Xと云う患者 龍之介幻想

  • 文藝春秋
3.88
  • (6)
  • (9)
  • (9)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 103
レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (367ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163910017

作品紹介・あらすじ

あの文豪の生涯と作品を織りまぜて、リシャッフルし、夢見直して、12の妖しい、美しいピースに仕立てた本。それだけで十分すごいが、さらにこの日本語版は、原文の独特のリズムを緻密に再現し、等しく妖美な作品を再創造している。奇跡のような一冊。――柴田元幸本書を読む者は 必ずや二度三度と 芥川の文学的狂気に侵される。イギリス暗黒文学の旗手が、芥川龍之介の生涯を恐るべきヴィジョンと魔術的な語りを通じて幻想文学として語り直す。芥川龍之介。東方と西方の物語と伝承と信仰に魅せられた男。そのなかで静かに渦を巻く不安。それがページから少しずつ滲み出す。半透明の歯車が帝都を襲った震災の瓦礫の彼方にうごめき、頽廃の上海の川面には死んだ犬が浮き沈み、長崎には切支丹の影が落ち、己が生み出した虚構の分身が動き出し、そして漱石がロンドンでの怪異を語る。河童。ポオ。堀川保吉。ドッペルゲンゲル。鴉。マリア像。歯車。羅生門、藪の中、蜘蛛の糸、西方の人――キリスト。私のキリスト。ジェイ・ルービン訳の芥川作品をピース自身の呪術的な語りとコラージュし/マッシュアップし/リミックスして生み出した幻想と不安のタペストリーを、コーマック・マッカーシーやリチャード・パワーズらを手がけた黒原敏行が芥川自身の文章と精密によりあわせて完成させた日本語版。芥川と幻想ノワールの結合として、原語版以上の衝撃をもって読者を眩惑する。 災厄と文学、狂気と詩情、日本文学と英国文学、現代文学と近代文学、現実と幻覚……すべての境界をおぼろに融かしてゆく文学と翻訳のはなれわざ。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • R. A 様
    拝啓
    貴方が命を絶ってから長い年月が経ちました。地獄でいかがお過ごしでしょうか。

    先日、奇妙な小説を読了致しましたので、御報告させて頂きます。『Xと云う患者 龍之介幻想』というこの小説は、気鋭の幻想小説家として知られる英国人作家、デイヴィッド・ピイス氏によって書かれたものです。貴方に心酔する彼は、貴方の作品や生涯をコラージュし、詩情を加えて、幻想短編小説集として甦らせました。つまり貴方へのオマージュ作品であり、パスティーシュ文学と見なすことも出来るでしょう。

    死後このような形で自分が戯画化されることについて、貴方がどう思うのか私には分かりません。憤慨、嫌悪、絶望、それとも自虐的な愉悦?「これもまた地獄の形」と、自分自身すら軽蔑するように、貴方は片頬をゆがめて笑うのでしょうか。

    地獄。貴方にとっては、人間の愚鈍さと共に延々と続く日常こそが地獄でした。例え皆がそれを幸福と呼んでいたとしても。葱のはみ出た買い物袋を抱えて家路を急ぐ、そんな日常にも美は宿る…、そう考える芸術家は決して少なくありません。しかし、それは貴方にとっての美ではなかった。

    貴方にとって芸術とは、極限まで研ぎ澄まされた刃のようなものでした。これ以上そぎ落としたら崩壊してしまう、そんな脆さと紙一重の鋭さこそ芸術家の証と貴方は考えた。でも、それは生活とは致命的に相容れない資質でした。事実、芸術か生活か、片方を取らねばならなくなった時、貴方は芸術を選び、その業に殉じたのでした。

    本のレビュウになっていないじゃないか、と思われますか?しかし、この本の内容を説明するに、私にはこのような書き方しか思いつかなかったのです。漠然とした不安が倫敦の深い霧のように漂う、この不穏な小説の前では。

    内容をお知りになりたければ、御自身で一読されるのが宜しいでしょう。貴方はこの本の中で、貴方が創造した登場人物や、貴方自身のドッペルゲンゲルや、在りし日の夏目先生にさえ、会う事が出来るでしょう。尤も、読み終えた時に正気を保てているか、保証は致しかねますが。

    敬具
    令和元年 四月某日 貴方の愛読者より

    • 佐藤史緒さん
      アテナイエさん、いらっしゃいませ
      ( ^ω^ )_旦 お茶ドーゾ
      こちらこそ、いつもレビュー楽しみに読ませてもらってます。

      書簡レ...
      アテナイエさん、いらっしゃいませ
      ( ^ω^ )_旦 お茶ドーゾ
      こちらこそ、いつもレビュー楽しみに読ませてもらってます。

      書簡レビュー楽しんで頂けたなら良かったです。故人をネタにするな!とお叱りを受けたらどーしよ…と、内心ちょっとどきどきしていたので(笑)。R.A氏を貶める意図はなく、むしろ愛ゆえなのですけれど。私も作者の毒気と茶目っ気に、少しばかり当てられてしまったようです。
      2019/04/04
    • アテナイエさん
      もちろん佐藤さんのレビュー内容は、全体から行間からR.A様への愛が溢れていますゆえ、私もいたく感激した次第。私は学生のころからR.A様の地獄...
      もちろん佐藤さんのレビュー内容は、全体から行間からR.A様への愛が溢れていますゆえ、私もいたく感激した次第。私は学生のころからR.A様の地獄はじめただならぬ暗黒短編群(?)が好きなのですが、佐藤さんのレビューのおかげで久しぶりに再読してみたくなりました。本作も面白そうです。余談ながら黒原さん訳、帯は柴田さん、となるとますます興味が湧いて近いうちに眺めてみようと思います。レビューありがとうございました(^^♪
      2019/04/05
    • 佐藤史緒さん
      アテナイエさんもA様お好きですか!私も昔から好きです。それも晩年の遺書めいた作品が好きな悪い読者ですσ(^_^;)
      さておき、本作は翻訳が...
      アテナイエさんもA様お好きですか!私も昔から好きです。それも晩年の遺書めいた作品が好きな悪い読者ですσ(^_^;)
      さておき、本作は翻訳が凝っているので機会があれば是非チラ見してみて下さい。元ネタと比較するとさらに楽しさ倍増です!
      2019/04/05
  • 芥川龍之介をモチーフにした幻想小説。こちらのレビューを拝見しておもしろそうだったので読んでみました。

    いや~巧いですね。さらさらさらと流れるように読ませます。芥川の作品をあまり知らない人でも十分楽しめますし、彼の作品が好きな人であれば、あっ! 『羅生門』、ふふふ『蜘蛛の糸』、そういえばこの本の表題からして『河童』……なんて宝探しの気分も味わえて楽しい♪

    思えば河童という存在はなんだか気になるもので、中学のころに芥川の『河童』に出会ってすっかり心を捕まれてしまいました。とりわけお腹の中の子どもに父河童が呼びかけるところ、「お~い、おまえはこの世に生まれたいか?」「否」と子河童が答えれば、すっーと消えてしまいます。まったく衝撃以外のなにものでもなく、つたない価値観や固定観念の転換!? ちなみに、そのころ驚天動地の本がほかにもありまして、カフカの『変身』。わたしの存在とは一体全体なんなのだ?? 以降の人生でも、河童や虫にわたしの魂は捕まったままだ……。

    「河童はあらゆるものに対する――就中(なかんずく)僕自身に対するデグウ(仏語=嫌悪)から生まれました」(芥川龍之介)
                       
    本作は、残された短編群や書簡などから実在の芥川龍之介という男を探究し、その繊細な心の機微をくみとり、心象をひろげながら丁寧に再創造した、芥川への賛辞/オマージュ作品なのでしょう。そこには芥川が敬愛していた師匠の夏目漱石や、私淑してやまないゲーテの作品もたくさん出てきます。ほかに森鴎外、谷崎潤一郎といった明治の文豪たちも登場して、かなりわくわくします。芥川もさることながら、わりと漱石も好きな私は、親子ほど離れた、この似て非なる二人の才人のやりとりがとても興味深い。

    また本作は短編集なので気張らず読めます。彼の狂気を短い断章のように仕立てながら、これらを有機的に繋げて、ある種の長編に仕上げているともいえます。まるでミラン・クンデラの音楽のような作風になっていて、全体には青灰色の霧がもやるような面妖さが漂います。そこへもってきて黒原敏行さんの翻訳ですものね……美しいわ~♪

    「龍之介は夏を嫌っていた。赤い太陽は白熱する鉄と化して、渇いた土地に光と熱を注ぎ、土地は血走った目で雲一つない広大な空を見上げた。……龍之介は書斎で汗を流し、蚊に食われながら、乾ドックにはいっている船の垢っぽい甲板に落ちた不運な飛魚の気分を味わっていた。蝉の絶叫と蚊にさいなまれて死んでいくような心もちだった」

    あと10年、いやせめて5年でもいい、鬼才芥川が作品を書き続けてくれたならなぁ……まったくせんない想いに、ないものねだりで読み終えた本を閉じると、ちょっぴりもの悲しくなってきて、いきおい書架から『河童』を連れだしました。その作品群をしげしげと眺めていると、芥川との邂逅に懐かしさがこみあげます。ひたすら哀しくて、滑稽で、可笑しくて、びっくりするような芥川ワールドで遊んでいるうちに――なんだ、彼はいまでもしっかり生きているじゃないか、本さえひらけば彼の地獄世界で会えるではないか……あまり人に自慢できることでもないですが、これって密やかな幸せです。Qua,Qua,Qua!

    • 佐藤史緒さん
      こんにちは!
      アテナイエさんのレビューを読んで、また本棚から引っ張り出して読みたくなっちゃいました♪
      河童、歯車、或阿呆の一生。遺稿...
      こんにちは!
      アテナイエさんのレビューを読んで、また本棚から引っ張り出して読みたくなっちゃいました♪
      河童、歯車、或阿呆の一生。遺稿やそれに近い作品を「好き!」というのは、作者にとって残酷なのか幸福なのか、いまだに判断つきかねるのですが、少なくとも同好の士とこうして繋がれるのは、実に愉快であるなあと思う次第です。
      Quaaa!
      2019/07/16
    • アテナイエさん
      佐藤さん、レビューをお読みいただき、またコメントもいただきありがとうございます♪
       
      先日、まさに佐藤さんのレビューを契機に読んでみました。...
      佐藤さん、レビューをお読みいただき、またコメントもいただきありがとうございます♪
       
      先日、まさに佐藤さんのレビューを契機に読んでみました。いい本の出会いに感謝しています♪

      丁寧によく調べられていてびっくりしましたし、いったいどこが芥川作品からの引用で、どこが作者の創造なのか、まるで溶け込んでしまって、しかも翻訳のトーンも芥川に合せるように美しくて、もはや全体から妖艶な雰囲気さえ漂っていますね。

      その後、久しぶりに芥川の作品をながめてみましたが、やっぱり巧いですよね。私も佐藤さんと同じくどちらかといえば中期から晩年作品が深みが増して好きですね。だからこそ漱石が芥川にアドバイスしたように、ひたすら牛のように図太くうんうん押して欲しかったな……綺羅星のように流れてしまった彼にちょっぴりもの悲しさを覚えました。

      さてさて、佐藤さんと芥川で意気投合できたことに感謝しつつ、河童語に堪能な(笑)佐藤さんの今後のレビューも楽しみにしています。よろしくお願いします(^^♪
      2019/07/16
    • 佐藤史緒さん
      こちらこそ、アテナイエさんのニッチな書籍セレクトと、読みごたえのあるレビューを楽しみにしております(*´∇`*)
      私は集中力にムラがあり、...
      こちらこそ、アテナイエさんのニッチな書籍セレクトと、読みごたえのあるレビューを楽しみにしております(*´∇`*)
      私は集中力にムラがあり、たくさん読んでたくさんブクログに遊びにくる時期と、全く読まずブクログも更新しない時期の差がはげしいのですけれど、今後ともおつきあいいただければ幸いですー♪
      2019/07/17
  • 面白そうと勧められ、なんとなく、これは読んだ方が良さそうだな、と思って購入。

    「蜘蛛の糸」が芥川自身と重なって、下を見下ろすと、自分が関わってきた人々、モチーフ、登場人物の蠢きを知る。
    このままでは、追いつかれてしまうな。
    そう分かって、手を離す時の芥川が、なぜか鮮やかに思い浮かべられて、切なくなる。

    明治天皇の崩御や、関東大震災、夏目漱石や文豪たちとの交流、自殺。
    彼を形作った、様々な出来事。
    「蜘蛛の糸」で見下ろした光景の一つ一つを、芥川の作品とコラージュさせながら、紡いでゆく。

    作者と作品の関係性とは、何か。
    人としての儚い時間を終えた彼だが、もう一度、他者の手によって、作品の中で存在し直す。
    し直す、という言葉が適当かどうかは分からないけれど、誰かによって生み直されたのだから、まあ、そう言っても間違いではないとしよう(笑)

    なかでも。
    河童のトックが芥川に、芥川がトックに重なっていくシーンを、作品として落とし込んだ。
    そんな、いつぞやの空想を現実に生み出してくれたことに、感謝したい。

    さて。
    デイヴィッド・ピースとは実は初めての出会いではなかったようで。
    巻末に『それでも三月は、また』というアンソロジーに寄稿した「惨事のあと、惨事のまえ」が「災禍の後、災禍の前」と変更され、載せられている。

  • 芥川龍之介の作品を使っての幻想文学(著者はイギリス人。ということでもちろん原書は英文なわけで、本書はそれの『翻訳本』)という点だけ知っていて、それ以上は前情報仕入れずに読んでみましたがこれがビックリ。
    これは「芥川の人生」と「作品」を素材として使って、芥川龍之介を主人公に据え、史実と幻覚と妄想と文学の境界をあいまいにしてコラージュした結果、一級の幻想文学エンタメとして仕上がった作品でした。とても面白い。ドグラ・マグラなどが好きな人はハマると思う。
    さらに、ほぼ芥川の人生を辿るストーリーなので、芥川龍之介の各作品だけでなく彼自身の人生も押さえた上で読むと何倍も面白い。史実と作品が渾然一体となって組合さった結果、芥川の人生がこんな風に「文学と狂気」に染まるのか、と。(もちろん、あくまでこれは「創作」であって「評伝」ではないです。なので彼の人生の中で色々な重要な出来事が描かれてないので、史実とはごっちゃにしないように注意……でも、そうかも?と思わせる魅力がある…凄い)
    英文を翻訳するときに、あえて新規に翻訳するのではなく、元作品の芥川の文章を引き直すことで日本語へと戻していく様もお見事。これによってとても芥川作品味が増して、溺れるように濃厚な芥川ワールドになってました。

    ドッペルゲンゲルに河童に歯車、そしてマリア観音はじめとするキリスト教…と芥川に詳しい人ほどこの作品の細部に散らされた構成の妙に感心すると思います。特に、芥川の作品の「○○もの」とされるアレをああいう風に扱ったのには感心しました。(ホント実際に読んで堪能してほしい……)
    本書には漱石、久米、菊池、茂吉、川端、内田百閒、永見徳太郎等々も登場し、基本的に彼らの動きは随筆等で知られている通りの動きをしてますので(細部には創作がみられますが!)、近代文学ファン的にはそんなところにもゾクゾクする一品でした。

  • 日本在住のイギリス人著者が芥川作品の英訳を多数引用して作品を構成しているわけだが、その部分も含んで日本語に訳す、という単純ならざる訳業。
    「戻し訳」ではなく芥川の文章そのものを使ったことや、当時の表記(エドガア・アラン・ポオ、レエン・コオト、ジョオンズ、洋燈と書いてランプとルビをふるなど)にも細やかに配慮されたこと、更に引用や出典も無理なく収められていることなど、訳者の力量に恐れ入る。文壇の人名や明治から大正の時代の雰囲気もよく盛り込まれ、誰が書いたのか戸惑うほど。
    こうなると半分は訳者の作品だよね。うん。

  • 芥川龍之介の世界観を積み重ねて、
    独自の世界を築くという
    小説でしかなしえない離れ業を成し遂げている。

    最後にあげられた日本文学の英訳の
    列挙をみて、日本人、もっと
    日本文学読もうよ、と思った。

    脇を固める、斎藤茂吉などの作品も
    改めて読み返したいと思った。

  • これは凄い。芥川を愛する著者の二次創作的な作品集かと思っていたけれど、それだけではない。さらに芥川の生涯を追い、死に至るまでを描いていく。
    この描き方が半端ではない。その時代、その場所で見てきたのではないかという位リアルでありながら美しく幻想的。
    「本当にこうだったのではないか」と思わされてしまう。
    彼が魂を擦り減らしながら小説を書いていくのを身をもって感じ、特に終盤、こころを病んでからは剥き出しになった神経を持て余して苦しむ感覚が身に迫ってきて、乾いた筆致でありながら辛くて堪らず、死によって解放される感覚までも追体験してしまった気がした。
    断片的に知っていた彼の人生をここまで見事に、彼の小説や彼を取り巻くものを使って描く技は圧巻。とてもきつい読書体験だったけどこういうのが読みたかった、これからモチーフとして使われた作品をまた少しずつ読んでいきたい。

  • 『彼はある郊外の二階に何度も互いに愛し合うものは苦しめ合うのかを考えたりした。その間も何か気味の悪い二階の傾きを感じながら―芥川龍之介「或阿呆の一生」昭和二年(一九ニ七年)』―『地獄変の屏風 HELL SCREEN』

    芥川龍之介の文章から受けるイメージは読むたびにその鈍色(にびいろ)の光沢が薄れるような印象がある。思春期の頃には、まるで外科用の刃物のような鋭い光を放っていると感じたものが、読み返してみると、私生活が半透明の薄皮一枚のすぐ下に透けるような酷く生々しいものに見える気がする。形而上学的な言葉と思えたものが単に陳腐な感情の吐露だと判明してしまったかのようでもある。作家に関する余計な知識を得てしまったことが悔やまれる。にも関わらすまたしても芥川龍之介を題材にした小説を読んでしまう。

    例えばそれは、シャーロック・ホームズを愛する推理小説家によるパスティーシュとしての推理小説のようなもの。そう読むならば危うさはそれ程でもない。しかしシャーロキアンがパスティーシュとしてコナン・ドイルの後半生を推理小説的に描いたなら生まれるであろう悲哀(例えば降霊会の逸話など)が、芥川龍之介という作家を描くこの擬似的な小説には溢れ過ぎている。作家自身の境遇、時代の変化、虚ろな大衆、震災、友の病、義兄の死。そういう一人ではどうにもならないものばかりでなく、彼自身に起因する幾つもの悩みが作家を擦り潰していく。書き遺された文章には、作家には必然と見えてしまった破滅的な将来像といつの間にか傾倒していた「神」の遣わされた「徴」の解釈が溢れていることがじわじわと河童というメタファーを通して炙り出される。

    その裏側を更に仔細にかつ作家自身が遺した文章を軸に再構築し、その上芥川龍之介を模した文章にされてしまうと、あの銀色の光沢と思えたものの正体がまるで言い訳めいた独りよがりの心情の吐露であったのだと強制されるようで拒絶反応が起こりそうになる。だが、この小説がその諧謔的な構図を二重の翻訳を経て立ち上げていることを考えれば、日本人である自分は立ち向かわざるを得ないとも思う。「文芸的な、余りに文芸的な」と作家が記したように、文章の芸術的価値が話の筋にはないのであればなおさらのこと。作家はこのパスティーシュの価値を大いに認めながら、出来れば放って置いて欲しいとも思っただろう。「水洟や鼻の先だけ暮れ残る」。結局のところ作家は自尊心の塊のような人であったのだ。

  • なんか凄い事やってんのは分かるけど、芥川龍之介なんか小学生から読んでないからついてけない。

  • こちらも本家芥川も英語で読んでみたい欲がむくむくと…ということでポチッとな。なんでもトライトライ!

全17件中 1 - 10件を表示

デイヴィッドピースの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ラーラ・プレスコ...
エイモア トール...
テッド・チャン
コルソン ホワイ...
スチュアートター...
劉 慈欣
リチャード・フラ...
ディーリア・オー...
ケイト・モートン
ミシェル・ウエル...
フランシス・ハー...
スティーヴン・ミ...
円城塔
オルガ トカルチ...
フランシス・ハー...
有効な右矢印 無効な右矢印

Xと云う患者 龍之介幻想を本棚に登録しているひと

ツイートする
×