- Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163912455
作品紹介・あらすじ
【昭和29年、大阪を襲う連続猟奇殺人】デビュー作『へぼ侍』が松本清張賞、日本歴史時代作家協会賞新人賞の二冠!実在した「大阪市警視庁」を舞台に新鋭が放つ戦後史×警察サスペンス【あらすじ】昭和29年、大阪城付近で政治家秘書が頭に麻袋を巻かれた刺殺体となって見つかる。大阪市警視庁が騒然とするなか、若手の新城は初めての殺人事件捜査に意気込むが、上層部の思惑により国警から派遣された警察官僚の守屋と組むはめに。帝大卒のエリートなのに聞き込みもできない守屋に、中卒叩き上げの新城は厄介者を押し付けられたといら立ちを募らせる――。
感想・レビュー・書評
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「インビジブル」=目に見えない、つまり見えざる者ということだろうか。そこにいるのに、視覚としては認識しているのに見えていない。いてもいなくても同じ、というような。
昭和29年の大阪を舞台にした警察物。警察小説は好きで結構読んできたが、この作品では知らないことが多くて興味深い内容だった。
国家地方警察(略して国警)と自治体警察(略して自治警)との合体の議論が行われている最中に起きた事件。代議士・北野の秘書、政治団体のリーダーが頭に麻袋を被せられて殺される。
個人的な怨恨なのか、それとも『政治テロル』なのか分からない中で、国警警備部から守屋警部補が派遣される。守屋と組むことになったのは大阪市警視庁東警察署の若手刑事・新城。
互いに違う立ち位置、捜査手法で挑むので時にぶつかり合うことや戸惑うこともありつつ、次第に良きバディとなっていく。
ミステリーとしてはそう複雑ではない。各話の冒頭に挟まれる満州のシーンの語り手が誰なのかを考えながら読めば大体の構図は見えてくる。
しかしそれよりも戦中・終戦直後の日本や日本を取り巻く環境にこれほど麻薬あるいは覚醒剤が関係していたとは改めて驚く。知識としては知っていても実際に物語として読むと深く突き刺さる。
しかしこの当時は当然のものとしてあった。薬局でも買えるほど手軽なものであり、それを作る者、原料を栽培する者など、その恩恵に預かる者もたくさんいた。これが何か人に悪い影響を与えるものだと分かっていても、それしか稼ぐ手段がなければそれに縋るしかない。そしてそんな人たちを見えざる者として使い捨てしていた者が多数いた。
若手刑事・新城はたくさんの矛盾やジレンマに遭遇する。『民主警察』と謳いながら全く民主的でない浮浪者たちの排除、法を遵守させるべき警察官たちのモラルの低さ、殺人捜査すら忖度や圧力で歪めさせようとする上層部にその上層部同士の政治的闘争。
一方で国警の守屋は不器用過ぎるほど真っ当だ。自身の父親の不正が許せず自ら告発、自殺に追いやったという彼は海千山千の相手でも警察権力で以って口を開かせようとし拗らせる。
逆に新城は上手く世間話の中で緒を掴む巧妙さも身につけていて、若手ながらなかなか頼もしい。
だがその新城もまた父親との確執があり、その父親が知らぬうちに覚醒剤中毒者になっていたという事実を突きつけられる。
この事件を象徴する『麻袋』。満州では現地の人々や労働者たちを容赦なく虐待し時に命まで奪っても『麻袋』で見えないものにしてしまった。
終戦直後の日本でも職にあぶれた人々や戦災孤児たちは見えざる者として居場所を追われ排除された。そしてかつて国策として麻薬を栽培していた人々も…。
事件自体は重苦しかったが、新城と守屋のコンビは良かった。また暑苦しくいかつい東警察署の面々も衝突はあれど事件捜査となれば頼もしい。
様々な時代の狭間…麻薬が違法になり警察が一体化し…の中でもがきつつも進む人、打ち捨てられる人、様々なドラマがあった。
それにしても北野はサイコパス。だがこういう人物ほど世に憚る。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
匂いたつ一冊。
舞台は昭和29年の大阪。
一言で言うとこの時代の大阪が、闇が匂いたつような息づかいを感じるようなそんなミステリだった。
政治家秘書の刺殺体を発端に連続して起きる第二、第三の事件。
一本の糸を手繰り寄せていく二人の刑事が魅力的。
時に衝突しながらも互いを認め合い、心が溶け合っていくような姿が爽快だ。
ミステリとしての意外性はないけれど理不尽な境遇に突然放り出されながらも生きようとしていた、これで生きるしかなかった人の姿、そうさせた歴史と闇ややるせなさが何よりも心に残った。
コテコテ大阪弁、使いたくなる。 -
昭和29年の大阪で、政治家秘書の刺殺体が見つかった。
初めての殺人事件捜査に意気込む新城だったが、国警から派遣された守屋と組まされて……。
第23回大藪春彦賞受賞作。
帝大卒のエリートと、中卒の若手。
まったく違う境遇のふたりが、最初は反発しながらも、だんだんとお互いを認め合っていく。
相棒としてのふたりの変化と成長は、すがすがしかった。
国警に自治警察と、複雑な状況の、戦後の警察。
現在の警察に体制が移行するまでの、揺れる警察内部は興味深い。
事件そのものは、そんなに大きな謎や驚きがなく、淡々とした感じだった。 -
昭和29年の大阪で代議士秘書の刺殺体が発見された。ほぼ同時に鉄道橋上では代議士と関係のある団体の代表者の轢死体が発見。2つの遺体には共通点があり、代議士絡みという事もあって大規模な捜査本部が設置。大阪市警視庁の若手刑事新城は警察官僚の守谷と組む事になるがこの守谷が旧体制の態度を引き摺ったいけ好かない奴で…。終戦直後の混乱期の熱気がぐいぐい浸透してくる中で新城と守谷の関係が変化していく展開が負けずに熱い。お手本の様な警察小説。拭い切れない戦争の闇がリアルに迫ってくるし、足で稼いだ証拠がきちんと土台になって真相に一気に繋がる展開が最後まで読み応えあった。あと戦後大阪の警察体制等色々為になったし、戦前の満州が絡んで来るので辻さんの「深夜の博覧会」のある箇所が補強されたよ。
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終戦直後の大阪がメイン舞台。
混乱に紛れてなんでもあり感が伝わってドキドキしてくる。
戦時中の満洲がひんぱんに描かれていますので、誰かと繋がるのだなとわかってしまいます。ミステリというより、どう決着させるかが楽しむポイントでした。 -
まだ戦後間もない昭和29年。大阪で、政治家の秘書殺しに端を発する連続殺人事件が起き、大阪市警視庁の新米巡査と国警のエリートキャリア警部補がコンビを組んで捜査に当たることに。捜査が進むにつれて、戦争にまつわる悲劇と、裏に隠された大掛かりな犯罪が明らかになっていく。
最初は全くちぐはぐだった二人が、徐々にお互いを認めあっていく姿が面白い。戦争の跡が色濃い大阪の風景もよく描かれていて、当時の市井の雰囲気もよく伝わって来た。是非続編を書いてもらいたい。 -
直木賞ノミネート作品。
面白かった!
初めて読む作家さんで、こちらがデビュー2作目。
デビュー作も読んでみたくなったよ。
こういう凸凹バディ物って面白いよね。
新城が飄々としてるの好き。
2人の掛け合いが良い感じで、人間性が見えてくると守屋のことも好きになってきて、中判から一気読み。
こてこての大阪弁もクセになってくる。
この2人でシリーズ化して欲しいなぁと思ってしまった。 -
警視庁の若手刑事「新城」と警察官僚の「守谷」のタイプの合わない物同士が、戦後の大阪を舞台にした、殺人事件を扱うバディものとして、興味深く読めました。お互いの胸の内を明かしていくうちに、徐々に関係性が変わっていくのが、良かった。
過去と現在を織り交ぜた展開は分かりやすかったが、戦後の大阪の雰囲気は、あまり感じられず、当時の時代背景による、幸不幸のやるせなさもあったのだが、そこは人間自身の理念で行動しているのが明白である故に、私には、あまり共感しづらかった。
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一行目:ここは御国を何百里、離れて遠き満州の、赤い夕陽に照らされてー。
上にたてついても信念を貫く男気、みたいなものと、激動の時代に翻弄され、考え方を真逆にしなければいけない間の葛藤が描かれた本が元々好きだ。
よって、この作品も大変面白かった。
現場叩き上げの主人公新城と東京からやってきたエリート守屋。
上からの命令に従うだけの時代は終わり、誰でも自分の頭で考え意見することができる、そういう時代になったはずだった。しかし、現場は旧態然としている。
また、二人の対比だけではなく、空襲で生き残ってしまった姉冬子や、アヘンとわかっていても栽培しなければ食べていけない人々。多角的な視点があることによって、みんな懸命に生きている、ただそれだけという哀しみも伝わってくる。
当時の大阪の匂いが立ち上ってくるかのようで、見事な書きぶりだと思う。ミステリとしては評価が高くないが、小説としてだけでも十分魅力がある。
以下、印象に残った部分を。
「法律とは条文ひとつが変わるだけで、同じ行為を取り締まったり、逆に推奨したりもする。これこそが国家の、そしてそれを執行する我ら警察の権力の源泉だ。だがその本義は何か。国民の生命安全と財産を平等公正に守ることだ。そこを履き違えぬように、われわれは厳正でいる必要がある」
「己の頭で考え、己でその責を負う。…それが、民主主義って、やつじゃあ、ないのか」
それでも自分はあのとき背負っていくと決めた。…誰も彼も、自分の選択を、自分で背負っていくしかない。
そうか、自由であることは責任を伴うのだ、とあたり前のことを改めて教えてもらった。