芥川賞全集 第7巻 されどわれらが日々,玩具,北の河,夏の流れ,カクテル・パーティー 他

  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784165071709

作品紹介・あらすじ

革命幻想と不毛の恋を描いた柴田翔氏の「されどわれらが日々—」、女性の心理の襞を精緻に彫琢した津村節子氏の「玩具」など、文学の醍醐味を充分に満喫できる六佳作

感想・レビュー・書評

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  • ●東大入試が中止された頃に読んだ。書棚のこの本を見るたびに、若かりし頃が懐かしくよみがえります。

    • seiyan36さん
      おはようございます。
      受賞者の大城立裕さん、聞いたことがなかったので、調べてみました。
      沖縄の方で、沖縄に関する作品も書かれていますね。...
      おはようございます。
      受賞者の大城立裕さん、聞いたことがなかったので、調べてみました。
      沖縄の方で、沖縄に関する作品も書かれていますね。
      1冊、読んでみようかなと思います。
      2022/06/28
  • ▼福岡県立大学附属図書館の所蔵はこちらです
    https://library.fukuoka-pu.ac.jp/opac/volume/319723

  • 1964〜1967年の芥川賞受賞作が収められたもの。この巻は全体的に小粒な印象だけど、時代性に触れるという意味ではこういう形の読書も良い。いつも思うんですが、わたしはやっぱり、文学全集があるようなおうちに生まれたかった。しょうがないことだけど、こういう全集があるのとないのじゃずいぶんちがうと思う。


    ▼柴田翔「されど、われらが日々——」(1964年)

    六全協が題材となっている。文学を通して時代を知る、とはこのこと。いつの時代も大学生の脆い、取ってつけた自我は翻弄されるし、それに気づいて苦悩する知性というものがある。空虚さを抱えて、時代と人生の困難の重なりを最も強く意識する時期なのだと。でもやっぱり、たとえ挫折したとしても理想を持ったことがあるのとないのでは全然違うとおもうし、わたしは彼らがとてもうらやましい。あと、女性の描き方に現代と近代の相克を感じたっつか時代性を感じたなあ。
    作風は非常に正統派の日本文学だな、と感じた。それが好ましくもあり、逆に独自性が感じられないところが現代において柴田翔の名を口にする人が少ない由縁かもしれない。
    心に響いたのは、死に近しくものを考え、生活の空虚から目を背けることをやめるその生に対して真摯な姿勢。


    ▼津村節子「玩具」(1965年)

    妊娠小説。女のひとでなければ書けないものが書き込まれているけれど、どうしようもなくひとを隔てていく性というものを描いたものならば、わたしは小川洋子の「妊娠カレンダー」や川上未映子の「乳と卵」の方が突き詰めて書かれていると思う。この小説は、突き詰めた感じがあんまりしない。あと現代女流文学の幻想性、個性に慣れた身からするとあまりに無個性に感じてしまった。なんにせよ、性を描くと気持ち悪さ、不快さを含めずにはいられないということには普遍性があるんだなあ、と。


    ▼高井有一「北の河」(1965年)

    「内向の世代」、高井有一。なんか、この頃ってやっぱりまだ圧倒的に「戦後」という時代であったんだな、たとえ高度成長期であったとしても戦争の痛みが非常に近しいところにあったのかなあ、と。すべてを夢見る力が失われてしまった、という主人公の実感、現実感覚の欠如は、性質としては非常に現在と近しいけれど成り立ちがまったく違う。でも、変容していく母とか無力感とか虚無とか、そういうのはやっぱり刺さる。


    ▼丸山健二「夏の流れ」(1966年)

    もうなんていうか気分悪い。こわい。死刑執行人の物語。目を背けたくなるような人間の暗い部分を描いている。つらい。


    ▼大城立裕「カクテル・パーティー」(1967年)

    沖縄と、日本と、アメリカと、中国と。ちょっとでも踏み外したら一気に何もかも崩れ落ちてしまうような、緊張感を孕んだ関係が、ある事件をきっかけに問題を顕在化させていく。沖縄初の芥川賞作家だそうです。選評で、政治的含意による受賞ではない、みたいなことを皆もそもそと言っているのがまたね。文学というよりも政治的問題を小説という手段を使って訴えているように感じましたが、戦後沖縄の状況を勉強出来たという意味ではとても良かった。


    ▼柏原兵三「徳山道助の帰郷」(1967年)

    これはもう昭和感溢れる短編。日露戦争が初陣で支那事変で第一線を退いた軍人の生涯と思想の変遷を辿る。ああ、あの時代の兵隊さんはこういう考えをしていたんだなあ、といった感じ。最後に一気に主題が明らかになるところはうまいなあ、と思ったけれど、わたしは語られていない部分がとても気になってしまった。奥さんが本当は何を考えていたのかとか、主人公は敗戦、天皇人間宣言、乃木将軍の死に際して何を思ったのか、娘と孫と兄弟も、書き込みが不足しているようにおもえる。戦争文学というのはとても難しいけれど、その分きちんと書いてほしいと思うし、書くべきではないのか。ああでもやっぱり、大きな物語の消滅(というかその幻想性の発露)によってひとりの人間がいかに崩壊していくかを描いているという点において、恐ろしい、凄まじいものがあり、個人というものは結局のところ時代性から逃れられない、歴史に翻弄される弱いものだという感があり、こわい。

  • カクテル・パーティーを読むために手に取りました

    全部おもしろいなと思った後
    銓衡委員たちの選評を読むと あー ふむふむと
    そんな感じ

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著者プロフィール

作家、ドイツ文学研究者。
1935(昭和10)年1月 東京生まれ。
武蔵高校から東京大学へ進学、工学部から転じて独文科卒。
1960(昭和35)年 東京大学大学院独文科修士修了、同大文学部助手。
1961(昭和36)年「親和力研究」で日本ゲーテ協会ゲーテ賞。
 翌年より2年間、西ドイツ・フランクフルト大より奨学金を得て、留学。
1964(昭和39)年『されどわれらが日々─』で第51回芥川賞。
 東大助手を辞し、西ベルリンなどに滞在。帰国後、都立大講師、助教授を経て
1969(昭和44)年4月 東京大学文学部助教授、のち教授。文学部長を務める。
1994(平成6)年3月 定年退官、名誉教授。4月、共立女子大学文芸学部教授。
2004(平成16)年3月 同上定年退職。

「2019年 『〈改訂増補版〉詩に映るゲーテの生涯』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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