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Amazon.co.jp ・本 (128ページ) / ISBN・EAN: 9784163906232
作品紹介・あらすじ
感情はサブカル。現象はエンタメ。
つまり、愛はサブカルで、セックスはエンタメ。私は生きているけれど、女子高生であることのほうが意味があって、自殺したどっかの同い年がニュースに流れて、ちょっと羨ましい……。(冒頭部分)
女子高生カズハは17歳。いじめや自殺のあふれる日常で、恋をして、喧嘩をして、ごはんを食べる。みずみずしい文体で濃密な2日間を描く、新しい小説!
「タヒさんの言葉はいつもスッと切りつけてくる。幾つになっても、もう10代じゃなくても」(漫画家・西島大介、推薦!!)
みんなの感想まとめ
感情の葛藤と社会のリアルを描いたこの作品では、女子高生カズハの視点を通じて、いじめや自殺といった重いテーマが扱われています。彼女の思考は流動的で、十代特有の混沌とした感情が鮮やかに表現されています。過...
感想・レビュー・書評
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タイトルから、おっさんは読んではいけない本と勘違いするかもしれないが、おっさんこそ読むべき本。
過去にがんじがらめなのも、過去を無理やり解釈するのも
大きな誤り。なせなら「過去のきみは 、きみの所有物ではない 」のだから。
過去でも未来でもなく、「今」を生きることこそ、尊い。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
面白かったです。
「昔に戻りたい」という感覚にどうしても共感出来ないので、ずっと気になっていたタイトルでした。
十代の頃はこんなにたくさんのこと考えてたかなぁ…と思うくらい、びゅんびゅんと話題が変わり流れていくカズハの思考に圧倒されつつ、でもこの収拾がつかない感じが十代かもしれないと思いました。
「単に古びただけかもしれない」…人を「古びた」と簡単にバッサリいってるのが怖いと思いました。「古びてる」、わたしも言われると嫌だなぁ。。いくつか、若い頃特有の視野の狭さからくる偏見とかあるのですがこれが一番怖い。いつか言われる側になるだろうのに。
怖いけど、読むのが嫌ではないから、最果さんの言葉はやっぱり好きです。詩でも物語でも、最果さんの言葉は同じでした。詩がいっぱい集まって小説になっている感じです。
年々、十代が遠ざかっていて、その度にわからない…と思うことが増えています。わたしも既に古びています。 -
昨年、詩で萩原朔太郎賞を受賞した最果さんの短篇小説です。詩と同じように、連射する 苛立ち、視界に映ったものすべてと、頭をよぎったものすべてを写実した抽象画のような文体は、一人の生意気とも思えるふるまいの女子高生、カズハをあぶり出していきます。「感情は使い捨てのティッシュみたいなものだよ。この世界は ゴミ」と。
兄の親友 三井さんが、兄の恋人である彼女と寝てしまったことを「私は勝手に幻滅をして、そんな勝手な 幻と滅を許してくれそうな佇まいで生きる彼が大人であるな」と寛容なところを見せながらも「死なないんですか」と斬りつける。
多用される“死”、“自殺”、“ いじめ”、 という ワード。しかしグロテスクなものは登場させません。クラスメイトに机を隠されても、ひるまないし、怯えないカズハ。「全員死ねよ」と思いながらもシニカルに構えて言わない。そんなカズハが終盤やっと“感情”を手に入れます。
幸せや平和であることにことごとく唾を吐くようなカズハは、最果さんの過去の分身でしょうか。
綿矢りささんの『蹴りたい背中』(芥川賞)を想起しましたが、最果さんが この作品を書いたのは三十代前半。 それなので、女子高生の描き方に大人目線が見え隠れするのが少し惜しかった、と感じました。 -
青春小説、になるのだろうか。
このタイプの作品はハッキリと苦手なのですが、なんとか読了。
個人的イメージですが、若い人の内に秘めた感情で溢れた文章。
誰でも、どこかしら共感できる部分がありそう。
サッパリしたラストは好印象。 -
あとがきがいいと思った。
あとかぎを読んではじめて、タイトルと中身とひっくるめて、一つの作品としてつながった。 -
はじめ、読みながら、これは「詩」でもいいんじゃないか、と思った。伊藤比呂美の『とげぬき』だって「詩」になってるし、と。
しかし、読んでみると、描かれている心情の表現はこれ以上にないほどリアルで鋭いけれど、物語というものがはっきりあって、そこの部分はやはりフィクションなのだと思う。だからやっぱり「小説」かなあ。
でも、詩人にしか書けない小説だと思う。詩人が小説を書くと、一つ一つの文章は良くても、全体にまとまってないというか、小説的には今一つということもあるのだが、これは、いい。
あらすじだけ言うと、告白から始まって、いじめがあり、友情があり、家族の問題がありと、陳腐なほどの青春小説なのだが、表現と文章が、誰にもまねできない切れ味なので、陳腐さを感じる暇もない。というか、あらすじはこんななのに、よくもまあこんなキレッキレの小説に書き上げたなあと舌を巻く。
正直に言えば、自分が十代の頃に感じたムカつきをこれほどうまく表現してくれた人に初めて会った。こんなこと書いたらタイトル通り「嘘つき」みたいだけど。
そもそも本屋でこのタイトルを見て、十代の頃の思いがそのままでぎょっとしたのだった。
私も思ってたよ、若者に「その気持ちわかるよ」なんて言う大人は嘘つき、信用なんかできるか、と。
実は今でも思う。若者の気持ちに共感するなんて言う奴はよほどの鈍感かバカか嘘つきだってね。
作者も30歳だけど。
何十年も前に十代だった私がこんなに気持ちをかき乱されたのだから、ほんものの十代がこれを読んだらどんな感じだろうと思った。
ペンネームが「最果てで死す」で中二病みたいだと、今まで避けてきた詩人だったけど、他の作品も読んでみようと思う。 -
先ず書き出しが凄い。
【感情はサブカル。現象はエンタメ。】 それに続いで"つまり、愛はサブカルで、セックスはエンタメ。 "この文章に心を射抜かれた私の感動はサブカルで、読書はエンタメ。が成立するがこの感情を使い捨てのティッシュみたいなものにはしたくないです。絶対に。 -
タイトルで十代以外を拒み、本編でその十代をも跳ね除ける、トガりにトガった系女子。
決して開かれない、独り言の狭い部屋。時に世界の真実と鋭くニアミスしては、明後日の方向へがなり立てる。コントロールなんか、できないのが青春だ。 -
この歳でなんとか共感しようと努力いたしましたが、共感できないので嘘つきではないんだと思ったのですけれど、まかり間違えば連合弛緩になりそうな言葉の断片が最終的には小説っぽくなってたのでホッとしたというのが正直な感想です。男子高だったので全く共通する体験はないけれどもサワくんはうざくてきもいです。
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『感情はサブカル。現象はエンタメ。
つまり、恋愛はサブカルで、セックスはエンタメ。』
「でもみんな結婚する前に、複数と関係持つじゃん。つまりそれは時間軸でばらついているだけ。私のお父さんはそれを同時に成し遂げているだけ」
『人間はどこまでと人間に不満があり、最高にかしこくて最高におもしろくて最高に美人な友達が欲しいけれどそもそもいないからテレビを見るの。ああ、マツコデラックスと友達になりたい。』
「でも奇跡的な出会い以外に、マツコデラックスでもない人と一緒にいる理由って、会話する意味ってあるの?」
「本当の意味で人を好きになるとか、本当の意味でかなしいとか、本当の意味でうれしいとか、なんなんだろうね。じゃあ本当の意味ではないけどかなしいとかがあるわけ。それはなんなの。ただの嘘なんじゃないの。」
『だから圧倒的に間違っている人を見つけて、みんなで石を投げよう! 避難しよう! とてつもない快感があって、やっぱり共感っていいよね、と一人の死体を前にハイタッチ。』
「こんな気持ち悪いのにいいんですか?」
「え、お兄さん? 気持ち悪いことないよ」
「でも、価値観のふりした先入観にまみれてみませんか? それでいて理屈がなくて、なんか偏見をかためたようなかんじ。」
『兄よ、恋ですか。愛ですか。他人の「なんとなく悲しい」に振り回されて対応できないと血の色は青とか言われるなんて私はごめんだ。』
『他人の感情を推し量らないと、他に判断する材料がないだなんて空洞ですよ、三井さん。』
『机に近づいたら、小さく死ぬとか馬鹿とかも書かれて、それはそれでいいんだけど、他に思いつかなかったのかな。罵詈雑言辞典とか、発売されたりしていないのか。』
『そこまでじゃないのに私はだからラーメンの感想なんて口にした。あーあ、OLみたい。そのうち天気の話とかしだすのかな。』
『私こそ罵詈雑言辞典が欲しい。そしてその分厚い本でがつんと頬を殴るのだ!』 -
これはやはり10代ウケするのだろうか。20代で読んで少し懐かしむくらいか。30、40、50代と上に行くほど、きっと過去のモノとして受け止めるのだと思う。眩しい。10代は幸も不幸も何故か玉の汗が照り返しに反射して若いとは、と適わぬパワーを感じる。
さて、過去が自分の所有物で無くなるならば、どんなにかラクだろうと私なら思う。これは人各々生きてきた自分という現在だけが答えを知っている。過去の栄冠を誇れる人を尊く思ふ。過去の艱苦を潜り抜け現在まで生きてきた人を尊く思ふ。
結局、人は生きてきただけで尊いのだ。
それがわかって初めて、過去は自分の所有物となる。過去が君でなければ現在の君はいないという当たり前のことをわざわざ言葉にしながら、
大切な人が生きてきたこと、生きていることに感謝している。 -
最初から最後まで息もつかずに一気に駆け抜ける文体はまるでケルアック。凄い疾走感。切り離して突き放して経験と技術を重ねたから書ける十代。渦中にいたら整理すらできない同時多発的な感情を表現に変えるにはちゃんと大人にならなきゃいけないんだろう。
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◼️最果タヒ
「十代に共感する奴はみんな嘘つき」
強い主張を感じる。ストーリーは、んー、こじらせてるような。笑
最果タヒは詩人・作家さん。知名度で言うと詩>小説ってイメージ。私はなぜか、この人の小説が目に入り3冊め。「星か獣になる季節」「パパララレレルル」をこれまで読んだ。ピッタリと来る表現を模索して、毒や刺激も盛り込んでいくのが特徴かと思う。
高校生の唐坂和葉は陸上部の人気もの沢くんに、好きです、付き合ってくださいと告白する。しかし彼の「ああまあいいよ」という答えに不満で、やっぱやめよう、とフッた。それがクラスの女子たちの反感を買う。一方の沢くんは逆にカズハの感じ方が気に入り、何かと世話を焼き一緒に行動したがるようにー。
いつもヘッドホンをしておとなしそうなクラスメイト女子初岡も絡み、家には浮気した彼女と浮気相手の親友を伴って京都の大学生の兄が帰宅、彼女と結婚すると宣言する。カズハは彼女をビッチと言って不快感を示す。
あとがきで著者は、人にとっての過去は所有物ではない。そもそも青春時分の、混乱してくちゃくちゃだったものを整理し直して美化してというのは自分への冒涜だ、というような意味のことを鮮明に述べている。
ようは決めつけられたくない。感情や脳内のリクツは一定でなくスピーディにさまざま変わっていくものだ、と。そのようなことを掘り下げるためにこじらせ型の物語をセッティングする、そこには毒を伴うー、と受け取っている。
理屈は多いんだけれども、きっつい心情の中で、発想の方向がおもしろく、ユーモアもまざっていて、なんか惹かれてしまう。
もう少し多く、また注意深く読んでみたい。それも楽しみだ。 -
なんかずっと詩的。
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主人公がめっちゃ屁理屈で思考が次から次に変わっていく様が若いな、と思った。なんでそうなるの意味分かんなって感じる部分も多かったけど作者のあとがきが凄く良くて星4。
以下特に好きな部分抜粋↓
「懐かしさという言葉ですべてをあいまいにして、そしてわかったつもりになるなら、それは自分への冒瀆だって、気付かなければならない。」
「十代を終えると、十代というものがどうしたって象徴的に見えて、語りたくなってしまった。わかったつもりになりたくなっていた。」
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彼はもっと歴史として人を愛している人だった。
つみかさねてきた過去と未来を、見守るような人だ。 -
うーーん?共感できるところもあれば出来ないところもあり…
ストーリー性と言うよりは作者の哲学を楽しむ作品かなと思いました
この本が好きな人におすすめの本
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