最愛の子ども

著者 :
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 435
レビュー : 50
  • Amazon.co.jp ・本 (212ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163906362

作品紹介・あらすじ

日夏(ひなつ)と真汐(ましお)と空穂(うつほ)。夫婦同然の仲のふたりに、こどものような空穂が加わった。私立玉藻(たまも)学園高等部2年4組の中で、仲睦まじい3人は〈わたしたちのファミリー〉だ。甘い雰囲気で人を受け入れる日夏。意固地でプライドの高い真汐。内気で人見知りな空穂。3人の輪の中で繰り広げられるドラマを、同級生たちがそっと見守る。ロマンスと、その均衡が崩れるとき。巧みな語りで女子高生3人の姿を描き出した傑作長編。

感想・レビュー・書評

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  • テレビで村田沙耶香さんが〈おすすめの恋愛本〉として紹介してたのを見て読んでみた。これって恋愛小説なのか??との疑念はさておき、とてもいい作品だった。

    表面的には女子高生のたわいもない話なのかもしれないが、表現されていることはとても深く感じる。そもそも話は一部の事実を基にした想像上の物語、それを「わたしたち」という一人称を使うことで読書自身もその仲間にされていまっている感覚に陥る。

    一方で愛情と恋愛の未分化な感情、幸せな家庭とそうでない家庭、その子供達への影響、男子と女子、リーダー格とグループの雰囲気、こんな色々なテーマが散りばめられていて、それを「わたしたち」視点でまるで箱庭を覗くような感じで眺めている自分もいる。

    そしてそれらを表現する圧倒的に美しい文章。小川洋子さんや村田沙耶香さんの文章が好きな私にとって同じような素敵さがこの作品にはある。寡作な作家さんのようだが、他の作品も読んでみようと早速『親指Pの修行時代』を買ってきた!今から読むのが楽しみです。

  • 確かダ・ヴィンチで紹介されていて、それで借りて読んだんだと思う。わたしにとって、初めての松浦さん本。読んでいて高校生の頃を思い出した。

    舞台は神奈川県の私立玉藻学園。
    一体誰目線なんだろう…と思っていたけど、第三者目線だったみたい。なのでクラスの一員として、またはairとして作品内に溶け込む?ことが出来た。
    考えてみるとクラスって確かに家族に似ているのかもしれない。疑似的な大家族。支配するのはクラスの中心的人物のボスだ。どんな人が上に立つかによってクラスの雰囲気は違う。日夏、真汐、空穂の所属しているようなクラスの雰囲気(変態クラスといわれている)になるか、または鞠村が支配する縛りが多い束縛系のクラスになるか、様々なパターンが存在すると思う。

    中高校生だった時、なんであの子は異性の前で無防備に自分をさらけだして振る舞えるんだろう…と衝撃を受けたことがあった。いまはわかる。安全な場所で愛されて育った〈強さ〉だったんだと。この作品を読んで育ち方にも色々なケースがあると思った。
    たっぷり愛されて育った場合は人なつっこく、叩かれて育った子は暴力的になったり、怯えたり。猫のしつけと同じように無視されて育った子は、感情を遮断して無になって振る舞うなど様々だ。

    感想はなんとも難しくて書けないけど〈思想〉がつまっている作品だと感じた。ねっちりしていて濃厚濃密。松浦さんは年齢も年齢なのになんでこういうのが描けるんだろう…。すごいなぁと思った。だけど私には濃すぎて…。目に見えないたくさんの要素が含まれて読んでも読んでも進まない不思議な作品だったように思う。酸素が濃くって場が歪んでいたり、密室でナルシシズムに溢れていたり。

    わたしの所属していたクラスでも支配者が鞠村のように集団からはじき出されたり排除されたりあったけど、校内では大事件であったとしても学校の外から見るとたいしたことがなかったりする。その落差が今では遠く懐かしく思える。


    =追記=
    読み終えても後を引くというか、すごい作品だったと遅れて気がつく。唯一無二な雰囲気だと思う連休前。

  • 物語についての物語。

  • ここまでモブ視点の小説を初めて読んだかもしれない。

    さらっと読むと百合風味青春小説。
    しっかり読むと庶民な少女たちによるアイドル少女たちを主役に据えた日常妄想日記であることがめちゃめちゃ居心地悪い。

    生々しいのは、他人の私生活を妄想をするうえで健全性が一応保たれていて、クラスのアイドルたちに憧れつつも人形扱いしてる自覚があるところなんだけど、
    加えて「私たち」が妄想に参加する対象でなく、アイドル少女たちの疑似家族愛かつ疑似恋愛をひたすら想像して愛しているところがすっごくオタクで、オタクな私は居たたまれない…。

    その居たたまれなさも含めて、とうの十代の少女たちの、生活や性愛への実感のなさが彼女たちのリアルって感じで面白かった。
    そして内面描写はすべて妄想という曖昧さを前提として、アイドルな三人(夫婦+愛すべき子ども)それぞれ魅力があってよかった。真汐すき。

    思い返してみれば、自分の学生時代の記憶も、なにが事実でなにが自分に都合のいい想像込思い出なのかはっきりしないし、
    こういった形で他人や過去を描写するのめちゃめちゃ誠実なのでは?という気になってきた。
    まぁ気持ち悪いですけどね。

    綺麗な文章で、こんな形のものを書くというのが、新鮮でよかった。
    わりと本たくさん読んでる人におすすめしたいです。

  • 松浦理英子さんの本は『裏バージョン』に続いて2冊目で、期待して読みましたが、その期待が裏切られることもなく楽しんで読めました。

    女子高生が主な登場人物で、どうして大人になってもこの頃の感情をこんなに瑞々しく書けるのだろう、と驚く一方でその文章に自分の高校生活の思い出が呼び起こされました。正確に言うと思い出という程のものではないけど、あの時感じた感情は今も持っているなとも思ったり、成長していないんだなと苦々しい気持ちになったりもしました。それくらいリアルに心情が描かれているし、もはや心情がメインでした。

    登場する女子高生は今で言う腐女子的感覚を持っている子達で、その子達の会話が独特だなと思うこともありましたが、そういう子達だからこそ自分の愛する対象の心情を深く(時には過剰に)察することが出来るのだと羨ましくなりました。

  • 視点の持ち主は「わたしたち」と語る。この感覚がとても高校生的で懐かしい。これより前でも後でもたぶんこの人称で書くことがそれらしくないだろう。
    この作者だから書ける話には違いない。ここまで抽象化し典型化し必要な要素をもれなくそろえる。ふわふわとした感触も、「現実の」家族のざらつきも。

  • 共学ながら男子クラスと女子クラスに分かれた高校、女生徒=「わたしたち」はクラスの個性的でアイドル的存在の3人(日夏=パパ、真汐=ママ、空穂=子供)を<わたしたちのファミリー>として愛でつつ観察している。閉ざされた平和な水槽のような世界、少女たちは自分たちだけにしかわからない言葉でひそひそといつも笑いあっている。

    きちんと名前のある大勢の少女たちの誰とも特定しない「わたしたち」という抽象的な語り手の視点で、彼女らの想像・妄想で補いながらファミリーの物語が紡がれる、この独特な語り口が、この物語をありがちな女子校もの、におわせ百合もので終わらせず、べたべたしない、さりげない距離感をもたせてあってさすが松浦理英子と思わされた。

    それでいて学園ものらしく、こんな子いるわけない、と、こういう子いた、こういうことあった、のちょうど良いバランスのキャラクターたちも秀逸。こんなに高尚ではないが、そういえば私自身も高校時代の友人たちとは疑似家族ごっこをして遊んでいたっけ。

    最終的には空穂の本当の母親が(溺愛、過干渉、そのくせ平気で暴力をふるい、娘の友人に嫉妬むきだし)少女たちの小さな美しい世界をゴジラのように踏み潰すことになるのだけれど、ひとりで地団駄を踏み大暴れしている印象のこの毒母と対照的に、少女たちは淡々としていて、いっそ大人たちより大人。

    「いったいどれだけ賢ければ波風立てずに生きて行けるのだろう。どれだけ美しければ世間にだいじにされるのだろう。どれだけまっすぐに育てばすこやかな性欲が宿るのだろう。どれだけ性格が良ければ今のわたしが全く愛せない人たちを愛せるのだろう」という、日夏の述懐が痛々しくも美しい。

  • 大好きな友人たちと交わす会話が、その空気感が、まるで高校の教室にいるかのような気分になるもので、なんだか『最愛の子ども』のようだねという話をしている子がいて、思い立って読み返した。前に読んだ時はそれほど心に響かなかったのだけど、いま読み返してみたらなんだかしみじみとよかった。汚れなきものを踏みにじるステップ、道なき道を踏みにじり行くステップ、最愛の子ども。すべてがあまりにも愛おしい。少女たちはかつてのわたしたちで、いまのわたしたちでもあって、これからも共に生きていく、そんな気がする。松浦理英子の小説は小説として優れているというよりも、人生に寄り添う小説だと感じる。そういう小説家に出会えてほんとうによかった。

  •  ここ最近読んだ本の中で一番不思議な本だった。
     最初、読み始めたとき、全然意味がわからなくて、っていうか、あまりに内輪全開な感じで物語が始まりすぎて、なにこれ続編?って思ったし、登場人物のことをなにも知らないうちからあまりにもたくさんの情報がものすごいスピードでなだれ込んできて、そのノリというか世界観というか、とにかく全体的に追いつけない感じだった。
     で、途中でやめようと思ったんだけど、この本の直前に「ナニカアル」を頓挫して心に傷を負っていたわたしは二連チャン頓挫は悔しくて、意地になって読んだ。
     でも読んでいるうちに、ちょっとずつ登場人物たちのキャラクターが頭に浸透してきて、愛着が湧いてきた。自分が高校生だったときの、高校生特有の、今となっては意味がわからないしほとんど記憶から抹消してしまった、限られた世界での気恥ずかしいやりとりの記憶が、ほんの一瞬だけ懐かしく蘇ってきたりもした。こういう、友達と一緒に特に何もせず過ごす時間は一見無駄に思えるけれども後で思い返すと意外と「何もなかった、でも一緒にいた」という素晴らしい思い出になっている、みたいなの、ほとんどやる時間がなかったけど、それでもかすかにヒットする部分がわたしの記憶の中にもあった。
     やっぱどんどん忘れていくんだなぁ。
     しかも、忘れていくんだっていうことにも気付かず、気付いたときにはもう昔のわたしと今のわたしは全く別の人間になっているような気がする。
     自分が言われて嫌だったこと、平気で言ってるし、自分がされて嫌だったこと、平気でしてるんだろうな。
     こういう本を読んであの頃の気持ちとか、なりたくなかった大人の像とか、ぼんやり思い出すことはできるかもしれないけど、果たしてそこに意味があるのか謎。

  • 女子生徒達の喧騒、静かな胸の内、揺れる黒目、まっすぐな脚、やわらかい体温、そしてときたま感じる高校生特有の饐える直前のような匂い。
    彼女達の日常から、従来とは違う家族のあり方、恋愛のあり方を学ぶ。

    そして私たちは皆、物語を作りたがる取り巻き。

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著者プロフィール

1958年愛媛県生まれ。「葬儀の日」で文學界新人賞、「親指Pの修業時代」で女流文学賞、「犬身」で読売文学賞を受賞。「最愛の子ども」で泉鏡花文学賞受賞。

「2019年 『文学2019』 で使われていた紹介文から引用しています。」

松浦理英子の作品

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