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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784163914909
作品紹介・あらすじ
2021年2月、7年ぶりに声を聞く母からの電話で父の危篤を知らされた小説家の「わたし」は、最期を看取るために、コロナ禍下の鳥取に帰省する。なぜ、わたしの家族は解体したのだろうか?――長年のわだかまりを抱えながら母を支えて父を弔う日々を通じて、わたしは母と父のあいだに確実にあった愛情に初めて気づく。しかし、故郷には長くは留まれない。そう、ここは「りこうに生まれてしまった」少女にとっては、複雑で難しい、因習的な不文律に縛られた土地だ。異端分子として、何度地中に埋められようとしても、理屈と正論を命綱になんとかして穴から這い上がり続けた少女は東京に逃れ、そこで小説家になったのだ――。
「文學界」掲載時から話題を呼んだ自伝的小説「少女を埋める」と、発表後の激動の日々を描いた続篇「キメラ」、書き下ろし「夏の終わり」の3篇を収録。
近しい人間の死を経験したことのあるすべての読者の心にそっと語りかけると同時に、「出ていけ、もしくは従え」と迫る理不尽な共同体に抗う「少女」たちに切実に寄り添う、希望の小説。
みんなの感想まとめ
テーマは、家族との関係や地方社会の因習に苦しむ少女の成長と葛藤です。主人公は、父の危篤をきっかけにコロナ禍の鳥取に帰省し、母との再会を通じて家族の愛情を再認識しますが、同時に田舎特有の閉塞感や抑圧を感...
感想・レビュー・書評
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なんて言葉と深く向き合って、責任を持っているのだろう!無責任な言葉ダダ漏れの私が「本が好き、本に携わる仕事がしたかった」なんて言うのも憚られる。美容院でこんな髪型でって上手く伝わらなかったり、伝えたつもりが違う意味で取られたり。言葉や文章難しい。言葉とも世間とも自分自身とも対峙する冬子、かっこいい!って書いてる事も作者の意図とズレてたらごめんなさい。今の私の精一杯の読解。自分自身を点検し続ける。心に刻みます。
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ここは森の中だろうか?
穴の中にうずくまる動物がいる。裏表紙を開くと小さな赤ちゃんもいてびっくりした。『少女を埋める』は淡いピンク色の本で、厚さや手触りはまるで"日記"のようだ。
『私の男』で著者を知り、上手い作家さんだと思っていたら、第138回直木賞を受賞された。
本書には、著者初の自伝的小説「少女を埋める」と、論争の経緯を綴った「キメラ」、書き下ろし「夏の終わり」の3篇が収録されている。
父の危篤を母より知らされ、7年ぶりにコロナ禍の鳥取に帰省した「わたし」
同じく地方に実家があり、父を看取る経験をした私には、読むのが辛くなる話だった。
「田舎特有の閉塞感、親からの抑圧感で押しつぶされそうだった少女時代。自分を守るため弱い子供、弱い女性の仮面を付けなければならなかった・・
埋められないように」
「大昔とちっとも変わらない封建的な社会が自分の周囲にも頑強に存在し続けていたのだった」など
一つ一つの言葉が突き刺さってくるようで、胸が痛くなった。 20代後半、母親が連れてきた神社の宮司との結婚話や、父親の葬儀で頼んだ若いタクシー運転手から入るメールの話は、決して誇張されたものではないと思う。
田舎では時間がゆっくり流れる。
私も、帰省時は早口にならないよう気をつけて、人との距離にもより慎重になった。
「少女を埋める」を読み、私だけではなかったのだ。同じなんだと、どこかほっとしている自分に気づかされた。
騒動については初めて知って驚いたが、急に現実に引き戻されたようで気持ちが追いついていかなかった。
小説を読みながら疑問に思ったことがある。なぜ母親は娘を家に泊めなかったのか? 二階の子供部屋に貼り付けられた無数の付箋は何だったのか?
「夏の終わり」にその解答を見つけ、余白のピースがやっと埋まった気がした。
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忙しくて、途中まで読んでそのままに。
再読するも、後ろから読もうと3編目「夏の終わり」を読むにつれ、なんだか不穏な空気が漂う。次に「キメラ」を読みだすと全貌が明らかに。如何せん「少女を埋める」をほとんど読んでいない身には、なかなか付いていけない。そして「少女を埋める」完読。順番が違えば、また違った印象か・・・。
既に収束したことだが、ネットで調べるといろいろわかってくる。
うーん、なかなか難しい問題だが、SNSがあるからこんな議論も生まれるのだろうけれど、結局きちんと議論できないのもSNSのデメリットかな。しかし、知らない人は全くスルーする。
疑問に思ったのは、田舎での新聞に、特に書評欄にそれほどの影響力があるのかということ。逆に影響があるのであれば、まだ紙の媒体が正統なものとして生き残れるのかも。 -
良かった。わたしはやっぱりこのひとが好きだなあ……このひとの文章が好きだ、けど、特に今回は文章、というより「言葉」と、そう言葉にしようとするご本人が、と思った。
それはそうと、桜庭さんの描く地方都市、ものすごく大袈裟に昔のように書いているんだと思って、令和の、しかも歳上のひとたちの会話での言葉選びに心底驚いた。土地、文化、すごい。いや、自分の周りが現代的とは全然限らないんだけど。
わたしは、親の育て方か、環境か、自分の厚かましい性格か、とにかく何かを堪えたり受け止めてもらえないという経験が本当にまったくないなあ、と思った。ありがたいことであると同時に、それに自覚的になるのはとても難しい。だからこそ他者への理解や配慮も足りないことがある気がする。もう年齢的にも「生意気な若手」ではなく、「高圧的で馴れ馴れしいおばさん」になってしまう……
考えなければいけない。生きていかなければいけない。もっと考えたことがたくさんあると思うのに、うまく言葉にならない。でも読んで考えてしゃべって書いていきたいと思う。 -
久々の桜庭一樹。「私の男」は好きだったが、「赤朽葉家の伝説」はそれほど入り込めなかったので長らく読んでなかった。
「少女を埋める」は普通に読み進めたが、「キメラ」はなんだか疲れるし辛かった。論争を知らなかったので、こんなことあったんだ…と。難しいことはわからないが、C氏については「どうしたらそう読み取れるんだ?」とは思った。
桜庭さん、最後の「夏の終わり」に20代の頃マキャベリの「君主論」を熱心に読んだ、とあり、「凄い…賢い人は違う…」とアホな私はそれが最終的な感想。 -
桜庭一樹さんが推し映画のパンフレットに寄稿されていたのを読んで、そういえは昔読んだ「私の男」は凄い話だったな、と思い出し、最近はどんなのを書かれているのだろうと興味を惹かれ手に取ってみた。
私小説、というジャンルになるのかな。田舎の狭い共同体の息苦しさとか、親との関係性とか、自分と重なることはないのだけれどリアルに感じられた。
表題作は近しい親族を亡くした時を思い出しながら読み、その後続く2作は「作家さんも批評する人も、文章を世に発表すると色々大変だなァ…」と思いつつ読んだ。メッセージ性が強くてややお腹いっぱい。 -
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物語として構築し直されているが、舞台はまごうかたなき我が故郷。ふるさとloveを公言してはばからぬ私には、とても考えさせられた本だった。
モヤモヤのある母と共に、大好きな父を看取る話。それが著者の意図とは違う読解で書評され、評論家やメディアとSNSを通じて闘う話…。
あの町の出身者として、また出版に携わるものとして、また親を看取った経験者として、すべてが身に迫るようでいて、また微妙な立場の違いゆえ居心地悪くもある。
山海に恵まれ、商いも豊か、人の心は大らかで住みやすさバツグン…と喧伝してきたふるさとは、視点を変えればこんなにも狭量な悪意に満ちた旧弊な場所だったか…。友人が「その街というより日本の地方の象徴として描かれているのかと」と言ってはくれたが、いいとこばかりに思えていたのは、やはり離れて住んでいるから、また「都会の成功者」ととらえられ優位性をもっているからだったのかもしれない。
モヤモヤも大きいのだが、そもそも文学って、そんな異視点を与えてくれるものではある。その意味でいつも書いてる感想のように「良かったあ」とはいえないが、意味のある読書でした! -
Amazonで購入。
桜庭一樹のTwitterをフォローしているので、「少女を埋める」の朝日新聞に掲載された書評に関して何らかのトラブルがあったことはなんとなくは知っていた。
ことが落ち着いたようなので改めて読むことにした。
著者の小説や、日記とは趣を異にした文体。
全体としてはトラブルの全貌がわかる構成になっていた。
私は桜庭一樹の小説が好きだが、この本に関しては作家の舞台裏を見てしまったという印象。気になっていたので読んだが、やはり新しい小説を早く読みたい。
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表題作の『少女を埋める』と『キメラ』は雑誌 文学界掲載時から含めて何度も読み返していますが、毎回違った側面が見えてスルメみたいです。社会の状況と密接なところもあるので、今後ITやAIの進歩とともに監視社会や遠隔のコミュニケーションがより進んでいった時に続編を読んでみたいと思いました。書き下ろしの『夏の終わり』は雑誌の入稿期限に書ききれなかった、作者の思いがつまった小品ですが、一種の清涼剤的な爽やかな読後感を与えてくれました。
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卒論で絶対引用すると思う。
地方出身で息苦しさを感じる気持ちがとてもわかる。帰省している最中にはその場に適応しようとしているからか感じないことも、東京に戻ってくると一気に自分は息苦しかったのだと実感する。
親や周りから明言されなくとも“こうでなければいけない”といった枠組みが存在する違和感
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封建的な考え方がある環境から離れ、東京で仕事をこなす主人公が故郷で暮らす家族との会話から、その関係性を考え突き詰める話が主題と思えた
主人公か著者自らを描き、ノンフィクションに近い物語のようだが、自身の印象や記憶から記述されていて物語性がある
執筆した作品の話も出てくるが、呼んでいたほうがより理解できただろう
また読んでいる間よりも、読んで暫くたってからの方が、作品への理解と評価が高まったように思う
他に2作品が収録されている
大手新聞の評論に、誤ったあらすじが掲載され、これに反論する活動が主体の話となっている(と読んだ)
こちらも実話のようだ
原因を推測し、深層を探っていく過程は、作家ならではの本業を全うしているように思えた
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すげーーー!!!特殊で特別な本だったーーー!!!(T . T)(T . T)(T . T)
『少女を埋める』すごくよかったです...(T . T)
ここまで見事な心のこもった行動を出来た冬子は本当にすごい。その上仕事まで持ち込んでちゃんとやっていて偉すぎる(T . T)その時の気持ちのヒダまで丁寧に描き出した筆者の作家としての力とそれを身につけられるほどの膨大な頑張りに特大な敬意を表したい。
低くて重たい空などの街の描写やそこに暮らす人たちのお国柄描写がおもしろく旅に出たくなりました
コロナ禍の空気の記録としても秀逸。あれだけ頑張った感染対策がなかったなんてことになってほしくない。あの頃は過剰だったねーみたいな空気に上書かれたくない。
運転手以外は全員好きです(T . T)
『キメラ』は...(;_;)
対立してしまった人のことも"嫌い(とか好き)"で断じずに、偏った目線を排しようと努めて、自らの良くなかったと思った部分は素直に反省して、問題に対応していく冬子は本当に真摯だと思いました。そしてそれをこうして本にしているのが一番ヤバいし一番強い!『読まれる覚悟』の"おわりに"を読んだ時に思った"桜庭さんは桜庭さんの小説の登場人物と似ている"という感想をこの本を読んでも感じました。よりつよく、つよく。
正論でまっすぐに行動したが故に強烈にクレイジーなこの本が出来上がっているのは、真顔で残酷な話をする鳥取の風土と似ているなと思います。(語弊があったら申し訳ないのですが僕はちゃんとしたクレイジーなものが大っ好きです)
縄を縒るための紐を縒るための糸を縒るところからはじめたみたいな、太くて強靭な安心出来る本!
全員言葉の力を信じててすごい
小説に関してでも音楽に関してでも映画に関してでも、自分が好きなものやそうでないものに関して他者とちゃんと対話出来たことがないので、みんなそれをやっててすごくいいなっていうか俺も一回やってみたいなって思う。
Twitterの中の空気が本になってるのすげえ
文章のことを書いていることを文章に書いてる文章を読んでる......みたいな感じで小説の中に取り込まれたままになる感覚が読んでても伝わってきてヤバい。発狂しちゃいそう。
大島さん
ひとつ明らかに創作だとわかることを入れることで小説としてとらえることが出来た。というのがすごい素敵だしすごいわかる気がします。
病室での喧嘩の時にお父さんが言った言葉も、なっちゃんが伝えてくれたお母さんの言葉も、そこだけは書かないというのが...すごく好き!!!
『夏の終わり』があることでより前向きに未来につながっていく感覚が強調され、良い!
お母さんがルーツを遡る試みをはじめたのと同じ時期に『赤朽葉家の伝説』を書き始めたの凄すぎる。(全ての作品がそうとは限らないですが、)意識無意識を問わず、作家の私生活が作品と想像以上に強烈に繋がっていたのを知ってびっくりしました。
冬子の中に自分が描いた小説の登場人物が生きているのが凄かった。冬子自身が作り出したキャラクターなのに冬子とは完全に分離した人間になっているのがなんていうか...尊い!僕は毛鞠は百夜のことがマジで見えなかったのだと思います。なんか、狐狸河童的な!妖怪的なことで!
装丁良すぎるー
普通の単行本よりも幅狭なサイズはこの本を届けたい人の手に馴染みやすそうでやさしい。イラストも触り心地もかわいい!
"能の友人"という言い方がめっちゃ好きです。能行ってないのに。
僕が冬子のお母さんだったらこんな本作ってくれたらめちゃくちゃ嬉しい。お父さんにもおばあちゃんにもめっちゃ見せると思う。 -
あらすじから受け取った印象と全然違った…期待外れの拍子抜けで、最後の方はほぼ読まず流し読み。桜庭さん初読なんだけど、これを初読にしたのは間違いだったかな。こういう人が作者なのか〜と思うと別作品にも手が伸びない。
『少女を埋める』という私小説的な話がまず最初にあり、これはまぁ閉塞的な田舎から東京に出た主人公が父の今際の際に帰ってくる話なんだけど、この話自体あらすじから読めるような感じではまぁなかったかな…。たんたんと葬儀の様子やら母や町の様子の状況説明をされた印象。
それ以降の章はこの『少女を埋める』を発表してからの書評家の人と作者との食い違いの話で、なんというかねちっこいほぼ愚痴のようなものを読まされたという印象を私は受けた。ので、もうげんなりした。
ごめんなさい、面白くなかった。 -
「東京ディストピア日記」を読んでからの「私小説」。時系列がつながっているので、切り替えがうまくできなくて、「少女〜」も日記のように読んでしまい、さらに「キメラ」で戸惑いをおぼえた。立つ場所によって見え方は違う、ということを考える。
お父さまが亡くなられるまでとその後やお母さまとの関係を物語った「少女〜」は、親と子の関係や、地方の閉鎖性、残り続ける家父長制の枷を、桜庭さんはこう感じているのだな、と他人の視線を借りる興味深さ。桜庭さんの危機感とのズレがある、文芸時評を書かれた鴻巣友季子さんや掲載紙である朝日新聞とのやり取りも、同じように。
「記憶というものは、どこをどう覚えているか、人によってひどくバラバラなのだな。事実が無数に連なるうちのどこを覚え、どの点と点を結んで線を引くか、何をどう関連づけて解釈するかによって、まったく異なる過去が出来上がるのだ。そこにはフィクション性があり、だから、世界の歴史も、国家の歴史も、家の歴史も、そして個人の歴史も、記憶して記録したその人が紡いだある種の物語なのだろう。」
お母さまとの過去のことも、桜庭さんはこんなふうに憶えていて、こういう物語として語ることで、何かを超えようとしたのだろうか。お母さまの視点からはきっと別の物語が見えていて。私たちはそれぞれ、そうやって並行世界を生きているのかな。 -
この本を手にするきっかけは書評であって、それが少なからず、影響することは、ワタシにはある
そういう意味では、書き手の意図と違うものが伝わることはあるかもしれないが、読み手が受け取るものは、それぞれかなぁとも想う
だから、ワタシにとっては、この本は、ちょっと思ってたものと違った…というのが、正直な感想
桜庭一樹さんを読むには、最初の本ではなかったのかも… -
私小説の面白さ、「読み」の面白さを伝えてくれると同時に、今を生きる女性たちに、ひとつの戦い方を教えてくれる。確かに、勇気付けられた。
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