男女の仲 (文春新書)

著者 :
  • 文藝春秋
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感想 : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166603411

感想・レビュー・書評

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  • 2016年7月26日、読了。

  • 山本夏彦みたいな人が身近にいて、この本のように気持ちよく語ってくれたら、何時間でもお相手させていただきたい。

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    バルザック「人間喜劇」セレクション 第1巻――バルザック著 鹿島茂訳・解説 藤原書店1999.5
    各巻書名ペール・ゴリオ-パリ物語-
    NDC9953.6
    バルザックは初めて読んだ。
    馬車の種類が詳しく載っているというので、馬車にそんなに種類があるのかい、どれどれと。
    今までの翻訳は小難しいとか、冒頭40ページくらいが非常に退屈だけれど、鹿島さんの訳がよいので読みやすいとか説明を読んで、鹿島さん訳。
    おもしろいと言われるけれど、冒頭が退屈……の代表格が、『指輪物語』『銀河英雄伝説』だと思う。『指輪~』は一度挫折した。が、こらえて読んでみたら、両方おもしろいじゃないの。
    今回も覚悟して、先に後書き解説読んだら「とにかく冒頭は耐えてくれ」と、ここでもあった。
    が、冒頭もおもしろいじゃない!
    翻訳者の力ってのもあるんだろうなあ。
    ネタばれを気にしないなら、この本は後書きから読んだ方がいい。読みどころを、中野翠との対談で解説してくれる。
    馬車も図入りで解説あり。

    馬車は四輪がクーペ、ベルリーヌ。
    二輪がキャブリオレ、ティルビュリー。

    クーペはベルリーヌ(四人乗り)の前半分を切った(coupe(eの上に斜め払い))という意味で二人乗り。
    ティルビュリーは後ろに従者を立たせる台がない。キャブリオレはある。
    クーペ、ベルリーヌは夜間訪問用。
    キャブリオレ、ティルビュリーは昼間の散策用。
    キャブリオレは二輪無蓋の辻馬車(タクシー馬車)の総称として使われることもある。同様にクーペなどの四輪有蓋車の辻馬車の総称は、フィアークル。

    ペール・ゴリオは「ゴリオ爺さん」という邦題で知られているがゆえに、嫌がって読まない人もいるから、「ペール・ゴリオ」のままにしたという。
    ゴリオ爺さんが主役だが、同じ下宿の青年ラスティニャックの野心物語でもいいし、悪党ヴォートランの物語でもいけますな。

    ゴリオとラスティニャックとヴォートランは同じ下町の下宿の住人。
    ゴリオ爺さんは、ふたりの愛娘のために身代を潰し、それでも着飾った娘を見るのが何より楽しみ。贅沢を覚えた娘たちはフランス社交界入りしても、借金したり父ゴリオの金を搾り取ったりして、尚贅沢を重ねる。
    その娘のひとりに惚れた田舎出の青年ラスティニャック。彼女に認められ社交界に伝手を作ることで立身出世しようと、勉学の道から、社交界の泥沼を目指す。
    ラスティニャックに、知恵をつけるのがヴォートラン。こいつは美青年好みなので、ラスティニャックの顔と心の美しさに惚れてる。
    娘に翻弄されるゴリオの献身や、社交界の裏表に怖気を震いながらも深みにはまっていくラスティニャックや、大見得を切るヴォートラン。

    バルザックは比喩表現に、驚いてしまう。

    「それがいかに深い感動を与えようと、そんな感動は、おいしいと感じた果物のようなもので、口に入れた次の瞬間にはもう腹の中におさまっている。文明という凱旋車は、極楽往生を信じた信者が次々に身を投じてひき殺されるジャゲルナットの町の巨大な山車に似て、他の人よりも引きつぶしにくい人の心にぶち当たって多少邪魔をされ、しばし手間取ることはあっても、結局、すぐにそれを押しつぶし、輝かしい前進を続けてゆくのである。」
    こんな表現や、笑っちゃう箇処が地の文の随所にある。

    たまらなくおもしろいが、会話も煙に巻かれてるような喋りがいい!
    ヴォートラン! おおヴォートラン! 『幻滅』『娼婦繁盛記』がヴォートラン三部作のようなので、ともに読むぞ。
    不死身……死を欺く男、トロンプ・ラ・モールの通称を持つ、たくましく、悪知恵の働くヴォートランの長広舌のおもしろさ。

    「おれのこれまでの人生はたったの三語で要約できる。おれはだれだ? ヴォートランだ。なにをしているか? 気の向いたことをさ。しかし、それはまあいい。次に行こう。おれの性格はどんなものか、知りたいかね? おれによくしてくれる人間や、おれと心意気が通じ合う人間には親切だ。こうした人にはなにもかも許す。おれの向こう脛を蹴っ飛ばされても、おれは『気をつけろ』ともいわない。だがな、畜生め、おれをうるさがらせたり、虫がすかない連中が相手だと、おれは悪魔みたいに悪辣になるんだ。これは君におしえといたほうがいいだろうが、おれは人を殺すなんてことは屁とも思っちゃいない」
    ラスティニャックを悪の取引に誘うこの啖呵めいた言葉。この後に続く、決闘をくだらないと語る言葉。惚れ惚れする。


    ところでラスティニャックは、彼が愛と信じたものと社交界での出世の戦いのためにニュシンゲン夫人の側につくが、ターユフェール・ヴィクトリーヌ嬢との結婚はどうなったんだろう。別の話で書かれるんだろうか。ニュシンゲン夫人は、デルフィーヌは、あの状態じゃあ金を自由に出来ないから、ちと今後は難しいと思うのだが。

    私は記憶力が悪いので、本を読む順番の幸運に当たると、脳内でコサックダンス小躍りですよ。
    『メッテルニヒ』を先に読んでいたおかげで、会話中のちらっとした一言の意味がわかる。これはフランス革命後の話で、ウィーン会議も終わったあとのようなんだが「ヴォナパルテが負けて(初代ナポレオンの話だ)」だの「タレーランが(フランスの外相から首相になった切れ者だ)」「ブルボン家に王冠が帰って(メッテルニヒの唱えた血統主義だ)」の意味がわかるのがありがたい。

    このころはまだ社交界が大いに力があったころ。
    上流階級は縁故情実社会。サロンの女主人に気に入られれば、出世も名誉も思いのまま。何故女主人が権勢を振るうかというと、王侯貴族がバックについているから。
    王の気に入った夫人は愛人になる。その夫は、夫人の力で出世する。
    娘は、結婚するまでは商売道具。純潔で夫に差し出される。しかして結婚してからは、自由の身。若い愛人囲ったり、サロンの女主人としてふるまったり。夫も当然に愛人を抱えて。
    そういう社会。
    ナポレオンは身分や出自に関係なく能力あるものを取り立てたから、若者は出世を夢見られた。
    けれども彼が敗れて、ふたたび縁故が力を持つようになったということ。

    だからラスティニャックが、勉学から社交界への縁故で身を立てようってのは、顔と才能と金と縁故さえあれば、それは当然。まあ、揃うほうが難しいが。
    社交界で伝手や血族姻族を重んじる風が、会話にも出ている。
    ラスティニャックが、レストー伯爵と会話しているときに「この方のおじいさんと私の大伯父は知り合いだったんだ」こんなところまでたどって、関係性を探すわけですね。



    最後のひと――山本夏彦 文芸春秋1990.10
    NDC9914.6

    『室内』40年――山本夏彦 文芸春秋2000.5文春文庫
    ISBN4-16-735213-3
    件名室内
    NDC9597.04


    美しければすべてよし-夏彦の写真コラム-――山本夏彦 新潮社 新潮文庫1993.6
    NDC9304
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    男女の仲――山本夏彦 文芸春秋 文春新書 3412003.10
    件名日本-歴史-近代
    NDC9210.6


    山の手のお嬢様が使わない言葉は
    「そうだわよ」「よくってよ」
    だった。これは遊女から出た、郭の言葉だそうだ。


    『坂の上の雲』といえば、秋山兄弟とともに「のぼさん」が印象に残りますが。
    のぼさん。升さん。『ホトトギス』の正岡子規。
    「ベースボール」を「野球」と翻訳したのは正岡子規だという話ですが……子規、野球狂。
    野球が好きすぎて、自分の名前をもじった翻訳にしてしまった。
    「野球」「のぼる」で、「野 の」「球 ボール」……
    と、夏彦さんが語っておられる……うわあー……


    「恋に似たもの」という話がよいです。終いの章の「男女の仲」で語っておられる。

    遊女は偽の恋を語る。
    男もそれを知っている。
    結ばれる筈のないふたり。
    遊女はたいてい梅毒を持っており、男も感染するもの。それでも、その女がいいとなれば、これは恋ではないのに、恋に似たものとして、恋を超えるのではないだろうか。
    というようなことを、語られています。
    夏彦さんの、この裏を語る口調が好き。


    久世さんが愛して夏彦さんが褒めた作家向田邦子も、その文章を読んでうっとりしなかったことがないという永井荷風も、読んだことがない。
    荷風はダメの人であったけれども、その作品もけなされてもおりますが、彼の文章の美しさにすべては消される……とまで褒められては、読んでみずばなりません。

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著者プロフィール

山本夏彦
大正4年東京生まれ。コラムニスト、作家。「室内」編集・発行人。昭和22年『中央公論』に発表した「年を経た鰐の話」が坂口安吾らの目にとまり、注目を浴びる。その後、出版社勤務を経て昭和33年、月刊インテリア専門誌『木工界』(36年に『室内』と改題)を創刊し、以来編集に携わった。『週刊新潮』『文藝春秋』などにコラムを連載、一貫して、世相をするどく諷刺する辛口コラムを得意とした。昭和59年第32回菊池寛章を受章。
著書に『日常茶飯事』『編集兼発行人』『死ぬの大好き』『完本文語文』『「室内」40年』『私の岩波物語』などがある。平成14年に10月に死去した。

「2022年 『無想庵物語』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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