正しい女たち

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (206ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163908533

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、『正しくないセックスなんて、窮屈で嫌だわ』と言われたとしたら、どう思うでしょうか?

    『正しい』という言葉には強い説得力があります。あなたは普段の生活を送る中で、『正しい』と思わない選択をすることがあるでしょうか?家族との時間の中で、友達との時間の中で、そして仕事の場面で、私たちは常に無数の選択を求められ、そのそれぞれの場面でその時『正しい』と思った選択を繰り返して生きていると思います。しかし、その時『正しい』と思った選択も後になって間違っていた、そんな風に感じることもあると思います。

    また、もっと大きな感覚として自分自身の中で『正しい』と思う事ごとだってあるでしょう。それは、主義主張のようなものでもあるかもしれません。そんな『正しい』と思う考えを前提に私たちは日々を生きています。しかし、それだって、後になって誤りだったと感じ、考え方をあらためる事だってあると思います。なかなかに『正しさ』ということは突き詰めていくと難しいものです。また、人によってそんな『正しさ』も変化するものだと思います。

    さて、ここに「正しい女たち」という作品があります。六つの短編から構成されたこの作品。さまざまな境遇の女性たちがそれぞれの思いの中に生きるのを見るこの作品。それは、『正しさ』という言葉の意味を読者があらためて感じることになる物語です。

    では、そんな中から冒頭の短編〈温室の友情〉をいつもの さてさて流でご紹介しましょう。

    『最初、わたしたちは四人だった』と、『私立の中等部』で出会った『わたしと環(たまき)と麻美と恵奈』のことを思うのは主人公の遼子。そんな遼子は四人のことを『太っても痩せてもなく、目立って愚図でも飛びぬけて優秀でもない普通の女の子』だと認識しています。『わたしたちが好きだったことはお喋りと雑誌や漫画のまわし読み』という中学時代を送る四人は校舎裏にある空き家を『秘密の館』と名づけて過ごしたりもしました。一方で『わたしは一人っ子だった』という遼子は、『過保護すぎる』母親を『ママとは友達にはなれない』『冗談じゃない』と遠ざけるようになります。そして、高校時代になり、『わたしたちには彼氏ができた』という四人は『彼氏のセックスの癖からペニスの形状まで』なんでも語り合います。やがて大学に入り、同棲を始めた麻美、『芸能事務所に入って』『タレント活動を始めた』環の一方で遼子と恵奈は語学留学へ赴くなどそれぞれの道を歩みますが『集まれば際限なくお喋り』をするのでした。そして、『卒業、就職を経て、わたしたちは同じ都会でばらばらになった』という四人。そんな今までを振り返る今の遼子は『地下鉄に揺られながら恵奈にメッセージ』を送ります。たわいもないやり取りの中で『涙を流す白熊のスタンプ』が押されて手が止まる遼子は『あいつの影響か』と二ヶ月前に紹介された五十前の男のことを思い出します。『悪びれもせず左手の薬指に指輪をしていた』その男を『気持ち悪い』と感じている遼子。そして、別の日、環と恵奈と三人でレストランへと赴いた遼子。そんな中『恵奈はまだ不倫してんの?』と『空気を読まず環が訊』きました。『深みにはまる前にやめたほうがいいよ』と続ける環。そして、分かれた三人ですが、夜中に恵奈からの電話が遼子にかかってきました。そして玄関のチャイムも鳴り扉を開けると『肩を震わせている』恵奈の姿がそこにありました。そして…と続く短編〈温室の友情〉。『私立の中等部』の仲良し四人組の中でも似た者通しだった遼子と恵奈の友情に光を当てた物語が展開する好編でした。

    次に六つの短編のそれぞれをご紹介したいと思いますが、この作品の六つの短編は大きく二つに分けられます。そして、それらは〈温室の友情〉と連作短編となるものとそれ以外が連続するではなくバラバラに置かれているという不思議な構成になっています。正直なところどうしてそのように分けられたのか、収録の順番の意図は読み終えても理解できませんでした。しかし、不思議なのは連作短編となる短編とそれ以外の短編が思った以上に分け隔てられることなく共通の雰囲気感の中に展開される点です。では、一編ずつ簡単に見てみたいと思います。

    ・〈温室の友情〉: 『私立の中等部』で出会った四人組が『卒業、就職を経て、わたしたちは同じ都会でばらばらになった』という物語を、主に遼子と恵美の関わりを中心に描いていきます。連作短編の起点ともなる物語は、『恵奈はまだ不倫してんの?』という側面に光が当てられます。

    ・〈海辺の先生〉: 『うちはスナックだった』と『海沿いの田舎町』で十代を母親と二人で過ごした向田美優が主人公。自分の名前を店の名前につけられ、客から好奇の目で見られる鬱屈とした日々の中で、店に客として訪れた『先生』との出会いが美優の未来を大きく変化させていきます。

    ・〈偽物のセックス〉: 〈温室の友情〉の連作短編。四人組の中で早々に結婚した麻美の夫が主人公。麻美との『セックスレス』な日々に引っ掛かりを感じる『俺』は、同じマンションの『508号室の女』のことが気になりだします。ついには、『女の後をつけるのが癖になった』と展開する物語。

    ・〈幸福な離婚〉: 『泣いたり罵りあったりの日々』を過ごしていたミヤとイツキの夫婦。『悪いのはわたしだった』とミヤのあることをきっかけに離婚が決まります。しかし『最後くらい楽しく暮らそうか』と意見が一致すると離婚までの日々が『かけがえのない』ものに変化していきます。

    ・〈桃のプライド〉: 〈温室の友情〉の連作短編。四人組の中でただ一人芸能界にデビューするも、早々に『しがみつくしかない』という落ち目の日々を送る環が主人公。『いままではあたしがみんなより先にいっていた』と過去の栄光を振り返る環は自身の『プライド』と対峙します。

    ・〈描かれた若さ〉: 『婚約指輪の代わりに肖像画が欲しいの』と言われた清水は、紗耶香の指示に従って『廃校を買い取って住んでいる』という画家の津野春の元へと自身の絵を描いてもらいに赴きます。しかし、そこにいたのは『全員がこちらを見て笑ってい』る二十人以上の『女子高生』たちでした。

    六つの短編は連作短編の形式をとる三つの短編を含め女性の強さを強く感じる物語に仕上がっています。〈偽物のセックス〉と〈描かれた若さ〉は男性が主人公となりますが、女性の強さを感じさせる印象は全く変わりません。そんなこの作品は書名にもある『正しい』ということにこだわります。『正しさって何かを考えてほしくて書きました』と語る千早茜さん。そんな千早さんは『正しさって結局あとからわかる。人に「これが今の正しいもの」と提示されても必ず反発するはずで、自分で見つけなければいけないものだなって思う』と続けられます。この作品では登場する女性たちの立場や境遇はさまざまです。しかし、そんな彼女たちは何かしら自分が『正しい』と思うものを持っていました。そのことが一番極端に表出するのが〈偽物のセックス〉に登場する『508号室の女』です。住民に『ここのマンションって壁が薄いの、ご存じ?』と暗に情事の声が漏れ伝わっていることを指摘されるも『夫婦がセックスするなんて当たり前のこと』と意に介しません。しかし、そんな女は『俺』に対して『正しくないセックスには興味がない』と言い切って突き放します。また、連作短編の〈温室の友情〉の主人公・遼子は、『恵奈がすべてを打ち明けてくれるのはわたしだけだ』と恵奈のことを大切に思う中、『恵奈を傷つけるなんて、ほんと最低』と恵奈が不倫をしている相手に対して冷ややかな思いを抱いていきます。そして、離婚が決まってから『最後くらい楽しく暮らそうか』とそれまでが嘘のように仲睦まじい日々を過ごしていくミヤが主人公の〈幸福な離婚〉では、『すべての瞬間が鮮やかで澄んでいて、かけがえのないものに思われた』と穏やかな日々を送ることを『正しい』ことと感じ暮らしていく二人の姿が描かれていました。千早さんがおっしゃる通り、これらの短編を読んでも『正しさ』とは何かというのは極めて難しい問題だと感じます。各短編に登場したそれぞれの女性たちの『正しさ』は確かに一本筋が通っていると感じられるものです。しかし、それが極端に表出することで、そんな女性に対峙する相手にとってそれが必ずしも『正しい』こととは受け止められないことも多いと思います。これは現実世界だって同じことです。あなたも私もその時その時において最善の行動をとって生きているはずです。どんな瞬間にも選択というものがあるのであれば、必ず『正しい』と思った方を選択して生きている、それが私たちだと思います。しかし、それが第三者的にどう見えるかは別物である、もしくは疑義を呈される場合もある、そんな状況があることがこの作品では提示されていました。千早さんのおっしゃるとおり、『あとからわかる』というのが『正しい』ということ。でも、それでも自分が『正しい』と思うものをその時その時で選んで生きていかなければならない、それが私たちの人生の大変さでもある。『正しさ』という一言に凝縮された人の行動のあり方をふと考えさせてくれた、この作品はそういった奥深さを秘めた作品だと思いました。

    『正しくないセックスなんて、窮屈で嫌だわ』という言葉の先に見る『正しさ』の感情。それは、その人が生きていく中で決して曲げられない思いに由来するものでもありました。この作品では登場する女性たちがそれぞれの生き様の中で『正しい』と感じること、『正しい』と信じること、そして『正しい』と譲れないことを守り通していく力強い姿が描かれていました。価値観の一つでもある『正しい』という感情に光を当てたこの作品。とても読みやすい物語の中に千早さんの熱い思いを感じた、そんな作品でした。

  • 自分がこうと固く思い込んで貫くことは、正しいのだとする、女たちのお話。
    共感とも違う、女性の心の奥底にある他所に見られたくない感情や行いに、ざわざわと心を揺り動かされる。そういう視点もあるのか、人からは理解されなくても自分だけの正しさ。
    学生時代の友達4人組。ずっと同じ道を辿るわけではない。自分だけ道が外れる時期だってあってしかりだ。現実は期待や夢をどろどろ溶かしてゆくから。
    恵まれたものを手に入れている友人への羨望、焦り、どうしようもない心理がわかる。しかし、その先は長い。数十年後どうなっているか。その中途半端なプライドだって、糧となると思っている。「桃のプライド」
    ラストの章、年齢を重ねた女性や、若い女性の足りないとされる部分を軽視してきた男性が、女性から復讐される話。これは小気味よい。
    表紙の顔が怖い。目を反らしたくなるような、斜めから見られているような。

  • 自分の中の正しさを信じる女たち。
    ホラー作品のようで、背筋がゾワっとして怖かった。
    女性が持っている、決して表には出さない虚栄心や傲慢さ、弱さ、欲深さ。そういった後ろ暗いリアルな部分を、無遠慮に晒して直視させられた感じ。
    『透明な夜の香り』と同じ作家の作品だとは思えない位世界観が全然違っていて、千早茜さんの別の顔を見せてもらった気がしたし、これはこれで好き!(辻村深月でいう「黒辻村」的な感じ)

    特に4編目の『幸福な離婚』がとても良かった。静かで冷たくて幸福な日々が、とてもせつなく苦しくて涙が出た。

    「正しさ」への「執着」。自分の中の正しさは自分だけのもので人に振りかざすものでも、理解してもらうものでもないのかも。正しさって一体誰のためなんだろう。
    誰かにとってのしょうもないことが、誰かにとっての正義や常識でもある。

    『透明な夜の香り』にも「正しい執着」というフレーズが出てくるし、千早茜さんは「正しさ」や「執着」とは?というテーマを追い求めているのかな。

  • 短編6つ。「女の価値は若さ」という価値を皮肉っていたり、そのことに自分自身がとらわれている男女の執着を表現していたりするのであろうが、何だかうっすらと嫌悪感が残る。29歳の女性に対して、「誰がお前みたいな年増をもらうか、もう卵子だって腐ってるだろ」なんて主人公に言わせている…。

    だがしかし、好きな話や表現もあった。
    【海辺の先生】
    「決められるのが嫌だったら、自分で決めないと何も変わらないですよ。」という言葉が好きだったな。

    【桃のプライド】
    MORIが「…あなたたちは求めるばかりで、求められることを考えていないから。あなたたちと同じことをしないために」SNSを見ること。

    【幸福な離婚】
    食べ物の趣味が合う2人。

  • 人間関係って、どうしても自分本位だったり打算的だったりする部分もあったりするかもしれないけど、そこに一欠片でも誠意があったなら、それは本当の友情だったり愛って呼んでもいいんじゃないかな。

    と、「私って親友いねーな」とアラフォーになってしみじみ思ってしまう最近の私です。


    短編集をおさめた本作に出てくる主人公達は、いずれも腹に一物も二物も抱えた市井の人々です。

    不倫に悩む友達のために、一世一代の演技に打って出る女。
    自分自身を諦めていた少女の、ある出会いからの成長。
    同じ階に住むマンションの住人に欲情する男が、物語の中で最後に選んだ相手。
    離婚を決意した夫婦に訪れた、終着のある幸福。
    女に対して残酷な男に、時を経て復讐を果たす女達。

    今の日常を受け入れながらも、どこか鬱屈としたモノを抱えている彼等に自分を重ねずにはいられません。ペルソナって言葉、流行ったよね…。

    友情とか家族愛とか夫婦愛とか、そんな一言でまとめられる関係性だけど、この世に二つとない色をそれぞれ持ってんだよねえと当たり前の事を改めて思わされた作品でした。

  • 「温室の友情」「海辺の先生」「偽物のセックス」「幸福な離婚」「桃のプライド」「描かれた若さ」
    6篇収録の短編集。

    「温室の友情」は女ともだち (文春文庫)に「卵の殻」のタイトルで掲載されていて読了済でしたが再読してもやはり女性の執着にゾクゾクした。

    他の5篇も心に澱を抱えた登場人物達の心理描写が秀逸で、読みながら心がヒリヒリさせられた。

    「正しい」をキーワードに、セックス、離婚、老いなど、普段誰もがあえて口にしない、出来ない、心のダークな部分が微細に描かれ、ぴりりとした毒が散りばめられた作品で堪能しました。

  • 連作短編集。
    タイトルどおり、確かに正しいかもしれない。でもどこか、狂気じみていて、読んでいてぞくっとした。
    仲良し4人で何でも話す…と言っても心の中では何を思っているのかわからない…そんな一面も。赤裸々に知り合っているのは仲良しでも私は嫌かな。

  • 佐倉夫婦、すきだなぁ


  • 2020年3冊目。
    夜中に「幸福な離婚」を読んだら、涙が止まらなくて寝られなかった。
    その時の自分がいいと思ったことを選ぶしかないし、毎日そうやって生きているのに、どうして後悔って沢山あるんだろう。大切なものやひとを見誤らずに生きたいのに、なぜかそれができない。
    そんなことを考えてたら、本当に泣けて泣けて仕方なかった。

  • 短編6作。
    正しいか正しくないかはどうでもいい。
    女が正しいと言えば正しい、そして正しいと思っていれば、何より平和だ。

著者プロフィール

1979年北海道生まれ。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年に同作で泉鏡花文学賞を、13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一賞を受賞。他の著書に『からまる』『眠りの庭』『男ともだち』『クローゼット』『正しい女たち』『犬も食わない』(尾崎世界観と共著)『鳥籠の小娘』(絵・宇野亞喜良)、エッセイに『わるい食べもの』などがある。

「2021年 『ひきなみ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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