父の詫び状 向田邦子全集〈新版〉 第五巻

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (275ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166417209

作品紹介・あらすじ

比類なき父親像を描いて絶賛を博した、最初のエッセイ集「父の詫び状」をはじめ、エッセイの名人とまでいわしめた味読に価する初期珠玉作品。

感想・レビュー・書評

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  • 向田邦子さんは私の亡くなった親の世代なので、さすがに私の年齢では知らない旧い言葉があるし、時代背景そのものももちろん旧い。
    でもまだかろうじてついていける。

    自分が若い時にこれを読んでいたとしたらピンとこなかったかもしれないが、書かれた当時から更に年月が経ってしまっている今、自分が年をくった今初めて読んだから、本書に書かれている感覚を近くに感じるような不思議さがある。

    最近は食べていないけれど、「南部煎餅のまわりにはみ出した薄いパリパリの部分」は私も好きだったな。

  • 図書館の読書会の課題図書で「父の詫び状」だけ読んだ。

    昭和の父親像は威厳ある家長の風格を漂わせていた。今の時代はイクメンが理想像だ。

    その違いに少しばかりハッとさせられた。

  • 作中、自分の祖母や母の話、振る舞いに類似したエピソードがあり、自分を育ててくれた家族への懐かしさを感じた。
    昭和初期において、全国規模で転勤を繰り返す家族というのは、かなり珍しかったのではないだろか。そのような家族の生活を、この方が描くことで、現代の私たちであっても、その姿を具体的に思い描くことができる。
    飛行機事故に関する思いが、複数箇所述べられていて、えっと驚いた。
    子ども時代から文才の芽を周囲に認められるエピソードもあり、おぉ、とも思う。

  • 急に、向田邦子のエッセイを読みたくなった。
    幸田文と言い、厳格な父親を見つめる娘の眼差しが好きなようだ。

    写真を見ると、ハッキリした感じの美しい人だなと思う。
    なるほど、タクシーの運転手やセールスマンを勘違いさせそう。

    随分、自分とは年が離れているのに、彼女が懐かしがるものの中に自分の懐かさが潜んでいて、不思議と共感が残った。

    特に魚の眼の話はよく分かる。
    私も魚の眼は苦手だけれど、小さい頃に持っていた傾けると目を閉じる人形を思い出した。
    私に買ってくれたものなのか、母の持ち物だったかは分からないが、その人形が怖くて、ずっとクローゼットに閉まっていた。
    閉まっていても、夜に見ているんじゃないか、とか小さな自分は恐れをなして、とうとうこっそり捨ててしまったように思う。
    そういえば、近所の古い家の、割れた木の柵の隙間から覗くと、人形が洗濯竿に吊り下げられていて、勝手に七不思議と呼んでいたなぁー。

    あれ?自分の感想になってしまった。

    祖母から教えてもらった親鸞の和歌も、心に残った。

    「明日ありと思ふ心のあだ桜
    夜半に嵐の吹かぬものかは」

    いいなあ。

  •  エッセイ集『父の詫び状』を収録。

      父の詫び状
      身体髪膚
      隣りの神様
      記念写真
      お辞儀
      子供たちの夜
      細長い海
      ごはん
      お軽勘平
      あだ桜
      車中の皆様
      ねずみ花火
      チーコとグランデ
      海苔巻の端っこ
      学生アイス
      魚の目は泪
      隣りの匂い
      兎と亀
      お八つの時間
      わが拾遺集
      昔カレー
      鼻筋紳士録
      薩摩揚
      卵とわたし

     中でも、「お辞儀」での黒柳徹子のあるエピソードには笑ってしまった。
      

  • 舞台が暗転するような場面転換と終幕が魅力的なエッセイで、ラジオドラマを聞くのに似た感じがします。言葉遣いにもわたしの知らない時代、文化、社会を感じとても心地よいです。この人と話をしてみたいと思わされる読み物です。

  • 国語の教科書に載っていたので、全文を読みたいと思った。

  • 久しぶりに読む、向田邦子の文章。
    エッセイ。『父の詫び状』。

    黒柳徹子さんの留守番電話に関するエピソードは、いつ読んでもおもしろい。
    森光子さんのお土産にまつわる話も面白かった。

    いくつか飛行機に関するエッセイもあったが、中でも同乗した女優さんが、安全祈願のため宝石を身につけていたのがあった。切なくなるエピソードだった。

    エッセイ。個人の何気ない日常を切り取った文章だと思うけれど、話の切り出し方、切り口、運び方、進め方、そこに出てくる人間の感情の機微(というか)、丁寧なだなぁ、としみじみ。

  • 向田邦子さんのエッセイを読むのは初めてでしたが、とても読みやすく面白かった。同じ章の中でも話が少しあっちこっち行ったりしてるところがあって、そこも女の人らしいなあなんて。

  •  後に書かれたエッセイと比べると、一編の内の細かな繋がりに欠けた部分がいくつか見られるため、記憶の思いだすままに自由に筆を動かしていたのだろうと、なんとなく想像してしまう。エッセイとしては初めての作品だけれど、静謐な言葉遣いや、重層化して記憶を書き連ねる、彼女の文体の原型が既に形作られている。
     「春霞に包まれてぼんやりと眠っていた女の子が、目を覚まし始めた時期なのだろう。お八つの大小や、人形の手がもげたことよりも、学校の成績よりももっと大事なことがあるんだな、ということが判りかけたのだ」(p.256)僕の小中高校時代を振り返ると、時々自分や周りのことについて考えることもあったけれど、概して学校行事や勉強に追われっぱなしだった気がする。特に高校時代は勉強と学校行事に埋め尽くされていたのではないかと思われて、暗澹たる気持ちになる。多分、向田邦子が鹿児島で送った時代に比べて、僕の周りにいた人達は、殆どが中流家庭の人達だったのだ。そして僕も周りの人達に対して、家庭のことなんてあまり気にせずに接してきた。その鈍感さと、時代背景の違いが、僕と彼女の違いの要因の一つだったのかもしれない。
     
     彼女のエッセイは、どれも好きだけれど、今の好みを一つあげると、「卵とわたし」に出てくる慰問文の下りだ。紋切り型ではなく、身の回りの些事を書く姿が微笑ましい。そして、文章を書くときには、こんな風に自由でなくっちゃいけないな、とも思う。加藤典洋の『言語表現法講義』にも似通ったことが書いてあったような気がする。(もしかしたら全く的外れかもしれない)
     

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著者プロフィール

向田邦子(むこうだ・くにこ)
1929年、東京生まれ。脚本家、エッセイスト、小説家。実践女子専門学校国語科卒業後、記者を経て脚本の世界へ。代表作に「七人の孫」「寺内貫太郎一家」「阿修羅のごとく」。1980年、「花の名前」などで第83回直木賞受賞。おもな著書に『父の詫び状』『思い出トランプ』『あ・うん』。1981年、飛行機事故で急逝。

「2021年 『向田邦子シナリオ集 昭和の人間ドラマ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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