「演歌」のススメ (文春新書)

  • 文藝春秋 (2002年10月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (200ページ) / ISBN・EAN: 9784166602827

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  • 著者、藍川由美氏はソプラノ歌手。父の鼻歌の「演歌」を毛嫌いしクラシックを勉強してきたが、音楽を職業とするようになり童謡や唱歌、劇中歌、歌謡曲、戦時歌謡などの楽譜にあたり、楽曲分析をしてみると、あたりまえのように思っていた「クラシックは高尚だが、ポピュラーは低俗」という考え方に疑問を持ったという。

    山田耕作、古関裕而、古賀政男、中山晋平、文部省歌などのCDを出している。

    楽曲分析はちょっと専門的なのでスルーしてしまったが、西洋では和声、ハーモニーで歌を歌うのに対し、日本では単音で歌を歌う傾向があるとする。それは日本人が(和音を)欲しなかったからだ、という吉川英史の「日本音楽の性格」を引用して紹介している。

    「音楽に国境はない」という言葉もある意味危険で、それは各民族は自らの音楽的美感に基づいて、それを伝統音楽の中に組み込んできている、それらはすでに世界共通の音楽ではなく、民族固有の音楽と化しているからだという。

    こと歌に関する限り、日本語の特質とは切り離せなく、日本語にあった日本語を無理なく自然に発音できる発声法が、日本的歌唱法で、それを肝に銘じるべきという。そしてそれは山田耕作も言っているという。

    この、音楽はメロディーとリズムとハーモニー(和音)という三つの要素が備わっていなければならない、と学校で教えている。しかしこの三要素はクラシック音楽の中でもせいぜい古典派やロマン派を中心とする音楽にしか通用しない定義だという。調性音楽が確立する以前のヨーロッパ音楽やいわゆる現代音楽はこれを完備していない作品が多数ある事実をいったいどう説明しているのか、と述べる。藤山一郎もこの三要素を重視するタイプで、それゆえ古賀政男の曲はハーモニーが足りない、と批判したと紹介している。ここに日本の音楽教育によって植えつけられた西洋音楽コンプレックスを感じてしまう、と書いている。

    古賀メロディを自身の歌とメロディ楽器であるヴィオラとで、メロディとメロディの組み合わせでコンサートを開いてみると、かつてステージで経験したことのない静謐を味わい、ハーモニーがなくても、古賀メロディが音楽として成立することを確認できたと述べている。これは「君が代」などで日本人が自然に感じているという。

    さらに古賀政男と古関裕而の作風はメロディの古賀に対し、ハーモニーの古関ともいえ、それは優劣ではなく資質の違いだという。

    2002.10.20第1刷 図書館

  • …あんまタイトルと内容がかみ合っていないところが残念というか。
    もともとクラシック畑の人が、クラシック畑の人に向けて書いた本なので、一般の人向けではない気がする…。

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