ある男

著者 :
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 400
レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163909028

作品紹介・あらすじ

愛したはずの夫は、まったくの別人であった。「マチネの終わりに」から2年。平野啓一郎の新たなる代表作!弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。ある日突然、「大祐」は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実がもたらされる……。里枝が頼れるのは、弁護士の城戸だけだった。人はなぜ人を愛するのか。幼少期に深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか「大祐」の人生を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。人間存在の根源と、この世界の真実に触れる文学作品。

感想・レビュー・書評

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  • 大人の知的な会話というのは本当に素敵だなと思わせる作品。年齢が近いせいもあり、城戸の境遇や感情の揺れにいたく共感を抱いてしまう。

  • ある男、についての物語。
    正体と真相にたどり着き、すべてを知ったうえでの里枝の「一体、愛に過去は必要なのだろうか?」という一文で胸を掴まれたような気持ちになり涙がこぼれました。
    愛にとって過去とは何なのだろう?もし相手の過去が偽りだったなら、愛したことも、愛していたはずの相手も、無かったことになってしまうのだろうか?間違っていたことになるのだろうか?
    そんな事はない、と言い切りたいが、素性がまるで別人だったと知ったらその「実感」も消え失せてしまうのかもしれない。夢から醒めたときのように。
    でもやがて成熟していた本物の愛は、その偽りを赦せるのだろうか?本物の愛って?……

    主人公はあくまでも里枝から亡き夫「谷口大祐」の調査を依頼された弁護士の城戸なのだが、三人称視点でルポのように描かれていくので客観的に読める。
    震災や在日差別や死刑制度など、社会的な問題も交えながらの文章はとても重層で考えさせられることが多い。
    ある男、「谷口大祐」とは何者なのか?そして本物の谷口大祐はどこにいるのか?というストーリーの主軸はどことなく不穏なミステリーなのだが、次第に真相が明らかになっていくに従ってその様相は変わった。
    なぜ他人の人生を生きねばならなかったのか?
    なぜ自分の過去を捨てねばならなかったのか?
    やがて判明する彼の正体と、その境遇はあまりに不憫で、戸籍を交換することが彼にとって最後の手段だったのだと思うと遣る瀬無い無念が募る。
    それだけにラスト二行には心底救われた。里枝の結論と、息子の未来。自分にとって確かなもの。

    ただ、読み終わったところで自問自答はおさまらない。過去とは、本当に何なのだろうか……。
    今の自分は確かに過去の蓄積・結果だが、それが今現在の実体としての幸福と互換性はあるのか?
    答えは出ない。が、想像せずにはいられない。
    私にもどこかに、私ならもっとうまく生きられる誰かの人生があるのだろうか。
    あるいは、私の人生を私よりもっと幸福に生きられる誰かがいるのだろうか。
    もし夫だと信じている夫がまったく知らない誰かの過去を背負いその続きの人生を生きているだけの別人だとしたら?というかそれははたして"別人"と言えるのか?

    私の中で文句なしに今年ベストワンの小説だったと思う。
    ずっと読みたいと思って読んでなかった平野啓一郎さんのエッセイ『私とは何か 「個人」から「分人」へ』をまさに今読むべきとき!

  • 「ある男」
    ある男になることとは。


    分人とは一言で言うなら、<b>人間を見る際の「個人」よりも更に小さな単位</b>ということらしい。私達は、日常生活を過ごす中で多面的な自分を生きている。自分がいる場所、会う相手によってその時の適切な自分に変えて生きている。この時は、個人よりも小さい単位で生きている。


    だが、自分を識別するモノを変えてまで多面的な自分を生きることはまずない。氏名・戸籍を変えてまで、多面的な自分を生きることなど無い。いくら職場で上司といる時と同級性といる時とでは自分が違うとはいえ、山田太郎は山田太郎だろう。


    しかし、里枝が出会い、愛した「大祐」は、その“まずない多面的な自分”を生きていた男だった。ある男"X"は、「大祐」であることを示していた氏名・戸籍を持ち、「大祐」の過去までを教授され、そこからは「大祐」として生きていたのだ。そして、里枝に出会って死んだ。弁護士の城戸は、ある男"X"が一体誰だったのかを調べる中で、彼と同じように過去を変えて生きる人物達の姿が浮かび上がってくることに気付く。


    本書のテーマは「私とは何か」であり、「死生観」であるが、最大のテーマは愛。総じて面白く読むことが出来た。愛に関しては、里枝が愛した「大祐」が別人だったと知ってしまった以降、そのある男"x"を憎まずいられるのか?死ぬまでに「大祐」として家族に注いでいた愛は、果たして受け入れるべきものなのか?だったりする。


    例えば、里枝の息子は、こう答える。「叱る時もちゃんとどうしてダメなのか一緒に座って説明してくれて僕の話もよく聞いてくれたし、前のお父さんよりも人間として立派だと思う。僕には前のお父さんの血が流れているけど、後のお父さんが本当のお父さんだったらよかった。花ちゃんがうらやましい。」


    この時、既に里枝は「大祐」が別人であったことは知っている。その上でこの息子の発言を聞くというのは、様々な感情が沸き上がってきたと思う。「例え別人であったとしても自分の選択は間違いではなかった」とか「こんなに息子に慕われる人間だったのに何故「大祐」として私の目の前に現れたのだろう」とか色々。


    また「私とは何か」では、城戸がある男"X"を理解する為に、といってもその気持ちは僅かだったと思うが、起こしたある行動が大変興味深い。これこそ人が多面的に生きているということの証拠なのだろうと思った。


    城戸は生まれを含めて、私とは何かを考える人物である。里枝の依頼を受けて以降変化していく妻との関係には、城戸という人間の根本的な考えと妻とのそれに隔たりがある。また「大祐」という人間を調べる過程で出会った女性との交流でも次第に城戸の考えが変化していく。


    最後になるが、「大祐」が別人であったという衝撃的な事実から始まる「大祐」とは何か、ある男"X"とは何か。彼ら二人を通じて、では、私がある男"X"になったらどう生きるかを問われていると感じた。そして、その場合は、きっとある男"X"のように懸命に生きるしかないのだろうと思う。懸命に生きる中で愛することが出来たならば、その愛は誰からも否定されることは出来ないその人にとっての愛になると思う。・・・と思ってみたものの、全ての大前提は、そのある男"X"に私が共感し、理解することが出来るかどうかだが。


    城戸を通じて3つのテーマを考えざるを得ない状況に引き込まれる作品。

  • 平野啓一郎作品の常として、流麗な美文と情報量の豊富さには圧倒される。
    それでいて、本作は非常に優れたミステリーであり、人間ドラマである。知っていた筈の「彼」が何者であったか。展開はそれ程意外性のあるものではないが、シンプルなストーリーに数多くの「物語」を搭載していて、なおかつそれが崩壊しないというのはさすがだと思う。
    ひとつだけ分からないのは、なぜ著者はあの「序」を入れたのかということ。あの意味を考えあぐねている。

  • 自分が結婚して一緒に子どもを育てていた相手は、本当にその人なのか。
    これって、ものすごく怖いことだと思う。だって、自分が誰で何者なのかって証明してくれるのは家族であったり、知り合いであったり、自分を知っている第三者しかいないわけで。
    つまり、その第三者から「この人は別人です」と言われたら、それはもう何者なのかわからなくなってしまう。
    身分証明書?戸籍?そんなものはいまは別人のものを手に入れることはそう難しくはないようで。つまり、私が私であるという証明は不可能に近い。だから、自分が愛して共に暮らしていた相手についてなんんてもっと不可能だ。
    そんな不安定ななかで私たちは日々暮らしているのだ、と何とも言えない怖さを感じた。
    自分の過去を清算するために、あるいはまったく別の人として生きていくために、新しい戸籍を手に入れる。戸籍だけではなく、その人のそれまでの人生さえも受け取って、その続きを生きていく。
    そういう、新しい人生を歩いている人との「愛」は出会う前から繋がる今なのか、それとも出会った時から始まるこれからなのか。
    簡単には答えのだせない問を受け取った気がする。

  • 平野啓一郎さんの新作『ある男』期待通りの面白さだった。『マチネの終わりに』とはまた違ったアプローチで、”愛”の所在と極相が描かれてる。「一体、愛に過去は必要なのか?」。愛とはことごとく、間主観的な概念であり、歴史だよなあと

  • 2018/10/06Mリクエスト

  • え!? という始まりから、人の黒い部分を目の当たりし、全く読めない展開に引き込まれた。人のもつ過去、傷、家族というつながりの時間。その意味を、じっくりと考えさせられる。過去にどう向合い、人と関わるのか。深く大切なことを思う時間だった。

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著者プロフィール

平野 啓一郎(ひらの けいいちろう)
1975年、愛知県蒲郡市生まれ。生後すぐ父を亡くし、母の実家のた福岡県北九州市八幡西区で育つ。福岡県立東筑高等学校、京都大学法学部卒業。在学中の1998年、『日蝕』を『新潮』に投稿し、新人としては異例の一挙掲載のうえ「三島由紀夫の再来」と呼ばれる華々しいデビューを飾った。翌1999年、『日蝕』で第120回芥川賞を当時最年少の23歳で受賞。
2009年『決壊』で平成20年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、2009年『ドーン』で第19回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、2017年『マチネの終わりに』で第2回渡辺淳一文学賞をそれぞれ受賞。2014年には芸術文化勲章シュヴァリエを受章した。『マチネの終わりに』は福山雅治と石田ゆり子主演で映画化が決まり、2019年秋に全国で公開予定となっている。
近刊に2018年9月刊行の『ある男』。

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