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Amazon.co.jp ・本 (808ページ) / ISBN・EAN: 9784163915999
作品紹介・あらすじ
著者のライフワーク〈矢吹駆シリーズ〉11年ぶりの最新作、800ページの超大作!
1978年6月。ナディアは著名な作家のシスモンディに、友人・矢吹駆を紹介する。シスモンディのパートナーであり、戦後フランス思想家の頂点に立つクレールが彼女にあてた手紙が消失した謎を駆に解き明かしてほしいというのだ。しかし手紙をネタに誘い出されたシスモンディとナディアは、セーヌ川に係留中の船で全裸の女性の首なし屍体を発見する。事件の調査のためリヴィエール教授を訪ねると、彼は若き日の友人、イヴォン・デュ・ラブナンのことを語り始める。39年前、イヴォンも首なし屍体事件に遭遇したというのだ――。
時空を超え広がる謎の迷宮に、矢吹駆が挑む!
みんなの感想まとめ
時空を超えたミステリーが展開される本作は、著名な作家の手紙の消失と、セーヌ川で発見された首なし女性の死体を巡る謎を描いています。物語は1978年を舞台に、過去の事件との関連を探る中で、現象学や哲学の要...
感想・レビュー・書評
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シリーズ作品なので、ここから読む方は少ないかもしれないが、読めないことはないかもと思われる作品。しかしすごい長さと登場人物達の思考、語りがなかなか専門分野で繰り出されるので、読み終わったとき謎の達成感を得られる。人は生まれる国を選べないけれど、その土地に染みついた血や歴史の影響を少なからず受けるところはあるのかもと考えさせられた。世界史の勉強を改めてしたくなった。
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矢吹駆シリーズ。セーヌ川に浮かぶ船で発見された女性の首なし死体には、奇妙な装飾がなされていた。そして目撃者によりその船は犯行当時密室に近いものだったことが判明する。事件を捜査するうちに、39年前に起こった首なし死体事件との関連も見え、しかし事件はさらに混迷へ。現象学、哲学等も交え、質量ともに重厚なミステリです。
現代(とはいえ1978年ですが)と過去との繋がりが徐々に見えてくるところが読みどころではあるのですが。しかし繋がりが見えるほどにわからなくなってくる部分も多くて、頭がぐるぐるしてきます。「無頭女」を巡る解釈、クロエと名乗る女の正体、そして事件の動機。考えるほどに分からない……って思っているのは私だけじゃないよね。船の事件におけるナディアの推理、ちょっと近いことを考えてしまったり……さすがにそれはなかったか。
過去パートは大きな二つの大戦の狭間ということもあり、暗澹としつつも刺激的な情勢にハラハラさせられます。もちろん、現在が平和な時代だからこそこのような物語も楽しめるのですけれどね……。
今回も暗躍するイリイチの影、過去の事件から繋がる因縁(ああでも過去作をかなり忘れてしまっている)、シリーズファンにも読みどころはたくさんです。読み終えた後の充足感が半端ありません。 -
【〈矢吹駆シリーズ〉11年ぶりの最新作!】著名哲学者の手紙の盗難と、川船で発見された全裸の首なし屍体、そして39年前のトランク詰め首なし屍体。3つの事件を駆は追う。
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長く敬遠していた笠井潔だが、信頼できる友人から勧められて『バイバイ・エンジェル』から順に読んだ。読む順番を守って正解。デビュー作にも出て来た人物がこの作品の準主人公とも言える。また仮名になってるがシモーヌ・ヴェーユもハイデッガーも、もちろん今作で初登場のサルトル、ボーヴォワールも独特の味わいを出している。前作はフロイトなどの心理学がメインだったのでイマイチ楽しめなかったが、今作はスペイン戦争、第二次大戦のフランス、ヴィシー政権とそれに対立するド・ゴールの自由フランスの正当性。さらにスターリニスト、アナーキスト、さまざまな活動家が登場し予断を許さない。全ての革命は裏切られた革命である、という結論はそうなのかもしれないが、もしかしたらと言うザ・クラッシュ的な甘い幻想も完全否定はされていない。そうそう、謎解きの大事なポイントに忌野清志郎がいたが、これは好きな人しか分からないだろう。しかし、ここまで書いてミステリの感想ではないと苦笑。
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矢吹駆シリーズの現時点での最新刊
<第0作(番外編)>
0.「熾天使の夏」
講談社(1997年7月)、講談社文庫(2000年12月)、創元推理文庫(2008年10月)
<フランス篇>
1.「バイバイ、エンジェル」(デビュー作)
角川書店(1979年7月)、角川文庫(1984年3月)、創元推理文庫(1995年5月)
2.「サマー・アポカリプス」
角川書店(1981年10月)、角川文庫(1984年6月) (「アポカリプス殺人事件」と改題)、創元推理文庫(1996年3月)
3.『薔薇の女』
角川書店(1983年3月)、角川文庫 (1987年12月)、創元推理文庫 (1996年6月)
(バイバイ、エンジェル、サマー・アポカリプス、薔薇の女、の3作の合本)
「天使・黙示・薔薇 笠井潔探偵小説集」
作品社(1990年12月)
4.「哲学者の密室」
光文社(1992年8月)、カッパノベルス(1996年7月)、光文社文庫(1999年3月)、創元推理文庫( 2002年4月)
5.「オイディプス症候群」
光文社(2002年3月)、カッパノベルス (2006年10月)、光文社文庫(2008年11月)、創元推理文庫(2022年11月)
6.「吸血鬼と精神分析」
光文社(2011年10月)、カッパノベルス(2013年7月)、光文社文庫(2015年7月)
7.「煉獄の時」
文藝春秋(2022年9月)
8.「夜と霧の誘拐」
未刊
9.「魔の山の殺人」
未刊
10.「屍たちの昏い宴」
未刊
<日本篇>
11.「青銅の悲劇 瀕死の王」
講談社(2008年7月)、講談社ノベルス(2010年7月)、講談社文庫(2012年10月) -
重厚長大という言葉がぴったりの本。
全部理解するのは困難(というか、話の筋をおさえるのも大変)だけど、細かい伏線をしっかり回収していてある種の爽快さはある。
本題からは少しずれるが、主人公は今で言うところのアセクシュアル、アロマンティックな人。このシリーズが最初に出たのは1979年とのことなので、先見の明があったというか、ちょっと驚き。 -
幼少時の全能感を段階的に去勢していくことで
人間は社会性を身につけていく
というのが、精神分析の考え方であるが
人間の考えなんてのはだいたい逆説から逃れられないもんで
徹底した去勢こそ、未だ見ぬ新人類への道だという
そういう発想も出てきてしまうわけなんだ
その背景には、新しい神と古代の神の対立の図式がある
つまり、割礼を要求する新しい神と
生贄を要求する古代の神の対立である
してみると、ニーチェの言った超人というのは
むしろ近代から中世をすっとばして
一気に古代へと逆行する存在なのかもしれない
これは古代神が仕掛けた時限式の陰謀だ
ギリシア悲劇というのも要するに
間をつなぐための生贄の代替物であったような気がする
しかしながら、もはや神は死んだと言われる時代に
生贄を捧げる相手はいない
だから現代のそれは単に相対化されて
切り捨てられ、忘れさられる存在にすぎなかった
超人への道とは、かように非人間的なもので
かつて神に抗ったタイプの人々が
いまやふたたび神を見出そうとするのも無理のない話だった
矢吹駆の宿敵とされるニコライ・イリイチ・モルチャノフなどは
聖書に書き加えられることのない最後の預言者を
目指しているのかもしれない
それは仏教的な「消滅」という観念の簒奪・剥奪でもあろう
タイトルにある「煉獄」とは
「哲学者の密室」に書かれたコフカ収容所での出来事を指し
その他、過去の事件関係者が深く絡んでくる作品でもあるため
シリーズ未読者にはあまりオススメできない
クレールとサルトルがよく似た別人であることは
「バイバイ、エンジェル」を読むとわかる -
1ヶ月半かけて、寝る前に少しづつ読み進めた。
哲学的なことは、理解しているとはいえないけれど。
矢吹駆シリーズを読んでいたのは20代。50代後半となった今でも、読むのが楽しい。過去作品と関係が深いので再読したいが、こんな読書ペースではいつまでかかるかわからない。次回作をじっくり待ちます。 -
青春小説と探偵小説の高次元での融合ではないか。語弊を恐れずに言えば、青春小説とは自らが殉ずることのできる死に場所を探す物語であり、探偵小説とは剥奪されて奇形となった物(語)を修正していくお話だ。その二つが接続し、大きな物語となって暴力により奪われた存在を鎮魂する小説として読んだ。
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2022/12/08読了
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ー 下からの集産化革命のために闘って斃れるなら本望だが、その可能性は当面のところ失われた。 全体主義でない革命は必然的に敗北するという、二十世紀革命の現実性を背負ったルヴェールの断定をどのように覆すことができるのか。
闘うための旗を奪われた青年であろうと、切迫した戦争からは逃れられないし逃れるつもりもない。しかし革命の旗が存在しないとしたらどうすればいい。この戦争を前に取りうる立場は三つしかない。 第三共和政のブルジョワ秩序を守るために戦うのか、ファシズムの側で戦うのか、ボリシェヴィズムの側で戦うのか。
フランス人の大半は第一を、親ドイツ派のフランス右翼の一部は第二を、コミュニストは第三を選ぶだろう。スペインの集産化革命を支持しアナキストの側で戦ったイヴォンには、ファシストやコミュニストと手を組むことなど考えられない。残るのは第一の選択だが、資本主義と植民地主義の血にまみれたフランス第三共和政が、ソ連やナチスドイツの抑圧体制と比較して悪の程度が少ないとはいえない。三者ともに打倒の対象であることに変わりはない。p402 ー
ー 一連の出来事を全体として捉えるなら支点的現象は〈消失〉、しかも二十世紀的に条件づけられたそれだと、事件の真相が解明されたあとでカケルは語った。 二十世紀的な消失の原理は、世界を覆う剥奪の原理に対峙することを宿命づけられている。
事物は移動したり形態を変えることはできても消滅しない、消滅できない。人間という特異な存在者のみが消えうる。消失可能性こそが人間存在を定義する。意識は指向性だとか、現存在は存在を開示するとか、対自存在とは脱自で無で自由だとか、現象学者たちはそれぞれの仕方で人間を捉えようとしてきた。 主観、意識、自我、あるいは現存在、実存などさまざまに概念化されてきた人間存在だが、それを消えうること、消失可能性から定義する視点は独特だ。p772 ー
上下2段組みで800ページ、長い…。
真ん中の300ページのほとんどが第二次世界大戦史ヨーロッパ編とホロコーストとほんの僅かの連続首無し死体遺棄事件。
現代の事件との繋がりを紐解いていく考察の長さはまさに哲学級。
盗難された手紙は“消えた”のか“奪われた”のか。
首無し死体の頭部は“消えた”のか“奪われた”のか、それとも首無し死体が必要なので頭部は“遺棄された”のか。
支点的現象の本質を捉えると必然的に事件が解決出来る名探偵カケルの現象学的推理は相変わらず難解。
本作のメインテーマは〈死〉と〈生〉を巡る〈消失〉と〈回復〉の物語なんだろう。
ただし、本質的な死の先には生はないのと同様に、本質的な消失の先には回復はない。回復があるのは、消失が“可能性としての消失”である限りなので、そういう意味で、ホロコーストの先、第二次世界大戦の先、を遠回しに問うている作品。
とは言え、”洪水のあとに残った東側の収容所国家と西側の福祉国家は、いわば陰惨な暗黒の地獄と凡庸で明るい地獄が無限抱擁する息苦しい世界”であったとしても、戦後のその先の現代社会はそこまで単純化できない新世界となってしまっている。この新世界の基軸がぼやけてしまっている今、私たちはどんな世界にいて、誰と闘うべきなのか分からないでいる。
遅れて生まれてきてしまった私は、誰と闘うべきなのか分からないまま40年を過ごしてしまった。
『嘔吐』『存在と無』『想像力の問題』『自由への道』『呪われた部分』『内的体験』『言葉と物』『狂気の歴史』『監獄の誕生』と高校生から大学生と読んできても、結局は行動せずに漠然と過ごしてしまい、そのまま今に至る。
まっ、結局、闘う相手は見つからなくて、革命闘士にはなれないけれども、笠井潔先生の『煉獄の時』を読めて良かった。
伏線を最後に回収しまくる、という点では、本当に素晴らしいミステリーだった。
早く続編も出版してくれ。
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