へぼ侍

著者 :
  • 文藝春秋
3.60
  • (9)
  • (25)
  • (22)
  • (6)
  • (0)
本棚登録 : 172
感想 : 28
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (326ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163910529

作品紹介・あらすじ

第26回松本清張賞受賞作魅力的なキャラクターを選考委員全員が絶賛!西南戦争を舞台に落ちこぼれ兵士の活躍を描く痛快歴史エンタテイメント開幕!!【内容紹介】大阪で与力の跡取りとして生まれながら、家が明治維新で没落したため幼いころより商家に丁稚奉公に出された錬一郎は、それでも士族の誇りを失わず、棒きれを使って剣術の真似事などをして周囲の人間から「へぼ侍」と揶揄された。1877年、西南戦争が勃発すると官軍は元士族を「壮兵」として徴募、武功をたてれば仕官の道も開けると考えた錬一郎は意気込んでそれに参加する。しかし、彼を待っていたのは、料理の達人、元銀行員、博打好きの荒くれなど、賊軍出身者や異色の経歴の持ち主ばかりの落ちこぼれ部隊だった――。綿密な時代考証のうえに大胆なストーリー展開を描き出す、時代小説の新鋭の誕生です。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 大坂奉行所与力の倅でありながら、薬問屋の手代として暮らしていた、志方錬一郎。
    武士としての面目を立てようと、西南戦役の官軍に志願する。

    第26回松本清張賞受賞作。

    士族とは思えない言動の、徴募壮兵たち。
    最初は不適格に思えた彼らが、だんだんと個性を発揮していくのが、たのしかった。

    明るく、テンポのいいキャラクターが魅力的。

    ただ史実の戦をなぞるのではなく、彼らが活き活きと動き回り、戦況が動いていく。
    彼らが能力を活かし、機転を利かせていく活躍ぶりも、おもしろかった。

  • 武家の出身ながら時代の変遷により薬問屋の丁稚奉公をしている志方錬一郎は、西南戦争で官軍に入ることを志願する。
    本来なら軍に入る資格のない錬一郎は商人らしい手練手管で官軍に潜り込んだものの、軍歴などないのに小隊長に任命されて…。

    周囲から『へぼ侍』とバカにされてきたのが悔しくて、本来の自分を取り戻すべく西南戦争に官軍として参戦する錬一郎。
    しかし彼に試練を与えるかのように様々な事件が起こる。
    小隊員の脱走、夜鷹との出会い、西郷札を巡る混乱、小隊員それぞれの事情、後に軍神と言われる乃木希典や当時記者だった犬養毅との出会い、密偵として宮崎を巡る旅、そして遂に…。

    半年ほどの戦いが一介の兵士の視点で丁寧に描かれていた。
    最初は地味に感じてなかなか物語に入り込めなかったが、時に有名人たちを登場させ、時に悲喜こもごもな事件を交え、青いだけだった錬一郎の変化を少しずつ感じて、段々と物語にも引き込まれていった。
    実際、戦争とはこういう小さな存在が必死で足掻きながら、時に逃げながら展開していくものなのかも知れない。

    薩摩軍側から描けば傲慢で強引で強大な官軍だが、官軍の内側もまた薩長が牛耳る世界だったり、薩摩軍もまた住民たちを蹂躙し、紙切れ同然の西郷札で騙したりとやりたい放題に見える。

    そんな中で戦とは何なのか、剣や槍の時代とは違う、軍と軍が戦う戦争とは何なのか、勝つとは負けるとは何なのか、武士としての誉れや武士として生きるとは何なのかを錬一郎にこれでもかこれでもかと問いかけていく。
    しかし戦争に毒されない錬一郎や、同じ小隊の沢良木や三木にホッとする。
    こういうまともな思考や精神を戦争という異常世界で保つのは大変だと思う。

    そして戦争後、錬一郎が下した新たな一歩も予想は出来るものの、嬉しかった。出来ればもう少しその後をきちんと読みたかった。
    一方で生き方を選べなかった西郷にも改めて切ない思いが沸き上がる。

  • 自然と涙が溢れてしまう最後であった。

    大政奉還後の時代で個人的にはあまり詳しくない所であるため背景を押さえるのに苦労したが、主人公の移ろい。それに伴う仲間や時代の移ろいに最後は名状し難い涙が溢れてしまった。

  • 「何者かでありたい」「何者かになりたい」
    現状の自分以外の、或いは自身以上の何かに光を求めるのは、特別なことではない。

    時は明治維新。没落した与力の跡取りで商人として育てられた若者 志方錬一郎が、士族の矜持を胸に西南戦争に壮兵として参加し、官軍・賊軍含め様々な背景を持つ人々に出会い、光を見つける様が描かれる。

    同じ部隊の訳ありの過去を持つ仲間たちが、物語の幅を広げる。皆、脛に傷。何者かになりたいのだ。

    出会う上官たちもすんなり物語に入り込み、名前を見ては史実を違和感なく加える。
    新聞記者 犬養毅、造り酒屋名家の嘉納治五郎が主人公錬一郎とかかわり、乃木希典や、五大友厚もさらりと登場し、揺れ動く社会構造のなかで、それぞれ何かを掴もうとしていた意思が物語を血の通ったものにしている。

    登場人物は少なくはないが、それぞれの造形が奇をてらわず、興味がわく。

    史実も物語性も、作者の伝えたい、読んで欲しいという押しつけや説得が強引ではなく、自然と頁を捲らせる。
    とても好感が持てた。面白かった!

    身分制度や社会構造が瓦解し、官軍・賊軍の内実は、双方線引きが実は危うく、歴史のターニングポイントでどちらを選択するのか、それだけの違いで多くの血を流した哀しみと、それによって歴史が大きく動いていく様を読み取った。

    どちらが正しく、どちらが悪かは、歴史が後に判断することなのだ。

    終盤、主人公が偶然にも出会った薩摩の男性が、吉之助さんだった件には思わず涙が…。皆、何者かになりたかったのだ。

    権力が氏や身分から、力の時代へ。そして武力がモノをいう時代からpersuadeへ。
    社会が、時代が動くさまを一人の青年士族を通じて、愉しんだ。

    一点だけ表紙が少しイメージ違いで…。三木謙次さんの画だと嬉しいです。

  • なんか最近の時代物は軽い感じがするのは私だけだろうか?申し訳ないが表紙の絵を見た時点でもう何となく軽い感じがした。読み始めて・・・やっぱりであった。幕末モノは好きではないのに、新聞の書評に負けて読んだ。もう書評に流されまいと固く誓った私であった。

  • 西南戦争というと、やはり西郷隆盛や大久保利通、あるいは抜刀隊を初めとするエピソードが圧倒的多数を占める中で「またも負けたか八連隊」という民謡で有名な大阪鎮台を舞台として西南戦争を描いている。

    主人公の志方練一郎も、彼を取り巻く登場人物達も題名通りの「へぼ侍」である。武張ったエピソードは正直無い。

    だが、この「へぼ侍」という言葉がいろいろな意味を含んでいる。

    相手には腰抜けとして、自分達を揶揄して自嘲する為、そして「強かに生きる」為の言葉として。

    戦場という土壇場をくぐりながら、武功を挙げようとする主人公が様々な歴史の偉人達と出会いながらも、最終的には敵方であったはずの西郷軍に対する敵愾心や憎しみを持てず、相手を理解しようとしていく姿は明治から大正、そして激動の昭和に至る中で生きていく上での原動力となり「へぼ侍」と揶揄され、自重しながらも強かに生き抜く為の信念になっていく。

    大阪人の意地を教えて貰いました。

  •  このあとの作品では、ミステリーに進む作者。このまま、この方向でも良かったのではないか。新人とは思えないくらいに、話も人物も、自然に動いていた。
     犬養や西郷どんといった実在の人物に。ややリアリティが欠けるかもしれないが。

  • オビの惹句「若き大阪商人の知恵が西南戦争を動かす」
    そんな話ではなかった。むしろ、主人公は翻弄されつつも強かに生き残った。

  • 期待以上に面白かった。幕末ものは個人的にはあまり興味がないのだが、官軍側を舞台に据えているものを初めて読んだ気がする。かつての賊軍側から集められた、一癖も二癖もあるおっさん部隊の分隊長にいきなり据えられる若者という設定は、会社あるある設定でもあり、そう思って読むと教訓となるエッセンスがそこかしこにちりばめられている。それぞれに専門領域を持つ年長者たちを権力でも知識でもなくアイデアと機転と率直さで徐々に認めさせていく様は痛快である。

    戦いからパアスエイド(Persuade)へ。武人も公家も百姓も、世の中みんなが商人になるのかもしれない、という時代の変化の兆しをとらえきれず、戦いで暴れるしかメソッドを持たずコンフリクトを起こしていたどこか気のいい古兵は、戦場でこつぜんと姿を消し、平穏な世になっても消息不明という結末もクールでいい。
    いまでいえば、役人も勤人も商人も職人も、世の中みんな芸人になるのかもしれない、といったところだろうか。

    セコい大隊長との間に入り中間管理職として渋い味を出している上長の堀、けなげで可憐、ではないさっぱりした気性の夜鷹、そして幻だったかもしれない大西郷・・など人物がみんな魅力的。かつ、著者は歴史学者とのことでフィクションと史実との絡め方も丁寧だと思った。

    それにしても面白いものである。脇役や風景は頭の中でイメージが浮かんでくるのに、17歳の聡明な軍服姿の剣達、だがしかし、シリアスなセリフも「でおま。」「わてほんまに~でんな。」とコッテコテの浪花商人ことばで語る主人公は、とうとう最後まで像を結べなかったのだ・・・。以前、役割語に関する本を読んだことがあるが、役割語が与えるステロタイプというのがいかに根深いものかと気づく。

    P125 「なあ志方の。恐れを知って、手柄も上げ、そして生き残ったんだ。初陣にしては上々だ」

    P271 誰も君のことを分隊長と認めていなかったところを、君は道理をもって説き伏せ、己の行動で自らを分隊長と認めさせたってね。

    P310 わしはパアスエイドで戦うのや。これがへぼ侍の武士道や。

  • 意外な、って言ったら失礼だけど、まったく期待してなかっただけに、あれ、面白いよこれ、ってなりました。幕末ものは苦手だけど、これは西南戦争のことが下手な歴史書よりもよくわかるのではないでしょうか。その実態のルポのような側面もありつつ、メインキャストたちのやり取りが楽しくも、辛くもある。正直最後は少し余談ぽかったけど、それにしてもオススメしたい作品でした。

全28件中 1 - 10件を表示

坂上泉の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×