- Amazon.co.jp ・本 (330ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163904603
作品紹介・あらすじ
24歳松本清張賞作家が描ききる「自由への逃走」美大の一年生・友親の危機を救ってくれた優しいイケメンの先輩。彼の過去に触れ、自らの生き辛さを自覚するが――青春長編!
感想・レビュー・書評
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『どうして絵なんか描くんだ。一体それが何になるんだ。それで飯が食えるのか。何が面白いんだ』
この世には”芸術”を学ぶための大学が存在します。”音楽”、”彫刻”、そして”絵画”と多くの人にとっては”鑑賞”の対象となる”作品”を生み出すことを学ぶ学問。それが”芸術”であり、それを学ぶ場所が”芸術大学”です。私は絵を描くことは苦手です。中学時代、夏休みの宿題として必ず出された水彩画が憂鬱で仕方がなかった、私にとって絵を描くというのはそんな印象しかありません。しかし、絵を見ることはとても好きです。今や渡航も難しくなったパリの美術館巡りは思い出すだけで、その興奮が蘇ります。また、絵にはそんな絵画をこの世に残した”美の巨人”たちの人生を小説で読むという楽しみ方もあります。この方面の第一人者である原田マハさんのアート小説は、一枚の絵が生み出されるまでの画家の悩み苦しみを見事に描き出しています。そんなアート小説を読むことで、知った絵画が違って見えてくる、絵画と文学の相乗効果によって一枚の絵をさらに深く見ることができる、そんな楽しみ方もあります。しかし一方で、絵の歴史に足跡を残す画家は、ごく一握りです。その後ろにはおびただしい数の無名の画家たちが今この瞬間も作品を生み出し続けています。そして、さらにそんな画家の卵とも言える大学生たちの存在があります。このレビューを読んでくださっている方の中には、元美大生という方もいらっしゃるかもしれません。しかし、圧倒的大半の方は、大学生だった過去は持ちながらも、美大という特殊環境に生きる美大生の日常を知ることはまずないと思います。
そう、この作品は、そんな美大生の日常を綴る物語。『答えのない』学問が故に、そのゴールを探し求める美大生の苦悩を見る物語。それは、『甘くて辛くて、少し苦い。そして、ちょっと痛い』という『クリームソーダ』を美大生の”青春”に重ねる物語です。
大学入学を機に『大学から徒歩十五分の木造アパート』の『旭寮』に引っ越したのは主人公の寺脇友親(てらわき ともちか)。仕送りを拒否して『ラーメン屋でアルバイトを始めた』ものの、給与の振り込みが翌月と分かり『最後に食事をしたのは、昨日の夜の塩おにぎりだった』という状況。そんな友親は、帰宅した寮の玄関口に先輩の柚木若菜(ゆぎ わかな)が座っているのを見かけます。その時、腹が鳴ったのを若菜に聞かれ、『すっげえ音、飯食ってないの』と聞かれ『残金数千円で来月の二十五日まで生きねばならないこと』などを正直に説明する友親。『とりあえずおいでよ、何か食わせてやるから』と共用の台所へ連れて行かれた友親に『肉、食いたいだろ』と言い調理を始める若菜。『若菜さんって、四年なんですよね。大学、どんな感じですか』と訊く友親に『良くも悪くも普通の美大じゃないの…』と大学の印象を語ります。『花房美術大学ー通称・ハナビ』の油絵学科に入学したものの食い繋ぐのに最初から苦慮している友親。そんな友親に『親に仕送りでも頼んだら』と若菜は勧めますが、仕送りを断ったことに『意地があって』と話す友親。そんな友親に『貸してやろうか』『金貸す相手くらいちゃんと選べる』という若菜の提案に『一緒に食事をしたのも今日が初めて』なのに、『この人は、自分の中に一体何を見たのだろう』と考えます。そして四月になり茨城の南東部で行われる五泊六日の『新入生合宿』へと向かう友親。『美大生の合宿』にも関わらず、『研修先となる農家や牧場へ連れて行かれ、そこで農作業に従事する』というその内容。そして『研修先であるれんこん農家「高橋農園」に到着した』友親は、『れんこんの植え付け』に従事します。そんな友親は休憩スペースに貼られた『れんこんと共に生き、れんこんと共に死ぬ』という記事を目にしました。『共に生きて、共に死にたい。そんな風に思えるものが自分にはない』、『この先できるのかもよくわからない』と思う友親。そんな『農業研修』も終わり東京へと戻った友親の元に、母親から電話がかかってきました。『あのね、舜一さんのことなんだけどね』と切り出した母親に『再婚するんでしょ。いいと思うよ』と先回りして答える友親は『今度結婚祝いを持って帰省するよ』と東京での生活が落ち着いていることを話し『そろそろ風呂が沸くから、切るね』と言って電話を置きました。そんな時、ちょうど玄関口にいた若菜が『うちのアパート、風呂なしじゃん』と『酷く平坦で、冷徹』な声で言いました。そんな友親と若菜という美大生二人の”青春”が描かれていきます。
『さよならクリームソーダ』という不思議な書名を冠するこの作品。寺脇友親と柚木若菜という二人の美大生の過去と今が二階層になって描かれていきます。そんな物語で一番注目すべきなの主人公の二人が『花房美術大学ー通称・ハナビ』の学生であること、そして大学から徒歩十五分の場所にある『風呂はない。トイレ、台所は共用』という古い木造アパートで共同生活を営んでいるという点です。額賀澪さんはいわゆる”青春もの”を得意とされる作家さんであり、他にも多くの”青春”を描いた作品はあります。また、広く小説というものを見渡してみても数多の名作が存在します。そんな中にあっても『美大生』を主人公とした作品は少なくとも私にとっては初めてであり、他に存在しているのかも知りません。この作品は”青春もの”といってもそんな美大生の日常というなんともニッチな世界を描いた貴重な作品と言えます。『私自身、日本大学藝術学部文芸学科の出身ということもあり、入学後のオリエンテーションなど美大ならではのおもしろいエピソードを思い出しつつ、普遍的な美大の良さ、悪さを拾いながら書きました』と語る額賀さん。もちろん創作と織りまぜなのだと思いますが、普段全く知る機会のない美大生の暮らしというものが垣間見れるのはとても貴重です。興味深いシーンは幾つもありますが、『夏休み明けに提出しなければならない課題のうちの一枚が、もうすぐ九月になろうというのに一向に進まない』と課題に取り組む友親の姿は印象的でした。『テーマもモチーフの縛りもない。キャンバスのサイズの指定もない』と何の指定もない中で本人が描きたいものを自由に描くというその課題。何もかも自由が故に『自由に一枚描いてこい、という課題がこんなに厄介だとは思わなかった』と苦悩する友親の姿は美大生ならではの”学び”の悩みを象徴するものでもあります。『「いいじゃない」と応援してくれた』母親の言葉もあって進んだ美大。しかし、『画家になる根性などないし、やっていけるとも思えない。美術の教員になりたいわけでもない。働きたいと思う業界や職種もない』と現実を見据える友親。そんな作品の〈解説〉で、作家の川崎昌平さんが美術を学ぶ難しさについて、三つの『ない』をあげられています。『問題がない』、『解法がない』、そして『正解がない』というその難しさ。そんな難しさと向き合いながら、学びを深める美大生の主人公たち。美大という特殊な環境が故に、外からは窺い知ることのできない世界でもがく美大生の”青春”を存分に描くこの作品。そう、『懸命に自分の道を模索する若者たちの姿』を泥臭く、生々しく、それでいて優しく描くこの作品。これだけでも一読の価値があると思いました。
そんなこの作品のもう一つの魅力、もしくはテーマは『家族』です。二人の主人公は、共に両親の離婚と再婚を経験しています。母方の子供だった友親は、『舜一さんという、とても気のいい男の人が、父親になった』と母親の再婚を前向きに捉えていました。しかし、『自分でお金稼いで、好きに生きていきたいの』という父方の子であり姉となった涼はそんな再婚に後向きです。『あんたは私に《家族想いの優しいお姉ちゃん》をさせようとする』のか、と強烈な拒絶反応を示す涼。一方でもう一人の主人公である若菜は父方の子供でした。母親となる人が働いていた和菓子屋に幼い頃通っていた若菜。それがある日急に母親になることになり、そこにいた娘が急に妹になるという現実がどうしても受け入れられない若菜。自身の中でも明確な解を見つけられずに『俺だってわからないよ。どうして新しい家族を受け入れられなかったのか。どうして、上手くやれなかったのか』と思い悩み、家族と距離を取る若菜。そんな対照的な二人の姿を通して、『家族』とは何かを問う物語は、『家族、家族、家族。どうしてこの言葉が、黒板を爪で引っ掻いたような嫌な音をしているのだろう』という若菜の悲痛な叫びに代表されるように『家族』という器の意味を問うていきます。額賀さんはそんな『家族』の再構成に向き合う彼らが『赤の他人と“家族”という枠組みの中で暮らさねばならない環境にい』るとおっしゃいます。『家族の形に正解はないので、どちらの姿勢が正しいという結論はあえてつけずに余白を残しました』というその結末は、安易にハッピーエンドにも、決定的なバッドエンドにもしない絶妙な展開の中に少しの光明を見るものでした。離婚率が35%にもなり、再婚率も20%近くに上昇した現代社会にあって、その離婚、再婚により必然的に影響を受ける子供たちの思いを受容する側、拒絶する側、そしてその心中に漂い続ける複雑な心情をも見事に描き出したこの作品。『家族』というものを違った視点から考える一つの機会となったように思いました。
『喉に炭酸が絡みつく。甘くて辛くて、少し苦い。そして、ちょっと痛い』というクリームソーダ。『バニラアイスの甘みと、炭酸の刺激が口の中で交互に主張し合う』というその飲み物を美大生の”青春”に絶妙に重ねるこの作品。『どういった理由でハナビに来たのか、どうして油彩なのか、将来はどうするのか』と思い悩む美大生の”青春”を描いたこの作品。そして、『「家族なんてもういらない」って思うのは、そんなに罪なことかな』と家族の再構成という経験の中から『家族』とは何かを考えさせられるこの作品。
額賀さんが描くリアルな美大生の日常の描写と、過去と今を巧みに組み合わせながら展開する構成の上手さにすっかり魅了された、そんな作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
凄く繊細なお話だったな~
美大に通う新入生と先輩。
お互いの家族環境が似てる。親が再婚、それぞれ連れ子ありで。
家族になろうと思う友親。家族から離れた若菜。
そして若菜には亡くなってしまった彼女への思いがずっとある。
いろいろ複雑な人間関係の中、旭寮を中心に楽しい事もあれば、苦しい事もありで。
なかなか難しいストーリーだったかな。 -
美大生たちのあれこれ、授業とか課題の取り組み方とか絵画教室のアルバイトとか学祭とか、そういうのが面白かった。美大生に「絵が上手い」は禁句なのか、なるほど。しかし美大生に雨漏りアパートはダメじゃないか。
親の再婚相手とその連れ子との関係って、そんなに難しいものなのかな。そこまで頑なになるものなのかなと少し疑問だった。想像でしかないけど。二人とも、求められる役割を完璧に果たそうとした、その反動ということか。
恭子の立場とか、涼の事情とか、わかりにくいところもあったけれど。個人的には、明石先輩と恭子の交流が気になるところ。
白いクリームソーダも、ちょっと気になる。 -
タイトルと表紙の画に惹かれて図書館で借りた。大好きなげみさんの画だった。
「さよなら」だったし「クリームソーダ」だった。明石先輩や若菜さんの張り詰めた気持ちが伝わってきた。 -
親の再婚で新たな家庭に向き合う二人。
恋人(由樹)が現れてから徹底的に家族を排除しようとする若菜。
本心とは反対に良い家族像を取り繕うとする友親。
恋人の死、義姉からの強姦…
あまりにドラスティックな出来事を
乗り越えられる人、そうでない人…
少し内容を詰め込みすぎた感があったり
消化不良な登場人物がいたりはするが
心理描写は相変わらず凄いなと思う。
読後は少し胸が苦しくなる話だった。
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大きくなるに連れて増える悩みを後輩と女の子2人が解決していく
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装丁がとても素敵でパケ読み。
ストーリーの内容とも関係していてとても綺麗な装丁。
memo 装丁→関口信介さん
心情がとても細やかで繊細に描かれていた。
映画やドラマでも見てみたい作品。
(繊細な丁寧な作りの脚本で....) -
良かったし、面白かった。
私のクリームソーダの色って、メロンソーダの色なんだけど、この小説は白。
違和感を感じながら読んでいくとその謎も解いてくれる本。
この作者の本を追いかけてみたいと思わせる1冊でした。 -
流し読みには難しかった泣
ラストは好き。