飛族

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (212ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163909899

作品紹介・あらすじ

第55回(2019年)谷崎潤一郎賞受賞作!
朝鮮との国境近くの島でふたりの老女が暮らす。九二歳と八八歳。厳しい海辺暮らしとシンプルに生きようとする姿! 傑作長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 養生島に住むのは92歳のイオさん。そしてイオさんの海女仲間のソメ子さん(88歳)の二人。65歳のウミ子は母イオが不便な離島で暮らすことに気を揉んでいて、離島から本土へ移り住むことを提案しに通うけど、しだいに二人の老人の暮らしを見守る方へ気持ちが変化していく。(これがウミ子流の家移りなのか?)

    離島の暮らしはとても過酷だ。ライフラインの問題に台風直撃、何かあった時に臨機応変に対応してもらえない、医師もいなければ治安を守る警察官もいない。離島暮らしにあこがれを抱いていたけど、この作品を読んで急に怖くなってしまった。だけどイオさんとソメ子さんはそんなの関係ねェー、どこ吹く風状態である。…強い。

    海はさまざまなものとつながっている。海が本気をだしたら三人が細々と暮らす島を丸ごと飲み込んでしまうことだってあるかもしれない。他国の密漁船団がすぐそこまで来ることだってある。島を乗っ取られることだって起こるかもしれない。周囲を海に囲まれて暮らすということに守られているような安心感があったけど、この本を読んで逆に周囲が海しかないということの脆弱さを感じた。ひとの存在は小さいし儚い。ましてや老人二人の島暮らし。だけどその元海女の二人がたくましい。今日もウミ子さんが見守る中で飛ぶために鳥踊りを練習しているのかもしれない。青くうねる大海原と潮の香りがする本だった。

    魚や鳥や魂に国境はない。だけど民族には残念ながら国境がある。密航など関係なく国境を行き来する鳥たちは自由だ。イオさんとソメ子さんはもうすぐ鳥になるのかもしれない。(村田さん特有の世界観で感想が難しい本だな…)

    メモ*蛍の光1~4番まで歌詞あり。
    イオさんとソメ子さんが唱える祈り…サルース→救済 マル→海 デウス→神 アーラ→翼 ミコアイサ→海鳥
    (物語の舞台を考えると、隠れキリシタンの名残りの祈りかな…)

  • 舞台はかつて遣唐使が東シナ海に乗り出す前の最後の寄港地だった郡島の、今は92歳イオさんと88歳のソメ子さんの二人の老女だけで暮らす島。そこにイオさんの娘ウミ子さんが現れて。。。
    今は無人島化しつつある国境の島々。不法侵入の脅威にさらされ、苦心する町役場の戦術。その一方で世俗にまみれてしたたかとも、浮世離れして奔放とも見える二人の老女。振り回されているうちに、それも良いかと受け入れ始める主人公・ウミ子。
    ブラタモリの「ヘリ」が面白いでは無いですが「境界」の物語。現実と幻想、死者と生者、海と空、人と鳥。老女二人はそうした境を軽々と行き来する。どこか可笑しくて、同時に祭りの後の寂しさのような色んな感情が交差する。
    老女たちが唱えるラテン語交じりの不思議な経文の声と、両手を羽根にして飛びたたんとする幻想的な鳥踊りの稽古の姿が刻み込まれる。
    素晴らしい。

  • 石牟礼道子さんの作品を思い出した。
    自然の恵みを生きる糧とし、時に優しく、時に荒れ狂う自然に翻弄されながらも、その一部であることをいつも深く感じている人々。
    近代農業は機械と農薬、肥料の開発があり、漁業も会社経営的な部分も大きくなり、がっぷりと自然と一体化している感じは薄くなってきた。しかしこの物語の老女たちは素潜りの海女で、亡くなった夫たちも自然とともに生きてきた漁師だった。
    仏壇に祀られた海で死んだ者たちに「海の底はこの頃は涼しくてよかじゃろう。」(P42)と話しかけたり、家の近くに飛んできたミサゴに「それそれ、鳥のお客さんは庭の方からはいるがええ」(P48)と声をかけたりするのがごく当たり前の毎日。あるいは老人が亡くなった日にカラスがこう言っていたと語る。「カラスは人間に連れ添うて生きるもので、人間の年寄りにはカラスの一生の内にいろいろ受けた恩がある。それを返せぬ内に死なれて悲しい。おれだちのカラス鳴きは鳥の読経じゃ」(P120)
    石牟礼さんの「狐女、狸女」みたいに、動物とも死者とも垣根を感じていない。
    日本人だけでなく、自然とともに生きている人々はこのような感覚をもっているのだろう。だから、神話や昔話が生まれた。先進国の都会に住んでると、死んだらそれで終わり、動物は保護するものだと思っているが、そんな風に考え出したのは人間の長い歴史の中でもつい最近のことで、人間はずっとこうだったのだろうと思う。
    だから死は悲しくはあるが、完全な別れではなく、魂が虫や動物に移るだけのことだと思える。私の祖母なども法事の時に虫や動物が出てくると、「ほら、〇〇さんが戻ってきた」と言っていたものだ。子ども心に、ただ虫が飛んできただけじゃん、と思っていたが、そう思えないことは不幸なことかもしれない。
    ここに出てくる老女のような生き方はできないけれど、時おり思い出したい気持ちになった。
    村田さんは、見事な文章を書く人で、読んでいて、本当に楽しい。物語以前に文章に惹き込まれる。
    「切り立った岩の断崖が上昇気流を生んで、空に何本もの鳥柱が立っていた。くるくる、くるくると、数百羽の鳥たちが上へ上へと、まるで天空に透き通った螺旋階段でもあるように空中を昇っていく。」(P34)
    「一羽のミサゴが急降下して波間を滑ったとみるや、一瞬の内に魚を脚で掠め取った。
    大きな魚だ。ミサゴの胴体ほどもある。魚はビシビシとミサゴの脚を打つが、猛禽の太い瘤のような脚は魚の腹をガッシと掴んで放さない。魚は狂ったように尾を打ち振りながら、みるまにミサゴと共に空へ吸い込まれて行った。」(P39)
    この簡潔にして鮮やかな描写、頑張って書けるものではない。文章を読む喜びが味わえる数少ない作家の一人だと思う。幸せな時間を過ごせた。

  • 朝鮮との国境近くの島でふたりの老女が暮らす。
    母親のイオさんは、九十二歳。
    海女友達のソメ子さんも、八十八歳。
    「わしは生まれて九十年がとこ、この島に住んで、
    今が一番悩みもねえで、安気な暮らしじゃ。
    おまえは妙な気遣いばせんで、さっさと水曜の朝に船で去んでしまえ」
    さあ、娘六十五歳のウミ子はどうするのだろうか?

    村田喜代子さんの小説に登場する気丈な先輩女子が織りなす不思議な世界。ふたりの老女が岩壁で鳥柱に交じって踊るシーンは幻想的だった。
    細々と野菜を育て釣りをし自給自足の生活を選ぶ2人の暮らしは、プロパンガスや、肉・卵などの生活物資を運ぶ定期船の維持費に年間2000万円かかるというから、我がままにも見える。しかし、島が無人になると中国の密航者に国境を脅かされるので人に住み続けてもらった方が得策らしい。綿密な取材のもとに書いてあるのだろうから、きっと真実なのだろう。2人の老女は国を護っているとも言える。
    一筋縄ではいかない女子(おなご)達に、今回も勇気づけられた。

  • タイトルを目にしたときは中国の少数民族の話かと思った。まさか、イカロスでもあるまいに、人が空を飛ぶ話になるとは思わなかった。イカロスは羽根をつけて飛ぶのだから、それとはちがう。この小説では人が鳥に変身する。空を自由に飛びたいなどという、ロマンチックなものではなく、もっと切羽詰まったやむにやまれぬ事情で、人は衷心から鳥になりたいと希求するときがあるのだ。

    周りの海が東シナ海というのだから、五島列島近辺の小島が舞台。語り手のウミ子は六十過ぎの女性だが、その母親で九十二歳のイオからは子ども扱いされている。ウミ子は大分に住んでいるが、故郷の島に暮らす三人の老婆の一人が死んだので、葬儀を兼ねて母を自分の家に引き取ることを考えてやってきたのだ。しかし、母がいなくなれば身寄りのない八十八歳のソメ子さん一人が島に残ることになる。ウミ子はそれが気がかりで話を出し渋っていた。

    今では女年寄りばかりが住む島々では、単独で行事を催すのは難しく、互いに参加しあうようになっている。祝島の祭に参加するためウミ子たちは船で島に渡る。女年寄りはそこで鳥踊りを舞う。鳥の頭巾に紙の翼の羽織を着て、ほどけた輪のようにいつまでも舞うのである。男たちは傍らで焼酎を飲みながら世間話に余念がない。老婆たちは知る由もないが、わずかな年寄りが暮らす島のために、電気やガスの供給に莫大な金がかかる。連絡船の油代は年二千万円もかかるというから何と気前のいいこと、と初めは思った。

    ウミ子は島に見回りに来た鴫という名の青年と知り合う。鴫は市役所に勤めているが、このあたりは無人島も多く、外国人が棲みつくと面倒なので見回っているのだという。無人島に外国人が住みつくと、そこはその国の領土と認められるらしい。そこで、時々上陸して「君が代」を流し、わが国固有の領土であることを示しているという。島暮らしの年寄りの風変わりな習俗の話かと思ったらきな臭い話になってきた。

    このあたりの島は古来より歌にも歌われ、遣唐使も水や食料を求めて立ち寄った。広報課に勤める鴫は、ウミ子にそんな話をして、島の売り込みにかかる。インフラの整備にいくら金がかかっても無人島になるよりはいいらしい。島を離れようとしないイオとの間で話は物別れになったままだ。釣り糸を垂れれば魚はいくらでも釣れるし、今でも海に潜るソメ子さんに教えてもらったシマで、鮑もとり放題だ。ウミ子は少しずつ島の暮らしになじんでいく。

    透明度の高い海の水の色や、アジサシやカツオドリが舞う空、また海に潜りはじめたウミ子の視点から描かれる神秘的な海中の景色、とまるでリゾートライフを綴るエッセイのように思えた小説に、ふと翳りが落ちるのは話が海難事故に及ぶ時だ。ソメ子の弟の遺体も見つからなかった。そんなとき酒を飲んで寝ていた亭主がガバッと起きて「姉ちゃ、姉ちゃ」と弟の声で話しだしたのだ。弟は言う。自分は今はイソシギになったので家には帰れないと。

    クエ漁に出た船は、漁場で大量のクエを獲るが、台湾坊主と呼ばれる台風につかまって船が壊されそうになる。その時、老漁師が「鳥になって空ば飛べ」といって船縁から飛び立った。それに続いて、皆が飛び立ち、今は鳥になったという。同じ船で遭難したイオの夫も鳥になっている。イオとソメ子は、祭りが終わっても崖の上で、しょっちゅう羽ばたく練習をしている。あれは飛び立つ準備なのだろうか。ウミ子はいぶかしく眺めるばかりだ。

    ウミ子はポスターの写真撮影で沖根島を訪れる鴫に同行する。宿泊センターの鯨塚という老人は、全員離島した島を観光地にするという鴫の話が気に入らない。しかし、領土を守ることが真意と気づき、二人に倉庫で見つけたカセット・テープを聞かせる。卒業式で歌う「蛍の光」だ。最終便が出るときに流すのだという。その四番の歌詞を知る人は少ない。

    台湾のはても 樺太も
    八州(やしま)のうちの 守りなり
    いたらん国に いさをしく
    つとめよ わがせ つつがなく

    実は四番の歌詞も当初は「千島の奥も 沖縄も」だった。その次も「やしまのそと」であったものが、千島樺太交換条約・琉球処分による領土確定を受けて後「やしまのうち」と変わり、日清戦争による台湾割譲後、「千島の奥も 台湾も」と変わり、日露戦争後、上記の歌詞に変えられたという。なんとも世知辛い話ではある。

    目に沁みるようなブルーの海、どこまでも青い空に翩翻とひるがえる、ミサゴやカツオドリを描いた幟。海で死んだ魂は空に上って鳥になるのだろうか。今日も鳥をまねて羽ばたく老婆たちの上に、アジサシが鳥柱を立てている。老婆たちはいつ鳥にまじって飛び立っても不思議ではないような気がしてくる。ファンタジー色の濃い物語に見えながら、その裏には、美しい島に脈々と受け継がれているナショナリズムが衣の下の鎧のように透けて見える。村田喜代子、なかなか食えない作家である。

    妻の父は九十六歳でサ高住に入居中。常々、体は何ともないが頭の方がとボヤいている。認知症が進んでからの入居では友だちもできない。住み慣れた島で気心の知れた友と暮らすイオたちが眩しく映る。食べ物は自給自足。必要な物は連絡船で届く。気ままな暮らしのようでいて、その実国防に寄与しているのだから、二千万円くらい安いものだ。ウミ子でなくても島で一生を終えることを考えたくなってくる。

  • ニンゲンを生ききったものだけが鳥になれるのかもしれない。このばあちゃんたちはきっと元気な鳥になって飛び回る。

  • Three old woman in a small island. Lonely and silence. They shall be birds near future. But there is a small hope and brightness.

  • 第55回谷崎潤一郎賞受賞作!
    芥川賞作家、村田喜代子さんに新たな栄冠が。92歳と88歳、ふたりの老女の姿を描く。

  • かつて漁業で栄えた南の島・養生島に、たった二人で住むイオ・92歳とソメ子・88歳。
    イオの娘・ウミ子は、母親を自分の暮らす大分に連れて行きたいと思うが、イオは頑として動こうとはしない。

    たった二人の為にかかる莫大なインフラの費用、次々と現れる中国からの密漁船・・
    そして、はるか昔から変わらず続く風習の数々。

    日本の片隅で生きている現実

  • 理想の老後のような気がする。90歳過ぎても、まだ身体は動く。頭もはっきりしている。自分の生活を回していける。親思いの娘がいる。国境を守るという大事な役目を果たしている。役場の担当者は親切で誠実な青年。

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著者プロフィール

村田喜代子(むらた きよこ)
1945年福岡県生まれ。1987年「鍋の中」で芥川賞、1990年『白い山』で女流文学賞、1997年『蟹女』で紫式部文学賞、1998年「望潮」で川端康成文学賞、1999年『龍秘御天歌』で芸術選奨文部大臣賞、2010年『故郷のわが家』で野間文芸賞、2014年『ゆうじょこう』で読売文学賞、2019年『飛族』で谷崎潤一郎賞をそれぞれ受賞。2007年紫綬褒章、2016年旭日小綬章受章。

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