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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784163918358
作品紹介・あらすじ
日露戦争30周年に日本が沸いた春、その女の子たちは小学校に上がった。できたばかりの東京宝塚劇場の、華やかな少女歌劇団の公演に、彼女たちは夢中になった。彼女たちはウールのフリル付きの大きすぎるワンピースを着る、市電の走る大通りをスキップでわたる、家族でクリスマスのお祝いをする。しかし、少しずつ、でも確実に聞こえ始めたのは戦争の足音。冬のある日、軍服に軍刀と銃を持った兵隊が学校にやってきて、反乱軍が街を占拠したことを告げる。やがて、戦争が始まり、彼女たちの生活は少しずつ変わっていく。来るはずのオリンピックは来ず、憧れていた制服は国民服に取ってかわられ、夏休みには勤労奉仕をすることになった。それでも毎年、春は来て、彼女たちはひとつ大人になる。
ある時、彼女たちは東京宝塚劇場に集められる。いや、ここはもはや劇場ではない、中外火工品株式会社日比谷第一工場だ。彼女たちは今日からここで、「ふ号兵器」、すなわち風船爆弾の製造に従事する……。
膨大な記録や取材から掬い上げた無数の「彼女たちの声」を、ポエティックな長篇に織り上げた意欲作。
みんなの感想まとめ
戦争の影響を受けた少女たちの苦悩と成長を描いたこの作品は、彼女たちが抱いた夢や希望が次第に奪われていく様子を繊細に描写しています。日露戦争の余韻が残る時代、東京宝塚劇場に憧れを抱く少女たちは、戦争が始...
感想・レビュー・書評
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風船爆弾って聞くと、最近は爆弾ではないけれど北朝鮮から韓国に飛ばされているゴミ入りの風船のことがニュースになってますよね!でも、この作品での「風船爆弾」は軍事兵器なんです。第二次世界大戦末期、日本で開発されたもので、和紙をこんにゃく糊で貼り合わせた直径10mの風船の中に爆弾を仕込んで、偏西風を利用してアメリカ本土を爆撃することを目的としたものです。
第2次世界大戦開戦前小学校に入学した少女たちは、開戦後、制服を着ることは許されず国民服を着て、長い髪は束ねないと空襲時に焼けてしまうと三つ編みにし、戦争末期は授業もなく戦時学徒動員として働く日々…。東京宝塚劇場は、中外火工品株式会社日比谷第一化紙工場となり、少女たちは風船爆弾を増産するために集められたのだった…。
いちばん楽しくて、輝けたときを少女たちは国のために捧げ、空襲で親兄弟や友人を亡くし自身の命も危ぶまれる中、支給の覚せい剤を服用し(信じられない…)、睡眠時間さえ削られ何を作っているのかも知らずに、風船爆弾を作り続けた…。戦後、彼女たちは自分たちが風船爆弾を作っていたこと、それで死者が出たことを知り、驚愕する…。
音楽朗読劇にもなってるらしいこの作品…独特な言い回しがまた切ないんです…。
『14歳以上の学生はみんな、わたしたちの兵隊のために、
わたしたちの国を守るために働くことになる』
敗戦後は
『わたしたちの国が、わたしたちの政治家の男たちがさしだした、
わたしたちのうちの女が、少女が姦される』
『わたしたちは、わたしたちがもう戦争をしないと、決めたことを知る。』
『わたしたちは、わたしたちの日本国憲法で、
わたしたちの人権の保障と男女の平等を決めた。』
現在は
『わたしたちが、ひとり、またひとりと死んでゆく。
少女たちが、ひとり、またひとりと死んでゆく。』
風船爆弾のことはこの作品を読む前から知っていましたが、ただ、あったことしか知らなくて…この作品から、当時の少女たちの思いや社会状況など知ることができてよかったです。この史実を後世に引き継ぐこと、大事なことだと思います。 -
最初は少し文章が読みづらく、話の内容もすぐには頭に入ってきませんでした
ただ、読み進めるうちに、戦時中の女の子たちの現実が少しずつ見えてきました
宝塚に憧れていた女の子が、夢を追いかけることもできず、毎日風船爆弾を作る作業をさせられていたり、憧れの制服を着たくて勉強を頑張ったのに、結局その制服すら着られなかったりと、戦争によって多くの夢や希望を奪われてしまった女の子たちの姿が印象に残りました
当時は、自分のやりたいことや将来の夢よりも、国のために何かをすることが優先され、子どもであっても自由に生きることができなかったのだと思うと、とてもつらく、可哀想に感じました
一人ひとりの人生や想いが犠牲になっていたんだと改めて気づかされました-
2025/08/08
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2025/08/08
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そうなんですね
希望に胸を膨らませる年なのに…
悲しすぎます。:゚(;´∩`;)゚:。そうなんですね
希望に胸を膨らませる年なのに…
悲しすぎます。:゚(;´∩`;)゚:。2025/08/08
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これは今年1番かもしれない。読んで良かった1冊。1人でも多くの人に読んでもらいたい本。普通の日常から、段々と戦争に巻き込まれていく様が、心の描写が丁寧に繊細に静かに語られていく。恥ずかしながら風船爆弾の事はこの本で初めて知った。風船爆弾だけではなく、自分はまだまだ知らないことばかりだと痛感した。
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風船爆弾について知りたくて手にした。
勤労動員で東京宝塚劇場に集められた女学生たち。彼女たちが作ったものは秘密兵器「ふ号」と呼ばれる風船爆弾だった。
何不自由ない女学生生活を送っていた彼女たち(雙葉、跡見、麹町・・)は次第に戦争に巻き込まれていく。憧れの制服は国民服に、聖書でなく「教育勅語」を読む。特攻警察が学校にやってきた日を境に「変わらないはずだったわたしたちの日常」が消えた…。
膨大な参考資料を調べ、著者自らが聞き取りを行ったと知り驚いた。
散文詩のような文を、朗読劇のようにリズムをつけて読んでみた。知らなかった事柄も彼女たちの目を通して語られるのでわかりやすい。
偏西風に乗ってアメリカまで運ばれた風船爆弾の爆発で6人が亡くなった。送電線にぶつかり停電のため緊急停止した原子炉。そこで精製されたプルトニウムがやがて長崎のあの惨状を引き起こすことになったとは…衝撃を覚えた。
この本の中には、たくさんのわたし、わたしたちが存在する。過酷な長時間労働を強いられた彼女たちは"青春"を奪われた。若い彼女たちだけでなく、戦争に大切なものを差し出してしまった人々がいたことを私たちは忘れてはならないと思う。
戦後80年。「あなたは何を見てどのように生きていくのか?」と問う彼女たちの声が聞こえる。
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わたしたちの〇〇…というフレーズが幾度となく印象的に使われており、ドキッとした。
戦争の話となると、近しい現実であるのにどこかパラレルワールドの話のように感じてしまうのだが、「わたしたちの〇〇」により、いつの間にか自分の事のように恐怖や洗脳、胸の高鳴り、不快や悲しみなど言葉には言い表せない感情がなだれ込んでくるようだった。
戦争って終わらないんだな。
おじいちゃんやおばあちゃんから直接戦争の話を聞いた事ないもの。
心の奥底に抱えたままだったのかな。 -
可愛らしい表紙にポップなタイトル、比喩的な表現かな?と思って借りてみたら太平洋戦争の最中、少女達が宝塚劇場に集められて本当の風船爆弾を作らされていた、というそのまんまの意味でした
インタビューを基に書かれた本です
特に印象的だったのは「憧れていた〇〇高校の制服を着ることはありませんでした」「ずっと着たかった〇〇学校の制服とは結局ご縁がありませんでした」のところ。
着ることができなかったのは、当時国民服を着ることが義務付けられたから。
暮らしや食で制限があったり困窮していくことがあってもそれは戦争が終われば解消するけど、制服はその学校に在籍時しか着れないわけで…
自分は一度も制服に袖を通せないまま卒業したのに、戦争が終わった後の新入生達がその制服を着ているところを見た彼女達の気持ちを想像するといたたまれない
それと、植民地化と性奴隷について
日本は植民地にした朝鮮で現地の朝鮮人の女性や少女達を性奴隷にしてやりたい放題していたと。
そして戦争に負けて日本にアメリカ人がやってきた時には性奴隷として女性や少女を差し出して、1日に10〜20人の相手をさせたと。
その後の『日本は朝鮮にやってきたことを自覚していた。だからこそ自ら差し出した。植民地になるというのはそういうことだった』というのがもう…もう…
こんなの知らなかった。
植民地なんて言葉は中学で習うのに、その実情を私は今まで知らなかった。
あの戦争の当時の少女達を知ったからといって、私の何かが変わるということはないし、じゃあこの本で得たことは?ということを考えてしまう
でも「あの当時こういことがあったということを記録して、なおかつ知って欲しくて本にした」と記載があったから、そういう意味では良いのかなとか色々考えしまった -
「わたしは」「わたしは」「わたしたちは」
いつまでも青春の只中にあるあの日の少女たちは
こんな小説初めて読んだ。
個人が主人公でもない。主人公はいるかもしれないし、いないかもしれない。わたしは、わたしたちは、といった主語で綴られていく、確かにあった記憶の数々。
少女たちの戦争は、たとえ形式的に戦争が終わったとしても、いつまでも続いていく。
あの太平洋戦争を、戦時中の部分だけを切り取ってはい、戦争は終わり。という話ではない。
そのことに、強い衝撃を受けた。
なんとも言えない、壮大な少女たちの記録を読み、様々な感情が胸で入り混じる。
ぜひ読んで、その読後感を、噛み締めてほしい。 -
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女の本屋 > わたしのイチオシ > 小林エリカ・著『女の子たち風船爆弾をつくる』 ◆上野千鶴子 | ウィメンズアクションネットワーク W...女の本屋 > わたしのイチオシ > 小林エリカ・著『女の子たち風船爆弾をつくる』 ◆上野千鶴子 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
https://wan.or.jp/article/show/113582024/07/16 -
女の本屋 > WAN書評セッション◇小林エリカ『女の子たち風船爆弾をつくる』11月6日(水)19:00-21:00 【申込受付中】 | ウィ...女の本屋 > WAN書評セッション◇小林エリカ『女の子たち風船爆弾をつくる』11月6日(水)19:00-21:00 【申込受付中】 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
https://wan.or.jp/article/show/114662024/09/09 -
<文芸時評>小さな存在から描く歴史 羅列が伝える事実の重み 伊藤氏貴:北海道新聞デジタル 会員限定記事2025年4月29日
https:/...<文芸時評>小さな存在から描く歴史 羅列が伝える事実の重み 伊藤氏貴:北海道新聞デジタル 会員限定記事2025年4月29日
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1153824/2025/05/08
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膨大な資料や証言を元に「名もない」女の子たちの戦争体験をつづった圧巻の書。
これまでも戦争の話は聞いたり読んだりしてきたと思っていたけど、まだ全然足りてなかった。女性の、弱い立場の人たちの体験、被害者であると同時に加害者でもあるということ。
他人事ではないし、「かつて」の話でもない。戦争は、今を生きるわたしたちに地続きであることを、強く感じさせる作品だった。 -
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特徴的な文体で情景描写を想像しやすい本だった。
様々な境遇の少女たちがいて幼少期は子どもらしくのびのびとした生活ができていたけれど戦争の局面が厳しくなるにつれて自由が奪われ制限を強いられる生活をすることになった。
クリスマスがなくなること、憧れの制服が着れずもんぺを着ることになること、空襲に怯えて過ごすこと、学校に行けず働かされること、どれもが少女たちにとってつらい出来事だったと思う。
比べものにならないかもしれないけれど共感できる場面が多いのはコロナ禍で制限された生活を送った経験があるからかもしれない。
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私は、あるいは私たちは、
で始まる短い文章で構成されている。記録でも、物語でもない感情の乗らない文章。名前のない人物の集合体。
作者が現代アートの作家でもあるからか、ボルタンスキーみのある作品として、文章のインスタレーションとして読めた。
すごい量の情報。そこから立ち上がってくる少女性と戦争の対比が凄まじかった。
戦時下の雙葉学園、跡見学園、麹町学園の東京宝塚会館での風船爆弾作りと、宝塚歌劇団の慰問の様子を膨大な資料を使って戦争を切り取っている。胆力のある作品だった。 -
関東大震災以降、長く続いた先の戦争の時代、さらに戦後から現代に至るまで、権力側ではない市井の人々が、権力側の人々により翻弄された(というか、破壊された)生活を、今も変わらず差別されている人たち(少女)からの視点で描かれてる
事実をもとに描かれてる(と思う)、ただ表現の仕方に、読んでて初めは戸惑ったけど、わたしたちのと何度も何度も繰り返す意図が少し理解できてくると、今まで見たことがなかった表現に深く同意するようになる
とても良かったです -
去年の夏から秋にかけて『文學界』で集中連載されていた(連載時のタイトルは「風船爆弾フォリーズ」)のをずっと読んでいたが、いろいろな点ですごい作品だったので単行本でもう一回読み返そうとずっと待っていた(の割に5月からいままでバタバタしてて購入が遅れてしまったが…)。
戦前のまだすこしのどかだった時代から時間を追って、戦争の足音が近づき、戦争が始まって終わって、戦後の日々が続いていく中を生きていく女の子たちの日常が綿密な取材をもとに描き出される。 -
すごい本を読んだ。
かつての東京宝塚劇場、中外火工品株式会社日比谷第一工場に集められた「わたし」たちは「ふ号兵器」、風船爆弾の製造に従事する。
最初は「わたしは、ドキドキする。わたしは、わくわくする。わたしは、そのどちらでもない。」とか「わたしたちの兵隊」とか「わたしたちの朝鮮の首都」といった文章に混乱する。そのうち、なるほど色々な少女がいたことを表現しているのだなとか、わたしたちの=大日本帝国のというような意味なのだなとかがわかってくる。
自分もその少女の一人のような気持ちになってきて、この時代に生まれていたら自分はどんなふうに生き抜いただろうかと想像しながら読む。
焼夷弾で焼けた焼けた火でごはんを炊いている人がいたり、古布を丸めて膣に押し込んだり、空襲警報のたびに口紅を取り出して紅をひいたり…
膨大な記録や取材から掬い上げた無数の「彼女たちの声」を拾い上げている。「毎日死と隣り合わせだったけれど、それなりに楽しくやった」という聞き取りも。
知らないことだらけだった。ソ連が1945年8月8日に日本参戦したのだったか。それで満州から引き上げなくてはならなかった。その悲惨な話は読んだりしているのに、ソ連の日本参戦がこの日だとははっきりとわかっておらず、点と点が結びついたような。
そして終戦後、1952年のサンフランシスコ平和条約まで、日本はアメリカ統治下におかれたことも。その6,7年のことはあまりよく知らなかった。
p280「通りの名前はAアベニューから始まるアルファベットになった。
瓦礫が中央分離帯に積み上げられた昭和通り改め、10thストリートを、連合国の兵隊のジープが走る。
崩れかけたままの日本劇場、わたしたちの陸軍省の巨大ポスターがかつて掲げられていたその前を、いまアメリカの兵隊が颯爽と歩いていた。(略)
松屋デパートの、服部時計店の壁に、"TOKYO P.X."の文字が掲げられる。アメリカの兵隊向け基地内売店、英語でPost Exchangeの略。
わたしたちは、PXと書かれた店には、入れない。」
P307「かつて銀橋から捨て台詞を吐いた大政翼賛会宣伝部のあの男が、雑誌「美しい暮しの手帖」を創刊して、人気を集めていることを知る。
p333「わたしは、わたしだけでなく、全国の女学生たちが、少女たちが、風船爆弾づくりのために動員されていたことを知る。
手先の柔らかい若い女学生が和紙の貼り合わせに適している、ということで、女学生が、少女たちが選ばれた、ということだった。
(略)
わたしたちの小倉造兵 で働いた少女たちは、学徒特攻隊と名付けられ、(略)昼と夜の12時間、やがて15時間ぶっつづけで働いていた。
寮生活で、睡眠時間も3,4時間しか与えられず、白い二粒の錠剤を飲まされていた。おそらく、覚せい剤だった。
P334 風船爆弾は、1944年11月から1945年4月まで、太平洋側の海岸、(略)約9000発が発射された。アメリカ大陸へ到達したと考えられているのは約1000発。そのうちアメリカ、オレゴン州ブライに到達した一発で、アメリカの民間人6人が死亡した。
わたしは、わたしが作ったもので、六人が死んだことを知る。
(略)
その六人というのが、ピクニックへやってきたキリスト教超教派教会の日曜学校の生徒たち、それから妊娠中の牧師の妻だったことを知る。 -
アジア太平洋戦争下で日本軍が秘密裏に打ち上げた「風船爆弾」の製造に雙葉・跡見・麹町の各女学校生徒が動員されていたこと、風船爆弾の製造工場の一つが東京宝塚劇場だったことをモチーフに、少女の一人としての「わたし」と少女たちという意味でもあり、帝国日本の臣民という意味でもある「わたしたち」という人称をリフレインのようにくり返しながら、時代を生きた女性ジェンダーの生を呼び返そうとする試み。戦争の時代を扱っているのに、軍人や政治家たちは決して固有名では呼ばれず、戦争の死を死んだ被害者――「風船爆弾」で命を落とした米国人の女性と子どもを含む――の名前のみが書き込まれる。
特定の固有名に依存しない語りを採用したことで、本作の作者は、宝塚歌劇の少女たちが欧米へ、満洲へ、中国大陸へと幾度も派遣されていたこと、つまり彼女たちはつねに憧れの対象だったと同時に、利用される客体でもあったことを詳細に書きつけていく。こうした問題意識があったからこそ、作者は日本敗戦後で小説を終わらせず、かつて「従軍学徒壮行会」が行われた会場が建て替えられて、無観客のオリンピック開会式の舞台となったこと、そこに再び国家のために歌わされる少女たちが召喚されたところまでを射程に収めることができたのだろう。
巻末の注釈と参考文献リストを見るだけでも、圧倒的なリサーチによって作られたテクストであることは明らか。ここからどんな思考を引き出すことができるのか、改めてじっくり考えてみたいと思う。 -
一月後の、今年の折り返しを前に・・・
既に今年のベストかもしれないと思わせられる一冊。
①本書をテーマにした、小林エリカ氏のオンライン対談イベント
→「オンライン対談イベント」https://blog.goo.ne.jp/rekitabi/e/2686f34937089c8f2a192e84585951b7
②本書の感想文
→「女の子たち」は続くhttps://blog.goo.ne.jp/rekitabi/e/8f1b958c9ebebac93381b531a203f92d -
最初はその独特な文体に戸惑った。
「わたしは、小学校に入学する。はやく一年生になりたかった。あるいは、本当はまだ一年生になんてなりたくない。」の様な表現が続くのだが、この「わたし」は、特定の一人ではなく、その当時雙葉や跡見、麹町の女子校(小学校から高等まで)に通った女の子たちの事を並列に描いたものと次第に理解する。
また「わたしは、わたしたちの天皇陛下のために、わたしたちの兵隊のために、わたしたちの国のために、わたしたちのために、わたしの身体を、わたしの心を、鍛える」の様に「わたしたちの」が天皇以下占領地、政治家、軍人、兵隊まで、国のものに対して必ず付いてくる。始め戦況が良かった頃は、自国を誇らしく思う感じが伝わってくるものが、次第にそれが悪化して来ると自分達を苦境に陥れている元凶と捉え糾弾する姿勢に変化している様に感じて、心に刺さる。
小学校入学前後の微笑ましい女の子ならではの生活に、次第に戦争の影が近づき、少女達の憧れであった宝塚の劇場はいつしか風船爆弾という兵器工場となり、彼女たちは「手先の柔らかい若い女学生が和紙の貼り合わせに適している、ということで」選ばれ、それが殺人兵器である事も教えられず、また一切口外しないよう命じられて、寒い中冷たいコンニャク糊を感覚も無くした手指で貼り合わせて作らされる。
これに従事させられた当時の少女たちの数多くの証言を丹念に拾い上げて先述した独特な表現スタイルで綴った本書は、まるで彼女達の一生を追った良質なドキュメンタリーを観た様な、静謐な読後感であった。
風船爆弾なるものの存在すら知らなかっが、改めて戦争というものは、市井の人々の平和で幸福な暮らしを蹂躙するものだと痛感させられる。 -
銃後の女性の視点からの作品を読みたくて。大戦末期、和紙と蒟蒻糊で出来た風船爆弾の製造に携わった少女達の戦前から戦後までを追う。何人もの少女達の夢と青春を犠牲にしながら、なんて馬鹿なものを造ったんだ、とやるせない思いに駆られたし、それでもピクニックに出掛けていた妊婦と子供達が犠牲になったと知り、更に居た堪れない気持ちに。あの戦争全体を象徴するかのようだ。
「わたし」には、名前があり、通う学校があり、先生や友もいるが、「わたしたち」には掲げる理想と与えられた使命しかない。名前の消えた「取るに足らない」女性達の日常が徐々に侵され、知らず知らずの内に被害者となり、加害者となっていく様が独特な語り口と細かい描写で描かれていた。
雙葉・跡見・麹町の女学校に通う少女達が宝塚の劇場で風船爆弾を製造したことから、この三校の生徒と劇団の少女達の視点で語られているが、昭和10年(1935年)の高等女学校への進学率が15%程度、昭和20年が20%程度だったことを考えるとかなり「特殊」な状況の方々だったのではないだろうか、自分が求めている「一般的」な女性の話とは少し違うな、と思ってしまった。 -
興味があるテーマなので読んでみたかったのです。
しかし何という文体なのでしょう・・・
私は○○する。
わたしは××する。
その合間にその時代の歌や、出来事などがまた箇条書きのように入る。
そう!すべてが箇条書きのようなのです。
事実もしくは起こったことを箇条書きにして残しておこう、みたいな。
感情移入もなにもあったもんじゃない。
著者プロフィール
小林エリカの作品
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感想 :

そうですよね!!
少女たちにも、あとは特攻にいった少年たちにも
夢もあって未来もあったのに…
...
そうですよね!!
少女たちにも、あとは特攻にいった少年たちにも
夢もあって未来もあったのに…
そう考えるとね、悲しくなりますよね…。
二度とこんなことは繰り返してはいけないんです。
ただ、このとき少女だった彼女たちは
もう亡くなっている方も多いだろうし
生きていたとしても90代だろうと…
当時のことを証言するのは難しいかもと考えると
こうやって書物に残しておくのは有効ですよね!!
得るものなんて何にもないのに…
失うものばっかりです…
戦争なんてバカバカしいもの無くなればいいの...
得るものなんて何にもないのに…
失うものばっかりです…
戦争なんてバカバカしいもの無くなればいいのに!
きっと各地に過去の戦争の記録だって残っているのに…
どうして繰り返しちゃうんでしょうね…。
ホ...
きっと各地に過去の戦争の記録だって残っているのに…
どうして繰り返しちゃうんでしょうね…。
ホント、胸が痛みます…。