コンビニ人間

著者 :
  • 文藝春秋
3.61
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本棚登録 : 11481
レビュー : 1737
  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163906188

感想・レビュー・書評

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  • 自分という存在がどう必要とされているのか、そしてどうあるべきなのかを考えさせられる作品。コンビニという存在を通して主人公はどのように見られているのか、どんな目で見られているのかを浮き彫りにしている。読んでいるとコンビニという存在だけでなく、アルバイト、年齢による世界観、結婚や恋愛などによる優劣、実際に気づいていなかった店長や同僚との関係性と目白押しである。長く勤めていても正職員になれなかった?ならなかったのかは微妙だが、そこの時点からこの本の本質が始まっているように感じました。コンビニに勤めていれば読むべし。社会に馴染めていないなと思っている人も読むと世界観を考えさせられる。

  • 面白かった。
    数分おきにグサグサと鋭利な刃物で刺される感じ。一種の現代病がテーマ。

    白羽さん相当クズなんだが主人公もそれを超えてくるナチュラルなヤバさを持ち合わせてて実際自分は店長とか泉さんその他大勢の立ち位置に回るんだろうなあと。

    ハッピーエンドと言っていいのかわからないラストも良い。

  • 辛い内容だった。気軽に誰にでも勧められる本では無いと感じた。
    長い間、同じ場所で雇われて働いている人達に共通する話だと思う。それが普通なのか普通で無いのか、それを決めるのは誰なのか、皆が分かっている様で分からない、不気味な話だ。しかし、それが現実なのだ。

  • 今更ながら読了。自分がしゃべると何故かざわつく、を微調整しながら、なんとか生きてきた身としては、古倉さんへの共感どころもあった。他の人達も多かれ少なかれ、無意識に他人のポーズをまねしながら、世間とチューニングをしているのかもなぁ、とも。とても読みやすく、古倉さんが結局周りが望むようには治らないという終わり方も、世間的ハッピーエンドに落ち着かなかったというところがよかったし、コンビニの古倉さんがキラキラしていてある意味とてもハッピーだった。

  • 点だけ見ると普通とは違って見えることも、そこに至るまでを紐解いていくと、そのときどきに感じたことは誰もが持ってる感覚だと思う。

    そのときどきの感覚を外部に合わせようとするのか、内部の心のままに生きるのか。

    ちょうどいいと共感されて、少しずれると個性的で、行き過ぎると変人扱いされる。

    どのくらいで生きるかは自分で決めたらいい。

  • 読後の気持ち悪さがなんか心地よくて、でも気持ち悪くて、不思議な気持ちで読み終わりました。

    正常な社会からはじきだされた動物、コンビニ人間。
    健康体や体内の水も、コンビニから形成されている。
    コンビニの声が聞こえる、コンビニのために生まれた動物。
    不正常な人間は、コンビニという世界からはじきだされる。うん。
    たしかに、現代社会もそうかもしれない。

  • 普通になりたくないけど普通でいたい、主人公みたいに普通じゃないことに気づかないのが少しだけ羨ましい

  • 普通"と呼ばれる世の中を"枠の中の世界"として、

    その世界を圧倒的な外の世界から見ている主人公。

    その表現は大変に無機質で、究極の客観視とも

    言えるけれど、それが不気味で、引きつけられる。

    18年間コンビニで働きつづけた彼女は最後、

    コンビニのバイト店員としか生きられないことを悟り、コンビニ店員で居続けることに生きる意味を見出す。

    作中に何度も、"36歳、独身、まだコンビニのバイト店員"という表現が出てくる。

    "普通"の世界から見た主人公は社会のお荷物であり、負け組とも言われていたけれど、

    18年のバイト経験によって得た知識や生きがいを糧にコンビニで働き続ける彼女は、本人がそれを理解しているかは別として確かに社会の一員であり、立派に社会に貢献している。

    でももしかしたらこの

    "確かに社会の一員であり、社会に立派に貢献している"

    という見方自体が、

    彼女にとっては"普通"に当てはめようとする側の人間の見方なのかもしれない。



  • 普通さー、と口にする時は
    多分誰かを批判しているんだろう
    誰かを傷つけているんだろう

    これが普通という価値観は
    社会でサバイバルする為の護身術

    コミュニティの中では
    普通じゃない異物は敬遠される
    それはたしかに
    縄文時代から変わらないのかも

    周りにいる人の
    話し方や服装に影響を受け
    周りと同一化する事

    それが「普通」
    仲間の証

    普通の枠を超えると
    恐怖を感じるので
    普通を押し付けるのだろう

    普通押し付ける人たちが
    おぞましくて
    イヤだなあと思ったのに

    私も主人公の
    茹でた野菜に醤油の夕飯に
    恐怖を感じてしまった

  • 誰もが異常性を少なからず持っているからこそ共感と嫌悪感を持つ話だった。
    私は読み終わったあとなんだか元気が無くなった。

  • 生きる目的は、コンビニで規則正しく働くことのみ。愛情や共感、喜びや嫌悪、辛さといった人間的な感情は一切ない。主人公は、普通の人にとって気持ち悪い欠陥人間(コンビニ人間)にすぎないんだけど、こうした異端者を排除しようとする窮屈な社会の方が異常なんじゃないか、と思わせる話。

    人型のAIが人間に紛れて暮らすようになったら、こんな感じになるのかな。SFチックでちょっと不思議な読後感。

  •  程度や側面の差はあれど、人間誰しも恵子のようなところがあるのではないかと思う。自分の意に反してでも周りと同調するとか、周りに変に思われないように行動するとかいうのは、社会の秩序やルールを守るための人間の性なのだとなんとなく思っていたけれど、それらはどこまでが必要で、どこからが不必要なのだろうか。
     恵子は、周りの大人が幼少期から上手く教育して育てれば、「治す」ことが可能だったのだろうか。何らかの発達障害なのであれば、専門家に相談して早期に診断を受けることで、本人や周りの理解が進むという意味で生きづらさが少しは軽減できなかったのかな。
     何が常識で何が非常識か、どっち側が「こちら側」でどっち側が「あちら側」なのかは、何で決まっているのだろうか。多数決? だとしたら、「あちら側」に治ってもらうべきというのはあまりにも一方的で強制的に思える。
     一方で、「こちら側」の人間が「あちら側」の人間を排除したり適応させようとしたりする気持ちは、分かる。理解が至らず、「こちら側」の常識を当てはめることができないことが怖い。恵子の母や妹が「治って」ほしいと願う気持ちも分かる。本書の中で恵子が少しでも何かしらの気付きを得たり前進なり後退なりすることを期待して読んでいたわたしも、恵子の周りの彼女を理解できない類の人間なのだ。彼女の周りの人間はやや極端で悪質であるように感じたし、そんなに自分たちの中の標準を押し付けなくても、と思ったが、自分も無意識のうちにどこかそういう押し付けをしているんじゃないかと省みる気付きにもなった。そして、自らの中にある標準は自分自身にも押し付けて、自分で自分を苦しめてもいるんだな、とも思った。
     「こちら側」の人間がするべきなのは、治すことじゃなくて理解することなんだろうな、と思う。難しい。

  • 古倉さんと白羽さんそれぞれの感性はあまり共感できないが、普通でないことの生きづらさを彼らの感情から察することができた。コンビニで働くことが生きがいであり、自分の居場所であると思うなら、それ自体は素晴らしいことだと思う。いつかコンビニからも弾かれて、でもコンビニは自分なしでも回っている、という状況が訪れるはずだが、過去を振り返れば自分を誇りに思えるのではないだろうか。

  • やっと読みました「コンビニ人間」!
    整然として無機質で冷ややかなコンビニという場所の性質をそのまま人物と文章に反映し、主人公を通して「普通」を強要する社会の異常性をしっかり見据えた作品だと思いました。
    世の中には社会不適合者と呼ばれる人が大勢いるわけですが、その人が適合できる生き方や場所を認めず、その大ナタで適合不適合を決める社会こそコンビニのような無機質さを考えざるを得なくなりました。面白かったです。

  •  テーマも気になり、登場人物の設定も強いので、少しざわざわとしながらも引き込まれてサクサク読めた。

     多数派の秩序、ルールに従わなければという観念、排除されるんじゃないかという
    不安。この世の多数の人が持つ感情でないかと思う。
    主人公ほどの生きにくさはないにしても、大なり小なり感じる部分があり
    立ち位置が主人公側だったり、同僚側だったり。色々と感情が揺さぶられてしまった。
    みんな違ってみんないい、世界に一つだけの花、そんな言葉があるけれど
    その言葉通り生きていくのって結局周りが認めてくれないと生きにくい。

    世の中に不平不満を言いまくってる白根より
    そりゃそうだよね。そういう世の中だよね。じゃあどうする?自分はどうしたい?ってしっかり考えて
    最後選択した道。私はそれでいいなって思った。

  • 36歳。定職に就かずバイト生活を続ける女の現代社会の生きづらさ。こう書くとありがちな芥川賞作品なのだが、凡百の作品と少しだけ違うのは、何者でもない主人公が「コンビニ人間」として救われた状態から話が始まるというところだろう。これはすでに救済された人間が、一定の強制力を持つ正常な世界で抗う物語なのだ。コンビニは流通の最先端で、利便性と多様性の象徴である。そこに「最適化」することでコンビニ店員という生き物になった主人公は、生活の全てをコンビニへと捧げる。

    冒頭の、大小様々な音を拾うことで即座に客を判断する描写は見事で、接客業経験のある人間なら伝わるリアルさがある。他にもリアリティを感じる箇所は多く、意識の高い口だけバイトや、1割の確率で遭遇するキチガイ客などは接客業経験で外せないポイントなのだが、個人的に「おおっ」と思ったのは店員同士の人間関係である。店員の練度や習熟度もそうだが、それ以上に接客業は店長や店員同士の関係性が重要であり、仕事を円滑にするためにミラーリングを駆使して主人公がそこにも適応しようと努力するさまは涙ぐましい。また店員には名札があるため苗字が漢字呼びなのに対し、地元の友人はカタカナ呼びであるというのが主人公の関心のなさや繋がりの距離感を表していて非常に素晴らしいと感じた。「仕事のために仲良いフリをして敵を作らないように振る舞う」という切実なリアルさがそこにはある。

    興味深いのは、主人公はバイトリーダーの人間にありがちな意識高い系ではなく(他者から見ればそう映るかもしれないが)そういう意識高い人間の上澄みの意識のみを切り取り、完全に適応した状態だというのが面白い。仕事に対する考えは効率のみであり、働く信念も働く意義も持たない。適応したからただそこにいるだけである。

    恐ろしいことに、周囲はそんな人間の存在を許さない。36歳で18年間アルバイトを続けている理由を周囲は必死に探しだす。働くその背景に、物語や理由がないと人は納得しないのだ。例えば夢を追っているとか、両親の介護、病気で働けないといった理由や、もしくは就職したくないというわがままや甘えなど、そういった「分かりやすい」物語に押し込めて周囲は理解したいのである。コンビニバイトに最適化したから、というのは到底理解できない既知の外の理由なのだ。ここには色々と現代社会の歪みがあり、周囲の語る常識が図らずもコンビニを巡る異常性を浮き彫りにしている。

    18年間も働いているのにずっと時給800円のアルバイトのままで、社員になったほうが場合によっては給料が下がるというシステムも異常だが、それと同時に、バイトの領分を超えた在庫管理発注管理シフト管理までやらされているのに、アルバイトだという理由だけで仕事内容は無視されまっとうな社会の一員として認めてもらえないというのも同じくらい異常な話である。恋人がいるなら就職を迫られ、いないなら作って生活するために就職を求められる。そこに本人の意思は介在しない。誰にも迷惑をかけずに暮らしていても、明確な理由がない以上、誰もそれは許さないのだ。宅配からATM、公共料金の支払、はては美味い珈琲まで様々な機能をコンビニに求めて、アルバイトで回すことに寄る利便性や多様性を散々享受しておきながら、それに最適化した人間を異物扱いするあたりに良識的と自認する人々の傲慢さがある。「どうすれば『治る』の?」「どうすれば『普通』になるの?」は作中で繰り返し語られる言葉だが、「普通」という言葉の暴力性は凄い。まるで呪いだ。

    ラスト、周囲の言う「普通」の人間でいることよりも「コンビニ店員」であることを選択することによって、主人公は人間らしい感覚を取り戻す。それを選ぶことに一般人を納得させるだけの理由もなければ、強固な論理武装をしているわけでもない。ただ最適化しているからそこにいるだけ。「そんなことは許されないんだ!」という子供じみた叫びすらも意に介さず、主人公はコンビニ店員という生き物として過ごし続ける。人によっては理解できないかもしれないが「コンビニ店員」という肩書は深入りしなければ一つの装置でしか無いのだ。客のことをいちいち気にしないのと同じように、客もコンビニ店員に対して人格を期待しない。そこには「コンビニ店員」という装置が存在するだけである。関係性が深まれば、また同じような戦いが起こり、世界は強制力を持って主人公を正そうとするのだろう。しかしコンビニがある限り主人公は死なない。一見すると異様な主人公の目を通してコンビニに繋がった現代社会の欺瞞を暴き出した傑作である。

  • 「普通」も「普通じゃない」も、等しく何か変に
    感じてしまう小説。
    多様性とは、一体。

  • オンリーワンの多様性を認めようとする世の中で、「普通」というマニュアルは絶対に存在している。

    その不気味さを上手に書いているように感じた。

  • 『コンビニ人間』は村田沙耶香の芥川賞受賞作品。コミュ障とも思える主人公古倉恵子の高度にマニュアル化されたコンビニという世界であればこそいきいきと生きることができる生態を中心に述べられている。

    「空気を読む」というある意味高度なコミュニケーション目的を持つ現代社会の成り立ちに、うまく寄り添うことができない主人公は、それでも自分が周囲とは異なる人物でありそれが不都合な事態であることは認識しつつも、では実際どうしたらよいかわからないのが恵子である。

    しかし、コンビニはその運営上、極めて高度化されたマニュアル世界であり、合理的でかつその合理性がコンビニに関わる人すべてに受け入れられている世界である。そのマニュアルを実直にこなしていく人が求められているのであり、そこに疑問をもてばやっていけないし、そこにはまればニーズにもっともマッチしているのである。

    しかし、「空気を読む」社会ではここまで生活の中に入り込んでいるにもかかわらず、そんなコンビニ世界を活用しながら異端視しており、そこから抜け出そうとしない恵子を白い目でみるのである。

    そこを恵子は強く認識しており、だからこそこれまた変わり者の白羽と同居生活を実施してみるのだが、やはり恵子の世界はコンビニなのである。

    自身も含め、ここは彼の(あるいは自分の)世界ではないよな~と思ったり、「えーなんでなんで」と思ったりしながら他人を異端視し自分はまともだと認識して安心したりしているわけだが、これだって結局はマニュアルあるいは暗黙のマニュアルに沿って生きていることを是認しているのであり、またそこでしか生きていけずに抜け出せない(抜け出さない)のだ。

    そんなことに一瞬思いを寄せさせる本書の意味を考えると結構スゴイ作品なのかな?と思ったりもするわけで。

  • アイデンティティが喪失し、思考を停止した人間の物語。
    もともと思考を動かしていない部分もあるので停止すらしていないのかもしれない。

    個人的にはハッピーエンドと思ったし、自分は機械仕掛けの人間ではないと言い切れるかといったらそうではないと思った。

    ちょっと気味が悪いけど、動物の生態とその本能にしただって生きている主人公が野生的で、「人間」ってなんだろうと考えさせられた。

  • 1日で読み終えてしまうくらい読みやすく、いろいろ考えさせられました。古倉さんっという人物が理解できるような…できないような…。もう一回読みたいです。

  • 芥川賞を受賞し、海外でも20カ国以上に翻訳され、「ザ・ニューヨーカー」誌の「The Best Books of 2018」にも選ばれているという。芥川賞受傷直後はそれほど興味を持たなかったが、海外でも受け入れられる作品はどのようなものかと今回読んでみた。
    現代日本の一つの風景、文化とも言えるコンビニエンスストアを舞台に、そこで働く30代のある意味宙ぶらりんな人生を送る女性が主人公。
    まずコンビニというものを細かく表現し、そのどれもがまさに言い得て妙である。そして現代の労働の形の一つ、正社員でなくアルバイトとして30を過ぎても生活できるという形を描いている。またその孤独とも言える姿が切ない。
    不思議な作品だ。

  • 確かに最後はなくてもよかったと思うんですけど、うまくいえないですけどすごい本でしたんで…
    すべてのことがどうでもいいと口では言えるけど、ほんとにどうでもいいと考えることすらしたくないまでに進化できるというのがわかったことは大きな収穫でしたんで…

  • 面白くて怖くて苦しかった。
    なんか本当に生き辛い世の中だと思う…。
    自分では普通なのに、世の中のレールから外れた人を怪訝な目で見る。勝手に土足で踏み込んで心配して可笑しな人だと変わった人だと外野から好き勝手に言われる。
    そもそも世の中のレールって誰が決めたんだ。
    ムラの一部になんでならないといけないんだろう。
    古倉さんはコンビニ店員として、コンビニにすべてを捧げて自分が回っている正常で居られるからそれでいいと思う。感情がわからないのはやっぱり恐ろしいけど。

  • コンビニにいる時だけ社会の歯車になれる主人公。本を読む前は、コンビニしか生活の糧がない状態から人との関わりの中で成長する主人公を描く物語だと思っていたが、完全に裏切られた。主人公はコンビニで働く事でしか社会と真っ当に関われない、コンビニで働く以外に社会に存在する意義がない、まさしくコンビニ人間。これはオオカミ人間とか雪女とかそういう類の言葉として理解するのが正解だ。あり得ないようであり得るような、生きたコンビニ人間がこの小説のなかにいる。

  • 読みやすかった。コンビニは利用する側だから、店員さんがこんなにも気を配ってるとは勉強になった。主人公は白羽のペースに巻き込まれるより、回りから何て言われようが天職であるコンビニ人間を続けた方が幸せなのだろう。

  • 白羽さんは見事な人物だ。うまく書けている。時代を映す人物だ。結末は私にとっては及第点となってない。この部分はなくてもよい。不思議に思うのは、雇われ店長として生きる手もあるのではないか。30代後半、未婚、アルバイトは今の時代十分ありえると思う。

  • どんどん転がる展開に引き込まれた。

    話し方や態度は、周囲にいる人間の影響を受ける…という著述が何箇所かあった。付和雷同するのが人間なのだなあ。

    P61。皆、変なものには土足で踏み入って原因を解明する権利があると思ってる。

    うん、ほんとそう。その辺にいる人々は、てめえが理解できない事象を怖がっている。全てを理解できるほど、お前の頭は良くないだろうに。世界を舐めんな!

    ラストシーン。それでも貫くコンビニの神様?への帰依の姿勢が、熱いぜ。
    主人公は付和雷同しなかった。できなかった。

  • コンビニという場所で理想的な店員はその役を完璧に演じるような人であり、日本の社会が求めているサービスマンとはそのような形が一つの理想形としてあるのではないかと思う。その役を演じることで、救われて生きる人もいるということだ。世の中にはたくさんの人がいて、それぞれの考え方がある。この本では自分では想像できなかったような人の考え方を覗けるのかもしれない。

  • 確か、作者の方も、ずっと、コンビニでバイトをしている、コンビニしか通用しないとか、なんとか言っていたのを、頭の隅にいれながら、読んでいた。くすくすと、笑える場面もあり、なんだか、主人公の恵子が、もどかしかったり、白羽にいらいらしたり、結構、楽しんで読めた。
    最近は、芥川賞受賞作品って、なかなか、いいなと思うものに、出会えなかったけど、これは、楽しんで読めた。

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著者プロフィール

村田沙耶香(むらた さやか)
1979年、千葉県印西市生まれ。二松學舍大学附属柏高等学校、玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。
2003年『授乳』で第46回群像新人文学賞優秀賞を受賞しデビュー作となる。2009年『ギンイロノウタ』で第22回三島由紀夫賞候補及び、第31回野間文芸新人賞受賞。2010年『星が吸う水』で第23回三島由紀夫賞候補。2012年『タダイマトビラ』で第25回三島由紀夫賞候補。2013年、しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。2014年『殺人出産』で第14回センス・オブ・ジェンダー賞少子化対策特別賞受賞。2016年『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞受賞。
2018年8月末、『地球星人』を刊行。

コンビニ人間のその他の作品

コンビニ人間 Audible版 コンビニ人間 村田沙耶香
コンビニ人間 (文春文庫) 文庫 コンビニ人間 (文春文庫) 村田沙耶香
コンビニ人間 (文春文庫) Kindle版 コンビニ人間 (文春文庫) 村田沙耶香

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