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Amazon.co.jp ・本 (168ページ) / ISBN・EAN: 9784163904818
作品紹介・あらすじ
死へと向かっていく妻に照射される夫のまなざし
40歳代の妻は癌に冒され死へと向かって歩む。生命保険会社勤務の夫は愛する妻へと柔らかい視線を投げかける。人生考察の清々しさ。
みんなの感想まとめ
余命わずかな妻との日々を描いた静かな物語は、病気に直面する中での愛と希望を深く掘り下げています。夫は、妻との自然なやりとりを通じて、彼女の気持ちを尊重しつつ、普通の生活を営もうと奮闘します。特に、妻が...
感想・レビュー・書評
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余命わずかの妻との日々が綴られた静かな物語。
病気はもうよくなるわけではなく、死へのカウントダウンが始まっているような状況なのに、この静けさがなんとも心地よかった。
あくまで自然体で接しながらも、妻の気持ちや考えを尊重している姿にただただ共感。
特に、余命宣告を受けつつも「未来が消える瞬間を見届けたくて今を過ごしているわけではない。希望を持って、ただ毎日を暮らしたい。」という言葉が胸に残った。
あの時、自分も感じていた気持ちがあちらこちらに散りばめられていて、言葉にするとこういうことなんだと思えるところがたくさんあった。
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朝からバタバタしてたけれど、中途半端に空いた時間。そんな時に限って本を忘れる。
そんな時の強い味方、それが図書館。
お世話になっているさてさてさんの読まれていた『ほどなく、お別れです』のレビューを拝見しているだけで泣きそうになっていたのですが、そこで癌はお別れの時間を貰えるので悪い病気では無いと言われていると教えて頂きました。
それが良く分かる本だと教えて頂き、救世主図書館にありましたので拝読。
主人公は保険業界で働く40代半ばの男性。癌に侵された奥さんが入院中なのですが、この2人を含めて登場人物の名前が一切出てきません。
奥さんの見舞い客も、通り名は出てきますが本名は不明。もしかすると同じ経験をしている読者やそうでない読者にも、自分の物語として読んで欲しいと言う意図なのでしょうか。
その辺は不明ですが、ステージ4の癌で余命僅かな奥さんとの残された時間の話です。
彼の会社は理解のある企業で、事情を話すと介護休暇を利用して昼までの時短勤務を許可してくれています。午後は勿論、奥さんの元へ。
「忌引という休みがあるが、死んでから休みをもらってなんになるのだろう。むしろ、死ぬ前に休みが欲しい」
これにははっとさせられました。確かに心を休めるために忌引も必要だと思うのですが、癌のような病の場合はお別れの時間に使いたいですよね。
彼はひたすらに終わりに向けて奥さんと向き合ってるのではなく、今の奥さんと向き合う事に全力を尽くしています。なので頼んでもいないのに余命を宣告してくる医者に「せめて聞きたいか確認して欲しかった。患者側ではなく医者側のストーリーが始まったように感じられた」と残念に思ってしまいます。
この辺も難しいですね、医者としては残りの時間を悔いなくと言う意図なんでしょうけれど。
奥さんは元気な時『パンばさみ』という小さなサンドイッチ屋を営んでいました。パンを卸していた『双子屋』と野菜を卸していた『小林農園』の面々が見舞いにやって来ます。その際に「新作のクロワッサンを持ってきました。お好きな料理人の本を持ってきました」「トマトとレタスを持ってきました」と、やはり今の奥さんと向き合った様子でお土産を持って来ます。
普通ならば当たり障りないものを持ってくる所を、また『パンばさみ』に戻るような前提でのお土産です。
もう食事もままならない彼女ですが、これらには喜んで口を付けます。
この辺りも奥さんが生と向き合っているのがトマトとレタスの色味も相まって鮮やかに描かれます。
もう自分では動き辛くなった奥さんの髪を梳かしてあげたり、髪を結ってあげたり手をマッサージしてあげたり、そういった奥さんとの時間を丁寧に過ごしている主人公。
奥さんと義母との2人の時間もきちんと配慮しています。
本書は、妻を癌で失うだろう男のお涙頂戴物語ではなく、あくまでも終わりが見えている中でも希望を見出して共に生と向き合う物語です。
あまり感情的にならず淡々と奥さんの見舞いに通い、お決まりのように何を食べたか報告し合う姿がむしろその印象を強めています。
読んで行くと確かに突然死されてしまうよりは悪くない病気と言うのも分かりますが、まだ私は癌に対して恐怖の方が大きいです。もっと早くにこの本に出会っていれば考えも変わったのかも知れません。今後もしこの主人公と同じような状況に周りの人がなってしまった時には(勿論、そうならない事を切に願いますが、今や癌はなって当たり前の病気と化しているので…)この本で学んだ事を生かせそうです。
癌患者に対する周りの扱い方に時には苛立ちを感じる主人公の気持ちもリアルで共感出来るものでした。
特に勝手に癌になった原因を決めつけて「やっぱりパンは怖いね」と無神経に主人公に言ってくるシーンなんかはこちらまで腹が立ってしまいました。
主人公も、妻が命を懸けて愛し抜いたパンに対して侮辱された気持ちになって憤りを覚えます。
ですが最後には奥さんとの別れを彼なりに受け入れています。
「関係が遠くなるのも乙なものだ。全ての関係が光っている。遠くても、関係さえあればいい。遠いことは悲しいなんて、思い込みかもしれない。」
会社に理解を得られて思う存分2人で残りを生きられたから出る言葉かも知れません。
日本の企業はまだまだこういった介護関連に関しての理解が浅いように思えますので、こういう書物がもっと話題になり変わるきっかけになれば良いのにと思うのですが、難しいのかなあ…。
いつか悲しむ全ての人が彼のように思える時が来る事を願って、思わず久々に天を仰いでしまいました。
さてさてさん、とても良い本をご紹介下さりありがとうございました!
今までもっと悲しいテーマで癌を扱ったものしか読んだ事が無かったので、目から鱗でした!
『ほどなく、お別れです』も、もう少し覚悟が出来たら読んでみたいと思います。m(_ _)m-
そんなバリバリ泳ぐ方は介護の必要ゼロですって!!爆笑
いいなー僕もシンさんとプハー!とビール飲みたい\( 'ω')/そんなバリバリ泳ぐ方は介護の必要ゼロですって!!爆笑
いいなー僕もシンさんとプハー!とビール飲みたい\( 'ω')/2024/04/27 -
2024/04/27
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2024/04/27
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癌の妻を見舞う夫の思いが綴られていた。冒頭の表現から引き込まれて、一気に読み終えた。
病床の妻との「来たよ」、「来たか」というやりとりがいいなと思った。読み進めると、季節の花やお見舞いに来る母の服、周りの物の色が、なぜだか余計に鮮やかに感じられた。
病状をすべて話したうえで向き合う。治ることが叶わないことがわかっているからこそ、普通に接しようと思う。でもどこまで踏み込んでいいのかと、逡巡する思い。その人のことが大切だからこその悩みが溢れていた。
癌を受け入れ、仕事関係の人と未来を語る妻の生き生きとした様子は、嬉しいような悲しいような感じがした。彼女は、今このときを大切に過ごしたかったように思えた。
医師や看護師、介護認定員の話し方や振る舞いが、いちいち気にかかる。自分は心が狭い、といつも思う夫だったけれど、私も同じだったなと思った。
悪気はないのだろうけれど、普段会わない人に、自分が我慢している感情をすんなり出されたり、興味本位で病気のことを話されたりするのは、結構きつい。癌患者の家族も、第二の患者といわれるくらい傷ついていることは、多くに人に理解してもらうべきことだといつも思う。お葬式についても、この夫が選択したことが、一番いいと思った。
大切な人との距離感は、時と共に変わっていく。遠くなっても関係さえあればいい、と思えるようになる。美しい距離というタイトルは、そんなことを表しているように思った。
山崎ナオコーラさんの他の小説も読んでみたい。
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とてもいい本に出合いました。
ほとんどすべてが同感でした。この語り手に。
この先だれもが遭遇する 死 ということ。
こんな風に自分の死も考えたいと思います。
読んでください。 -
リアルだ。淡々とした描写が、死へ向かう人と、看病する人の気持ちをよりリアルに描いている。
『美しい距離』。これを私は美しい距離と思うことはないが、それは人それぞれの考え方なんだろうと思う。
ただ、この主人公の夫の考え方が卑屈すぎないかと少し気になった。
『死』は突然にやってくる。この物語は癌を宣告された妻を看病していく夫の目線で語られていく。どんどん弱っていく妻を看病しながらも、体を拭いたり耳かきをしたりすることに幸せを感じ、これが一生続けばいいとさえ思う。
これまで、私の周りにも『死』はたくさんあって、突然だったり、病気だったり。ただ、こうして看病できるのは、周りの人間にとってはその方が幸せだったりするんだよなと思う。きちんと感謝を伝えること。きちんと看病できること。自分の気持ちを伝えること。
『死』を関係なく、後悔のない生き方をしていきたいと思う。 -
「忌引き」という休みがあるが、死んでから休みをもらってなんになるのだろう。むしろ、死ぬ前に休みが欲しい。(P.65)
近いことが素晴らしく、遠いことは悲しいなんて、思い込みかもしれない。遠く離れているからこそ、関係が輝くことだってきっとある。(P.160)
今は、離れることを嫌だと感じている。でも、嫌でなくなるときが、いつか来る。そんな予感がする。(P.160)
淡いのも濃いのも近いのも遠いのも、すべての関係が光っている。遠くても関係さえあればいい。(P.164)
結婚し、親しい間柄でも死んでしまえば、距離は離れていく。心理的にも身体的にも。関係が薄く離れてしまうことに悲観的になるのではなく、離れていくものだと割り切り、その距離でさえ美しいと思わせてくれる作者の言葉。闘病をテーマにした小説は悲しくなるのに、なぜかこの作品は温かい気持ちになった。 感染症で遠く離れてしまった関係も、その距離だから輝くものがあると信じたい。
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大事な人を看取ったときの小さなことまでも思い出してしまったぐらい、繊細な心の揺れとか動きが伝わった。
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別サイトでおすすめしていただいた一冊。
短いページ数に淡々と、だけど深甚な文章で綴られる夫婦の最期の時間。「未来があまりないことは知っている。未来が消える瞬間が来ることも知っている」けど「希望を失っていない」ことを、お医者さまをはじめ周りの人に伝えるのが難しいことが強く心に残った。本で読むのでなく現実で聞いたら、私もきちんと理解できないかもしれない。
読後、タイトルにしみじみ感じ入った。
それぞれの関係・想いにとっての、それぞれの美しい距離があるのだと。そしてそれは遺されたものにとって、かわらないものであり、日々、かわっていくものなのだと。 -
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妻の病気をきっかけに、いろんな価値観の違いを感じる主人公。それは、彼は彼の、彼女は彼女の、妻の母は妻の母の物語を歩んでいるからで、自分が感じていても他人はそうではないってことを自分自身との対話を通し感じている姿が心を打つ。自分はこう思うということを率直に、だけど優しく伝え、彼女はそうではないことを受け止める姿勢がいい。誰にでも言わなくていいこと、言わずにいたいこともあるだろうな。病状や医療費について隠さず話し、納得した上で進めたいっていう夫婦のあり方はいいなー。
未来のことを話さずにどう楽しんだらいいのか、という台詞が何度か出てくるけど、耳かきや顔を洗ってあげている時至福の喜びを感じているから、今ここを楽しむ事が重要と書こうとしてるのではないかな。とはいえ、今ここを見つめる事が楽しいと思える経験をしたことがあまりなければ難しいけど… -
末期がんの40代の妻を看病する(そして看取る)男性の話。
とてもリアルで、ドキュメンタリーを読んでいるようだった。「死の瞬間」もいたって静かに描かれていた。
心理が丁寧に丁寧に描かれていた。
血の繋がった親や子よりも、配偶者のほうが関係は近いらしい。親のほうが一緒に過ごした期間が長いのに、と男性は思う。
私だったら、そんな時に一番そばにいてほしいのは、配偶者かもしれないなと思う。
配偶者って不思議な関係だ。血も繋がっていないのに「家族」になる。しかも「一番近い」家族に。
毎日一緒にいる近さでも、もう2度と会えないくらいの遠さでも、濃くても薄くても、心地いい距離は人それぞれだ。関係さえあればいい。
これを「美しい距離」と呼ぶのかなと思う。
がんにはマイナスなイメージが多い。
けれど、ほかの病気にはない「死ぬための準備期間のある」病気という解釈には、確かに明るいイメージが持てた。
巻末の著者紹介に「目標は『誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい』」と書いてあって、いいな、と思った。
クロワッサンのサンドイッチが食べたくなった。 -
大切な人が死に向かっている時に、何を考え、どう関わるか。
毎日お見舞いに行くのは、最後の瞬間を看取るため、悔いを残さないため、ではない。
ただ、傍にいたいから。
延命治療はしないが、生きる希望を失ってはいない。
病気や死に意味や理由を見出さなくていい。ただそうなってしまった、それだけだから。もっとこうしておけば、そんな後悔は何も生まない。
「闘病」という言葉。
病気は敵で、完治することが勝ち、死ぬことは負け。
そんな意識は持たなくてもいい。
負けないという強い気持ちが生きる糧になる事もあるだろう。でも、あるがままに、自然に任せてもいい。それは決して逃げではないと思う。
生や死にどう向き合うかは人それぞれで、正解はない。
でも、自分が同じ状況になった時、この本で得た考えはきっと心の支えになる。 -
ガンの妻に寄り添う夫目線の話だが死にゆく妻、ではなく「今日生きている妻」に淡々と会いに行く中で、少し傷ついたり誰かに腹を立てたりすることが丁寧に描かれていて引き込まれた。
夫婦とか親子じゃない小さな関係もちゃんとその人を作ってるんだよなぁ。 -
子供がいない、まだ40代の妻が癌で亡くなるまでの数カ月の過ごし方を丁寧に描いたお話。
あっけないお別れよりゆっくりお別れを覚悟してゆくのは別れとしては最善かもしれないけど、これは亡くなってゆく側の腹の座り方によるかもしれない。穏やかな夫婦の穏やかな関係だからこその綺麗なお別れ。
私はこんなに美しく最期を迎えられそうにないのであっけない方を選びたいと思った。 -
夫が妻に対して家族だからといって思っている事を何でも口に出すのではなくまず相手の気持ちを慮る、そして言葉を選ぶ。
その思いやりや配慮が本当に素敵な距離感で妻を心から愛していることが伝わった。
「死因は、妻と同じがんがいい」
このセリフがとても印象的だった。
衰弱していく様を間近で見てきたからこそ、この言葉はすごく重みがあって心にぐっときた。
多くの人は病気を患った人に対してステレオタイプな考えを持ちがちで、点と点を結びつけて物語をつくりたがる。例えば、「人間ドッグを受けていないからがんになった」「若いから進行が速かった」。「余命○ヶ月と言われていたのにそれ以上生きられた」、あるいは、「余命○年と言われていたのに、あっという間だった」。
周囲の人が勝手につくる物語に夫は内心不満に思っていた。それに私はとても共感した。何が原因かなんて一概には言えないし、勝手に物語を作って当てはめる事はただの自己満足でしかないと思った。
最善の経過なんて誰にも分からないし、2人が最善の道を辿ったともいえない。けれども、夫は、「最善の道を歩かなくて何が悪い。自分たちは、他の誰とも違う、自分たちだけの道を歩いたのだ。」と、自分を貫いていてとてもカッコいいと思った。最善を選択しなくてはいけない、その概念すら取っ払ってる事に私は本当に考えさせられた。
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サンドウィッチ屋さんを営む妻と保険屋の夫の話。妻が末期の癌患者となり、お見舞いに通う夫はこんなにも妻に尽くしてくれるものなのか。羨ましくもあるが、反発心もある。
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軽い気持ちで借りたけど癌がテーマの重い本だった。重い中でも女性らしい感情的な部分に趣が置かれていたので最後まで読めた。
私が大切で失いたくないけど、もしかしたら失うのはそんなに遠すぎないかもしれない両親を思い浮かべては、今を大切にしなくてはという気持ちも強く持った。
癌を始めとして体の病気というのはどういうタイミングかもわからないから、どうすることもできないけども怖いなぁという感じがある。もちろん事故でなくなるのも辛いけども。 -
がんで亡くなった母の事を思い出しました。
主人公が恥ずかしいと思っていた事を一つづつ妻にしていく所はとても共感出来ました。
そしてやっぱりこうすれば良かったという所も。
どうして人は大人になっても恥ずかしいと思ってしまうのか。
著者プロフィール
山崎ナオコーラの作品
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感想 :

今年もレビュー楽しみにしてます♪
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私もレビュー楽しみにしています。
今年もよろしくお願いします(◍•ᴗ•◍)
私もレビュー楽しみにしています。
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