- Amazon.co.jp ・本 (277ページ)
- / ISBN・EAN: 9784166603480
作品紹介・あらすじ
「長期停滞」にあえぎ、いまだ先行きが不透明な日本経済。その分、豊富な知識と冷静な分析に裏打ちされた予測が求められ、いまや新聞やテレビに「エコノミスト」と呼ばれる人々が登場しない日はない。だが十人いれば発言も十通りで、何が正しいのか、誰の主張を信用すればいいのか、訳が分からなくなっているのが現状だ。結局、景気がよかったのはエコノミストの市場だけではないか-。「失われた十年」における彼らの発言を追い、多角的に検討する。
感想・レビュー・書評
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これリアルで読んでいれば評価も少し変わった気がする。いかんせん、過ぎ去ったことなので実感が乏しい。
だだ、意外だったのは、ずいぶん前からインフレターゲットの話はあったんですね。政策が実行されるにはものすごい時間がかかったけど。所詮景気は循環するものだと思うが、この政策が効かないと、日本は益々袋小路に入っていく。一番の処方箋はこどものかずがふえることだとおもうんだけどなぁ。
この本については、冷めたピザを食べているみたいな感覚だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読んでおいて損はない
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実家で読む。再読です。以前、どこで読んだのか記憶がない。非常に興味深い本でした。丁寧に議論を整理しています。ただし、海外のジャーナルの記事は無視されています。それでも、無価値ではありません。金融政策の有効性を論じた部分は面白いです。この枠組みでは無理なのです。資金は、一つではないのです。リスクをともなうものとリスクをともなわないものがあるのです。日本銀行が供給できる資金は、リスクのない資金だけです。つまり、貨幣供給を増加させても、資金は世間に流通しないのです。何故ならば、リスクをともなう資金も流通する必要があるのです。その意味で、ゼロ金利政策は何の意味もないのです。リスクのある資金と同時に、資金を供給しなければならないのです。これが、正しいのか間違っているのかはわかりませんが、この枠組みで論文を書きたいと思います。やはり、Christianoはえらい。これを読んで、その思いを深くした。
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本書は1953年生まれの経済ジャーナリストが2003年に刊行した、エコノミストを批判する趣旨の本。電車で読む分には楽しい。
巷間で経済を語るのは、経済学者・ジャーナリスト・素人など数も種類も多い。そこで著者は「主張の一貫性」を基準にこれらの論者を切って捨てる。偶然に予想が当たった場合を除くためらしい。
時と場と何かが変われば、「主張」(処方箋か分析か)も変わったり変わらなかったりするのでは、と気になった。
本書と似た(厳密には違う)コンセプトの『奇妙な経済学を語る人びと』(2003年)を書いた原田泰も、著者は批判している。これは、本書ですら批判的に読めという遠回しなアドバイスに違いない(確信)。
いわゆるリフレ派視点の本なので、公平でもなければ網羅的でもない。ここは割り引いて読んだ方がいい。有名な論者の主張や攻撃的な議論の方法を知ることはできても、経済や経済学はあまり勉強できない。 -
2000年前半のエコノミストを著者が実例をもとに評価している。
それぞれを、レトロスペクティブに語っており内容はわかりやすい。
確かに、エコノミストは時代ごとにやや一方的に論説するが責任がない立場が多く結局何が正しいかは読者が判断するしかないということがわかる解説書である。 -
途中まで流してみたけど、ほとんど意味分からんままだった。最後の方のエコノミスト別ランキング、みたいなところは、たまにテレビで見るような名前もあって、意外にそうゆう人も評価されてないな、くらいの感想は持ったけど。結局、将来の大勢を読むとか、誰もあまりよく出来ないんじゃん、って感じ。そもそも、政治・経済の評論家って方たちの存在意義がイマイチ分からんのだけど。
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巻末のエコノミスト評価票(レーダーチャート⇒くもの巣)面白いかなと思った。
経済については、あまり明るくないので、本書に記されている、各各のエコノミストの発言(記事)が正当なものなのか分からず。しかし、扱う、題目により、個々の得手もあるから、真逆の意見が出ることもあるのだろう。数年が過ぎ去り、結果より過去の発言を評価することが、正当性が良く分からない。また必要なことであるのか?どうも、つぶしあいに見えてしまうのだが。
扱う&取り上げた、題材としては、バブル時、繁栄であると見誤った⇒アメリカの景気、金融政策、ITなど。どれも(私は)難しいと思われるものである。 -
250.H16.2/15 5刷、並、カバスレ、帯なし
2012.6/30.伊勢BF