我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか
- 文藝春秋 (2022年10月26日発売)
本棚登録 : 830人
感想 : 46件
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784163916118
作品紹介・あらすじ
ホモ・サピエンス誕生からトランプ登場までの全人類史を「家族」という視点から書き換える革命の書!
人類は、「産業革命」よりも「新石器革命」に匹敵する「人類学的な革命」の時代を生きている。「通常の人類学」は、「途上国」を対象とするが、「トッド人類学」は「先進国」を対象としている。世界史の趨勢を決定づけているのは、米国、欧州、日本という「トリアード(三極)」であり、「現在の世界的危機」と「我々の生きづらさ」の正体は、政治学、経済学ではなく、人類学によってこそ捉えられるからだ。
上巻では、これまで「最も新しい」と思われてきた「核家族」が、実は「最も原始的」であり、そうした「原始的な核家族」こそ「近代国家」との親和性をもつことが明らかにされ、そこから「アングロサクソンがなぜ世界の覇権を握ったか」という世界史最大の謎が解き明かされる。
みんなの感想まとめ
人類史を「家族」の視点から再構築する本書は、歴史人口学や家族人類学の知見を駆使し、アングロサクソンがどのように世界の覇権を握ったのかを解き明かします。著者は、核家族が実は原始的な形態であり、近代国家と...
感想・レビュー・書評
-
エマニュエル・トッドは乳幼児死亡率に着眼してソ連崩壊を予言した事で有名な歴史学者だが、その著者が、家族形態に注目し、覇権国との因果関係を探る本。序盤、核家族などの家族形態と文明の発展等の結びつきがピンと来なくて読み難い感じがしたが、識字率の解説などから一気に面白くなる。
集団が物理的、地理的条件から自然発生的に生じ、自他の区別は後付けで発生したと考えるのが無理のない解釈のように思う。地球の真反対に住む集団が繋がっているとは到底思えない。そこでは言語も風習も、恐らくは見た目も異なる。だから、元々一つだった集団が敢えて利権構造によって区別するために言語や風習を違えたというよりも、同族として認識不可能なほど差がある集団同士が、自ずと別物として認識し合う状態ができたのだろう。
ー 紀元後二〇〇年頃のことである。「ミシュナー」(ユダヤ教の口伝律法をヘブライ語で編集した文献。のちに「タルムード」の基礎を成す本文となった)に定着するかたちで、ユダヤ民族への帰属は母親から継承するという、たいへんよく知られた規則が現れた。これを根拠として、ユダヤ教が母系制へと推移したと想像するのは容易であろう。そして、その推移は、中東でどんどん拡がっていた父系制に対する反動だった。
その意味で、母系制が父系制に反動として広まったという考え方は、良くわからない。日本でも女系天皇に対する反対意見はあるが、これは今までのやり方を継続する慣性への拘り(それに対する遺伝子レベルでの論拠は後付けか)であって、それらの拘りが各国であるのは、他国を意識した結果ではないと思うが。一方で、識字率の話は説得力がある。
ー その結果のうち、ユダヤ人と非ユダヤ人のそれぞれの識字率を比較してみよう。ロシア帝国の全人口中での10歳以上の男子の識字率は28%だったが、それをユダヤ民族に限定し、読むのはイディッシュ語のヘブライ文字でもロシア語の文字でも構わないとすると、数値が65%まで上昇する。1837年以前に生まれた、当時60歳以上の人口に注目すると、原初的なユダヤ文化にもう少し近づくことができ、その不完全さや父系的な教育の偏りをも垣間見ることができる。男性の識字率は54%だったのに対し、女性のそれはわずか15%にとどまっていた。このデータが示唆する世界は、紀元後一世紀に大祭司ジョシュア・ベン・ガムラが夢見た世界に近いのではないだろうか。次章の主なテーマはドイツとプロテスタンティズムの宗教改革だが、私はそれに加えて、人類を全体として見たときの識字化プロセスにも言及するだろう。
ー それでもユダヤ教は、未分化核家族モデルの機能の仕方を変えなかったわけではない。古代ではまったくオリジナルだった禁止、すなわち堕胎の禁止と嬰児殺しの禁止を導入したのだ。旧約聖書ははっきりと出産奨励主義で、ホモ・サピエンスのプラグマティックな態度と袂を分かっている。ホモ・サピエンスのほうは、ごく自然にマルサス的(人口制限論的)で、人口と食糧のバランスでものを考え、食糧調達因難な場合には「汝、殺すなかれ」といった掟に縛られる気持ちなどほとんどなかったのだ。ユダヤ教のこの革新が古代におけるユダヤ民族の高い出生率を支え、その出生率が、ローマによる征服にも先立って、異邦への移住とディアスポラの人口増加を部分的に説明する要因になっていたと推察するのは、妥当なことだろう。
ー 文字表記は、その本質において、知識を固定する技術であり、これによって人間社会は、記憶内容の口頭伝達にともなう不確実性を免れる。長子相続は、長子相続から早晩発生することになる直系家族とともに、これまた継承の技術にほかならない。継承されるのは、君主制国家、封地、農場、工房などである。より深い部分では、そうした社会構造の諸要素にともなう、事務処理や、農業や、金加工技術などのすべてのテクニックである。したがって、文字表記と直系家族というこの二つの社会的続性の道具の間にひとつの歴史的近接性を看て取るのは、非論理的なことではない。
初期の表意文字システムの場合には、直系家族との関係はおそらく非常に緊密だ。あの種の文字を使いこなすには厳しい修練が必要なので、おそらく、直系家族の継続性と文字表記技術の獲得のあいだには必然的な関係が存在するのだろう。私がここで喚起しているのは、書記を家業とする家族内での父から息子への継承だけではない。中国の文字であり、日本でも用いられている漢字の数が、じつに数千にも上ることを思ってみようではないか。もし、継承のために考え出された家族システムもなく、その中で子供に対して働く親の強い権威もなかったとしたら、あれほど多くの文字を記憶することなど考えられただろうか。
今度は二一世紀の現在に身を置いてみよう。中国と日本の文字表記システムは今も生き延びているが、こんなことが可能だということ自体、あの両国に高いレベルの家族的・学校的規律が存在するからこそであろう。
したがって、メソポタミアで、中国で、日本で、文字表記の出現と長子相続による家族秩序の形成の間に歴史的な結びつきがあったという仮説を立てていけない理由はない。エジプトでは、長子相続がかなり早くから社会の上層階級に取り入れられたのだが、このケースなども仮説に矛盾しない。
ー 読むことの学習をひとつの技術の獲得としてしか見ないなら、われわれは間違いを犯すことになろう。今日では、次のことが分かってきている。幼児期に読むことを覚え、実際に読書に没頭すると、それによって頭脳の機能がいちじるしく拡張されるのだ。たしかに、頭のいい子は読むことを覚えるのが早い。しかし、人類史を理解するためにより重要なのは、とりわけ読むことを通して子供たちの頭がよく機能するようになるということだ。外国語の習得と同様、読む能力の獲得は思春期以前には容易で、思春期を過ぎると困難になる。人体組織の成長の決定的な局面では、識字化によって頭の構造が変わると言ってもよいくらいだ。
読むという活動が新しい人間を創造する。読むことを覚えた人間においては、世界との関係が変わる。
ー プロテスタンティズムはまた、大衆の識字化というそのオペレーションによって読み書きの出来る農民を「製造」するに到ったのだから、原初キリスト数よりもさらに古い母なる宗教、ユダヤ教の後を追い、その点ではユダヤ教を追い抜いたのであった。宗教改革は、この狭義の教育的意味において、ユダヤ人たちによってもたらされたメッセージに対して格別に忠実であった。
ー 識字化は、最初のうち、宗教的な夢や悪夢が精神に取り憑くのをむしろ後押しした。しかし、もう少しあとになると、科学革命のベースとなった。ガレリオ・ガリレイはピサの人だったけれども、近代物理学の基盤となった地域は間違いなくヨーロッパ北西部、つまり、男性の半数が読む能力を持っていた地域であった。ところで、物理学が発展すると、万物の創造主にして統制者としての神を疑問に付すことが可能になる。自然界の数学的捕捉・表現を担った立役者たちの幾人かは、自らの宗教的疑念を傲岸な客推理でコントロールしようとした。デカルトは一六四四年にラテン語で「コギト・エルゴ・スム(我思う、ゆえに我在り)」と述べたが、これは、論理上の紆余曲折を経て至高者の存在を認めることにつながる確信であった。
面白い。下巻に更に期待。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
歴史人口学、家族人類学者のトッドらしい着眼点で、さまざまな国・地域の家族構成から、宗教や人々の経済基盤、ヒエラルキー、識字率などの統計を引きつつ、歴史をひもといていく。
上巻前半はかなり学術的で、人類学素人の私にとっては、多少”体力”の要る読書になったが、後半は宗教改革から、プロテスタンティズムや印刷技術の普及による変化、都市文明と核家族化の関係、18世紀までさかのぼっても北欧の女性の識字率が高かったことなど、従来の身近な知識で読み進められる話になってくる。
全体として、父系社会は、農耕が始まり定住して財産を蓄えるようになり、相続という行為が必要になって生まれてきたもので、実は核家族よりも新しい形態で、今我々が新しいと考えている核家族や男女平等というのは、むしろ原始的なものだったかもしれないという“反転“理論が背骨になっている。
ちょっと面白いのは、「いったいなぜアメリカなるものがわれわれの眼に、モダンであると同時に未開の自然のように映るのか、われわれの未来の姿を先取りして示してくれるほど進んでいるのに、なぜ習俗においてあれほど洗練度が低く、あれほど非文化的に見えるのか」という著者の問題設定。読み進む原動力になる、フランス人らしい視点かもしれない。 -
人類史あるいは社会発展を物語る際に現代人は地政学と経済に重きを置いており、社会を語るのに国家・宗教・教育を重要視しがちだが、人間社会の最小単位である家族システムに注目すると、驚くべき相関関係が見出されることを説明する。トッドとしては家族システムで全てを説明できるわけではない、還元主義とは一線を画すと言っているが、論調的には全てを説明しようとしているように見受けられる点が引っかかる。どこまで現実を正確に表しているか、ちょっと後付け・こじ付けがすぎると思われる点もあるが、原因と結果の説明がうまく聞こえることもあるため、非常に興味深い主張ではある。
まず原初のホモ・サピエンスは外婚制・移動性の高い核家族システムであり、地球上に広く拡散した。この原初の家族システムに近いのがイギリス・アメリカであり、アングロサクソンが覇権を握った遠因になるというのである。経済の躍進の前に政治的変革が根底となる。産業革命の制度的諸条件を築き上げたのは、ピューリタン革命、名誉革命による代表制統治であり、これらの統治制度を受け入れやすいのは核家族システムなのだという。当然アメリカには黒人や他の欧州人含め様々な人種が移民として来ているが核家族システムが根付いていった。19世紀末に大勢渡米したのは直系家族システムのドイツだったが、直系家族も成長を加速させる力があるとのこと。ただし、直系家族は過剰な完璧さで規範にハマリすぎる罠があり、日本やドイツに共通するポイントとなる。直系家族システムは技術伝承に向いているが保守的で創造的破壊を得意としない。(こういった説明を聞いて動物占いを連想してしまうのは私だけだろうか) 他方、中東・中国・インドの父系制社会は女性ステータスを低下させ、他社会の発明によって停滞してしまったことになる。ユーラシア大陸全体で見ると、父系直系家族、父系共同体家族などが中心で、核家族がベースとなっているのはイギリスをはじめ文字通り辺境の周縁部となる。外婚制共同体家族は共産主義や権威主義と親和性があり、中国やロシアが含まれる。我々にとって最も馴染みないのが、従兄弟との結婚が奨励される内婚制共同体家族(アラブ・ペルシャ)。シュメールや中国の初期文明では農業や文字の発明と同じ時期に父系制へ移行し、周辺の遊牧民などに伝播した。その結果、父系制氏族となったトルコ・モンゴルなどが軍事的に脅威となっていくパターンが見出される。その他、プロイセンは直系家族システムのため、長男以外の息子たちは軍への参加がスムーズで軍事力確保に繋がったというのもあった。ところで、ある程度近代化された社会では民法的に遺言・相続の意思も自由で、都市部に人口が集中して核家族化が進んでいくのは世界共通のように思われたが、今後100年たつとどのようになっていくのだろうか。
父系的社会は第二次産業に強く、女性ステータスが高い双系的社会は第三次産業に強い→前者は生産に、後者は消費に特化している。これが本当なのであれば、近い将来とんでもないしっぺ返しを食らうことになりかねない警告に受け止められる -
今なお世界を政治経済や軍事、テクノロジーで牽引するアメリカ。でもそれは原始的な人類に通じる点があるという……なるほど!という視点を得られた。
エマニュエル・トッドらしい人口社会学を駆使しながら歴史、地理を縦横無尽に論じた本であり、少々いやかなり肩は凝る。途中から読みやすくなってきて、論旨も理解できてきた。
トッドの世界は毎回知的な刺激を得られるのでとても充実したひと時を過ごすことができる。一方でフランス知識人らしい独自の視座というかバイアスというかもあるのでそこも勘案しながら読むとよいのかもしれない。 -
ホモエコノミクスに還元されないそれぞれの地域が持つ特性を、主にそれぞれの地域の伝統的な家族構成によって描く名著だと思う。
原著執筆から5年が経ち、社会情勢が大きく変化している中でも全くそれを感じさせない内容だった。 -
家族構造や宗教そして教育という、我々の心理を深い次元で司る要素の分析を通して、それぞれの国の政治や経済がなぜ現在のようになっているのかを読み解く書である。無意識・下意識の階層にある何かが、目に見えるものを支配しているという考えには、大いに納得できるものがあった。
核家族か共同体家族かあるいは直系家族か、という言い回しが数多く登場する。核家族はホモ・サピエンスの原初的家族形態であり、むしろ直系家族のほうが最新なのである。ただ、絶対的な核家族は、創造的破壊が非常に得意である一方、技術や知識の継承という観点で直系家族に劣る側面がある。産業面で成功している中国・インド・日本・ドイツを観れば頷ける主張である。
ここに兄弟間の平等性・女性のステータス・父方居住かというファクターで細分化したのち、出生率・識字化のタイミングなどで国力の推移を分析することで各国の政治・経済のダイナミズムを考えていく。アメリカの創造性と野蛮性の混在の正体を暴いた10章は特に面白かった。
正直、内容理解は20パーセントほどしか進まなかった。文章自体は難解ではないが、主張を理解するのに時間がかかりそうだったため、飛ばして読まざるを得なかった。下巻は日本やドイツに触れるため、まずはここまで読み切ってしまいたい。 -
●ドイツによる東欧人の簒奪、人口流出によるウクライナの破綻国家化、ロシアとウクライナの家族構成の違い、西洋に蔓延する非合理的なロシアの恐怖症など、現在ウクライナで起きている戦争を理解するために重要なポイントが盛り込まれている。
●貿易赤字の国は、伝統的に個人主義的で、各家族社会で、より双系的で、女性のステータスが比較的高いと言う特徴。貿易黒字の国は、全体として権威主義的で、直系家族、または共同体家族で、より父系的で、女性のステータスが比較的低いと言う特徴。消費に特化した国と生産に特化した国。
●中国は、中長期的に見て、出生率の異常な低さからして、世界にとって脅威になる事はあり得ません。
●経済制裁は、一見平和的に見えても、その目的は「相手国の破滅」かなり暴力的な手段。 -
本書は「家族システムの世界史」と言える。
社会の最小単位とも言える「家族」の体系は、その地域特性の影響を受けながら「核家族」に始まり、「直系家族」に移行し、さらに「外婚制共同体家族(結婚は共同体家族の外の人間とする)」、「内婚制共同体家族(いとこ婚などを推奨する閉鎖的な形態)」に移行していくという。
つまり本書では「(いろいろなところで生まれ育ってきた)我々は(この順序に沿って)どこから来て、今どこにいて、そしてどこへ向かうのか?」について考察されている。日本人だけでなく、米国、欧州、アフリカ、ユーラシアの人々の家族体系の歴史を解説し、各地域で根を張る家族体系の特徴を土台にして経済や紛争まで語ってしまうトッドさんの想像力と説得力にいつも脱帽する。「家族システム」の歴史を紐解いたところで社会学や比較文化論の域を出ないが、弁の立つトッドさんはこのやり方でソ連崩壊やトランプ現象、ブレグジットを言い当てたことは有名だし、そのわかりやすさがトッドさんを学者の枠を超えた別格の論客に押し上げている。
そんなトッドさんは、ロシアによるウクライナ侵攻を「第三次世界大戦」と捉えてこの本で語っている。
https://booklog.jp/users/kuwataka/archives/1/4166613677 -
冒頭に書いてあるが、トッドによる研究の全貌を一般の読者にも読みやすい形で示した「私にとって最も大事な本」だそうだ。全人類の歴史を、家族システムという補助線ひとつで整理しなおしてみせる手際はおみごと。経済学ばかりが重視される社会科学の現状への異議申し立ても傾聴すべきと思う。「反米を煽るものではない」と言いつつ、アメリカとドイツをディスるときの筆の冴えも面白い。
日本やドイツの直系家族が経済的な効率性に優れると言いながら産業革命がテイクオフしたのは核家族のイギリスであったり、それはそれで理由が示されるのだが、全般を通して、ああ言えばこう言う的なところも多く、ウクライナ戦争にまつわる言説も含めすべての議論を真剣に受け止めていいいかどうかは留保したいところ。 -
-
経済ではなく、家族構造、宗教、教育等の人々の無意識や下意識で行動を形作る文化人類学的観点から過去および現在の各民族の立ち位置を解き明かす本。新たな視点がたくさんで興味深かった。
以下、興味深かったキーポイント。
☀︎原始の人間は外婚制、核家族で、女性の地位が高い。そこから家族形態を進歩させてきたところほど日本やドイツのような直系家族やロシアや中国、中東のような共同体家族である。
☀︎民主制こそ原始的。
☀︎ロシアは共同体家族でありながら女性の地位が高い。
☀︎もともとは宗教改革から始まった識字化が、産業革命等の経済革命の素地をつくった。
☀︎直系家族は、強力な推進力を持つが、既存のシステムを変えるのには核家族よりも時間を要する。
☀︎日本は世界の競争から出たがっているように見える。
個人的には、北欧の国々は女性の方が男性よりも圧倒的に学力が高いのが面白かった。 -
(下巻に記載)
-
久々に厳しかったー笑
データと検証がびっしり -
・家族類型
相続が自由、あるいは、平等的な同居を伴わない絶対核家族、平等核家族→英語圏
同居を伴う父方居住、母方居住、双方居住
直系家族(父方居住) 長男がほとんど相続する→日本、ドイツ
直系家族(そうしょ居住)
直系家族(母方居住)
外婚制共同体家族 男が平等に相続をし、外婚制 →中国、ロシア
内婚制共同体家族 →アラブ圏
・核家族は人類史の原始的な形であり、社会の要請に応じて父系の共同体家族へ複雑化していった
・経済や社会システムは短期間に変わるが、家族類型は長く変わらない -
過去課題本。本書がベストセラーだったときに、その流れで課題本になったと思われる。「家族制度から政治が見える」と本書は主張しているようだが、論理展開に強引な印象を受けた。
-
いや、むずかしくて読めない。あきらめる。前書きだけでも勉強になるかも。つまり、資本主義の罪悪はもう結果が見えてる、とか。
-
良書、歴史に関する斬新な視点を甘えてくれる
ただ、分かりづらい、難しい、専門用語が多い
歴史を語る時、政治、経済、テクノロジーなどの観点から語る事が多いが、この本は家族という観点から見た歴史を語ってる
家族のあり方の変遷、それが人々の価値観や社会のあり方に与える影響
特に、イギリス/アメリカの家族や社会の特徴と、それの影響
-
(下巻へ)
この本が好きな人におすすめの本
著者プロフィール
エマニュエル・トッドの作品
