最愛の子ども

  • 文藝春秋 (2017年4月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (216ページ) / ISBN・EAN: 9784163906362

作品紹介・あらすじ

日夏(ひなつ)と真汐(ましお)と空穂(うつほ)。

夫婦同然の仲のふたりに、こどものような空穂が加わった。

私立玉藻(たまも)学園高等部2年4組の中で、

仲睦まじい3人は〈わたしたちのファミリー〉だ。



甘い雰囲気で人を受け入れる日夏。

意固地でプライドの高い真汐。

内気で人見知りな空穂。



3人の輪の中で繰り広げられるドラマを、

同級生たちがそっと見守る。

ロマンスと、その均衡が崩れるとき。

巧みな語りで女子高生3人の姿を描き出した傑作長編。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

愛と孤独、そして人間関係の複雑さを描いたこの作品は、女子高生3人の絆を中心に展開されます。彼女たちの間にある微妙な距離感や、それぞれの思いが交錯する様子は、まるで箱庭を覗くような感覚を読者に与えます。...

感想・レビュー・書評

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  • ふとした縁で読んだけど、面白かった。
    「闘う価値もないものと闘うより、ひとまず離れた方がいいよ」「道なき道を踏みにじり行くステップ」

  • 愛の物語であり、そしてその愛というのはちゃんと届かないことのほうが多いんだな、という当たり前の感想に。中盤から心を鍛え始める真汐が切なくて切なくて。小さなグループの中で自分が「じゃない」側だと感じたとき、始めからひとりだったときよりも深く孤独を感じるよね。すぐそこにいるのにとても遠く思える。そういう思いは何度もしたことがあって、多分そういう人は多くて、そこで心を鍛えようとするのは、真汐の誇り高さゆえだろうな。
    また、これは他者の記録という形をとっていて、家族三人の描写などは、あとから聞いた断片のほかはほとんど想像(というか、妄想?)だつりする。おそらく「主な登場人物」のパートでも「記録者」と位置づけられる恵文が主な執筆者なのではないかと思われるけど、主語が「わたしたち」であることに象徴されるように、視点は複数なのである。それぞれ、様々な思惑もあったものと思われるが、それでも「わたしたち」の調和を乱すことなく、「わたしたちのファミリー」のある結末を淡々と記録する。
    皆、人との関わりは至極慎重で、最も肉体的接触が多いだろう日夏と空穂もまた、節度を持つ。初期の松浦作品で過激な、痛々しい関係性を見てきた立場から言えば、これが年月というものか、と嘆息する。
    それでも、他者の目からすればあわいなどは無く、0か1かの選択しか無いのが、ただひたすらに口惜しい。目撃者たちだけが知っているのだ。
    「群像」2022年4月号には、瀧井朝世さんによる著者インタビューが掲載されている。メインはもちろん刊行したばかりの『ヒカリ文集』の関することだけれど、『最愛の子ども』に関する言及も多いので、必読です。

  • テレビで村田沙耶香さんが〈おすすめの恋愛本〉として紹介してたのを見て読んでみた。これって恋愛小説なのか??との疑念はさておき、とてもいい作品だった。

    表面的には女子高生のたわいもない話なのかもしれないが、表現されていることはとても深く感じる。そもそも話は一部の事実を基にした想像上の物語、それを「わたしたち」という一人称を使うことで読書自身もその仲間にされていまっている感覚に陥る。

    一方で愛情と恋愛の未分化な感情、幸せな家庭とそうでない家庭、その子供達への影響、男子と女子、リーダー格とグループの雰囲気、こんな色々なテーマが散りばめられていて、それを「わたしたち」視点でまるで箱庭を覗くような感じで眺めている自分もいる。

    そしてそれらを表現する圧倒的に美しい文章。小川洋子さんや村田沙耶香さんの文章が好きな私にとって同じような素敵さがこの作品にはある。寡作な作家さんのようだが、他の作品も読んでみようと早速『親指Pの修行時代』を買ってきた!今から読むのが楽しみです。

  • そんな長い話でもないのに、読み終わるのに時間がかかった。つまらないということはなく、非常に興味深かかったが。生まれてくれば、必ず愛されるというわけではなく、最愛の子どもになるのにも才能がいるわけだ。

  • 帯の「少女であることは、非力で、孤独で、みじめだ」という一文があまりに刺さりすぎた。少女は完結しているけれど、未熟でか弱く、自立を許されていない。いつだって理不尽な閉塞感に喘ぎ、その一方で透明な絶対的な確立性を持っている。

    この物語に登場する三人の少女たちもまさにそうだ。とある高校の少女だけのクラス。そこに「擬似的なファミリー」としての役割を与えられた三人の少女。そして、彼女たちを語るクラスメイトは「私たち」という三人称で物語る。
    夫で妻で、子供で、パパでママで、王子。与えられた役割を演じるように愛しあい、一方で役割から離れた本当の少女としての先の見えない未来やジェンダー性やアイデンティティに思い悩む。

    彼女たちがどんなに家族として扱われても、それは一時的な少女の時間の戯れで、時が来れば当たり前のように散らばってゆく。そしてその時すらも、自ら選ぶことは出来ずに理不尽に連れ去られる。少女が発達し、強くなり、ひとりでも生きていくためには大人にならなくてはいけなくて、大人になるというのことは少女であるころに持っていた美しく純粋なものをすべて捨て去ることなのだ。

    その限りある時間が、なんて美しいことか。


  • 高校時代の女子のみだった部活を思い出した。
    女の子しか周りに居ない環境だと、何故かスキンシップが濃くなる気がする。
    でもこの現象って大人になるとなくなるし(たとえ女子だけの職場でも)やっぱり思春期っていいなぁと思える。

  • 物語についての物語。

  • ここまでモブ視点の小説を初めて読んだかもしれない。

    さらっと読むと百合風味青春小説。
    しっかり読むと庶民な少女たちによるアイドル少女たちを主役に据えた日常妄想日記であることがめちゃめちゃ居心地悪い。

    生々しいのは、他人の私生活を妄想をするうえで健全性が一応保たれていて、クラスのアイドルたちに憧れつつも人形扱いしてる自覚があるところなんだけど、
    加えて「私たち」が妄想に参加する対象でなく、アイドル少女たちの疑似家族愛かつ疑似恋愛をひたすら想像して愛しているところがすっごくオタクで、オタクな私は居たたまれない…。

    その居たたまれなさも含めて、とうの十代の少女たちの、生活や性愛への実感のなさが彼女たちのリアルって感じで面白かった。
    そして内面描写はすべて妄想という曖昧さを前提として、アイドルな三人(夫婦+愛すべき子ども)それぞれ魅力があってよかった。真汐すき。

    思い返してみれば、自分の学生時代の記憶も、なにが事実でなにが自分に都合のいい想像込思い出なのかはっきりしないし、
    こういった形で他人や過去を描写するのめちゃめちゃ誠実なのでは?という気になってきた。
    まぁ気持ち悪いですけどね。

    綺麗な文章で、こんな形のものを書くというのが、新鮮でよかった。
    わりと本たくさん読んでる人におすすめしたいです。

  • 松浦理英子さんの本は『裏バージョン』に続いて2冊目で、期待して読みましたが、その期待が裏切られることもなく楽しんで読めました。

    女子高生が主な登場人物で、どうして大人になってもこの頃の感情をこんなに瑞々しく書けるのだろう、と驚く一方でその文章に自分の高校生活の思い出が呼び起こされました。正確に言うと思い出という程のものではないけど、あの時感じた感情は今も持っているなとも思ったり、成長していないんだなと苦々しい気持ちになったりもしました。それくらいリアルに心情が描かれているし、もはや心情がメインでした。

    登場する女子高生は今で言う腐女子的感覚を持っている子達で、その子達の会話が独特だなと思うこともありましたが、そういう子達だからこそ自分の愛する対象の心情を深く(時には過剰に)察することが出来るのだと羨ましくなりました。

  • 視点の持ち主は「わたしたち」と語る。この感覚がとても高校生的で懐かしい。これより前でも後でもたぶんこの人称で書くことがそれらしくないだろう。
    この作者だから書ける話には違いない。ここまで抽象化し典型化し必要な要素をもれなくそろえる。ふわふわとした感触も、「現実の」家族のざらつきも。

  • 共学ながら男子クラスと女子クラスに分かれた高校、女生徒=「わたしたち」はクラスの個性的でアイドル的存在の3人(日夏=パパ、真汐=ママ、空穂=子供)を<わたしたちのファミリー>として愛でつつ観察している。閉ざされた平和な水槽のような世界、少女たちは自分たちだけにしかわからない言葉でひそひそといつも笑いあっている。

    きちんと名前のある大勢の少女たちの誰とも特定しない「わたしたち」という抽象的な語り手の視点で、彼女らの想像・妄想で補いながらファミリーの物語が紡がれる、この独特な語り口が、この物語をありがちな女子校もの、におわせ百合もので終わらせず、べたべたしない、さりげない距離感をもたせてあってさすが松浦理英子と思わされた。

    それでいて学園ものらしく、こんな子いるわけない、と、こういう子いた、こういうことあった、のちょうど良いバランスのキャラクターたちも秀逸。こんなに高尚ではないが、そういえば私自身も高校時代の友人たちとは疑似家族ごっこをして遊んでいたっけ。

    最終的には空穂の本当の母親が(溺愛、過干渉、そのくせ平気で暴力をふるい、娘の友人に嫉妬むきだし)少女たちの小さな美しい世界をゴジラのように踏み潰すことになるのだけれど、ひとりで地団駄を踏み大暴れしている印象のこの毒母と対照的に、少女たちは淡々としていて、いっそ大人たちより大人。

    「いったいどれだけ賢ければ波風立てずに生きて行けるのだろう。どれだけ美しければ世間にだいじにされるのだろう。どれだけまっすぐに育てばすこやかな性欲が宿るのだろう。どれだけ性格が良ければ今のわたしが全く愛せない人たちを愛せるのだろう」という、日夏の述懐が痛々しくも美しい。

  • とても大好きな雰囲気。
    女子高だったので、あの独特な雰囲気を思い出して戻りたくなる。
    別学で男子クラスがあることで小説として際立つものはあったけど、この子達には女子しかいない環境でのびのび過ごさせてあげたかったと思ってしまった。

    女子中高生って可愛くて残酷で、しがらみだらけの大人よりよっぽど現実を見てたりする。

    近づいたり遠のいたりする心の距離と、親愛なのが性欲なのか判断のつかない衝動が繊細に描かれていて、10代女子のみのコミュニティにはありがちな倒錯的な雰囲気をクラスメイトのひとりとして過ごした。

  • 男女でクラスが分かれている共学の高校が舞台。
    主人公たちの学年は男女の仲が悪く、男子は女子を憎んでいさえする歪んだ学校環境。
    女子クラスで別格扱いされている生徒3人の家族ごっこ〈わたしたちのファミリー〉と、それを神聖視したりゴシップのように消費したりする同級生たち。噂話や妄想がどんどん肥大していく感じがリアル。クラスメイトを元ネタにして二次創作してる状態。小説自体も、現実と妄想が織り混ざって進んでいく。

    私も女子高出身で、当時はみんなで近現代文学読んだりセクシャルな本読んだりして妄想膨らませてたので、このクラスメイトたちの雰囲気がとてもリアルで笑っちゃった。
    見聞きした人間の現実と妄想が入り混じった〈わたしたちのファミリー〉の話が延々続くの、わ、若いなぁ………となった。自分たちの妄想交じりの創作を書き上げる若さ。フィクションなんだけど。

    美織の両親が良い(先進的な考え方で日夏に道を示すけど、我が子美織にはちょっと厳し目なのもリアル)。〈わたしたちのファミリー〉はみんな親との関係が良くなくて、それとの対比だったのかも?親や家庭にもいろんなカタチがあるんだなぁ。学校って永遠に続きそうだし学校が全て!みたいな気持ちになりがちだけど、実際には人生のほんの一瞬だしあんな特殊な空間はもう味わえないんだなぁ。などと考えた。

    (三宅香帆さんの批評を読んで、親との関係に問題がある〈わたしたちのファミリー〉の3人は、外部で疑似家族をすることで親からの呪縛を解こうとしているのではという解釈がしっくりきた。思春期的なごっこ遊びなのかなと思ってたけどもっと意味深いものなのかも。その視点を持って再読するとまた味わい深そう。こんなに物語を深く解釈できるって本当にすごいなと思う)

  • 高校生ってこんな感じだろうか?たくさん出てくるけどいまいちピンとこない。陽光を出汁の色に例えたり、コロッケを見てビールがあると良かったのにと言ったり。そんな高校生、いる?高校生の親がやけに子どもっぽかったり、高校生同士で気軽に泊まりに行ったり、そんな感じ?
    クラスメイトの一人が物語を書いているてい、ということが分かるのに時間がかかった。

  • 帯表
    少女であることは非力で、孤独で、みじめだ。

    〈パパ〉日夏、〈ママ〉真汐、〈王子〉空穂
    わたしたちの心をかき立てるのは同級の女子高生三人が演じる疑似家族

    『ナチュラル・ウーマン』
    『親指Pの修業時代』
    『犬身』『奇貨』
    時代を切りひらいて来た作家、最新にして最高の傑作!

    帯背
    少女であることは悲しい。

    帯裏
    どれだけ賢ければ波風立てずに生きていけるのだろう。
    どれだけ美しければ世間にだいじにされるのだろう。
    どれだけまっすぐに育てばすこやかな性欲が宿るのだろう。
    どれだけ性格がよければ今のわたしが全く愛せない人たちを愛せるのだろう。

  • 恋人同士がやるだろうことを一通りなぞっている
    村田さん「この光景は、不快でも快楽でもない無だった。道ある道を進んでいるつもりの人間こそ、一番難解な場所にいるのではないかと感じさせられる。」
    村田さん「わたしたちのの1人である美織の両親は道なき道の先にこんな人がいたらと、憧れてしまうような存在だが、彼らはこんなことを言っている。」
    地味でも人は日常の場で近くにいる誰かに影響を与えるものだよ。
    村田さん「読者である自分は、現実世界を担う破片でもある。目撃者でも読者でも無い、この世界の当事者としての自分は、彼女たちほど誠実に言葉を探すことができているだろうか。」

    槙野さやかさん
    完全に公平な関係には愛は存在し得ないのではないかと

  • 独特な世界観が大好きで、追いかけている作家の一人。
    今作も少し逸れた世界が真っ直ぐに描かれていた。

  •  ここ最近読んだ本の中で一番不思議な本だった。
     最初、読み始めたとき、全然意味がわからなくて、っていうか、あまりに内輪全開な感じで物語が始まりすぎて、なにこれ続編?って思ったし、登場人物のことをなにも知らないうちからあまりにもたくさんの情報がものすごいスピードでなだれ込んできて、そのノリというか世界観というか、とにかく全体的に追いつけない感じだった。
     で、途中でやめようと思ったんだけど、この本の直前に「ナニカアル」を頓挫して心に傷を負っていたわたしは二連チャン頓挫は悔しくて、意地になって読んだ。
     でも読んでいるうちに、ちょっとずつ登場人物たちのキャラクターが頭に浸透してきて、愛着が湧いてきた。自分が高校生だったときの、高校生特有の、今となっては意味がわからないしほとんど記憶から抹消してしまった、限られた世界での気恥ずかしいやりとりの記憶が、ほんの一瞬だけ懐かしく蘇ってきたりもした。こういう、友達と一緒に特に何もせず過ごす時間は一見無駄に思えるけれども後で思い返すと意外と「何もなかった、でも一緒にいた」という素晴らしい思い出になっている、みたいなの、ほとんどやる時間がなかったけど、それでもかすかにヒットする部分がわたしの記憶の中にもあった。
     やっぱどんどん忘れていくんだなぁ。
     しかも、忘れていくんだっていうことにも気付かず、気付いたときにはもう昔のわたしと今のわたしは全く別の人間になっているような気がする。
     自分が言われて嫌だったこと、平気で言ってるし、自分がされて嫌だったこと、平気でしてるんだろうな。
     こういう本を読んであの頃の気持ちとか、なりたくなかった大人の像とか、ぼんやり思い出すことはできるかもしれないけど、果たしてそこに意味があるのか謎。

  • 女子生徒達の喧騒、静かな胸の内、揺れる黒目、まっすぐな脚、やわらかい体温、そしてときたま感じる高校生特有の饐える直前のような匂い。
    彼女達の日常から、従来とは違う家族のあり方、恋愛のあり方を学ぶ。

    そして私たちは皆、物語を作りたがる取り巻き。

  • 3人の高校2年この3人の女子高生が時には親子、時には恋人同士になり、時には同性愛になったりすごく変わった設定なんです。読んでいてやっぱり松浦理英子節はかわらずどこか惹かれてしまうんです。

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著者プロフィール

1958年生まれ。78年「葬儀の日」で文學界新人賞を受賞しデビュー。著書に『親指Pの修業時代』(女流文学賞)、『犬身』(読売文学賞)、『奇貨』『最愛の子ども』(泉鏡花文学賞)など。

「2022年 『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

松浦理英子の作品

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