夫・車谷長吉

  • 文藝春秋 (2017年5月12日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784163906478

作品紹介・あらすじ

この世のみちづれとなって――



十一通の絵手紙をもらったのが最初だった。

直木賞受賞、強迫神経症、お遍路、不意の死別。

異色の私小説作家を支えぬいた詩人の回想。





【本文より】



長吉は二階の書斎で原稿を書き上げると、それを両手にもって階段を降りてきた。

「順子さん、原稿読んでください」とうれしそうな声をだして私の書斎をのぞく。

私は何をしていても手をやすめて、立ち上がる。食卓に新聞紙を敷き、

その上にワープロのインキの匂いのする原稿を載せて、読ませてもらう。

(中略)

それは私たちのいちばん大切な時間になった。原稿が汚れないように

新聞紙を敷くことも、二十年来変わらなかった。相手が読んでいる間中、

かしこまって側にいるのだった。緊張して、うれしく、怖いような

生の時間だった。いまは至福の時間だったといえる。 (本文より)

みんなの感想まとめ

愛と信頼に満ちた夫婦の物語が描かれています。私小説作家の車谷長吉と詩人の高橋順子の出会いから別れまでの道のりが、時系列で綴られています。二人は晩婚ながらも、約20年の結婚生活を通じて互いの才能を認め合...

感想・レビュー・書評

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  • 作家、車谷長吉さんと奥様で詩人の高橋順子さんご夫婦。そのおふたりの出会いから別れまでを書かれている。
    車谷長吉さんの小説や、おふたりの旅の本などを読んだ事があるが、ご主人としてはなかなか大変な方だろうなと思ったものだ。
    ただ何気ない所に奥様への大きな信頼と愛を感じさせられた。
    奥様が一番好きなご主人の小説《武蔵丸》を読んでみよう。

  •  2015年に亡くなった私小説作家・車谷長吉の思い出を、妻で優れた詩人である著者が振り返ったもの。2人の出会いから永訣までが、ほぼ時系列で綴られている。

     もう10年以上前だが、私はこのご夫妻を某誌の「おしどり夫婦特集」で取材させていただいたことがある。そのときのことを思い出しつつ読んだ。

     2人は共に40代後半で晩い結婚をしたから、夫婦として過ごしたのは約20年。
     その間、車谷の直木賞・川端康成文学賞受賞、高橋の読売文学賞・藤村記念歴程賞受賞などがあり、思えば華々しい年月である。

     だが、その一方で、車谷の病や、私小説に描いた人から名誉毀損で訴えられるなどの筆禍が続き、波乱万丈の20年でもあった。

     本書は全体が6つのパートに分かれている。そのうち、愛の物語として最も胸を打つのは、結婚に至るまでの日々を綴った「Ⅰ」の部分である。

     高橋の詩「木肌がすこしあたたかいとき」に深く感動した車谷は、計11通もの絵手紙を一方的に送りつけるなどして、彼女への思慕をつのらせていく。
     それは、高橋を自らの「ミューズ(芸術の女神)」として渇仰するような、特異な恋のありようであった。

     一方、高橋も、車谷の小説を読んで次のように思う。

    《これほどの小説を書く人が世に埋もれているのは、よほど頑固で風変わりな人ではないかと思った。それとともに、この人はおろそかにできない、という気持ちが湧いてきた》

     2人の結びつきは、互いの才能を認め合うところから始まったのだ。
     その意味で、与謝野晶子と鉄幹、パティ・スミスとロバート・メイプルソープの恋のような、表現者同士の恋の物語として強い印象を残す。

     本書には言及がないが、車谷が高橋について書いた「みみず」という名エッセイがある(『錢金について』所収)。
     作家として「埋もれて」いた車谷は、高橋との出会いを機に、三島賞を受賞するなどして脚光を浴びる。そのことで「あなたは私のミューズだった」と讃えると、高橋は「私なんて蚯蚓(みみず)ですよ。でも、蚯蚓は土の滋養になるのよ」と答えたという。

     車谷長吉にとってのミューズ・高橋順子が、万感の思いを込めて亡き夫との年月を綴った書。車谷作品の愛読者なら必読だ。

  • 長吉さんは良くも悪くも子供のような人だった。
    これほど手の掛かる夫を亡くされた奥様の寂寥は如何許りか。

  • 発端は侯孝賢監督「珈琲時光」のWebサイトで主演の一青窈がフェイバリットに高橋順子「時の雨」をあげていたこと。そこから何冊か高橋順子、車谷長吉作品を読んだけど、ふと訪れたパーラートモミ内のアメノヒ古書店コーナーでこの本を見かけて、釘付けになり、呼ばれた気がして、最近なかなか紙の単行本買ってなかったのに買ってしまった。それほどの吸引力。◆読み出してもそれは続き、ふたりが結婚にいたるまでの息詰まるやりとり、濃厚な思いの滲出、そして結婚直前までのページは、憑かれたように読みふけってしまった。結婚してからも一筋縄ではいかない。車谷さんが「猫をかぶっていた」と書いていたように、悪意、悪態が噴出、車谷さんの親、友人、仕事関係のひとびと、高橋さんの親族、友人、お世話になったかたがたにまで、対面で、筆で無礼や不義理をくりかえし、絶縁される人もあり、強迫神経症が昂じて行動や言動が常軌を逸しだし、激昂、甘える、拗ねる、生半可な女性だったら放り出しているところを、見届けたいと思う、「苦労も厄も引き受けようと思う」と見放さない高橋さん。ただ一方的にやられてじっと耐えてるわけでもない。きちんとやり返すし、言い返す、自分の行きたい所、やりたいことだって全部を投げ出したりはしない。自らも詩をものす文学者として凛と立つ所を示していて。苦みと乱高下のなかに、穏やかさや幸福も感じられる夫婦関係、傍から見ると。"「殿、内職でござるか」と外校正の仕事をしていた長吉に声をかけると、「藩の財政が逼迫しておってな」と答えたりした。"て、やりとりするシーンが茶目っ気があって一番好きでした。

  • ふむ

  •  「結婚してないと、年とってからさみしいよ」、と母に言われた著者は、「結婚して、夫に早く死なれたから、年とってよけいにさみしいよ、とつぶやいている」。
     世間からの評価、知り合いや親戚からの非難、夫の虚言と病、さまざまなストレスがかかる暮らしは、私には耐えることは出来ない結婚生活だが、著者はそれを生きる糧としていたのだと感じた。

  • 3.95/101
    メディア掲載レビューほか
    『作家・車谷長吉を支えた妻が振り返る「結婚生活は修行のようでした」
    作家・車谷長吉さんが、誤嚥による窒息のため69歳で亡くなったのは、2015年のことだった。
    稀代の小説家を看取ったのは妻で詩人の高橋順子さん。2人の出会いは29年前、車谷さんから突然届いた1枚の絵手紙に遡る。
    「古風な出会いでした。絵手紙は毎月1通ずつ計11通届いたんですが、独り言のようなことが書いてあったりして、受け取るたび薄気味悪い気持ちでいました」
    その後、紆余曲折を経て、1990年の大晦日に、初めて車谷さんと会った。
    「ああいう絵手紙を寄こすのは、どういう人かなぁという興味で会ったんです。でも何にも喋らなくてやっぱり薄気味悪いな、と(笑)。ただ、喫茶店を出て表で見ると、とても綺麗な目をしている人だと思いました」
    翌年、小説集を自費出版したいと相談を受け、2人は頻繁に会うようになる。93年、「生前の遺稿」として書いた『鹽壺(しおつぼ)の匙(さじ)』が2つの文学賞を受賞。その受賞エッセイには、愛の告白めいた言葉があった。それを読んだ高橋さんは、この作品を最後に出家するつもりだった車谷さんに「この期におよんで、あなたのことを好きになってしまいました」と手紙を書き、車谷さんは「こなな男でよければ、どうかこの世のみちづれにして下され」と答えた。
    こうして遅い結婚をした2人だったが、高橋さんは、
    「結婚生活は、それは楽しいこともありましたが、修行のようなものでしたね」
    と言う。結婚から2年後に車谷さんが強迫神経症を発症、夫婦が共倒れする危険が常にあったからだ。
    「でも不思議と、離婚しよう、と言う気にはなりませんでした。それを言ったら、あの人は絶対『はい、わかりました』と言うと思った。試そうとすら思いませんでしたし、あの人も一度も離婚を口にしませんでした」
    低迷期から『赤目四十八瀧心中未遂』での直木賞受賞、ピースボートでの世界一周旅行やお遍路などについて書かれるが、その間、2人は片時も離れずにいた。
    2人が最も大切にしたのは、原稿を互いに見せ合う時間だったという。
    「そうしないと編集者に渡さない、儀式のような時間でした。車谷は命にかえても書きたいと思っていたし、私にとっても、詩を書くことはこの上ない喜びでした。互いに一番大切なものを最初に読んでもらい、読ませてもらう。それは本当に幸せなことでした」
    まさに「この世のみちづれ」として、2つの魂が深く交流した夫婦関係だった。
    評者:「週刊文春」編集部
    (週刊文春 2017.07.13号 掲載)』

    冒頭
    『車谷嘉彦と署名のある絵手紙をもらったのが、最初だった。一九八八年九月十二日、東京本郷の消印がある。私は四十四歳、長吉は四十三歳だった。』


    『夫・車谷長吉』
    著者:高橋順子
    出版社 ‏: ‎文藝春秋
    単行本 ‏: ‎277ページ

  • 妻であり詩人でもある高橋順子が車谷長吉との結婚生活と死別を描いたエッセイ集。「結婚生活は修行のようでした」という一文が表すように、結婚生活の間に売れない私小説作家である車谷長吉は直木賞を受賞することで文士としての生計が立つものの、自身の精神を病み、結果的には生のイカを飲み込んだことが直接の死因としてこの世を去ることになるわけだが、この浮き沈みを常に支えた妻としての心労はいかほどであっただろうか、と思わせる。

    もっとも本書は全体的に明るいタッチで描かれており、車谷長吉との結婚生活がそれはそれとして楽しいものであったように見える。さらに車谷長吉の作品の中ではひどい悪妻のように描かれる場面も多いが、それは本書を読めば私小説作家である彼の虚構であるということが良くわかる(もっと作品で酷い描かれ方をする車谷の実母に関しても、妻である著者が紹介する人となりは極めて良識人である)。

    車谷長吉のような毒を持った作家というのは恐らく出てこないだろう。稀有な作家が作品からは見せない別の一面を理解でき、かつ夫婦関係というものの複雑さと面白さを伝えてくれる。

  • 姫路出身の小説家 車谷長吉
    数々の文学賞に輝く人だけれど
    その家庭生活はなかなか厳しいものだったようだ
    その日々をこれまた数々の賞に輝く詩人の奥様が
    やさしい冷静な目線で綴っている。
    彼の著作をまた読みたいと思わせる
    それにしてもお疲れさまでした

    ≪ お互いの 作品見せあう 至福の日 ≫

  • なかなか、大変だったんだな。肉体的にも精神的にも、もうちょっと強かったらよかったのに。

  • ファンにとっては良書となるのではないでしょうか! 長吉さんの奥さんが書かれたものです。それにしても奥さん、70歳過ぎての独り身…少々、辛いと言うか、寂しい感じがするような気がしますけれども、どうなのでしょう…。

    それはともかく…長吉さんの人柄が伺えるような本でしたねぇ…いやはや、本当に変人…いや、自分に正直なだけか?? 強迫神経症になってしまった長吉さん…こういう人との生活は大変だとお見受けしますけれども、奥様、よく耐えましたね…!

    という感じでまあ、長吉さんの人柄を伺うのには最適な一冊だと思いました…さようなら。

    ヽ(・ω・)/ズコー

  • 2018/02/08

  • 波乱万丈の人生だったみたいだけど、最期は奥さんが夕飯に大根と生イカの煮物をしようと思って解凍しておいたイカを食べて窒息死なんて…。
    でも安らかに眠ってるような死に顔だったようで救われた。

  • 車谷長吉氏は姫路が誇る小説家。
    『灘の男』や『赤目四十八滝心中未遂』などでどろどろした心の中を見せつけてくれるところが大好きです。

    結婚して間もなく長吉氏は神経症を患い、愛の巣は修羅の場に。でもそれなのに文章は、順子さんは穏やかで、これこそが愛なのか⁉︎と思わざるを得ない。
    書いたばかりの原稿を互いに見せ、感想を述べあう、そういう、二人にしか分かり得ない幸せのひととき。
    結婚とはひとりの人の生き様を見届けること、とても尊く、とても困難なことなんだとわかった。

  • 不謹慎な言い方だけれど、あまりに面白かったので二回読み直し。特に東日本大震災以降の部分は五回くらい読んだ。その部分の中に以下の表現。高橋順子にここまで書いてもらったら長吉さんも本望だろう。

    「鈍重な女の恋や黴のごと」(略)。長吉には狂気にまごう冴えがあったが、強情といったらなかった。それは鈍重に通ずるところがあったような気がする。黴はいつまでもそこに、心に居つづける。
    271ページ。

  • 狂った人、変な人、困った人。間違いなくそう評価される男の妻として暮らしながら、著者の強靭さは半端じゃない。こういう女じゃないと車谷長吉の妻は務まらないよなあ。あっけなく訪れた死がいかにも車谷長吉らしくて、ぽっかりと哀しくうっすらと可笑しい。絵手紙の見事なことよ。

  • 高橋順子 著「夫・車谷長吉」、2017.5発行。高橋順子さんが車谷長吉さんとの出会いから結婚、永遠の別れまでを日記風に記した追悼の書、三回忌に間に合うようにまとめられたそうです。高橋順子さんが1つ上の奥様、48歳と49歳、どちらも初婚、純愛そのもののお二人です。結婚して2年4ヶ月、車谷さんが強迫神経症になってからも仲睦まじさはゆるぎなかったものと思います。95日間南半球一周航海、四国お遍路の旅などをはじめ、いろいろな地をお二人で旅されています。

  • 【この世のみちづれとなって――至純の文学】十一通の絵手紙をもらったのが最初だった。直木賞受賞、強迫神経症、お遍路、不意の死別。異色の私小説作家を支えぬいた詩人の回想。

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著者プロフィール

作詩:詩人(1944~ )。東京大学仏文科卒。第一詩集『海まで』('77年)刊行後、詩人として第一線で活躍。[主な詩集]『花まいらせず』('86年、現代詩女流賞)、『幸福な葉っぱ』('90年、現代詩花椿賞)、『時の雨』('96年、読売文学賞)、『貧乏な椅子』(2000年、丸山豊記念現代詩賞)、『海へ』('14年、藤村記念歴程賞・三好達治賞)


「2017年 『女声合唱とピアノのための 放心の先には』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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