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Amazon.co.jp ・本 (408ページ) / ISBN・EAN: 9784163910208
作品紹介・あらすじ
「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」
作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったなら――資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。
日本で最初の図書館をめぐるエピソードを綴るいっぽう、わたしは、敗戦直後に上野で子供時代を過ごし「図書館に住んでるみたいなもんだったんだから」と言う喜和子さんの人生に隠された秘密をたどってゆくことになる。
喜和子さんの「元愛人」だという怒りっぽくて涙もろい大学教授や、下宿人だった元藝大生、行きつけだった古本屋などと共に思い出を語り合い、喜和子さんが少女の頃に一度だけ読んで探していたという幻の絵本「としょかんのこじ」を探すうち、帝国図書館と喜和子さんの物語はわたしの中で分かち難く結びついていく……。
知的好奇心とユーモアと、何より本への愛情にあふれる、すべての本好きに贈る物語!
みんなの感想まとめ
多様な文学作品や作家たちが織り成すロマンティックな物語が展開される本作は、知的好奇心を刺激する魅力に満ちています。主人公が出会う喜和子さんは、図書館を愛する独特なキャラクターで、彼女の生涯を探る旅を通...
感想・レビュー・書評
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ビブリオテーキが必要だと1万円札だった福沢諭吉が号令をかけて永井荷風の父親が奔走する。
5千円札だった樋口一葉に恋する帝国図書館は、資金不足で東洋一の座を諦めたとか、後世でお札になった人たちなのに当時は予算回してくれなかったと嘆いてました。夏目漱石も前の前は千円札でしたね。
他にも多くの近代文学を支えた作家が名を連ねます。
帝国図書館に通い多くの作品を読みふけた人たちがいて、やがて彼らの作品も収蔵されることになるとは、これはロマンを感じずにいられない。
小説家ってみんな図書館好きで本好きなんですよね。
山の嫌いな登山家がいないのと同じ理屈で、本の嫌いな小説家は存在しえないのも事実ですね。
そんな系譜の中にこの小説の主人公である作者自身も取り込まれていくとか思うと、知的好奇心の塊のようなビブリオテーキがパラダイスにみえてくる。
淡島寒月とゆう変わった人もいたようだし、ハッサン・カンというインド人が実在したのかとゆう話にも興味津々。
この小説で重要な役割の奇想天外な姿で現れた初老の喜和子さん、チャーミングで自由奔放に生きてたかのようにみえる彼女にも窮屈な時代があったとか、この人のモデルも実在してたのではと思ってしまう。
いろんな記憶の断片がパッチワークのように合わさって、本が語りあったり、黒豹が逃げ出したあたりからファンタジーも加わって、ミステリーもあって空想と現実のなかを彷徨ってるみたいで、虚構のなかの世界のほうがリアルに感じて感慨深い。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「ねえ、どうして、図書館ってものが作られたのか、あんた知ってる?」
(略)
「福沢諭吉が洋行したわけよ」
「あ、福沢諭吉がね。1万円札の」
「そう。そして帰ってきて言ったわけ。『西洋の首都にはビブリオテーキがある』って」
「なんだか料理名みたい」
「それでみんなびっくりして、そりゃ作らなきゃならんてことになった」
「それがスタートですか!」(21p)
たまたま上野の図書館の前で出会った老婦人に、「あなた、小説を書いてんなら『夢見る帝国図書館』という小説を書かない?」と勧められる。いったん断わるものの、ちゃきちゃきの東京弁を喋る老婦人・喜和子さんの押しに負けて書き出した「わたし」は、ホントに夢見る創作体験をすることになる。
日本最初の図書館の歴史を縦糸に、数奇な運命を生きた喜和子さんの人生を横糸に、下町庶民の明治大正昭和平成の生活色を全体に彩(いろど)りながら、結果的に読書の喜びを描いた傑作でした。
本書は、上記の読み方が王道の読み方だと思う。もう一つは、「喜和子さんとは何者だったのか」ということを探すミステリとしての読み方もある。
私は、更にもう一つの読み方を推奨したい。本書は、著者中島京子がモデルと思える「わたし」が2002年から2018年にかけて体験したことが描かれている。ウソかホントか。そして私は、本書を参考にし、明治元年が舞台の「お富の貞操」(芥川龍之介)、湯島聖堂に図書館前身があった頃の「雁」(森鴎外)、大正時代の宮沢賢治秘話とも言える文語詩「図書館幻想」、文豪たちが通った頃のエピソード「出世」(菊池寛)を本書で紹介されるままに、並行して読んでいった。その感想を書くにあたって「お富ー」「出世」はホント、「雁」はウソ、「図書館幻想」の賢治の心理は大袈裟と述べた。
本書の巻置くにあたり、もう一度考え直す。
喜和子さんのモデルは、ホントは居たのではないか。30代の著者が上野公園のベンチに座っていた時に出逢っていたのではないか?「お富ー」や「出世」にしたって、少し話が出来過ぎだ。ウソじゃないか?「雁」の岡田は直後ドイツ留学をする。お玉と岡田は付き合ってはいないのだから、あれは森鴎外の経験なのじゃないか?賢治はどうしてあんな艶やかな詩を書いたのか?そして考えるのに、日本の小説は、真(ホント)の中に嘘を紛らせ、嘘の中に真実を発見するものが多い。
「夢見るー」は、「これは嘘か真か」を愉しむ作品なのかもしれない。いや、そういう読み方こそが正しいのではないか。
コロナ禍で図書館が閉まるというこの間ほど、図書館を積極的に利用した時期はなかった気がする。そして、全国的にいち早く我等の街は、県立図書館が全面再開した。再会の合言葉は「いつか、図書館で会おう」が良いですね。
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「喜和子さんと知り合ったのは、かれこれ十五年ほど前のことだ。小説家になる以前のことで、上野公園のベンチだった」という文章ではじまります。
喜和子さんは図書館に住むくらい通ったことのある、本好きな人。長屋のような造りの家に住んで、古本の『樋口一葉全集』を大事に持っています。
わたしは、喜和子さんに「上野の図書館のことを書いてみない」と言われます。
喜和子さんの生涯を探るわたしの旅とともに、作中作の『夢見る帝国図書館』が1-25まではさまれている構成です。
帝国図書館に通った作家も多く登場します。
夏目漱石・幸田露伴・淡島寒月・尾崎紅葉・樋口一葉・森鴎外・徳富蘆花・島崎藤村・田山花袋・和辻哲郎・谷崎潤一郎・菊池寛・佐野文夫・芥川龍之介・宮沢賢治・古谷信子・宮本百合子・林芙美子・小林多喜二。
時代の移り変わりとともに図書館を訪れる作家たちも代替わりしていく様子が面白かったです。
私は、芥川龍之介や宮沢賢治が好きなので、10のハッサン・カンの教えを芥川が乞い『魔術』という小説(童話)を書いた話と、9の宮沢賢治の恋というカムパネラとジョバンニの「図書館幻想」が特に面白く読めました。
また、上野動物園で絶命するまで芸をし続けた、象のトンキーさんの有名なとても悲しい話も、作中作に含まれています。
一方、喜和子さんの物語は『としょかんのこじ』(図書館の孤児)という喜和子さんのことを書いた童話作家を探す話と喜和子さんの生立ちと家族が中心で、すべてのはじまりとなるラストの一文がとても素敵でした。
喜和子さんの名前も「平和を喜ぶ子」という意味で、この作品にぴったりとピースのようにはまっていました。 -
「夢見る帝国図書館」
なんてワクワクするタイトルでしょう。
ただ、お話しは私の想像と違っていて少し残念。
個人的に期待を膨らませてしまっただけなのですが。 -
一人の老女、喜和子さんとの出会い。
そこから帝国図書館の歴史と喜和子さんの人生を紐解いていく物語。
本を閉じた瞬間、鼻の奥がツンとし、あ、この本、好きだ、そう強く感じた。
自由に本を手に取れる幸せ、自由に呼吸し生きられる幸せ、随所に自由というものの尊さが感じられ、歴史の積み重ねが今の自由の礎を築いた、そう思うとより感慨深い。
全てを見つめてきた図書館の眼差しは時に優しく時にせつない。文豪たちを見守る姿は微笑ましく、戦火の渦に巻き込まれた息づく本、動物たちに胸がしめつけられる。
ふわっとスカート膨らませ、ふわっと心に舞い降りふわっと去っていく、そんな喜和子さんを思い浮かべ、図書館の本が醸し出すあの匂いを思い浮かべる…言葉にならない魅力が随所に溢れた作品。-
こんばんは(^-^)/
わぁ、くるたんこんなに気に入ってくれて嬉しいわ♪
喜和子さんチャーミングだよね。
図書館がみんなを見守る...こんばんは(^-^)/
わぁ、くるたんこんなに気に入ってくれて嬉しいわ♪
喜和子さんチャーミングだよね。
図書館がみんなを見守るって設定がいいよね。
動物たちの芸の話で涙が出たわ。みんな生きたかったんだよね。2019/07/02 -
けいたん♪こちらにもありがとう♡
うん、図書館の物語は良かったね♪
動物園は泣けたし、樋口一葉に恋してるのは可愛かったね♪
喜和子さん、...けいたん♪こちらにもありがとう♡
うん、図書館の物語は良かったね♪
動物園は泣けたし、樋口一葉に恋してるのは可愛かったね♪
喜和子さん、チャーミング!まさにそれだね♪
なんか憎めない。
過去の人生、たしかに長かったね。どれが本当だったのか…
それもまたふわふわした感じを受けたわ✧*。(ˊᗜˋ*)✧*。2019/07/02
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中島京子さんの講演会が地元図書館で開催されることを知り、何か代表的な物を読んでみたいな…と本書を手に。
帝国図書館が何かも知らず、上野に寄席を聴きに行く車内本書を開くと、なんと上野界隈の物語。
こういう偶然は必然なのだろうな…と思いながら鶯谷駅から上野公園の中を通り「懐の深い街」を喜和子さんの匂いを感じながら感慨深く歩いた。
国際子ども図書館は子どもと何度も訪れたことがあるけれど、素敵な図書館という薄っぺらいイメージしかなかった。
戦前から戦後までの帝国図書館時代に多くの文豪達に愛され様々な物語を秘めていたことを知る。
「いつか図書館で会いましょう」
という言葉を遺した喜和子さん。子ども図書館に行けば会えるような気がする。
そしてやはり、中島京子さんこそが「夢見る帝国図書館」を喜和子さんに書いてと頼まれた本人なのでは?と思ってしまう。
もし、講演会で聞くチャンスがあったら勇気を出して尋ねてみよう。
答えはオフレコだと思うケド… -
『夢見る帝国図書館』
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【購読動機】
読者のみなさんのレビューと本の概要の紹介をきっかけに購読しました。
本は嫌いではありません。
「本好きな人向けの物語」とあれば、自然に手にとってみたくなる気持ちとなりました。
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【ものがたり】
女性作家Aと上野界隈に住む年配の女性Bの出会いから始まります。
BはAに対して「図書館の物語を書いて!」と願います。
その過程でBはAに対して、帝国図書館(現在の国立国会図書館)の歴史を紹介、説明します。
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【図書館の苦難の歴史】
いま、私たちの身近にある図書館。本と出会い、本と語らいあえる場所。
いたって普通な、日常生活の一部です。
この小説では、図書館が外国に倣い、設立・運営されるも、その苦難な歴史が描かれています。
・戦時中
予算不足により計画通りに図書館建造物が竣工できなかったこと。
予算不足により蔵書を調達することができなかったこと。
戦禍の影響により、図書館内の蔵書を疎開せざるをえなかったこと。
当時の帝国図書館の設立、運営に携わった多くの方のおかげで、今日の図書館につながっているのだと理解することができます。
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【タイトルの「夢見る帝国図書館」】
帝国図書館を主語にすれば、帝国図書館が戦時・戦後とどのように生きて、何を夢見ようとしていたのか?小説から推察できます。それは、図書館として、安全に安心して、その時代を生きる人々に「書」という世界を提供すること。
また、帝国図書館を目的語にしたならば、主語は誰かであって、その該当者が帝国図書館を夢に見るととらえることもできます。
戦時・戦後当時は、現代社会と相違して多くの書物を自由に探索し、出会える環境ではありません。学をもっともっと志したたかった人々は、ひょっとしたら、帝国図書館でより多くの時間を過ごし、物事に対してより広く思慮したかったのかもしれません。
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【読み終えて】
図書館を舞台にした物語は、初めてでした。
図書館の片隅で、または図書館の近くの喫茶店で、図書館を見やりながら読んでみるのも、趣の一つとなるかもしれません。 -
現在は「国際子ども図書館」の、上野の旧帝国図書館。私はこの国際子ども図書館が大好きで、関東住みの頃は何度も足を運んだ。でも、帝国図書館と呼ばれていた時代をよく知らないなと思い当たり、興味津々で手に取った。
ライターの「私」が上野で出会い親しくなっていく、ちょっと不思議な存在感の年配の女性・喜和子さん。彼女との交遊と帝国図書館の歩みが交互に描かれ、徐々に明らかになる、謎めいた喜和子さんの人生。一方、樋口一葉や宮沢賢治、芥川龍之介、菊池寛など錚々たる文人が訪れる図書館。あの文人の知られざる一面を知ることができたりと、この図書館サイドのストーリーだけでも十分に読みごたえがある。戦時下のエピソードは胸が痛い。特に、「かわいそうなぞう」の花子及び動物たちの運命。今更知る衝撃の事実に、言葉が出ない。
喜和子さんを通じて知り合う、大学教授や芸大の学生、古本屋の店主など…現代パートのストーリーも、個性的なキャラクターが次々登場する。この現代パートも、喜和子さんの人生を辿る過程にこんなにたくさんのテーマが内包されているのかと驚く。思いがけない展開に何度もぎょっとさせられ、とにかく心揺さぶられっぱなし。喜和子さんの軌跡と図書館の軌跡が徐々にクロスしていく…謎が謎を呼び、常に頭の整理が必要だが、最後のカタルシスがたまらない。
ちょっと切なくて哀しくて、時に怖くシビアだけど、程よく温かく優しい。これまでの中島さん作品のエッセンスをあちこちに感じ、これは中島さんだからこそ紡ぐことのできた、繊細ながら壮大な物語だと心から思う。読み終えて、無性に上野に、国際子ども図書館に行きたい。いつか行くことができたなら、これまでの図書館の歩みに、そして喜和子さんの歩みに思いを馳せるだろうな…。 -
世界子ども図書館の前で出会ったきわこさんと「わたし」。図書館を主人公とした小説を書いてみないと言われ、約束する。帝国図書館の視点から訪れた文豪や事件、本の歴史が語られるとともに、「わたし」はきわこさんの人生の歩みにも触れていく。
テンポが不思議な作品でした。「わたし」の視点の物語と、図書館視点の「夢見る帝国図書館」が交互に描かれて…というのは、読んだこともあるパターンです。ただ、穏やかで、特徴ある人たちの話のせいか、ゆっくりと引き込まれるていく感じと話の入れ替わりタイミングが途中で変わる(一つの話が終わったら入れ替わるところから、一つの話の中で雰囲気が変わるところで入れ替わるとか)と言うあたりが、どう感じさせるのかもしれません。
きわこさんは、読み終わっても、まだ見えていない部分が多いと感じたのですが、それでも素敵な人物であると感じられました。さっぱりとした感じの中に、弱さも見せつつ、人やものをよく見ているところ辺りでしょうか。
「夢見る帝国図書館」部分は、ユーモラスな筆致と視点の面白さで楽しく読めました。もう少し自分が本を読んで、知識があれば、なお楽しいかなと思うとともに、文化事業が社会や政治から受ける影響は昔も今もかと思いました。その中で作っていったところが大変なことだったともわかり、それも興味深かったところです。
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国際子ども図書館の取材の帰り道、公園で出会った喜和子さん。
彼女に突然図書館が主人公の「上野の図書館の歴史」について書いて欲しいと頼まれる。
「ねえ、どうして、図書館ってものが作られたのか、あんた知ってる?」
それは福沢諭吉の「ビブリオテーキ!」から始まった。
永井荷風の父は日本初の図書館に悪戦苦闘した。
図書館には夏目漱石、樋口一葉、島崎藤村、田山花袋 、谷崎潤一郎、菊池寛、芥川龍之介、宮沢賢治などなどが通いそれぞれ好きな書物を手にする。
文豪たちの図書館での様子や交流はどんなものだったのだろう?想像するだけで楽しかった♪
みんなの姿を図書館は100年以上見守り続けている。明治、大正、昭和、平成、そして令和…時代が変わってもずっと。
戦争の話にも胸を打たれた。戦争は各地で様々なものを惜しみなく奪う。
図書館では書物を、子供たちからは親や家を、上野動物園では可愛い動物たちを毒殺し命を奪った。動物のところは泣けてくる。
図書館の歴史とともに喜和子さんの歴史も語られていく。今の姿からは想像できない喜和子さんの過去に驚く。
喜和子さんは好きだけど、現代の話では時々集中が切れてしまった。
たぶん、私が上野を知らないからと思う。東京国立博物館、国立西洋美術館、帝国図書館など。知っていればもっとその雰囲気を感じ取り楽しめた気がする。
マハリクマハリタたけくらべ、マハリクマハリタたけくらべには笑った。-
くるたん♪
おはよう(^-^)/
コメントありがとう♡
装丁いいよね〜本好きにはたまらん。
そうなんよ、図書館や文豪な...くるたん♪
おはよう(^-^)/
コメントありがとう♡
装丁いいよね〜本好きにはたまらん。
そうなんよ、図書館や文豪などは面白くてスラスラ読めたよ。戦争の話も為になった。
でも、喜和子さんという人の人生がね…
途中まではよかったけど、だんだん「あれ?なんでこんなに喜和子さんの人生を追っているんだっけ?」って思ってきて(笑)
そこだけなんだよ。あとは楽しめました♪
難しいとかではないんだよ。くるたんなら2日もあれば読めると思うから、あれ?と思う暇もないよ(*≧艸≦)2019/06/27 -
けいたん♪
読了したよ♪
うん、良かったー。言葉にするのは難しいぐらいすごく良かった。
全てを見てきた図書館の描写はせつないものもあった...けいたん♪
読了したよ♪
うん、良かったー。言葉にするのは難しいぐらいすごく良かった。
全てを見てきた図書館の描写はせつないものもあったね。動物園はたまらなかったね.˚‧º·(´ฅωฅ`)‧º·˚.2019/06/30 -
くるたん♪
こんばんは(^-^)/
早速読んでくれて嬉しいヾ(≧∪≦*)ノ〃
そして、そんなによかったと思ってくれてホッとしたよ...くるたん♪
こんばんは(^-^)/
早速読んでくれて嬉しいヾ(≧∪≦*)ノ〃
そして、そんなによかったと思ってくれてホッとしたよ。
図書館の描写は切なかった。本が会話しているのもよかったね。
動物園は…。・゚゚・(>_<)・゚゚・。
くるたんのレビュー読むの楽しみだなぁ♪
またゆっくりお邪魔しにいくね〜
blue、あと一人になったよ。もう直ぐだ。2019/06/30
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図書館が視点の小説という、不思議な小説と、それを書きつづる作家の体験。
それは‥
本と作家と図書館への愛、そして本を愛する人への愛に満ちた物語。
作家の〈わたし〉は、国際子ども図書館の前で、60ぐらいの女性に出会う。
不思議な雰囲気を持った喜和子さん。
「図書館が主役の小説を書いてみない?」と提案されて、帝国図書館の歴史を調べ始めます。
図書館が日本に生まれたいきさつ。
蔵書を集め、守ろうとする司書たち。
まだ若く作家の卵だった頃に通ってきた作家たち。
戦争や、震災の影響‥
書き継がれる小説の内容が所々に挟まれ、古い本と家具の匂い、その時代その場の空気感が漂うよう。
喜和子さんは裕福とは言えず、ごく狭い家に住みながら、素敵に整えているおしゃれな女性。
かって上野で子供時代を過ごし、図書館に住んでいたようなものと言う喜和子さん。
それはどういう意味なのか。
喜和子さんの娘が行方知れずだった母親を探して現れ、胸の痛む再会。
喜和子さんが出ていくときに「もういいと思った」という発言が、たまたま他の小説でも似たようなことを読んだばかりで、個人的に気になりました。(宮木あや子の「手のひらの楽園」)
家を出る母親は、子が成長すると「もういいだろう」と思い、そう言うものなのか?
子どもとしては、納得できないのでは。
最近になって気づいたのは、それまでの生活がほぼ虐待されていたようなものだから、限界だったということ。
子どもの目から見れば苦労はしていてもしっかりした大人に見えた。でも、実際にはもう壊れていたんだ…
喜和子さんが語った思い出、図書館で起きたという不思議な出来事の謎が、最後に解ける。
じんわりと胸が暖かくなる読後感でした。 -
題名に「図書館」と入ってるだけで、読んでみたくなる。その前に「帝国」とある。「大英帝国」のことかな、と考える。まだその上に「夢見る」とついている。ユメ子さん? シャンソン人形? 図書館はふつう夢を見ない。見ないだろう? いや、見るのか? まあ、どちらでもいい。こうまで不可解なものは中身に目を通すしかない。
「私」が喜和子さんにあったのは上野である。国際子ども図書館を取材して一息ついて大噴水前のベンチに座っていたら、隣に座った人がいた。それが喜和子さんだ。古い着物をパッチワークしたコートを着、粋な手つきで煙草を吸い始める六十代の小柄な女性。煙草の煙にむせた「私」に「きっと、あれだよ、花粉症」なんて言って、すましている。身勝手なようでいて、人は悪くない。突き抜けた感じが当時の「私」には新鮮で、すぐに仲良くなった。
それからちょくちょく二人で会って、ランチをしたり、甘いものを食べたりするようになる。谷中の路地の奥にある大正時代に建てられた長屋が一軒だけ残ったような喜和子さんの小さな家にお呼ばれもする。上野界隈をこよなく愛する喜和子さんは上野の図書館を主人公にした小説が書きたい。その題名が「夢見る帝国図書館」。書きたいのだが文章を書くのは苦手。で、作家である「私」にそれを書くように勧め、ぼつぼつと構想を語り出す。
この「夢見る帝国図書館」のエピソードが、小説本編とは別仕立てで、話の合間に挿入される。賢治の同性の友に寄せる気持ち、宇野浩二が震災時に遭遇した自警団の恐怖、ハッサン・カンのモデル等々。帝国図書館に通った明治・大正・昭和の文士の逸話、これがべらぼうに面白い。永井荷風の父、久一郎の奮闘に始まる帝国図書館の歴史だけでも図書館通になれる。「お金がない。お金がもらえない。書棚が買えない。蔵書が置けない。図書館の歴史はね、金欠の歴史と言っても過言ではないわね」と喜和子さんは言う。
本編となるのは、なんだか不思議な喜和子さんの「女の一生」の謎解きだ。本人は自分の過去を詳らかにせず、話半ばで早々とあの世に逝ってしまう。「夢見る帝国図書館」は「私」が書くしかない。それが喜和子さんの遺志でもあった。そんな訳で「私」は喜和子さんの昔のことを人づてに聞いて回ることになる。戦後の上野にまだバラックがあった時代、三、四歳だった喜和子さんは、そこで「お兄さん」と慕う男の人と一緒に暮らしていたという。
「夢見る帝国図書館」は、復員兵のお兄さんが書こうとしていた小説だった。ちっちゃな喜和子さんはお兄さんの背嚢に入って、図書館に通い、夜はそこで眠ったりもしたらしい。夜になると、隣の動物園から動物たちもやってくる。そんな夢のような話を書いた童話「としょかんのこじ」が国立国会図書館に残っていた。作者の名は城内亮平。手がかりを一つ一つ調べていくうちに、「私」は喜和子さんの数奇な人生に巡り会う。
喜和子さんの愛人の元大学教授やインテリのホームレスが語る喜和子さんの身の上話にはどこか絵空事めいたものがある。だいたい、幼い少女がなぜ一人で上野で暮らしていたのだ。アナグラムやら、暗号やらが繰り出され、喜和子さんの少女時代を探るところは、ちょっとしたミステリ仕立てになっている。ネタバレになるので詳しくは明かせないが、「私」が出会った頃の喜和子さんは過去の生を生き直している最中だった。そのテキストが「夢見る帝国図書館」だったのだ。
お兄さんの影響もあるのだろう、何もない部屋に全集を揃えるほど一葉好きの喜和子さんが「私」に遺した書きかけの原稿が、一葉女史が書きそうな、なかなか句点が出てこない文体で、もちろん、作家中島京子による文体模倣なのだが、一葉に憧れた一人の女が、おそらく暗記するほど身に染みついた筆致で、幼かったころの上野の、徳川様由来の紋所から「葵部落」と名づけられたバラック小屋で暮らす日々を振り返る文章の洒脱さったらない。
いつの時代、誰の前にも平等に開かれているのが図書館だ。世の中が怪しくなると、まず本当のことを書いた本が図書館から消える。本や図書館がいかに戦争と折り合いが悪かったか。金欠、本の焼失の元凶は、明治以来大日本帝国が次々と引き起こしてきた戦争である。都合の悪いことは人の目から隠され、あったことがないことにされる。戦争から生きて帰った者には、死者に代わってやるべきことがあった。お兄さんの場合、それは小説を書くことだった。「としょかんのこじ」の「後記」に詩のようなものが付されている。
とびらはひらく
おやのない子に
脚をうしなった兵士に
ゆきばのない老婆に
陽気な半陰陽たちに
怒りをたたえた野生の熊に
悲しい瞳を持つ南洋生まれの象に
あれは
火星へ行くロケットに乗る飛行士たち
火を囲むことを覚えた古代人たち
それは
ゆめみるものたちの楽園
真理がわれらを自由にするところ
「真理がわれらを自由にする」は国立国会図書館の図書カウンター上部に、今もギリシア語原文と並んで刻まれている。 -
上野にある国際子ども図書館に取材に来た駆け出しライターの私は、公園のベンチで奇天烈な装いの年配女性、喜和子さんと出会う。上野に通ううち彼女と親しくなった私は、『夢見る帝国図書館』というタイトルで国際子ども図書館の前身、帝国図書館が主人公の話を書いてみないか、と喜和子さんから提案を受ける。
本書では、喜和子さんが語る帝国図書館の歴史と喜和子さん自身の人生が交互に語られる。
一見自由で謎の多い喜和子さんの人生だが、彼女の問わず語りや関係者の話から、徐々に戦後を苦労して生き抜いてきた一人の女性の輪郭が形づくられていく。
同時に、予算不足と政府の無理解に泣かされ、戦中は自由の精神を脅かされながらも、すべての人に開かれてきた図書館の歴史が、まるで伴奏のように喜和子さんの物語に寄り添う。
二つのストーリーはつかず離れずの距離で並走し、しだいに一つの大きな物語となって収束していく。最後は自由を求める喜和子さんと図書館の姿が重なり、じんわりと温かい感情で胸がいっぱいになった。
本書はまた、帝国図書館を利用してきたさまざまな文学者たちの物語であり、幕府の要地から近代文化発信の拠点となり、戦後は焼け出された多くの人たちを受け入れてきた上野という土地の物語であり、喜和子さんを巡る母と娘の物語でもある。
複数のテーマが全体の物語に奥行きを与えており、柔らかな語り口ながらどっしりと読み応えのある本だった。 -
本書は、「わたし」と不思議な老婦人の喜和子さんとの出会いの話であり、間に「夢見る帝国図書館」という小説が差し挟まれる。それは、あんたが書いてよ、と喜和子さんがわたしに頼んだ、図書館が一人称で語り出す小説である。
喜和子さんがとても魅力的で、まるで現実にいるかのような存在感が感じられる。ただ、物語が進むにつれて、明るく自由奔放な彼女の過去が明らかになっていき、物語のトーンが変わる。
本書はいくつもの楽しみ方ができる。帝国図書館の歴史を知ることはもちろん、明治・大正期の文学の再発見もでき、物語の後半は謎解きも楽しめる(なんと暗号まで!)。谷中・本郷界隈に慣れ親しんでいる者としては、本書の舞台がどれも身近で余計に楽しめた。
帝国図書館の歴史には色々と思わせられた。そうか、文書の保存を疎かにしてきたのは現政権だけではないのか。国として根の深い問題だと再認識した。 -
既存の名作をサンプリングして新しい作品を作るというのは音楽では良くある手法だけれど、文学でそういう芸当をやってのける作家さんは中島さんくらいかもしれません。語り手の「私」には名前がないのだけれど中島さんご本人がモデルなのではと思わせる女性。今回のモチーフは日本が大日本帝国だった時代に設立された国立の帝国図書館の歴史と、喜和子さんという自由気ままで魅力的な年上の不思議な友人の人生と、図書館があり喜和子さんが暮らしていた「当時の上野の町」です。いまの時代の女性もいろいろな困難や生きづらさを抱えて居ますが、長く続いた封建的な社会と家制度に加え戦争に震災という大きな厄災もあり明治大正昭和初期の頃の女性たちの苦労はいかほどだったかと、身が震えるような気持ちで読みました。図書館が歴代館長さんの奮闘虚しく計画を潰され予算を戦争に持っていかれ不遇に不遇を重ねてきたこと、喜和子さんの不思議な身の上と家族との確執と葛藤とカタルシス、それだけでも読み応えは充分なところに、樋口一葉を始め菊池寛と芥川に宮沢賢治等々、文学史に名を刻む作家さんたちも登場する楽しいエピソードもふんだんに織り込まれていて贅沢な作品でした。『かわいそうなぞう』に出てくる花子も出てきて、花子のように絵本になって語り継がれこそしなかったけれど他の動物たちも出てきて、いまのこの時代に、いろんな世代の読者に恵まれてほしいと思いました。久しぶりに今江祥智さんの『ぼっちゃん』『優しさごっこ』『俺たちのおふくろ』の三部作を読みたくなりました。大変満足して読了。
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"図書館が主人公の小説"と聞いて、刊行後すぐにハードカバーで購入したのに、随分と本棚で温めてしまいました。
本書の語り手が上野公園で出会ったのは、あっけらかんとして無邪気で、自由な空気をまとった喜和子さんという名の女性。
初対面であるにも関わらず、語り手が小説を書いていることを知った喜和子さんは、彼女に「上野の図書館を主人公にした小説を書いてみないか」と持ちかけます。
「上野の図書館」、つまり日本で最初の国立図書館である、帝国図書館が主人公の小説を。
さまざまな文豪が時を過ごした帝国図書館の様子や、図書館員たちが戦争による資金不足や震災などの試練に立ち向かったことなど、帝国図書館の歴史を興味深く読みつつも、自分のことを多くは語らない喜和子さんの謎めいた部分がどんどん気になっていきました。
明治・大正・昭和の帝国図書館や上野界隈の歴史と、戦後を生きた1人の女性の人生が、だんだんと折り重なっていき、終盤では今この時代を女として生きていることについて考えさせられました。
読了後、上野・谷根千界隈や湯島聖堂など、本書に登場した辺りを歩きまわりたい衝動にかられてそわそわ。 -
フリーライターから小説家を目指していた頃の“わたし”は、キテレツで無遠慮な老婦人“喜和子さん”と出会う。
二度目にまた偶然出会うと、上野の図書館のことを小説にかけと言われた。
洋行から帰った福澤諭吉が『西洋の首都にはビブリオテークがある』と言ったのが、日本に図書館が作られるはじまりだった。
そこから、“わたし”が執筆しているであろう帝国図書館の歴史と、喜和子さんの人生をめぐっての謎解きが交互に語られる。
図書館にはいつもお世話になっているにもかかわらず、その歴史をこれまで知ろうとしなかったことに自分で驚く。
まず、図書館にはいつも予算が無かったこと、それは日本の教育・文化が重要視されていなかった証拠であるが…
それでも、樋口一葉、和辻哲郎、谷崎潤一郎、芥川龍之介…といった人たちが帝国図書館に現れては消えていく様が語られる。
回り灯篭を見ているように幻想的だ。
関東大震災で本が焼け、戦時中では言論統制で発禁本をかかえ、または侵攻地からの略奪本を保管し…
図書館は数奇な運命をたどり、現在の国立国会図書館となる。
もう一つの数奇な運命が喜和子の“女の一生”
戦後の混乱の中、バラックで一緒に住んだお兄さんたちとの生活以外を、喜和子は語ろうとしない。
お兄さんが図書館に連れて行ってくれた。
上野という土地は何でも受け入れてくれた。
何度も喜和子は、そう語る。
喜和子が生涯求め続けたものは、精神の自由?
上野という町の、いくら近代化されてもなんとなく“戦後”がダブって見えるような雰囲気は自分も感じる。
不思議なノスタルジックを感じる作品だった。 -
「夢見る帝国図書館」
これは久々に出会った貴重な一冊だ。
上野の図書館自身の変遷とひとりの女性の数奇な人生を絡み合わせたフィクションだが、アナザーストーリーとして、この帝国図書館に出入りした芥川、樋口一葉、宮沢賢治、菊池寛、宮本百合子などの作家たちのエピソードも語られる。これも面白い。触発されて何冊かの青空文庫も読んだわけだ。かつての文豪たちについて知るのもいいなと読み進めると、なんと終盤にベアテ・シロタが出てくるではないか。
ChatGPTのお世話になろう。
ベアテ・シロタ(のちのゴードン)は1923年生まれ。
父はピアニストのレオ・シロタで、山田耕作に請われピアノ科の教授を勤めたため、1929年(6歳)から1939年(15歳)まで東京で育つ。
日本語を自然に身につけ、日本の学校や文化、同時に女性の法的・社会的地位の低さも身近に見て育ったことが、のちの活動に強く影響する。
15才でアメリカに留学。
語学力(特に日本語)と日本社会への深い理解を評価され、戦時中から政府関係の仕事に関わる。
1945年、終戦後にGHQ(連合国軍総司令部)民政局の一員として来日。
わずか20代前半で、日本国憲法草案作成チームに参加。
とくに有名なのが**憲法24条(男女平等・婚姻の自由)**を中心とした女性の権利条項の起草である。
日本で育った経験から、
「このままでは日本の女性は守られない、この国の女性のためにできることをしなければならない」
という強い問題意識を持って書いた条文は、世界的にも先進的な男女平等規定になった。
彼女が24条で潰そうとしたのは、単なる「男女不平等」ではない。それは、「国家が“家族”を通じて個人を支配する構造」だ。だから彼女は、
• 家族を否定しなかった
• しかし家族を憲法価値の上位に 置くことを 拒んだ。
右派の改憲案が24条を書き換えたがるのは、まさにこの逆をやりたいからだ。
物語は、ベアテ・シロタの余韻を残し、次の象徴的なことばを残して終わる。
「真理がわれらを自由にする」
本好き、図書館好きの心に強く響くことばだ。
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「西洋の首都にはビブリオテーキがある。」江戸が明治に変る前に3度も洋行していた福沢諭吉が重々しくのたまう。ビブリオテーキとはおびただしい数の文庫なのだ。
明治の要人たちは不平等条約撤廃と近代国家を目指し、ビブリオテーキを作ることを思いつく。……
本や文豪に関する様々な雑学がちりばめられ、時代背景も語られる。
そして本を愛してやまない人たちの話も。
小説としても楽しい。
昼下がりの午後、ゆっくりと読み返してみたい。
著者プロフィール
中島京子の作品
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