彼女は頭が悪いから

  • 文藝春秋
3.65
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本棚登録 : 1877
レビュー : 252
  • Amazon.co.jp ・本 (473ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163908724

作品紹介・あらすじ

私は東大生の将来をダメにした勘違い女なの? 深夜のマンションで起こった東大生5人による強制わいせつ事件。非難されたのはなぜか被害者の女子大生だった。 現実に起こった事件に着想を得た衝撃の書き下ろし「非さわやか100%青春小説」! 横浜市郊外のごくふつうの家庭で育った神立美咲は女子大に進学する。渋谷区広尾の申し分のない環境で育った竹内つばさは、東京大学理科1類に進学した。横浜のオクフェスの夜、ふたりが出会い、ひと目で恋に落ちたはずだった。しかし、人々の妬み、劣等感、格差意識が交錯し、東大生5人によるおぞましい事件につながってゆく。 被害者の美咲がなぜ、「前途ある東大生より、バカ大学のおまえが逮捕されたほうが日本に有益」「この女、被害者がじゃなくて、自称被害者です。尻軽の勘違い女です」とまで、ネットで叩かれなければならなかったのか。 「わいせつ事件」の背景に隠された、学歴格差、スクールカースト、男女のコンプレックス、理系VS文系……。内なる日本人の差別意識をえぐり、とことん切なくて胸が苦しくなる、事実を越えた「真実の物語」。すべての東大関係者と、東大生や東大OBにいやな目にあった人々に。娘や息子を悲惨な事件から守りたいすべての親に。スクールカーストに苦しんだことがある人に。恋人ができなくて悩む女性と男性に。 この作品は彼女と彼らの物語であると同時に、私たちの物語です。

感想・レビュー・書評

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  • 現実なら吐きそう。ただ、作品としては秀逸。こんなに心を持っていかれた。こんなに胸糞悪いのに、とてつもなく嫌な人たちなのに。まだ胸の奥がざわざわと、イライラと、しているのに。
    実際の事件のことは知らずに読了。事件のことを調べると、この作品がノンフィクションのように感じられました。

    わたしの周りにもいる。よくわからない「家柄」というものに縛られて、全て親のフィルターを通して世界を見、親族でこぢんまりと完結した世界に生き、だけど強烈にこぢんまり以外を排除する人たち。
    東大ではなくてもいるんだから、世の中にはたくさんこういう人種はいる。

    けれど、こうして生い立ちや家庭環境を丁寧に描かれると、加害者を執拗に責め立てる、ということはできないかもしれない。自分自身、なかったわけではない。自立をして身につけてきた、大切なこと。今はそれが、自分の価値観だけれど、自分の親や親戚は、学歴主義、公務員一族。だから、ブランドで固めた価値観を、理解できなくはない。でも、生きていくために必要なものは、そんな薄っぺらいものではなくて。学歴は人生の中ですでに過ぎたこと、職業だって、確たる安定なんてない。他者への理解、それこそがきっと、人間性をつくる。
    エピローグ直前の一文、「彼らがしたかったことは、偏差値の低い大学に通う生き物を、大嗤いすることだった。彼らにあったのは、ただ『東大ではない人間を馬鹿にしたい欲』だけだった」には震えるほどの怒りを覚え、ラストのつばさの心境「『巣鴨の飲み会で、なんで、あの子、あんなふうに泣いたのかな』つばさは、わからなかった」にはドン引きした。
    世界は、東大生が思っているほど、東大に興味がない。
    被害者はなおのこと、人の気持ちがわかる、とても普通の女の子。ただ、男の子に恋をしている、女の子。その男の子が、たまたま東京大学に通っていただけのこと。

  • 図書館に予約して1年3か月待ち、ようやく順番が回ってきた。
    全くもって、気が重くなる話だった。
    実際にあった事件に着想を得て書かれた作品だが、モデルになった彼らは今どのように日々を送っているのだろうか。


    主人公の被害者になってしまう美咲、美咲の気持ちを利用してしまうつばさ…集団で事件を起こしてしまう前の段階の男女関係であったなら、さほど珍しいことではないのかもしれない。
    いやしかし、「ありがちな男女関係」であること自体が間違っているとは思うのだが…。

    美咲は、勉強はできない、といっても高校は進学校に自力で合格しているので、この本のタイトルにある加害者の一人が言ったとされる「彼女は頭が悪い」は本当は当てはまらない(そもそも頭が悪い基準が偏差値か!?)
    ただ、塾に行く経済的余裕もなく、家事や弟妹の世話に割く時間も大きい、家庭の考えとして大学進学の重要性がそこまでない、などいくつかの要因が重なり結果として第3希望の偏差値の高くない女子大に進学した。
    しかし、彼女は常識や思いやりが備わっている我々の年代からすれば、「ちゃんとしたお嬢さん」だ(その「ちゃんとした」の基準がなんであるかは謎だが)。

    一方のつばさは、まず勉強、東大、そこを優先するため、身の回りのこと例えば水を一杯コップに注ぐことさえ母親がやってしまい、それを当然のこととしている。
    親の学歴を超えると、親より偉くなった気になってしまうのだろうか(そんな子どもばかりではないはずだが)
    女子に対しても、言い寄ってくる子には事欠かないためかなり尊大で、遊び相手と付き合う相手、結婚相手は別個に存在する(殿様か!)

    ちょっと偏見に満ちた設定で、書いただけでも、少々嫌気がさしてきた。
    しかし小説なので、これくらいの対比で書くものなのだろう。

    美咲も自分の価値観を大切にして、それを信じていけばよかったのだろうが、オバサンではなく、お年頃なのだ。つばさが白馬の王子に見えてしまい、舞い上がってしまった。そして、自分の考えや自分の中の正しさを少しずつ見ないようにしてしまう。
    誰かが気づいてやれなかったのだろうか?
    皆、自分の物語に夢中で手一杯だよね…。

    救いのない話の中で、唯一美咲の大学の学部長が、彼女にかけた言葉と、加害者の母親に対して応えた言葉が救いである。

    東大で行われたという、著者を招いての討論会の記録も読んだが、いろいろと思うことがあった。
    東大が超難関で、著名人を数多く輩出していることは、誰もが知っている。
    だからこそメディアもいい加減、無暗に「東大」をもてはやすのを考え直した方がいいのではないだろうか。東大生だって、もうちょっと違うか取り上げ方をされたいのではないか。
    2020.8.23

    • naonaonao16gさん
      ロニコさん

      こんばんは^^
      1年3ヶ月ですかー、待ちましたね(笑)

      この作品、とても印象に残っています。最終的には偏差値で頭の良し悪しを...
      ロニコさん

      こんばんは^^
      1年3ヶ月ですかー、待ちましたね(笑)

      この作品、とても印象に残っています。最終的には偏差値で頭の良し悪しを判断してはいけないっていうところだとは思いますが、わたしもタイトルの「頭が悪い」=偏差値なのは気になっていました。しかし、ロニコさんがその後で書いてくださっているように、こうした「偏見」はわかりやすく人の気持ちを動かすことができるな、とも同時に思いました。(わたしも動かされた一人)
      だからきっとタイトルもわかりやすく偏差値と結び付けたり、つばさの両親の価値観が笑っちゃうくらいやばい偏見を持っていても、それが対比としていきた作品だったんだなあ、と。
      育った家庭の価値観以外の価値観に触れる機会もあったのに、どうしたら、事件は起こらなかったんだろう…と、当時は考える日々でした。美咲には幸せになってもらいたいものです。
      2020/09/03
    • ロニコさん
      naonaonao16gさん、こんばんは^^/

      コメントをありがとうございます。
      私も、被害者なのに中傷を受けた美咲や家族のその後が...
      naonaonao16gさん、こんばんは^^/

      コメントをありがとうございます。
      私も、被害者なのに中傷を受けた美咲や家族のその後が心配です。

      タイトルの「彼女は頭が悪いから」は加害者の一人が、取り調べか何かで言った言葉のようですね。
      美咲とつばさ、それぞれの育ちの背景や家庭環境を細かく追うことで、読者の大半がおそらく客観的な視点で、どちらの立場も何となくではあっても想像できるようになる。
      読者にその視点をもって、この事件を考えてほしかったのでしょうか…。
      こういった性被害の事件が尽きない現状に、著者は一石を投じたかったのかもしれませんね。
      ずば抜けて賢いはずの男子大学生が、集団になると理性を失い低学年児童のような悪ノリ(悪ノリでは済まされないですが)で暴走してしまう、そのトリガーは何なのでしょうか…って自問ですので!naonaonao16gさんへの問いかけではございません!
      2020/09/04
    • naonaonao16gさん
      ロニコさん

      こんばんは^^
      お返事が遅くなりました…すみませんm(__)m

      タイトルの言葉、そうだったんですね、初めて知りまし...
      ロニコさん

      こんばんは^^
      お返事が遅くなりました…すみませんm(__)m

      タイトルの言葉、そうだったんですね、初めて知りました!そしてなんという視野狭窄!(笑)
      美咲の背景もつばさの背景も、違いがはっきりしていたので想像しやすかったですよね。だからこそ描写を細かくして「こういう家庭環境だったら自分もどうなっていたかわからないぞ…」という気持ちにさせられる。そういうちょっとした恐怖感もあるなと思いました。
      性被害は隠されやすいので、わかりやすい強姦がイメージされやすいですし、加害者もクズ扱いされやすいです(クズなんですけどね)。でも、そのクズの成り立ちは、人がイメージしているより普通の家庭なのかもしれない、つまりは誰でもクズになりえますよ、というところかなと、そんな風にも思いました。大切なのは、自分の価値観の客観視というか。

      ロニコさんも自問されている部分、トリガーですよね、やはり。それが一体何なのか。誰か一人でも、あそこまでいくほどの暴走を止められなかったのか、集団心理だけで片付けられるのか。
      すごく印象に残り、考えまくった作品だったので、なんだか話がつきません…長くなりすみませんm(__)m
      2020/09/10
  • 何とももやもやの残る作品である。
    作品のベースには、現実にあった事件がある。2016年5月に起きた、いわゆる「東大生強制わいせつ事件」。東大生男子学生5人が女子大生1人に暴行を働き、服を脱がせ、わいせつな行為をした、というものである。報じられている限りではレイプではない。だが裸の被害者の尊厳を著しく傷つける行為があったことは確かだったようだ。
    そもそもが嫌な事件だが、この事件の後、ネット上で被害者を貶める発言があった。「男ばかりとわかっているのにそんなところにのこのこついていく方も悪い」「どうせ被害者の方も東大生狙いだったのだろう」等。

    本書のタイトルは「他大学の女子学生たちは自分たちより頭が悪いと思うようになった。」という加害者1人の供述からきている(のだと思う)。被害者は女子大の学生で、偏差値としてはそう高くない。
    この事件は、東大(=偏差値の高い大学)男子学生と女子大(=偏差値の低い大学)学生の間の事件である。同程度のレベルの大学に通う男女学生、あるいは偏差値の低い大学の男子学生と偏差値の高い大学の女子学生の間では生じなかったであろう事件である。

    著者はこの事件をベースに、被害者のモデルと加害者の1人のモデルの数年前から物語を始める。
    2人がどのような家庭で育ち、どのように受験をくぐり抜け、どのように大学に入り、どのように出会ったか。
    現実の加害者の1人と被害者は、実際に一時期交際していたという。物語もそのシナリオで進む。
    2人のそれぞれの生活。心の声。そこに時折、「神の視点」の作家自身の「解釈」が入る。
    美咲(=被害者)の家は「バタバタとした善き家」である。庶民的で、弟妹がいて、お姉ちゃんである美咲は「普通」の女の子である。
    対して、つばさ(=加害者の1人)は、要領よく受験戦争を勝ち抜き、多少の挫折は経験しているけれども、その自我は「ピカピカのつるつる」である。
    この2人がふとしたことから出会ってしまう。美咲はつばさに恋をする。つばさも(少なくとも当初は)美咲に魅かれる。美咲はつばさを「白馬の王子さま」と思う。けれどもそれは長くは続かず、つばさには別に彼女ができる。美咲は「わきまえて」身を引こうとする。だが、最後にもう一度逢って、できたらひと言交わそうと思う。その「最後」のはずの夜に事件が起こる。

    全般としては、人と人との関係に時折生じる「値踏み」のいやらしさがよく出ている物語なのだと思う(それだけに始終ざらつく感情があおられる)。
    基本は、人と人との「格差」、自分より「格下」と思う相手を見下す傲慢さが招いた事件ではあるのだろうとも思う。
    だが、何だかどこか釈然としないのだ。

    事件の性質が性質であるだけに、被害者のプライバシーにかかわることには触れにくい。
    それもあってのフィクションなのだとは思うが、いくら何でも(特に加害者側が)カリカチュアライズされすぎてはいないか。「神視点」の著者による「解釈」がどうにも気持ちが悪いのだ。
    人はこんなに始終「格付け」しあうものか? 学歴が高いからってコンプレックスがないとか、他者の痛みに気付かないとは言えないのではないか?
    著者にはその意図はないのかもしれないが、「つるつるピカピカ」の自我を持つから東大に入れた的な描写は、東大生すべてがそうであると言っているかのように感じられてしまう。ひいては、著者が物語を作ったベースが、東大的なるものに対する「妄想」であるように見えてきてしまう。
    フィクションベースに「作られた」加害者像がいかに許せないものであったにしても、それを非難しても何も解決しない、ように思えてしまうのだ。だってそれは虚像でしかないのだから。

    学歴の格差がなければ生じなかった事件だ。けれど、この事件はそれだけではなく、個人的には加害者らの幼稚さがあったのではないかと思う。
    事件がニュースとして報じられたのは、やはり加害者が東大生であったからで、多くの人の心をざわつかせたのは、陰に「格差」の存在があったからだろう。だが、「重要な要因」ではあったのだろうが、事件の本質が「そこだけ」だったのかなというのが私には今一つよく見えない。
    とはいえ、自分の心のざらつきがどこから来るのか、もう少し考えてみようとは思っているのだが。

    • ドエフランスギーさん
      本作へのなんとも言えない違和感や、他の読者の感想へのもやもやがあったのですが、整理された言葉でこの違和感を表現してくださりとても共感しました...
      本作へのなんとも言えない違和感や、他の読者の感想へのもやもやがあったのですが、整理された言葉でこの違和感を表現してくださりとても共感しました。
      2019/06/05
    • ぽんきちさん
      ドエフランスギーさん
      コメントありがとうございます。
      ドエフランスギーさんの感想も拝読しました。

      モデルになった事件も嫌な事件で...
      ドエフランスギーさん
      コメントありがとうございます。
      ドエフランスギーさんの感想も拝読しました。

      モデルになった事件も嫌な事件でしたよね・・・。多くの人がこの事件に嫌な思いを抱き、さまざまな感想を持ったのだと思います。
      モヤモヤするけれどもその思いをうまく形にできない。
      その中で作品に仕立てて発表された姫野カオルコさんの作家としての力量は、やはりすごいのかもしれないと思うのですが。
      個人的には、本作には少し露悪的な印象を持ってしまいました。
      2019/06/05
  • 自分自身で頭がいいと感じる東大生と、普通であること、それを自覚する女子大生。最初は女子大生の恋愛の様子に始まり、後半は東大生との交流で雲行きが怪しくなる。
    東大に入るために勉強勉強、その目的を邪魔するものは排除して勉強して合格した人たち。他人の目線に立てる人ももちろんいるであるけれど。人より努力したんだしとか、才能があるんだしとか、入学したことで世間の目で天狗になってしまった人だっていろんだろう。でもって、そういう人こそ、弱く見えるかも。他人を見下す人ほど、劣等感があるんだろうし、見ていて弱々しい。なんらかのことで満たされないのか。読んでて気分が悪くなるほど。互いの心情の行き違いがしっかり描かれていました。サイコパスな人が固まってしまったのね、後天的なこともあるのかな。東大生5人がおこした強制わいせつ事件をモチーフにしたというから、このようなことが実際にあったと思うと胸が痛む。
    東大っていうことだけでなく、自己中心的で周りをふんずけてまでもだた優位なポジションに立ちたいっていう人、横暴な人いるよねえと、程度はあるにせよ。肩書きではなく、その人となりで互いに接していたいものですが、自分も含め何かしらのフィルタがかかっていると思います、そう思い返す、差別意識がくっきり描かれた一冊でした。
    そして、この本を読んでも、ネットでの一方的な暴力性、平面的な数の勢いの強さ、その力が働く不思議な世界を感じました。

  • 344頁の、
    [神立さんてヒト、来ました。DBー]
    [ーこのヒトはネタ枠ですね(笑)]
    に震えた。(注:DBとはデブでブスのこと)
    口ではこう言える、「てめえの顔、鏡で見たことあんのかクソが」。
    でも、心は連動しない。
    今でも覚えている、デブと言われたことこそないけれど、何度ブスだと罵られ、笑われただろう?
    だから今でも私は写真も、鏡も嫌いだ。
    怖いのだ。
    きっと、これからもずっと、癒えることはないだろう。

    ある東大生は、本書をなじる。
    こんな学生いない、あいつらは自分と違う、リアリティがない、と。
    私はそれを知って、「そこだよ」と舌打ちした。
    他者の痛みに共感できなかった、想像できなかった、自分のこととして考えなかった。
    だから事件が起きたのだ。

    犯罪者は自分とは全く違う人種だと本気で思っているのか。
    あいつらは頭が悪いから、と断じるのは、実際の事件とも、本書(フィクション)の登場人物と全く同じではないか。

    本書が問いかけたのは何か。
    他者を自らの基準で評価することの危うさや、行き過ぎた自尊心、こじらせてしまった自己評価(高きにしろ、低きにしろ)の持つ側面ではないか。
    私はあなたとは違う、と降ろしてしまったシャッターの向こう側にいるのは、実は自分自身ではなかったか。

    460頁の三浦学長の経験や言葉は、傷ついた女性たちの心を少しでも救ってくれるだろうか。
    どうか、と祈る。
    この女性のような人が、考え方が、一人でも多くの人の心の中に浸透しますように。

  • モデルとなった東大生わいせつ事件の後、姫野さんがツイッターで事件を知っている人からの連絡を募っていたことを思い出した。
    報道が真実ではないと訴えてられていたので男性側の擁護かと少々ガッカリしたのだが姫野さんの言う真実はそうではなかった。

    この手の話は昔から無くならないのだが、男性が女性をモノ扱いする根本はどこにあるのかというとやはり教育という一点なのかなという感想。
    育てる母親がだいたい学歴が低い女性を蔑視しているし、世の中は女性が自分の性を安売りさせやすいように陽動している。自ら選んでいるように仕組まれる男性中心世界。

    加害者が最後まで自分の罪の深さを理解できないのは気分が悪いけどもこれこそ真実なんだろうなという感想。

  • なんとも胸糞の悪い小説だった。『非爽やか100パーセント青春小説』と帯にあるだけのことはある。美咲が東大生5人と飲んでるシーンでは、そこに行って5人を殴り飛ばしたい衝動に駆られたほど。

    でも、ふと考える。こういったことって自分の人生の中で全くなかったかと。おそらくここまでとはいかなくても、同じようなことはあったかもしれない。もちろん、それはお遊びの延長レベルでしかない。やってる方にはそういった自覚がないのもまた事実。

    そして、こうした事件をニュースで見ると、やはり思ってしまう。女の方にも問題があったんじないか?と。そして、男たちには馬鹿やったなと少しの哀れみを添えて。


    物語の主人公美咲は自分の容姿にも学歴にも自信がなく、いつも長女だからと遠慮して生きてきた女の子。そんな美咲が東大生のつばさと出会う。東大生というだけで、モテてきたつばさだが、美咲と出会った時は美咲のことを可愛いと感じていた。
    2人は恋をして、やがてつばさには他に気になる女性ができ、美咲とは距離を置くようになる。そんな矢先に事件が起こる・・・。

     
     おふざけの延長が事件になる時代。読者はそうは思わない。でも、最後までの後味の悪さは、東大生たちはあくまでも悪いことをしたという意識の無さにあると思う。あの事件を元に脚色して書いたという物語。そうした意味でもリアルが伝わってくる。

  • アラサーになってようやく、これは怒るべきことだと理解できるようになったけど、20歳そこらの大学生だった頃は美咲と同じで見下されても相手に「すご〜い」って口先で言ったり、なんとなく「どうせ私だし」「世の中ってそんなものなのかな」とか思って侮辱や「そうじゃない側」としてジャッジされることをやり過ごしてきたと思う。そんな自分のなかの「美咲」が何年かぶりに顔を出した。

    それと同時に強者であることの奢りも自分のなかにあることに無自覚ではいられらないということを、強く思った。学歴や地位や経済状況がいかに、社会的成功と結びついているか「努力」や「才能」がそれらを保証するわけでも証明するわけでもないということを幼いうちから実感として理解しなければ幸せな社会は訪れないとさえ言える。事件を起こした東大生たちとその親たちの事件に対する無理解さは全然大げさじゃなくて、現実にはもっと酷い反応だって全然ありえるように思えて胸がスーっと冷たくなる。

    世間ではまだまだ若さと容姿への傲慢で一方的な価値付けとジャッジメントが根強く、同じことがこのように小さな積み重ねのひとつひとつによって今でも再生産されているのかと思うとつらい。身近なところから小さな行動を積み重ねることを諦めないようにしたいと、改めて思った。

    作品中で飲み会に来た美咲を、仲間内だけのLINEでDB(デブでブス)と形容しているところとか、本当に辛い。名前すらもない水大・巨乳・DBという記号でしかなくて、彼女の生育環境、家族、感情、尊厳もなにも一顧だにされない。そして彼ら自身も「東大」というピカピカの記号を背負っている。

    実際の東大生がこんなんだと思われたら困る、とかっていう意見もあるみたいだけど、この本読んだからって私は全然そんな風には思わないしそういう人のほうが大半なんじゃないだろうか。それよりも、こんな胃がキリキリしそうな題材で粘り強く丁寧に本書を書き上げてくださった姫野カオルコさんに敬意しかない。

  • 事件に着想を得た書き下ろし小説。
    と、巻末に記されています。
    僕は事件を全く知りません。今後も調べる予定はありません。
    本書を単なる小説として読みました。

    前半は普通の恋愛小説で、後半で事件を描写しています。
    後半の事件も含めて全編を通じて、加害者、被害者双方の心理描写を交えて丁寧に描いています。

    ぼくは、どちらかというと、加害者側の心理描写に注目して読みました。

    読み終えた直後に、加害者側に救いがない=再犯の機会があれば、同様の犯罪に手を染める危険が払拭されていないのでは?と感想を持ちました。

    ちなみに、文学を
    「言葉にされない、人の声を文章にして読者に示す。」
    と定義するならば、
    本書は文学の王道をゆく作品です。
    他でも書きましたが、よしんば加害者の側であっても、その心理を内側に潜って想像し、リアリティーを以て読者に示すのが文学です。
    刑事が(って聞いたわけではありませんが)犯人が犯行に及んだ時の状況を調べ、どのような気持ちで刃物で突き刺したのか、想像するようなものだ、と僕は考えています。
    むろん、書いていて愉快なものではないし、精神的な体力も消耗し、
    「なんで、作家を職業にしてしまったのだろう。」
    と思うのではないかと思いますが、
    そのような身を削った作品を僕は読んでいる、
    と心に留めながら小説を読むのが、僕のたしなみです。

    さて、
    犯罪を犯すのは、三つの条件が揃ったとき。と、何かの講習で教わった記憶があります。(ネット社会で、うかつに犯罪者にならないために、と言うような講習だったと思うのですが)
    a) 動機
     犯罪による利益。
     お金やポイントや画像が手に入るとか、エロとか、当たるとか、モテるとか、答えが分かるとか。
    b) 実現性
     自分が、実行可能な状態にあるとき
    c) 正当性
     「しかたがない」「他の人はもっと悪いことをしているから、これくらいは赦されるべき」とか、僕が聴いた講習では「だから、自分に言い訳をしている、と気がついた時には注意して下さい。」と解説されました。

    例えば、自転車泥棒の場合は次のような感じだと思います。
    (自転車泥棒は、窃盗罪:10年以下の懲役又は50万円以下の罰金だそうです。)
    「酔っ払って良い気分。自宅最寄りの駅に降り立った。家まで歩くのは、しんどいな。自転車なら楽だな。」
    → a) 動機

    「自転車置き場に行けば、鍵が掛かってない自転車があるかも。あ、あった。」
    → b) 実現可能

    「あんまり綺麗にしていないし、もしかしたら、これを駅まで乗ってきて自転車置き場に置いた人も、誰かのを盗んだのかもしれないよ。」
    → c) 正当性

    三つのうち、どれか一つでも欠けると、犯行に至らないので、防犯は例えば、
    「自転車に鍵を掛ける。」で、b) 簡単に実現できないようにする。などの対策が呼びかけられるし、

    「自転車泥棒は窃盗罪で、罰金で済んでも前科一犯ですよ。」と立て看板を掲げる→a) 動機の除去

    「自転車置き場にあずけた自転車が盗まれた人は、タイヘン困ります。」と呼びかける→c) 正当性の排除

    むむむ。あまり適当な例にはならないので、本題に戻ります。

    本作品の場合は次のようになりましょうか。
    a) 動機:仲間に貢献したい。
    b) 実現可能な手段がある(言いなりになる女がいる)
    c) 正当性=彼女のような人は、こんなふうにされても平気な人。または甘んじて受け入れるべきな人と言う感覚。

    a)は、無くならないだろうし、
    b) は、今後機会が巡ってくる可能性がある。
    c) は、長年の教育が必要。

    と言うわけで、裁判が終わった後も、
    (次回捕まったら実刑だろうな。と言う恐れはあるが)
    c) 正当性が成り立つよね。彼女は、別にこんなふうに扱っても、僕たちの飲み会を盛り上げるべきだよね。と考えることになれば、b) 機会が巡ってきたときに、a) のみ友達に普段、お世話になってばかりだら、
    と、同じような犯行に及ぶよね。

    と言うふうに思い、加害者には救いのない小説だよな。
    と読了直後に思ったわけです。

    で、読み終えてから三日経った今日、ふと、エンディングにちかいところで、病院の中で指摘される言葉を、いつか、理解したところで、この犯罪に正当性がない、と思い直せば、再犯を回避できるようになるな。
    と思いなおし、
    本日感想文を更新した次第です。


    読み始めた当初は、前半の恋愛小説部分について、神奈川県立の進学校に通う主人公の状況描写にびっくりしました。
    同じく神奈川県立高校出身者として「まるで同級生の解説を聞くよう」でした。
    東京と違って、ごく少数の人を除いて(中学校のお勉強がたいへんよくできていても)県立高校を目指す人がほとんど、なところとか、
    大概行ける高校に行く。
    下手に「近いから」と言う理由で選ぶと「おまえ、もっと偏差値の高い高校に行けるだろう。」と迷惑がられるので。
    で、ま、特にがむしゃらになったりしないので、たいしたことないと思っていたのですが、卒業後だいぶ経ってから入学時の最低偏差値とかを目にするとびっくり。
    自覚がないので、先生からは「おまえらは『大志を抱け』じゃないけれどさ、もうちょっと目標とか持っても良いんじゃ無い?」と、しゃかりきになって受験勉強をしないことを不思議がられる。
    本人は、高校に入学すると、ようやく自分が普通の人になったように感じられてほっとする。

    でも、勉強したいやつは、昼休みでも放課後でも、教室の自席でがむしゃらに勉強している。クラスメイトは彼の方針を尊重して足を引っ張るような事はしない。
    「やつは、学校で勉強をする。俺は学校ではサッカーをして遊んでいるけれど、家では勉強をしている。」
    と出し抜こうとする気も無い。
    (運動部のやつだけは例外で「俺たちは充分に勉強する時間が無いから。」と被害者妄想を持っていて「お前、もう高校生だろう。自分が好きでやっている部活を何の言い訳に使っているのだ?」と子供さ加減に呆れて今に至る。)
    で、変わり種は他の高校のサークルに入ったり、大学生の恋人を作ったりてのもいる。だから他校の運動部のマネージャーをやるヤツがいるのも「あるある」です。
    ちなみに、僕の同級生には、芸能事務所に所属して一応芸名があったアイドルもいたらしい。「俺、頼まれてデパートの屋上のイベントでTVの収録もあるから、と後ろで一緒に踊ったよ。」と言っていたヤツがいた。

    僕は、隣りの高校の一つ上の学年のバンドに参加していて、バンドメンバーが全員浪人が決まり、やけになって
    「じゃぁ、埼玉県の山奥にギターのおじさんの廃工場があるから、卒業コンサートに向けて合宿な。」
    と俺は卒業まで一年以上あるのに、ずる休みさせられて合宿に連れて行かれたりしました。

    次男次女(と言うか、真ん中っこ)の扱いは少し不満。
    要領が良くなるのは、親が過干渉の場合で、適度な親の場合は、「知らないうちに育っちゃった。」と言うのが真ん中の特徴。親が構わないので、また何かと上と比べられるので、独自路線を模索して、確立していく人が(僕の知り合いの真ん中っこには)多いように思う。それを要領が良い、と言うならそういうものだとは思うけれど、親離れが早く、独立心旺盛な特徴にもう少しスポットライトを浴びさせて欲しいところでした。親に内緒で、得意分野を突き詰めていって、言いそびれたまま、校長から賞状をもらう段になって、家に持って帰るのもはばかれて、卒業まで机の中に賞状を仕舞っておくとか。

  • 三度目の正直
    二度挫折してやっと完読。

    同じ人間どうしなのに、
    こんなに言語が、心が通じないものなのだろうか?
    東大のネームバリューってそんなに高いのか?
    価値観のちがい、
    育ちの違い、
    言語の違いよりも、大きいことがあるのかも。
    それに気がつかないことも。
    こわくなった。

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著者プロフィール

作家

「2016年 『純喫茶』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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