星落ちて、なお

著者 :
  • 文藝春秋
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感想 : 95
  • Amazon.co.jp ・本 (321ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163913650

作品紹介・あらすじ

鬼才・河鍋暁斎を父に持った娘・暁翠の数奇な人生とは――。
父の影に翻弄され、激動の時代を生き抜いた女絵師の一代記。

不世出の絵師、河鍋暁斎が死んだ。残された娘のとよ(暁翠)に対し、腹違いの兄・周三郎は事あるごとに難癖をつけてくる。早くから養子に出されたことを逆恨みしているのかもしれない。
暁斎の死によって、これまで河鍋家の中で辛うじて保たれていた均衡が崩れた。兄はもとより、弟の記六は根無し草のような生活にどっぷりつかり頼りなく、妹のきくは病弱で長くは生きられそうもない。
河鍋一門の行末はとよの双肩にかかっっているのだった――。

感想・レビュー・書評

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  • これまで葛飾北斎の娘・応為、歌川国芳の娘・お芳の話など、有名絵師の娘の物語を読んだが、今回の作品は河鍋暁斎の娘・とよが主人公。

    物語は暁斎の葬儀が行われた明治二十二年春から大正十三年冬まで、とよの年齢で言えば二十二歳から五十七歳までを描く。
    北斎の娘・応為は北斎の片腕となって北斎の絵の一部となり国芳の娘・お芳は絵師ではなく絵描きとして生きた。
    ではとよは?と言えば、暁斎の絵の呪縛から離れられずそれでいて暁斎の絵を越えられない苦しさの中で生きていた。

    偉大な親を持つというのはそれだけで大変だと思う。何かと親と比べられるのだから。いっそのこと妹のきくや弟の記六のように絵の才がなければ楽だろうと思うが、不幸なことに河鍋家では絵を上手く描ける者が尊重された。
    暁斎の才を引き継いだ長男の周三郎(暁雲)と次女のとよ(暁翠)だけだったが、二人とも苦しい人生だったように思う。

    何しろ時代は明治に入り、西洋文化が急激に入って絵の流行や評価が目まぐるしく変わる。
    あれほど持て囃された狩野派や暁斎の絵は『古画』と呼ばれるようになった。
    とよが若い女流画家・栗原玉葉の悪気のない言葉に傷つくが、暁斎の弟子でとよの後援者であった真野八十五郎(暁亭)も現代的な作風で売れている。
    とよにも絵の依頼は途切れないが、挿絵が主で自分が描きたい絵とは違う。

    『俺たちは所詮、親父の絵から離れられねえ。その癖、あいつを越えられもしねえ』

    『暁斎は獄、そして自分たちは彼に捕らわれた哀れな獄囚だ。絵を描くとはすなわち、あの父に捕らわれ続けることなのだ』

    端からみればとよはコンスタントに仕事をこなし作品も出しているし、一時は女子美術学校で教鞭もとった立派な女流画家だ。短い期間とは言え結婚もし娘も授かった。
    家事から育児まで切り盛りしてくれる内弟子りうや八十五郎親子のように、とよが画業に専念出来るようにバックアップしてくれる人々がたくさんいる。
    暁斎ほどではないが、それなりに成功した人生のように見える。

    だがその胸の内は常に苦しみがあった。
    また自身の結婚は破綻した。夫は優しくとよを自由にしてくれた。しかしとよの画家としての苦しみや哀しみを理解出来なかった。
    そんなとよの目には暁斎の弟子でスポンサーでもあった鹿島清兵衛の転落や、八十五郎一家の危ういバランスの中でも保たれている夫婦の関係がどう見えたのだろう。羨ましく見えたのか、不可解と見えたのか。

    それでも暁斎の作品が見つかったと聞けば買い取ろうとし、暁斎作品を持っている人たちから借り受けて定期的に展覧会を開き…とやはり父の獄からは逃れられない。
    父・暁斎を憎みながらも彼の絵が時代遅れだと言われれば怒りが込み上げる。
    その複雑な心理は八十五郎の息子・松司にも似ている。八十五郎のせいで家庭が破綻しかけていることを怒りながらも絵の修業をしたいととよに弟子入りする。

    偉大な父への思いと自身の表現とのぶつかり合いせめぎ合いの物語。
    北斎に負けず劣らずお騒がせな人物だったという暁斎を父に持って、そうした意味でも大変だっただろうがとよ本人はただひたすらに絵と向き合う人生だった。
    最後は素直に娘として父を語るシーンだったのがほっとする。

  • 「自分はただ、腹立たしいほどの高みにいるあの星を、今もぽっかりと仰ぎ続けている」
    偉大な絵師である父と、その父の筆を引き継ぐ異母兄。
    河鍋暁翠こと”とよ”の前に立ちはだかる二つの星はあまりにも眩しすぎる。
    絵師としての才に恵まれた二人に追いつこうとするも遠く及ばず、とよは己の画力に嘆いてばかり。

    けれど嘆いてばかりもいられない。
    時代とともに周囲から求められる画風も移ろい、時代遅れと見下される父と異母兄の絵を守るため一人奮闘する。
    偉大な星の眩しさを知る者としての務めを果たせるのは、己しかいないのだから。

    明治から大正を生きた女絵師の半生を描いた物語。
    朝井まかてさんの『眩』とつい比較してしまう。
    奔放な絵師を父に持ち、幼い頃から絵筆を持たされた女絵師。目の上のタンコブ的父の影響力は、生前はもちろん死してからも変わらずに娘の行く手を阻むもの。
    肩の上に勝手に置かれた重石を取り除くことができず苦しみながらも、絵筆という特殊な武器を持った女たちは、やはりさっぱりとしてカッコいい。

  • いつもでしたら、文庫化を待って購入するのですが、今回は単行本で早く読んでよかったと心底思っています。

    元々、絵師が題材の時代小説は大好きです。河鍋暁斎は好きな絵師でもあります。

    その娘の生涯は苦しく、足掻いても、どんなに求めても、父どころか兄にも届かない。

    しかも時代は江戸から明治・大正と変わる中で己の絵と河鍋暁斎・画鬼の血を引くものとしての矜持が身を引き裂くような辛さが文面から感じられます。

    こうした人生を送ることは、私のような平凡な人間からみるとある意味では幸せなのかもしれませんが、巻き込まれた己も家族も辛いのも理解できる。

    それでもその人生は落ち行く星が最後まで輝くように今の私たちのもとで輝くのではないかと思うのです。

    直木賞をとった取らないではなくても、この作品は胸を打ちますし、これからも何度も読み返すのだと思います。

    怒涛の一気読みでした。読む手が止まりませんでした。

  • Ground Y 2020 Spring/Summer Collection "画⻤"と呼ばれた幕末明治の絵師「河鍋暁斎-かわなべ きょうさい-」との世界初のコラボレーションを発表neol.jp | neol.jp
    https://www.neol.jp/fashion/91937/

    『星落ちて、なお』澤田瞳子 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS
    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163913650

  • 清兵衛のことばに胸打たれた
    「わたしはつくづく思うんですよ。人ってのは結局、喜ぶためにこの世に生まれて来るんじゃないですかね」
    「この世を喜ぶ術をたった一つでも知っていれば、どんな苦しみも哀しみも帳消しにできる。生きるってのはきっと、そんなもんじゃないでしょうか」
    人は喜び楽しんでいいのだ。生きる苦しみと哀しみと、それは決して矛盾しない。いや、むしろ人の世が苦悩に満ちていればこそ、たった一瞬の輝きは生涯を照らす灯となる。
    言い切ってもらい、最近、母の容態が悪く沈みがちだったので、私も救われた。
    河鍋暁斎の家に生まれた長女・とよは、兄の暁雲と比較しながら己の技量をずっと反問し続けて来た。やっと、とよは上記の清兵衛のことばで解放されたのだろう。
    原田マハさんの『リボルバー』もゴッホとゴーギャンの絵を描くライバル同士の凄まじい葛藤が描かれていた。比べるわけではないが、たまたま前後して読んだので、リボルバーではさほど共感できなかったが、本作ではすとんと胸に落ちた。その前に読んだ『曲亭の家』は名高い戯作者・馬琴の家に長男の嫁として入ったお路の半生の物語だっだった。
    過去に生きた人たちの生き様を知ることで、露の世とも云われる短い人生を駆けぬけていった先人たちに励まされる。

  • 『スモールワールズ』に続いて、直木賞候補二冊目読了。
    どちらもとても良かったので、両方に受賞してほしいなあ。

    明治大正と、激動の時代を生きた画家河鍋暁翠と
    その周囲の人たちを描いたもの。

    それぞれの感情がすごく上手に表現されていて、
    とても面白かった。
    しかし暁翠(とよ)の娘よしの気持ちが謎のまま終わってしまった気がします。

    〈風かと疑うほど微かな音が、とよの耳を叩いた。
    え、ととよが問い返す暇もあればこそ、
    よしがぐるりと寝返りを打つ。〉

    〈しかしあの夜以来、よしは陽気な普段に似合わず考え込む顔をする折が増えており、(中略)
    あの夜、よしは何を呟いたのだろう。
    改めて尋ねようにも、家族よりも間借り人の方が多い毎日では、娘と二人きりになることすら難しい〉

    結局私にはわからないまま終わってしまったのです。
    ただ、振り返るとその前に
    〈「松司兄ちゃんの」
    いつも明るい娘にしては珍しく、よしの声音には怯えが混じっている。あの激震の直後だけに、それをさして不審にも感じず、とよは脱いだばかりの下駄を再度突っかけた〉
    とあるのが思わせぶりで、ひっかかっていた私。

    よしは松司のことが好きなのではないか、と周りが思っていたのは確かです。
    このあたり読み解いた読者はいるでしょうか。
    直木賞受賞となれば、文壇の皆さんの解説があるかもしれない。

    余談ですが、先日読んだDaiGoさんの『超決断力』によると
    〈文学作品を読む機会が多い人は、客観的に見て本人にとってより良い決断を下せる可能性が高くなる…という研究データがあります〉

    ウェストミンスター大学の研究チームによる結論
    〈上質なフィクションを読むことで、効果的な意思決定が可能になる〉

    簡単には結論が出ず、問題を二分しない作品を推奨していて、日本で言えば、大きく分けて芥川賞にノミネートされているタイプの作品が当てはまるのではないか、とDaiGoさんは言いますが、直木賞候補でもあり得るのではないでしょうか。

    もやもやしますが、自分のためと思って、受け入れます。

  • 河鍋暁斎の娘、「とよ」の数奇な人生を描いた時代物小説です。
    人生の目標や家族とは?等、とても深い内容でした。
    ぜひぜひ読んでみてください

  • カバー絵は河鍋暁斎の娘とよ(暁翠)の筆
    彼女の一代記
    すごい絵を描いていたんだんなあと初めて知る
    帯に「偉大過ぎる父親を持ってしまった河鍋とよの一代記」とある
    明治大正を日本画家として生き抜いたとよ
    その苦悩が時代背景と共に丁寧に描かれている
    かっこいい人だなあ
    そう感嘆する
    父兄を超えるための日々の精進
    でも、思うのだ
    人は喜ぶためにこの世に生まれてくるんだ と。
    いくつもの星が落ちるさまを見てきた
    その輝きを指し示したいと思うに至ったとよであった

    ≪ 画鬼の父 娘は何を 目指すのか ≫

  • 河鍋暁斎の娘、とよ。彼女の絵師・暁翠としての半生を描く。
    蛙鳴く  かざみ草  老龍  砧  赤い月  画鬼の家
    主要参考文献有り。
    奇才・河鍋暁斎の死。
    当時22歳のとよが河鍋家の諸事を引き受けることになる。
    複雑な兄弟・姉妹の関係にある、軋轢。
    暁斎の弟子や支援者との関係。
    父・河鍋暁斎の存在と影響は、死してもなお、彼女に絡みつき、
    苦悩の道を歩ませる。画鬼の家に生まれた者の葛藤は半生を覆う。
    明治から大正の時の移ろい、時代の変遷。
    日本の美術界の変化と流行。
    父との紐帯は画技。捉われた兄の生き様と死に様。
    父と兄を憎みながらも、手放せぬ愛着。それでも絵を描く、とよ。
    その紐帯は近しい人々にも影響を与えていたのか。
    酒問屋の8代目・鹿島清兵衛は養子先を追われ、妾と共に生きる。
    真野八十吉と息子の八十五郎、孫の松司は、絵を描く道に
    捉われ、おこうは彼らに絡みつく“絵を描く事”に嫉妬する。
    57歳に至るまでの、とよの煩悶の奥深きこと・・・。
    読んでる自分も、その葛藤に悶々としてしまいました。
    だけど、老いた清兵衛の「人は、喜ぶために生まれてくる」
    という言葉に、目の前が開けたような心地がしました。
    残されたのは絵だけでない。
    言葉にして生きた事実を残すことも大事であり、
    とよでなければ出来ないことである。それは画鬼の家に
    生まれた最後の者の務め。確かに輝いていた星があったこと。
    だからこそ、現在の私たちに河鍋暁斎を知る喜びを
    与えてくれるのだと、思う。
    村松梢風の『本朝画人傳』と、
    鹿島清兵衛がモデルという森鷗外『百物語』は読んでみたい。

  • 生き悩む人間の一筆を辿る。

    清兵衛の
    「人ってのは結局、喜ぶためにこの世に生まれてくるんじゃないですかね」という
    セリフになんだかハッとした。

    幼き頃の恍惚とした表情。
    雑踏、猥雑の四囲。
    いつのまにかすり減る魂。
    「初心にかえる」とは自分の気持ちに問い直しをすること。

    「星落ちて、なお」自分はどう生きるのか。
    人生をどうつくるのか。
    世襲、世間の目はあるが
    自分の人生は自分しかつくれない。
    自分にしか自分の喜びは感じられない。

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著者プロフィール

1977年京都府生まれ。同志社大学文学部文化史学専攻卒業、同大学院文学研究科博士課程前期修了。時代小説のアンソロジー編纂などを行い、2010年『孤鷹の天』で小説家デビュー。2011年同作で第17回中山義秀文学賞を最年少受賞。2012年『満つる月の如し 仏師・定朝』で第2回本屋が選ぶ時代小説大賞、第32回新田次郎文学賞受賞。2015年『若冲』で第153回直木賞候補。2016年同作で第9回親鸞賞受賞。2019年『落花』(中央公論新社)で第32回山本周五郎賞候補および第161回直木賞候補に。2021年『星落ちて、なお』で第165回直木賞受賞。

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