新しい星

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (229ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163914688

作品紹介・あらすじ

直木賞候補作、高校生直木賞受賞作『くちなし』から4年――

私たちは一人じゃない。これからもずっと、ずっと

愛するものの喪失と再生を描く、感動の物語


幸せな恋愛、結婚だった。これからも幸せな出産、子育てが続く……はずだった。順風満帆に「普通」の幸福を謳歌していた森崎青子に訪れた思いがけない転機――娘の死から、彼女の人生は暗転した。離婚、職場での理不尽、「普通」からはみ出した者への周囲の無理解。「再生」を期し、もがけばもがくほど、亡くした者への愛は溢れ、「普通」は遠ざかり……。(表題作「新しい星」)

美しく、静謐に佇む物語
気鋭が放つ、新たな代表作

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、人生の岐路に立たされた経験があるでしょうか?

    私たちの人生は短いようで長いものです。”人生、山あり谷あり”と言われる通り、私たちの人生は起伏に満ちてもいます。幸せの絶頂の中に過ごす瞬間があれば、鬱屈としたどん底を彷徨うそんな瞬間もあります。それが人生、それでこそ人生と言えなくもありませんが、どん底を生きる中には、もうこのまま二度と光を見ることなく堕ちていってしまうのではないか、そんな思いに苛まれもします。なかなかに人生を生き抜いていくということも大変です。

    さて、ここに、そんな人生のどん底に立たされた主人公たちを描いた作品があります。

    『よい恋愛をしたと思っていたし、よい結婚をしたと思っていた。よい出産、よい子育てへ、道は真っ直ぐに続いていくのだと意識すらせずに信じていた』。

    そんな幸せな人生の先に、『汚水を吸った綿にでもなった気分』を味わうことになった主人公は、『なにかを思えば涙になる。叫びとして、ほとばしる』という思いに苛まれていきます。

    自分の人生というものはどこまでいっても自分のものです。その悩みは自分で解決していく他ありません。しかし、もし、そんな悩みのどん底の中に、支え合い、励まし合える存在がいたとしたら、それは、きっとその先に続く道へ歩き出すための勇気となって私たちの背中を後押ししてくれる存在にもなるはずです。

    この作品はかつて大学の合気道部で一つの時代を共に過ごした四人の主人公たちの物語。そんな主人公たちが、それぞれに岐路に立つ中に思い悩み、苦しむ様を見る物語。そしてそれは、お互いのことを思い、それぞれがそれぞれに優しい眼差しを向ける中に「新しい星」の上を歩き出す主人公たちの姿を見る物語です。
    
    『自分がもう一度産まれ直したような、生々しく忘れがたい感覚』だと『三年ほど前のある昼下がりの出来事』を思い返すのは主人公の森崎青子(もりさき あおこ)。『リビングの床に横向きに寝そべ』った青子は『ほんの数ヶ月のうちに自分の身に降りかかった出来事』を思い返していました。『産まれて間もない子供を亡くしたばかりだった』青子は、自分が『子供を育みにくい性質を有している可能性があることを知』り、結果として『それが決定的な理由とな』って、『夫の穂高と離婚し』ました。実家に戻り『自分が空っぽになったような虚脱感に襲われた』青子は、『なんだか見知らぬ惑星に寝転んでいるような』思いに囚われます。一方で『あの子に ー なぎさに触れた時間は、気が狂いそうなほど苦しくて、でも、素晴らしかった』と思う青子は『命が一つ、目の前で熱を放っていた。忘れていないし、きっともう死ぬまで忘れない』と感じ、『それなら私は、失ったのではなく、得たのではないか』と思い至ります。そんな時、母親に声をかけられた青子は『なぎさが、そばにいるの。私を慰めてくれてる。だから私はこれから、一人でもちゃんとやっていけると思う』と語りますが、『ちゃんと現実を見なきゃ。気持ちを切り替えて、次の生活に踏み出すの』と言う母親は、『子供はいらないっていう男性だって探せばきっといる』と語ります。そんな言葉に、もう母親に『メッセージは届かない』と思う青子。その後、婚活を強いる母親から逃れるように実家を後にした青子。そんな青子は塾講師としての今を生きていました。しかし、保護者からのクレームに端を発したトラブルで上司である塾長から注意を受け憂鬱な思いに陥る青子は、『明日、一緒にドライブに行く約束をしている』大学の合気道部以来の友人である茅乃からメッセージを受けます。『色々話したい』というその内容が気になる青子。そして翌日、『普段と変わった様子はなかった』茅乃でしたが、『日帰り入浴』で立ち寄ったホテルの露天風呂で唐突に自身が置かれている状況を語ります。『乳癌になったよ。来週、手術』。そんな言葉にまだ五歳という彼女の娘のことを思い浮かべる青子の前で『娘の、前で、泣きたく、なくて』と茅乃は涙を流します。そして、『怖くなったら、電話していい?』と訊く茅乃に『もちろん。朝でも夜でも、いつでもいいよ』と返す青子。そんな青子と茅乃のそれからの日常が淡々と描かれていきます。

    第166回直木賞の候補作にもなったこの作品。「別冊文藝春秋」に2019年9月から2021年11月まで八回にわたって連載された後、単行本として刊行されたもので、主人公を共通とする連作短編の形式をとっています。

    そんな物語は上記冒頭でご紹介した中に登場する青子と茅乃の他、二人の大学時代に合気道部で青春を共にした玄也と卓馬の四人に視点の主を移動させながら描かれていきます。まずは四人の主人公をそれぞれがどの短編で視点の主を務めるかも付記しながらご紹介したいと思います。

    ・森崎青子: 『産まれて間もない子供を亡くし』た後、『次の妊娠』への考え方の相違で夫とは『別の人生』を歩むことに。塾で英語を教えているが、保護者からのクレーム対応で上司の塾長の考え方に不満を覚える。
    → 視点の主: 1章、3章、7章

    ・日野原(大橋)茅乃: 『乳癌の手術を受け』『左の乳房を摘出』後、『腕のリハビリと体力作りを兼ねて』『合気道の道場に』通い始める。娘の奈緒を中高一貫教育校に入学させたいと願うが、関係がギクシャクしている。
    → 視点の主: 6章

    ・安堂玄也: 『大手企業からの転職者』である上司に嫌われたことをきっかけに体調を崩して会社を退職。『あらゆる人々に引け目を感じるようにな』り、『家に引きこも』っていたが、合気道に通うようになったことできっかけを掴む。
    → 視点の主: 2章、5章、8章

    ・花田卓馬: 『新型ウイルスの感染拡大の影響で』結果的に、『東京に戻りたくない』という妻の杏奈や子供たちと別居生活を送ることになる。そんな中、夫婦の関係を思い起こし、『どうすれば正解だったのか』という思いに苛まれていく。
    → 視点の主: 4章

    四人の主人公たちは、大学の合気道部時代を共にしたといっても卒業後はそれぞれの道を辿り、それぞれの人生を生きています。そんな四人はそれぞれの人生の中で一つの試練とも言える状況に立たされていました。『産まれて間もない子供を亡くし』た青子、引きこもりの人生を送る玄也、まさかの家族別居という状況に陥った卓馬、そして乳がんの宣告を受けた茅乃。しかし、これらの状況は本人たちにとっては一つの人生の岐路とはいえ、決して珍しい状況ではなく、広く世の中でありうるものばかりです。もちろん、だからといって本人たちにとってはその先の人生を嫌が上にも思わずにいられない大きな出来事に違いはありません。

    そんな物語の展開の中に一つ、はっとする表現が登場します。第一編〈新しい星〉では、青子が『産まれて間もない子供』との死別を経験しますが、そんな経験を引きずる中に、実家の『リビングで転がっている』にも関わらず、『なんだか見知らぬ惑星に寝転んでいるような、怪しく心もとない気分に』陥ります。そんな中で『私は結局のところ、なにをなくしたのだろう』と考える青子は、『命が一つ、目の前で熱を放っていた』瞬間を思い起こします。それは、『てのひらに収まるほど小さな頭、平たい背中とおむつのごわつき、皮膚へ染み入る切ない体温』という なぎさとの素晴らしいふれあいの瞬間でした。そして、そんな体験を『きっともう死ぬまで忘れない』と思う青子は、『失ったのではなく、得たのではないか』と思い至ります。そんな中に、この作品の書名に繋がる一つの思いに達する青子。

    『今、とても大切なことがわかった気がする、と。ふいに叩き落とされた新しい星で、握り締めていられるものを見つけたかもしれない』。

    ここに「新しい星」という書名が登場します。“長い人生、思いもしなかった新しい星に一度も叩き落とされずに済む人なんて、たぶんいないと思うんです”と語る彩瀬まるさん。そんな彩瀬さんは”恥じたり隠すよりは、私は助けてって言いたいし、困ったら抱え込まず外部に連絡できる自分でいたい。誰かが病気になった時も、その状況を共有し、『キミは格好よかった』とお葬式で言えるだけで傍にいた意味はあるし、誰も可哀想なんかじゃ全然ないんだって、それが私の最も言いたかったことかもしれません”と続けられます。私たちが生きている中では、思いもかけずそれまで歩いていた道に障害物が現れたり、道が閉ざされたり、そして方向に変化が生じてしまったりと、それまでの歩みを変えざるを得ない場面に遭遇することは誰にでもあると思います。そんな岐路の先にある道は、彩瀬さんが「新しい星」と定義されるように、それまでとは違った生き方を要求される場でもあるのだと思います。この作品では、図らずもほぼ同時期にそういった岐路に立たされた四人の友人たちが、さまざまな形でお互いを気にかけ、励まし、そして労わり合いながら、「新しい星」で生きていこうとするそれぞれを支え合っていく姿が描かれていました。

    『悲しみはこの世で唯一の味方のように寄り添ってくれることもあるけれど、今この瞬間はだめだ。世界と私を、隔ててしまう』。

    『みんな立派になって、安心したいのだ。そのために立派じゃなさそうな自分を一生懸命に隠す。立派に思われようとする。もしくは、立派であろうとして無理をする』。

    そんな思いの先に、それでもこの世を生きていかなければならない私たち。思えば人生というものは極めて過酷で、厳しい試練を強いるものでもあると思います。そんな中に見る四人の友情は、決してお互いを決定的に救い合ったわけではありません。そこにあったのは、それぞれの人生を温かく、優しく、そして静かに見守り続けるそんな四人それぞれの関わり合いの先に続いていく未来を見る物語なのだと思いました。

    『いったいなにが無理だったのか、どうすれば正解だったのか、ぴんと来ない』というように、突然に訪れる私たちの人生の岐路。そして、その先に続くのは「新しい星」に降り立った新しい自分が歩み続ける人生の物語。この作品では、四人の主人公たちが、それぞれに悩み、苦しみ、そしてもがく中に、そんな「新しい星」で生きていくそれぞれの姿を見ることができました。それぞれがそれぞれを見やる眼差しの優しさを感じるこの作品。”新しい星に突き落とされる人は、決して珍しくないはず。その星で奮闘することは、何も恥ずかしくない”とおっしゃる彩瀬さんが描く未来へと続いていく道のりの先に人の再生を見るこの作品。

    彩瀬さんらしく日常を丁寧に紡いでいく筆致の中に、人が人を想う優しさを見る素晴らしい作品だと思いました。

  • 大学時代の合気道部4人の友情を描いた物語。

    生まれてすぐの子供を亡くし、自分を責める青子。そんな青子に、青子が頑張ったから生まれてくることができたんだ、と声をかける茅乃。

    茅乃が乳癌になった時に、まず生活のペースを一緒に作ろうと声をかけた青子。

    ネガティブにしか思考がいかないときに、自分が思ってもいない方向からの気付きをくれる友達の優しさは本当に心に染み入る。

    そんな4人の優しさに触れることができる作品でした。

  •  彩瀬まるさんの作品で、皆さんが読まれていてしかも高評価の「新しい星」私も読んでみました。この作品は8編の連絡短編集で、大学時代合気道部で切磋琢磨した仲間、男女4人の視点で描かれている。それぞれが約10年の時を経てこれまでの人生を振り返りつつ、現在、また「新しい星」への未来…そこにはいつも仲間がいた…。

     森崎青子:結婚、出産を経て幸せな家庭を築くはずが、出産後数カ月で娘を亡くし夫とも離婚している。
     日野原茅乃:現在は夫と娘と暮らしているが、乳がんを発病、乳房の切除を受けた。娘との関係に悩む。
     安堂玄也:就職した企業において、上司からのパワハラに耐えられず退職。対人恐怖症となり引きこもる…。
     花田卓馬:結婚し、現在は二児の父。妻は里帰り出産後、コロナ蔓延の時期でもあり帰りたくないと…。

     リアルな話、私も青子さんのような出産をしました。うちの子は小さく生まれながらも順調に育ってくれたましたが、妊娠中や出産後の不安な気持ちはすごくよくわかります…。そして、茅乃さんの娘さんへの思い…それを思うと胸が苦しくなります。4者4様の生き方がそこにはあり、コロナ禍もあって、生きにくさを抱えています。でも気を許せる仲間がいることは、かけがえのない財産、仲間っていいなって素直に思えた作品です。

  • 生きていく中で非常に辛い状況に陥ったとき、一番近い存在である家族は辛さを共に抱えてしまうもの。他人だけど自分をよく知っている人の方が、少し距離を保ちながら辛さや悲しみにそっと寄り添えるのかもしれない。

    大学時代の友人4人はお互いを心配しつつ、離れていた間の知らない事情には踏み込まない配慮も持っている。そのあたりの微妙な関係性、心理の描き方がとても良かったです。

  • 大学時代は同じようなステップだったはずの4人それぞれが違う苦悩を持ち、乗り越えていく姿に励まされた。
    立ち上がれないままでもいいということ、肩書きを気にしない気のおけない友人に名前を呼んでもらう嬉しさがあるということ、自分に健康や思考の余裕がないと悪い方に転がってしまうことの3点が特に共感やなるほどと感じた点だった。

  • 装丁の美しさに惹かれて手に取った一冊。光と影の表現が秀逸。その場の空気、温度、匂い、肌触りをちゃんと感じる。作品全体を貫く一種の孤独感は、切ないけれども軽やかで温かい。登場人物たちの人生における光と影も、彼らの心情と共に鮮やかに描かれている。この著者の作品をもっと読みたい

  • 現実に折り合うまでは

    誰しも みんな苦しんでいるけど

    「かわいそう」で終わるわけではない



    4人が絶妙な距離感で

    思い合い



    久々に友達っていいな

    って 

    友達がいない私には

    羨ましいと思う物語でした

  • そういえばツレって呼んでいる中学からの友達が誰よりも気を遣わない。そんなことをしみじみ感じる物語でした。

  • 大学時代の合気道部の同級生男女四人の物語。

    四人、それぞれに思ってもいない転機が訪れてしまう。

    生後2ヶ月で子供を亡くし、子供を産みにくい身体と分かると離婚した青子。

    一番幸せな家庭を持つだろうと学生時代から言われてた合気道の元主将の卓ちゃん。
    奥さんは長男の出産を機に実家へ娘を連れて帰省していたが、コロナ禍でもあり東京に帰りたくなり離婚。
    今は都内の学校へ通う娘と二人暮らし。

    パワハラ上司のせいで会社を辞め、部屋から出れず引きこもりになるが同級生との再会で少しずつ外に出たり働いたりする玄也。

    乳がんになり一人娘(菜緒)を苦労させたくなく厳しくあたるが素直に言えない茅乃。

    四人が時々会ったりしたり近況を話したりと、ほのぼの系が続く話と思いきや、最後に茅乃が亡くなる。
    涙の話だと思わず読んでた。

    最後の最後に、玄也が茅乃のお墓参りのとこで菜緒と会い
    菜緒が「母は私のことが嫌いだった」と話す。
    茅乃は、菜緒の話をする時はいつも嬉しそうにしてたよ。と言われ菜緒は泣く。
    母に会いたかったったら、いつでも連れてきてあげると家族は言ってくれるけど、それは決して二人では会えないと言う意味を知り高校生ながら一人タクシーで墓参りくる菜緒。

    ワクチンの副反応で頭痛ひどい中、泣きました。

  • ブクログの「あなたへのおすすめ」からチョイスさせていただきました。すすめていただき良かったです。

    大学の合気道部の同期だった、男女4人のお話しです。
    苦楽をともにした仲間がゆえの、年月を経ても付かず離れずの関係性がしっくりきました。
    自分にもこういう仲間がいて、何年かぶりの再会でも、当時にタイムスリップしたみたいに楽しくなって、別れ際には、皆それぞれの人生をもがいているなぁ、俺もがんばろう、となりまます。

    自分を生きることで精一杯のはずなのに、大切な人の心配をし優しさがこぼれてしまう感じがとっても素敵に描かれてます。

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著者プロフィール

1986年千葉県生まれ。2010年「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。16年『やがて海へと届く』で野間文芸新人賞候補、17年『くちなし』で直木賞候補、19年『森があふれる』で織田作之助賞候補に。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『川のほとりで羽化するぼくら』『新しい星』『かんむり』など。

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