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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784163917115
作品紹介・あらすじ
ドナルド・キーンは生前、日本の新聞社・出版社の求めに応じて自伝を3冊刊行したが、まとまった評伝はこれまで書かれてこなかった。『日本文学史』をはじめ、長年のキーンの日本文学研究についての本格的な批評・研究もあまり見られないのではないか。数々の文学賞や文化勲章を受け、晩年に帰化してからは多くのメディアに登場したが、「学者ドナルド・キーンは、こうした受賞も含めて世間で持て囃されるか、あるいは無視されるか、そのどちらかの扱いしか受けてこなかったような気がする」と、40年来の友人で、『明治天皇』『日本人の戦争』などを翻訳した著者は指摘する。
ドナルド・キーン生誕101年、ユーモアと本物の知性を兼ね備えた文人の生涯をたどり、その豊かな仕事に光をあてる1冊。
【目 次】
第一部 私説ドナルド・キーン
ドナルド・キーン小伝
私説ドナルド・キーン――異邦人の孤独
第二部 日本文学者の原点
十七歳の「フローベール論」
二十代の「告白」――終戦直後に書かれた横山正克宛てキーン書簡を読む
第三部 翻訳作法
ドナルド・キーンから学んだ翻訳作法
第四部 評伝を読む
晩年の「評伝」三作を読む――明治天皇、渡辺崋山、正岡子規
エピローグ キーンさんとの時間
感想・レビュー・書評
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評伝ではありません。キーン氏の翻訳に携わってこられた角地氏の雑感集なので、ちょっと取り止めのない感じもあります。日本の学会がキーン氏に対して無関心を装ってきたという不満は同感です。海外では日本文学の通史を知ることができる研究書がないので、「日本文化史」を完成させたそうですが、日本人の私にとっても基礎文献です。日本語は音数が少ないから「掛け言葉」が生まれたという説は卓見で腑に落ちました。彼が晩年手がけた渡辺崋山の評伝は涙しました。明治天皇を通して幕末から明治を知るという試みもいいですね。キーンさんはかけがえのない啓蒙家でした。
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武田鉄矢のラジオで紹介
2024・2・12
今朝の3枚おろし -
本自体が薄い上質な紙でつくられています。そして「キーンさんという陽の温もりを一身に浴びて、その恵みに守られて生きて来たような気がする」という言葉に端的に表現されているように、相互の慈しみが感じられます。
日本語のもつ象徴性の高さに魅せられたドナルドキーン。「時には、詩人が一篇の詩の終りまで全く違った二組の影像を並行させて、少しも破綻を来さずにいることもある」という例として、
消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露
という藤原定家の歌を引きます。恋人に捨てられる人を描いただけでなく、風吹く森の消えそうな露をも、二つの同心円的に描いている、とのこと。確かに、どうして自然の円も描くのでしょうね。私自身は、定家から遠く、しかも薄っぺらくなってしまいました。 -
【なぜキーンは英語で書き、わたしに翻訳させたのか?】ドナルド・キーンが知りたければ、その作品と直に向きあうほかない。晩年の20年を伴走してきた翻訳者による、初の評伝と作品論。
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2023年刊。著者はキーンの長年来の友人(26歳下)。彼の著作も十数点翻訳している。
冒頭の章は「ドナルド・キーン小伝」(これのみキーン存命中の執筆)。キーンの自伝には4種類あるが、それらのコンサイス・バージョンといえる。亡くなる少しまえ、キーンも目を通し、お墨付きを与えている。
本書の目玉は、「私説ドナルド・キーン」の章。なぜ自伝を4つも書かなければならなかったのかから始めて、なぜ国文学や日本文学の研究者はキーンの仕事を黙殺(orスルー)するのかについて考察している。そこからキーンの仕事の本質が見えてくる。
なぜキーンは日本語で書けるのに、英語で書き、気心の知れた翻訳者に日本語にしてもらおうとしたのか。「ドナルド・キーンから学んだ翻訳作法」の章には、その答えも書いてある。
「エピローグ」。著者は若い頃キーンから毎週のように夕食に招かれた。シェリー酒を飲みながら、キーンの手料理ができあがるのを待つ。そして食事をしながら、よもやま話に興じたという。ああ、なんという贅沢。
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