網内人

  • 文藝春秋 (2020年9月28日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (544ページ) / ISBN・EAN: 9784163912615

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

現代のネット社会の闇をテーマにしたミステリーは、妹を自殺に追い込んだ真相を探る姉の物語を中心に展開します。探偵アニエの助けを借りて、複雑に絡み合った情報網をかいくぐりながら、真実に迫る過程はスリリング...

感想・レビュー・書評

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  •  いわゆる「華文ミステリー」が一躍注目されることとなる流れを拓いた立役者のひとり、陳浩基(ちん・こうき)。2014年に刊行した『13・67』が、翌年の台北国際ブックフェア大賞といった賞を複数受賞。世界12カ国から翻訳オファーを受け、さらにはウォン・カーウァイが映画化権を取得。日本でも2017年に邦訳が刊行され、各種年間ランキングを大いに賑わせました。
     ただし、中華圏という意味では間違っていないものの、彼は正確には香港出身の作家であり、『13・67』も現在から過去へと歴史を遡行していく「逆年代記(リバース・クロノロジー)形式」でもって、国家ではない香港という社会の政治や生活、アイデンティティを辿る内容。そんな著者が現代の――正確には2015年当時の――情報化が進みながらも混沌とした香港を舞台に描いた第二長編が今作なのですが……これが凄まじく面白かった!

     図書館で嘱託の派遣司書として働くアイは、中学生の妹シウマンが住居の窓から投身自殺したことに納得できないでいた。シウマンは約半年前、地下鉄での痴漢被害に遭い、その後、犯人として逮捕された男の甥と名乗る人物により、インターネット掲示板に「叔父は冤罪で、不良の女に陥れられたのだ」という過激な告発文が書き込まれて以来、ネット民からの中傷に晒されていた。この人物を突き止めるため、ハイテク調査の専門家である「アニエ」という探偵を訪ねるのだが……。
     インターネットの闇がモチーフとなっている本作。実はアルセーヌ・ルパンが大好きだという著者が、「現代の怪盗」として生み出したしたのが、天才ハッカーであるアニエです。染みのついたTシャツの上にしわだらけのジャージ、七分丈のパンツ、鳥の巣のように乱れた髪。正義という言葉を嫌い、しかし妙な誠実さで筋は貫き通し、非道には非道をもって制裁する。このキャラクターが恐ろしく魅力的であることはもちろん言を俟たないけれども。
     実は個人的にひたすら感心してしまったのが、主人公であるアイの造形と、彼女が「知って」いく道程の描写でした。
     決して幸福とはいえない環境に育ち、香港社会の時代のうねりや容赦ない格差に振り回されながらも、強い意志を保って妹を守り生きようとしていた姉のアイ。アニエに「原始人」と称されるほど技術音痴でネットにも疎く、時に独りよがりでズレた発言をしてしまっても、アニエの言葉や指摘に目を開かされ、自身の無知と思い込みを知り、学んでいく。
     そうしてアニエとともに妹を追い詰めた人物を追う中で、少しずつ明らかになる14歳の妹の、姉には見せていなかった姿と、その心の内。「知って」は取り乱し、大きく踏み外し、それでもなお逃げずにまた前を向き、時にはアニエも舌を巻くほどの洞察を示してみせたりして、ひたむきに歩んでは「知って」いく。
     そんなアイとともに進んだ先ですべてを――著者とアニエが張り巡らしていた企みを読者が「知った」とき、それまで見えていた景色は大きく反転します。その時、アイが迫られる深い葛藤と、あるひとつの選択。その向こうに待つエピローグ。
     と、最後まで驚きと味わいに満ちた、至高の華文サイバーミステリです。

  • 情報網の中をかいくぐる一冊。

    妹がネットいじめで自殺…姉のアイが探偵アニエの力を借りて死の真相に迫るミステリ。

    ネット社会、膨大な情報網に潜り込み幾重にも張り巡らされた網をかいくぐるような気分を楽しめた。

    スルッと頭の中に仕組みや暗部が入り込んでくるのはもちろん、緻密な網の中の細い糸をスルッと掴み真相に迫る過程は実に面白い。

    すんなり辿り着いたかと思いきや、まだまだ!を味わえ、最後はアニエと結末に爽快感なるものを得られた。

    現代人としてネット社会での心得ていくべき数々の言葉、姉妹のせつない心情と読み応えのある作品。

  • 終盤のどんでん返しのせいで、電車2駅乗り過ごした!諸事情を確かめるためページを遡っていたら本の中に没入した!

    舞台は香港。図書館勤務のアイは、中学生の妹シウマンを自殺で失う。アイは人づてに紹介された探偵アニエを頼り、妹を自殺に追い込んだ人物への復讐を誓う…。アニエはネット侵入や盗撮、更に巧みな話術によりシウマンの交友関係を洗い出す。読者の立場はアイと同じ。彼女に明かされないことはわからない。並行して、あるIT企業社員の物語も進んでいく。彼がどんな人物なのかだいたい分かった、と思ったのだが…

    映像化できない作品だと思う。活字だからこそこの醍醐味が味わえるのだ!

    2段組み500余ページには登場人物の情報や場面風景が大量に詰め込まれているものの、アニエ自身の情報は極めて少ない。最後の方で、アニエの「師匠」の話題がちらりと出て、読者としては彼の情報が知りたくてたまらなくなる。続編をにおわせる雰囲気もあるので楽しみに待ちたい。

  • 今のネット社会の闇問題をテーマにした今作品。主人公を助けてくれるスーパーハッカー登場し、ン?シリーズ化するのかな?とゆう期待を持たせて物語は終る。本格ミステリとはまた違った味わいアリ。

  • 著者は香港の推理・SF・ホラー小説家。
    2017年に邦訳が出た『13・67』は、「華文ミステリ」として日本でも各賞を受賞し、注目を浴びた。

    本作は、インターネットを題材にしたミステリである。
    タイトルの網内人(もうないじん)とは、著者の造語で、文字通り、「ネット」の「内」の「人」を指す。ただ、この「ネット」は、インターネットだけでなく、人間関係の複雑な網も連想させるところがミソである。

    主人公アイは、香港中央図書館で嘱託職員として働いている。
    父母を早くに亡くし、大学進学はあきらめた。今は、中学生の妹、シウマンとの生活を支えようと気を張る毎日だった。

    シウマンは地下鉄とバスで学校に通っていた。ある日、彼女は電車内で痴漢に遭う。自分では声を上げられなかったが、目撃者がいて、男は捕まった。
    事件そのものや一連の取り調べだけでも、多感な年頃の少女には、酷な体験だったが、話はそこで終わらなかった。
    事件のほとぼりが冷めた頃、インターネットの掲示板に、シウマンを告発する匿名の文章が寄せられたのだ。
    投稿者は犯人の甥を名乗っていた。「犯人とされた叔父は実は冤罪だった。事件の直前に少女と叔父の間にちょっとしたトラブルがあった。それを根に持った少女に嵌められ、叔父は無実の罪で刑務所行きになった。この少女がとんでもないやつで、飲酒やドラッグ、援助交際もやっているらしい」との文面だった。
    ネットは騒然となった。シウマンの身元が明かされ、学校も巻き込む一大事となった。
    シウマンを気遣うアイだったが、妹はなかなか心の内を明かさなかった。
    数ヶ月が経ち、少し様子も落ち着いたかに見えた頃、妹は突然、飛び降り自殺をしてしまう。

    アイは憤った。ネットの匿名の告発者がシウマンを殺したのも同然だ。
    だが、警察は取り合わなかった。
    アイは自力で探偵を雇い、復讐を果たすことにする。
    知り合いの探偵から紹介されたアニエという男は、取っつきにくい変人だった。身なりはだらしなく、話しぶりも横柄で、部屋は散らかり放題。
    アイの話を聞いたアニエは、最初はすげなく断るが、アイの必死さに根負けした形で、依頼を引き受けてくれることになる。要求された報酬はアイが持つ全財産だったが、アイに迷いはなかった。

    アニエはただの探偵ではなく、凄腕のハッカーだった。ネットの掲示板に痕跡なく忍び込み、メッセージの発信者を探るだけでなく、携帯電話の位置情報を読み取ったり、ルータを乗っ取ってパソコンや携帯電話の接続先を変更したり、指向型スピーカーで特定の人物にしか聞こえない音声を発したり、アイには思いもよらぬ技術を駆使し、アニエは真犯人に迫っていく。ぶっきらぼうでつれないアニエだが、アイは徐々に彼を信頼するようになっていく。
    事件の背景は単純ではなかった。調査が進むにつれ、アイはそれまで知らなかった妹の別の顔を目にすることになる。
    事件の真相は。そしてアニエの正体は。

    まずは、ネット技術に関わる蘊蓄が非常におもしろい。
    著者はもともとはシステムエンジニアで、小説は余技として書き始めたのだという。
    アニエが使っているトリックがすべて実際に使えるものなのかはよくわからないが、細かい描写にリアリティがあって、なるほどこういう天才ハッカーはいるのかもしれないと思わせる。
    物語も非常に凝っていて、事件は二転三転する。思春期特有の人間関係のつらさ、少女を食い物にする悪いやつなど、重い事情も絡むが、ラストは、きょうだい愛や、人の良心が垣間見える、救いのある展開となる。
    500ページを越える2段組でかなりのボリュームである。ミステリとしては、最後の種明かしはかなり説明調で、若干泥臭いというか、力技な感は否めない。が、個人的には全体に好印象で読み終えた。

    著者は本作で、実は、アルセーヌ・ルパンをイメージしているという。善悪を併せ持つ、探偵であり怪盗でもある人物。現代の舞台設定で、富豪から宝石を奪うのは現実的ではないが、それに匹敵するような存在といえば、なるほどハッカーかもしれない。
    事件の終盤で、謎めいたアニエの別の顔が姿を現すのもおもしろい。
    あとがきによれば、プロットもテーマも白紙ではあるが、著者はこの物語のシリーズ化も考えているらしい。
    善なのか、悪なのか、どちらとも言い難い天才ハッカー。さらには、現在進行形で激動しつつある香港をより深く描くものになるならば。
    次作が出るのを期待して待ちたいと思う。

  • 「自己犠牲を理由とした自殺(自死)」がもたらすものは……。

    「私はみんなには不要なんだ…」「私が死んだ方がみんなのためになる…」
    湊かなえや辻村深月の“本”によく出てくるタイプで、他人から見て自分はどう見えるかばかり意識していること、これは究極のジコチュウ、「他人を思いやる」ことの勘違い。

    この物語では、バットマンのようなダークヒーローが香港の社会問題とITの闇を闇の中で成敗していく。珍しくはないが、描かれた謎解きや登場人物の心理解説、伏線の構成には驚くばかりで、作者がただものではないことはよく分かる。
    ただ…
    法律や公序など無視して次々IT技術や最新機器を駆使して謎を暴き、復讐する姿に、なぜか爽快感はなく、嫌な気持が続いてしまうこと(作者の狙いかも)。
    「社長と秘書の怪しい関係」が語られたり、「汚い部屋に住む偏屈なオタク」「スマートでおしゃれなIT起業家」「デブでチビで唇が分厚く醜い人物」がそのままの役割で登場したり、ちょっと「ステレオタイプ」であることが興ざめすること。
    …少し残念。

    「SNSが絡むいじめ問題」「匿名・その他大勢による他者攻撃」
    これらが「現代社会特有の問題」とされるのは、本質的に人間の持つ醜い“毒”の出方がITによって強化されて“猛毒”となったため。

    無言でスマホを見ている人たちには、今まさに“猛毒”を仕掛けている、または浴びているひとがいる……これは「ホラー」かも。

  • 終盤の謎解き、というか真相の説明がなんだか冗長で、驚きもなく、なんだかなーといった感じ。地の文の視点が、章を変えることもなく変わるので少し読みづらかった。

  • 歴代の翻訳ミステリーで一番良かった。一因は日本人が苦手な外国人の人名が少ないこと。後半の内面描写がやや間延びしたがそれ以外はスリリングで時代も反映した内容だった。

  • 最初は設定を頭に入れるのが大変でしたが割り切って速読鬼となり、そこからはドライブ感含めて楽しめました。終盤でここに決着するだろうと予測していたところから大きく伸びて、そう来るか。と思いました。シウマンの自撮り写真のシーンで涙。

  • どんでんどんでん返しあり。
    記述が詳細で本が分厚くなった。ヒーロー像としてはありきたりではあるのだが。
    舞台となる香港が中共によって変わってしまったのでシリーズ展開はどうなるのやら。

  • 新聞で紹介されてたこの本。
    香港を舞台にしたミステリーで、普段あまり手を出さない翻訳ものだけれど、香港に少し縁があったので読み始めた。
    地名や街道名や交通の仕組みなど懐かしく…最初は人の名前から頭に浮かぶインパクトがなさすぎて、毎回こいつは誰だ!?となったのも束の間、アイのしつこい質問に答えるアニエがもはや自分の相棒にも思えてきた、面白かった。
    二段組を制覇した満足感にも○

  • 500ページ超えだが一気読み。
    ネットのややこしい話はあるが、ターゲットを絞り込んでいく推理は圧巻で納得感がある。

  • たった一人の家族である妹を自殺で失ったアイ。ネットで妹を追い込んだ犯人を突き止めるため、凄腕ハッカーの探偵・アニエに依頼するものの、調査するごとにどんどん明らかになる悪意の数々と残酷な真実。香港の貧困格差、ダークウェブ、ネット虐め、というさまざまな問題が盛り込まれたミステリですが。これは香港に限ったことでもなく、日本でも充分に通用する物語だと思います。
    正直ネットの難しい話は、と尻込みしてしまいそうだけれど。主人公のアイがなかなかのネット音痴なのでそのあたりはスムーズについていけました。一見単純なネット虐めによる自殺かと思いきや、その陰に潜む複雑な人間関係とその確執、そこから生まれた疑惑と復讐心、いったい誰が諸悪の根源と言えるのか。そしてその一方で描かれるとあるIT会社員の陰謀に満ちた行動。これがいったいどう関係してくるのかも読みどころです。
    ……という社会派ミステリと思って読んでいたけれど。あんな仕掛けがあったとは! まんまと騙されてしまいました。もうこれ以上は語れません。そしてやはりアニエのキャラがいいなあ。敵をとことんまで追い込んでいく様子は実に爽快。たしかにこれを「正義」だなんて言葉で片付けてはいけないのでしょうが。これ以上に「正しい」方法なんてないような気もしました。一方でアイの決断もまた、勇気のある行動だと言えるかもしれません。

  • 内容(「BOOK」データベースより)
    ネットいじめを苦に女子中学生が自殺。姉のアイはハイテク専門の探偵アニエの力を借りて、妹の死の真相に迫る―。『13・67』の著者がいま現在の香港を描き切った傑作ミステリー。著しい貧困の格差、痴漢冤罪、ダークウェブ、そして復讐と贖罪。高度情報化社会を生きる現代人の善と悪を問う。

  • ネットでのイジメにより妹のシウマンを自殺に追いやった犯人を見つけ出すため立ち上がるアイ。天才的ハッカーで復讐請負人のアニエがとても良かった!ミレニアムのリスベットに匹敵するキャラ立ちで、罠を仕掛けたり潜入捜査したりと大活躍。シリーズ化検討中ということで楽しみであります!
    個人的にはネット社会になる前に学生時代を終えていて心底ホッとしてる。現代の10代は大変だな… あと香港も…

  • 理解もできるし共感もできる。
    ただなにかしら腑に落ちないとこも多々。

  • 中学生の少女を自殺に追い込んだ犯人を捜す姉と探偵が、パズルのピースを一つずつ集めてはめていくように、真相に迫っていく前半は、謎解き要素が高く、楽しめる。
    その主軸が走りつつ、登場人物の一人がのし上がろうとVCのトップと駆け引きを繰り広げるサブストーリーが展開する。
    後半では、突き止めた犯人を追い込んでいく方向に話が展開し、非常に張り詰めた雰囲気が漂う。そして少女の自殺の意外な真相も明かされ、少女の姉で主人公のアイはある決断をする。
    また、サブストーリーはここで本線に合流し、あっと驚く展開を見せる。

    陳浩基はストーリーテリングもうまいのだが、それよりも構成力、特にどんでん返しの仕掛けに秀でていると思う。

    ただ、玉田誠氏の訳が今回はどうも今までのものより練られていない感じがある。ストーリーには影響しないところで、前後のつじつまが合わない部分が数か所あった。

    気づいたところだけ。

    ◎P116下段、前から12行目:「施仲南は椅子を引き寄せるなり、馬仔のそばに腰を下ろした。馬仔にシステムの詳細やスケジュールについて話しながらも、施仲南は別のことを考えていた。」
    ●この2文の間に、原文では「馬仔」がSIQのサイトを見ていて、そこに「井上聰」の名前がないことに気づく、というシーンがある。これは意図的に割愛されたものらしい。
    原文は以下の通り。
    準備跟他說明工作,可是他發覺馬仔正在瀏覽SIQ的網頁。
    「嗨,你還在看這個?」施仲南問。
    「剛才發現了一件小事,因為搞不懂,所以仍在看。」馬仔回答。
    「什麼事?」
    「SIQ的團隊裡,沒有井上聰。」馬仔滾動滑鼠滾輪,將網頁從上往下拉,網頁上無論在投資部門還是技術顧問,也沒有井上的照片。
    「我想這只列出SIQ的營運團隊,井上的專長是開發,他應該很討厭跟人接觸吧。」
    「這也是,正如我只喜歡寫程式,如果要我當顧問,我一定渾身不自在。」馬仔回答。
    「先關掉這個,好讓我跟你說明我目前正在編寫的模組……」
    (仕事の説明をしようとして、馬仔がSIQのサイトを見ていることに気が付いた。
    「おい、まだそんなもの見てるのか?」施仲南は尋ねた。
    「ちょっとしたことを見つけたんですけど、意味が分かんなくて、だから見てたんですよ」馬仔が答えた。
    「なんだよ?」
    「SIQのメンバーに井上聡がいないんです」
    馬仔はマウスホイールを回して,ページを上下させた。ページ上の投資部門にも技術顧問にも井上聡の写真はなかった。
    「SIQの運営メンバーが並んでいるだけだろう。井上の専門は開発だし、人とかかわるのは嫌いなんだろう」
    「それはそうですね。僕がただプログラムが好きなだけなのに、顧問にさせられたらきっと落ち着かいですね」馬仔が言った。
    「こいつはもう閉じとけ。俺に今プログラムしているモデルについて説明させてくれ」)


    ◎P143からP146について。
     料理についてのやり取りがおかしい。ただし、P144の本文中の説明は正しい。
    〇P143下段、後ろから9行目:大蓉加青扣底湯另上油菜走油(ワンタン麺大盛り、ネギ増し、麺は少なめ、麺スープ分け)だ
    ● 翻訳だと、一つの料理に見える。「大蓉加青扣底湯另上」と「油菜走油」は別の料理なので、「上」と「油」の間に読点が必要。またカッコ内には「油菜の油抜き」が必要。同様に、P143下段の最終行も「上」と「油」の間に読点が必要。原文でも「、」が入っている。

    〇P144下段、前から6行目:「大盛りのワンタン麺に、ネギ増しで。麺とスープは別々にしてもらって、油なし……あとは、麺少なめを、持ち帰りで」
    ● これでは2品しか注文していないことになり、あと(P146)の「五つ」と整合性がなくなる。
    ここの原文(初版)は「一個大蓉加青扣底、湯另上,一碟油菜走油,一個……細蓉。外帶」なので、「大盛りのワンタン麺を、ネギ増し麺少なめで。麺とスープは別々にしてもらって、それから油抜きの油菜を。それと……ワンタン麺の小盛りを。持ち帰りで」にならないといけない。「一個……細蓉」はアイ(阿怡)の注文なので、その前の「一個大蓉加青扣底、湯另上,一碟油菜走油」と別。その後にアイ(阿怡)の考えとして「とにかく安ければそれでいい」とあるのは、この注文のこと。つまり、ここでは3品注文している。
    なお、「大碗」は大盛り、「小碗」は小盛りだが、当然、麺だけでなくワンタンの量も異なるので、「細蓉」を「麺少なめ」とするのは、「扣底」との区別がつかなくなり、おかしなことになる。あとの莫探偵が店を訪れたシーンで、「大碗」はワンタンが8個、「小碗」は4個であることをアイに説明している。

    〇P144下段、前から12行目:「麺少なめにスープ分けでいいね?」「ええ……そうです」
    ●ここの原文(初版)は「細蓉也要湯另上嗎?」「啊……不用了。」で、「小盛りのワンタン麺も麺とスープを分けるかい?」「あ……いいえ」になる。そうでないと、この後で店主が分けた方がいい理由を説明する流れにつながらない。

    〇P146上段、前から2行目:「老店主は麺と総菜を五つのビニール袋にまとめると、アイに手渡した」
    ●ここの原文(初版)は「老闆煮好麺和菜,分成五個盒子装在膠袋裡遞給阿怡」なので、「店主は麺と油菜が出来上がると、5つになった容器をビニール袋に入れてアイに渡した」となる。
    「大蓉加青扣底」の麺とスープ、「油菜走油」、「細蓉」の麺とスープで、3品で容器が5つになる。それをまとめてビニール袋に入れているわけである。
    そもそも「五つのビニール袋にまとめると」は、全部バラバラで「まとま」っていないので、表現としておかしい。


    ◎P189上段最後の行:テレキャスだったらやはりスクワイヤーだろうな」
    ●原文は「Telecaster還是選原廠Fender的較有保證」なので、最後は「スクワイヤー」ではなく「フェンダー」。そもそも次のセリフに「フェンダーは高いですよ」とあるので、「スクワイヤー」では会話が成立していない。

    ◎P198上段前から11行目:「半分正解ってとこだな。これがその手のドラッグでもインスタントコーヒーのスティックに仕込んでおけば何かと便利だ。だが、コーヒーみたいに水に溶かして飲ませるドラッグといえば――睡眠薬だな」
    ●これだと、ドラッグはインスタントコーヒーのスティックに偽装することになるので、それが薬物の特定の手掛かりにならない。ここは原文では「答對了一半。假如是搖頭丸或迷幻藥,藥頭們才懶得將它們偽裝成咖啡,把藥丸扮成糖果更方便。弄成即溶咖啡的樣子的藥只有一種──迷姦藥。」なので、「半分正解ってとこだな。仮にエクスタシーや幻覚剤なら、コーヒーに偽装するのは面倒だ、キャンディーにでもするほうが簡単だ。インスタントコーヒーに仕込むようなドラッグは一つしかない――媚薬(催淫剤)だ」となる。「迷姦藥」は「迷姦粉」とも書かれる粉末の漢方薬系の催淫剤。

    ◎P240上段前から6行目:「國泰君、もう過ぎたことじゃないか。そうやってあんまり自分を責めるのはよくない」
    ●アニエのセリフとして訳しているが、原文では「『國泰,事情已過去了,別太為難自己。』雖然阿涅下了『封口令』,阿怡看到國泰一副泫然欲泣的樣子,按捺不住插嘴說道。『我很感謝你鼓起勇氣,說出這些事情……我肯定小雯在另一個世界知道,她也不會怪責你的。你多多保重,還有要好好照顧麗麗,這樣子小雯也會高興。』」と次の描写・セリフと改行されていないことから、これはアイのセリフ。

    ◎P242上段後ろから8行目:「うちはカトリックだから、そういうことにはすごく保守的なんです」
    ●これだけでは何のことかわからないし、下段にいきなり「同性愛」の話が出てくるのもおかしなことになる。原文では「『因為跟小憐交往的高年級生是位學姐啊。』國泰說:『我們是教會學校,在某些事情上很保守的。』」と前にセリフがある。「小憐が付き合っていた先輩というのは女性(お姉さま、とでも訳すべきか)だったんですよ」とでもいう意味になる。これがないと話がつながらない。

    ◎P257上段最初:「施仲南はうきうきしながら、旺角朗豪坊にある上海街に佇んでいた。それでも少し心配になって来たのか、時折忙しくあたりを見回すようにしながら、行きかう人々の姿を目で追っている。」
    ●旺角が地域名、上海街が通りの名前、朗豪坊はショッピングセンターの名前なので、「旺角朗豪坊にある上海街」はおかしい。原文は「施仲南站在旺角上海街朗豪坊旁的街角,心裡既驚且喜,同時有一點擔憂,害他不時四處張望,留意街上的人群。」となっているので、その語順通り、「旺角の上海街にある朗豪坊のあたり」、あるいは「旺角の朗豪坊がある上海街」でないとおかしい。

    ◎P345下段前から3行目「私はターリャ。でもT-A-L-Y-AじゃなくてT-A-L-I-Aね」
    ●原文では「我是Talya,拼法是T-A-L-Y-A而不是T-A-L-I-A。」なので、「私はターリャ。でもスペルはT-A-L-I-AじゃなくてT-A-L-Y-Aね」で、訳文は真逆になっている。

    ◎P367前から9行目:「彼に甥がいないことは知っていたが、赤の他人をでっち上げるよりこちらの方がうまくいくと兄は請け合った。」
    ●「赤の他人」では、このあとに「いいかい。ここであの男の妻や友達と言って書き込みをしたとする。だがそのあと本人がその内容を否定したらどうなると思う。書き込みの内容は噓とわかって、見向きもされなくなってしまうだろう。」とあるのと、矛盾まではしないが整合性が弱い。原文では「知道邵德平沒有外甥,可是兄長說這比起偽裝成任何一個真實的人

    ◎P409上段最後から2行目:「廣播道と聯合道の交差点にトイレがあります。」
    ●原文では「廣播道和聯合道交界的公園有洗手間」なので、「廣播道と聯合道の角の公園にトイレがあります。」となる。

    ◎P412下段2行目:「七時にフードコートでプルコギを食べた」
    ●原文では「七點在美食廣場吃了一客韓式石鍋拌飯」なので、「プルコギ」ではなく、「石焼ビビンバ」。

    ◎P414下段最後から6行目:「前のウィンドウには、『毎月一万稼いで家を買いたいんだけど』と『【写真あり】香港大中文学部蘭桂の酔いどれ野郎』という二つのスレッドの間に『十四歳少女の自殺には犯人がいた?』が挟まれるかたちで表示されている。しかし新しいウィンドウには『家を買いたい』のスレッドの後に『香港大』のスレッドが続いている。」
    ●原文は、「在左邊原有視窗裡「十四歲女自殺背後有黑手」夾在「我月入一萬想買樓」和「【有片】港大中文系系花蘭桂坊醉酒實錄」之間,但在右邊視窗那篇談樓價的文章之後便是港大某女生的八卦。」なので、「香港大中文学部蘭桂の酔いどれ野郎」ではなく、「香港大中文学部の美女が蘭桂坊で酔っぱらったホントの話」というような意味になる。あとの「『香港大』のスレッド」も「香港大女子大生のゴシップ」。「系花」つまり学部一の美女が泥酔しているのでゴシップになっているのであって、「野郎」男子学生が泥酔していても大した話題性はないだろう。

    ◎P421下段前から3行目:「もちろん彼女が不審に思って、店のWi-Fiに繫いだり、」
    ●ここでは、今までの流れから考えて、店の公衆Wi-Fiになりすましているはずであるので、これではおかしい。実際原文では「當然,假如她忽發奇想,跑去使用咖啡店的公共電腦上網」であり、「店のWi-Fi」を使うのではなく、「コーヒーショップの公衆PCを使ってネットに接続する」ことを言っている。この後の「彼らのほとんどは電子マネーを使っているのだから」の部分も原文では「他們都使用八達通之類的電子貨幣啦」で、「八達通之類(オクトパスのような)」という説明があるが、これは日本の読者を考えればなくてもいいだろう。

    ◎P423上段2行目:「同時に彼女は、どうしてダッキーが杜紫渝の後に続いてバスを降りなかったのかをのかを理解した。ミニバスは普通のバスと違い、降りたい停留所が近づいてきたら乗客が運転手に伝える仕組みになっている。杜紫渝が『降ります』と言ったあとに続いてダッキーがその停留所で降りたとしたら彼女に気取られてしまう危険がある。」
    ●「降りたい停留所が近づいてきたら乗客が運転手に伝える仕組み」では普通のバスと大差ない仕組みで、同じ停留所で降りることがどうして怪しまれることになるのか不明である。
    原文は「阿怡也理解鴨記為什麼沒跟隨下車,因為小巴不像巴士,乘客可以隨時請司機停車,假若杜紫渝喊「有落」後鴨記一同下車,這很容易引起對方注意。」。香港の小巴は、始発と終着とその間のルートが決まっているだけで、途中のどこでも運転手に頼んで降ろしてもらうことができる。それが「乘客可以隨時請司機停車」である。だから、「杜紫渝喊『有落』後鴨記一同下車(杜紫渝が『降ろしてください』と言った後で鴨記も一緒に降りたら)」怪しまれるのである。

    ◎P428上段4行目:「惜しいのは『マウス』はマウスで、『ネズミ』じゃなかったところだな」
    ●原文では「可惜原文裡的『老鼠』是『Mouse』不是『Rat』,不然就有夠應景了。」なので「ネズミ」と訳されているところは「ラット」。これなら、「老鼠」を「ネズミ」と訳しておいて、「惜しいのは原文の『ネズミ』は「マウス」で、「ラット」じゃなかったところだな」としておくべきだった。
    「不然就有夠應景了」は「そうじゃなければぴったりだった」という意味。

    ◎p430下段前から12行目:「あんた、本当に想像力が豊かっていうか……喩えだよ、喩え」
    ●原文では「哎,妳真是想像力平庸。那是比喻,是比喻。」なので、「あんたの想像力はほんとに平凡だな」という意味になる。訳文でも皮肉としてとらえることはできるが、アニエはずっと歯に衣着せずにストレートに発言してきたので、「平凡」としておくべき。

    ◎P433下段前から10行目:「ありがとう。レシートをもらえるかな?」
    ●原文では「謝啦。可以給我幾張紙餐巾嗎?」なので、「レシート」ではなく「紙ナプキン」。

    ◎P435下段前から6行目:「彼女のマンションの入口までは十メートルと離れていなかったが、」
    ●原文では「跟大廈入口相距不過三十公尺」なので、「十メートル」ではなく「三十メートル」。

    ◎P481上段前から3行目:会議室のパソコンには二件のプレゼンが用意されている。
    ●原文は「在會議室的電腦裡,他已準備好第二份報告」。この「第二份」は「2つ目の」の意味のはず。社長らに見せたものと、これから使う秘密裏に作ったものの2つが入っているかもしれないが、主眼になるのは秘密裏に作った「2つ目」の方だろう。

    ◎P483下段後ろから4行目:
    「ここは狭いんだ。ちょっとどいてくれ」
     アイはなにも言わず、あとに続いて階段を降りはじめる。アニエがなにを考えているのかさっぱりわからないまま、アイが五階を通り過ぎて下まで行こうとしたところで、後ろからアニエの声がした。
    ●原文は、
    「樓梯狹窄,妳別擋路。」
    阿怡無奈地走下樓梯,不知道阿涅葫蘆裡賣什麼藥。當她經過五樓,往下再走幾級時,卻聽到阿涅在身後叫住她。
    「妳別擋路」は「道を塞ぐな」という意味なので、ここはおそらく、アイが先に降りている。だから、後ろからアニエがアイを呼び止めたはず。
    アイが後ろからついて行っているのなら、先に5階についたアニエがドアを開けようと立ち止まったのを無視して、アイがアニエを追い越して降りていくことになり不自然。

    ◎P484上段前から8行目:紅紙は剝がれ落ち白い痕だけが残っている。
    ●原文は「紅色的紙屑仍黏在白色的門板上」なので、「赤い紙屑が白い門の表面に張り付いている」。「揮春」は春聯などの春節の飾りの張り紙だから、紙自体が赤い。

    ◎p487下段前から3行目:「あんたが着ていた服と手袋もみんなここに置いとけ。持っていく必要はない」
    ●原文は「妳原來的衣服、手袋全留在這兒就好,什麼都不用帶。」。「手袋」は「バッグ」。他のところではちゃんと訳されている。

    ◎p513上段前から5行目:数年前、アメリカのシリコンバレーで開催されたセミナーで知り合った銀行家がいる。今回は彼に登場してもらおうとアニエは考えた。彼といるところを目にすれば、施仲南が自分に抱いている印象をさらに強めることができるだろう。
    ●原文では「當時還發生了小插曲,阿涅碰見一位多年前在美國矽谷某研討會有過一面之緣的銀行家,考慮到可以利用對方增強自己在施仲南心中的印象,他便以司徒瑋的身分向那個外國人打招呼。」
    銀行家に会ったのは偶然なので、「今回は彼に登場してもらおうとアニエは考えた。」はおかしい。
    「この時にちょっとしたエピソードがあった。アニエは、数年前にアメリカのシリコンバレーで開催されたセミナーで知り合った銀行家とばったり再会したのだ。そこで、彼を利用して施仲南に自分をより強く印象付けようと考え、司徒瑋の身分でその外国人に挨拶した。」というような意味である。

    ◎P518下段後から4行目:キッチンとトイレだけでもきれいにしておけば、それほど頻繁に通わなくてもいいのにとも思う。
    ●パートのおばさんが掃除しているにしては汚いからキッチンとトイレだけやっているのだろうと思っていたけど、6階以外をパートのおばさんが全部掃除しているので、週2できていることに納得、という場面のはず。
    原文では「假如光是清潔阿涅家的廚房和廁所,可不用來得如此頻密吧。」なので、「アニエの家のキッチンとトイレを掃除するだけだったら、これほどの頻度で来る必要なんかないのだ。」というような意味になると思う。

    ◎P535上段鵜最終行:
     ウェンディはフォトフレームをそばに置くと、腕組みをしながら、
    「しっかり姉さんを護ってあげてね。私もちゃんと見ているから」
     ウェンディはどちらかというと大雑把な性格でシウマンのこともめったに口にしないが、この言葉は、アイには嬉しかった。

    原文では、
    Wendy將相架放在身旁的架子上,雙手合十,說:「妹妹妳要保佑妳姊姊啊,我也會好好看顧她的。」
    雖然Wendy個性粗枝大葉,在阿怡面前不避諱地提及小雯,但此刻阿怡卻心懷感激。
    「雙手合十」は「手を合わせて」。死者の写真に向かって「腕組みをしながら」はいくら何でもおかしい。
    「大雑把な性格」なら「シウマンのこともめったに口にしない」はずはない。
    「在阿怡面前不避諱地提及小雯」は「アイの前でも気にしないでシウマンのことを話題にする」で、訳文は意味が逆。

    • くろさん
      コメント失礼します。最近華文ミステリが評判良いので期待しつつ本作を読んだのですが、なんというか本筋にはそこまで影響ないけど前後で辻褄があわな...
      コメント失礼します。最近華文ミステリが評判良いので期待しつつ本作を読んだのですが、なんというか本筋にはそこまで影響ないけど前後で辻褄があわないというか、不自然な表記が多く、違和感を感じながら読み進めていました。が、↑でいただいた解説を読みいくつかの点ですっきりしました。ありがとうございます。本作に対する若干のガッカリ感は訳のクオリティによるところが大きそうなのでまためげずに華文ミステリ読んでみたいと思います。
      2021/03/15
  • 網内人
    著作者:陳浩基
    発行者:文藝春秋
    タイムライン
    http://booklog.jp/timeline/users/collabo39698

  • かなり分量が多いが一気に読める。イマサラながらのネット掲示板の恐ろしさ。嘘で人は動く、知らないヤツが知ったように語る、真実はどちらでもいい他人。アニエ(復讐請負人)の人情が救い。

  • インターネットの闇を暴け!!

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著者プロフィール

●著者紹介
1975年生まれ。香港中文大学計算機学科卒。台湾推理作家協会の海外会員。2008年、短篇「ジャックと豆の木殺人事件」が台湾推理作家協会賞の最終候補となり、翌年「青髭公の密室」で同賞受賞。2011年『世界を売った男』で第2回島田荘司推理小説賞を受賞。2014年の連作中篇集『13・67』は台北国際ブックフェア大賞など複数の文学賞を受賞し、十数ヵ国で翻訳が進められ国際的な評価を受ける。2017年刊行の邦訳版(文藝春秋)も複数の賞に選ばれ、2020年刊行の邦訳の『網内人』(文藝春秋)とならび各ミステリランキングにランクインした。ほかの邦訳書に自選短篇集『ディオゲネス変奏曲』(早川書房)がある。

「2021年 『島田荘司選 日華ミステリーアンソロジー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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