- 本 ・本 (328ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163913650
作品紹介・あらすじ
【第165回直木賞受賞作!】
鬼才・河鍋暁斎を父に持った娘・暁翠の数奇な人生とは――。
父の影に翻弄され、激動の時代を生き抜いた女絵師の一代記。
不世出の絵師、河鍋暁斎が死んだ。残された娘のとよ(暁翠)に対し、腹違いの兄・周三郎は事あるごとに難癖をつけてくる。早くから養子に出されたことを逆恨みしているのかもしれない。
暁斎の死によって、これまで河鍋家の中で辛うじて保たれていた均衡が崩れた。兄はもとより、弟の記六は根無し草のような生活にどっぷりつかり頼りなく、妹のきくは病弱で長くは生きられそうもない。
河鍋一門の行末はとよの双肩にかかっっているのだった――。
感想・レビュー・書評
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錦絵、やまと絵、浮世絵、漢画、墨画、狩野派、土佐派…。日本画の歴史の中にはさまざまな技法があった。
この小説の主人公、河鍋とよの父、河鍋暁斎は幕末から明治初期にかけて生きた画家。錦絵を得意とする歌川国芳を最初の師とし、その後写生を重んじる狩野家で厳しい修行を積み、やまと絵から漢画、墨画まで様々な画風を自在に操った。
画題のほうも風俗画、狂画、動物画、版画、引幕と何でもこなし、毎日ひっきりなしに絵の依頼が持ち込まれ、弟子の数も軽く二百人を越していた。
そんな「画鬼」た呼ばれた父、暁斎が五十九歳で没した後、娘、とよ(暁翠)は河鍋家を守り、僅かに残った弟子を引き受け、父の腕には全く及ばないと自覚しながらも父の画法を受け継いだ。
もう一人、暁斎の絵を受け継いだのは、腹違いの兄、周三郎。幼い時に養子に出されたため、家族の中で「除け者」にされているという意識があり、死に際の父親にもそっけなく、とよにも嫌みばかり言っていたが、誰よりも暁斎の絵を受け継ぎ、腕が良いことはとよも認めざるを得なかった。
とよは五歳の時に父がサラサラと描いた「柿の枝と鳩」の絵を「これを何千回も練習しろ」と渡されてから、父の弟子であり助手であった。「絵を好きだ」と思ったことはなく暁斎ととよと周三郎の間には親子の「赤い血」ではなく絵師の「黒い墨」で結ばれており、とよと周三郎は逃れたくても逃れられない、暁斎の「獄」の中にいた。
「どんなに修行してもとうてい父には追いつけない」と分かっていても、とよは幸せな結婚を破綻させてでも絵の道を選び、やがて「古画」と呼ばれるようになってしまった暁斎の画風を守り続けた。
兄、周三郎も最後は父親と同じ病と闘いながら、新しく台頭してきた「朦朧体」と呼ばれる橋本雅邦率いる一派と敵対し、殆ど売れなくなっても暁斎の絵を頑なに引き継いだ。
橋本雅邦。狩野派の人だったらしいが、西洋画の影響を受け、遠近法を取り入れ、従来の日本画のように線をくっきり描かない「朦朧体」と呼ばれる手法を確立させた人。東京美術学校の創設者の一人であり、弟子に横山大観や菱田春草がいると知って、「ああ」と思った。詳しくは分からないが、そういえば、「現代日本画」と言われる絵は殆どその流れを汲んでいる?と思った。
幕末。それまでの長い日本の歴史の中のあらゆる画法を貪欲に自分のものにし、勢いがあり混沌とした時代の中で、面白く、猥雑で楽しい絵を次々に生み出し続けた、河鍋暁斎。
一方、明治。西洋画の流入に流され、消えていきそうになる日本独自の絵画を西洋画と融合させて、日本独自の「日本画」を作り出した、橋本雅邦。どちらも狩野派の修行をしてきた人であり、どちらも日本の絵に対する愛があった人であり、どちらも幕末から明治にかけて「古いものを守りながら新しいものを生み出していった人」であった。
だけど、結果論からいえば、古い時代の日本の最後の花火のような輝きとなった暁斎と「新しく」「流行」となり「残った」雅邦の一門。
美しく、落ち着いた気分になる、雅邦一派の絵と「これでもか」というくらい、見る人を楽しませ、怖がらせる暁斎の絵。どちらもすごい。そして、こんな素晴らしい芸術が生み出されたのは幕末、明治ならではだったと思う。だから面白い。幕末、明治の時代。そして、絵ごころはないが美術史には興味がある私には面白かった。
とよは「赤い血」ではなく「黒い墨」で結ばれている暁斎との親子関係を憎んだが、とよの周りの人たちにはとよが思うような幸せな「親子」「夫婦」関係を築いていた人はいただろうか?とよの兄弟弟子の真野八十五郎は絵に打ち込むあまり、自分の家の商売も家庭もほったらかして家族に疎まれた。河鍋家のパトロンであった鹿嶋清兵衛は息子を亡くした悲しみから芸術と芸妓に放蕩し、鹿嶋家と縁を切られ、ぽん太という芸妓を身請けして、貧しい暮らしに落ちぶれた。そのことを後悔しながらも「ぽん太を自由に出来たという喜びだけは消えなかった」と晩年に話した。
憎しみながらも体の中を流れる赤い血のように狂うように夢中になるもの。それが生涯ある人は幸せなんだなと思った。
澤田瞳子さんという作家。お母様が澤田ふじ子さんらしく(読んだことないが名前だけは存じあげてます)この小説の主人公と同じく親と同じお仕事をされている方。とても達者な文章で主人公とその周りの人の生涯と時代をバランス良く書かれていると思った。ただ、バランス良すぎて、例えるなら暁斎の絵のような「癖」とか「勢い」にかけるな。伝記が書きたいのかドラマが書きたいのかどっちだろう。と偉そうな感想を持ちながら読んでしまった。
けれど、すぐにレビューを書けなかったので、その間、寝かしていて分かった。一番言いたいことは書かなかったよな。わざと書かずに流されているなと。
とよは「画鬼」の娘という、自分のような生涯を送らせたくないから、娘の“よし“には絵を教えなかった。けれど、よしはとよの見ていないところで絵を練習していた。そんなよしが寝る時に布団の中で呟いた言葉。それはとよにはっきり聞き取れなかった。その言葉が何だったのかそれ以上言及されていなかったが、沢山のことを書き込んでいるようで、大事なことはくどくど言わずにさり気なく流す流石な腕前の作家さんなのかもしれない。
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幕末から明治に活躍した浮世絵師・日本画家、河辺暁斎。自ら画鬼と称し、才能もさることながら、絵に対する貪欲な欲求のまま生きたような人物像。その娘、暁翠が父の死後、その門下を守りながら、明治、大正、そして昭和まで激動の社会、震災をくぐり抜け、生き抜いた一代記となります。
年代ごと6章に構成されて、その時代の彼女の人生、周囲の人達の変化に加えて、絵画の流行を書き、歴史物としても魅力的です。
巨星落ちて、兄は父に挑み続け、暁翠は門下最後の絵師として父の絵を守り続ける。画鬼の娘としての人生は、彼女が望んだものだったのか。振り返れば、絵によって巡りあった人達との一生であり、父を父の絵を守り伝える事は、彼女の人生となった。
直木賞らしい作品だなと思います。としても、読後、少し物足りない気持ちでした。暁翠の一代記と思うのに、彼女の作品や彼女の意識が明らかにない感じ。もしや、そこが澤田さんの手のうちなのかもしれないとも。父や兄に比べれば、天武の才能が乏しく、真面目で常識人。普通に近い女性が関わらなければならない天才達との一生を淡々と。
澤田さんの平安時代あたりの作品を読みたいと思いました。-
おびのりさん、初めまして!
『星落ちて、なお』は一昨年の秋に読みました。ちょうど遠住みの母が病床にある頃でした。とよの煩悶が描かれていて、...おびのりさん、初めまして!
『星落ちて、なお』は一昨年の秋に読みました。ちょうど遠住みの母が病床にある頃でした。とよの煩悶が描かれていて、暁翠の一代記として読むつもりだった私も当てがはずれてしまったような気持ちになったのを憶えています。でも、清兵衛のことばにはっとさせられたのでした。
それから一年後に読んだ本『博物館の少女 怪異研究事始め』に、たまたまとよが出てきて再会! そこに登場したとよは、本書とは違い、明るく聡明な少女に描かれていてほっとしたのです。
それをどうしても伝えたくてコメントさせて戴きました。
2023/01/29 -
しずくさん、コメントありがとうございます。
そして、はじめまして。
レビューを拝見してきました。丁重なレビューで、作品の事もよく分かりました...しずくさん、コメントありがとうございます。
そして、はじめまして。
レビューを拝見してきました。丁重なレビューで、作品の事もよく分かりました。
「星落ちて、なお」は、皆さん評価が高い作品で、勇気を持って?多少不満を書きました。^_^
でも、そこのところをわかっていただいて嬉しいです。ご紹介いただいた「博物館の少女」是非読んでみたいと思います。
フォローさせていただいていいですか?
しちゃいますけど。2023/01/29 -
おびのりさん、おはようございます。
フォローをありがとうございました!
そして、「星落ちて、なお」と「博物館の少女」などの他の拙レビュー...おびのりさん、おはようございます。
フォローをありがとうございました!
そして、「星落ちて、なお」と「博物館の少女」などの他の拙レビューを読んで下さったことも。
「博物館の少女」は児童書に分類されていますが、私的には愉しめました。
澤田さんとの出会いは『孤鷹の天』で即ファンになり、何作か読みましたが『若冲』が二番目に好きかも。2023/01/30
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これまで葛飾北斎の娘・応為、歌川国芳の娘・お芳の話など、有名絵師の娘の物語を読んだが、今回の作品は河鍋暁斎の娘・とよが主人公。
物語は暁斎の葬儀が行われた明治二十二年春から大正十三年冬まで、とよの年齢で言えば二十二歳から五十七歳までを描く。
北斎の娘・応為は北斎の片腕となって北斎の絵の一部となり国芳の娘・お芳は絵師ではなく絵描きとして生きた。
ではとよは?と言えば、暁斎の絵の呪縛から離れられずそれでいて暁斎の絵を越えられない苦しさの中で生きていた。
偉大な親を持つというのはそれだけで大変だと思う。何かと親と比べられるのだから。いっそのこと妹のきくや弟の記六のように絵の才がなければ楽だろうと思うが、不幸なことに河鍋家では絵を上手く描ける者が尊重された。
暁斎の才を引き継いだ長男の周三郎(暁雲)と次女のとよ(暁翠)だけだったが、二人とも苦しい人生だったように思う。
何しろ時代は明治に入り、西洋文化が急激に入って絵の流行や評価が目まぐるしく変わる。
あれほど持て囃された狩野派や暁斎の絵は『古画』と呼ばれるようになった。
とよが若い女流画家・栗原玉葉の悪気のない言葉に傷つくが、暁斎の弟子でとよの後援者であった真野八十五郎(暁亭)も現代的な作風で売れている。
とよにも絵の依頼は途切れないが、挿絵が主で自分が描きたい絵とは違う。
『俺たちは所詮、親父の絵から離れられねえ。その癖、あいつを越えられもしねえ』
『暁斎は獄、そして自分たちは彼に捕らわれた哀れな獄囚だ。絵を描くとはすなわち、あの父に捕らわれ続けることなのだ』
端からみればとよはコンスタントに仕事をこなし作品も出しているし、一時は女子美術学校で教鞭もとった立派な女流画家だ。短い期間とは言え結婚もし娘も授かった。
家事から育児まで切り盛りしてくれる内弟子りうや八十五郎親子のように、とよが画業に専念出来るようにバックアップしてくれる人々がたくさんいる。
暁斎ほどではないが、それなりに成功した人生のように見える。
だがその胸の内は常に苦しみがあった。
また自身の結婚は破綻した。夫は優しくとよを自由にしてくれた。しかしとよの画家としての苦しみや哀しみを理解出来なかった。
そんなとよの目には暁斎の弟子でスポンサーでもあった鹿島清兵衛の転落や、八十五郎一家の危ういバランスの中でも保たれている夫婦の関係がどう見えたのだろう。羨ましく見えたのか、不可解と見えたのか。
それでも暁斎の作品が見つかったと聞けば買い取ろうとし、暁斎作品を持っている人たちから借り受けて定期的に展覧会を開き…とやはり父の獄からは逃れられない。
父・暁斎を憎みながらも彼の絵が時代遅れだと言われれば怒りが込み上げる。
その複雑な心理は八十五郎の息子・松司にも似ている。八十五郎のせいで家庭が破綻しかけていることを怒りながらも絵の修業をしたいととよに弟子入りする。
偉大な父への思いと自身の表現とのぶつかり合いせめぎ合いの物語。
北斎に負けず劣らずお騒がせな人物だったという暁斎を父に持って、そうした意味でも大変だっただろうがとよ本人はただひたすらに絵と向き合う人生だった。
最後は素直に娘として父を語るシーンだったのがほっとする。 -
第165回直木賞受賞作。
天才絵師・河鍋暁斎が死に、一門を継いだ娘のとよ。
「御一新」があり、世間の価値観が移り変わっていく中、旧弊と謗られる暁斎の絵を継ぐことも超えることもできず煩悶しながら、激動の時代を生き抜く姿を描く。
はっきり言って歴史小説は苦手(日本のは特に…)なので、最初は頑張って読んだ。
でも、すぐにストーリーに引き込まれた。
とよの人生に強く共感したからだと思う。
たまには、こういう小説もいいね、と思った。 -
画鬼と呼ばれた河鍋暁斎については教科書か何かで見たような気がする。ド派手な鬼とか奇抜な絵だったような。
そんな天才の元に生まれた娘のとよ(暁翠)が、絵の才能で越えられない父に悩む本。
腹違いの兄も同様に悩んだ生涯。結局、父も兄も死に方が一緒だったというだけ。兄妹が、世間で廃れた狩野派(河鍋派?)にしがみつきながら、洋画や新しい技風を貶しながら流行らない絵を描いて行く。父の元支援者達の家庭も絵や趣味で崩壊して行く。
最後にやっと父の絵と折り合いが付く。内容的に重く暗い内容が多く、気軽に読めない。
ほぼ10年単位毎の章の進め方も馴染めなかった。 -
河鍋暁斎の長女、河鍋暁翠(とよ)のバイオグラフィ。画鬼巨匠を父に持つ女絵師とよ、父や兄に対してコンプレックスは抱いているが、それなりに素直なエモーショナルを発露できるいい子。兄、周三郎のほうが魅力的な人物に描かれている。あと、パトロンだった清兵衛との関係が長々と描かれるうえに、いい台詞を清兵衛に言わせているのが興味深い。
明治から大正にかけての時代の出来事がうまく描かれていて面白い。ただ、こういう系統小説は多く、巨匠の娘テンプレからはあんまり外れてもおらず、目新しくはない。個人的には画集を集めているほど暁斎の画のファンではあるが、彼の私生活や家族についてはあまり興味はないので、さらにその娘となると、色々大変だろうなと思う程度で申し訳なくなるぐらいではあった。文章がうまいのでサクサクと読ませてくれはする。大変優しいふんわりした読了感。 -
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https://wan.or.jp/article/show/98782022/01/11
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清兵衛のことばに胸打たれた
「わたしはつくづく思うんですよ。人ってのは結局、喜ぶためにこの世に生まれて来るんじゃないですかね」
「この世を喜ぶ術をたった一つでも知っていれば、どんな苦しみも哀しみも帳消しにできる。生きるってのはきっと、そんなもんじゃないでしょうか」
人は喜び楽しんでいいのだ。生きる苦しみと哀しみと、それは決して矛盾しない。いや、むしろ人の世が苦悩に満ちていればこそ、たった一瞬の輝きは生涯を照らす灯となる。
言い切ってもらい、最近、母の容態が悪く沈みがちだったので、私も救われた。
河鍋暁斎の家に生まれた長女・とよは、兄の暁雲と比較しながら己の技量をずっと反問し続けて来た。やっと、とよは上記の清兵衛のことばで解放されたのだろう。
原田マハさんの『リボルバー』もゴッホとゴーギャンの絵を描くライバル同士の凄まじい葛藤が描かれていた。比べるわけではないが、たまたま前後して読んだので、リボルバーではさほど共感できなかったが、本作ではすとんと胸に落ちた。その前に読んだ『曲亭の家』は名高い戯作者・馬琴の家に長男の嫁として入ったお路の半生の物語だった。
過去に生きた人たちの生き様を知ることで、露の世とも云われる短い人生を駆けぬけていった先人たちに励まされる。
著者プロフィール
澤田瞳子の作品





