- 本 ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163918495
作品紹介・あらすじ
25歳で七冠を制した羽生善治。
勝敗の数を超えたその強さと人生を、藤井聡太らトップ棋士たちとの闘いを通じて描く。
宇宙のように広がる盤上で駒をぶつけあう者たち――。
本書は、名対局の一瞬一手に潜むドラマを見逃すことなく活写してゆく。
中学生で棋士となった昭和。
勝率は8割を超え棋界の頂に立った平成。
順位戦B級1組に陥落した令和。
三つの時代、2千局以上を指し続けた羽生善治、
そして彼と共に同じ時代を闘ったトップ棋士たちの姿を見つめながら、棋士という“いきもの”の智と業をも浮かび上がらせる。
「週刊文春」連載時より大きな反響を呼んだノンフィクションに新たな取材、加筆を行った堂々の一冊。
ノンフィクション3冠制覇を達成したベストセラー『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたか』の著者の最新作にして新境地。
【主な登場棋士】
米長邦雄/豊島将之/谷川浩司/森内俊之/佐藤康光/深浦康市/渡辺明/藤井聡太
感想・レビュー・書評
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羽生さんは25歳で当時のタイトルを全制覇して7冠になり、タイトルの獲得合計は99期にもなる。
渡辺明が30期、谷川浩司が27期なので、羽生さんが如何に突出しているかが分かる。
藤井聡太は現在まだ22歳だが、タイトル獲得合計は既に23期。
来年にも渡辺、谷川を抜く勢いで勝ち続けている。
令和の天才棋士藤井聡太でも、今後タイトル戦を全て勝ち続けても羽生さんに追いつくまで10年間かかる。
そんな羽生善治と戦ってきたトップ棋士を通して羽生善治という棋士の姿を著したものだ。
取り上げられたのは、以下の錚々たる実力者たち。
対戦成績はどうなのか知りたくなったので調べてみた。
羽生さんから見た、勝-負 を棋士名の後に付加した。
米長邦雄 16-10
豊島将之 23-27
谷川浩司 106-62
森内俊之 80-61
佐藤康光 113-55
深浦康市 49-33
渡辺明 44-39
藤井聡太はいないのか?と残念に思ったが、そうではなかった。
章の始めや最後に、2023年に行われた王将戦で52歳の羽生が20歳の藤井に挑戦した様子が語られていた。
この王将戦は藤井vs羽生の唯一のタイトル戦で、最初で最後のタイトル戦かも知れないと思っている。
対局数が10以上で羽生さんが負け越している棋士も調べてみた。
佐藤天彦 11-15
永瀬拓矢 8-15
菅井竜也 6-9
藤井聡太 3-14
羽生さんは順位戦のA級から陥落してしまったが、さすがにA級クラスは強者の集まりだ。
羽生さんが複数タイトルを保持していた時代は、谷川浩司や森内俊之や佐藤康光に勝たないと挑戦権を得られなかった。
今の将棋界でタイトルを獲得すると言うことは、藤井聡太に勝つということだが、
タイトル挑戦者になるためには、豊島将之や渡辺明や永瀬拓矢に勝たねばならないということ。
羽生さんでも相当に難しい。
ほぼ全てのトップ棋士が藤井聡太対策を探る中で、羽生善治さんは何をモチベーションにして将棋を指しているのだろう。
「いまだ成らず」とは、まだ何かを探り続けているということだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
【感想】
2018年10月、第31期竜王戦七番勝負。勝てばタイトル通算100期となる羽生善治に、挑戦者の広瀬章人が挑む。勝負は最終戦第7局までもつれ込んだ末、羽生が敗れた。これで羽生は1991年3月以来、27年9か月ぶりに「無冠」となった。
思えば、羽生は勝負の世界において、27年もの間トップであり続けたのだ。尋常ではない。歳を取るごとに思考力が衰えていく中、若手は次々と台頭してくる。そんな中挑戦者を退け続け、27年間棋界の頂点に君臨した。もはや天才を通り越した「神」の領域である。
一体、羽生という男はなんなのか。その思考は。その生きざまは。
そして、羽生は一体どのようにして、将棋と向き合ってきたのか。
本書『いまだ成らず 羽生善治の譜』は、将棋界のトップランナーであった羽生善治の強さを、同じトップ棋士たちの視点や回想から描いたノンフィクションである。
多くのトップ棋士が語るのは、羽生という男は、将棋における「勝利」や「敗北」という結果から超えた場所を歩いている、ということだ。ほぼ全ての棋士が、長い棋士生活の中で挫折を味わっている。その全てが敗北に関することだ。タイトル保持は多くの棋士の夢だが、挑戦権を得ることができるのはほんの一握りだけだ。そしていざ挑戦権を手にしても、その向かいには羽生が座っている。羽生時代の棋士にとって、「タイトルを手にする」というのは「羽生を下す」ことと同義であり、それを27年間幾度となく阻まれ続けてきた。多くの敗北を羽生に植え付けられ、時には自らの人生が変わることもあった。だから羽生以外の棋士は必然的に、「勝利」と「敗北」に執着せざるをえないのだ。
では、それが「羽生の番」になったらどうなるのか?つまり、羽生の棋力が衰え無冠へと失墜したら、他の者と同じように挫折を味わうことになるのか?そして、再び頂を目指すことはできるのだろうのか?
普通に考えれば、二度と上には上がってこられないだろう。52歳という年齢の棋士が、AI研究を取り入れているフレッシュな若手相手に思考力の闘いを挑んでも、結果は目に見えている。羽生と言えど年齢差は埋められるものではない。だから世間は、羽生がA級から陥落した時、その進退を問いたのだ。
しかしながら、羽生は違った。自らも新たにAI研究を取り入れながら、戦いを勝ち上がり、王将戦挑戦者として盤の前に座したのだ。相対するは、現役最強・藤井聡太。史上最年少で5冠(当時)を達成し、いずれ羽生すらも超えていこうとする男である。
まだ羽生は死んでいない。それと同時に、まだ羽生は完成していない――。
その生きざま、将棋との向き合い方は、老いてなお若かりし頃と同じ輝きを放っていた。
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【まとめ】
1 A級陥落
2022年2月4日、第80期A級順位戦8回戦。羽生善治が永瀬拓矢との対局に敗れ、B級降格が確定した。
羽生がA級から姿を消す。それは棋界の大きな転換点だった。
世間では羽生の進退が問われていた。2021年度には勝率が3割台にまで落ち込んでおり、同時に藤井聡太を筆頭にAIに順応した若手棋士たちが台頭し始め、ますます厳しい戦いを強いられていた。それは誰も逆らうことのできない時間の流れだった。もし抗おうとするならば、棋界で誰より多くのタイトルを獲得してきた羽生はこれまで積み上げたものを捨てる必要があるが、それでも勝てる保証はないのだ。
しかし、羽生が下した決断は、現役続行だった。
2 米長邦雄
1993年、米長邦雄の名人就位式が京王プラザホテルで行われた。壇上で米長はこう発言した。
「これは私個人の心配事になりますが……来年はあれが出てくるんじゃないかと」
会場中の視線が米長の指差した先へと向けられた。そこにいたのは22歳の羽生善治だった。
羽生は笑みを浮かべていた。顔にはあどけなさの残る羽生だが、時折、全てを見通したような確信的な表情を見せることがあった。無邪気と老成が表裏一体となったようなその温度差が、羽生という人物の印象をつかみどころのないものにしていた。
熱狂の宴の中、羽生は微笑みながら真っ直ぐに壇上の米長を見つめていた。
私もそのつもりでおります――まるでそう言っているかのような眼差しだった。
1年後、第52期名人戦。米長の予期した通り羽生は挑戦者として座っていた。福岡で行われた第6局で羽生が4勝目をあげ、新名人が誕生した。
なぜあの就任式の日、米長は羽生を指名したのか。
おそらく米長はその先見性ゆえ、見えてしまったのではないか。移りゆく時代の要請を聞いてしまったのではないか。羽生の時代がくる――。内なる声にあらん限りを尽くして抗ったが、予見した通り青年は50歳の自分がようやく手にした名人位を奪い去っていった。米長には、相反する感情がぶつかった末の清々しい達観が込められているように見えた。
3 豊島将之
A級陥落となった敗局から9カ月後、羽生は再びスポットライトを浴びていた。この日、行われたのは翌年1月から始まる第72期王将戦の挑戦者を決める対局だった。20歳の五冠王、藤井聡太に挑むのは誰か。その戦いに羽生は勝った。将棋界待望の一戦を実現させたのだ。
劇的なカムバックだった。羽生はこの年の2月に順位戦A級から陥落したばかりである。彼の時代は終わったのではないか――多くの者がそう考えたが、名人の渡辺明や王座の永瀬拓矢などトップ棋士が集う王将戦挑戦者決定リーグを6戦全勝で勝ち抜けた。前年度、3割台に落ち込んでいた勝率も今シーズンは7割に迫っていた。まるで時の流れに逆らうようにタイトル戦の舞台に戻ってきた。
羽生に一体、何があったのか――。
その答えは、AI研究だった。羽生は時代の流れに乗るように、AI研究を取り入れ始めたのだ。
豊島がAI研究を取り入れたのは、2014年、自身2度目のタイトル戦、第62期王座戦で羽生に敗れてからだった。それまで6年ほど、斎藤慎太郎とマンツーマンで研究会を行っていたが、羽生に敗れてから姿を見せなくなった。人間ではなく、人工知能を相手に研究する道を選んだのだ。
そこから豊島の勝率は年を追うごとに上昇していった。2017年度には7割を超えた。
ソフトは時折、豊島が絶対に選ばない手を指してきた。今、その局面の最善手のみを割り出そうとする人工知能は前後関係や美学に縛られることなく手を選んでくる。ところが人間はそうはいかない。棋士たちは幼い頃から先人がつくり上げてきた定跡をまず頭に叩き込む。その上に出会いや経験が積み重なり、その棋士の棋風が生まれる。局面が進めば、ほぼ無限に近い選択肢が生まれ、それを全て読むことが不可能である以上、指し手はまず定跡から外れる手、筋が悪いとされる手を除外してから読み筋を絞り込んでいく。そして最終的な決断にはたとえわずかでも、相手に抱く印象や、自分がどんな棋士でありたいかという流儀や美学が影響することになる。
豊島はAIと向き合って、自分の将棋を見つめ直す作業を繰り返した。触れる前は棋士の敵になるかもしれないと考えていた人工知能が、将棋という無限の宇宙を探究する同志であり、時に教師であるように思えてきた。気づけば胸に渦巻いていた危機感は消えていた。朝から夕刻まで、時には夜半まで誰とも会わずにパソコンと向き合っていても、豊島はそれを孤独だとは感じなかった。
2018年7月、棋聖戦第5局。羽生にとってはタイトル通算100期、豊島にとっては初タイトルのかかる対局だった。108手目、羽生が投了。豊島の努力が報われた瞬間だった。
羽生はタイトル100期を逃したことについて問われると、少し間を置いて言った。
「次の舞台の時に……目指してやっていけたらいいなと思っています」
デビューから四半世紀以上に渡り、盤上の探究と結果を同時に求め続けるその姿は、敗れてなお他の追随を許さない光を放っていた。
4 谷川浩司
2023年、第72期王将戦。史上最年少で5冠王になった藤井聡太に、タイトル100期がかかる羽生善治が挑む。
谷川浩司は立会人として対局室に座していた。
谷川が刮目したのは、このタイトル戦を通しての羽生の姿であった。羽生は明らかにAI研究による最新型を自分の中に吸収していた。その上であえてAI研究にはない型を採用していた。つまり時代の波に乗るだけでなく、それを自分のものとし、核心を求めて深部に分け入っていこうとしていた。
1996年、第45期王将戦。谷川は25歳の羽生に敗れ、7冠独占を許した。世間が羽生フィーバーに沸くのと対照的に、自身は無冠へと失墜した。
谷川は他の棋士が羨む才能を持っていた。相手の読みを上回るスピードで敵玉を寄せる終盤力は、「光速の寄せ」と表現され、自身の代名詞となった。谷川は将棋にのめり込んだ幼少期からよく詰将棋を解いていた。やがて解くだけでなく創作するようになった。谷川は詰将棋を創作することで自分でも知らず知らずのうちにその才能を磨いていた。そしていつの間にか、勝負を決定づける終盤の局面を他者より速く読み切る力を身につけていたのだ。
だが、羽生の前ではそうはいかなかった。一直線に間合いを詰めるような谷川に対し、羽生の将棋は曲線的で、自在だった。特に中盤から終盤にかけて局面を複雑にさせるような手を放った。周囲が「羽生マジック」と呼ぶ手である。すると、これまでなら見えていたはずの光の道が見えなくなった。形勢有利な状況から何度も逆転負けを喫した。谷川にとって、ほとんど経験したことのない負け方だった。自分を超えるかもしれない才能に遭遇したのは、ほとんど初めてのことだった。
あと10年遅く生まれてくれれば……。正直、羽生に対してそんな屈折した思いを抱いた瞬間もあった。
羽生に7冠独占を許してから谷川はもがき続けた。そして1996年、第9期竜王戦で羽生と対峙する。第2局、1年7カ月ぶりにタイトル戦で羽生を下した谷川は、そのまま4連勝でタイトルを奪取した。
戦い終えたばかりの胸には安堵と昂りがあった。また同時に一つ引っかかっていることがあった。羽生の変調である。
この竜王戦が始まってからずっと感じていたことだが、羽生はどこかこれまでと違っていた。いつもなら苦しい局面をひっくり返すような受けを見せる場面で、最も平凡な手を指し、そのまま敗れた。羽生はそんな負け方をする棋士ではなかった。あるいは7つ保持したタイトルを守り続ける中で擦り切れた部分があるのだろうか。羽生もまた他の棋士にはうかがいしれない葛藤を抱えているのだろうか。
5 渡辺明
第72期王将戦第4局。羽生は藤井を破り、タイトル戦を2勝2敗のタイに戻していた。七番勝負のタイトル戦において、藤井が4戦を終えた時点でタイに持ち込まれるのは初めてのことだった。
棋士のピークは20代半ばまでだと言われる。若さと強さがほぼ同義であるこの世界において、52歳の棋士が現在のトップランナーに伍している――。
その後羽生は第5局を落とし、2勝3敗と王手をかけられていた。
続く6局目、局面は藤井が1日目から続く優勢を少しずつ強めていく展開になっていた。羽生からすれば、指せば指すほどリードを奪われていくような展開だった。検討陣も明らかに羽生の旗色が悪いと見ているようだった。
羽生が頭を下げたのは、まだ佐賀の空に陽が残っている時刻だった。
「負けました」
藤井は深い礼をもってそれに応えた。午後3時56分、羽生と藤井の王将戦が終わった。想像していたよりも早い終局時刻だった。
「封じ手のところはもう悪いと思っていました。その前に問題があったのでは……」「手が難しい将棋になりました。なかなか良い組み合わせが見当たらなくて、ちょっとずつ苦しくしていったかなと思います」
計り知れないほど大きなものを賭けた戦いを終えたばかりであっても、羽生はほとんど感情を表出させなかった。
王将戦の様子を画面越しに見ていた渡辺明は、思うことがあった。
なぜ、あれほど楽しそうな顔をしているのか?
不思議だった。棋士にとっての敗北とは、他に数多ある競技のそれと似ているようで非なるものだ。なぜなら、タイムアップやスコアや第三者の判定が敗北を決するわけではなく、自ら「負けました」と頭を下げなければならないからだ。その痛みを分かち合うものは他におらず、ただ一人、自分だけがその場において完全に敗者となる。それゆえ受け入れ難いのだ。
敗北とどう向き合うか、それは棋士にとって永遠のテーマだ。
2008年の秋、将棋界は「百年に一度の大勝負」と言われるタイトル戦に沸いていた。
第21期竜王戦。渡辺が連続在位5期で初代永世竜王となるか、羽生が奪取して史上初の永世7冠を達成するか。ともに永世称号をかけた七番勝負であった。
渡辺は3連敗で後が無くなってから3連勝し、星を五分に戻していた。
渡辺は、何故開幕局から連敗していたのか、自らの内面に巣くう要因に気づいたのだ。振り返ってみれば、第3局までの将棋は安全策に徹し過ぎていた。自らチャンスの芽を摘んでいるようなものだった。19歳で挑んだ王座戦、最終局で羽生に敗れた夜、渡辺は人生で初めて負けて泣いた。あの涙は、幼い頃から冷静に敗北を消化してきた棋士に、タイトルを手にすることへの渇望を生んだ。あれから渡辺は竜王を奪い、タイトルホルダーとなり、防衛を続けてきた。ただ、その渇望は、羽生という最強の挑戦者を迎えたこの番勝負で、いつしか負けることへの怖れになっていたのかもしれなかった。
それでは羽生さん相手に勝てるわけがない……。
それが、あの第4局で渡辺が気づいたことだった。
羽生は敗北を怖れなかった。少なくとも第三者の目にはそう映った。そんな羽生を倒すためには、自らもリスクを背負い、挑んでいくしかないではないか――。3連敗と3連勝の裏で渡辺が最も変わったのはそうした内面であるのかもしれなかった。
渡辺が息を呑んだのは午後7時過ぎだった。羽生の107手目、手にした飛車を自陣内で動かすか、渡辺玉に近づけるか。横に動くか、前に出るか。2つの選択肢がある局面で羽生の右手が盤上を彷徨ったのだ。19歳のあの夜に見た手の震えとは異なっていた。まるで行き場を探しているようだった。
指し手の優劣がつかなくて迷っているのかもしれない……。そう思わせるような指の動きだった。
勝負はその一手を境に動き始めた。形勢は若き竜王に傾いた。渡辺が羽生玉の頭に歩を打つ。その攻め手がさらに道を拓いていく。そして128手目、渡辺はついに投了図を見た。勝てる……。だが、その瞬間から怖くなった。胸の内から消えていた敗北への恐怖が頭をもたげてきた。
本当に勝てるのか?
ここから逆転するのが羽生善治という棋士ではないのか?
あと一歩で羽生に屈した5年前の痛みは深層心理に残っていた。限られた時間の中で、渡辺は何度も何度も勝ち筋を読み直した。
天童の街が闇に包まれた午後7時30分、渡辺の耳に投了を告げる羽生の声が響いた。「負けました」
その瞬間、全身から何かが抜け落ちていくような感覚に陥った。タイトル戦史上最大の逆転劇を成し遂げた渡辺は全てを出しつくしたかのように、その場でがっくりと項垂れた。
指先から本筋が溢れ出てくるような人―――渡辺は羽生をそう表現した。それならば、渡辺は決して勝敗を天運に委ねることなく、最後の瞬間まで手を捻り出すことのできる棋士だった。
初代永世竜王となった渡辺は「嬉しいです」と声を絞り出したが、その顔に笑みはなかった。敗北の痛みも、勝負の怖さも知っている者の顔だった。渡辺は羽生との竜王戦において、自らの人生を変えてみせた。
2023年、棋王戦第4局。渡辺は藤井に敗れ、10年間保持し続けてきたタイトルを失った。敗戦の後の足取りは重かった。それでも渡辺は次の一歩を踏み出さなければならなかった。
そんなとき、ふと脳裏に浮かぶ光景があった。藤井と王将戦を戦って敗れた羽生の姿である。
盤面を見ていれば、52歳の挑戦者がどんな研究をどれほどしているのかは推察できた。それは決して諦観の境地に足を踏み入れた者の将棋ではなかった。羽生は明らかに最新型を取り入れ、そのさらに奥深くへ進もうとしていた。
かつての将棋界は50歳にさしかかれば、第一線から退き、立会人や解説を務めながら師として振る舞うのが一般的だった。だが、羽生は違った。今なお、まだ何も成し遂げていないかのように戦っていた。 -
落合博満のノンフィクション『嫌われた監督』で知られる著者が、将棋をテーマとした作品。羽生善治自身よりも、羽生と相まみえた天才棋士たちが、羽生とどう苦闘し、どう変わっていったのかが、主に描かれている。臨場感のある群像劇。
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天才棋士と言われる羽生さんの軌跡。棋士はどんなことを考えながら対局に臨んでいるのか知ることができた。
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いくつになっても好奇心や探究心を持ち続けることの大切さを感じる。羽生善治さんの魅力や軌跡を本人ではなく周りの方々を通して辿る。巨匠、同世代のライバル、若き才能が、強さだけでなく姿勢に刺激を受けていく。ミドル世代には是非おすすめしたい一冊。
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羽生善治を中心に米長邦雄/豊島将之/谷川浩司/森内俊之/佐藤康光/深浦康市/渡辺明の8人の棋士について描いた一冊。
どの棋士の話も面白かった。 -
週刊文春でこの連載が始まった時、鈴木忠平、今回は将棋か!とちょっと驚きました。「嫌われた監督」落合博満から「いまだ成らず」羽生善治へ。でもスポーツの雑誌「Number」の表紙に藤井聡太が登場し大きく売れた、というような話を聞くと、どちらも勝負の世界ということで共通点はあるように思います。それ以上に、落合と羽生に通ずるものは、二人ともその世界に現れた特異点であるというところです。そしてその特異点に激しい影響を受ける周辺の物語から、逆にその特異点の本質を描き出していく、という著者の手法は、ますます際立ってきました。本書は2022年の羽生のA級陥落から2023年に52歳になった羽生が20歳の藤井に挑む王将戦という現在進行形のタイムラインと、1994年の50歳の米長邦雄名人に23歳の羽生が挑むというエピソードの間に起こる棋士たちの羽生との戦い、そして羽生への視線によって構成されているという複雑な構造で書かれています。その棋士たちもそれぞれに天才であり、濃厚な物語を持っています。なので連載で細切れ、飛び飛びで読むとちょっと理解しづらかったのですが単行本ではその精緻なパーツが全部キチッとハマって心地よかったです。読了後「嫌われた監督」の感想を見直したのですが「来たる契約社会の予言書」と書いていました。本書は「人生100年時代を考える本」としておこうか?と思います。従来の常識のライフプランから超えて自分の興味に対して「いまだ成らず」でい続ける能力。なぜ青いままで、いられるのか、青いままの53歳に心揺さぶられます。そう、AIへの向き合い方についても。落合という特異点には孤独を感じましたが、羽生という特異点には希望を感じました。
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棋士は武士にも似た印象を受ける。真剣勝負の中で煌めく棋士の生き様はカッコ良い。羽生さんがもう一つのタイトルを取れるか、注目してみていきたい。
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神童と呼ばれるような将棋の天才たちから更に厳選された一握りが激突するタイトル戦。ヒリヒリするような緊迫感、物理的な動きはほんのわずかなのに激突としか言いようのない戦いに引き込まれた。
本書は羽生さんを追ったものだが、1章ごとに羽生さんの対戦相手、観戦記者や少年時代の師匠のような方々の人間模様を織り交ぜて将棋本を超える読み応えがあった。
自分自身も年齢は羽生世代に近いが、これまでのやり方や成功を体験を捨て、陥落しても不貞腐れずに勝負に専念する、若い人とも死にものぐるいで戦う、そんなことができるか?そこもまた羽生さんの凄さなんだな。
著者は「嫌われた監督」の鈴木氏。そうでなければ将棋の本かと思って手に取らなかったかもしれない。ありがたい出会いだった。
著者プロフィール
鈴木忠平の作品





