PRIZE プライズ

  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163919300

作品紹介・あらすじ

「どうしても、直木賞が欲しい」

賞(prize)という栄誉を獰猛に追い求める作家・天羽カインの破壊的な情熱が迸る衝撃作!


♦あらすじ

天羽カインは憤怒の炎に燃えていた。本を出せばベストセラー、映像化作品多数、本屋大賞にも輝いた。それなのに、直木賞が獲れない。文壇から正当に評価されない。私の、何が駄目なの?

……何としてでも認めさせてやる。全身全霊を注ぎ込んで、絶対に。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、『直木賞』を獲りたいでしょうか?

     (^_^;)\(^。^。) オイオイ..

    このレビューを読んでくださっている方の中に『直木賞』を目指している作家さんがいらっしゃるどうかは分かりませんが、私を含め圧倒的大半の方は、『直木賞』発表のニュースを見ることはあっても、まさか自分がその対象になるなどと考えたことはないと思います。

    一方で、本好きな方には『直木賞』や『芥川賞』を選書をする時の参考にされる方は多いと思います。かく言う私も近年の『直木賞』受賞作のほぼほぼ全てを読んできました。このように賞を受賞するということは読者に認められることでもあります。しかし、読者に認められるという視点であれば『本屋大賞』という賞があります。その賞が本屋の書店員さんの投票によって選ばれることを考えると、より幅広い層に支持される作品の証という考え方だってできると思います。

    しかし、作家さんの中にはどうしても『直木賞』でなければ…と強いこだわりを持つ方もいらっしゃるようです。

    さてここに、一人の『ベストセラー』作家を主人公とした作品があります。今年48歳になるというその作家はこんな思いを吐露します。

     『直木賞が欲しい。他のどの賞でもなく、直木が』。

    この作品はそんな作家が『直木賞』を獲るために執念を見せる物語。そんな作家を影ながら支える担当編集者の心の内を見る物語。そしてそれは、『身体じゅうの全細胞が、正当に評価される栄誉に飢えて餓えている』という作家の思いの果てを見る物語です。

    『このあと・午後五時より・八階のイベントスペースにおきまして・天羽(あもう)・カイン先生の・サイン会が・開催されます…』と『天井に埋め込まれたスピーカーから』案内が流れる中、『天羽カイン先生 新刊発売記念サイン会』と『大書された横長の看板』の下で『長テーブルの端に飾られた盛り花を見つめ』るのは『南十字書房』で担当編集者を務める緒沢千紘(おざわ ちひろ)。『腕時計を覗けば、四時二十分。五時までまだ間があるのに、エスカレーター脇にはすでにけっこうな長さの行列ができている』のを確認した千紘は『上階の喫茶店』の奥の個室へと向かいます。そこには、『狭いテーブルに自著を積み上げ、書店用に五十冊のサイン本を作っている』カインの姿がありました。『ライトノベル作家の登竜門〈サザンクロス新人賞〉』でデビュー、『三年後には初の一般小説を上梓し、同作品でその年の〈本屋大賞〉を受賞』して、『ベストセラー』作家となったカインは、『長野県軽井沢市に暮ら』しています。『直木賞にも二度ノミネートされ』たことがあるというカイン。そんなカインに『お客さんたち、もう大勢並んでらっしゃいましたよ』と報告する千紘に『そう、よかった』と微笑むカインは、『こういうイベントばかりは何回やってもドキドキするよね』と続けます。そして、時間となり会場へと向かうカインと千紘。
    場面は変わり、『いつものこと』という『サイン会』『終了後の食事会』の場には『文芸担当の原田専務と小説誌「南十字」編集長の佐藤、そして宣伝部と販売部からそれぞれ部長の上野と山本が先に来て待ってい』ました。『部長たちもぜひ一緒にと』『作家本人』に言われ参加した面々は『先生、どうもお疲れさまでした!』、『いやあ、いつもにも増して盛況でしたね』と言葉を口にします。『白身魚と薬膳の蒸し物、器からはみ出しそうなフカヒレのスープ、と続いて、いよいよ北京ダック…』と料理が供され盛り上がる中に『じゃ、佐藤編集長。今のうちに終わらせときましょうか』、『反省会』と語り始めたカインに『全員の顔から表情がかき消え』ます。『あのですね。私、いつも同じことを、ほんとに同じことだけをお願いしてるはずなんだけど…』と切り出したカインは、『銀のサインペン』の一本の『ペン先が潰れて』いたこと、飾られていた花が『下品なピンク色』だったこと、『ツーショット撮影』に手間取ったこと等不満を並べます。そんな言葉に、もう一人の担当編集者である藤崎新(ふじさき あらた)とともに『…すみませんでした』と頭を下げる千紘。『今回の「月のなまえ」、初版は三万部でしたよね。なんでそんなに絞ったんですか』と次は部長に不満を語り出すカイン。『すぐに二刷、三刷と重版をかけていくほうがかえって宣伝になる』と反論する部長ですが、『アマゾンでも品切れ。ネットでずいぶん不満が出てましたよね。ご存じでした?』と詰め寄るカインは、『この秋に、文春から新刊が出る予定なんですけど』、『初版は最低でも五万部から、と申し入れてあります。それ以外だったら出すつもりはないので』と続けます。『南十字さんのことは実家みたいに思ってるんです。「サザンクロス新人賞」でデビューさせてもらわなかったら、今の私はなかったんですから』と『艶然と微笑む』カイン。
    再度場面は変わり、東京駅から新幹線の『グランクラス』へと乗り込んだカインは『月のなまえ』の『見本が上がってきた時』のことを振り返ります。『ね、今度こそいけるよね?』と千紘と新に訊くカイン。『え?』という返事に『直木賞』と返すカインは『ー もちろん!』『ー 絶対ですよ!』『という返事しか予想していなかったから、二人の目が揃って泳いだことにびっくりし』ます。『一拍以上おいてから、「そうなるよう、全力で読者に届けます」』と言う千紘、『これほどの作品なんですから、覚悟はきっと伝わるはずですよ』と言う新に対し、『そんな言葉を聞きたいのではなかった。二人には、せめて直接の担当者であるこの二人にだけは、〈絶対この作品で獲りましょうね!〉〈これの値打ちがわからないような奴は大馬鹿野郎だ!〉と『言いきってほしかった』と思うカイン。そんなカインは、『私の、何が駄目なの?』と『心にそうくり返すたび、奥歯がすり減』り、『胃の底がじりじりと焦げて炭化しそうにな』ります。そして、『軽井沢の〈別荘〉』に着いたカインは『デビュー以来、書店員の選んでくれる「本屋大賞」以外は獲っていない』、『こんなに世間から支持されているのに、どうして獲れないのだろう。自分の作品のどこがいけないのか、文学賞を受けるのに何が欠けているのかわからない』と改めて思います。『直木賞が欲しい。他のどの賞でもなく、直木が』と思うカイン。そんなカインが『直木賞』を獲りたいという思いを募らせていく日々が描かれていきます。

    2025年1月8日に刊行された村山由佳さんの最新作でもあるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、2024年11月に寺地はるなさん「雫」と南杏子さん「いのちの波止場」の二冊、そして12月には瀧羽麻子さん「さよなら校長先生」と、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということを毎月一冊を目標に行ってきました。そんな中に、登場人物たちの細やかな心理描写を得意とし、切ないストーリー展開に定評のある村山由佳さんの新作が出ることを知り、これは読まねば!と発売日早々この作品を手にしました。

    そんなこの作品は、内容紹介にこんな風にうたわれています。

     “ライトノベルの新人賞でデビューした天羽カインは、3年後には初の一般小説を上梓、その作品で〈本屋大賞〉を受賞。以来、絶え間なくベストセラーを生み出し続け、ドラマ化・映画化作品も多数。誰もが認める大人気作家である。しかし彼女には何としてでも手に入れたいものがあった。それは〈直木賞〉という栄誉。 過去に数度、候補作入りするものの、選考委員からは辛口の選評が続いた。別居する夫には軽んじられ、まわりの編集者には「愛」が足りない。私の作品はこんなに素晴らしいのに。いったい何が足りないというの?”

    少し長い引用となりましたが、この作品の大まかな内容が上手くまとめられていると思います。そうです。この作品は、今年も間もなく発表される『直木賞』を”何としてでも手に入れたい”と願う一人の女性作家の強い思いを生々しく描く物語なのです。はい、ここで先に書かせていただきますが、この作品、間違いなく面白いです。読書が好きな人なら知らぬ人などいない『直木賞』を目指す作家の執念を見る物語が面白くないはずがありません。しかもそれを書くのは直木賞作家の村山由佳さんです。ご自身も長野県軽井沢市にお住まいであり、どこか微妙に村山さんご自身を映しとっているようでもあり、それでいて『直木賞』の受賞の有無が違うという主人公と村山由佳さん。さまざまな読み方ができていく分、面白さもひと塩です。では、まずはこの作品で主人公となり光が当てられていく作家・天羽カインがどんな人物かを見ておきましょう。

     ● 天羽カインってどんな作家さんなの?
       ・本名: 天野佳代子、48歳
       ・筆名: 『天使の羽根の儚く白いイメージに、旧約聖書に登場する人類初の殺人者 ー 弟ばかりが神に愛されることに嫉妬して殺した兄 ー の名を組み合わせた』
       ・『ライトノベル作家の登竜門〈サザンクロス新人賞〉において、史上初めて最優秀賞と読者賞をダブル受賞してデビュー』。
       ・『三年後には初の一般小説を上梓し、同作品でその年の〈本屋大賞〉を受賞』。
       ・『以来絶え間なくベストセラーを生み出し続け、ドラマ化・映画化作品も多数』。
       ・『出す小説がことごとく十万部を突破する』
       ・『ここ五年以内に限っても、吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞、大藪春彦賞、それに直木賞にも二度ノミネートされている』
       ・『夫とはもう何年も、東京と軽井沢に離れて暮らしている』。

    おおよそのイメージがお分かりいただけたかと思います。そして、そんなカインは『無冠の帝王』とも呼ばれています。それこそが『出す本は売れるのに名のある文学賞を獲れない』という今のカインが置かれた状況です。それこそがカインのこんな思いに繋がっていきます。

     『直木賞が欲しい。他のどの賞でもなく、直木が』

    なんとも生々しい心の叫びです。物語を読む読者はカインの思いの先にある『直木賞』に否が応でも興味が湧きます。

    このレビューを読んでくださっている方の中に『直木賞』を知らない方はいらっしゃらないでしょう。しかし、それは賞の名前であったり、受賞された作家さんの名前だったりするのではないでしょうか。そもそも『直木賞』とはなんなのか?この作品では、そんな『直木賞』について、ええっ!そうなの!と驚くほど詳細な記述がなされていきます。実際に『直木賞』を受賞された村山さんが語られる分説得力は絶大です。あまりに多岐にわたる内容はとてもこのレビューでご紹介し切れるはずがなく、是非実際にこの作品を手にとっていただきたいと思いますが、少しだけご紹介しておきましょう。

     ● 『直木賞』ってどんな賞なの?
      ・『大正の終わりから昭和の初めにかけて活躍した、直木三十五という作家』に由来。
        ※『当時は非常に有名』、『大衆時代小説で大ヒットを飛ばしたり、彼の原作で映画になったものが五十本くらいある』
      ・『昭和九年、直木三十五が四十三歳で病没』したことをきっかけに菊池寛が『親友たちの名を冠した二つの文学賞の設立を決意』
      ・『将来的に「文藝春秋」という会社がなくなったとしても賞の運営が存続』するように『「日本文学振興会」という別組織を作って管理を任』せた
      ・『芥川賞は純文学、直木賞は大衆文学を対象としていて、当初はどちらも無名の新人に与えられる賞だった』が、『今では直木賞のほうはすでに活躍している中堅の作家に贈られることが多くな』った
      ・『直木賞の発表は年に二度。上期は十二月から五月までに発表された単行本が選考対象となり、候補作は通常六月半ばに発表され、七月に選考会、翌八月に贈呈式が行われる。いっぽう下期は六月から十一月までに出た作品が対象とされ、選考会は翌年一月だ』

    作品では、こういった『直木賞』の大前提となる一般知識の他に『文藝春秋』自身のこんな豆知識にも触れられます。

     『自社本については、どれほど優れた作品が集まったとしても、最大二作までしか候補に入れないという暗黙のルールがある』

    これは全く存じあげませんでした。出版社としての『文藝春秋』と賞を運営する側としての『文藝春秋』の線引きはきちんと意識されているようです。さらには、選考過程に関するこんな記載も登場します。

     ・『「オール讀物」から四名、出版部十名、文庫部六名。そこに振興会から二名が加わった合計二十三名で予備選考を進めてゆく』

     ・『すべての作品に〇△×をつけ、〇は1点、△は0.5点、×は0点と計算する。得点の低かった作品から順に議論してゆく』

    なんだかとてもリアルです。ほとんど名前しか知らなかった私には次から次へと語られる『直木賞』に関するあんなことこんなことが兎にも角にも新鮮であり、そんな記述を追うだけでもこの作品を手にした甲斐があると感じました。『直木賞』に興味があるという方にはもうそれだけの理由で手にしていただいて間違いのない作品であると断言したいと思います。

    そして、この作品はそれ以外にも言及しておきたい要素が多々組み込まれています。レビューが長くなりすぎるのでここでは簡単に三つあげておきたいと思います。

     ①小説内小説が登場する
       → 小説の中に登場人物が記した小説が登場する”小説内小説”は私が大好きな構成です。この作品では主人公のカインの作品が複数登場します。その一つが「月のなまえ」です。こちらは朧げながら概要が語られるのみですが、村山由佳さんのファンの方には「雪のなまえ」という村山さんの作品を想起させる方もいらっしゃると思います。また、それ以上に大きく取り上げられるのが「テセウスは歌う」という作品です。こちらは、なんと本文の一部がそのまま小説内に記されているのです。

     『第一章
      「テセウスの船」と呼ばれる有名な思考実験がある。古代ギリシャの英雄テセウスがクレタ島から帰還した時、船には三十本の櫂があった。誉れ高き船は、後の世まで長く保存されることになった…』

    そんな風に記されていくこの作品は村山由佳さん「PRIZE」の一部ではありますが、位置付けとしては天羽カイン「テセウスの船」という他の作家の作品であり、空気感も全く変化します。これは面白いです。これから読まれる方には、この”小説内小説”を読み流すのではなく、じっくり味わっていただければと思います。

     ②天羽カインの言葉を通じて村山由佳さんという作家さんの内面を垣間見ることができる
      → 上記もしましたが、カインは軽井沢に暮らすなど村山由佳さんを想起させる要素が多々な登場人物です。新幹線の『グランクラス』の捉え方、愛車としてアウディのセダンを選んだ理由、そしてラフマニノフのピアノ協奏曲の演奏の選択など、これは作ったものなのか、それとも村山由佳さんご自身の嗜好なのか等考えながら読むとなかなかに興味深いものがあります。また、この作品には馳川周という人物が登場します。これに関してリアル世界のX上で作家の馳星周さんとの間でこんなやり取りがなされています。

     馳星周さん: ”オールのゆかっちの新連載に明らかにおれがモデルの作家が登場するとタレコミがあった。モデル料徴収すっからな。”

     村山由佳さん: “「馳川周」って名前を見て、モデルが馳兄ィだなんて思う読者はまさかいないと思うけどなあ。”(リポスト)

     馳星周さん: “モデル料、おれの場合めっちゃ高いからな。”

     村山由佳さん: “え、モデル?はて?”

    なんとも興味深いやりとりです。ちなみにこの作品「PRIZE」はもともと「オール讀物」に2023年9・10月合併号から2023年9・10月合併号に渡って連載されていたものです。馳星周さんのツィート”オールのゆかっち”の”オール”とは「オール讀物」を指しています。

     ③担当編集者の”お仕事小説”でもあること
       → この作品の中心となるストーリーは『直木賞が欲しい。他のどの賞でもなく、直木が』と強く思うカインを描く物語であることに違いはありません。しかし同時にその舞台裏で作家と共に作品を作り上げていく出版社の人たちの”お仕事”を垣間見せてくれるものでもあります。その中心となるのが『南十字書房』でカインを担当する緒沢千紘の存在です。

      『何があろうと自分だけは、作家・天羽カインのためにとことん奉仕すると約束したのだから』。

     カインと『二人三脚』で作品を作り上げていく千紘はカインとの関係性を意識する先にカインに強く寄り添い向き合っていきます。作家さんと担当編集者さんとの実際の関係性は外野な私には知る由もありませんが、この作品に描かれるそんな舞台裏は非常に興味深いものがあります。これから読まれる方には、この展開にも是非ご期待ください。

    ということで、単行本384ページという作品の中に読みどころがこれでもか!と盛りだくさんに詰め込まれたのがこの作品です。村山由佳さんならではの読みやすく巧みに構成されていく物語はあっという間に読み終えてしまう魅力に満ち溢れています。

    そんなこの作品は兎にも角にも、『出す小説がことごとく十万部を突破する』という『ベストセラー』作家・天羽カインの日常が全編に渡って描かれていきます。物語は『南十字書房』から出版された新作「月のなまえ」の刊行記念の『サイン会』の場面からスタートします。整理券が足りなくなったという報告に『上限なんか設けなくていいよ』、『お客さんがいちばんですから。なんなら整理券なしの飛び込みだって、列の後ろにさえ並んでもらえるなら私は全然』とお客さんのことを大切に思うカインの姿が描かれますが、一方で終了後にはスタッフを集めて厳しい口調で『反省会』を主導する姿も描かれていきます。この辺り、有名作家の裏の顔を見る思いに一瞬囚われますが、物語を読み進めれば読み進めるほどに、そんな思いが自分の中で少しずつ変化していくのを感じます。それこそが、どこまでも真摯に自らの生み出す作品に向き合っていくカインの素顔です。しかし、そんなカインはどこまでも『直木賞』に執着します。

     『ー 私の、何が駄目なの?心にそうくり返すたび、奥歯がすり減る。胃の底がじりじりと焦げて炭化しそうになる』。

    そんな風に『直木賞』が獲れないことに忸怩たる思いを抱くカインは一方で、『ベストセラーリストの一位に長く君臨する』状況を思い、余計に自身がどうすれば良いのかわからなくなっています。

     『こんなに世間から支持されているのに、どうして獲れないのだろう。自分の作品のどこがいけないのか、文学賞を受けるのに何が欠けているのかわからない』。

    物語では、『直木賞』を獲ることに強い思いを抱くカインが描かれていく一方で、そんなカインを支える担当編集者の千紘にも光が当てられていきます。

     『担当作家に発破をかけることはできても、自分がかわりに書けるわけではない。一のものを十にすることと、ゼロから一を生み出すのとはそれぞれ別の能力だ』。

    担当編集者という自らの立場のあり方を自問しながらカインに寄り添っていく千紘を描く物語は、上記した通りまさしく担当編集者の”お仕事”の深い部分に踏み込んでいきます。小説というものは、作家さん一人の力で生み出せるものではなく、あくまで作家と担当編集者の『二人三脚』で作り上げられていくものであることを強く認識させてくれる物語がそこに描かれていきます。そして、そんな物語が至る結末、数多張り巡らせられた伏線が絶妙に回収されていく結末には、まさかという思いの先に、物語を深く読んできた読者には極めて納得感のある物語が描かれていました。

     『直木賞が欲しい。他のどの賞でもなく、直木が』。

    そんな思いの一方で、『ベストセラーリストの一位に長く君臨する』という相反する状況に悩みを深める天羽カイン。この作品にはそんなカインが”どうしても、直木賞が欲しい”という獰猛的な欲求を満たすべく”破壊的な情熱”を迸らせながら、担当編集者の緒沢千紘と手を携えて突っ走っていく姿が描かれていました。『直木賞』のあんなことこんなことがよく分かるこの作品。一つの小説が誕生する舞台裏にどのような葛藤があるかもよく分かるこの作品。

    ええっ!そんな風に展開させるの!とあっと驚くまさかの結末に、村山由佳さんの上手さを改めて感じた素晴らしい作品でした。

  • 直木賞を渇望する作家と、直木賞選考の舞台裏。
    こういうの絶対みんな大好き。
    村山さんが書く売れっ子作家なんて面白いに決まってる!
    作品にどんなアドバイスをしてそれをどう活かすのか、編集者も作家もいろんなタイプがいて、それぞれこだわりをもって小説を仕上げていく様子がたまらなく面白い。
    原稿とそこに入った「エンピツ」、改稿して文章が磨かれていく様も読めるなんて…!
    やっぱり直木賞は特別で、小説への思いも文章へのこだわりも、小説を極めるのに正解はなくて、本にかかわる全員に共感してしまいました。

    発売前の本って、何を書きたい作品なのか、著者の意図や評価や読みどころが全くわからない状態であることが多いので、感想を出版社さんに送るのがすごく不安なときがある。
    的外れな部分を評価してるんじゃないかとか読み違えてるんじゃないかとか。
    ある賞の選評を読んだとき、男性大作家さんがいかにも昔の人って感じのとんちんかんな批評をしててガッカリしたことがある。
    本について語るのって、やっぱり読む能力も必要だから、ここに書かれた読むことの怖さが私にはすごく身近だった。

  • 読み始めてすぐ、「これってある意味ホラー(怖)」と震え始める。怖いぞ、これはすごく怖いぞ。

    直木賞を欲してやまない作家の天羽カイン。売れっ子で出す本出す本ベストセラーになり、本屋大賞も受賞した。
    けれどどうしても手に入らないのが直木賞。今度こそ、と誰もが太鼓判を押す自信作に大々的に待ち会を開いたのに…
    担当編集にあたる、無理難題を突き付ける、なんだかどこかで聞いたことのあるよなないよな…
    出てくる出版社も登場人物たちも、そのモデルに心当たりがあってニヤニヤしたり胸を傷めたり。
    誰もが知っている直木賞だけれど、その発表までのあれこれをこれほど詳しく赤裸々に語られたのは初めてではないか。
    物語を生み出す作家という人種の性、その作家に伴走する担当編集者。二人三脚で作り上げた作品が「賞」を手にするかどうか。
    作家はなぜ小説を書くのか。なぜ「賞」を求めるのか。
    パワハラ作家の直木賞渇望小説、という表の顔を通して、「小説」に魅せられそこにからめとられた人々の危うさと「賞」が人に与えるナニモノかを描く。
    小説とは、賞とは。
    誰かに必要とされる事、誰かに褒められること、誰かに認められること、それによって与えられる万能感は麻薬のようなものなのかも。

  • もう最高‼︎
    編集者の世界、編集者と作家の距離感、賞に固執する作家の心理、作家の世界…どこからがフィクションなんだろう…本好きにはたまらない作品。寝る間も惜しんで読みました。

  • #読了

    #PRIZE プライズ
    #村山由佳

    新年早々、激推し作品誕生。

    丸善丸の内本店で大々的に取り上げられていたので購入した。それもそのはず、後半でこのお店が登場するよ。

    直木賞発表の翌日から読みはじめた。
    限りなく精緻に描かれる直木賞受賞レースを舞台にした、承認欲求の権化である作家と、作家に心酔する編集者の危うい道行き。作品を生み出すことにその身を捧げる者たちの、熱意、狂気、業。リアルすぎて、これはフィクションと頭で認識しても、心が現実と錯覚したがる。この、ヒリつくような感じを味わいながら読んで欲しい。

    #読書好きな人と繋がりたい

  • ●読前#PRIZE
    小説家の、ストーリーを創造し文字で表現する才能には畏怖の念を抱く。書くからには名誉ある賞を熱望する作家さんもいるはず。作品を生み出す過程や賞への強い思いがどのようなものなのか知ることができるであろう作品、読みたい
    https://mnkt.jp/blogm/b250108a/

  • 一気に読ませる作品ではあるが、直木賞や芥川賞ってここまで欲しい賞であるのか❓️
    普段、賞作家だから読むということをしてないので、その執念というか執着というかにチョット引く(^^;

  • 文学賞、とくに直木賞選考の舞台裏が詳しくは描かれていて、興味深く読んだ。伏線回収なども尽く決まっている。しかし、それらだけでは小説として成り立たない。そこで、テーマとして、ソウルメイトなどのことばもあるけれど、そういう昵懇、腹心、一心同体の相手とのあいだにも礼儀はあるかどうかが問われていた。もちろん答えは"ある"。個人の意思が尊重されないと、人権の観念も成立しない自分は作家ではない。それでも、個としての独立を失ってまで世間に認められたくないという自我は、大事にしたいと思った。

  • 【村山由佳が描く、業界震撼の?作家?小説!】大人気作家・天羽カインがどうしても欲しいもの――それは直木賞という栄誉。業界震撼!作家の承認欲求と破壊的な情熱が迸る話題作。

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著者プロフィール

村山由佳
1964年、東京都生まれ。立教大学卒。93年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞をトリプル受賞。『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞受賞。著書多数。近著に『雪のなまえ』『星屑』がある。Twitter公式アカウント @yukamurayama710

「2022年 『ロマンチック・ポルノグラフィー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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