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Amazon.co.jp ・本 (120ページ) / ISBN・EAN: 9784163915623
作品紹介・あらすじ
選考会で異例の満場一致!
第127回文學界新人賞受賞作
松井まどか、高校2年生。
うみちゃんと付き合って3か月。
体重計の目盛りはしばらく、40を超えていない。
――「かけがえのない他人」はまだ、見つからない。
優しさと気遣いの定型句に苛立ち、
肉体から言葉を絞り出そうともがく魂を描く、圧巻のデビュー作。
★★★
文學界新人賞・全選考委員激賞!!
ここには誰のおすみつきももらえない、肉体から絞り出した言葉の生々しい手触りがある。――青山七恵
安易なマイノリティ表現への違和感の表明であり、同時にそのような表明の安易さへの批判でもあるという点で、まさにいま求められる文学なのではないか。――東浩紀
本作には紛うことなき現代を生きる人間が、そして現代がぶち当たっている壁が克明に描かれている。——金原ひとみ
世界が傷つくとみなす事項に対する、最初からの「傷ついてなさ」が、ぐっとくるのだ。――長嶋有
満場一致の受賞となり、今後の活躍を楽しみにしている。――中村文則
主人公にとって、また小説にとって、とても重要なもの、安易に言語化できないものたちが、物語の力によって、この小説の中に確かに存在している。――村田沙耶香
感想・レビュー・書評
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第167回芥川賞候補作。
今回の候補者は5名全てが女性なのだそうだ。
直木賞候補者も5名のうち女性が4名。最近の女性作家の活躍ぶりが現れている結果なのだと思うけど、男性作家も頑張ってほしい。
まあ、確かに僕もここのところ圧倒的比率で女性作家の作品を読んでいるなあ…
で、チョコチョコさんから芥川賞本命とご推薦いただいた本作、めちゃくちゃ面白かった。
高校二年生の松井まどかは40キロ弱。通っている女子校では「王子様」であり、もてる。痩せ過ぎているから生理が来ていない。生理がくることがとても嫌で生理を止めるために痩せたのに、親からは拒食症の女の子と見做されてる。
ぐりとぐらのような自分にとっての「かけがえのない他人」が存在するといいと思っているが、付き合っている同性の大学生とは、そのような関係になれそうにないー
「N/A 」とは、《not applicapable》適用なし。該当なし。質問に対する回答がないことや、仕様書などで該当データがないこと。
周囲はやさしくて、自分をいろいろ理解しようとして型にはめようとするけど、当てはまらないんだよなー。なんか、ちょっとずつ違うんだよなー。でも、別にいっかーと、そんな風に漂っている感じが、なんかいい感じだ。
著者の年森瑛(としもりあきら)さんは、候補者で唯一顔出しされていない。1994年生まれで、公務員なんだそうだ。
謎が多いけど、才能のある人なので、書き続けてほしいな。 -
N/A → 該当なし
確かにまどかはどの分類にも属さない「該当なし」なんだと思う。自分が何者か分からず不安定な年代の心の揺れをすごく感じられた。
「まどかはまどかだ」これが今のまどかの答えなんだと思う。
ぐりとグラみたいな、かけがえのない他人、確かにいたらいいな -
他の方の感想を読んでN/Aは該当なしという意味だということを知りました。なるほど。物語の理解がより深まりました。この本は世の中には色々な考え方の人がいてそれを尊重しようとかそのような意味ももちろんあると思いますが他にももっと色んな意味が込められているのかと思いました。自分の中では言語化できていないものをうまく文字で表していて作者尊敬!
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職場でトイレ掃除をしていると、生理周期がみんな同じなんじゃないかと思う時がある。
生理中は、できるだけ白いパンツを身につけないように気を配る。
以前、駅でわたしが声をかけた、あの子はどうしただろう。仕事で家庭訪問の時間が迫っていて、直接的な手助けはできなかったけれど、やはり股から血が流れる現象についてなんとかならないだろうか、と思う。
けれど、妊娠も出産も経験せず40歳を目前にしたわたしからすれば、それはもう儀式のようなもので、さらに子宮はすでに老化しており、若い時のような勢いのある生理ではなくなってきたような気もする。
だけど、未だに生理前~生理中はメンタルが落ちる。
しかも、生理前から調子がよくないということは、一カ月のうち半分くらいを「どうしようもなさ」と「股から血が流れてくる現象」に支配されているということになる。
なんてこったい。
この、生理という期間を、股から血が流れているというのに、みんな普通に過ごしている。
普通に学校に行って、普通に仕事に行って、なんてことないような日常を過ごす。
というか、股から血が流れていない風に振る舞うように迫られている感じがする。
それは流れているのが血で、股からだからだろう。
どっちも隠した方がいいものなのだ。
例えば、頭から血が噴き出すとか、股から出てくるのがイチゴ、とかだったら、別に隠す必要なんてなくて、普通に過ごそうとする必要なんてない。
花粉症の時期になると、目や鼻から大量の水分が湧き出てくる。こういう、出るべきところから水分が出てくる現象に対してはみんなで悶えることができ、テレビでもネットでも「辛い」と声を大にして言えるのに、毎月股の間から血があふれ出る、出てくるところを間違ったような異常な現象に対しては、「生理」という生理現象と同じ名前を付け、つまり病気ではないので「辛い」と訴えることは歓迎されない。おかしい。花粉症の方がよっぽど生理現象で、生理の方がよっぽど病気だよ。
主人公:松井まどか(高2女子)
彼女の身体は、女性の身体であるので、生理が来る仕組みとしてできている。
彼女にとって、今の自分の身体は、「Not Applicable(適用できる)」だ。
まだ生理に慣れるには未熟な身体を、まだ未熟な心で受け止めるには、荷が重い年頃。
なんで生理がくるの、なんで毎月なの、なんで日常を脅かすの、なんで、なんで。
仕方ないから、ナプキンをつける。
そうしているうちに、いつかその「股から血が流れる」という現象が普通になって、「生理現象として」受け止めるようになる。そして時折、「生理が来なくなる」ことの方が異常事態になる。
そんな風になってしまったわたしは、「女性の身体で産まれてしまったからにはね」であるとか、「この社会で生きていくためにはね」であるとか、平然とその事実を受け止めた風を装って、その事実を受け止めるまでの、大切な過程の部分を、すっ飛ばしてしまう。
正論や、正論をオブラートでくるんだような、いつもわたしが生徒に吐いている、言葉が上滑りするような、そんな感覚をもつ。
この作品は、どうしようもないことを受け入れるための、スキップしてはいけない部分をとても丁寧に抽出して描いている。
村田沙耶香「主人公にとって、また小説にとって、とても重要なもの、安易に言語化できないものたちが、物語の力によって、この小説の中に確かに存在している」
東浩紀「安易なマイノリティ表現への違和感への表明であり、同時にそのような表明の安易さへの批判でもあるという点で、まさにいま求められる文学なのではないか」
まどかは、「かけがえのない他人」を求めつつ、日常的にいる友達への表現として「かけがえのない言葉」を使おうと躍起になる。
それがひいては、自分自身のかけがえのなさ、なのである。
だけど結局自分なんて、他の世の女性と同じ、生理がくる女なのである。
読み終えたあとに表紙を見ると、これがまたいい。
生理を受け止めること、かけがえのないものに出会うこと・気づくこと。
ちょうど、そこに至るまでの、大切な過程のぶぶん。
Not Applicable.
Not Available.
それでいい。 -
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5552さん
先ほど読み終わりました!
帯の選評で言うと、わたしは自分のレビューで引用した村田さんの選評が好きです。金原さんは、きっと少し...5552さん
先ほど読み終わりました!
帯の選評で言うと、わたしは自分のレビューで引用した村田さんの選評が好きです。金原さんは、きっと少し違った視点から見ているのかな、という感じで、長嶋さんの「傷つき」の表現はわかったようなわからんような、でした。
わたしは最初、まどか視点より、その周りをとりまく大人として読み進め、まどかがどう思っているのかが徐々に分かっていくにつれ、一気にまどか側に引き寄せられました!
勝手ですよね笑
でもわたしが理解できたのって、まどか自身にN/Aを言語化する力があったからだと思うんですよね。
わたしはわからないものを勝手に自分が知っているカテゴリに分類して理解しがちだよな、と思いました。
だからこそ本当に出会えてよかった作品でした。個人的には芥川賞受賞作品です。2023/04/15 -
naonaonao16gさん
コメントありがとうございます。
naonaonao16gさんのレビューも拝見しました。
冒頭から生理...naonaonao16gさん
コメントありがとうございます。
naonaonao16gさんのレビューも拝見しました。
冒頭から生理についてのおはなしで、昭和生まれのおばちゃんである私はちょっと、どきっとしました。
私はあんなに共感たっぷりの感想を書いたわりには結構小説の中身を忘れていて、何なんだ自分、と思いました笑
今思えば、自分に似ている、という意味での共感ではなく、作者の誘導が巧みな上での感情移入だったのかも。『推し、燃ゆ』しかり。
勝手なものです。
でも、共感とか感情移入って勝手なものだと思います。
「わからないものを勝手に自分が知っているカテゴリに分類して理解しがち」私もですが、大半の人がそうじゃないか、と、疑ってますよ、私は。
セカオワも、分類しがち〜♪とか歌ってて、それがまたヒットしてますし。
わからないものをわからないまま受け止める、って難しいですけれど、優れた小説はそれを可能にしてくれますね。
その読んだ「感覚」をまた自分の中で言語化してレビューを書くと何かその「感覚」と、ズレていて、何だかな〜、です。
2023/04/18 -
5552さん
レビュー読んでいただきありがとうございます!
ちょっと冒頭でざわつかせてしまってたらごめんなさい…
『推し、燃ゆ』と...5552さん
レビュー読んでいただきありがとうございます!
ちょっと冒頭でざわつかせてしまってたらごめんなさい…
『推し、燃ゆ』との共通点、わかります。わかるのだけれど、わかりきれないような気持ちがありますね。壁があって、手放しに「わかる!!」と言えない感じ。
その部分を描いている作品なので、理解しきれなくても触れることができたのはよかったです。たぶん触れることもないままだと壁があることすら気付けないでしょうから。
『habit』あの曲いいですよね笑
クセになってずっと聞いてしまいます。
自分の感覚でレビュー書いても、なんかうまく伝わってない気がするし、伝えたいことも「これなのか!?」と思ったり…他の方のレビュー見て「これこれ!!」と思うこともしばしばです…2023/04/18
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N/A とは、not applicable (該当なし)っていう意味らしい。
100頁ちょっとの短い作品だったけど、これがなかなか深くて2回も読んでしまった。
主人公は女子高生のまどか。
共感するところもあったし、痛いとこついてくるな〜ってところもあった。
そして思春期の子って、まだまだ色んな意味で若いな〜とも感じた。
多様性と言いながら、何かとカテゴリーに分けがちな今の世の中。
上っ面の情報だけで分類分けされ、決めつけられる事に違和感を覚えるまどか。
定型文の様な言葉じゃなく、自分の言葉が欲しいまどか。
そして「かけがえのない他人」が欲しいまどか。
私もできるだけ自分の言葉でって思うけど、なかなか思いを言葉にするって難しい〜
うみちゃんとの最後のシーンがちょっと苦くて好き。
読む前は苦手な感じの作品かも、、と思ってたけど、この作品好きだったな〜!とても印象に残る作品でした✩︎⡱
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タイトルの ”N/A” は、本文中には現れず、帯の裏に小さく、2つの意味の略語であると英語表記されています。
1 “not applicable” 「該当せず」
2 “not available” 「入手不能」
想像が掻き立てられます。
本デビュー作の完成度の高さに驚いた、というのが率直な感想です。
主人公のまどかは女子高生。単純に血が嫌で、生理を止めるための手段として痩せようとしたり、「かけがえのない他人同士」に憧れ、女子大生と交際したりします。
ところが周囲の人は、そんなまどかを〝拒食症〟〝LGBT〟という属性の枠組みに当てはめようとします。当然、まどかには共有できるはずもなく、「わたし」は違う!と苛立ちます。
現代社会のマイノリティの声が反映されない、周囲の理解が進まず配慮もない等の問題提起にもなっている気がします。
しかしながら、まどかも自分が凝り固まった思考に囚われていたと最後に気付いたのではないでしょうか。
世の中には、白と黒だけでなくグレーもあり、ある意味で半端なモヤモヤも心の成長には時に必要なんだと思います。
思春期の「何にも属さない」「かけがえのない他人がいない」主人公がリアルで、瑞々しく見事に表現されている物語だと感心しました。 -
主人公の高校2年生 松井まどかは、高身長であるものの体重計の目盛りは40を超えていない。うみちゃん、というパートナーもいるが、今の生活に違和感を感じている。
100頁ちょっとの短く、すぐに読める作品ですが取り扱っているテーマは非常に興味深かったです。N/Aというタイトルから連想されるように、マイノリティなんだけどどこにも「該当しない」、そんな感覚を味わえます。
舞台は中高一貫の女子学校という閉鎖された環境で、登場人物たちの考えもバイアスがかかったものですが、そこにバイアスがあることには気づいてなさそう。大人がほとんど登場せず、かつ、少ない大人もろくでもない描かれ方をしているのは、そういう風にみられているってことなのでしょうか。 -
何者でもないのに。マイノリティに分類し理解したつもりになり安心する。優しさや気遣いの定型文を調べたり、かけがえのない他人を探し求めたり。女子高校生のヒリヒリするような感情が、SNSやコロナ渦など現代社会を背景に描かれる。自分の言葉で伝えること。普段使っている言葉はほんとうに自分の言葉か。魂を感じる圧巻の文章表現だった。
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高校生という、何もかもが刺激として感じ取れてしまうも、まだまだ鈍感なところをも持ち合わせる年頃の、なんとも表しがたい感覚・感情を、独特な文章表現によって造形されている。
人とはちょっと違う(ズレた?)表現を操れるようになりたい身としては、使い回したい表現で溢れかえっていました笑笑
わずか114ページ、サラッと読めてしまうけれど、なんかあと引く味のある物語。
-「彼氏の話、していい?」これは喫煙者の叔父が言う「タバコ、吸っていい?」と同じで、承諾を得るための問いではなく、これから彼女がおこなうことの宣言だと知っていた。キャッチボールは求められていない。
-韓国語の問題集=授業中の内職
↑同じことをかつてやった身なので、なんか刺さりました笑笑 -
100ページちょっとの薄い本。
でも内容はとても深く、根本を理解するのは難しい。
「LDGP」とか「ジェンダーレス」とかそういう言葉ができたけど、そういう言葉が出てきたせいで一括りにされて、括った方だけ安心する雰囲気もありますよね。
一人ひとり考え方も感じ方も違うから、正しい考えや括りはないよな。
この本のまどかを通してとても感じました。
でもどこかに属して安心できるのが人間でもあるから、難しい。 -
どこまでも「ぶち当たる」という感覚が拭えない、挑戦的な作品だと思った。
文章はするすると読めて、あっという間に読了。
でも一口でマイノリティだのラベリングだのとできないもどかしさや、ラベリングされていない唯一無二をもがきながら追い求める感じや、主人公を通して映し出される様々な登場人物の様々な考え方や生き方が詰め込まれていて、読後はいろいろ思わされる。
主人公のまどかは、きっとこれからもかけがえのない他人が欲しいという気持ちは消えないだろうけど、ラストで人間というものを、その関係性の答えを見つけ出すきっかけを得られたのではないだろうか。
まどかのように感じて生きている人もいるだろうし、まどかの周りの登場人物のように考えて生きている人もいるだろう。
私たちは日々否応なしに与えられた自分のアイデンティティと向き合って生きていかねばならないのかと、なんだか思わされる本だった。 -
うまくいっている(と思っていた)友人が相手であっても
「どうして、そういう解釈をされちゃうんだろう」
と残念に思ってしまうことは何度もありました。
最近そういうことがあまり無いのは、たぶんもう諦めちゃっているから。
どうせ全て理解しあうなんて無理だから
それなりの関わり方をして。
本をたくさん読んでいろいろな考えを知るのがいいかもと、
どんどん内向的になっていくのは良いことなのかしら。
芥川賞候補作。
いろいろな人の感想が知りたい。 -
読み手が40代おじさんとなると、だいぶ遠いところにいるなぁと思わずを得ない。。
そういえば、ずいぶんお兄さんと呼ばれたことないなとふと気づく。どうでも良いことだが。 ★2.5 -
食事を控えて体重40kg以下をキープする松井まどか。高校2年生。
痩せたい願望、大人びていく身体への違和感や羞恥、といったことでは別になくて、ただただ「股から血が流れるのが嫌」という理由。
生理がない快適さに本人は満足していて、食事制限も強迫観念を感じるほどではなさそうだけど、
周囲の大人はまどかを「不安定で」「ケアが必要な」「拒食症の」女の子と見なし、対応マニュアルを遵守する。
当然、まどかにはぴんとこない。そりゃそうだ。
マニュアルが想定してる人物像と全然違うから。
年上の女性うみちゃんと付き合ってる。
けれどLGBTQなのかと問われると、答えに困る。
「かけがえのない他人」になる可能性がうみちゃんにあっただけ。
属性に名前がつくことで、孤独が癒える人はいるだろう。
仲間と連帯し、属性外の世界に立ち向かう人たちも出てくるだろう。
その人たちを否定したいわけじゃない。
ただまどかにとっては、どの名前もしっくりこないのだ。
属性によって定義されると、まどかがただのまどかではなくなる。
矛盾や多面性や曖昧さがまるっと消えて、単純明快な存在になってしまう。
そんなの、変。
違和感を覚えるまどかの感覚はすごく真っ当で、貴重だと思う。
好きな場面だらけだけど、なかでも友達2人とのLINEのグループトークが良かった。
あの一秒一秒がカウントされてるような、そして時間と一緒に人間性も測られてるような瞬間。
すっかり忘れてた学生時代の思い出が蘇った。あの絶体絶命な感じは独特。 -
翼沙の言葉のおおよそは空気で膨らんでいた。誰にも受け取られなかった言葉はヒーターの風に押し上げられて、広告のくぼみにひっかかって帰ってこなかった。(P.13)
これからはあの絵本の二人組みたいに、もっと仲良くなってどこにでも行けて何にでもなれるかもしれないんだ、と胸を弾ませて始まった交際は、桜が芽吹くころに始まって、濁った水たまりに花びらが沈むのと同時に終わった。(P.27)
そういえば話す途中に顔のパーツが、あちこちに分裂したり、かと思いきや急に中心に集まって、目の中で温泉卵の臭いが発酵し出すところは、見覚えがある、恋をしている人の様子だった。(P.29)
どうせ今日も帰る頃には話の大半を忘れている。忘れてしまうような時間が過ぎていく。覚えていられないくらい楽しく過ごしていらならよかったのに。まどかはうみちゃんのことをほとんど知らず、ただうみちゃんを形作る輪郭の、じっさいどうだか分からないおぼろげな線をたよりに付き合っているだけだった。(P.32)
いっそ犬になりたかった。オスとメスの判別もつかない落書きみたいな絵柄の、本当に犬なのかも判断できない毛むくじゃらの生物として人々の間を行き交って暮らしたかった。(P.40-41)
祖母の光線を浴びたそばから、まどかは自分から身体が離れていくような気がした。ピーラーで皮剥いたみたいに皮膚が剥がれ、肉がふわふわにほどけて、血管と神経の糸が広がって風に飛ばされて行ってしまう。吹きさらしになった大腿骨には片栗粉のダマに似た冷たくて透明なものが山ほどまとわりついて、そこから胴体へと色んなリボンが巻き付いて、祖母に流れる血を絶やさぬための、女の子型工場が組みあがる。煙突からはあたためたミルクのにおいが立ちのぼった。まどかの身体は、まどかとは関係なく大切にされる何かになった。(P.42-43)
押し付けない、詮索しない、寄り添う、尊重する、そういう決まりごとが翼沙を操縦してして、生身の翼沙はどこにもいなかった。翼沙から出た言葉は何一つ無く、全てを置き去りにして、マニュアルを順守するプログラムだけが動いていた。(P.61)
痩せることは生理を止めるための手段であって目的ではなかったのに、拒食症の女の子と見なされたので、拒食症の女の子用の言葉だけが与えられた。
まどかは当事者性なんて一つも持っていなかった。身体的特徴と食生活以外に、その属性の枠組みの中にいる人とまどかが共有できることはほとんどなく、世の中が想像する属性のイメージとも適合しないのに、まどかへ向けられる態度は、その属性の対応として推奨されるものばかりだった。翼沙とも。今まで、ただの友だちとして、押し付けたり、詮索したり、寄り添わなかったり、放棄したり、そんなことを繰り返すたびに距離を測って、お互いに近づいたり離れたりしながら関係性をつなげてきたはずなのに。かけがえのない他人ほしさにうみちゃんと付き合ってみただけだった、それでLGBTの人で固定されてしまった。同性との恋愛関係を望む人になってしまった。
保健室の先生の後ろの壁に貼られた、日に焼けて赤色が薄くなった人権週間のポスター。多様性を認めてみんなで助け合いましょう。地球の上で手をつないで綺麗な円を描いて等間隔に点在する人たちの絵。決まった場所で手をつないだまま一歩も動かない人たち。
まどかもこの中の一人になった。踏み出したら輪っかの形が崩れてしまうから、この属性から出てはいけない。やさしく手をつないでくれた人をがっかりさせないように、黙って笑顔で収まっている。
本当はどんな属性にもふさわしくないのに。(P.60-67)
自分の言葉で人の心を揺らしてしまうのか怖くて、自分の言葉の責任を担保してくれる何かが欲しくて、他人のお墨付きの言葉を借りたくて仕方がなかった。多くの人に使われてきた言葉を使用すれば、まどかがオジロとの今後の関係を安全に保っていられることは間違いなかった。(P.103)
生理が嫌で必死にその止め方を調べて痩せようとしてた主人公と中学生の私が重なった。私は、痩せたい気持ちもあったが、生理を止めたくて痩せたのもあった。拒食症の女の子として見られ、距離を置かれるような対応をされ、行き場のない苦しみを抱えていた当時の自分のようだと思った。主人公は男になりたい訳では無いし、女性と付き合っているものの、女性が好きな訳では無い。現在ある、「枠」のどこにもカテゴライズされない自分は何者なのだろう…。自分は自分として生きられたらどんなに楽なのだろうか。「かけがえのない他人」が欲しいのに、好きになろうとすると恋愛的な見方をされてしまう。ぐりとぐら、がまくんとかえるくんのような二人組という表現がどのような関係なのかを的確に表しているような気がして納得できる。
なんか、この世界に上手く溶け込めている感じがしなくて違和感があって、でも、違う自分を私は他の人とは違うんだって言える自信もなく、淡々と日々を生きている主人公。きっと世界がモノクロームのように見えているんだろうな。そんな救われない日々にうみちゃんのまどかだけに向けられた少しの優しさを含んだ言葉が染みる。きっと、同情とか違和感のある優しさより、そのままその人から出された言葉が主人公は欲しかったんだと思う。SNSなどで、簡単に文字で会話を出来てしまい、本物の言葉が分からなく、不安になるけれど、こんな風にその人に、その人が求めている言葉をあげられる人間になりたい。 -
設定が興味深かったです
こうゆうグレーな芸能活動をしている子達もどこかにはいるんだろうなあと想像できた事だけで自分には結構価値がありました
出産を経験したので 親の目線でも読めて複雑な気持ちになりました
生きづらさはどんな人間でも抱えている時代なのかなあ などと考えたりしました
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初年森瑛さん作品でした。
宇佐見りんさんに近い感じの作風を感じました。
恋人じゃなくてパートナーでもなくて、付き合ってる人というのがしっくりくる、というところに共感しました。
上手く言葉にできないし、簡単に他人に言葉にしてほしくないようなことが、誰にでもあるんだってことを改めて感じました。
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感想 :

個人的にはやりとり見ていただいて大丈夫です笑
個人的にはやりとり見ていただいて大丈夫です笑
えっ!おすすめいただいた時まだ読まれてなかったのですか!でも、早々に教えていただいて選考会前に読めてよかったです。発表が...
えっ!おすすめいただいた時まだ読まれてなかったのですか!でも、早々に教えていただいて選考会前に読めてよかったです。発表が本当にたのしみ!
面白かったですよね!
他人が提示する属性に違和感を持ち続けたからこその表現力なのだと思いました。
僕もやりとりを見るのはマナー違反ではないと思います!気軽に遊びに来てください!
暑さでとろけましたよ。もう元には戻れません涙。
繰り返しになりますが、この作品めちゃくちゃ面白いです!新人とは思えない...
暑さでとろけましたよ。もう元には戻れません涙。
繰り返しになりますが、この作品めちゃくちゃ面白いです!新人とは思えない表現力です!
ぜひとも読んで衝撃を受けてください!