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Amazon.co.jp ・本 (232ページ) / ISBN・EAN: 9784163902951
作品紹介・あらすじ
十七歳、家出少年の人生は、挫折、家族解散、借金返済の自転車操業。
愛猫、ビンボー暮らし、ゲージツ、室蘭、深沢七郎、モンゴル草原、青函連絡船、
編み物、ベネチア、父親、どぶろく、スキンヘッド、弟、甲斐駒ケ岳……
老いてなお逃げ続ける脚力で描き切った、崖っぷちの連作集!
文芸誌掲載作から名短篇を集めた『文学2014』アンソロジーに選ばれた
表題作。鉄と戯れ、ゲージツする日々、蜂に刺され鹿が迷いこむ山の生活。
家族と己の生と死を、タフに見つめつづける全8作。
みんなの感想まとめ
家出少年の波乱万丈な人生を描いた連作短篇集は、著者自身の体験を基にしながら、家族や愛猫との深い絆を繊細に表現しています。暴力的な父親との関係や、故郷を離れて上京するまでの葛藤が描かれ、特に父の死を迎え...
感想・レビュー・書評
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掛け値なしの傑作!
あれこれ言ってもしようがないのですが、ブログに紹介しました。覗いてみてくださるとうれしい。
https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202107270000/詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
クマさんの愛称で知られる前衛ゲージツ家の自伝的連作短篇集。80年代にはよくバラエティ番組に出演されていたので、正直その風貌から「裸の大将」と大差ない印象(気のいい芸術家のおっちゃん的な)しかもっていなかったけれど、随分後になって唐組の芝居のチラシやポスター、唐さんの本のイラストなども手掛けていたことを知りました。そして本書を読むと、暴力的な父親のDVから逃れるために17歳で家出、故郷の北海道から単身上京して紆余曲折を経て現在にいたるまでの波乱万丈な人生に驚かされます。
表題作はその暴力父がついに亡くなったときの話。短編ごとに、父、母、不肖の弟ら家族のエピソードや、お世話になった作家の「深沢七郎親分」、仲良しだった映画監督「ワカマっちゃん」(若松孝二)、さらに無名の、その土地土地で仲良くなったひとたちなどとの交流が描かれている。たいていの人はちょっと変わっているけど暖かい。父親と弟のことだけは少し苦味が混じる。いちばん好きだったのは23年寄り添った黒猫の話。
※収録
骨風/矩形と玉/花喰い/鹿が転ぶ/蠅ダマシ/風の玉子/今日は はればれ/影踏み -
飾らない言葉で響かせる。
この人はなんて優しい人なんだろう。
黒猫GALAとの馴れ初めの可笑しさ。
居なくなってしまったGALAを死に物狂いで探して、最期まで愛し続けた深さ。
父親の暴力に震え、嗅覚が無く聴力も少し弱い、いじめられっ子だった篠原さんの、不器用な生き方と芸術への激しい追求する様子、他人への温かい眼差しは、私の心まで強くしてくれる。
なんて優しくて大きくて強い人なのだろう。
また数年後に、読みたくなる一冊だ。 -
ゲージツ家くまさんの半生を描いた私小説。
かっこつけずありのままを淡々と描いたずっしりとした奥行きのある作品。 -
鉄と戯れ、ゲージツする日々。
父親に殴り続けられた日々。
蜂に刺され、シカが迷い込む山での生活。
生と死を見つめる私的短編集。
死んだらみんなおんなじだもの。
みんな仏さんだから。 -
例の秘本で購入。著者の作は初。どこか朴訥としているようでありながら、繊細な語り口に引き込まれた。とても沁みる作品でした。
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【この本がどうやって作られたのかは、私は知らない。だけど、この本がどうやって売られたのかを私は知っている】
少し前振りが長くなります。この本を購入するに当たって、とても重要なことなので記載しています。
11月4日の12時。この本の秘密が明かされた。この本は2015年11月4日11時59分まで糸井重里秘本という名前だった。言わずもがな、この本の名前は糸井重里秘本という名前が付く前の名前がある。しかし、大変失礼だと思うが糸井重里秘本という名前を付けられるまで、誰もこの本の事を知らなかった。その秘密が明かされた現時点でさえブクログ登録数は2桁、レビューは1件という状況である。
しかしこの本はある本屋でたった30時間で1000冊売れ、最終的に1600人近くの人が購入したにも関わらず、その名前が著者にさえ伝わらないほど、今日までひっそりと読まれていたのである。みな秘本の共犯者となって、共有を封じていたのだ。
その密本を販売した本屋の名前は天狼院書店。私は糸井重里密本企画までその存在を知らなかった。この書店、もともと型破りが過ぎるほど独自のセンスを持った新しい形の本屋である。そして秘本とは、著者タイトルを隠したまま、書籍を販売するという、ありそうでなかった、あったら面白いが正直売る側も買う側も怖くてできなかったであろう販売方法なのだ。もともと天狼院書店では独自の秘本という形で様々な本が企画され販売されていた。そこに糸井重里氏がこの骨風を委託するような形になったという。そしてその面白そうな企画の共犯者の一人として、私はこの糸井重里秘本を購入した。
この企画について大いに語りたい所ではあるが、ここは本のレビューを書く場なので、詳しくはhttp://tenro-in.com/hihon/14234こちらを読んでいただきたい。
そして前代未聞の販売方法で手に入れた本【骨風】
【私は死ぬということに意味があるのかと問い続けてきた】
わたしがもしもこのまま特になにも変わらず生きていたら、この先この本を読むことはなかったと思う。重々しいタイトルと表紙、そして帯のコピー。誰かの出した人生の答えを私は読んでしまうのが怖くて、そういう匂いのする本を敬遠していた。
だからこの本がどんな本か黒いカバーを外して知ったとき、なるべく丁寧に読むことを心に決めた。書き手の雰囲気に飲まれず、言うならばテストの答えあわせをするような気持ちで、この本と向き合おうと思ったのだ。結果、わたしは次の日寝不足のまま会社へ出勤することになったのだけど。
この本には、とにかく次を読ませるパワーがある。もちろん、楽しい話でも、ためになる話でもない、もしかしたら読み終わってもなにも残らなかったと評価する人も居るかもしれない。だけど、この本には強いパワーがあるのだ。生きることよりも、死ぬことのほうがパワーが必要なように。
この物語の人物は皆、人であり人間だった。御伽噺の住人ではなく、現代を生きる人間という生き物そのものである。飯を食べ、便を排出する。夢を買い、現実で埋める。人と人の気薄な関係と奇妙と呼べる程の縁。そして、沢山の生き物の死。死を頂いて生きている日常。私は時々考える。この地球上に綺麗なものと汚いものを並べたら、どちらが多いのだろうって。骨風はその答えを少しだけ匂わせていた。
著者の人柄を私は知らない。この物語の主人公が誰を指すのか僕は考えなかった。幸せだとか不幸だとか、そういう尺度で読まなかった。そしてこの本を読んでなにかが変わったりはしなかった。だけれど、読み終わった時に、よかったと一つそう思った。読んでよかった。でもあるし、物語が終わりってよかったという意味でもあった。
この本を誰かに薦めるとしたら、私は誰に薦められるだろうと考えた。一番に浮かんだのは父。鼻で笑い飛ばすだろうか? 母。きっと母とは感想を語り合えない。もっと未来が遠くて、昔が短い人。そうだ、これから出会う私の伴侶となる人。その人にこの本を薦め、語り合いたいとそう思った。
本を読んでなにかを得るという体験は、実は少ない。否、そういう体験は私自身少なくて良いと思っている。でも、心に釘を刺す一行。それに出会える時、私は良い読書体験ができたと感動する。この本が貴方の心を動かす、そんな予感が確かにしている。 -
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鉄のゲージツ家クマさんの話。
じわーっとくる。 -
引き込まれるような文体で書かれた短編集です。フィクションかと思いきや、著者の人生そのものだったようで、あとからWikipediaを読んで驚きました。自分が老人と呼ばれるような年齢になったとき、生きると死ぬの間で、どんな事を思い、何をして生きているのか漠然と不安がありましたが、この本を読んで少し想像できたような気がします。
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人生こんなもんかと思ってしまった大人におすすめしたい一冊。読み終わったあとで、瀬戸内の海沿いに立っているあの鉄の塊が著者によって創られたものだと知る。決意は形にできる
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久々に私小説らしきものを読んだ。傑作である。
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狂い落ちるほど好きになった本。
山に篭りながら創作活動を続ける年取ったクマさんの周りで起こる、生と死に淡々と向き合う。都心に買い物に行く時などを「シチーに降りる」などという独特な文体が狂おしい程愛おしい。いつまでも健康でいて欲しい。
舞台化されたが、仕事で行けず、悔やんでいる。 -
ついにご開帳になった天狼院プレゼンツ「糸井重里秘本」の中身。
力がある作品なので、夢現の境目にいるときなんかにこの本の内容がリフレインしてきてちょっと憂鬱な気分になる(笑)
僕は昭和という期間を6年ほどしか過ごしていないけど、記憶の片隅の方にある昭和の風景をなぜだか思い出さずにはいられなかった。
物心つく前に引っ越したはずの団地の風景、まだ色がなかった年代物の白黒テレビ、ランニングとステテコ姿のジイちゃん。
特別うちの家が貧しかったわけではないと思うのだが、あの頃はまだ物を所有することへの憧れみたいなものがあったように思う。我が家の14インチのブラウン管が24インチのトリニトロンになった時の感動も同時に思い出す。
この本がどんな本かと言われると回答に窮するが、取り敢えず昭和の風景を思い出したことだけは確かで、ごく自然に描かれた死が、何人かの懐かしい顔と2匹の温もりを思い出させてくれた。
今は物質的には豊かな時代だなと思う。低成長がどうの、昔に比べて平均所得がどうのと言いながら、クーラーの効いた部屋でネットに興じながらポテチを食む。トイレは水洗だし、待ち合わせ場所を厳密に決めなくても概ね問題なく落ち合える。
僕らが生きる停滞する日本は、本当に貧しいのだろうか?
頭の片隅に蘇る、まだ貧しさが身近にあった時代の風景を思い出しながらそんなことを考える。勿論、深刻な貧困は未だなくなってないし、僕の見える世界だけで世の中を語ることは愚かしいこともわかるのだけど、この本を読んでそういう事を考えたことは記録しておくことは僕にとって価値あることなので、どうかご容赦いただきたい。 -
私小説と言うか、完全なフィクションのよう。
でも、エッセイでもなく完全な文学作品だ。
じわじわ響く。 -
熊さんこと篠原勝之の、回想を交えた日々の暮らしについて。私小説なのかドキュメントなのか。ところどころわからない。
父の死から、猫のこと、母親や山梨の仲間などを短篇形式で綴る。ところどころ、海外での活動についても語られるが、そちらはあまり地に着いていない風で、自分の本拠地に戻ってくる。
ジフテリアで聴覚と嗅覚を失い、金は有るだけ作品につぎ込むという、破天荒な生活は、タモリ等と80~90年代にタレントとして活躍していたときを知っていると、ちょっと意外な感じがある。
タレントということで、はじめは差し引いて読み始めたが、語彙も相当有るし、何よりも文章の流れに力があるので、よく出来た小説のように読めた。
全体にテーマだけでなく、言葉の一つ一つが重いため、全部つづきになっていない、短編集という形なのも非常に好感が持てる。
もう少し、ここの作品のことや震災のことについても、掘り下げて欲しいところがなくはなかったが、あまり長くない割に、読後の満足感は高い1冊だ。
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