夢見る帝国図書館

著者 :
  • 文藝春秋
3.75
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本棚登録 : 1926
レビュー : 222
  • Amazon.co.jp ・本 (404ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163910208

作品紹介・あらすじ

「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」
作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったなら――資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。
日本で最初の図書館をめぐるエピソードを綴るいっぽう、わたしは、敗戦直後に上野で子供時代を過ごし「図書館に住んでるみたいなもんだったんだから」と言う喜和子さんの人生に隠された秘密をたどってゆくことになる。

知的好奇心とユーモアと、何より本への愛情にあふれる、すべての本好きに贈る物語!

感想・レビュー・書評

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  • 「ねえ、どうして、図書館ってものが作られたのか、あんた知ってる?」
    (略)
    「福沢諭吉が洋行したわけよ」
    「あ、福沢諭吉がね。1万円札の」
    「そう。そして帰ってきて言ったわけ。『西洋の首都にはビブリオテーキがある』って」
    「なんだか料理名みたい」
    「それでみんなびっくりして、そりゃ作らなきゃならんてことになった」
    「それがスタートですか!」(21p)

    たまたま上野の図書館の前で出会った老婦人に、「あなた、小説を書いてんなら『夢見る帝国図書館』という小説を書かない?」と勧められる。いったん断わるものの、ちゃきちゃきの東京弁を喋る老婦人・喜和子さんの押しに負けて書き出した「わたし」は、ホントに夢見る創作体験をすることになる。

    日本最初の図書館の歴史を縦糸に、数奇な運命を生きた喜和子さんの人生を横糸に、下町庶民の明治大正昭和平成の生活色を全体に彩(いろど)りながら、結果的に読書の喜びを描いた傑作でした。

    本書は、上記の読み方が王道の読み方だと思う。もう一つは、「喜和子さんとは何者だったのか」ということを探すミステリとしての読み方もある。

    私は、更にもう一つの読み方を推奨したい。本書は、著者中島京子がモデルと思える「わたし」が2002年から2018年にかけて体験したことが描かれている。ウソかホントか。そして私は、本書を参考にし、明治元年が舞台の「お富の貞操」(芥川龍之介)、湯島聖堂に図書館前身があった頃の「雁」(森鴎外)、大正時代の宮沢賢治秘話とも言える文語詩「図書館幻想」、文豪たちが通った頃のエピソード「出世」(菊池寛)を本書で紹介されるままに、並行して読んでいった。その感想を書くにあたって「お富ー」「出世」はホント、「雁」はウソ、「図書館幻想」の賢治の心理は大袈裟と述べた。

    本書の巻置くにあたり、もう一度考え直す。
    喜和子さんのモデルは、ホントは居たのではないか。30代の著者が上野公園のベンチに座っていた時に出逢っていたのではないか?「お富ー」や「出世」にしたって、少し話が出来過ぎだ。ウソじゃないか?「雁」の岡田は直後ドイツ留学をする。お玉と岡田は付き合ってはいないのだから、あれは森鴎外の経験なのじゃないか?賢治はどうしてあんな艶やかな詩を書いたのか?そして考えるのに、日本の小説は、真(ホント)の中に嘘を紛らせ、嘘の中に真実を発見するものが多い。

    「夢見るー」は、「これは嘘か真か」を愉しむ作品なのかもしれない。いや、そういう読み方こそが正しいのではないか。

    コロナ禍で図書館が閉まるというこの間ほど、図書館を積極的に利用した時期はなかった気がする。そして、全国的にいち早く我等の街は、県立図書館が全面再開した。再会の合言葉は「いつか、図書館で会おう」が良いですね。

  • 「喜和子さんと知り合ったのは、かれこれ十五年ほど前のことだ。小説家になる以前のことで、上野公園のベンチだった」という文章ではじまります。
    喜和子さんは図書館に住むくらい通ったことのある、本好きな人。長屋のような造りの家に住んで、古本の『樋口一葉全集』を大事に持っています。
    わたしは、喜和子さんに「上野の図書館のことを書いてみない」と言われます。

    喜和子さんの生涯を探るわたしの旅とともに、作中作の『夢見る帝国図書館』が1-25まではさまれている構成です。
    帝国図書館に通った作家も多く登場します。
    夏目漱石・幸田露伴・淡島寒月・尾崎紅葉・樋口一葉・森鴎外・徳富蘆花・島崎藤村・田山花袋・和辻哲郎・谷崎潤一郎・菊池寛・佐野文夫・芥川龍之介・宮沢賢治・古谷信子・宮本百合子・林芙美子・小林多喜二。
    時代の移り変わりとともに図書館を訪れる作家たちも代替わりしていく様子が面白かったです。

    私は、芥川龍之介や宮沢賢治が好きなので、10のハッサン・カンの教えを芥川が乞い『魔術』という小説(童話)を書いた話と、9の宮沢賢治の恋というカムパネラとジョバンニの「図書館幻想」が特に面白く読めました。
    また、上野動物園で絶命するまで芸をし続けた、象のトンキーさんの有名なとても悲しい話も、作中作に含まれています。

    一方、喜和子さんの物語は『としょかんのこじ』(図書館の孤児)という喜和子さんのことを書いた童話作家を探す話と喜和子さんの生立ちと家族が中心で、すべてのはじまりとなるラストの一文がとても素敵でした。

    喜和子さんの名前も「平和を喜ぶ子」という意味で、この作品にぴったりとピースのようにはまっていました。

  • 一人の老女、喜和子さんとの出会い。

    そこから帝国図書館の歴史と喜和子さんの人生を紐解いていく物語。

    本を閉じた瞬間、鼻の奥がツンとし、あ、この本、好きだ、そう強く感じた。
    自由に本を手に取れる幸せ、自由に呼吸し生きられる幸せ、随所に自由というものの尊さが感じられ、歴史の積み重ねが今の自由の礎を築いた、そう思うとより感慨深い。

    全てを見つめてきた図書館の眼差しは時に優しく時にせつない。文豪たちを見守る姿は微笑ましく、戦火の渦に巻き込まれた息づく本、動物たちに胸がしめつけられる。

    ふわっとスカート膨らませ、ふわっと心に舞い降りふわっと去っていく、そんな喜和子さんを思い浮かべ、図書館の本が醸し出すあの匂いを思い浮かべる…言葉にならない魅力が随所に溢れた作品。

    • けいたんさん
      こんばんは(^-^)/

      わぁ、くるたんこんなに気に入ってくれて嬉しいわ♪
      喜和子さんチャーミングだよね。
      図書館がみんなを見守る...
      こんばんは(^-^)/

      わぁ、くるたんこんなに気に入ってくれて嬉しいわ♪
      喜和子さんチャーミングだよね。
      図書館がみんなを見守るって設定がいいよね。
      動物たちの芸の話で涙が出たわ。みんな生きたかったんだよね。
      2019/07/02
    • くるたんさん
      けいたん♪こちらにもありがとう♡

      うん、図書館の物語は良かったね♪
      動物園は泣けたし、樋口一葉に恋してるのは可愛かったね♪

      喜和子さん、...
      けいたん♪こちらにもありがとう♡

      うん、図書館の物語は良かったね♪
      動物園は泣けたし、樋口一葉に恋してるのは可愛かったね♪

      喜和子さん、チャーミング!まさにそれだね♪
      なんか憎めない。
      過去の人生、たしかに長かったね。どれが本当だったのか…
      それもまたふわふわした感じを受けたわ✧*。(ˊᗜˋ*)✧*。
      2019/07/02
  • 著者、中野京子氏と、上野で出会った老女、喜和子さんとの思い出を軸に構成している本作。最初はなんとなくスラスラ読んでいたのだが、中盤から物語が転調する。喜和子さんの生い立ちに関わる謎、ミステリアスな雰囲気もあり、読者をグイグイ引き寄せる。

    合間に、帝国図書館が歩んできた道、明治維新後、震災後、戦中戦後の混乱の史実も交えながら、この上野の界隈の苦難の歴史が書かれているのだが、上野だけに焦点を当てて時の流れを見つめると、時代の変化がよく見えてくる。

    いつも絵画を鑑賞しにいく上野の森。詳しい経緯に新鮮な驚きを感じた。

    この本は終盤が秀逸だ。ミステリアスな展開から、徐々に紐がとけるように謎がわかっていくが、やっぱり最後は本人しか分からない。時代背景もあり、この時代の女性はなかなか文句一つ言いづらかったであろうし、本当の事はやっぱり自分でしか分からないものだから、私はこのエンディングは気に入っている。

    いつの日か、帝国図書館、現在は国際こども図書館にも足を運んでみたい。

  • 世界子ども図書館の前で出会ったきわこさんと「わたし」。図書館を主人公とした小説を書いてみないと言われ、約束する。帝国図書館の視点から訪れた文豪や事件、本の歴史が語られるとともに、「わたし」はきわこさんの人生の歩みにも触れていく。

    テンポが不思議な作品でした。「わたし」の視点の物語と、図書館視点の「夢見る帝国図書館」が交互に描かれて…というのは、読んだこともあるパターンです。ただ、穏やかで、特徴ある人たちの話のせいか、ゆっくりと引き込まれるていく感じと話の入れ替わりタイミングが途中で変わる(一つの話が終わったら入れ替わるところから、一つの話の中で雰囲気が変わるところで入れ替わるとか)と言うあたりが、どう感じさせるのかもしれません。

    きわこさんは、読み終わっても、まだ見えていない部分が多いと感じたのですが、それでも素敵な人物であると感じられました。さっぱりとした感じの中に、弱さも見せつつ、人やものをよく見ているところ辺りでしょうか。

    「夢見る帝国図書館」部分は、ユーモラスな筆致と視点の面白さで楽しく読めました。もう少し自分が本を読んで、知識があれば、なお楽しいかなと思うとともに、文化事業が社会や政治から受ける影響は昔も今もかと思いました。その中で作っていったところが大変なことだったともわかり、それも興味深かったところです。

  • 現在は「国際子ども図書館」の、上野の旧帝国図書館。私はこの国際子ども図書館が大好きで、関東住みの頃は何度も足を運んだ。でも、帝国図書館と呼ばれていた時代をよく知らないなと思い当たり、興味津々で手に取った。
    ライターの「私」が上野で出会い親しくなっていく、ちょっと不思議な存在感の年配の女性・喜和子さん。彼女との交遊と帝国図書館の歩みが交互に描かれ、徐々に明らかになる、謎めいた喜和子さんの人生。一方、樋口一葉や宮沢賢治、芥川龍之介、菊池寛など錚々たる文人が訪れる図書館。あの文人の知られざる一面を知ることができたりと、この図書館サイドのストーリーだけでも十分に読みごたえがある。戦時下のエピソードは胸が痛い。特に、「かわいそうなぞう」の花子及び動物たちの運命。今更知る衝撃の事実に、言葉が出ない。
    喜和子さんを通じて知り合う、大学教授や芸大の学生、古本屋の店主など…現代パートのストーリーも、個性的なキャラクターが次々登場する。この現代パートも、喜和子さんの人生を辿る過程にこんなにたくさんのテーマが内包されているのかと驚く。思いがけない展開に何度もぎょっとさせられ、とにかく心揺さぶられっぱなし。喜和子さんの軌跡と図書館の軌跡が徐々にクロスしていく…謎が謎を呼び、常に頭の整理が必要だが、最後のカタルシスがたまらない。
    ちょっと切なくて哀しくて、時に怖くシビアだけど、程よく温かく優しい。これまでの中島さん作品のエッセンスをあちこちに感じ、これは中島さんだからこそ紡ぐことのできた、繊細ながら壮大な物語だと心から思う。読み終えて、無性に上野に、国際子ども図書館に行きたい。いつか行くことができたなら、これまでの図書館の歩みに、そして喜和子さんの歩みに思いを馳せるだろうな…。

  • 本書は、「わたし」と不思議な老婦人の喜和子さんとの出会いの話であり、間に「夢見る帝国図書館」という小説が差し挟まれる。それは、あんたが書いてよ、と喜和子さんがわたしに頼んだ、図書館が一人称で語り出す小説である。

    喜和子さんがとても魅力的で、まるで現実にいるかのような存在感が感じられる。ただ、物語が進むにつれて、明るく自由奔放な彼女の過去が明らかになっていき、物語のトーンが変わる。

    本書はいくつもの楽しみ方ができる。帝国図書館の歴史を知ることはもちろん、明治・大正期の文学の再発見もでき、物語の後半は謎解きも楽しめる(なんと暗号まで!)。谷中・本郷界隈に慣れ親しんでいる者としては、本書の舞台がどれも身近で余計に楽しめた。

    帝国図書館の歴史には色々と思わせられた。そうか、文書の保存を疎かにしてきたのは現政権だけではないのか。国として根の深い問題だと再認識した。

  • 題名に「図書館」と入ってるだけで、読んでみたくなる。その前に「帝国」とある。「大英帝国」のことかな、と考える。まだその上に「夢見る」とついている。ユメ子さん? シャンソン人形? 図書館はふつう夢を見ない。見ないだろう? いや、見るのか? まあ、どちらでもいい。こうまで不可解なものは中身に目を通すしかない。

    「私」が喜和子さんにあったのは上野である。国際子ども図書館を取材して一息ついて大噴水前のベンチに座っていたら、隣に座った人がいた。それが喜和子さんだ。古い着物をパッチワークしたコートを着、粋な手つきで煙草を吸い始める六十代の小柄な女性。煙草の煙にむせた「私」に「きっと、あれだよ、花粉症」なんて言って、すましている。身勝手なようでいて、人は悪くない。突き抜けた感じが当時の「私」には新鮮で、すぐに仲良くなった。

    それからちょくちょく二人で会って、ランチをしたり、甘いものを食べたりするようになる。谷中の路地の奥にある大正時代に建てられた長屋が一軒だけ残ったような喜和子さんの小さな家にお呼ばれもする。上野界隈をこよなく愛する喜和子さんは上野の図書館を主人公にした小説が書きたい。その題名が「夢見る帝国図書館」。書きたいのだが文章を書くのは苦手。で、作家である「私」にそれを書くように勧め、ぼつぼつと構想を語り出す。

    この「夢見る帝国図書館」のエピソードが、小説本編とは別仕立てで、話の合間に挿入される。賢治の同性の友に寄せる気持ち、宇野浩二が震災時に遭遇した自警団の恐怖、ハッサン・カンのモデル等々。帝国図書館に通った明治・大正・昭和の文士の逸話、これがべらぼうに面白い。永井荷風の父、久一郎の奮闘に始まる帝国図書館の歴史だけでも図書館通になれる。「お金がない。お金がもらえない。書棚が買えない。蔵書が置けない。図書館の歴史はね、金欠の歴史と言っても過言ではないわね」と喜和子さんは言う。

    本編となるのは、なんだか不思議な喜和子さんの「女の一生」の謎解きだ。本人は自分の過去を詳らかにせず、話半ばで早々とあの世に逝ってしまう。「夢見る帝国図書館」は「私」が書くしかない。それが喜和子さんの遺志でもあった。そんな訳で「私」は喜和子さんの昔のことを人づてに聞いて回ることになる。戦後の上野にまだバラックがあった時代、三、四歳だった喜和子さんは、そこで「お兄さん」と慕う男の人と一緒に暮らしていたという。

    「夢見る帝国図書館」は、復員兵のお兄さんが書こうとしていた小説だった。ちっちゃな喜和子さんはお兄さんの背嚢に入って、図書館に通い、夜はそこで眠ったりもしたらしい。夜になると、隣の動物園から動物たちもやってくる。そんな夢のような話を書いた童話「としょかんのこじ」が国立国会図書館に残っていた。作者の名は城内亮平。手がかりを一つ一つ調べていくうちに、「私」は喜和子さんの数奇な人生に巡り会う。

    喜和子さんの愛人の元大学教授やインテリのホームレスが語る喜和子さんの身の上話にはどこか絵空事めいたものがある。だいたい、幼い少女がなぜ一人で上野で暮らしていたのだ。アナグラムやら、暗号やらが繰り出され、喜和子さんの少女時代を探るところは、ちょっとしたミステリ仕立てになっている。ネタバレになるので詳しくは明かせないが、「私」が出会った頃の喜和子さんは過去の生を生き直している最中だった。そのテキストが「夢見る帝国図書館」だったのだ。

    お兄さんの影響もあるのだろう、何もない部屋に全集を揃えるほど一葉好きの喜和子さんが「私」に遺した書きかけの原稿が、一葉女史が書きそうな、なかなか句点が出てこない文体で、もちろん、作家中島京子による文体模倣なのだが、一葉に憧れた一人の女が、おそらく暗記するほど身に染みついた筆致で、幼かったころの上野の、徳川様由来の紋所から「葵部落」と名づけられたバラック小屋で暮らす日々を振り返る文章の洒脱さったらない。

    いつの時代、誰の前にも平等に開かれているのが図書館だ。世の中が怪しくなると、まず本当のことを書いた本が図書館から消える。本や図書館がいかに戦争と折り合いが悪かったか。金欠、本の焼失の元凶は、明治以来大日本帝国が次々と引き起こしてきた戦争である。都合の悪いことは人の目から隠され、あったことがないことにされる。戦争から生きて帰った者には、死者に代わってやるべきことがあった。お兄さんの場合、それは小説を書くことだった。「としょかんのこじ」の「後記」に詩のようなものが付されている。

    とびらはひらく
    おやのない子に
    脚をうしなった兵士に
    ゆきばのない老婆に
    陽気な半陰陽たちに
    怒りをたたえた野生の熊に
    悲しい瞳を持つ南洋生まれの象に
    あれは
    火星へ行くロケットに乗る飛行士たち
    火を囲むことを覚えた古代人たち
    それは
    ゆめみるものたちの楽園
    真理がわれらを自由にするところ

    「真理がわれらを自由にする」は国立国会図書館の図書カウンター上部に、今もギリシア語原文と並んで刻まれている。

  • 既存の名作をサンプリングして新しい作品を作るというのは音楽では良くある手法だけれど、文学でそういう芸当をやってのける作家さんは中島さんくらいかもしれません。語り手の「私」には名前がないのだけれど中島さんご本人がモデルなのではと思わせる女性。今回のモチーフは日本が大日本帝国だった時代に設立された国立の帝国図書館の歴史と、喜和子さんという自由気ままで魅力的な年上の不思議な友人の人生と、図書館があり喜和子さんが暮らしていた「当時の上野の町」です。いまの時代の女性もいろいろな困難や生きづらさを抱えて居ますが、長く続いた封建的な社会と家制度に加え戦争に震災という大きな厄災もあり明治大正昭和初期の頃の女性たちの苦労はいかほどだったかと、身が震えるような気持ちで読みました。図書館が歴代館長さんの奮闘虚しく計画を潰され予算を戦争に持っていかれ不遇に不遇を重ねてきたこと、喜和子さんの不思議な身の上と家族との確執と葛藤とカタルシス、それだけでも読み応えは充分なところに、樋口一葉を始め菊池寛と芥川に宮沢賢治等々、文学史に名を刻む作家さんたちも登場する楽しいエピソードもふんだんに織り込まれていて贅沢な作品でした。『かわいそうなぞう』に出てくる花子も出てきて、花子のように絵本になって語り継がれこそしなかったけれど他の動物たちも出てきて、いまのこの時代に、いろんな世代の読者に恵まれてほしいと思いました。久しぶりに今江祥智さんの『ぼっちゃん』『優しさごっこ』『俺たちのおふくろ』の三部作を読みたくなりました。大変満足して読了。

  • フリーライターから小説家を目指していた頃の“わたし”は、キテレツで無遠慮な老婦人“喜和子さん”と出会う。
    二度目にまた偶然出会うと、上野の図書館のことを小説にかけと言われた。

    洋行から帰った福澤諭吉が『西洋の首都にはビブリオテークがある』と言ったのが、日本に図書館が作られるはじまりだった。
    そこから、“わたし”が執筆しているであろう帝国図書館の歴史と、喜和子さんの人生をめぐっての謎解きが交互に語られる。


    図書館にはいつもお世話になっているにもかかわらず、その歴史をこれまで知ろうとしなかったことに自分で驚く。
    まず、図書館にはいつも予算が無かったこと、それは日本の教育・文化が重要視されていなかった証拠であるが…
    それでも、樋口一葉、和辻哲郎、谷崎潤一郎、芥川龍之介…といった人たちが帝国図書館に現れては消えていく様が語られる。
    回り灯篭を見ているように幻想的だ。
    関東大震災で本が焼け、戦時中では言論統制で発禁本をかかえ、または侵攻地からの略奪本を保管し…
    図書館は数奇な運命をたどり、現在の国立国会図書館となる。

    もう一つの数奇な運命が喜和子の“女の一生”
    戦後の混乱の中、バラックで一緒に住んだお兄さんたちとの生活以外を、喜和子は語ろうとしない。
    お兄さんが図書館に連れて行ってくれた。
    上野という土地は何でも受け入れてくれた。
    何度も喜和子は、そう語る。
    喜和子が生涯求め続けたものは、精神の自由?

    上野という町の、いくら近代化されてもなんとなく“戦後”がダブって見えるような雰囲気は自分も感じる。
    不思議なノスタルジックを感じる作品だった。

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著者プロフィール

中島京子(なかじま きょうこ)
1964年東京都生まれの作家。『FUTON』でデビュー。著書に『小さいおうち』(直木賞)、『かたづの!』(河合隼雄物語賞・柴田錬三郎賞)、『長いお別れ』(中央公論文芸賞)等。2019年5月15日、新刊『夢見る帝国図書館』を刊行。

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