- Amazon.co.jp ・本 (229ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163914015
作品紹介・あらすじ
行方不明の父、未完の『銀河鉄道の夜』、書きかけの小説。三つの未完の物語の中に「私」は何を見い出すのか? 人生の岐路に立つ女子大学院生を通して描く、魂の彷徨の物語。
感想・レビュー・書評
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島本理生さんには以前小説の講座を受講する機会に恵まれ、その時に予習として初期の作品はほとんど全部拝読してから受講したのですが(『ファーストラヴ』あたりまで読みました)それ以後ご無沙汰で、この作品は、宮沢賢治に関係した作品だと知ったので読みたくなりました。
キャッチコピーは「父の失踪、書きかけの小説、『銀河鉄道の夜』。」ーあの夏、三つの未完の物語が「私」を突き動かしたーだったのですが、賢治に関わるミステリーを期待して読んだのですが、かなり期待とは違う、宮沢賢治はほのかに香るくらいの作品でした。
とても淡い感じのする物語で、日本文学を学ぶ大学院生の主人公春のさわやかな成長物語だと思いました。
春は恋人の三歳年上の亜紀くんに結婚しようと言われ悩みます。
小説家の吉沢さんのところでアルバイトを始め、父と同年代の吉沢さんに失踪した父のことを聞いてもらいます。春の父はなぜか母や春ではなく自分の妹宛ての手紙一本だけ残し失踪してしまったのです。
吉沢さんは春に的確な助言を与えてくれます。
でも、吉沢さんももうすぐ引っ越ししてお別れです。
春はこれからは自分で歩いていこうと思います。
そして亜紀くんとの出会いを振り返る春。
作者あとがきによりますと、本作の執筆中、島本さんはなぜか十代の頃に書いた『生まれる森』という小説のことを思い返していたそうです。あの頃に迷い込んだ森とは、なんだったのか。
確かに私もこの作品は島本さんの初期の作品に近いと思いました。
当時、書かれた詩だそうです。
君が痛いと泣いた
森には雪が降っていた
私は捨てた
かかとから、あふれ出した血が眠るうさぎの耳を染める
遠いたびの終わりには
ただ
身を寄せ合い
からまる夜をほどいて
この森を出ていく
わたしたちはこの深い場所で生まれ
いつか
抜け出すことができるだろう詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
新刊は図書館待ちが基本なのだが、島本理生さんの作品は「2020年の恋人たち」に引き続いて2作連続で買ってしまった。島本さんの小説に自分が何を期待しているのかわからないが、書店で見かけるとメンタルが引き寄せられてしまう。
コロナ禍の2020年。春と亜紀の夏休み。
春は、幼い頃失踪した父の謎を追いかけ、恋人・亜紀との二人の関係性を見つめ直す。
自分探しの旅の物語だ。
あとがき読むと、島本さん自身がここ数年は悩み迷っているという。そのモヤモヤ感が伝わってきたが、それがなぜか心にフィットするというか、あたたかみを感じるというか、救われた気になった。
島本さんは、「そこに救済を必要とする登場人物がいるから書くのだ」という。
そして、読者は登場人物を理解しようとし感情移入することで、間接的に作家さんに救われる。
だからこそ、読書はかけがえのない時間なのだ…と自分でも何言っているのかわからなくなってきた笑
この本読む前に、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」は読んでおいた方が良いかもしれません。僕はこれから読みます。 -
恋愛やその他におけるあいまいな感情、定まらない気持ちについて書くのが巧みな作家さんだなあと思った。
父親が失踪した。叔母は心がおかしくなった。どれも新興宗教がらみだ。
面倒な家族環境であると自覚してきた春。
それから、何か心に足りない部分、どうしても埋まらない欠けた部分を抱えてきた。
くすぶる感情。矛盾した気持ち。
ずっと知らないふりをして、蓋をしてきたもの。
人に気に入られたい。こんな不安定で中途半端な自分を、どうか認めてもらいたい。
心が安心して帰れる場所。
ありのままを受け入れてくれる存在。
春はただ、それだけを求めていた。小さいころから、どうしても見つからないものだった。
人はみな、不安定で不完全だ。
だからこそ、人と人がしっかりと関係を築いていくには、しっかりと向き合ってちゃんと対話を重ねることが必要なんだなと思わせた。それは相手だけでなく、自分自身にも。
宮沢賢治の銀河鉄道の夜、あらすじしか知らないのでちゃんと読んでみたいなと思った。
それと、表現がキレイだった。装丁もキレイ。
銀河鉄道の夜のように、私たちはこれを長い時間かけて消化していく必要があるなと感じた。 -
物語自体は恋愛を表向きにしているが、その裏には『自分といかに向き合って生きていくか』という重要なテーマがあり、今も抉られたくない過去で悩む方は、前向きになれるかもしれませんし、自分のことを普通じゃないと思わなくなるかもしれません(ここで書く普通は、この言葉を心の拠り所にしたいくらい苦しんでいる人へのそれです)。
ちなみに私の場合、「春」や「亜紀」の痛みに共感できる部分もあって。自分自身でマイナス(だと一般的に思われている)なことをしたと思った時から、それが延々積み重なって、終いには自暴自棄になるみたいな感じですかね。そして、恐いのは、それが当たり前のように思い込んでしまい、弱音を吐くことが、ものすごい大罪を犯してるみたいに思えてくることで。自分で自分を慰めない、イコール、自分に対してのみ滅茶苦茶、厳しくなる。負の連鎖ですよね。でも、正直、未だに割り切れてない部分もありますけどね。物語のようには、なかなかいかない。人生とはそういうもんだと思うことにしてます。
物語中の春の痛みに対しては、血のつながりだって、絶対じゃないんだから、そんなの気にしないで、前向きにどんどん行けばいいんだよ、なんて思えるのは、他人事だからかもしれず、これが自分事になると、たちまち心配してしまうかもしれません。それでも、自分で自分にもっと同情することや、他人のことは客観的に見えるけど、自分自身のことは意外と見えていないのかな、なんてことを考えさせられました。こういう物語を読むと、やはり、人は孤独に生きていくことはできないのだろうか?
ただ、そんな結構重い(と私は思う)テーマに対して、解決策出るの早くないか、なんて思ったりもしました。物語としては、若干、物足りないかなと。
私的には、両親や叔母の人となりをもっと知りたかったとか、ページ数を増やして、春の内面の葛藤をもう少し追っても良かったかなとか、思うけれど、春と亜紀、二人の物語とするのなら、これくらいのコンパクトさでもいいのかなとも思いました。
ちなみに、「銀河鉄道の夜」は、幼い頃に読んだきり、ほとんど覚えていないので、そちらの視点からの感想は書けませんので。それを絡めた展開もあるので、詳しい方なら、また違った印象を受けるかもしれませんね。 -
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元気の出るエッセイ『人生ミスっても自殺しないで、旅』をレビュー【30代におすすめの本】 - ローリエプレス
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失踪した父親と、書きかけの小説。家族とのわだかまりを持ち、幼少時から癒えることのない傷を抱え続けたまま、大学院で宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を研究している学生の春が、ゆっくりと自分の物語をみつけていくまでのひと夏を描いた長編。
心の機微をとても丁寧に追う島本理生さんらしい話だと思った。ゼミの篠田くん、売野さん、雑務を手伝わせてもらう小説家の吉沢さん、そして彼氏の亜紀くん。それぞれの人との対話を通じて春はすこしずつ成長する。
人に頼れない性格とか、自己肯定感の低さとか、恋愛のスタンスとか、なんだか私自身と重なる部分が多かった。
互いの中の優しく光る星を見つけるようなやり方を身につけたい。自立って、ひとりぼっちになることではないんだね。 -
ぬかるんだ土の道に、自分の力を幾らか持っていかれながら歩いていく、そんな感覚で読んだ。
幼き頃の、父の失踪。
鮮やかな記憶にはならない、そのパーツの中に、叔母への暴力と、神様と、文学が留められていた。
大学院生になった春が、論文として取り上げたのは、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』、そして失踪した父の文学を、小説に仕立てることだった。
この作品では、宮沢賢治と同じくらい、恋人である亜紀がバランスを担う。
なのに、歪にも感じるくらい、春は亜紀と結婚することに躊躇し、亜紀は離すことを恐れる。
好きな人と一緒にいすぎることに、不安を感じる気持ちは、分かるような気がする。
我慢することが怖いのか、いや、あからさまな自分に慣れてしまうことの方が怖いのかもしれない。
そのくせ、好きな人であれば、そうでない人よりも距離を縮めても構わない、つまり無条件に自分を認めてもらえるというような、打算的な安心をも欲している。
そういう、春や亜紀の人間らしい気持ち悪さを、分かってしまうことは、結構しんどい体験でもある。
神様を信じる人間が、無垢なのではない。
無垢ではない人間が、慟哭しながら神様を求める姿に何かを感じるように思う。
それらを、書き直し、書き直しながら、『銀河鉄道の夜』が積み重ねてゆく宮沢賢治の姿に、皆は何を見出すんだろう。 -
卒論を書き上げようとする大学院生が、その過程で自分の過去と向き合っていく話。主人公の不安定さが痛々しく、読んでいて自分も不安な気持ちになる。作者の女性の繊細な感情を機微に描く技術はすごいなとあらためて思わされた。
こんなに深く考えながら生活している人って本当にいるのだろうか。会話している内容の難しさは平野啓一郎に通じるなと思った。 -
島本理生さんの作品を読んでいると、
メンタルをやられてせつなくていたたまれない気持ちになる。
でも、ずっしりと心にしみて、やめられなくなるのだ。
この作品もそう。