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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784166604784
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
テーマは部落問題に関する理解を深めることで、現代における差別の実態やその背景を考察しています。読者は、差別が表面化しなくなった今でも、影の部分で根強く残っている現実に驚きや愕然とした感想を寄せています...
感想・レビュー・書評
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『そもそも部落とは何なのか。差別は解消したのか。同和教育の功罪は?初歩から考える』この問題は非常にデリケートなものなんですが、今でもこういう問題があるということは心にとどめておきたいものです。いろいろと考えさせられる本でした。
僕が育った北海道では、こういう問題は存在しなかったので、いまどきこういうことで人が人を差別するのかいなと思っていたのですが彼の本を読んで、あからさまな差別こそなくなったものの、影ではまだまだそういうことが残っているという現実に愕然としました。
特に自分が驚いたのは結婚に関する箇所で、結婚をすることになったときに、親があそこまで反対するのかと、具体的に何を言ったのかはあまりにもおぞましいのでここでは書きたくありませんが、人間の醜さを突きつけられた感がありました。この話は10年以上も前のことなのでいまはどうなのかはわかりませんし、自分が実際にここに書かれているような現実に遭遇したことがないので、なんともいえないんですが、この現実をしっかりと受け止めてこれからを生きていく、そう決意することしかできませんよね。
作者の言う
「世の中にはいろんな人がいる」
「どんな理由をつけても人を殺してはいけない」
この言葉が非常によろしかったので、ここにあげることにします。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
今の時代に適した部落問題の取扱説明書。古典的な疑問にも答えてますし、部落をめぐる誤解やバイアスにも、丁寧に修正をかけています。水平社の戦争加担の事実を知って、少々驚いた。「本音だけしか通用しない社会は、建前だけの社会より恐ろしい」。
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著者自身が部落であることに気づき、それから部落について意識するようになって本書を書いた。
著者は部落のことを明治時代に特殊部落民と呼ばれた人々およびその子孫のことを言い、現在では現住所が部落にあるもの、生まれと育ち、または本籍が部落、または親がそれらの場合だというのだが、そもそもの明治時代の特殊部落民についての説明がない。
加えて、筆者は部落のことを人々に知ってほしい、目を背けて欲しくないと述べているが、そもそもなぜ差別されているかの説明があまりにも希薄で、部落なんて差別は現在ないという意見の有効な反論になっていないと思われる。
というわけで本書は素人のちょっと一般人より詳しい人間が書いた駄本だという評価を免れ得ない。 -
本書を読んで知らないことがたくさんあることに気づいた。
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浄土真宗 親鸞 本願寺派
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部落問題ってなんとなく取っつきにくい感じがあるけど、「そのような考え方が世間一般にある」という観点から、部落問題における問題を浮き彫りにしていく。それも重々しくなく、軽快なタッチで。入門書と呼ぶにふさわしい一冊。
本文中に<blockquote> 私は運動団体のメンバーにありがちな部落民の誇りもない。私は自分が選べないもの――たとえば日本人であること、男であること、部落に生まれ育ったこと、血液型がB型であること――に誇りを一切持っていない。男やB型であることに誇りを持っていたら変である。いてもかまわないが、あまり友達にはなりたくない。自らが選択できなかった日本人であることを誇りを持て、というのもおかしいと思うし、同じ理由で部落民としての誇りなどはない。ただ、選べなかったもの、消極的な選択であっても、それを否定することはできないのである。</blockquote>と、いうものがあるんだけど、私は作者のこういうスタンスが好きだ。この本を評価する点はこういうところにあると思う。
筆者は人間における「他者」そのものを部落問題を通じてえぐりだしているように思う。被差別部落のこと考えることは自分と他者を考える問題に他ならないということを心底教えられる。 -
さすがに飽きてきた
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第四章以降の「”差別”論」が印象的。「世間」をベースにした同質同化のニッポンにおける排除と忌避の暴力。これらマイノリティ問題以外でも危惧される「他者と出逢うことの不足、他者への無関心、他者への無理解と想像力なき偏見」は現代的な課題なんだろうか。しかし部落問題における差別は全くもってその言い分が理解できない。家とか血筋とか、時代錯誤甚だしい。
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わかりやすい!
部落問題、だけでなく今のこの社会でやっていくのに必要な心構えのようなものも伝わってくる。 -
私は正直極力差別については関わりたくなかったのです。とあるきっかけで部落差別では無い差別で議論になった時、私が「それは差別じゃないか」と指摘したら、「あなたは差別だって言うけど、差別している私のことを今あなたは差別したじゃないか!」って反論されてぐうの音も出なくて訳分からなくなって以来割とトラウマだったんです(未だにどう返したらよかったか分からない)。
私は同和教育を受けたことがありません。部落問題も、日本史で存在は知っていましたが、知ろうと意識しだしたのはどういう訳か私が浄土真宗と関わるようになってからです。それから、よく考えたら部落と真宗との関わりはおろか、そもそも部落って何ぞやということすらよく分かってないなと思い直したんですね。それでモヤモヤしていました。
で、モヤりつつとあるカプセルホテルに泊まったら、あったんです。この本が。で、折角なので読みました(従って私の蔵書ではありません)。
いろんなトピックがあって、それなりに勉強にはなりました。私の最も関心のある「真宗と部落の関わり」で言えば、軽くですが触れてありましたね。親鸞が賎民にも布教していた関係というのが(私は大谷派なので「でもそっか、本願寺派かぁ」ともちょっぴり思い、ついそう思ってしまったことに複雑な気分にもなりましたが)。
ただ、結婚差別の場合以外は、部落差別の様子がありありと伝わる箇所は無かったですねぇ。どっちかと言えば、部落の定義の曖昧さだとか、「部落出身者にも『部落』ってよく分かってないよ!むしろ色んな考えの人がいるよ!」っていう事情とかに分量が割かれていて、「ホンマかいな?」と訝りつつも、「まぁ、そんなもんかねぇ。。。」とも思ったり。
もうちょっと他の本も読んでみようかな。何を読めばいいかの見通しは立ちましたが、この本の評価は私にはまだ出来ません。入門としては、程良く肩の力が抜けたところもあって好印象ではあったというくらいかな。 -
ちょっと話が重い。大事なことを話されているのはわかるのですが、こちらも気分がどんどんさがっていきます。結局この人 何が言いたいのか 意見がいまいち伝わってきません。
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部落差別問題の入門書的一冊。最近、もっぱら部落史のややディープな本に触れているせいもあり、かなり喰い足りない。
差別が以前に比べて厳しく無くなってきた事や同和教育の必要性・評価について触れた点は面白く、差別そのものだけでなく部落≒哀れな存在の意識を変えるべきという考え方にも共感します。が、部落や部落民の定義に触れる章では様々な資料を照らしつつ進めていますが、「この本はココが違う」「これはここが曖昧だ」とつつく割に自信が導いた新定義は凡庸かつ曖昧という出来。
価値観の多様性を求めながら、岡本公三の父が「息子を極刑にしてほしい」と語った件を引き合いにして「我が子に極刑を望む親がいるだろうか」と断じるなど、自分よがりな記述が目につきます(個人的な考えですが、我が子が24人も殺せば私は極刑を望みます)。
また、近世(またはそれ以前)における部落民に関する記述があまりにも少なく、「ヒニンよりもエタの方が割合的に多かった」と書く割にヒニンとエタの違いには触れないなど、わかりにくい点も気になりました。
あくまで入り口用、部落差別問題に興味がある人はここで意見を固めずにさらに奥へオススメください。 -
(推薦者コメント)
「部落」(集落という意味ではない)は普段生活している上では全く意識に上らない存在だ。自分が部落出身であるかどうかということも基本的には意識されないことだろう。だがその存在は結婚や就職という場になると突然目の前に現れる。部落問題とは何なのか、同和教育に問題はないのか。部落問題を考える上での基本書 -
正直、いまだにあるのか、という感じでもあるけれど
当分はなんらかの形で残るんだろうねぇ。
いじめられっ子が社会的なシステムによって産出されたもののようだ。
「あの子と仲良くしたらダメだよ」
小学校くらいの話ならこんなものは、6年間ですむ。
社会的に指定されたいじめられっ子が部落であるなら
なんたる低俗な社会だろうかと思われる。
子どもと違って社会は生産力を持ち、調整力を持っている。
その能力はこういったところに使われるべきなのだ。
(まぁ、マクロで断ずるのは簡単なんだけどね)
あと、これは何かの解決策への道筋をつけようとする本ではない。
その点は非常に物足りないが、絶妙な一手が難しいんだろう。
ちなみに本籍と人物が結びついた「戸籍」などというものが
あるのは日本といくつかのアジア諸国だけだそうです。
へぇー。 -
部落問題は根が深い問題である。基本的に現在の若者から中年に至るまでの大多数の人間は、差別は良くないもの、そして自分自身は差別はしない。と認識しているであろう。
しかし、いざ結婚となる際に、伴侶が部落出身者であることで、あなた自身の両親や親族が反対した場合に、この問題が発生する。部落者と結婚するなら勘当するというぐらいに。
世間体や、家が汚れるという認識が存在し、それは自分自身の考えではなく、よそからどう見られるのか、自分たちの家が部落民として見做されることに対する恐怖から、拒絶する。
部落民は、特定の地域が出生である・生活しているものを指す傾向が強い。血の繋がりは殆ど無いことが研究で明らかになっている。昔の時代に住んでいた部落地域の人間と、現代に住んでいる人たちとでは血の繋がりが全くなく、総入れ替えされているとか。
それでも、「部落」と認識する理由は、そこに居住する人間が危険で、危ないものだというイメージが先行しているからであるという。
親戚としてそんな危ない人達を迎えることはできない。という偏見から差別意識が出てきている。 -
非常にわかりやすかった。入門書としては最適かもしれない。
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部落問題を理解するうえでの良書です。自分たちの闘争成果を誇示するような当事者側の主張や、被差別部落の悪癖を指弾するような部落外の人たちの本とも一線を画し、中立的かつ冷静に書かれていると思います。
著者プロフィール
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