渦 妹背山婦女庭訓 魂結び

  • 文藝春秋 (2019年3月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784163909875

作品紹介・あらすじ

第161回直木賞受賞作。



選考委員激賞!



虚構と現実が反転する恐ろしさまで描き切った傑作! ──桐野夏生氏



いくつもの人生が渦を巻き、響き合って、小説宇宙を作り上げている。──髙村薫氏



虚実の渦を作り出した、もう一人の近松がいた──



「妹背山婦女庭訓」や「本朝廿四孝」などを生んだ

人形浄瑠璃作者、近松半二の生涯を描いた比類なき名作!



江戸時代、芝居小屋が立ち並ぶ大坂・道頓堀。

大阪の儒学者・穂積以貫の次男として生まれた成章(のちの半二)。

末楽しみな賢い子供だったが、浄瑠璃好きの父に手をひかれて、竹本座に通い出してから、浄瑠璃の魅力に取り付かれる。

父からもらった近松門左衛門の硯に導かれるように物書きの世界に入ったが、

弟弟子に先を越され、人形遣いからは何度も書き直しをさせられ、それでも書かずにはおられなかった……。

著者の長年のテーマ「物語はどこから生まれてくるのか」が、義太夫の如き「語り」にのって、見事に結晶した奇蹟の芸術小説。



筆の先から墨がしたたる。

やがて、わしが文字になって溶けていく──

感想・レビュー・書評

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  • 第161回 直木賞受賞作。

    こどもの頃から、浄瑠璃好きな儒学者の父親・穂積以貫に、道頓堀の竹本座に連れられていた、成章。

    いつのまにか、浄瑠璃にのめり込み「近松門左衛門の硯」を父親からもらった事で、近松半二と名乗る。

    みんなから「阿保ぼん」と小馬鹿にされながらも、後に「妹背山婦女庭訓」を書き、浄瑠璃作家として大成していく、半二の一代記。

  • 人形浄瑠璃の傑作「妹背山婦女庭訓」を生み出した近松半二の半生を描いた作品。

    文楽モノだと三浦しをんさんの「仏果を得ず」くらいしか読んでいないのでどうかと思ったが、関西弁の語りが滑らかな割には何故か読み進めるのに非常に時間がかかった。
    改めて、私はキャラクターに魅力を感じないと入り込めないのだなと分かった。

    主人公の近松半二は頭の回転は速い、学問の飲み込みは早いのだが、父親の影響で浄瑠璃の世界にどっぷり浸かって以来、母親が求める普通の人生は歩めなくなった。
    かと言って浄瑠璃の世界で突出した才能を見せるでもない。
    何となく浄瑠璃の芝居小屋に入り込んでそのまま入り浸って手伝いなどやってるうちに何となく書くことになって…とフニャフニャしている。

    当時人気としては歌舞伎に遅れをとっていた浄瑠璃に何故そこまで魅せられたのかという点は理解出来る部分はあったものの、フラフラウダウダしているこの半二が何故ここまで色々な作品を書けたのかがよく分からないままだった。
    申し訳ないが、主人公の半二よりも歌舞伎作者の正三の方が魅力的だったし、或いは座元と衝突し失意のうちに亡くなった人形師の文三郎も良かった。

    他のレビュアーさんも書いておられたが、何となくダラダラと半二の世間話を聞いているうちに話が終わってしまった感があり、本筋がなかなか見えなかったのがなかなか読み進められなかった要因のように思う。
    とはいえ、他の多数のレビューを読む限り概ね高評価なので、これはあくまでも私個人の好みの問題かと思う。
    直木賞受賞作ということで期待し過ぎたかも知れない。

  • これは面白い!!!
    この作品は「物語-ストーリー」を紡ぎ出す男達のプライドと執念を描き出した傑作である。

    時代は江戸中期、舞台は大衆文化の故郷である大阪・道頓堀。
    テレビも映画もスマホもない時代、当時の娯楽と言えば「お芝居」だ。芝居の中でも歌舞伎と人形浄瑠璃が花形だった。

    そんな歌舞伎や浄瑠璃の創作を通じて、庶民に娯楽を与えることに命を懸ける男達。そんな男の一人、人形浄瑠璃作者・近松半二(本名・穂積成章)の人生を描いたのが本作品である。

    穂積成章は儒学者である父親・穂積以貫の影響で幼少の頃から歌舞伎や人形浄瑠璃の観劇に連れて行かれ、物心つく頃には芝居作者になりたいと浄瑠璃作者を志した。
    成章は歌舞伎・浄瑠璃作者の大家・近松門左衛門に憧れ、父親以貫が門左衛門から譲られたという硯をもらったことから、近松半二と名乗り、波瀾万丈の人生を過ごしながら、数々の傑作を生み出していくというストーリーだ。

    本作は近松半二の生まれから死ぬまでという半二の生涯を描いており、伝記的で単に出来事を羅列するような冗長な感じになるのではないのかと思われたが、全くそんなことはない。本書は、一つの物語として完成し尽くされている。
    特に本書の後半になればなるほど、半二達芝居作者が「物語-ストーリー」を紡ぎ出す過程の凄まじさに魅了され、その執念に読者は飲み込まれていく。

    全編小気味よい大阪弁で描かれ、半二の目を通じて、当時の歌舞伎界・人形浄瑠璃界が生き生きと描かれる。
    そして歌舞伎と浄瑠璃のライバル関係や半二と人気歌舞伎作者・並木正三らとの交流などとともに当時の大衆娯楽の有り様がありありと目に浮かぶのである。

    浄瑠璃と歌舞伎の違いといえば、お芝居を人形が演じるか、俳優が演じるかの違いであり、実際に浄瑠璃でヒットした演目を歌舞伎でやったり、逆に歌舞伎の演目を浄瑠璃でやったりしていたようだ。

    歌舞伎に人気を押され気味であった人形浄瑠璃であるが、近松半二は自分の作ったキャラクターを人形が演じることを想定して作っており、俳優では演じられないだろうという複雑な性格を持つキャラクターを作り込んでいった。
    なかでも半二作の傑作浄瑠璃『妹背山婦女庭訓訓』に登場するうら若き町娘『お三輪』がその典型だろう。
    お三輪は全ての若き女性の象徴として、当時抑圧されていた女性の本来の姿を描き出し、自分の恋相手の為ならと自らの命も進んで捨てるようなヒロインである。

    そんな半二の想いをよそに浄瑠璃版『妹背山婦女庭訓訓』の大成功の後は、歌舞伎でも『妹背山婦女庭訓訓』は上演され、歌舞伎版のお三輪も大人気を得てしまう。このように歌舞伎の人気は人形浄瑠璃を圧倒していくのだった。

    この本を読んでいて、ふと当時の歌舞伎と浄瑠璃の関係は、現代の実写映画とアニメーション映画の関係に非常に似ていると思った。
    現代でも漫画やアニメーション用のキャラクターとして作られたキャラクターを実際に俳優が演じるのは非常に難しいのだが、俳優が演じるとまた別の魅力がでてくるということも往々にしてある。
    アメコミを映画化したマーベルのアベンジャーズシリーズの各キャラクターや日本で言うなら「るろうに剣心」や「のだめカンタービレ」などがアニメーション(漫画)も実写映画も成功し、実写、アニメ共にそのキャラクターがそれぞれ固有の人気を得たという例の典型だろう。
    そんなことを脳裏に浮かべながら本書にのめり込んでいった。

    この小説にもその片鱗は描かれているのだが、ついに人形浄瑠璃の人気は、歌舞伎に圧倒されてしまい、現在では古典芸能の代表と言えば歌舞伎になってしまっている。
    僕は、今まで人形浄瑠璃も文楽もまともに見たことはない。ただ、この本を読んで人形浄瑠璃、文楽に興味がでてきたということは間違いない。

    今まで全く興味の無かった分野に目を向けさせてくれる、この「読書」という行為が本当に深いものであることを改めて確認することができた一冊であった。流石、直木賞受賞作品。
    傑作である。

  • 浄瑠璃の世界にかかわり続けた、近松半二の生涯をえがく。

    第161回直木賞受賞作。

    ぽんぽんと小気味のいい、関西弁のやり取り。
    誰もがカラッとしていて、テンポよく進む。

    浄瑠璃そのものは意外と描かれず、作家など、作り手としての人間そのものにスポットを当てた作品。
    それぞれ自分の道を歩いていく姿がさわやか。

    拮抗していた操浄瑠璃と歌舞伎が、だんだんと差を開いていく。
    道頓堀の賑わいと移ろいを感じる。

  • 勢いのある文章が読み手をどんどん物語の渦の中へと巻き込んでいき、息つく暇もなく人形浄瑠璃の世界へ誘われる。

    江戸時代中期の大坂・道頓堀で、浄瑠璃作者の近松半二はめくるめく不可思議な世界を夢中で書き連ねる。
    夢か現か、表か裏か。
    渾然となった渦の中、必死で人形に命を吹き込む。
    そして半二の創り上げた舞台を観る客もまた、虚実の渦へと呑み込まれていく。

    あの時代に一世を風靡した人形浄瑠璃は、200年以上経った現代でもなお変わらず受け継がれていて、観る者を魅了し続けている。
    あの頃の半二の夢はこの先もずっと消え去ることはないだろう。
    それはとても凄いことだ、と改めて浄瑠璃の奥深さを思い知る。

    半二もあの世で喜んでいるといいけれど、あの半二のこと、いちいち悪態をついているに違いない。
    内心はとても嬉しいくせに、ね。

  • 浄瑠璃作者 近松半二の浄瑠璃にかける思い、情熱が終始伝わってくる物語。

    テンポのよい関西弁と共に、まるで渦の中へ巻き込まれたかのように浄瑠璃という未知の世界へいざなわれ、気がつけばあっという間の読了だった。

    あちらとこちら、客席と舞台との境目があやふやになる虚実の渦を創り上げ、常に大きな渦を創り上げようと日々、情熱で渦巻く半二の胸のうちに取り込まれていくような時間だった。
    まるで文字の向こうに人形の動きと語りを感じられるかのようなお三輪の語りも印象的だった。

    こういう形で日本の文化に触れられたこと、この作品を手にしなければ知り得なかったこと、これも読書の楽しみの一つだ。

    • あいさん
      ヤッホー(^-^)/

      直木賞作品読んだんだ!凄いなぁ。
      浄瑠璃の世界はあまり知らないけど、近松門左衛門が忠臣蔵の作品を書いたと思う...
      ヤッホー(^-^)/

      直木賞作品読んだんだ!凄いなぁ。
      浄瑠璃の世界はあまり知らないけど、近松門左衛門が忠臣蔵の作品を書いたと思う。
      同じ近松だから繋がりあるのかしら?
      浄瑠璃って動きがいいよね。
      2019/08/14
    • くるたんさん
      けいたん♪おはよ♡

      近松門左衛門…聞いたことがあるような♪
      近松ってだけで格式高い気がするよね(≧∇≦)

      私もテレビでしか浄瑠璃を見たこ...
      けいたん♪おはよ♡

      近松門左衛門…聞いたことがあるような♪
      近松ってだけで格式高い気がするよね(≧∇≦)

      私もテレビでしか浄瑠璃を見たことなかったわぁ。
      「国宝」の浄瑠璃バージョンみたいな感じで読みやすくひきこまれたよ♪
      2019/08/14
  • 江戸時代の人形浄瑠璃作家の近松半二の一生を描いた直木賞受賞の作品。関西弁のセリフの言い回しが独特で、段落替えもなく延々とページ一面に口上を述べる様な描写は、読者が好き嫌いを選ぶであろうと思った。

    高校の日本史の教科書でタイトルだけ見た記憶のある浄瑠璃劇「妹背山婦女庭訓」の創作の描写は面白かったが、歌舞伎に押されて浄瑠璃が廃れていく様は読んでいて切なかった。機会があれば一度人形浄瑠璃を見てみたなと思わせてくれる作品。

  • 本を開き読んでいくうちに、読者は、軽妙でテンポの良い関西弁の会話に一気に惹きつけられる
    そして、いつのまにか幟がはためく操浄瑠璃や歌舞伎の芝居小屋が立ち並び賑わいを見せる大坂 道頓堀界隈を歩いているような感覚にさせられる

    副題ともなっている『妹背山婦女庭訓』という演目を立作者 近松半二が書き上げていく過程は、凄まじかった
    夢中で読み進め、その渦にどっぷりと飲み込まれてしまっていることに後で気づかされた

    歌舞伎も操浄瑠璃も、お互い、盗れるものがないか、常に鵜の目鷹の目で探しとる。歌舞伎が操浄瑠璃を。操浄瑠璃が歌舞伎を。
    歌舞伎が歌舞伎を。操りが操りをからくり芝居かて、お神楽かて、そこら辺りの寺社の境内の、小屋掛けの小芝居に至るまで、なんでもええ、これや、いうのんを見つけたら、ちゃっちゃっと盗んで、こねくり回して、もっとええもんに拵え直す。

    そうして今度は客の取り合いや。あの人らの目がわしらにええ芝居を拵えさしよるともいえる。作者や客の別なしに、人から物から、芝居小屋の内から外から、道ゆく人の頭ん中までもが渾然となって、混じりおうて溶けおうて、ぐちゃぐちゃになって、でけてんのや。渾然となった渦

    この世もあの世も渾然となった渦の中で、この人の世の凄まじさ描いていく・・・

    こんなふうにして伝統文化は、今の世まで受け継がれてきたのかと思うと感慨深い

    近松半二や並木正三・吉田文三郎等、今まで全然知らなかった人物の存在と業績を知ることができた喜びは大きい





  • 第161回 直木賞受賞作。
    表紙は『妹背山婦女庭訓』の主人公、
    可愛らしい町娘、杉酒屋のお三輪。
    永遠のアイドル。

    浄瑠璃と歌舞伎の話なので、
    「あまり興味ないし。漢字多そうだし。」
    と躊躇しましたが、
    「この機会に勉強してみるのもいいかも」。

    そしたらひらがなが多くて、漢字にも頻繁に読み仮名振り仮名がついていたし、わかりやすく面白い話でした。
    登場人物も温かくとても良い内容でした。

    考えてみると、インターネットどころかテレビも映画もない時代。
    今でこそ浄瑠璃と歌舞伎は高尚でお金のある方たちの娯楽のイメージですが、250年前の人たちにとって身近で最高のエンターテインメントだったのでしょうね。
    『妹背山婦女庭訓』見てみたいです。

    いろいろ勉強になったけど、ひとつだけ書いておきます、自分のために。
    竹田治蔵が酒の飲みすぎで亡くなった話から。
    〈半二は酒に溺れない。
    酒代がないので溺れるほど酒が飲めないというのもあるのだけれど、それだけではなく、半二は酒に救いを求めないたちなのだった。あればあったで飲むには飲むが、なければないで、どうということはない。酒にはわりあい強いほうだが、だからといって酒に己を委ねはしない。その代わり、朝もはよから、あちらこちらの芝居小屋へ足を運び、浴びるように芝居やなにかをみつづけるのが昔からの常だった。それはもう、がぶがぶと大酒を飲むかのように、貪欲にみつづける。こちらは半二にとって、なくてはならないものだった。芝居をみ、それから浄瑠璃をきき、丸本をよんだ。飯代に事欠いても、それは変わらなかった。毒をもって毒を制す。虚に食われて削られたのなら、虚を食らって取り戻すまで。それがおそらく半二のやり方だった。〉

  • 関西弁が多く多少読みづらいが、内容的に人情あふれる情報が豊富で時代背景から日本文化の浄瑠璃(文楽)、歌舞伎等の素晴らしさも理解できる。そこに働く様々な人々、師匠と弟子の人間関係、それにまつわる演目で客の入りが浮き沈みする。半二の立作者として丁稚奉公、弟子から一人前になる腕前を磨きがく。それは妻を娶り、子を授かり、一人前の男・夫・立作者としての生き様は誰もが経験する幸不幸、それに仕事の行き詰まり。そこから苦労し立ち直り、成功となる。それには師匠あっての演目は代々継がれていく技を磨き、さらに世間の流れを読むことなのだ。

  • 竹本座の座付作者近松半二(近松門左衛門の弟子ではなく私淑、儒学者穂積以貫の次男穂積成章)のバイオグラフィ。近松半二が立作者の合作『妹背山婦女庭訓』が生まれるまでの苦労がメインシームとなっている。人形浄瑠璃の人気が微妙に陰ってきたころに出た才能。”妹背山”でしばし命が永らえたという印象がある。半二はヒット作もあるし岡本綺堂が半二主役の戯作を書いてるので知っている人も多いかと思われる。去年、文楽関係を一通りおさらいして竹本義太夫の墓参りをして、竹本座のあった界隈を歩いてみた。もちろん近松門左衛門を始め、以降年の戯作者の作品もおさらいした。こうして現代の文学で生き返ってくるのを読むと、大変嬉しい。文字もいいが、文楽はやはり人形が動くのを見てもらいたい。名作は今もなお新鮮で、心のなかの何かを引き摺り出される。義太夫のハウルがトランスを引き起こす作用もあるかと感じる。”妹背山”、大化の改新の話で蘇我入鹿を始め人形が江戸後期風の歌舞いたおしゃれで出てくるのが最初違和感があるかもしれんが、そこが、そのブッ飛びさが浄瑠璃の良さでもある。

  • 実在の人形浄瑠璃の戯作者
    近松半二さんの半生を描いた作品、
    とても興味深く読ませてもらった

    基本的に「伝統芸能」には
    ものすごく興味があるので
    現在のお師匠さんが書かれたモノは
    むろんのこと
    歌舞伎役者さん、能狂言に携わる人たち、
    落語家さん、芸能者たち
    の「言葉」たちには
    深く考えさせられるものが多いですね

    小説の態をしていることもあり、
    作者の大島さんの想像力の中で
    大きく膨らませた戯作者たちが
    愛おしく描かれています
    そうそう
    「妹背山」の「お三輪」が
    一人「語り」をする場面も
    また花を添えていますね

    アメリカ映画にはよくありますよね
    「史実」を基に作られた映画、
    最近のモノとしては
    「グリーン・ブック」が良かったですね
    それはそれとして

    ぜひ この「渦」も
    映画化されたら いいなぁ
    と思いながら
    読んでいました

  • お話しが義太夫節の語り口を思わせるように展開する。ぐいぐいと物語に引き込まれて、ああ文楽見たいと思う。

  • 未知なる浄瑠璃の世界にどっぷりハマりながら読みました。人物が一人一人生き生きと感じました。物語を作り出す過程の奥深い面白さ。妹背山婦女庭訓の創作のくだり、たくさんの人の真摯な取り組みには心が震えました。お三輪を文楽で観てみたいものです。

    鬼のようだった母親の病床に作り話するお熊さんや、お兄さんの許嫁だったお末さん、奥さんのお佐久さん、女性陣魅力的でした。

  • 今めちゃくちゃ浄瑠璃が観たい!近松半二の書いた『妹背山婦女庭訓』が観てみたい!この小説を読んでから観る『妹背山婦女庭訓』はさぞかし面白いやろなぁ。自分の話し言葉まで関西弁になってしまう。じんわりじんわり物語が佳境に向かってクレッシェンドしていき静かにデクレッシェンドしていく展開が心に優しい。読後、涙がスーッと頬を伝うのはなぜなのか。『‥‥逃れられぬ定めに振り回されていくばかりが人の世だ。それなのに、なぜうつくしい。悲しみも嘆きも、苦しみも涙も、なぜうつくしい。そうよな。それが浄瑠璃よな。‥‥』読者はきっと主人公、近松半二の目線の温かさに引き込まれるだろう。渦のように。日本版『ロミオとジュリエット』を二百年以上も前に書いた人がいた。大入りの客が連日続き、いま現在も尚、その真髄は歌舞伎へと受け継がれている!凄いことである。

  • 人形浄瑠璃作者、近松半二の生涯。

    テンポの良い語り口調で、それこそ物語の渦の中にぐいぐい引き込まれるように読みました。

    「妹背山婦女庭訓」という演目に登場する“お三輪”の語りも何とも愛敬があって良かったです。
    今日の道頓堀の喧噪とはまた違った、当時の芝居エリアだった頃の独特のカオスの中に身を置いたような気持になりました。
    文楽、見に行ってみようかな。と思わせる一冊です。

  • 語りの文芸作品。
    とんとんと、さらさらと、難波ならではの軽快リズム感、話し言葉と書き言葉とが、区切れなく交互に繰り返される独特の語りが、とても心地よい作品でした。
    読んでる最中、そのリズムを声にしてみましたが、自然と間ができるというか、言葉と言葉の間の呼吸が整うというか、そう言った読みのリズムが出来上がっています。
    人物の掛け合いを中心に進む展開ですが、一つ一つの言葉遣いに魅力があるため、ストーリー運びよりも、文体の力で読者を引きつける作品だと感じました。
    ほんと、まるで作品から声が聞こえてきそうな、呼吸まで感じ取れるような。

    そして作中の人々の素朴な、飾らない人柄がいい。
    浄瑠璃世界に魅せられた近松半二が、作品を作り出すことの、ある意味狂気じみたところを自問自答し始める後半までの流れは、渦そのもの。
    自分ではままならない、傑作を作るっていうことの、喜び、熱、もどかしさが率直に伝わり、胸を打ちます。
    そして個人的には、物語づくりを一人の功績とせず、渦としたところに、この作品の凄みを感じました。
    一人の才覚ではなく、人と人との繋がりや、日常のひびき合いが、作品を作り出す。
    文体と、溶け合っていく人と人の心の描写で目が離せず一気に読み終えました。

  • ときは江戸時代、ところは大阪・道頓堀。
    歌舞伎と操浄瑠璃の小屋がひしめく繁華街の近くに生まれた近松半二の生涯を描いた物語だ。

    幼いころから操浄瑠璃をかける竹本座に通い、戯作にのめり込み、父親から近松門左衛門の硯を譲り受けた半二は、面白い浄瑠璃を書こうと、飄然とした顔で四苦八苦し、生きている。

    今や伝統芸能となり娯楽からは遠のいてしまった感のある歌舞伎や浄瑠璃が、もともとは下世話さを楽しむものでもあり、大衆に愛され、飽きられ、消費されていた、その時代の風を感じる。

    人気の芝居がかかればすぐさま別のところで真似をする、今であれば盗作と言われそうな仕組みが当然のようにまかり通り、剽窃ではなく創作のひとつの形としてあったこと、実際にあった心中や殺人を扱ったえげつない出し物が人を呼んだこと、当時は大衆の気持ちを掴むために描かれた作品が時代を経て古典として生き続けることの不思議を思う。

  • 特別無茶苦茶面白くて夢中に読む本では無いのだが、読み終えると、なんとはなしに人形浄瑠璃とやらを見に行ってみたい気持ちにはなる。

  • 人形浄瑠璃の作者の半生を、まるで講談のような流れるような語り口調で描ききったお話です。もともと独特のリズムを持った作者さんにこの分野はとても馴染みが良いように感じました。

    この語るような関西弁がいきいきと文章にのせられて、知らず知らず彼と彼のまわりの人間模様だけでなく、浄瑠璃という文化の持つ独自性、面白さまでも伝わってきます。その当時の賑わいや雰囲気、温度のようなものまで、文章が伝えてくれるように感じました。細密に描かれたからというよりも、会話の表わし方や独白の書きかたが巧みだからのように思いました。

    虚と実がごった煮になって渦と化し、その中でもがきながら、本を作りあげていく。そもそも生きていない人形に、本がひととき人生を与える。作り上げた人間はあっという間に死んでいくのに、本に託された人間の想いは、人形を通して今もまだ伝わりつづけている。それは
    輪廻というか因縁というか、ともかくひとときしか存在しえない人間がだからこそ成しえる執念であるのは確かなこと。

    そしてこの執念の塊である「物語」を、浄瑠璃であったり歌舞伎であったり現代劇であったり本そのものであったり、延々と伝えてつづけていかなければならないというのは、ひとの使命のひとつなのかもしれないな、などと思いました。

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著者プロフィール

1962年名古屋市生まれ。92年「春の手品師」で文学界新人賞を受賞し同年『宙の家』で単行本デビュー。『三人姉妹』は2009年上半期本の雑誌ベスト2、2011年10月より『ビターシュガー』がNHKにて連続ドラマ化、2012年『ピエタ』で本屋大賞第3位。主な著作に『水の繭』『チョコリエッタ』『やがて目覚めない朝が来る』『戦友の恋』『空に牡丹』『ツタよ、ツタ』など。2019年『妹背山婦女庭 魂結び』で直木賞を受賞。

「2021年 『モモコとうさぎ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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