老いの思考法

  • 文藝春秋 (2025年3月19日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (220ページ) / ISBN・EAN: 9784163919645

作品紹介・あらすじ

〈さびしい、苦しい〉老い方にさようなら!
世界的な霊長類学者が教える、人生後半戦が「希望」となる考え方とは?

・人間はなぜ“人生後半戦”が長いのか?
・“老いるほど美しくなる”ゴリラに学ぶべきこと
・身体が弱くても大丈夫――河合雅雄さんの創造性
・「離婚なんて怖くない」理由を知っていますか?
・狩猟採集民的な「学びのモデル」を復権する
・過去との出会い直しは、老年期の最大の特権……etc.


 じつは、人間だけが、長い時間をかけて老いと向き合います。
 動物は、基本的に繁殖能力がなくなったら死ぬので、長い老年期というものがありません。人生後半戦をどう生きるかというのは、人間だけがもつ問いです。
 いつからか人は、何歳まで生きるか? という寿命が大きな目標になりました。しかも、〝長寿を前提に〟人生を設計するようになりました。
 本書では、人生の老年期をどう捉え直したらいいのか、老いをめぐる新しい思考法を提示したいと思います。
――「はじめに」より

ここから新しいライフステージがはじまる感動の書!

みんなの感想まとめ

老いを新たな視点で捉えることで、人生の後半をより豊かに過ごすためのヒントが得られる一冊です。著者は、霊長類学の知見を通じて、老いが持つ本来の価値や可能性を明らかにします。特に、ゴリラや猿との比較を通じ...

感想・レビュー・書評

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  • 仕事用読書。
    京大総長も務めた著者が、世界的霊長類学者としての知見を踏まえ、老いについて多角的に考察する一冊。語り口調で書かれていて読みやすい。

    平明だが、中身は濃い。随所に卓見がある。
    霊長類の研究を極めた人だからこそ、人間についての洞察も深いのだ。

    とかくネガティヴに捉えられがちな「老い」が、実は豊かな価値を孕んでいることがよくわかる内容だ。
    その意味では、私も含め、老いの入り口にさしかかっている人こそ読むべき本である。

  • 著者のゴリラの本が面白かったのでこちらも拝読。うーん、期待したほど文章が頭に入ってこず、ところどころ飛ばして読む。
    老いたゴリラの美しさなど、ゴリラに関するお話がやはり面白い。

  • ゴリラや猿と比較した人間の老いについて語る。甥はネガティブに語られがちであるが、仲裁力、ハブになる力等、老いてからでないと引き出せない魅力がある。ゴリラは老いると、食べられなくなり、緩やかに死ぬ。老いに怯えるのは人間だけなのかもしれない。

  • ★★☆☆☆帯を見て買いましたが、思っていた内容と違っていて残念感が残りました。内容的に老いといいよりゴリラから学べることが書かれていました。

  • ゴリラ研究から日本人の老いについて書かれていて、人間と異なる点は相手に共感し、相手のことを想像して、行動するコンパッションにあるといいます。

     また、良い老いの3条件に、松下電気創業者の松下幸之助氏のリーダーの3条件を上げていました(愛嬌があること、運が良さそうに見えること、背中で語ること)。

     その内の運が良さそうに見えることとは、皆んなに惜しみなく分け与える振る舞いこそが、運の良さそうな人に現れる資質であり、自分が持っているものにこだわらないという境地こそひとつの老いの力という言葉に、余裕があるのは様々な経験を積んで生まれた境地なのかなと思いました。

  •  「ゴリラ学」で有名な山極寿一氏の一冊。老いについてもゴリラやチンパンジーから発想を得て考えていることに興味が湧く。
     この一冊は、ゴリラの生態というよりも、自身が所謂老齢に入ってきたから学問上での師匠筋の話や、最後の方に色濃く出てきているが、文明が進歩してきて歪みが生じてきていることに関して警鐘を鳴らしているような、生き物としての人間や自然の捉え方を思い返そうという書きぶりである。
     勿論肯首できて、納得できるものであるが、やはり一番面白いのは実体験に基づいたゴリラの話しではなかろか。
     人間はゴリラのように、年を経たら尊敬される存在に復権出来るのであろうか。

  •  いつも利用している図書館の新着本リストで目についたので手に取ってみました。
     本書は、山極さんが “老年期の生き方” についてあれこれと語ったものですが、私も会社勤めから完全リタイアしたタイミングなので、どんな示唆が得られるか期待して読んでみました。
     予想どおり有益なコメントが数多く紹介されていました。

  • 加齢で体力は落ちても、それを他のもので補いつつ、役割を持って生き続けることができるし、それが社会にとっても大事なことがわかる本です。
    人は誰でも年齢を重ねますが、いくら鍛えていても、いつかは体力的に衰えますし、できなくなることが増えるとネガティブな感情を持ちがちです。
    考え方ひとつで、老いは新しい価値をもって私たちのなかに立ち上がってくると著者は言います。
    老いることで経験を積み重ねて得られるもの、それをどう生かすか、どういった役割を果たせばよいかといったことを教えてくれています。
    若い頃のように働けないことにネガティブな感情を持つ方などが読んでみると、これからを前向きに考えるきっかけとできそうな1冊です。

    【特に「学びになった」と感じた内容の覚え書き】

    (老いの力)
    「共感力を働かせて仲間を助ける行動がもっとも得意なのは高齢者。人より長く生きた分、若い世代が経験していない知識を多く持っていて、若者が知らないことにいち早く気づいて危険を回避でき、それはまだ自立できていないこどもを安全に育てる上で、社会的に大きな力になってきた。」
    (老いとライフスタイル)
    「さまざまな世代が出会う場では、自然に気づきが生まれ、創造的な言葉が出てくる。体力的にあちこち動けないシニアも、その地にやって来る人々、特に子どもを受け入れることに貢献できる。視野が広く、別のコミュニティでうまくいったアイデアの提案や、人と人とのマッチングもできる。」
    (老いの気構え)
    「松下幸之助氏が挙げていたリーダーになる条件『愛嬌がある』『運が良さそうに見える』『背中で語る』の3つは、そのまま良い老い方の条件になる。包容力、共に分かち合う(ひらかれた大きな気構え)、見返りを求めない(自信)、の3要素が、人間の成熟度の指標ではないか。」

    【もう少し詳しい内容の覚え書き】

    ・考え方ひとつで、老いは新しい価値をもって私たちのなかに立ち上がってくる。年をとることを「さびしい」「苦しい」と感じる方も多いが、それは”老い方”が間違っている。
    ・老いは気候変動に似ていて、生物圏に共通なグローバルな現象だが、現れ方は生物の種類によって異なる。特に人間では生物としての特徴だけでなく、生きてきた文化の違いが色濃く現れる。自然の存在である人間と歴史的な構築物である文化の調和が成り立つかに目を向ける必要がある。
    ・医療技術の発達や情報通信革命といった変化で、譲り、伝え、寄り添うことが魅力だった老境の心構えが、壮年期の競い、獲得し、自己主張するままに続いていくようになった。これでは平和な世代交代が起きず、生物圏の原則に反して世代間の葛藤が増え、社会が不安定になってしまう。
    ・これまで科学技術は個人の能力を拡大し、その積としての文明の力を増大してきたが、それでは地球が壊れてしまう。技術でなく知恵を使いながら、地球や生物圏に優しい人間の暮らしをデザインする必要があるが、それは利他の精神と遊び心に満ちた高齢者の役割。

    (老いの力)
    ・いまはインターネットの普及で、新しいことは若者たちのほうがよほどよく知っている。そんな時代には情報(知識)ではなく、マナーやエチケット、心の持ち方といった身体知である「知恵」こそが、高齢者から次の世代への贈り物となる。
    ・見返りを求めずに奉仕し合う家族と、ギブアンドテイクが原則の共同体は編成原理がまったく異なり、本来はぶつかり合う。人間は共感力が高まり、相手の側に立って考えられるようになって両立できたが、功利性から一歩引いて全体を俯瞰し、調整力、仲介力のある高齢者の存在が大きい。

    (老いとライフスタイル)
    ・異なる世代間をつなぐのは「自然」。日々変化する複雑なものを媒介にしないと、子どもの知的好奇心の発露としての学びの場は発動することはないし、互いの協働作業も生まれない。「直感力」や「想像力」を鍛えるには、経験値を豊富に持ち、時間もある高齢者が一緒に考える役割は大きい。
    ・動物の社会では性交渉はオスとメスを結びつけないので、男女を結びつけておくファクターとして、性はとても弱い。むしろ互いを思う共感力が、人間の家族と共同体を成立させてきたことを忘れてはいけない。

    (忘れがたきもの)
    ・老年期の大きな楽しみの1つは、身体に眠っていた過去の記憶との再会ではないか。人生のなかでの幸福な出会いだったり、大切な原風景だったりが、ふとしたきっかけで新たな意味をおびて立ち現れてくるのが、老年期だけに許された”過去との出会い直し”では。

    (老いの気構え)
    ・生命にとって、老いは治すものではなく、共存するもの。老人には、世の中を祝福したり、楽しさや笑いをもたらす存在として、子どもたちに生きる力を与える存在としての美しさがある。老いを忌避することなく、人生後半戦において、いかに美しく老いるかを考えないといけない。
    ・限られた時間軸の中で死をとらえるからこそ、人は生きる意味を考える。無限にやり直せるなら、いつまでに何を達成しないといけないという必要は何もなく、時間軸の中で、ゴールに向かって流れとして意味のある物語を作る必要がない。
    ・人は老いとともに、身体が自然に合わせるようになる。自然の時間にゆっくりと身を委ね、効率とは無縁の生命の根源的な喜びに立ち返ることが老年期の大きな特権。そこには、刻一刻と変化する自然の予兆に心躍る豊かさもあり、美しい時間が未来から流れ込んでくる。

  • ふむ

  •  これは……残念ながら平均寿命が70歳くらいの時代でないと受け入れられないかなと思いました。今は「人生百年時代」だなどともてはやされていますが。正直お孫さんが祖父母にかまってくれるのは中学生くらいまででしょう。

     お孫さんにたよらず、自分の生きる道を社会のなかでどう見つけていけるかが、大切なのではないでしょうか。

     山極先生の恩師である今西錦司先生とかの生きざまも紹介されています。それはそれですばらしいのですが。
     レベルはちがうんですが、私の祖母もふたりとも元気で、八十代で死ぬまでぴんしゃんしていましたので、ああいうのが普通だと思っていました。田舎にきて、六十代くらいからボケたことを言っている年寄りをみて「しっかりしろよ」と思っておりましたが。正直言って、自分の祖母は普通じゃなかった、みんながああいうふうに生きられるとは限らない、と今は思っております。
     むしろ、自分もボケないようにしっかりしなければ(笑)。

  • 老いるとは衰えることだろうか。京都大学前総長の霊長類学者・山極寿一はそうは見ない。ゴリラの群れを観察し年長の雄が力よりも知恵や経験で仲間を導く姿を記してきた。人もまた老いを重ねることで見えてくる世界がある。若さが速さや成果を誇るなら老いは待つこと、譲ることを学ばせる。時代は変わり世代の価値観は交わらぬように見える。だが老いの思考法は断絶を埋め人と人を結ぶ回路となる。弱さに意味を見いだせるか――社会の成熟はそこにかかっている。

  • これからの生き方は、複数の拠点を持つことという提案は目から鱗だった。ただ拠点を複数持つだけではたぶんダメで、そこにほんの小さなものでも人間との関係性が必要だということも理解。2拠点、あわよくば3拠点生活とか近い将来できないものかと遠くを見ながら考えてしまったのでありました。

  • 人間と近しい生き物である類人猿の行動を観察、把握し、それを人間の行動に当てはめて考えてみよう、という学問を基礎に書かれた本。多くの生物は生殖を行えなくなると死ぬが、人間だけそうなった後も長く生きる。それは老人が子供の育成などに一役買って来たからだ、というような内容が書かれている。

    確かに人間は猿の一種ではあるので、なるほどそうなるのかと思うことが多かった。
    共同体と家族のどちらかには属しておくべき、という話は私の老後の指針になりそう。

    ただ、世代間のギャップを感じる内容も多く、この本で批判されている最近の人間の挙動は、私が老年期に入るころにはそれが当たり前の世界になっているはずなので、そうあるべきではないと言われてもどうにもならんのではないかなァという印象を受けた。まぁまだ少し読むには早かったのかもしれない。

  • 老いの思考法
    (How to Think About Aging)

    著者:山極寿一
    発行:2025年3月27日
    文藝春秋
    語り下ろし(「あとがき」と下記の二節を除く)
    初出:
    「人間の老年期とは何か」(『高校生と考える 21世紀の突破口』2023年、左右社。「思春期とは何か ゴリラからの提言」を改題、改稿)
    「自然の時間を取り戻す」(『現代思想』2024年1月号、青土社。「人間と動物の境界はどこにあるのか?人間は時間を止めて文明を作った」を改題、改稿)
    「あとがき」をのぞき、他は語り下ろし

    ご存じ山極寿一さんは、霊長類学者であり、人類学者でもある。とはいえ、ゴリゴリの理系学者ではなく、哲学にも精通し、人間の特徴が「共感力」だと強調しながら、人間として老いを生きる価値を語っていく。一見、特に専門であるゴリラなど類人猿の生態を例にあげて、人間が本来忘れてしまった、失ってしまった部分を取り戻そう、回帰しよう、という話かなと思えるが、そうではなかった。あくまで、類人猿にも、サルにもない、人間だからこうだ、という面にスポットを当てて、老いて生きることをバックアップしていく本である。

    見境のない性欲を「獣のように」と表現するが、これは全くの逆だそうである。
    性暴力、とくにレイプが起きるのは人間だけで、動物はこの面で礼儀正しい。メスが発情しなければ、オスは発情できないので、レイプはない。獣からしたら「人間のように」が正解の表現となる。

    これだけでも、ああそうか、意外、と思えるが、考えたら当然かも。動物たちは、繁殖力がなくなったら死んでいくのに、人間だけはそうでなくなっても生きている。子育てを手伝うためだ、とよく解説されるが、堅苦しくいうと「共同保育」というそうである。そして、その根本は二足歩行にあるそうである。

    二足歩行となり、前足が手として自由を得た代償として、人類は難産という宿命を背負った。歩行しやすいように骨盤がコンパクト化し、産道を拡げにくくなった。その結果、出産は命がけの一大事となり、経験のあるおばあちゃんの力を借りることが欠かせなくなった。さらに、一度に多くの子を産むのが難しくなり、次の妊娠ができない授乳期を早く終わらせ、出産間隔を短くして多産しないといけなくなった。だから、おばあちゃんの子育て、つまりは共同保育が非常に重要となってきた。多の動物が数年ある授乳期が終わると、普通の食事をするのと違い、人間だけが1年ほどの短い授乳期を終え、離乳食という特有の食生活をするようにもなった。

    この共同保育を通じ、人間は家族という集団と、共同体という集団の両方に所属することになる。類人猿もサルも、自分に利益がなければ集団を離れるが、人間だけはそうではなく、他の人や集団の利益になるためにそこに属し、力を貸す。そこに、相手の気持ちをおもんぱかる「共感力」があるからだという。

    人間社会だけにある「離乳期」「思春期」「老年期」。これが形成された根源である二足歩行。なるほどと思える理論だった。そのまま、ずるずると引き込まれる一冊。

       ***

    Ⅰ章

    人間だけが長い時間をかけて老いと向き合う。動物は基本的に繁殖能力がなくなったら死ぬので長い老年期がない。

    人間社会は「離乳期」「思春期」「老年期」という固有の三要素から成り立っている。
    (動物にはなし)

    介護を人類の進化史にたどると、最古の例は180万年ぐらい前。
    介護は猿や類人猿にはない人間に特異な行為。

    人間は700万年前に二足で立ち、産道を拡げられなくなった。
    200万年前には脳が大きくなり始めたが、産道が狭くて小さな脳で生まれ、生後1年で脳が倍になる。ゴリラの4倍の速度。
    人間にとって、出産は命がけの一大事となり、一人では子を産めなくなったため、これを手伝う「おばあちゃん」たちの助けが必要になった。

    また、人間は一度にたくさん産めないので、離乳期の子供をみんなで育てる必要が生じた(次を産むため出産間隔を縮める)。おばあちゃんが手をさしのべてくれた。


    ゴリラは老いるほど美しくなる。
    老齢のオスは、年を取ると背中が白銀色に染まって、シルバーバックとなる。頭頂部も突出して堂々と。白銀色の毛が腰や脚にまで広がったオスは、群れの先頭に立って暗い森を移動するときも、仲間を迷わせない。白銀色に光り輝くため。

    ゴリラは父親が子育てする
    ゴリラの赤ちゃんが離乳したら、母ゴリラは父ゴリラに預け、育児を任せる。子供たちは一日中父親の後をついて回る。かたや母ゴリラは、育児から解放されて発情し、次の子供をつくる。メスは別のオスのもとへ走る場合もあるが、子供たちは父ゴリラのもとに残る。

    育児をするとイケメンになる
    名古屋の東山動物園で、世界的に有名になったイケメンゴリラのシャバーニは、10歳ごろにオーストラリアの動物園から来たが、当時はどうしようもないヤクザなゴリラだった。だが、子供ができて育児するようになると、がらりと変わってカッコよくなった。
    *現在、家族と暮らすゴリラのオスは日本に3頭のみ(京都、名古屋、東京)。


    集団の違い
    ゴリラは家族的な集団しか持たず、複数の家族で集まらない。
    チンパンジーは家族がなく、共同体的な集団しかない。
    人間だけが「家族」と「複数の家族を含む共同体」という重層構造の社会を作った。人間だけが相手の側に立って考えられるから両立できるようになった。

    自己主張
    ゴリラのドラミングは宣戦布告ではなく(相手と自分が対等だという)自己主張。メスはしばしば興奮しているオスをなだめる。
    チンパンジーは胸を叩く代わりに周囲を叩いたり、足を踏みならしたりする。
    人間は歌舞伎の見得というポーズがそれに当てはまる。

    ゴリラは負けない
    負けるポーズが存在しない。
    オス同士がぶつかりそうになっていると、別のオスやメスが割り込んできて、対立する仁藤のオスの軌道修正をする。双方がメンツを保って引き分け。

    ニホンザルの勝ち負け
    互いの強さを非常に意識して暮らす。対立が起こりそうになると、弱い方が必ず先に退き、勝ち負けがすぐにつく。勝つことと、負けないことは違う点が重要。


    「離乳期」
    人間は一度にたくさん子を産めないため、出産感覚を縮めて多産多子にするため、赤ちゃんを早く乳離れさせる必要があった。類人猿と比べて驚くほど早い。人間にしかない「離乳期」が発生した。
    ・乳離れ:ゴリラ3-年、チンパンジー4-5年、オランウータン7-8年

    「思春期スパート」
    人間は脳の成長が異様に早い。生後1年で2倍。ゴリラは4歳で2倍になり止まる。
    人間はその後も12~16歳まで脳が成長し、摂取エネルギーの大半を脳の成長に回す。
    それが止まると今度は身体の成長→「思春期スパート」が始まり脳の成長に体が追いつく。

    「長い老年期」
    離乳期や思春期スパートといった不安定な時期は、親だけでは子が支えられないために共同保育という行為が発生する。

    「メンタライジング」
    人間は25歳ぐらいまで社会的認知能力が発達する。メンタライジング。他者の心の状態を推論・解釈。3者間、4者間の社会交渉でそれぞれが何を考えているかを推し量る。共感力を働かせて仲間を助ける行動が得意なのは高齢者。

    「ゴリラはボケる」
    認知能力の衰えの「ボケ」ではなく、遊び心の「ボケ」。
    ゴリラもボケる。テレビカメラを意識してわざとやらなかったりする。

    人が言葉を話すはるか以前から、音楽があり、踊る身体が発達した。人間は長らく生身の身体の共鳴を大事にする社会を形成してきた。


    Ⅱ章

    野生動物に鬱はない。例外として、動物園ではゴリラが鬱になることがある(人目にさらされすぎて)

    「サルに猿真似はできない」
    猿まわし芸は行為を誘導されて繰り返しているだけで、真似ができているわけではない。サルには猿真似ができない。
    学習して真似る=「まねぶ」ことができるのは人間だけ。
    人間は、サルにはない「スカフォールディング」(足場かけ)という能力を持っている。子供たちがここを切り抜ける能力がないというのを大人が見定めて、先を読んで必要な手助けをして、サポートしてあげる教育的能力のこと。
    (サルは自分と子供の能力を同一視している)

    「冗談関係」という概念
    文化人類学の概念。父母は子供からすると叱られたり罰せられたりする恐い存在であり、本来、親は教える立場には立ちにくい。一段階上の高齢者は、直接の子供ではないし、年齢も離れているから、保護者的な存在でありながら遊び相手になれる。冗談が通じ、性的な冗談も言えてしまう。

    ゴリラは豪快に笑う
    お腹をボコボコと振動させながら笑う。ゴリラの腹はパンパンに張っているように見えて、実はグニャグニャ。全身に力が漲る時だけパンパンになる。

    「共感力」が家族と共同体の二重構造を成立させた
    家族は見返りを求めずに奉仕しあう組織、共同体は自分が何かをしてもらえば恩返しが必要な組織。編成原理の異なるこの二つを両立させたのは「共感力」。相手の立場に立って物事を考えたり、長い時間軸の中で自分も身体が動かなくなったり困ったりすることを想像し、自己利益を求めずに相手のために尽くそうと共同体のために働くのが人間。
    他の類人猿でもサルでも、利益が落ち始めたら他の集団に移り、元の集団のアイデンティティは失う。人間は自分の不利益を承知で仲間に尽くすことができる。元の集団のアイデンティティを保ったまま他の集団に入れるし、自分がハブになることすらできる。

    動物の社会では性交渉はオスとメスを結びつけない。


    Ⅲ章

    26年ぶりでもゴリラは覚えていた
    1980年にルワンダで調査をしたマウンテンゴリラ6頭の中の1頭、オスのタイタン、6歳。彼はよく山極氏に遊びをしかけてきたので仲良くなった。約2年間、ゴリラのなかで暮らした。
    テレビの企画で26年ぶりに会いに、2008年に現地へ。研究者としてではないので、8メートル以内には近づかない、観察は1時間以内。
    会ってもポジティブ反応なし。2日後にもう一度会いにいくと、真っ直ぐ近づいてきて、まじまじと顔を見つめた。著者が発したあいさつ音に同じように応え、顔がみるみる子供っぽくなった。そして、突然仰向けになって、腕を頭の後ろにして寝転んだ。昔、よくやっていたポーズ。覚えていた。彼は34歳、人間なら70歳。
    ゴリラの記憶のなかには、時系列で何かが並んでいるわけではなく、ランダムに過去の記憶がしまい込まれていて、体の感覚と連結しているのだろう、とのこと。

    老年期の大きな楽しみの一つは、身体に眠っていた過去の記憶との再会ではないか、と著者はつくづく思った。

    ゴリラは引き分けルール
    群れ生活をする霊長類は、餌や交尾相手を巡って必ずトラブルが起きる。
    集団生活のためにはルールが必要。
    優越を基準に社会をつくるニホンザルは弱い方が譲る。単独で生活しているサルは離れあうことでトラブルを防げる。
    類人猿は「力の弱い方が譲る」という優越中心のルールとは別に、第三者が入って勝ち負けをつけずに、お互いのメンツを護って引き分けるルールを作っている。

    シルバーバックは振り返らない
    ゴリラのリーダーはまず振り返らない。そのために白銀色の背中(シルバーバック)がある。暗闇に浮き上がるそれについていく群れは安心。「背中で語る」。


    Ⅳ章

    「ダンパー数」
    人間のネットワークの基本は1.5人から始まる。多くの人にとって、極めて親しいパートナーが1人いるので、1.5人が最小単位。
    その3倍数ごとにそれぞれの集団のまとまり方や機能が変わる。
    ・1.5×3=4.5→5人:音楽のバンドなどちょっとしたチームの単位、すぐに行動できる
    ・5×3=15人:小回りはきかないが多様な意見を取り入れて新しいことができるチームの規模
    ・15×3=45人(約50人):組織としての構造が必要になり、重要な役割を果たすのが経験知を持っているある程度年配のリーダー。
    ・50×3=150人:ここまでが、ルールを厳格に作らなくて民主的に回していける組織で、1人のリーダーでギリギリ回せる規模
    *ロンドンで100年以上続いている老舗会社の多くは300人以内
    *日本では100年以上が4万社を超え、世界で最も多い。その9割以上が中小企業。小規模は組織としてマネジメントしやすく存続しやすい。

    「獣のように」は完全に逆
    性暴力、とくにレイプが起きるのは人間だけ。靴に発情したりするようなフェティッシュな性的欲望も人間だけ。逸脱した性行動を「獣のように」と表現するが、これは完全に逆。
    動物は礼儀正しい。メスが発情しなければ、オスは発情できないので、レイプはない。獣からしたら「人間のように」がぴったりの表現。

    ・260万年前:世界最古の石器が現れる
    ・100万年前:火の使用が始まる
    *火の周りで人は集い、歌い、踊ることにより団結力を高め、現世とは違う世界へと想像力を拡大した。音楽的コミュニケーションにより、仲間と共有する時間を自ら作ることができるようになった
    ・7~10万年前:言葉が現れる
    ・約1万2000年前:農耕・牧畜を初めて食糧生産革命
    ・18世紀の終わり:産業革命

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著者プロフィール

第26代京都大学総長。専門は人類学、霊長類学。研究テーマはゴリラの社会生態学、家族の起源と進化、人間社会の未来像。

「2020年 『人のつながりと世界の行方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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