平成くん、さようなら

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 136
  • Amazon.co.jp ・本 (187ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163909233

作品紹介・あらすじ

社会学者・古市憲寿、初小説。安楽死が合法化された現代日本のパラレルワールドを舞台に、平成という時代と、いまを生きることの意味を問い直す、意欲作!平成時代を象徴する人物としてメディアに取り上げられ、現代的な生活を送る平成は合理的でクール、性的な接触を好まない。だがある日突然、平成の終わりと共に安楽死をしたいと恋人に告げる。彼女はなぜ彼が安楽死をしたいかわからない、受け入れらないまま、二人は安楽死の現場を見たり、ペットの猫の死を通して、いまの時代に生きていること、死ぬことの意味を問い直していく――。

感想・レビュー・書評

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  • 社会学者である古市憲寿さんが書いた小説です。
    以前からテレビでみかける度におもしろいコメントをする方だなぁーと好感を抱いていて、独特な価値観にもめちゃくちゃ共感できる同じにおいの人間だと思ってました。
    初の単行本がでるとのことで、とても興味深く心待ちにしていましたが、これが大当たりでした。

    舞台はまさに平成が終わろうとしている日本。実在する有名人やテレビ番組、ファッションブランド、サービスや製品の名前がたくさん出て、現代のトレンドが嫌でもよく分かる。
    しかしこの世界では安楽死が制度として認められており、パラレルワールド、あるいは近未来のような日本だった。
    1989年1月8日生まれで「平成(ひとなり)」という名前をもつ平成くん。ゆとり世代やさとり世代といった"平成の代表"としてマスコミでひっぱりだこの彼は、「平成の終わり=自分の終わり」という考えから安楽死しようとしている。
    そうして安楽死の現場へも精力的に取材に出かける平成くんを、同棲中の彼女(平成くんは彼女と認めたがらない)である愛が、どうにか説得して食い止めようとする話です。

    安楽死が合法化されている日本、素晴らしいな。静岡にあるという安楽死のためのエンターテイメント施設"ファンタジーキャッスル"、行ってみたい。童話の世界の中に登場するようなお城の中で、パーティーを開くように死んでいけるって最高じゃない?死ってもっとハッピーなものであるべきだって私もずっと思ってた。
    クールで合理的でつかみどころのない平成くんが、嬉々としてその様子を語る姿がとても可愛かった。そんな平成くんを大好きで死んで欲しくないと思い悩む愛ちゃんも可愛い。
    というかこの小説全体が可愛い。チームラボボーダレスの表紙も可愛いし。性癖どストライクすぎた。
    Google Homeとスマートスピーカーという平成を代表するようなトレンドアイテムが、この小説の重要な鍵になっているのにも完成度の高さを感じた。
    「ねえ平成くん、」とどうしても呼びかけたくなる。

    平成生まれの私は、"平成最後の"という今年連日くりかえされる枕詞が嫌いだった。
    平成最後の夏って何?平成最後の夏だから何なの?毎年毎年の夏が二度と巡ってこない最後の夏なんだが?と思っていた。平成最後がナンボのもんじゃいと。
    だけどこれを読み終わって"平成最後の"が、どういうものなのか少し分かった気がした。時代が、終わるのだ。"平成"という時代として終わり、残り、保存され、歴史となって、語り継がれていく。
    平成という時代が、まさに終わるときに、平成という時代として、生まれるのかもしれないと思った。

  • 物語の舞台は現代日本のパラレルワールド、
    安楽死が合法化された社会。
    平成の終わりとともに安楽死を望む彼氏・平成くんが、その思いを彼女・愛に打ち明けるところから物語が始まる。

    作品のテーマは安楽死。
    どんどん深い話になっていくのかなと思いきや、安楽死にまつまる倫理観、問題点…などは軽く触れられるだけで、どちらかというと彼女の愛ちゃんの「死んで欲しくない、考え直して」という思いとその行動により重点が置かれた物語という印象だった。
    そういう点では切ない物語だな思うけど、安楽死の問題を考える、という視点で読むと浅く感じるのはそのためかもしれない。

    あまり文学賞には詳しくないけど、え、芥川賞…?という印象は残った(^^;)

    現代を象徴するような最新技術や、有名人、ファッションブランド、番組名、商品名、事件などの固有名詞がバンバンでてくるのが新鮮だった。
    でも平成くんが身に付けているファッションブランドをほとんど知らなかったのには自分でも驚いた…笑。もし知ってたら平成くんという人をよりイメージしやすかったかな。

  • 私には妙にフィットした
    あの古市さんがこんなにも心の機微を丁寧に繊細に書く事は、やっぱりだなと思う 繊細な人
    この近未来的世界は 安楽死が合法化している
    平成くんの「愛ちゃん」と呼ぶところが優しさにあふれている

  • ー 僕の好きな歴史学者は、卒業生に対してこんな言葉を贈るんだって。「締め切りのある人生を生きて下さい」。

    確かに僕たちは、締め切りがあるから計画を立てたり、頑張ったり、焦ったりすることができる。もしも、あらゆる仕事に締め切りがなかったら、社会は回っていかない。だけど、人生という締め切りは時に長すぎる。終わりがいつ訪れるかもわからないわけだからね。

    僕は人生の締め切りを決めることで、自分を追い込みたいとも思っている。だから、死ぬまでに過去最高の作品を作るつもりだよ。死者だけが座れる特等席にふさわしいものを残しておかないと、君の言うとおり、僕の人生はともすれば滑稽になってしまうから。 ー

    哀しいラスト。この哀しみを味わうための作品と言ってもいいだろう。
    “平成”って結局なんだったのか考えてしまう。

    薄っぺらい皮で覆われた中身のない大きな自意識。針で刺したらすぐに破けてしまい、重石を乗せたらすぐに潰れてしまうような、そんな塊。

    それが平成なんだと思う。

    そもそも、平成に対する感情なんて何もない。だって、平成は“僕らの時代”なんかじゃないから。この時代意識のなさが平成という時代を覆っていたようにも感じられる。

    昭和には時代があった。それは社会学者が“物語”と呼び、“物語の終焉”と使い古された表現で使われるときの“物語”のことだが、物語=時代意識として、多くの人々に共同幻想を抱かせるものが確かにあった…気がする。

    平成に“物語”はあったのか…。ついに僕らはこの時代を自分たちのものとは感じられないまま終わってしまったような気がする。
    “終わりなき日常”の中では、“平成”なんていう“時代意識”は生まれない。

    だから、古市くんが描いたのは昭和的な“平成”の見方なのであって、古臭い。安楽死でそんなに思いつめるのも昭和的だし、自意識に意識的なのも昭和的。そもそも、元号に何らかの時代意識を投影するのも昭和的。

    視点を変えると、仮にもし“平成”という“時代意識”があったとするなら、それは平成が昭和に育った人たちの時代だったからなのかもしれない。平成は昭和の後始末のようなものだから。そういう意味では、昭和的な価値観に彩られた本作もしっくりくると言えば、そう言えなくもない。

    そうすると、令和こそが平成の人たちの時代になるんだと思う。そんな“時代意識”があったらの話だけど。きっと、本作がもっと評価されるとしたら、令和になんらかの形が出来てきた頃なんだと思う。

    古市くんの『絶望の国の幸福な若者たち』も面白かったし、他の作品も読んでみようと思った。

    ただ、この流れの気分だと、ジャンケレヴィッチの『死』、フランクルの『死と愛』、シェリー・ケーガンの『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義』あたりを読みたくなるなぁ〜。

  • 初めは、平成くんってなんて偏屈な人だろうと思っていたけど、実は純粋で一生懸命で不器用な人なのかなぁと思えて、賢さゆえに危ういというか、愛ちゃんのような、支えてくれる人が必要だよなぁと感じた。

    安楽死は、今後スタンダードになっていってもいいのかもしれない。
    ずいぶん先になるかもしれないけど、老後に愛する人と2人で生きていたとして、仮に自分だけが残ったとき、その選択肢があったらいいなと思えた。


    スマートスピーカーはとてもいいアイデアだと思った。

    平成くんはまだ生きてるかもしれない。
    話の終わり方が切なくて好き。

  • たぶん自分が古い考え方の人間で、SNSだのITだのに疎いからだろうという前提で、この小説の良さがイマイチわからなかった。ひたすらにブランドには固執しているのに登場人物の描写が薄っぺらいのは何なのだろう。今どきの世間との感覚がズレているのを「個性」としている登場人物たちにどうしても幼稚さを感じて受け入れにくかった。テーマである安楽死について語っていても何だか弱い。レビューを見ると作品に共感している人がたくさんいるので、たぶん自分がズレているのだろう。でもこの作品を芥川賞候補にする感覚はズレていると思う・・・のは自分だけか。

  • 炎上を恐れず?率直すぎるコメントをメディアでされている著書がどんな小説を書くのかすごく興味があって読んだ。

    平成元年生まれの平成くん、こんな人いるかな…いるよなーと思いながら最後は愛同様、平成くんに生きてほしい!って願いながら読まずにいられなかった。

    でも、
    「生きてほしいって思うのは残される者のエゴ」みたいな平成くんの台詞、私も考えたことがあった。癌で亡くなった母の闘病中、私はどんな姿であっても母に生きていてほしいって強く願っていたけれど、母はそうじゃなかったと思う。私は母がこの世にいるってだけで、それだけでよかった。母は、苦しくて苦しくて痛くて、周りにも迷惑をかけて…早く楽になりたいって弱音を父にはこぼしてたと聞いた。弱っていく姿を家族に見せるよりも、元気だった明るい私を覚えていてほしいって。
    生きてほしいって願うこと、遺されるもののエゴなんかな…って当時考えて涙したことがあったっけ。

    そんなことを思い出しながら…
    ところどころ涙がこぼれた一冊だった。

    平成くんはどこで、今ごろ何してるのかな。

  • 安楽死が合法化されたら、起こりうる状況が描いてあるように感じた。
    最後は、悲しくて寂しくてたまらなくなった。
    死んだかどうかわからない状況ってどうなんだろう。はっきりさせたいけど、本当にいなくなったことを確認するのは怖い。会えないなら、死んだも同然にも感じる。スマートスピーカーでいなくなった人と会話するのは、つらい気がする。
    残される人が一番つらい。

  • 辛口で人の気持ちに無頓着なイメージでしたが、こんなにデリケートな小説を書かれるのかと驚きでした。
    読み始めてすぐに世界に入り込めて、最後はホロリときました。

    超合理的主義の考え方、著名人の日常、死に対する真摯な迷いなど、普段馴染みのない要素も面白かったです。

  • 著者が出演しているアナザースカイを見て、著者に対する印象は良くなり、この作品も日に日に読みたくなってきて、ドーナツを買うという理由で家を出て閉店間際の本屋に買いに行った。

    冒頭からわからない単語が出てきたが、内容として興味深いものだったので入り込みやすかった。
    今どきのフレーズや話題がてんこ盛りなので、どこまでが現実でどこまでがフィクションなのか考えさせられたが、そこも楽しめたかな。でも、ファッションブランドとかが頻出しすぎでちょっとうんざりした。
    自分も安楽死肯定派だし、平成くんには同意する部分もあったけど、ミライのことはさすがにやりすぎ。
    来世があると考えたほうが合理的だという発想は自分には無かったので新鮮だった。

    数年後に読んでいたら楽しめなかったかもしれないし、今の時代に読了できてよかったと思う。
    知らないフレーズが多くて、この先もこんな作品が増えていったら、読書も楽しめなくなると不安になった。
    時代についていかないと^^;

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著者プロフィール

古市憲寿(ふるいち のりとし)
1985年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。株式会社ぽえち代表取締役。専攻は社会学。若者の生態を描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)で注目される。大学院で若年起業家についての研究を進めるかたわら、マーケティングやIT戦略立案、執筆活動、メディア出演など、精力的に活動する。著書に、『誰も戦争を教えられない』(講談社+α文庫)、『保育園義務教育化』(小学館)、『だから日本はズレている』(新潮新書)、『希望難民ご一行様』(光文社新書)などがある。2018年から小説を書き始めている。小説作に「彼は本当は優しい」(『文學界』2018年4月号)。「平成くん、さようなら」で第160回芥川賞ノミネート。

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