グロテスク』などは完全にエンタメ作品として読めるのだからここは作者の力量か、事件の大きさの違いなのか。

    遺族の気持ちを考えるといくら小説とはいえ常に苦い思いがこみ上げてきて登場人物の誰にも共感できなかった。
    最終章も言い訳がましくて頂けない。
    大金をちらつかせてくる出版社の人間には近づかないことと言う文章があるが、実際は逆だと言われている。やりきれない。
    だからこそこの小説が薄っぺらく思われてしまう。

    辛口になってしまったが、窪さんにしか書けない窪さんらしい作品をもっともっと読みたい。
    そんな期待も込めて…

  • 4割ほど読んだけれど、苦手な展開になるとわかったのでやめました。
    先月、中国人がこんなことをしている、という動画をクリックしてしまって、かなりへたりました。そんなかんじです。
    事前知識なしに古本を買って自炊したものだったのですが、ちょっと(わたしの心の)ダメージあります。

  • 心が弱っているときに読んではいけない本だった

    ただただ平穏な日々を 普通の幸せを手に入れたいって こんなに難しいことなのかと思わせる終わり方で、なんだかとても落ち込む

    『子供は親を選べない。でも、親も子供を選べない』
    『子供は親の作品』

    今は母親目線でしか読めないけれど、もっと若い時に読んでいたら また違った読み方をしていたのかな

  • 実際の事件がモチーフになってることもあり、不用意なことは言えない気がしました

    最後は気になることも、わからなかったこともありましたが小説としては読み応えがありました

  • カート・コバーンが自殺したのが1994年、
    阪神淡路大震災が翌1995年の1月で地下鉄サリン事件が同年3月、そして本作のモチーフでもある神戸連続児童殺傷事件が1997年。
    現実に起きた事件や出来事を報道で見る時は他人事でしかないのにフィクションである小説になった途端、事件や当事者がとの距離感が近くなる。
    地元が神戸で当事大学生だったので、最初はどこか日記を読む様な居心地の悪さがあったが中盤からの人物が大きく動き始てから一気読み。
    初めての作家だが読み応えある小説だった。

  • どうでもいいけど「ニルヴァーナ」って言葉の使われ方が唐突すぎない?タイトルにする分にはいいかもしれないけど、作中での使われ方があまりにも無理しすぎだと思う。

    この作品、ものすごい熱量を持っている。一気に読ませる力を持っている。構成もうまい。文章もうまい。

    ただ、その向かっている方向がおかしいし、納得できないし、認めたくもない。フィクションなのはわかるけど、ここまで現実に沿った設定の中でのこの物語は常識のある人なら書けないし、書いてはいけないものだと思う。たとえ小説であったとしても。小説家として表現したいものを書くのは結構だが、どう考えても題材をここにとるべきではないし、設定をここまで現実に沿わせる必要がないと思う。話題づくりとしか思えないでしょ。
    たとえフィクションだったとしても少年Aを美化しすぎだし、それに恋愛する女性たちの描写は反吐が出そうだった。人間の中身を見たい?は?ただの異常性癖を表現者としての欲求に模して文学的に昇華したつもりになっているのがどうにも許せない。
    どんなに力量があっても合わない作家っているんですね。

    (って書いちゃうと「顔も見せず、名前も明かさず、刃を向ける弱虫たち。」って思われちゃうのかな。。。)

  • 読むのが苦しかった。何度も中断し、何度も深呼吸し、そしてまた読み続けた。
    なぜこんなにも苦しい物語を綴るのだろう。なにがそうさせるのだろう。そしてなぜ読むのだろう。
    地獄だ。これは地獄だ。人が生まれ生きていくなかでもっとも過酷な地獄だ。窪さんはきっと血を吐く思いでこの地獄を文字にしていったはず。だから血を吐く思いの覚悟で対峙しなければ読み終えることができなかったのだ。
    少年Aと彼に囚われた3人の女たち。最初に読んだときと、二度目に読んだときと、一人の少女の印象が全く入れ替わっていた。Aに恋い焦がれる少女は、Aとその罪、そして被害者、その全てを自分の中に取り込み全能の母、あるいは聖女としてそこにあると思えたのに。二読目にその聖性はまったく感じられなくなっていた。彼女の思いも、その存在も、薄く思えてしまった。なぜだろう。あぁ、そうか。私の中に激しい怒りがあったのだ。その怒りに目をつぶっていたのだ。見ないふりをしていた怒りが心のふたを開けてしまったのだ。私は母だ。正真正銘の母親だ。母親として怒りが悲しみを凌駕してしまった。被害者の母であるなっちゃんとともに深い悲しみを怒りで包み、放出してしまったのだ。この物語は私の心に深く打ち込まれた杭となる。

  • この本が世に出ていいのかしら?
    あの事件の被害者はどういう気持ちで読まれるかしら?
    それほどリアリティーで。
    おみそれしました……

  • 小説、全くのフィクションだとすれば面白いのかもしれないけど、神戸連続児童殺傷事件を題材にして書かれているのが、衝撃的な事件だっただけに理解できません。少年Aに恋したり、少年Aを美化しているのにも嫌悪感しかありませんでした。

  • 実際に起きた事件、加害者や被害者をモデルにしているからか、読んでいると「あ、これは...」と止まることが多かったかも...
    なっちゃんが切ないなぁ...

  • 内容を知らないまま題名に心惹かれて読み始めたが、これがあの日本で一番有名な少年、Aを題材にした物語だったとは。気づいた時にはもう途中で止められない程夢中になって読み切ってしまったが、これをどう消化していいものだか混乱する。小説で架空のお話だとは頭では分かって読んでいるつもりでも対象が色濃く頭の中を駆け巡り、事実と混乱する。被害者のご遺族が存命である現在、犯人の少年Aの内面や遺族のその後の生活や気持ち、また少年Aをアイドルのように好きになる少女の姿をフィクションではあるものの、描くという事は今一度ご遺族の心を深く傷つけはしないだろうかと危惧する。作者は登場人物の一人である作家志望の女性が小説を書く業のような言葉を物語の最後に記している。「私はこれから、迷って、悩み、苦しみ、悶えて、書いて、書いて、書いて、そして、死ぬのだ」この言葉はこの小説を書く上での作者の壮絶な覚悟だったのだろうと思う。

  • 人と人が出会い、そこで生まれる関係こそが救いに繋がる。すれ違ったり、離れることになるかもしれないけれど、出会わないと何も始まらない。出会い・すれ違い・別れる、これこそが人生の尊さであるはず。出会いによって産まれた奇跡がこの小説の唯一の救いだと思った。
    莢の存在が大きいよなぁ。この少女の揺れ動く心が読者を掴んで離さない。出会いの奇跡を起こすのは彼女だ。何度も泣かされた。あの食卓を囲むシーンはどうしようかと思った。あんなもんこっちの感情が追いつかないわ…。
    凄いとしか言いようがないんだが、各章ホントに凄い。いつ壊れてもおかしくない繊細な、ギリギリの感情のはずなのに凄い強度と説得力。少年Aの視点の『霧と炎』なんて特に。

  • 2015.10.20.少年Aの事件をモチーフにした作品。つい最近、被害者の一人である山下彩花ちゃんのお母さんの手記を読んだので、読み進めるうちに抵抗感が強くなっていった。と思ったら参考資料にこの手記があってびっくり。あの手記を読んでどうやったらこの作品を書けるのだろうと芯から不思議に思った。少年Aが書いたという『絶歌』は全く読む気にならなかったのだが、この作品も読んで後悔。ここまで忠実にあの事件を再現してまで書きたかったことが全く読み取れなかった。書いていいことと悪いことがあるんじゃないの?と思った。

  • 少年Aと、奇しくも彼に翻弄されることになった3人の女性の話。

    フィクションなのは分かっていますが、明らかに参考にしている事件があって、物語のどこまでが事実なのかが分からず、混乱しました。
    興味本位で手に取ってしまいましたが、読後感はよろしくありません。
    物語の中の被害者遺族までにも、どうにも納得できず、実際の遺族の方が本作を読んだら、どう思われるのかと勝手に心配しています。

    著者の本は4作目。
    今回は、私には合わなかったのだなと、ちょっと残念です。

  • 【辛口御免】この作品のモチーフが何か、予備知識ありで読み始め、2話目で早々に挫折。
    作家さんにとって、本を生み出すことがどういうことなのかわからないけれど、現実離れした悲しすぎる事件を、追体験するような読書、私は嫌だということはわかりました。
    フィクションとノンフィクションの境界を、全ての人がはっきり認識できているわけではないと思います。だからこそ、あり得ないような事件が現実に起こるわけで…。
    少しでも人の痛みを想像できれば、こんな小説は書けない、と正直思ってしまいました。
    人物を特定し、名指しで小説にしているようなもの…そこまで人を傷つけて、欲しいものはなんですか?

  • 神戸事件をモチーフにした物語で、だからこそ私は書店で手にとった。一人の作家が、あの事件をどのように表現するのか?その興味のみ。

    どうしても納得できなかったのは、事件の概要をすっぽりこの物語に埋め込んでしまったこと。だからこそ、物語の中盤まで、私はひどく残念な気持ちで読むこととなった。
    あの事件は、決して誰かが真似るべきではなく、酒鬼薔薇という存在を生産してはならない。だが、この作者は創ってしまったのである。彼が犯した罪は、彼だけのものであり、彼のそれまでの人生であるはずなのに、この物語で都合よく使われたエピソードのように感じざるを得なかった。

    また、多くの視点が入り混じったために、それぞれの人物の内面の変化に唐突さを感じたのも事実である。

    登場人物はどれも作中でしっかり生きており、愛しさを感じる。
    だからこそ私は、この作品には、現実に起きた神戸事件を取り込んでほしくなかった。作者自身が消化したものを、全くの創作として読みたかった。

    長い期間神戸事件を考え続けた立場としては、腑に落ちない物語だった。参考文献をベースにした感が強くある。
    作者自身が事件を創作したのであれば、全て納得して読めた。それだけ登場人物らの傷みが生きている。もったいない、という感想に尽きる。

  • これを書ききった著者を凄いとは思う。だけどなぜ、このような題材にしたのだろうかと疑問だらけ。とにかく不快。不快で仕方ない。描くのなら少年犯罪を題材にしただけの完全なフィクションにすべきだったのではないだろうか。それかここまで書くのであれば小説ではなくドキュメンタリーを描くべきだったのではないだろうか。なぜ背景も事件設定も現実に起きた全てをもとに、さらに脚色したうえで小説としてこの著者は発表したのだろうか。これを手にした遺族は救われないだろうし憤りを覚えるのではないであろうか。極めて遺憾。14才の犯罪者という設定だけじゃダメだったのだろうか。架空の話では満足できなかったのであろうか。事件背景をそのままにして使用する必要がどこにあったのだろう。酒鬼薔薇聖斗をモデルにした小説はいくつか読んだことがある。この作品は酷過ぎるうえに疑問だらけだ。
    猫を切り裂き射精し、純粋無垢な幼女に手をかけ首を切り落とし射精し血を吸い祈りの言葉とともに首を置く。
    実際に起きた事柄に加えなぜ著者は少年Aをアイドル顔負けの美しい容姿の設定にしたのだろうか。聖地巡礼としてファンが耐えず、ファンサイトもあり、本気で恋する女たちを描く意味は。加えて少年Aの歪んだ性はカルト宗教にはまる母親からの愛情の欠如とにおわせる設定の意味は。。

    凄いとは思う。意欲的だとも思う。特にそれを題材に小説家となった女の視点は見事。だが、不快。読んでいて疲れた。読者も疲れたのだから著者はもっと苦しかったようにも思える。だけど、これを書いて著者は果たして何を伝えたかったのだろう。そしてそのモデルであり実在する酒鬼薔薇聖斗は手記を出版した。それについて著者はどう感じているのだろう。結局何も、誰も報われない。疑問だらけ。

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著者プロフィール

窪 美澄(くぼ・みすみ):1965(昭和40)年、東京生まれ。2009(平成21)年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』が、本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第1位、2011年本屋大賞第2位に選ばれる。また同年、同書で山本周五郎賞を受賞。2012年、第二作『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞を受賞。2019(令和元)年、『トリニティ』で織田作之助賞を受賞。2022年、『夜に星を放つ』で直木賞を受賞。その他の著作に『アニバーサリー』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『やめるときも、すこやかなるときも』『じっと手を見る』『私は女になりたい』『ははのれんあい』『朔が満ちる』など。

「2022年 『タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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