送り火

  • 文藝春秋 (2018年7月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (128ページ) / ISBN・EAN: 9784163908731

作品紹介・あらすじ

第159回芥川賞受賞作!



春休み、東京から山間の町に引っ越した中学3年生の少年・歩。

新しい中学校は、クラスの人数も少なく、来年には統合されてしまうのだ。

クラスの中心にいる晃は、花札を使って物事を決め、いつも負けてみんなのコーラを買ってくるのは稔の役割だ。転校を繰り返した歩は、この土地でも、場所に馴染み、学級に溶け込み、小さな集団に属することができた、と信じていた。

夏休み、歩は家族でねぶた祭りを見に行った。晃からは、河へ火を流す地元の習わしにも誘われる。

「河へ火を流す、急流の中を、集落の若衆が三艘の葦船を引いていく。葦船の帆柱には、火が灯されている」

しかし、晃との約束の場所にいたのは、数人のクラスメートと、見知らぬ作業着の男だった。やがて始まる、上級生からの伝統といういじめの遊戯。



歩にはもう、目の前の光景が暴力にも見えない。黄色い眩暈の中で、ただよく分からない人間たちが蠢き、よく分からない遊戯に熱狂し、辺りが血液で汚れていく。



豊かな自然の中で、すくすくと成長していくはずだった

少年たちは、暴力の果てに何を見たのか――





「圧倒的な文章力がある」「完成度の高い作品」と高く評価された中篇小説。

みんなの感想まとめ

閉鎖的な人間関係の中で、少年が暴力の連鎖に巻き込まれていく様子が描かれています。東京から東北の山間の町に転校した中学3年生の主人公・歩は、新しい環境にすぐに馴染み、同級生たちとの関係を築いていきます。...

感想・レビュー・書評

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  • 救いのない暴力を描き切ったと賞賛された受賞作。

    以下はネタバレあります。

    選考委員で唯一受賞に反対したのが高樹のぶ子氏です。

    その選評では「作者の的確な文章力は、鋭利な彫刻刀として見事に機能している。その彫刻刀が彫りだしたものに、私はいかなる感動も感嘆も覚えず、むしろ優れた彫刻の力を認める故、こんな人間の醜悪な姿をなぜ、と不愉快だった。文学が読者を不快にしてもかまわない。その必要があるかないかだ。読み終わり、目を背けながら、それで何?と呟いた。それで何?の答えが無ければ、この暴力は文学ではなく警察に任せれば良いことになる」

    選考委員の中に普通の感覚を持った人がいたことが唯一の救いですが、それにしてもこの作品が伝えたいメッセージって何だったんだろうという答えが私にも最後までわかりませんでした。

    堀江敏幸氏は「では、主人公の受難と陰惨な場面の先に何があるのか。それを問うことは、この作品においてあまり意味がない。異界のなかで索敵を終えた主人公の、血みどろになって遠のいていく意識の中で、シャンシン、シャンシンというチャッパの音を聴きとることができれば、それでいいのだ」と都合よく賛美しています。

    小川洋子氏に至っては、「(納屋で見つかった木槌に彫られていた言葉)豊かな沈黙という一言が本作についてのすべてを語っているといっていい。語り手の視線には豊かな沈黙が満ちている。あらかじめ用意された言葉ではなく、純粋な無言によって世界があぶりだされていく。ラストの暴力シーンでさえ、奥底に沈む沈黙の方がより明らかな響きを持っている。言葉を発することと無言でいることが、この小説では矛盾しない。作者の言葉は、言葉の届かない場所へ読者を運ぶ。そこは小説でしかたどり着けない場所なのだ」と自己流の勝手な発見に喜んでいる始末。

    そもそもラストシーンでの、なぜいじめっ子ではなく主人公に殺意を抱いていたのかという肝心な説明さえ省略されているのでは、言葉の届かない無意味な場所に読者は右往左往するばかり。

    小説がどんなメッセージを読者に伝えたいのかという最低限の務めを放棄したら、それは「散文」であって「小説」ではないと思う。

    いつから芥川賞は、選考委員の思い入れだけで起承転結のない小説を評価するようになったのだろう?

    これ以上、芥川賞を貶めないためにも、選考委員の総入れ替えも検討してほしいものです。

  • 東北の田舎に転校した男子中学生、閉鎖的な人間関係の中で暴力の連鎖に飲み込まれていく。

  • 久しぶりに凄い作品だと感じた!やっぱり才能ありますねぇ。前回の高橋さんの作品では若いのによくまあ微細な部分まで知悉した文章が書けるものだなぁと感心したけど、この作品ではガラリと異なる印象を受けた。都会から 転勤の多い家庭の所為で東北の中学校3年に転校してきた主人公が廃校直前の生活に持ち前の人懐こしさで上手く馴染んで、のんびり来るべき次の都会へのUターンする積もりがいきなりの凄惨悲惨な渦中に❗このゆったりした流れと 途端な激しい終章の落差が凄いね。やっぱり並みの作家ではない♪

  •  東京から、父親の仕事の都合で、父親の実家青森の津軽地方の平川へ引っ越した中学3年生の歩は、その同級生と付き合うようになる。歩にとっては、3度目の新しい中学校だった。
     同級生のリーダーの晃に「東京って、どった街なんず」と聞かれる。歩は「別にここと変わらないよ」と答えた。晃は「変わらねってことはねぇだろう。テレビさ映る東京は、夢のような街だぜ」という。歩は不思議とすんなりと同級生の仲間に受け入れられた。歩は、たくみに空気を読むことができた。転校を繰り返したことで、その雰囲気を読むことに慣れたのだ。

     グループリーダーの晃には、中学2年生の時に、10CM四方の鉄鋼で、同級生稔の頭部を殴打した。稔は命に別状はなかったが、7針縫う怪我をした。そんなことを同級生の女子が教えてくれた。稔は、やや小太りの、五分刈りの少年で、八の字の眉毛が気弱そうな印象を与える少年だった。

     晃をクラスの委員長に推薦した歩は、晃に逆指名されて副委員長となる。父母は、そのことに驚き、安堵する。父親は「こりゃ。赤飯炊かないとな」とさえいう。

     旧校舎の溜まり場では、花札を晃が親となって行われていた。そして、いつも稔が負けるのだった。晃はたくみで、そのうち歩はイカサマだとわかるようになる。晃は生物実験室から薬品を盗み出す。それで、悪ふざけを考える。手際がたくみだ。稔は、花札で負けて、いろんなものを買いにいかさせられる。また、稔をナイフを万引きさせる。そして、首締めみたいな遊びをして、晃は稔の意識を無くそうとするまでやる。藤間はそんな所作に怒る。晃はそんなことを気にしない。晃のいじめの手口は、屈折していた。

     そして、村の祭りになると、晃の先輩、仁村が中心になって花札の遊びをする。負けたら、後ろ手を縛られ玉乗りする。転んだら、受け身も取れない。晃は中学1年の時にいじめられていたのだ。いじめと暴力の連鎖が受け継がれていく。晃も稔も怪我だらけになっている。暴力はひっそりと村の祭りで行われる。暴力さえもが祭りであり、受け継がれた伝統なのだ。
     この村のたたづまい、自然の雰囲気などの描写がたくみである。そして、暴力シーンも陰惨である。
    そんな中で、送り火が行われる。

  • 暴力シーンの迫力ある描写に圧倒されました。
    凄惨で理不尽な暴力を、一切の感情を交えずに、微細に描く。
    時に眼を背けたくなるほどの迫真性を帯びています。
    いや、見事というほかありません。
    東京から青森に越してきた中3の歩が主人公。
    クラスには、リーダー格の晃を筆頭にやんちゃな男の子たちがいます。
    歩はすぐに打ち解けますが、物語はここから不穏さをまとっていきます。
    その不穏さの火元は、男の子たちが興じる遊び。
    不良の先輩たちから受け継いだらしい遊びには常に暴力の影が付きまとい、時にその片鱗を現します。
    物語は単線的に進みますが、読者はこの不穏さに憑りつかれて、ページを繰る手が止まらなくなります。
    そしてラスト。
    ついにその暴力があられもない姿を現し、歩をはじめ登場人物たちを喰うのです。
    もちろん、これは比喩。
    ただ、飼いならしていたはずの暴力が、当の飼い主に襲いかかることもあるのだと。
    私はそのように読みました。
    それにしても、作者の描写力は半端ではありません。
    いくつかインタビューを読んだ限りでは、著者は大学時代の一時期に読書に夢中になった程度とのこと。
    読書量は並以下ではないでしょうか。
    それでも、これだけ豊富な語彙を持ち、言葉を的確に運用できるのですから、これこそまさに天性の才能というものでしょう。
    芥川賞選評で島田雅彦が「言葉にコストを掛けている」と述べていました。
    言い得て妙。
    ショートピース並みのガツンと来る小説を読みたい方は、ぜひ。

  • 芥川賞受賞おめでとうございます!
    読み進めてすぐに、その不穏な空気感と緻密な情景描写に惹きつけられました。
    高橋弘希さんは小説執筆のとき、まず鮮明な映像が頭に浮かびそれをただ文字に起こしていく、っておっしゃっているのを聞いてたので「作者本人と同じ景色をみている」という感慨が強かった。

    東京から青森にひっこしてきた中学3年生の歩。これまでに何度も転校してきたが、今回は過疎により次年度での廃校がきまっている中学校で、最後の卒業生となる学年だった。
    クラスにはリーダー格の晃がおり、燕雀(えんじゃん)という花札のようなゲームで負けた者が罰を受けるという遊びがあった。
    歩は持ち前の処世術でそれらを切り抜けるが、標的になるのはいつもどんくさい稔であることに気付く。
    夏休み、集落の"習わし"が行われるその日、グループのみんなでカラオケに出かけようと誘われた歩だったが、連れていかれたのは、暗い森の中を進んだ先にある錆びたトタン小屋で……。

    圧倒的なほどの暴力。読み終えて動悸がしていた。
    意識が朧ろで生死の境をさまよっているようなラストのつくりかたは「指の骨」を思い出した。好き。
    トタン小屋の数日前、晃と歩が銭湯でバッタリ会ってそのまま川沿いの道を村外れまで散歩するシーンもやけに印象に焼き付いている。
    まさに孵化せんとしている蝉の幼虫。エメラルド色の柔らかな薄翅。静止。二つの小豆色の複眼。晃の変貌。
    たまらなく純文学!でした。

  • 第159回芥川賞受賞作。転勤族の父、青森に引っ越してきた中学3年生、歩。ひたひたと感じる悪、最後に圧倒的な暴力。青森の風景、数少ないクラスメートとのやりとり、遊び、文化、無駄なく、緊張を孕んででよく書かれている。読んでて決して気持ちの良いものではないけれど流れは素晴らしい。緊張感持続で読了。純文学だねえ。

  • 「白飯と娯楽をよこせ」
    美しく豊かな自然と凄惨な人間たち。外から来た傍観者は許されない。ホラー純文学。

  • いじめから恨みに変わる心境
    「いじめの実態」、それはいつもいじめを先導する奴、いつも虐められる奴、いつもヤジ側になるやつがおり、友達・先輩の付き合いも「ほど」があるが、一線を越えると周りも同調し最悪の事態になる。この小説では最後に被害者がこのヤジ側にいた奴を標的とすることだ。「側にいながら止めようとしない輩が一番憎い」の心理が噴出する。映画「プログラミング ヤングウーマン」を思い出させた。

  • 何者も人生の傍観者ではいられない

  • 芥川賞ってこんなに面白かったんだ
    スコップで顔を叩いた部分だけ泥が落ちて化粧みたいだった
    的な描写、実際に見た経験なしで書いてたとしたらマジで信じられない
    実際に見ていたとしても信じられない
    凄すぎる

  • 芥川賞とは相性悪し。

    田舎に転校した中学生と、そのクラスメイトがする結構危ない遊びの話。
    ちょっと暴力的で最後もやり過ぎ感があった。

    正直、何を表現したいのかさっぱりわからず、ほぼ読み飛ばし。
    全く面白くない。

    こういう本に賞をあげるから、読者が減るんだよなー。

    あまり読む価値はないと思います。

  • 美しい田園風景や、昔話の中から出て来たかのような老人、四季の移ろいと
    日本の故郷を絵に描いたような美しい描写が続く。
    東京からそんな土地へと転校をした主人公は、
    新しい生活にもすぐ馴染み、学校でも居場所を見つけることができた。
    しかし読み進める心の中にはどんどん不安が広がっていく。
    途中からは漂う不穏な空気で、息苦しささえ感じるくらいに。

    中学生男子特有の危機的な心理状態と
    決して綺麗ごとでは済まされない閉鎖された過疎の村の実態。
    一時の田舎暮らしをうまくこなしている主人公の
    人付き合いの旨さと、鳥瞰的な視点。
    まるで無関係と思われたその二つが、実は一枚のコインの裏表であったことを理解した頃には
    もう事態は取り返しのつかないことになっている。
    油断も隙も救いもない物語なのである。

  • 話しの発想はとても良かったと思う。
    私もすごく田舎に引っ越ししてきた時に感じたものと似ている所があった。
    暴力、上下関係。転校生。残るものと出ていく者。

    でも、もう少し最後のストーリーは、明確でなくてはならないかなぁ。
    もう少し明確だったなら、色んな意味で教訓的な戒めのようなものを私達に問う感じになれた気がします。
    そして、読んだあとにずっと心に残る作品になったのではないでしょうか?
    この頃の本は、読む人にお任せ~的な要素が多くて、なんだかなぁ~っと思ってしまいます。
    もしかして、結論に向かわせてしまうと炎上しちゃうとか?批判がくるとか?
    そんな馬鹿げた憶測までしてしまうので、なるたけ、結論は明確にしてほしい?って私だけかな?

  • 青森へ転向した男子中学生の話。親が転勤族のため、転校を繰り返しており、社交性や柔軟性をもった少年。

    同級生男子が6人しかいない環境でもすぐ馴染みそつなく何でもこなすが、遊びかたに危うさを感じる。万引き、特定の子へのいじめなど。読んでいて、いつ矛先が変わるかはらはらした。

    最後はそのいじめられていた子に自分が憎まれていたことを知り、必死に逃げて傷ついている場面で終わる。苦々しい読後感が残った。

  • 読了直後の「あれ?もう終わり?」という気持ちは、振返り考えるにつれて、じわりと薄れていく。
    行き過ぎかと思った結末も、妙な現実味があって怖い。

    物理的に強いものが、支配側につく。ありふれた子供の世界。そこに、気まぐれな暴力が加わる。
    でも、より強いものがいて、その世界も一変する。
    それも、弱い役割だったものに覆される。
    一見、稔のうっ憤は理不尽に歩に向かったように見えるけど、実はそれも違う。
    歩が仕組まれた勝敗を黙認した時、あきらかに加害側に身を置いていた事に気が付かされる。

    因果応報かといえば、それも違う。大人たちが足りなかったか。そうとも思えない。

    登場人物、どの立ち位置でみても、各々の役回りに落ち着いていただけのはず。


    実は間に挟まれていた晃は、つらかったのだろうな。稔たらしめる稔の役割が、小さな反抗で崩されてしまうと、彼の立場がなくなってしまう。それを防いであげたかった。という事だろう。稔に自分自身を重ねることもあったろう。

    なんという後味の悪さか。

  • ちょっと意味がわからなかった。
    一人称でありながらどこか他人事のように田舎の観察描写がひたすら続く。それはそれはひたすら続く。もういい加減いいんじゃない?と言いたくなるほどひたすら続く。のどかな田舎の風景にも見えるし、閉じた社会の閉塞感にも見える。
    たった6人の男子中学生の関係性は理解不能で、晃も理解不能なら稔も理解不能。
    そして追い打ちをかけるかのような終盤の急展開もまったくもって理解不能。
    これは日常の脆弱性を描いたつもりなのか??
    頑張って最後まで読んだものの、全然意味がわからなかった。

  • 第159回芥川賞受賞作。
    新潮新人賞受賞作から追い続けてきた読者としては、嬉しい限り。
    「指の骨」にせよ「朝顔の日」にせよ芥川賞選考委員たちは、その描写力に面喰いつつまだ新人だからという理由を隠蔽するために「あの時代を現在書く理由がわからない」などとほざいていたが、現代を舞台にあの時代(疎開児童が田舎を観察する)のニュアンスを描くという、時代錯誤なんだか離れ業なんだかをした著者の、復讐劇としても、おもしろい。

    転勤族の父を持ち裕福、数年で関東に戻るストレンジャーとしての歩が、この土地に縛られた同級生5人が織りなす虐めの構造を目撃する。
    中心にいるのは晃。子供と大人の境界にあって、残酷や狂気一辺倒でもなく、優しさや正義を発揮するときもある。
    歩はたびたび、この田舎にあれば皆健康に育たないはずがない、いずれ少年っぽい戯れや冒険に過ぎなかったと回想できるのではないか、と夢想する。
    そう夢想できてしまうように、晃の針は電力計のように左右に振れているのだ。
    しかしある事件で、彼もまた卑小な少年に過ぎなかったと気づき、事後的に彼のヒロイックな行動を望んでいたことも判明する。(理不尽な暴力構造は、さらに大きな暴力構造に理不尽に囲まれている)

    唐突に「久しぶりに回転盤でもするべし」「退屈だはんで、久しぶりに彼岸様でもするべし」と提案される「遊び」の多様性。そして残酷さ。透明人間とか、サーカスとか。
    そういえば「指の骨」でも、地面に絵を描いたり、地図を描いたり、誕生日祝いをしたり、していたな。残酷と無邪気の紙一重。極限における遊び半分という感覚。
    また、本筋とは関係ない細部が輝いている。これはこの著者の持ち味だ。成長できなかった白い穂。母親がむんずと蝉をつかまえたり。えもいわれぬ風を雀色の風と思いついて名づけ、あとで辞書を調べたら雀色時という言葉があって嬉しくなるとか。羽化の瞬間に事切れた蝉の幼虫を、川に落とす、とか。
    さらにそういえば、書き出しにおいて朦朧と目を見開いたらこんな光景、ではどういう経緯で、という構成も。

    凡百の作家なら性を描くだろう。誰かの母親を強姦したり、ぬかるんだ地面に性器を突っ込んだり、虐めに同性強姦のニュアンスを込めたり。(岩井俊二「リリイ・シュシュのすべて」みたいに。あるいは中上健次「一番はじめの出来事」の数年後を素人が想像したら。さらには「スタンド・バイ・ミー」も連想したりして。)
    しかしこの作者は描かない、踏み越えない。
    ミニマムな枠を守るからこそ、緊張感は途切れない。
    この抑制。

  • 苛めの物語なのだがリーダー格の少年の立場は絶対でなく時に標的の少年を庇ったり時に仲間が行き過ぎを制止したりそしてそんななかでもいつも一緒に行動する微妙な関係性が成立している。
    主人公・歩は東京から地方への転校生、彼の視線は風土記のように叙景豊かであまりの長閑さに陰湿な苛めも仲良しグループの他愛のないおふざけの如く中和されてしまう。
    しかしそれが緻密に計算された作者の謀と気付く頃には時すでに遅し、歩に同化しどっぷりと客観視に徹していた読み手は恐怖のどん底に突き落されることになる…
    逃げ場のない衝撃に呆然自失

  • 受賞作ということで手に取った。こういう作品を良いということが目が肥えていることなのか?長編だったら間違いなく途中棄権していただろう。

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著者プロフィール

「指の骨」で新潮新人賞を受賞しデビュー。若手作家の描いた現代の「野火」として注目を集める。同作にて芥川賞候補、三島賞候補。「日曜日の人々(サンデー・ピープル)」で野間文芸新人賞受賞、「送り火」で芥川賞受賞。

「2019年 『日曜日の人々』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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