本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (264ページ) / ISBN・EAN: 9784163914459
みんなの感想まとめ
1972年に早稲田大学で発生したリンチ殺人事件をテーマにしたルポは、大学内での暴力の実態を鮮明に描き出しています。著者は、当時の状況や関係者の証言を基に、革マル派の活動がどのように大学生活に影響を与え...
感想・レビュー・書評
-
1972年に早稲田大学で起きたリンチ殺人事件のルポ
大学内でまさかこんなことが起こっていたとは
という驚きと革マル派という団体の暴力活動
しかもその活動費が大学費とともに徴収され団体に
流れていたという・・・
著者はそれに対する形での活動をしていたようで
当事者の話をふまえて語られていました
そんな状態でよく大学が成り立っていたなと感じました
大学は、警察は何をやっていたんだと・・・詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1970年代に全国の大学で学生紛争が起きた事は知っていたが、その後の早稲田でこんな事が起きていたのは知らなかった。現代の早稲田大生にインタビューしても、知っている人は皆無だったという。暴力にさらされた生活が紛争下の国ではなく国内の有名大学の日常だった事、そしてそれが半世紀後の世の中では忘れられている事に驚く。
著者が伝えたかった事を、もう一度考えてみたい。 -
昭和、1960.70年代の学生運動に興味ある方はとうぞ。
今の大学(大学生)からは想像できない時代でしょう。 -
大学に左翼的暴力集団が跋扈し、学生がその暴力に怯えて過ごすという状況がかつてあったということ自体、今では信じられないことだ。私が大学生だった頃、民青のビラや演説はあり、ちょっとした立て看板もあったが、ヘルメットは見なかったし、活動家もほとんど目にしなかった。ほんの10年ほどの差で、かくも過酷な大学生活があったのかと驚く。
本書は、革マル派が自治会を使ってキャンパスを牛耳る早稲田大学、特に第一文学部に入学した著者が、学内のリンチ死事件を契機に革マル派排除や自治会の民主化を目指した活動の高揚や挫折、そして、卒業後の著者が朝日新聞記者として経験した神戸支局襲撃事件と、朝日新聞退職後に行った早大リンチ死事件の改めての取材の記録であるが、ドキュメントであると同時に、人間の暴力性、不寛容がもたらす悲劇とか、不寛容に寛容の精神をもって立ち向かった人々の思想など、人間そのものへの思考と洞察が含まれていて、刺激的なタイトル以上の深みがあり、強く印象に残る内容だった。 -
1972年早稲田大学構内で、革マルに殺された学生がいた。激化していた内ゲバの犠牲者。中核派と間違えられて殺された。
何故殺されなければならなかったのか。そして、革マルの支配から逃れるために一般学生たちが結集し、対峙し、そして結局暴力に敗北してしまう。そんな一部始終。
当時の早稲田の革マル元指導者で、現在は大学の教授、たくさんの著書もあるその元指導者は著者との対談でこう言っている「僕はいまだによくわからないんです。当時、いろんな色のヘルメットをかぶって政治セクトが運動していましたが、その違いもいまだによくわかっていないくらいで、たいした違いはなかったのではないかとさえ思っている」「その頃、僕は革マル派の活動家が読んでいた理論的な本をほとんど読んでいなかったので、マルクス主義がどういうものなのかすらよくわかっていませんでした」「組織のメンバーには強い仲間意識があって、その集団に迎え入れられたという感じがしていました」
つまりそういうことだったんだろう。より良い社会の実現ではなく、単なるサークル活動。仲間との戯れ。陣取り合戦。大きな勘違い。それに気づいた「一般学生」は離れていった。敗北ではなく、無視に至ったというところだろう。
ルトガー・ブレイグマン「希望の歴史」(文藝春秋)と繋がった。
第53回大宅賞受賞作。 -
中核VS革マル(上) (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp/dp/4061341839/ref=cm_sw_r_cp_api_glt_i_E3PZ0HN8E1Q90NX1AZ5W
20年ほど前に上を読んで(1975年発行)何にも理解できなかった。
読んだ動機の一つはこの世代を理解したかったから?かも知れないが、従前からの嫌悪感を補強したに過ぎなかった。そう言うと彼らは同じ空気を吸ってないモノに理解できないだろうと言うのかも知れない。そしてノスタルジーに浸るのかも知れない。
しかし、この年代の人たちが残したものに下の世代は苦労させられてることは確実にあるように思う。(自分は1世代下になるか)ノスタルジーどころではない。
(とにかく)自分はこの世代のある種の人たちが嫌いだ。
おんなじ空気を吸わなくてよかったと心底思う。そして上の世代からは三無主義と言われた。
で、最近発行されたこの本を読んだ
半世紀が経ち、当時の経緯、意義を総括したいのだろうが、同じ空気を吸ってないだけに、皆、いったい何と戦ってたんだろ?という思いが募る。
最終章、当時早稲田自治会幹部(革マル派)の人物との対話?はまったく話が噛み合わないという意味で圧巻だ。
大学に奉職して、スローライフを唱えて一定の評価を得ている当該人物のありようは、自分がこの世代に対して感じる嫌悪感の直感にモロに合致している。一方で当時暴力的で威圧的であった人物の語る現在の心境にはさもありなんという感慨も持つ。人は自分の生きてきた道を理路整然と否定する事はできないのだろう。終始話をはぐらかしている感は否めない。或いはバカを装っているのか?(大学教授はバカでは務まらないだろうが…)
自分が通った大学の寮が会合の場に使われたという記述があり、学生時代に聞いたその寮に関するウワサを思い出したりもした。
-
読むのが辛かった
私の若い頃と重なっている
あの頃は大学は荒れていて
浅間山荘事件や安田講堂の事件など
テレビで見ていた
大学が授業もできないくらいの
暴力に曝されていたとは
ローカルの大学で女子だけで資格取得を目指していた私
学ぶ事が楽しい時間だった
それでも民青に参加している人もいたしベ平連で活動している人もいた
まだ時代的には大学進学なんて
恵まれた人しかできなかった
そこでの革マルなどの暴力による支配
時を経て早稲田の学生へのリンチ事件に関係した人達への接触を試みる筆者
暴力に対して非暴力を貫こうとした
人達
あとがきの親友とのエピソードは
泣かされた
ピュアな人達はいるんだ
何だかホッとした -
自分も過ごしたキャンパスで起こったとは思えない凄惨な出来事の記録。
流石、朝日新聞の元記者さんだけあって、当時の加害者側に当たる人物にも聞き取りをしており、多面的な取材に基づいて書かれている。
時系列が過去と現代を行き来するので少し分かりにくいが、埋もれつつあった大学の歴史を後世に残す意味で貴重な本だと思う。 -
学生運動の名の下、大学キャンパスを暴力が支配し、殺人まで行われていたという事実。今からは想像できないが、そのような時代が確かにあったという現実。日本人だけではないかもしれないが、集団心理状態における人間の残虐性。
最後の対談で語られた、「その場だけ見れば、寛容は不寛容にかなわない。絶対的に劣勢である。」という言葉は、まさに今の中国の対外強行路線が表す通り、短期的には真実であると思う。その後に続く「それを押し返す力が本来、人間には備わっている。人間の本質は寛容である。人間は寛容の方向に進化してきた」。これが真実かどうかは良く分からない。
作者が最後に書いた「不寛容に対して我々はどう寛容で闘い得るのか」は、非常に難しい問いかけだと思う。 -
-
大宅賞候補
-
1972(昭和47)年11月11月8日、早稲田大学第一文学部二年生川口大三郎さんが、大学構内で革マル派に拉致監禁され殺された。
Wikipediaの年表を見ても、この年は日本だけでなく世界が動乱状態でした。
この年に第一文学部に入学した著者(元朝日新聞記者)は、革マル支配の学部自治会に反発して、新たな自治会を立ち上げようとして失敗したあたりを、リタイア後に関係者を訪ね歩いて後日談を含め記述したものです。
著者よりも3年前にもっと小規模な他大学に入学した私の時代は、もっと牧歌的でしたし70年に向けて学生運動の高潮期でしたから、ここに書かれていることが本当だとしたら、かなりの驚きです。
ただ、読んでいてずっと感じたのは、著者の自己弁護、事後正当化が臭うことで、元新聞記者、いまは物書きとして過去に体験したことをネタとして書いたのではないかというところも強く感じるところです。 -
川口さん事件についての貴重な書籍。当事者でありながら、取材者として当時の革マル側と対話をしている。その姿勢がジャーナリストの鏡だと感じた。
-
理想や希望を掲げることで見えなくなること…今の時代も世界各地で起きていることと通じている気がする。
その反面この時代にあって今は失くしてしまった熱気みたいなものも、描かれていたように感じた。
最後の元革マル派幹部の方との対談は、この方の本も読んでいたため驚きとともに、とても興味深く読めた。
二人の温度差も感じたが、「理屈で判断しようとすると嘘になる」というくだりは身に沁みこむように自分に入ってきた。
ひとは、誰かの過去にどれだけ寛容になれるのだろう…
亡くなられた方の無念を忘れずにいられるのだろうか… -
メインは著者の入学した1972年から1973年にかけたほぼ時系列の記述で、朝日新聞入社後のことに一章、約半世紀を経た、曾ての対立者との対話に一章ずつ。安定した文章で読み易い。
この本を読むに当たっては、当時は今よりずっと日常に暴力が瀰漫していて、ヤクザ映画などはそれを支える心象を作っていただろうことを念頭に置く必要があるだろう。今の感覚で捉えると、なぜこうも内ゲバが激しくなるか理解できないのではないか。そんな中非暴力の方針を貫いた著者は、挫折したとはいえ筋を通していると思った。 -
私が生まれる前の話で、大学紛争は聞いたことあるし連合赤軍事件も漫画で読んだけど、早稲田大学が戦場のようになってたことは知らなかった。
思想とか闘争なんて当時の若者の”ファッション”としか思えないけど、当時を生きた人はそこに”パッション”があったんだろう。 -
東2法経図・6F開架:377.9A/H54k//K
この本が好きな人におすすめの本
著者プロフィール
樋田毅の作品
本棚登録 :
感想 :
