オールドレンズの神のもとで

  • 文藝春秋 (2018年6月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784163908434

作品紹介・あらすじ

わたしの頭部には一センチ四方の小さな正方形の孔があいている。一生に一度、訪れる激しい頭痛とともに、無名の記憶が不意に臨界点を迎えてなだれ込む。眼前を通過する、飛行機雲、マルタ会談、オリンピックのワンシーン。代々繰り返されてきた、一族の男たちを通過する不思議な体験。それはいったい、何を意味するのか。祖父のつぶやいた言葉を手がかりに、わたしは色と呼ばれる現象を考える。いまの世界に失われた何かを描き出す「オールドレンズの神のもとで」ほか、記憶や風景に抱かれたシーンを描き出す、彩り豊かな掌編小説集。



十数年にわたって書かれた18篇のピース。

大事なことは、少し遅れてやってくる。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

多様なテーマを持つ短編集は、心に静かな灯をともすような作品が揃っています。端正で洗練された文章が特徴で、各物語はまるで無声映画のように映像として心に浮かびます。特に表題作は、著者の深い悲しみや怒り、覚...

感想・レビュー・書評

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  • 「オールドレンズの神のもとで」(堀江敏幸)を読んだ。
    短編集。

    ハッとするほど端正でシュッとした文章である。

    この中の物語の一つひとつにほのかなともしびが揺めきささくれ立った心を鎮めてくれる。

    唯一(表題作でもある)「オールドレンズの神のもとで」は筆者の深い悲しみと燃え立つ怒りとそうして強い覚悟が込められている。

    かつてJ・G・バラード(イギリスのSF作家)がこんなことを書いている。『不思議なことに、完璧な短編小説はいくつもあるが、完璧な長編小説などというものはないのだ。』(柳下毅一郎 訳)。
    この短編集を読んでいると《あぁ確かにそうかもしれない》なんて思う。

  • 久しぶりに堀江さんの小説を読んでやっぱりいいなぁと思う。架空の地名までが愛おしい。果樹園、柳生但馬守宗矩の話が特に好き。
    この本のデザインの白さ同様、堀江さんの作品は雪が静かに降り積もっていくように穏やかな気持ちが読んでいると心に溜まってていく。

  • 『日曜日に祝日が重なって二日休みがつづいた、まだなんとなく落ち着かない朝』―『柳生但馬守宗矩』

    ふと、土曜日の午後の平日でも休日でもない浮き浮きとした気分がよみがえる。学校帰りに友達と約束してお昼ご飯を食べるのももどかしくグローブとバットを持って自転車に乗る。あの頃、町のあちこちにあった空き地に集合するとグーパーじゃんけんでチームを分け直ぐにプレーボール。弟やその友達を連れて来てる子がいれば下手投げ。打つのは全員、守備は時々交代。今でもサザエさん症候群という言葉で説明される日曜日の夜の気分は、あの色濃い土曜日の午後があった時分にはシンドロームなんて言葉は無くてももっと強烈な名残惜しさだったように思う。一つ違いの堀江敏幸が取り上げる時間の懐かしさは少し特別な郷愁感を生む。オールドレンズというのはそういうことなのか、と一人勝手に合点する。

    『ものごとは最初から真偽が決まっているのではなく、伝える人の品性と本性によって真にも偽にもなる』―『徳さんのこと』

    例えばバタークリームのケーキの上に載った砂糖菓子やメレンゲがあっという間に溶けてしまうような郷愁に囚われて読み進めているとこんな一文に出会って我に返る。元々、年寄り臭いことをさらりと機微を効かせて軽やかに語ることが得意な作家であると認識していたけれど、最近の堀江敏幸は少々分別臭いことを年寄り臭く言うことが増えたようにも思う。こちらも自身の日々の言動を振り返って年を取ったなと自省する。それでもそんな反省も束の間のこと。何処へ行き着く訳でもないこんな話をさせると堀江敏幸の本領を垣間見た気がしてくる。この作家の小さな嘘は巧みな文脈の中で限りなく本当のことのように聞こえる。

    そんな落語の枕のような話ばかりを聞いて楽しんでいると、最後に大きなテーマの文章に辿り着く。近未来空想科学小説じみた、堀江敏幸にしては珍しい文章の中、「ベント」という言葉が何気なく使われた一文にはっとする。もしやこれはあの事故の暗喩なのかと。そういう頭が出来てしまうと次から次へと記号に気付いてしまう。「内圧」の意味するところ、「崩壊」の意味するところ。暴走を抑える為に挿し込まれる棒。円盤状の雲。徐々に隠喩は直喩となる。作家の怒りが伝わってくる。何処へも辿り着かないことは(想定の範囲外のことは)何も考えなくてよいことを意味しない。忘れずに気に掛け続けること、それが絶え間なく繰り返される災いから最小限の被害で逃れる術(すべ)。温故知新。オールドレンズの神は過去の記憶を呼び起こすスイッチ。

  • 一遍ずつ、無声で字幕付きの短編映画のように読んだ。
    表題作だけ異色で、すべてを読み取れていない感がある。

    文庫版では、あとがきに各作品の依頼元やきっかけが書かれているそうで…
    そのあたりを知って少しメタ的にも眺めてみたかったなぁ。

  • 読書メーターvinvinさんメモ
    ①窓(8P)毛虫にお腹数か所痒みで皮膚科女医は幼馴染
    ②樫の木の向こう側(8P)研修所管理人七本樫さんを加奈子は久しぶり訪問
    ③杏村から(2P)杏ジャムを誕生日翌日に
    ④果樹園(51P)交通事故リハビリ兼ね犬(オクラとレタス)の散歩バイトきっかけはちらし
    ⑤リカーショップの夢(4P)不動産屋で教わった合言葉をリカーショップで
    ⑥コルソ・プラーチド(8P)
    ⑦平たい船のある風景(7P)
    ⑧黒百合のある風景(9P)
    ⑨柳生但馬守宗矩(14P)
    ⑩天女の降りる城(3P)六郎じいさん姫子ばあさんが天守閣
    ⑪めぐらし屋(5P)隠れ家紹介業
    ⑫徳さんのこと(17P)
    ⑬黒電話(6P)
    ⑭月の裏側(3P)幼稚園の送り迎え自転車携帯電波途切れる
    ⑮ハントヘン(8P)
    ⑯あの辺り(15P)
    ⑰十一月の肖像(8P)
    ⑱オールドレンズの神のもとで(17P)頭部に1cm四方の穴、一生に一度激頭痛で無名の記憶が臨界点、樫の木の棒で色を鎮める

    ☆ダヴィンチ、すばる、男の隠れ家…雑誌に載っているショートストーリー・自分でも書けそうと思っていたが、読み慣れていないと難しい・ネタを集めておくこと
    筆者の好きな言葉?リノリウム/果樹園(黒百合のある光景)☆Pタイルのようなもの/ひらがなの多用(いちばん・むかし…漢字で文字間が詰まるより〇)

     スツールに腰かけたまま、靴底でリノリウムの床を静かに押しながら時計と反対回りにまわり、ワイシャツの裾をたくし上げて背中をなかばまでさらす。

    実家近くの紳士服店の店長に転職・診療所・艶のある黒髪をひっつめた、目の大きな、当時のままの先生

     言いながらカルテにかがみ込んで難しそうな文字を書きつけている彼女の横顔に、図書館の女の子の表情が重なる。ボールペンと人差し指を親指で丸め込むような持ち方は、当時のままだ。手元を見るふりをして、彼の目はしだいに、鼻筋の通った、でも少しだけ肉のついた横顔に引かれていく。個人病院なのだからそんな必要ないように思えるのだが、白衣の左胸に、むかしと同じ名字のプレートが付いていた。

    診察が終わり去るとき「お大事に。もう蜂にさされないようにね」…彼女は身体ごと窓の方を向いて、彼とおなじものを眺めているようだった。

    新人時代にお世話になった夫妻・奥さんの墓参に旦那さんの運転で山道へ

    杏村から 誕生日の翌日にtel・杏のジャム

    同僚が通勤途中に柑橘類2個を5年間もらった話・病気療養で実家へ(まだ独り身の情けない叔父さんを気づかう立派な甥っ子)・犬散歩の仕事・オクラとレタス
    タギング(シャッターに書かれたスプレーの落書き・渦巻)
    散歩中新しい子供用靴を拾う・警察へ
    姉に聞いた美容院・夏みかんの木
    香りに満ちた路上の果樹園のなかをくぐって彼らのあとをたどる。☆街中にだって香り(小さな幸せ?)は溢れていることの暗示か?

    大地主・リカーショップ・不動産屋から「機会があったら、店のいちばん奥の木箱に入っているチリ産のワインを買って、栓抜きも欲しいとおっしゃってください」
    →広々とした地下倉庫・コルクでできた巨大な船

    コルソ・プナーチド☆革製品卸商の名前? 登場人物3人ルイージ、カウロ、フィーナ…意味取れず

    栴檀(せんだん)は双葉より芳し☆大成する者は幼いときから人並み外れてすぐれていることの喩え・妻実家近くに土地購入・平屋を建設・都会生活は単に同僚知人への見栄だったと気付く
    …きれいねえ。なんか屋形船みたい、と義母が言う。

    …手をひろげると、薄くて真っ黒な傘の袋が、黒百合の花弁のように、ふわりと開いた。☆黒い百合なんてあるのか?花から悪臭skunk lily(スカンクユリ)outhouse lily(便所ユリ)irty diaper(汚いオムツ)英語の別名

    高校の先生(腕には真剣で切られたような筋)・クラス一番の親分肌生徒が交通事故・左手首切断

    天女の降りる城 六郎・姫子

    めぐらし屋 隠れ家の紹介業?

    徳さんのこと 未亡人の元夫の弟・遠い親戚・高校時代に下宿・志望大学合格時に細身の時計をプレゼントしてくれた

    黒電話 孫へのプレゼント

    月の裏側 携帯の電波が届かない大型マンションに挟まれた裏道

    ハントヘン 15歳の少年・40年前に訪ねてきた少年

    あの辺り 墓原(はかはら)・鉄道工事・幽霊列車

    十一月の肖像 歯科医院・絵画の修復士☆冷静と情熱のあいだの順正
    P177私はリノリウムの床に小さな荷を立て、倒れないように押さえながら梱包用の透明なテープを慎重にはがし、エアパックをすべて取り除いた。
    喫茶店の壁・1951年11月・夕日が当たる位置に掲額

    頭部に1センチ四方の小さな正方形の孔

  • 栴檀は双葉より芳し(平たい船のある風景)
    旋盤はニ刃より芳し(いつか王子駅で)

    こういうの見つけると何となく嬉しい気分になる

    スタンスドットのボウリング場等、懐かしい

  • 自分にとってはアウェイな本を数冊読んだので、積ん読になっていたホームの本を読み始めました。
     
    堀江敏幸
    好きなんですよね。なんというかなんにも起こらないような日常の細やかな風景と空気の小説。
    全部で18篇
    新聞や雑誌に掲載されたものを集めた本です。
    短いものは2ページもない。
     
    そして装丁がいつも美しい。
    白い紙そのものを活かした白い本にシンプルに文字だけ。
    帯はシックな紫鼠を少し淡くしたような色
    本棚に並べてても静かに存在感を出しています。
     

  • 書評で読んでみた。短めの話は企業とコラボのショートショートみたいなあっさりめ。平屋の話は好きだな。そんな家ちょっと憧れる。タイトルの話はなんか怖い。

  • 2005年から2017年の間に書かれた、掲載誌も長さもバラバラな18の短篇集。

    「果樹園」「コルソ・プラーチド」「ハントヘン」「あの辺り」「十一月の肖像」が好みだった。

    堀江先生にしてはフランスがあまり出て来なかったり幻想小説のようなものもあり珍しい。
    表題作はキーワードになりそうな単語が散りばめられているが、うまく読み解けていない。

  • 堀江敏幸の静謐な文体が好きだ。まるで白磁の珈琲碗のような、色気ある日本語が好きだ。表題にもなった短編は、珍しくSF要素があり、なぜか読んでいて映像が浮かんできたが、その理由は中盤で明かされる。私たち日本人が言表することを憚ってきた原爆投下のまちの話。色を失った世界、真実を覆い隠す世界、語ることを忌避してきた世界。そして、聞こうとしてこなかった私たち。昭和も平成も終わった。だからそろそろ、ちゃんと聞こう、ちゃんと知りたい、と思った。

  • 書かれた年代も掲載媒体もさまざまな短編集を、寄せ集めて再構成した本。特に関連はなさそうな作品同士がⅠ〜Ⅲの章に分けられており、そして最も難関な作品(小説なのか、詩なのか、はたまた何かの暗号なのか)が本のタイトルにもなっている理由に、あれこれ想像をめぐらせてみる。

  • 最後の一篇がよかった。

  • 堀江敏幸「オールドレンズの神のもとで」読んだ。よかった https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163908434 … タイトルの印象のままの幻想味の強い短編集。いつもエッセイと小説との混合風味なのに珍しい。犬の散歩の話と平屋を建てる話がよかった。オチがなく何も起きない。読書の楽しみってこういうことだと思う(おわり

  • 堀江さんの文章は決して柔らかくないのに、曇りの日のように白いイメージ。具体的なものが書いてあるのに、頭の中に浮かぶイメージがいつも白い風景。
    短編集の体だけれど、私の中ではほ詩集の印象で読んだ。具体的な場面が描かれているのに、自分の中の感情とか思い出が掘り起こされる。
    でも、最後に収録されている表題作「オールドレンズの神のもとで」は、この中の話の中で一番ファンタジーぽい作りなのに、人間の歴史の中での愚行とかこれからも繰り返されるかもしれない破壊行為とかに対する怒りや不安が具体的で、迫るものがあった。

  • 「あの辺り」が好きだな

  • みじかい、杏の話が好き。

  • 堀江敏幸「オールドレンズの神のもとで」読んだ。よかった https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163908434 … タイトルの印象のままの幻想味の強い短編集。いつもエッセイと小説との混合風味なのに珍しい。犬の散歩の話と平屋を建てる話がよかった。オチがなく何も起きない。読書の楽しみってこういうことだと思う(おわり

  • タイトルに惹かれて読んでみた。著者の作品は初めてだ。いろんなメディアに発表した18篇を三部にまとめてある。が、まとめになっているのか? 章立ての意図が読み取れなかった。

     第一部が、比較的普遍的、庶民的。現代小説っぽい短編が並びとっつきやすい。二部あたりから、どういうまとめになっているのか、舞台が海外に飛んだり、時代小説的なものも混じり、途中で「これはいいや」と読み飛ばすものも増えてくる。三部になると、さらに渾沌。せめて、表題作だけでもしっかり読むかと読んでみるが、これはSF??? 主人公をはじめとするこの「種族」は、何のメタファーなのか?掴みどころがなく、置いていかれたままエンディング。

     一作だけ良かったと思える作品を挙げるなら、第1部の最後の作品「果樹園」か。30過ぎの男が、交通事故で仕事を休職中に、姉が見つけて来た犬の散歩のアルバイトを通じて、再び生きる気力を取り戻していく短編(が、本書の中では一番の文量がある)。
     飼い主の安水老夫婦と佇まいと、なにより二匹の犬オクラとレタスの性格付けがユニークで良い。
     足の悪いオクラにちゃんと気を遣えるかを面接のシーンで見ていたのは、老夫婦でなくレタスという発想。
     
    「つまり私を採用したのは、安水さんたちではなく、レタスだったのである。」

     この視点は新鮮だった。

     「杏村から」の、主人公と伯母の関係も良かった。
    ・・・ って、どちらも第一部かあ。

  • 三部構成で十八篇、第一部は、地方の町に暮らす市井の人の身辺小説めいた地味めな作品が並ぶ。第二部には一篇だけ外国を舞台にした作品がまじっているが、日本を舞台にしたものは一部とそう大きくは変わらない。ただ、少しずつ物語的な要素が強くなっている。そして第三部になると一気にその気配が強くなり、掉尾を飾る表題作はSF的設定の濃いディストピア小説となっている。

    全篇から一つ選ぶなら第一部に入っている「果樹園」だろう。二匹の犬を連れて散歩中の私が出会う景色や人々をスケッチしているだけの作品だが、滋味にあふれ、生きることに対する前向きな姿勢が読む者にじわじわ効いてくる、そんな作品である。事故で頭痛と脚に痺れが残る「私」は、心ならずも実家に帰っている。そんなとき姉がリハビリにいい、とアルバイトを見つけてくる。犬の散歩係だ。

    飼い主が足を痛めて散歩ができない。健康が回復するまで犬の散歩をお願いできないか、というチラシにはオクラとレタスという名の二匹の犬の画が添えられていた。委細面談というので、出かけた飼い主の安水夫妻にというより、オクラのことを気遣うレタスに認められたようで「私」は採用される。二匹の個性の異なる犬と散歩するうちに「私」は少しずつ犬と会話ができるようになる。

    動物と暮らしている人になら分かってもらえると思うが、毎日いっしょにいると会話ができるようになる(気がする)。人との会話には本心はあまり出さず、当たり障りのないことを話す。動物相手には本音で話す。すると相手も本音でつきあってくれる。本心を偽ることのない会話は心地いい。「私」は安水氏と話すうち、それまで少し距離を置いていた父との関係が修正されていくようになる。

    他郷で手がけた仕事がうまくいきかけていた時に思わぬ事故に遭い、実家の厄介になり日を送らざるを得なかった「私」は、頭痛や足に力が入らないこと、自立できないでいることに焦りや蟠りを感じていた。二匹との散歩の途中で出会う人々や安水氏との会話を通して、鬱屈して閉じていた「私」の心と体はゆっくり解きほぐされ、新しい事態を受け入れてゆく心構えのようなものが芽生えてきている。恢復の予感のようなものが仄見える終わり方だ。

    二部なら「徳さんのこと」か。地元にはない進学校に通うため、子どものいない叔父夫婦の家に下宿している佐知は、日曜の朝になると原付でやってくる徳さんの話を聞かされる。足を挫いているので、二階の自分の部屋に帰るのが難しいからだ。徳さんは地域のあれこれに顔を出し、冠婚葬祭にはまめに金を出す。そうしておけば見返りがあるというのだ。

    近頃頻繁に顔を出すのは、叔父夫婦と誰かとの間に立ってまとめたい話あるようなのは「判をついたっていい」という口癖から察しが付くが、詳しい話は知らない。その回りくどい話が、夫妻に子どものいないこと、と自分に関わりがあることが次第に明らかになるという、まあ日本の田舎にならどこにでも転がっていそうな話。がさつだが憎めない徳さんと、柄本明の顔が重なるともういけない。話し声まであの声に聞こえてくる。

    第三部から一篇となると普通なら表題作は外せない。この国の近未来には、色というものが存在しない。誰かが失くしてしまったらしい。ある一族の少年の頭には四角い穴が開いていてふだんは蓋をかぶせている。一生に一度頭蓋内圧が高まると蓋を外すのだが、ピンホールカメラの原理で内壁に倒立画像が浮かぶ。この話はそのとき目にしたものの記録である。次々と繰り出される画像が珍しく落ち着きがなく、そのくせ終末観が色濃い。この作家にこのような預言的な物語を書かせる今の時代の在り様が気になる。

    個人的には堀江敏幸版「遠野物語」のような「あの辺り」の方を推したい。新聞記者の「私」は古刹での取材を済ませて帰る彦治郎さんを車に乗せている。その彦次郎さんが汽車から漏れる明りの方を指さして「あの辺りに、よく出る」と言う。隧道工事に雇われていた工夫が寝泊まりしていた小屋が土砂崩れに呑まれたのだという。「使ってはいけない人たちを使っていたから、表沙汰にはできなかった」。埋められた無縁仏が迷っているのだと。

    八十二歳の彦治郎さんは郷土史家で、このあたりのことに詳しい。昔は狐がよく出たので、悪さをされないように油揚げをお供えした。ここらあたりで油揚げの入った糟汁を作るのは、その余りなのだ。幽霊列車も走るが、運転手はどうも狐らしい、とか、少し前までは、日本中のどこにでもあったような話ばかりだ。

    以前『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』という本を面白く読んだ。実は祖母から、祖父が狐に化かされて、竹藪のあたりを一晩中歩き回って夜が明けたという話を聴かされたことがある。竹藪を通る道は丘の上に新設された中学への近道に当たるので、帰りが遅くなって、おまけに小雨の降る晩など、ひとりで歩くのは心細かった。ただ、あの当時でさえ狐に化かされた話はもう誰もしていなかった。「使ってはいけない人たち」というのがどういう人たちだったのか、一つ一つの話に心を揺さぶられるものがある。

  • ちょっと昔のモノクロ写真を見ているような感じがする。
    時間の流れが、少しだけ、ゆっくりになったような

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著者プロフィール

堀江 敏幸(ほりえ・としゆき):1964年、岐阜県生まれ。作家、仏文学者、早稲田大学教授。95年に第一作『郊外へ』(白水社)を刊行。著書に『熊の敷石』(講談社文庫)、『雪沼とその周辺』『河岸忘日抄』『その姿の消し方』『おぱらばん』(新潮文庫)、『正弦曲線』『戸惑う窓』(中公文庫)、『オールドレンズの神のもとで』(文春文庫)などがある。

「2025年 『鶴 長谷川四郎傑作選』 で使われていた紹介文から引用しています。」

堀江敏幸の作品

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