科学の発見

  • 文藝春秋
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レビュー : 48
  • Amazon.co.jp ・本 (428ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163904573

作品紹介・あらすじ

●本書は不遜な歴史書だ!ギリシャの「科学」はポエムにすぎない。物理こそ科学のさきがけであり、科学の中の科学である。化学、生物学は物理学に数百年遅れていた。数学は科学とは違う――。1979年のノーベル物理学賞を受賞した著者が、テキサス大学の教養課程の学部生にむけて行っていた講義のノートをもとに綴られた本書は、欧米で科学者、歴史学者、哲学者をも巻きこんだ大論争の書となった。「美しくあれかし」というイデアから論理を打ち立てたギリシャの時代の哲学がいかに科学ではないか。アリストテレスやプラトンは、今日の基準からすればいかに誤っていたか。容赦なく現代の科学者の目で過去を裁くことで、「観察」「実験」「実証」をもとにした「科学」が成立するまでの歴史が姿を現す。[目次]はじめに 本書は不遜な歴史書だ本書は学部の学生に、科学史を教えていた講義ノートから生まれた。古代ギリシャのプラトンらの主張は今日の科学の眼から見ると何が「科学」ではないのか? 私は現代の基準で過去を裁くという危険な領域に踏み込む第一部 古代ギリシャの物理学第一章 まず美しいことが優先された世界はかくあれかし、ギリシャの哲人たちは思索した。原子論に似たアイディアまで生まれたが、しかし、タレスらは、その理論が正しいかの実証については興味がなかった。彼らは科学者というより「詩人」だったのだ第二章 なぜ数学だったのか?ギリシャではまず数学が生まれた。数学は観察・実験を必要としない。思考上の組み立てのみで発展する。しかし、ここでも美しくあることが優先され、ピタゴラス学派は「醜い」無理数の発見を秘密にし封印することに第三章 アリストテレスは愚か者か?アリストテレスの物理学とは、自然はまず目的があり、その目的のために物理法則があるというものだった。物が落下するのは、その物質にとって自然な場所がコスモスの中心だからだと考えた。観察と実証なき物理学第四章 万物理論からの撤退ギリシャ人が支配したエジプトでは、以後十七世紀まででも最高の知が花開いた。万物を包括する理論の追究から撤退し、実用的技術に取り組んだことが、アルキメデスの比重や円の面積などの傑出した成果を生んだのだ第五章 キリスト教のせいだったのか?ローマ帝国時代、自然研究は衰退した。学園アカデメイアは閉鎖され、古代の知識は失われる。それはキリスト教の興隆のせいか? 議論はあるが、ギボンは「聖職者は理性を不要とし、宗教信条で全て解決した」と述べた第二部 古代ギリシャの天文学第六章 実用が天文学を生んだ古代エジプト人は、シリウスが夜明け直前にその姿を現すときに、ナイルの氾濫が起きると知っていた。農業のための暦として星の運行の法則を知ることから天文学が生まれた。完全な暦を作成するための試みが始まる第七章 太陽、月、地球の計測アリストテレスは地球が丸いことに気づく。さらにアリスタルコスは観測から太陽と月、地球の距離と大きさを、完璧な幾何学で推論した。数値こそ全く間違っていたが、史上初めて自然研究に数学が正しく使われたのだ第八章 惑星という大問題天動説の大問題は、それが実際の観測と合わなかったことだ。プトレマイオスは、単純な幾層もの天球のうえに星が乗っているというアリストテレスの考えを捨て、観測結果に合わせるために「周転円」という概念を導入第三部 中世第九章 アラブ世界がギリシャを継承する中世初期、西洋が蒙昧に陥った頃、バグダッドを中心にアラブ世界の知性が古代ギリシャ知識を再発見し、黄金期を迎えた。その影響の大きさは「アラビア数字」「アルジェブラ(代数)」「アルカリ」などの言葉に今も残る第十章 暗黒の西洋に差し込み始めた光復興し始めた西洋。アラビア語から翻訳でアリストテレスの知識がよみがえる。だがそれらの命題が教会の怒りに触れ、異端宣告される事件が起きた。後に宣告は撤回されたが、この軋轢は科学史上重要な意味を持った第四部 科学革命第十一章 ついに太陽系が解明される十六~十七世紀の物理学と天文学の革命的変化は、現代の科学者から見ても歴史の真の転換点だ。コペルニクス、ティコ、ケプラー、ガリレオの計算と観測で太陽系は正しく記述され、ケプラーの三法則にまとめられた第十二章 科学には実験が必要だ天体の法則は自然の観測だけで記述できたが、地上の物理現象の解明には人工的な実験が必要だ。球の運動を研究するためにガリレオが作った斜面は、初の実験装置であり、現代物理学の粒子加速器の遠い祖先と言える第十三章 最も過大評価された偉人たちアリストテレスを脱却した新しい科学的方法論を打ち立てたとされる偉人、ベーコンとデカルト。だが現代の目で見るとベーコンの考えには実効性がなく、哲学より科学で優れた仕事をしたデカルトも間違いが多すぎる第十四章 革命者ニュートンニュートンは過去の自然哲学と現代科学の境界を越えた。その偉大な成功で物理学は天文学・数学と統合され、ニュートン理論が科学の「標準モデル」に。世界を説明する喜びが人類を駆り立て、ここに科学革命が成った第十五章 エピローグ:大いなる統一をめざしてニュートン以後、さらに基本的な一つの法則が世界を支配していることがわかってきた。物理学は、量子理論で様々な力をまとめ、化学、生物学も組み入れた。大いなる統一法則をめざす道のりは今も続いている解説 大栗博司(理論物理学者)「なぜ、現代の基準で過去を裁くのか」

感想・レビュー・書評

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  • 物理学と天文学は、16世紀から17世紀にかけての革命的変化を経て現在のような形を取るようになり、それ以後の全科学の発展に模範を示しました。
    歴史学者ハーバード・バターフィールドは、科学革命の重要性は「キリスト教誕生以来のあらゆる出来事に勝っている。これと比べれば、ルネサンスや宗教改革も単なるエピソード、つまり中世キリスト教世界の枠内での単なる配置転換に過ぎない」と断言。

    その科学革命の土台として、ギリシャの物理学と天文学が紹介されています。
    古代ギリシャで科学が最も発達したのは、ギリシャ小都市国家がヘレニズムの諸王国やローマ帝国といった強大な国家に吸収されたのちのことであり、また、ヘレニズム時代及びローマ時代にギリシャ人が科学や数学の分野で成し遂げた業績は、ヨーロッパの科学革命が起きるまで凌駕されることはありませんでした。

    しかし、中世世界(イスラム圏でもキリスト教ヨーロッパでも)つまりローマ帝国滅亡から科学革命までの千年間は、決して知性の暗黒時代ではありませんでした。
    古代ギリシャの科学の業績はイスラム圏の学術機関やヨーロッパの大学で維持され、ときには改良されることもあり、科学革命の素地が準備されました。

    それにしても疑問が一つ残ります。
    16~17世紀の科学革命は、なぜその時代にその場所で起きたのでしょうか?
    著者スティーヴン・ワインバーグ氏(ノーベル物理学賞受賞者。テキサス大学物理学・天文学教授)は「考えられる理由は少なくない」と次の件をあげます。
    15世紀のヨーロッパで多くの変化が起き、それが科学革命の素地を作った。
    シャルル7世及びルイ11世統治下のフランスとヘンリー7世統治下のイギリスで、中央集権国家が確立された。
    1453年のコンスタンティノープル陥落により、ギリシャ人の科学者たちがイタリアなど西欧諸国へ逃れた。
    ルネサンスにより自然界への関心が高まり、古代の文献やその翻訳に対してより高い正確さが求められるようになった。
    活版印刷の発明により、研究者間のコミュニケーションが遥かに迅速かつ安価におこなわれるようになった。
    アメリカ大陸の発見と探検により、古代人が知らなかったこともたくさんあるのだという意識が高まった。
    さらに「マートン・テーゼ」によれば、16世紀前半のプロテスタント宗教改革が17世紀イギリスの科学の発展をお膳立てしてのだという。社会科学者ロバート・マートンは、「プロテスタンティズムが科学にとって好ましい社会的態度を作り出し、合理主義と経験主義、さらに、自然には理解可能な秩序があるとの信念を促進したのだ」と考え、プロテスタントの科学者たちの行動にそのような態度や信念の実例を見出した。

    こうしたさまざまな外的影響が科学革命に対してどの程度重要な役割を果たしたのかを判断することは簡単ではありません。
    「運動と重力の古典的法則を発見したのがなぜ17世紀末のイギリス人アイザック・ニュートンだったか」をワインバーグ氏は説明できませんが、その法則がどうしてそのような形をとったか、その理由をはっきり、次のように言います。
    「それは、ただ単純に、世界が実際にほぼニュートンの法則に従って動いているからである。」

  • 科学的

    この言葉をつけるだけであらゆる理論は尤もらしくなる。ビジネスの世界でも、特に文系の人を黙らせる、或いは思考停止に持っていくキラーワードだ。

    では科学的とは何か?

    これは科学哲学の問いだが、この本の著者はホンモノの物理学者。しかもノーベル賞受賞者。彼が言う科学的とは、実際に世界を理解することに貢献するかどうかである。科学哲学では、もっと正確に定義しようとするが、著者は物理学者なので、そんなことはどうでも良い。むしろ、科学哲学の議論を小馬鹿にしている。そうではなく、歴史を振り返り、どうやって理解が進んだか?どんな方法、思考が科学の進歩に役立ったのか?を冷静に分析する。そこには、当時だからしょうがない、といった妥協はない。どんなに今の理論に近かろうと、そこに観測・仮説・検証のプロセスがなければ、ただの空想である。

    このような考えのもと、ギリシャ時代からの自然哲学、天文学、数学のさまざまな発見・進歩を丁寧に解説しながら、方法論について辛口コメントを入れる。そして、ついにニュートンによって現代の科学的方法は確立し、そこから科学が大きく発展することになる。

    本書は科学的方法がテーマであるが、科学史としても一級である。天文学がどのように地上の運動とつながったのか、数学の果たした役割、自然を説明できた喜び、などなど当時の知的好奇心の熱が伝わってくる。また巻末にはテクニカルノートとして、当時の理論を数学的に説明しており、こちらも高校数学で理解できる範囲で面白い。

  • 著者は1979年のノーベル物理学賞受賞者(「素粒子間に働く弱い相互作用と電磁相互作用を統一した相互作用についての理論(=ワインバーグ・サラム理論)への貢献」)。
    その著者自らが「不遜な歴史書」と呼ぶ本書は、科学の発展についての考察であり、大学の教養学部生向けに行った講義が元になっている。
    2015年に出版されると、本書は欧米で大きな物議を醸した。現代の基準で過去を裁くという歴史学の禁忌を破ったためである。
    著者の筆は容赦がなく、プラトン、アリストテレス、デカルト、ベーコンといった過去の偉人たちを厳しく批判している。
    ただ、著者の目的は、過去の人々の誤りを糾弾することではなく、科学的思考にはどういう要素が必要であるが、それがどのように発展してきたのかを考察することにある。
    過去の歴史を振り返ることで、自然を科学的に探究するとはどういうことかが浮かび上がってくるのだ。

    本書で特筆すべき点の1つは、歴史的発見の科学的・数学的背景をまとめた「テクニカルノート」が付いていることだろう。ピタゴラスの定理や、天体の運動、重力加速度、光の屈折といった課題に対して、どのように証明されてきたかがまとめられている。元々が教養学部生向けであるため、使用されている物理や数学の知識は高校卒程度で、比較的噛み砕かれた解説となっている。

    物理学の黎明期は古代ギリシャだが、ギリシャの科学は何よりも「美」や「調和」を重んじたものだった。「かくあれかし」が前提だったのだ。例えば、元素は5つであるとされたが、これは正多面体が5つ(正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体)であるためである。火や土、空気といった各元素はこれらの形を取っていると考えられていた。
    彼らは科学者と言うより自然哲学者といった方が適切だった。現代の科学と最も異なる点は、「実証」を求める姿勢がないことである。
    観測結果と、理論から導かれる結果が一致することを、彼らは求めなかった。
    そのためもあってか、ギリシャで発展したのはまず数学だった。ただし、これも著者によれば、美しくあることが優先され、「無理数」は「醜い」とされ、その発見が秘密裏に封印されたほどだったという。
    アリストテレスは理性によって自然を観察し、理解しようとしていたが、目的論的な姿勢が強く、精巧ではあっても非数学的だった。
    ギリシャ時代以降、17世紀に至るまで、数学で重要視されていたのは幾何学であり、現代物理に不可欠な代数学はなかなか発展してこなかった。
    ヘレニズム期には、万物の根源は何かといった根本的な問いよりも、現実的な問題の方が重視された。ポンプや投石機、原始的な蒸気機関など、技術的な発展はめざましかった。
    この時代を象徴する科学技術者はアルキメデスである。

    天文学は実用的な意味が大きく、また観察が可能であったため、ギリシャ時代から発展してきた分野である。
    だが、地球から見た天体の観測結果から、地球や天体がどのように配置され、運動しているかを解明するのは簡単ではなかった。「美」を重んじる伝統や宗教的な縛り、感覚から来る思い込み、そして観測技術の未熟さから、さまざまな「誤った」仮説が唱えられた。
    17世紀に入り、コペルニクス、ティコ・ブラーエ、ケプラー、ガリレオらの観測や計算によって、惑星が楕円軌道で運行していることが示されてきたが、「なぜ」そうなるかという説明には至らなかった。

    現代科学に不可欠なもの、それは実験である。
    天体が対象である場合、観測は出来ても、動かしたり止めたりといった実験は不可能である。
    地上の物理現象を解明するには、人工的な実験が必要だった。これを初めて行ったのがガリレオで、当社対の軌道が放物線であることを示した。
    これをさらに発展させて、仮説を立て、それが正しいか誤っているかを確認するモデルを作り、実験をして証明する科学者たちが現れてきた。パスカルやトリチェリは、実験によって空気に重さや圧力があることを示した。

    ニュートンの出現によって、物理学は天文学や数学と統合されることになった。重力の発見により、地上の現象と天体の運動を、同じ原理で説明することが可能になったのだ。
    これにより、現代科学が成立したというのが著者の主張である。
    その後、アインシュタインの相対性理論、量子力学の発展を経て、自然の法則を理解しようとする試みはさらに続いている。

    全体に、歯切れのよい展開だが、著者が物理学者であるため、物理を科学の頂点としている点も論議を呼んだ一因だろうと思われる。
    とはいえ、歴史的な科学の諸発見が手際よく解説され、科学とは何かを考えさせて意義深い。

  • アリストテレスは何かと賢人として持ち上げられるが、その主張はなにかしっくり来なかった。ものには目的があるといわれてもまあ、そういう見方もしてもいいかくらいの説得力しか私にはなかった。
    それはアリストテレスの理論が科学ではなかったからだ。
    プトレマイオスの天動説は理論としては間違いだったことがはっきりしているが、当時の観測結果には則しており科学としては妥当なものだった。むしろコペルニクスの地動説は未熟さゆえによく天体を説明できなかった。
    理論をたてて観察によって実証するプロセスは普遍的な知にとって不可欠だ。

  • アリストテレスなとギリシャの古代科学からニュートンまでの現代科学以前を、現代科学の視点でズバズバ評論するって小気味よさを期待してたけど、海外の科学者の書く文章に典型的な、無駄に注釈的な説明を詰め込み、カッコ書きで気の利いたふうな皮肉めいた合いの手(例えばこんなふうな!)が入り、とにかく読みづらい。なんでもっと無愛想に書けないのだろうか?

  • ノーベル物理学賞受賞者による科学史.
    本のこしまきの「本書は不遜な歴史書だ」ばかりが強調されるきらいはあるが,(あたりまえだが)至極まっとうな本である.ワインバーグは,世界の探求の方法を人類が獲得するまでの困難を描き,それを獲得した時の喜びを描く.
    ふつうなら退屈なギリシャ,アラブの科学史が面白く読めるのはまさにこの姿勢が徹底されたことによるし,ワインバーグが情熱をこめて描く科学革命,とくにニュートンの科学は,なかなか感動的.
    アメリカではこの本について論争が起こったそうだが,日本でも科学哲学者とか,デカルト研究者とかアリストテレス研究者がこの本について討論するのを聞いていみたい.

  • 【ノーベル賞物理学者が「現代の目で過去を裁いた」と大論争の書】ギリシャの哲人の思索はポエムだった。そこから観察、実証による現代科学がいかに成立したか。学部講義から熱い科学史が生まれた。

  • 科学史を学ぶときの必読書だと思います。
    「科学の目標は、自然現象を純粋に自然現象として説明することである。」が印象的

  • 科学史を俯瞰していて面白かったが、全体的にやや文章の読みづらさが目立った。翻訳のせい?読んでいて疲れた。

  • 帯に書かれている文言は大袈裟だが,科学史を俯瞰していて面白い.特に後半に出てくる,ニュートンが自身の力学を導き出すまでの過程は知らなかったことであり,興味深かった.

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